New 天の邪鬼日記

小説家、画家、ミュージシャンとして活躍するAKIRAの言葉が、君の人生を変える。


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 「ぎっくり腰はだいじょうぶですか?」というメールをいくつかもらった。
 バリといえばエステというくらい女性観光客のあいだでは、バリ式マッサ-ジ、アロマセラピー、ハーブエステ、アユルベーダ、砂風呂など、さまざまなエステが低料金で受けられる。
 オレにとってのエステはなにか?
 シャーマンである(笑)。
 ぎっくり腰とバイク事故のおかげでシャーマンの治療を身をもって知ることができた。転んでもただで起きないとはこのことである。
 世界でも類をみないバリの宗教はインドのヒンドゥー教と土着のシャーマニズムの合体である。観光大国であるバリの正体は、南米やアフリカとならぶアジア最大のシャーマン大国でもあるのだ。
 これでなぜオレがバリに呼ばれていったかわかったでしょ。
 バリではシャーマンを「バリアン」と呼ぶ。オレが最初に治療してもらったバリアンは僧の位をもつスリ・ブガワン氏だ。年齢は60歳くらいだが若々しい印象で、落ち着いた物腰が信頼感を与える。紹介者によると、政治家や島外からも患者がくるほどの高名な治療者だ。呪いや悪霊に憑かれた病人を数え切れないほど治癒させてきたという。
 いきなりぐりぐりとオレの脈をとり、体の状態を言い当てていった。呪文とともにオレの腕や背中を指で叩き、皮膚を切るような指使いで悪いエネルギーを外へ出す。石臼に25個の聖なる石や珊瑚や木片をすり、お湯にといたものを飲まされた。
「ぎっくり腰は誰かの呪いなんですか?」
 バリ人にとって病気は悪い霊や呪いからくると信じられているので、いちおうむこうの流儀で訊いてみた。
「いや、これは警告だ。あなたはとても強い体をもっているが過信しすぎいる。あなたを守っている祖先の霊たちがあなたを休ませるために警告しているのだ」
 米をひたいに貼りつけたバリアンは淡々と語った。
「バイクの事故もですか」
「あっはっは、このかすり傷がなかったら、あなたはもっと大きな事故で死んでいただろう。あなたの身におこる小さなできごとが警告となって、さらにひどい不運からあなたを守ってくれているのだ。謙虚に心を澄まして祖先たちの警告を見逃さないようにしなさい」
 たしかに事故ったあとから極端な安全運転に変えたしなあ。
 そうそう、バリではもうひとつ不思議な変化が起こった。愛猫コマが死んでから酒を飲まないでも眠れるようになったのだ。この25年間、毎日ワイン3本くらい飲んでたからね。もともと眠りが浅いうえに作品をつくっていると神経が研ぎ澄まされて眠るどころではなくなってしまう。酒でなんとか神経活動を麻痺させ、最後は酩酊状態でバタンキュッて爆睡するパターンが習慣化していた。
 「夜は眠らなくちゃならない」という強迫観念が消えた。夜眠れなければ昼寝すればいいし、体が眠りを要求したときに合わせて眠ればいいって思えるようになった。
 自由に生きてるつもりでも、自分で課した責任感や過去の習慣にけっこう縛られているもんだ。それって生活していると見えなくなってくる。自分と背景がとけ込んじゃってるからね。
 旅に出ると日常の背景から引きはがされ、いやがおうでも自分の姿が見えてくる。やっぱ疲れてたんだなあ。出発前は毎日20時間近く書きつづけていたし。
 今は憑き物が落ちたというか、心が軽くなった感じだ。
 プーケットから帰る夜行バスでこんな歌が浮かんだ。

 「Happy birthday」

 死んじまいたいこともあったし
 生まれてこなきゃよかったって思ったし
 それでも地べたをはいずり生きてる
 これって奇跡なんじゃねえのかい

 赤っ恥ばっかかいたし
 青っぱなもかまなかったし
 ティッシュに丸めて過去など捨てちゃえ
 これって楽チンチンじゃねえのかい

 Happy birthday Happy birthday
 この瞬間に君は生まれ変わるんだ
 Happy birthday Happy birthday
 生まれたての君に乾杯

 作り笑いもできないし
 皮肉な笑みもいらないし
 腹をかかえて笑おうぜ
 これって幸せなんじゃねえのかい

 だますよりだまされたいし
 傷よりキスをつけたいし
 友情貯金は長者番付
 これってリッチなんじゃねえのかい

 Happy birthday Happy birthday
 この瞬間に君は生まれ変わるんだ
 Happy birthday Happy birthday
 生まれたての君に乾杯

 Everyday is your birthday everyday is your birthday
 目覚めれば君は生まれ変わるんだ
 Everyday is your birthday everyday is your birthday
 毎日が君のHappy birthday
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 「バリ島なんて旅の初心者がいくところよ」となめていたが、大まちがいだった。
 ショッピングの女王も、クタ・ビーチで男をあさるOLも、ナンパ目当てのサーファーも、アジア・マニアの旅人も、ガムランを習うミュージシャンも、バリ・ヒンドゥーを研究する宗教学者も、あらゆる層を虜にしてしまう魔法の島なのだ。
 物価は南米よりも安いし、なにより日本語が世界一通じる外国である。
 ロビナ・ビーチのことを書きかけたままなので、つづけよう。
 空港に近いクタ・ビーチはうるさすぎるので、真っ直ぐ北海岸にむかう人も多い。ビーチは黒砂だが、珊瑚礁に守られたピースフルなビーチである。
 おすすめの安宿はたった500円で目の前にビーチが広がる「スリ・ホームステイ」だ。水シャワーと蚊帳のついた部屋はいたってシンプルだが、スタッフのウェイとダニエルという若者がフレンドリーで親切なのよ。やつらは昼間チェスで一喜一憂し、夜はギターを弾いている。
 オレがipodでONSENSの歌を聴かせると、ダニエルは大きな目を輝かせてこう叫んだ。
「AKIRA,you're so good!」
 オレたちは音楽で意気投合し、ロビナ・ビーチのテーマソングをつくることになった。
「よっしゃ、5年後にはこのビーチの誰もが口ずさむような歌にしようぜ」
「テレビの観光CMに起用されて世界中でヒットしたら、僕も日本にいけるね」
 ダニエルが思いつくままにならべた歌詞をオレがまとめ、メロディーをつけていく。スイートな歌詞とキャッチーなメロディーが合体したビーチ・レゲエである。
 25歳のダニエルは陽気で少年のように無邪気だ。オレがいいメロディーを思いつくと、親指を立てウインクする。
「AKIRA,you're so good!」
 べつに深い意味はないのだろうが、まるで神様がこの無邪気な若者の口を借りて自分の存在を全面肯定してくれているようにうれしくなってしまう。
 泊まっていたドイツ人のカップルやフランス人もコーラスにくわわり、みんな大喜びで1日中この歌を練習した。

「Love in Lovina」
music by AKIRA & DANIEL

We fall in Love love in Lovina
ぼくたちはロビナで恋に落ちた
Love in sky & sea
空と海に恋したんだ

We fