New 天の邪鬼日記

小説家、画家、ミュージシャンとして活躍するAKIRAの言葉が、君の人生を変える。


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8月28日(火)波照間島「パナヌファ」ライブ

世界中の海で泳いできたが、沖縄の海は格別だ。
波照間のニシハマ・ビーチはサンゴ礁に囲まれ、内側は白い砂の遠浅になっている。サンゴ礁のうえを10メートルほど歩いていくと、エメラルドグリーンのエッジにでる。ここから海がぐんと深くなり、ゴーグルをつけて潜ると色とりどりの魚たちがうようよいる。このエッジなら大型魚もいないし、お盆すぎなのにクラゲもいない。手軽にシュノーケリングを楽しめるイージースポットである。
毎日海で泳いでいたので真っ黒になってしまった。リハーサルでギターをもったらストラップが肩にすれて痛い。鼻の頭も真っ赤だし、すっかりオキナワンになってしまった。
0708波照間ヤギpoto by YOKO

祭りが終わって島もいつもの静けさをとりもどしたようだ。
島で唯一のライブハウス「パナヌファ」はもう3度目だが、ペンキを塗り替え、台風で飛ばされた雨戸をとりかえ、さわやかにリニューアルしていた。オーナーのジュンさんが出稼ぎにいっているので淋しいが、生粋の波照間っ子ヨシミちゃんは健在である。新しいスタッフのキョウコちゃん、隼人とエミもくわえ、和気あいあいと営業している。
今日はお盆に居残った魂を帰す「イタシキバラ」の日である。帰りたくないよーと駄々をこねる魂を踊りや歌で「ここは生者の住むところだから、帰って、また来年きなさい」と送り出すのだ。
しかも満月。
しかもしかも月食。
そんな日のライブだ。
霊が見えるパナヌファのよしみちゃんいわく、「アキラさんのライブにはいつも見えない人たちが聞きにくる」という。
「今日はどんな人がきてる?」
オレは恐る恐る聞いた。
「イタシキバラだし、すごいいっぱいきてるよ。なかでもキッチンの裏窓からのぞいてる琉球武士の人がいる。頭から四角い布をたらして着物を着てるわ。アキラさんが本島から連れてきたきたみたいよ」
ぞぞー、鳥肌!
「それにビンを結った女の子もいるよ」
「ええっ、それってヨウコが言っていた女の子じゃないの?」
ヨウコに聞く。
「そうかも。あたしは髪形まで見えないけど、波照間にきてからずっと10歳くらいの女の子がついてきて、愛を知らない子供たちを歌ってくれってせがんでるの」
「ああ、オレぜんぜん霊とか見えなくてよかった」オレが言う。
「いや、見えなくてもアキラさんは無自覚型霊能者なのよ」よしみちゃんが言う。
開演前にみんなで月食を見る。
赤みを増した月が翳り、下弦だけがうっすらと輝いている。先住民たちは月食や日食を世界の終わりと畏れたが、広大な夜空を舞台にした儀式はなにか神聖な気持ちにさせてくれる。無限の宇宙を旅してきた「スターチャイルド(星の子供)」の遠い記憶かもしれない。
こんな夜はまじむん(精霊)も跋扈(ばっこ)するという。パナヌファ・ライブは見えるお客さんもたくさん来てくれたが、見えないお客さんも超満員らしい。
0708波照間よしみpoto by YOKO

よしみちゃんが三線をかかえて登場する。
「今日はイタシキバラなので、アキラさんの歌で魂たちをグショウ(後生)に返すライブになりそうですね。沖縄では儀式のはじめに3曲歌をささげるザービラキ(座開き)という伝統があります。いわゆる前座、オープニングアクトのようなものです。では波照間の伝統曲を3曲ほど聴いてください」
よしみちゃんの歌った「ちんぬくじゅうしい(里芋の炊き込みご飯)」は沖縄の静かな生活が歌われている。よしものとばななさんの短編集「なんくるない」の最初に出てくるこの歌も、よしみちゃんが意訳をしている。
リハーサルではよしみちゃんの三線で「ぬちどぅ宝」を歌うはずだった。よしみちゃんはあわててチューニングをしているがなかなか合わないらしい。
「たいへん、急に耳が聞こえなくなった。これってアキラさんひとりで歌えってことかも」
ううむ、またもや精霊さんのいたずらだな。よかろう、ひとりではじめるか。

1.ぬちどぅ宝
2.Traveling man
3.ムーンタイム
4.青空のむこう
5.だいじょうぶマイフレンド
6.愛を知らない子供たち
7.祝福の歌

8.雲のうえはいつも晴れだから
10.ソウルメイト
11.家族
12.Hello my mom!
13.祈りの歌
14.終わらないキスをしよう(ジャンベ:ショウ。ユウ。マメ)
15.なんくるないさ(三線:よしみ。ジャンベ:ショウ。ユウ。マメ)
16.精霊の島(アンコール。三線:よしみ。ディジュリドゥー:隼人。鈴:エミ。ジャンベ:ショウ。ユウ。マメ)

明日波照間小学校でチャリティーライブをやるおおたか静流(しずる)さんもきてくれた。パナヌファで静流さんのCDを聞き感動して以来、とても会いたかった女性シンガーである。明日のライブがすごい楽しみだ。
来月子供が生まれるリナちゃんがいちばん前に座っている。前回の11月はオペラにまで参加してくれたし、あれから9ヶ月。あのころにちょうどできた赤ちゃんだよね。リナちゃんに捧げる「Hello my mom!」では、涙をポロポロ流しながら大きなお腹をなでている。
大野一雄さんや笠井きよしさんの一番弟子であり精力的にソロ公演をこなす市川ジュンイチさんがCDをぜんぶ買ってくれたのはうれしかったなあ。
1ヶ月ほど前、波照間に「心(くくる)カフェ」を開いたショウとユウとマメがジャンベでサポートしてくれる。ん? 3人合わせて「醤油豆」じゃん。「醤油豆」の熱いグルーブはかっこよかったよ。なにより楽しそうにたたく3人の表情が素敵だった。
0708波照間パナヌファpoto by YOKO

ラストはできたての「精霊の島」だ。隼人のディジュとエミの鈴がはいり、静流さんはじめ会場全員で歌ってくれた。いつかこの歌が波照間のフェリー乗り場から聞こえてくるといいなあ。
人間たちは大喜びしてくれたが、精霊さんたちはどうだろう? よしみちゃんとキョウコちゃんのむっちゃ美味いオリジナル料理をいただきながら聞いた。
「琉球武士は窓のところで聴いているんで、はいってくださいと言ってもなかにはこなかった。一生懸命歌を聴きながらずっと涙を流してたよ。女の子もすごくうれしそうだったし、見えないお客さんたちもすごく満足してくれた。すばらしいライブだったねえ」
毎回パナヌファ・ライブは素敵なライブになる。やはり見えない客さんのおかげだろう。精霊たちは入場料を払ってくれないけど、人々を笑顔にさせてくれたり、かけがえのない体験をさせてくれたり、たくさんの贈り物をくれるんだ。
パナヌファのよしみちゃん、キョウコちゃん、隼人、エミ、ホイコちゃん、共演してくれた「醤油豆」、本当にありがとう。

8月29日(水)波照間島「学童慰霊碑」ライブ

「子供たちの慰霊碑で歌うといいよ」
昨日よしみちゃんがなにげなく言った。よしみちゃんのカンというか、シャーマニックな力をオレはすごく信じている。
波照間以来ついてきた女の子の霊も帰さなくちゃいけないし、60年前に死んだ子供たちも喜ぶだろう。
よっしゃ、慰霊碑のまえで歌ってやるか。
フェリーターミナルへくだり、コート盛へ坂道を登っていく途中に「学童慰霊碑」がある。
太平洋戦争の末期の1945年4月8日、波照間小学校の児童323人は西表島の南風見へ強制疎開させられた。しかし熱帯ジャングルの西表島の環境は厳しく、全員がマラリアに感染し、66人が死亡する。
波照間島から西表島の南風見海岸を見下ろす丘にこの慰霊碑は立てられている。

1.精霊の島
2.ぬちどぅ宝
3.青空のむこう

まあ60年前に死んだ子供たちに歌うというのも奇妙な話だが、世界中の先住民たちは祖先の霊に歌をささげているし、オレの自己満足だからいいのだ。
こうして見えない世界がつながっているという実感や、死者や祖先に守られているという感謝があれば、世界を好きになれる。
真っ青な空と海をながめ、風に吹かれながらながら歌う気持ちよさ。
慰霊とかいいながら、こっちが幸せにしてもらっている感じだ。
0708波照間学童慰霊碑poto by YOKO

夜はおおかた静流さんのライブにいった。
波照間小学校の体育館にはたくさんの村人が集まっている。
着物姿のキュートないでたちで静流さんが登場し、よしみちゃんの三線や鳴り物でたくさんの歌をうたった。静流さんのでているNHK教育番組「日本語であそぼ」の曲やファイナルファンタジー3で静流さんが歌っている曲、新曲の「スッポンポン」から童謡の「ぞうさん」まで、観客は摩訶不思議な静流ワールドを堪能した。
会場の片付けを手伝い、主催の仲底商店で打ち上げをし、楽しい夜は更けていった。

本当に波照間はすばらしい。
「なにもないからこそ、すべてがある。」
こんな言葉がぴったりである。物質はないけど、美しい自然とあたたかい人々がいるのだ。
翌日は朝から泳いで昼のフェリーで石垣島に帰る。
さようなら波照間、
精霊の島
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8月25日(土)石垣島「アンガマー」祭り

宮古島から石垣島のフェリーは朝の6時に出発する。
昨日のライブの打ち上げでむっちゃんたちと夜中すぎまで飲んで、荷物をまとめるともう深夜3時である。1時間半ほど仮眠を取り、エミの車でフェリー埠頭へいく。5時過ぎにフェリーにのりこむと、エミにわたされた袋の中には山菜おにぎりと冷凍したマンゴがはいっていた。看護婦のエミは夜勤明けに1時間しか寝てないのに、ライブ会場や家まで運転してくれ、しかもおにぎりまで作ってくれていたとは。涙がちょちょ切れる。マジでありがとうエミ。
むっちゃん、マリちゃん、蓮さん、ツヨシ、宮古のみんな本当にありがとう。また帰ってくるからねー。

石垣島までフェリーで5時間(3000円)かかる。
石垣島は開発されすぎているという人もいるが、離島の中で住みやすさナンバーワンでもある。市場や商店街は活気にあふれ、おもしろい店や美味しい店も多い。
島を代表する祭り「アンガマー」は、世界でもめずらしい「ギャグ祭り」である。
おじいとおばあが笑っている木彫りのお面を、沖縄物産展とか沖縄土産コーナーとかで見たことない?
おじいは「ウシュマイ」、おばあは「ンミー」といって、たくさんの孫たちを引き連れて家をまわる。アンガマーは青年会がとりおこなうので、その実力とやる気が試されるのだ。
石垣島に7年住んでいたヨウコはいろんな町内のアンガマーを見てきて、登野城町がベストだというので出かけた。
むむ、どこからか太鼓と三線の音が聞こえてくる。音をたよりに近づいていくと、うおー、家に群がる人、人、人。ベランダによじ登り、窓にはりつき、大笑いしている。カメラマンやテレビカメラもはいっている。
0708石垣アンガマー

仮面とかつらをかぶり、浴衣にクバの葉を扇子にして、裏声ですっとんきょうな受け答えをするおじいとおばあにみんな腹を抱えて笑っている。石垣方言なので、若い世代や観光客はわからないはずだが、それでも身振り手振りとその場の雰囲気で笑ってしまう。
ギャグだけじゃなく、ときどき老人ならではの深い教えもはさまるところが素敵だ。
「石垣の海よりも深い海を知ってるか? それは親の愛情だぞ」
「こんな立派な家に住んで、おまえひとりでできたんじゃない。家族や仲間やご先祖の助けがあって、この家があると思え」
「よしよし、かわいい子じゃ。おじいになってからじゃおそい。親に心配かけぬよういっぱい学べ。親に見つからんよういっぱい遊べ」
お笑いショーの間には歌と踊りが入る。きらびやかな女性の着物に編みかさをかぶり、2-30人の孫たちが踊りと演奏をする。しかし顔が見えないように手ぬぐいを巻いているので、女装した男性もまぎれこんでいるのだ。
ひとつの家で約30分、1日に10軒近くの家をまわる。朝の新聞には今夜のアンガマーが執り行われる家が発表されている。町内会長の家から出演者の家、そのほか祝ってもらいたい家が立候補し、お礼のお包みをわたす。おじいとおばあ役は声がかれてしまうので、6人の若者が交代でするという。
沖縄の祭りが現代でも楽しめるのは、徹底したエンターテイメント性に貫かれているからだ。
ボードレールが言ったように「笑いは祝祭」であり、ジョンレノンが言ったように「ユーモアは貧乏人最大の武器」である。

8月26日(日)波照間島「ムシャーマ」祭り

新しくできたフェリーターミナルから日本最南端の島、波照間(はてるま)にむかう。怒涛の波にもまれるので、くれぐれもボートの先端には座らないように。そこしか席が空いてなかったら、とにかく眠る。眠れなくても意識のスイッチをオフにするのがコツだ。飛行機のエアポケット状態が30回くらいくりかえされるので、逆らわず身をまかせよう。
石垣島から約1時間半、おおーやっと陸地が見えてきたぜ。
今日は波照間最大の祭り「ムシャーマ」である。
旧盆の中日(旧暦7月14日)に祖先を供養し、豊作と大漁を願う大行事だ。この日ばかりは島を離れた人たちもいっせいに帰省し、観光客もやってきて、ふだんは静かな波照間島も大にぎわいになる。
東組(南・北集落)、前組(前集落)、西組(富嘉・名石集落)がミチサネーという仮装行列をして島に中央にあるオーシャ(公民館)にむかう。大きな旗と飾り枝を子供がもち、「ミルク(弥勒)」が先導する。ミルクの顔を写真で見たときは「なんとまあ、マンガチックな」と思ったが、実際にはなかなかいい表情をしている。白くふくよかで、ニコニコと笑い、ゆったりとした動作で人々を祝福するさまは、「この顔ならご利益がありそうだ」と思わせる。
0708波照間ムシャーマphoto by YOKO

ミルクにつづく行列がなんと「ピンクの日の丸」をもっている。おおー「ピン丸」かあ! と驚いたが、日の丸とはどういうつながりがあるのだろう。太鼓や棒、木でつくった鎌やクワ、餅つきや田植え、釣竿など、この行列に島の歴史が凝縮されている。
オーシャにつくと、さまざまな芸能が披露される。午後も各組による踊りや歌がつづく。はたきのような紙棒をふる独特な舞、笛の演奏にあわせ鍬をふるう「コームッサー」、男性が棒を振り回す勇壮な踊りなど、見ごたえじゅうぶんだ。各組の獅子舞があらわれ、ひょうきんなしぐさと迫力に満ちた乱舞をくりひろげる。
最後はまたミルク行列をつくって、3組の方向へ帰っていく。島んちゅも島外から住み着いたものもいっしょになって参加する。こうして島はひとつの小宇宙、もしくはガイア(地球)の雛形として存続していく。
南の果ての島で、強力な自然とむきあいながら無数の人々によって生きられてきた時間が今ここに花火のように輝き、その火花は来年、再来年と、悠久につづいていくだろう。

波照間のマイ・フェイバリット・スポットは、ニシハマ荘から製糖工場のよこをとおってニヒハマ・ビーチにむかう小道である。
赤とピンクのハイビスカスが咲き乱れ、明るい神聖さがただよう。そこを歩いていると、歌が降ってきた。

「精霊の島」

ベスマ 波照間 精霊の島
ベスマ 波照間 神様の島

あなたがなにかをなくしたとき
わたしをさがしにここへおいで

ベスマ 波照間 精霊の島
ベスマ 波照間 神様の島

空と海のすきまにわたしはいる
白いサンゴの浜にわたしはいる

ベスマ 波照間 精霊の島
ベスマ 波照間 神様の島

碧い森の泉にわたしはいる
そよぐキビの穂波にわたしはいる

ベスマ 波照間 精霊の島
ベスマ 波照間 神様の島

アカバナの蜜つぼにわたしはいる
遊ぶ蝶々の羽にわたしはいる

ベスマ 波照間 精霊の島
ベスマ 波照間 神様の島

おばあに深いしわにわたしはいる
子供らの呼ぶ声にわたしはいる

ベスマ 波照間 精霊の島
ベスマ 波照間 神様の島

あなたの涙の粒にわたしはいる
あなたの笑顔にわたしはいる

ベスマ 波照間 精霊の島
ベスマ 波照間 神様の島
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8月22日(水)宮古島

本島から飛行機でわずか45分、たくさんの仲間たちが待つ宮古島へ到着した。
空港へ迎えにきてくれたのは、むっちゃんとマリちゃんだ。むっちゃんは宮古島養護学校の先生、マリちゃんは小学校の先生である。ふたりとも3月の東京オペラに宮古島からやってきてくれ、「虹の輪」ですばらしい演技を見せてくれた。同じく宮古島養護学校の先生タマミちゃんが夏休みで仙台に帰省してるので、タマミちゃんのアパートに滞在させてもらう。部屋に入ると、タオルや歯ブラシまで用意されていて、まさに「ウイークリーマンション・タマミ」である。
さっそくヨウコが予約していたカミンチュ・根間ツル子さんの家へいく。
ヨウコは自分の相談を終え、「お母さんがあんたを生んだときの幸せになれ! って気持ちを思い出してね」とアドバイスしてくれた。
「アマゾンのシャーマンもそうだけど、呪いをかけるユタ(沖縄のシャーマン)もいるんですか」オレが聞く。
「もちろんいるわよ。でもね、人を呪うとその呪いが自分に返ってくるものなの。それはユタもふつうの人も変わらないさ。呪いをやったユタは死んで神様のところへいけず、あたしの枕元にでてくるさ。それも諭して、神様のところへ返してやる。どんなにお金を積まれようが、絶対人の不幸を願ってはいけない。人を憎まず、幸せを願うのがあたしたちの仕事であり、人間の務めなんだよ」
根間さんには本当に大きい思いやりをもったカミンチュだ。

夜はオレのフライヤーをデザインしてくれた蓮さんがやってきた。蓮さんは宮古島に移住し、ペンションをはじめる。バリ島にかよいながら家具などを調達し、いよいよ来月にオープンだ。ホームページでかっこいい建物の片鱗はうかがえるが、実物を見るのが楽しみだ。

8月23日(木)宮古島「あけぼの園・漲水学園」夏祭り

むっちゃんの紹介で、急きょ夏祭りで歌うことになった。
児童養護施設「あけぼの園・漲水学園」の盆踊り大会である。今は夏休みなので宮古養護学校ライブはできなかったが、この施設から宮古養護学校へ通う生徒たちもいるので再会が楽しみだ。
宮古養護学校のウネマコ先生、奥さんのトモさんと2歳のカナと会場へいった。
0708宮古カナphoto by YOKO

うおー、プロレスができそうなくらい大きなやぐらと四方にちょうちんが連なっている。カキ氷や宮古そばの屋台も出て、夏祭りモード全開である。
ウネマコ先生に連れられて寮にいくと子供たちが出迎えてくれる。
「この人誰だかわかる?」ウネマコ先生が聞く。
「アキラさーん!」
「うおー、おぼえてくれたのねー!」オレが叫ぶ。
「そりゃそうですよ。宮古養護ではアキラさんのCDかけてと毎日せがむ子や、ボーントゥーラブを聴かないと作業をはじめない子とか、お母さんたちまで鼻歌でハローマイマムを歌ってますから」ウネマコ先生が説明する。
ううむ、世界で一番オレの歌を聴いてくれる子供たちがここにいるのね。
マナミ(14歳?)とミナコ(10歳?)が浴衣姿で施設の中を案内してくれる。障害を持つ子だけじゃなく、親と住めない子供たちもわいわいと暮らしている。
園長先生にあいさつにいくと、「祭りのあとで、みんなで飲みましょう」と誘ってくれる。
むむむ、ここは宮古島だ。あの危険な飲酒宴会「おとーり」が待ち受けているかもしれないとビビる。
児童や父兄がぞくぞくと集まり、やぐらの上では子供たちや職員によるエイサー太鼓やダンス、園長たちの三線演奏など、かなりレベルの高いパフォーマンスがくりひろげられる。とくに氷川きよしの「ずんどこ節」が3回も演奏される人気ぶりである。オレはあとで待ち受ける「おとーり」で「恐怖のずんどこ」に落ちながらもやぐらへのぼる。
ウネマコ先生、むっちゃん先生、マリちゃん先生、宮古養護の子供たちにもステージにあがってもらい、バックで踊ってもらう。
0708宮古盆踊りphoto by YOKO

1.なんくるないさ
2.Hello my mom!

さすが離島のなかでももっともノリがいいといわれる宮古だ。こんふうに盛り上がってくれると歌い手冥利につきるである。ステージをおりると、お母さんやあばあたちから「あんたの歌、よかったさー」と肩をたたかれる。
打ち上げ花火と火文字によって祭りも終了し、机とイスがやぐらのまえに集められる。園長をはじめ職員、福祉関係の役員の方々が座り、酒とつまみが運ばれる。野外で宴会というのも島んちゅならではの素敵な風習だ。
「あんたも飲みなさい」
おおー、すげーごちそう! と喜んで席に座ったのが恐怖のはじまりだった。
「おとーり、まわしまーす」
で、でた! やはりこれはさけられぬ運命なのか。「おとーり」は若者たちが急性アルコール中毒などで運ばれる「イッキ、イッキ」飲みの原型のようなものである。
かんたんにルールを説明すると、まず集まりのリーダーである「親」が口上を述べ、自分のグラスを一気飲みする。「おとーり、まわしまーす」と言って、左手に持ったグラスに右手で持った一升瓶から酒をグラス3分の1ほど注ぎ、参加者ひとりひとりに飲ませていく。そのつどひとりひとりとあいさつや会話を交わし、飲み干してもらうと「ありがとうございました」と言ってつぎへいく。全員にまわし終わると、つぎの人を指名し、その人が口上を述べ、またつぎのラウンドがはじまる。つまり参加者が20人いたら、1周で20杯一気飲みする。これを全員腰が抜けるまでつづけるのだ。
観光ガイドには「泡盛3:水7で割る」などと書いてあるが、ここに集まった福祉界の重鎮たちは筋金入りの長老たちだ。アルコール30度の島酒(泡盛)をストレートで飲む。
オレは酒が強いと自認していたが、宮古島では通用しない。このお方たちは酒豪などというレベルではなくもはや「怪物」だった。5,6杯を一気飲みし、自分の番になった。足がふらつくまま長老たちに酒を注ぎ、ろれつのまわらぬまま礼を述べる。
ここに集まった人たちは一見ただの酔っ払いおじいに見えるが、「福祉」や「人権」という言葉がない時代から孤軍奮闘し、障害のある子供たちや親と住めない子供たちを守ってきたのだ。こんなすごい人たちにもうベロベロのオレが酒をついでいいのかよと思いながらも、なんとかお役目を果たす。
やばい、もう歩けん。つーか座ったら立てない。明日は2本もライブがあるし、20杯も一気飲みしたら死ぬ。かなり酒豪のウネマコ先生が耳打ちする。
「いちおう自分の番がすめば帰ってもいいという暗黙の裏ルールがあるんです」
よかったー。そうだよな、アセルアルデヒトの少ない人もいるはずだし、毎回おとーりで死人が出ていたら、宮古島も無人島になっているはずだ。
ここらへんからもう意識はないのだが、
朝起きたら、
生きていた。

8月24日(金)宮古島「南静園」ライブ

前回も紹介したカレー屋「茶音間(ちゃのま)」は宮古島の北部にある。
地元のおいしい料理はあるが、全国レベルのグルメがなかなかみつからない離島では圧倒的な存在である。もう「宮古島といったら茶音間のカレー」なのである。ハイシーズンのせいか外のテラスもいっぱいである。ドアにはオレのフライヤーも貼ってくれている。
「あっ、アキラさん、ひさしぶりですね。今日のライブいきますよ」マスターが声をかけてくれる。
 オレはチキンカレー、ヨウコはベジタブルカレー、エミはフィッシュカレーをたのんだが、一口食っておどろいた。わずか7ヶ月ぶりなのに、別物と思えるくらい進化しているのだ。札幌でカレー三昧をしてきたオレも舌を巻く美味さだ。チキンカレーはスパイスのバランスが絶妙で、ベジタブルカレーはシナモンの配合にびっくりし、フィッシュカレーはココナッツミルクのまろやかさがたまらない。まったくどこにもない独特の味だった。さらなる進化が楽しみだ。
0708宮古カレーphoto by YOKO

茶音間をちょっともどると、ハンセン病施設「南静園」がある。
もとジャズ歌手の蓮さんと合流し、真っ青な海が広がるテラスでリハをする。蓮さんにも歌わせようとしたが、「ブランクが長いので、今回はかんべんしてください」ということになった。
今日は魂の母アシリ・レラさんから贈られたジーンズをはいてるのよね。「アキラはいつも破れたジーパンはいてるから」と、レラさんが一生懸命アイヌ模様を刺繍してくれた宝物である。これさえあれば1000人力なのだ。
0708宮古レンphoto by YOKO

自治会長の宮里さんがなつかしい笑顔で迎えてくれる。宮里さん自身、ハンセン病のつらい歴史をくぐってきた当事者なのだが、高齢によって当事者が減っていくので(去年は13人亡くなった)、施設をどうするかという問題を抱えている。沖縄本島の「愛楽園」は約300人の当事者、宮古島の「南静園」は約100人の当事者が生活している。いずれもたくさんの職員を抱える巨大施設である。老人たちはいろいろな合併症をかかえているが、医師がなかなかきてくれないという。今後は老人介護施設に移行していくという方針はあるが、そのためには法律を変えなくてはいけない。国民のハンセン病に対する無関心も壁になっている。国会には超党派のハンセン病施設問題に関するグループもできているが、それを後押しするために署名を集めている。
ハンセン病は過去のものという風潮がある。病気自体はとっくに克服されているが、その傷跡が完全にいえるまでは時間がかかるだろう。
オレはこう思う。問題は「ハンセン病」という限られた分野じゃなく、その根源にあるのは、「無知による差別」である。
エイズはもちろん、広島長崎の原爆から六ヶ所村などの原発問題、世界中の先住民に対する差別、精神病や病人、弱者やマイノリティーに関する無関心も、同じ心から生まれる。
「忘れられた人々」と世間は呼ぶ。しかしすべてを透徹した視線で見わたせば、過去、現在、未来とつらなる、命の根っこが見えてくるんだ。

自分と異なった者へのリスペクト。
他者への思いやり。
ちがいから学ぶこと。
ちがうからこそ愛し合うということ。

このような人間の根源的テーマをハンセン病は教えてくれる。
海に面した公会堂には、もっとも深い人間の闇をのぞいた老賢者たちが車椅子に乗ってやってくる。
「赤ちゃんと老人はもっとも神様に近い存在だ。おかしなことを言うのは人間の言葉から神様の言葉をおぼえる練習をしているからだ」とアイヌは言う。「認知症」や「痴呆症」という貧しい言葉は、逆に現代社会自身がいかに大切なことを「物忘れ」しているかをあらわしている。
たしかにおじい、おばあはオレの歌詞を聞き取れないないかもしれない。しかし「魂の耳」で聴いてくれるんだ。
去年のライブははじめてだったので、ややおとなしめの曲を選んだが、今回は真っ向からぶつかってみることにした。
0708宮古南静園photo by YOKO

1.ミタクオヤシン

何度倒されてでも
どんな馬鹿にされたって
ひとりぼっちじゃないと
君のために歌うから

2.チャーガンジュー

ああ君がチャー(むっちゃ)いじめられたら
ぼくの腕で守ってあげる
弱虫だって臆病だって
誰より強く支えてやる

3.心がくしゃみをした朝

必要ない 必要ない
おまえはいらない人間だ
そんなはずない そんなはずない
いらない者などこの世にない
心がくしゃみをした朝

4.祝福の歌

たとえ誰が君をあざ笑っても
ぼくは胸をはり君を祝福するよ
たとえ君が君を信じなくとも
ぼくは腕広げ君を祝福するよ

5.家族

傷つけあったけど
憎しみあったけど
世界で君だけの家族

6.今日は死ぬのにもってこいの日だ

おまえが生まれるとき
世界は笑い
おまえは泣く
おまえが死ぬとき
世界は泣き
おまえは笑う

7.なんくるないさ

島は島でひとつじゃない
海のしたでは陸つづき
人は人でもひとりじゃない
赤い血潮で結ばれる

8.Hello my mom!

Hello my mom!
自分で決めたんだ
ままの子になろうって決めたんだ
だって世界中で誰よりも
ママのこと大好きだから

「なんくるないさ」と「Hello my mom!」ではむっちゃん先生とマリコ先生の踊りと手話がステージを華やかに彩ってくれる。
指先のないおじいやおばあの手をひとりひとり握りしめてお礼を言った。次回にくるときにはまた何人かニライカナイ(神の国)へ帰っていることだろう。それでも命があるかぎり、オレはこのおじいおばあたちから学んで生きたいと思う。
「だれもひとりぼっちじゃない」という大いなる学びを。

8月24日(金)宮古島「クォーター」ライブ

蓮さんのペンション「RENN」へいった。
インギャア・ビーチをのぞむ絶景のロケーションだ。沖縄の若手デザイナーといっしょにデザインした建物も息を呑むほどかっこいい!
これだけハイセンスな宿は沖縄広しと言えどまずないだろう。さっそく予約が殺到しているので、宮古島へ行くときにはぜひ泊まってほしい。「akiramaniaを見た」と言えば宿泊代が半額! になるわけないじゃーん。でも美味しいブラッドオレンジのジュースくらいはサービスしてくれるだろう。

さてさて今夜の会場「クォーター」は、おかまのツヨシが経営する「パンツ屋」である。
パンツ屋と聞いて、オレは唐草模様やお茶漬け海苔模様のお笑い系下着だと思っていた。いやいやツヨシがデザインするのは、琉球模様や伝統柄をパッチワークした手作りファッションパンツなのであった。タイパンツのようにゆるやかな曲線と美しいカラーセンスが光るオートクチュールだった。
彼のファッションショーには100人を超える人々が集まり、完売するほどの人気ぶりである。
面倒見のいいツヨシのキャラを慕って男も女もやってくるので、バーも兼用している。ツヨシ人気も手伝って、クォーターには満杯の人がつめかけた。おととい飛行機が遅れたために偶然会った立命館大学の山本教授はシヌグ祭りでいっしょだった山本陽子さんの旦那である。ネアリカに参加し、今はニューヨークで彫刻家になったマリンとも4年ぶりの再会だ。なつかしい再会を喜ぶ友達や旅人も多い。
前半は新曲を中心に、タマミ家から運んだピアノで歌いはじめる。

1.雲のうえはいつも晴れだから(ピアノ)
2.愛を知らない子供たち(ピアノ)
3.Traveling man
4.マーマーマレードスカイ
5.終わらないキスをしよう

6.祈りの歌
7.祝福の歌
8.ソウルメイト
10.家族
11Hello my mom!(手話:むっちゃん先生、マリコ先生)
12.なんくるないさ(踊り:むっちゃん先生、マリコ先生)
0708宮古クオーターphoto by YOKO

会場が一体となったので、最後の2曲は新しい試みをした。むっちゃん先生、マリコ先生にステージに上がってもらい、全員で「Hello my mom!」の手話を習う。宮古養護学校では聾唖の子もたくさんいるので、この歌を歌うときには手話で振り付けしたんだ。
手話の歴史を知るには「我が指のオーケストラ」というすばらしい漫画がある。一時は唇の形から言葉を読み取る「読唇術」がブームとなり、手話排斥運動が世界的に高まった。しかし聾唖者たちに厳しい修練を課すことになり、しかも10人中2人くらいしか読唇術は成功しなかった。ふたたび手話が世界的に復活し、現在は健常者でも手話を習う者が増えている。
「ママに会えてよかった」をやってみよう。「ママ」は人差し指でほっぺたをさわり小指を立てる。「会う」は人差し指同士をくっつける。「よかった」はピノキオの鼻先を握るような感じである。
みんなはじめてやる手話にとまどいながらも、「かわいいーい」とか「意外にかんたーん」とか驚いている。
「なんくるないさ」の踊りは宮古養護でも定番である。行事のたびにみんなでこの曲を踊る。カチャーシーのように手のひらをひらひらさせたり、くるくるまわったり、子供たちでも覚えられるような楽しい振り付けだ。イスから立ち上がってもらい、せまいながらも全員で踊った。

13.だいじょうぶマイフレンド(アンコール)
14.旅立ちの歌(アンコール)
15.天使のキス(アンコール)
16.ぬちどぅ宝(アンコール)

なりやまぬアンコールにこたえるため、リクエスト者たちのじゃんけん大会で決めてもらった。それでもしぼりきれず、4曲を歌う。
やっぱ宮古はすごいわ。人も土地の磁場も開かれている。
「さんざん沖縄を旅したつわものたちは宮古島に行き着く」と言われる言葉を実感した夜だった。
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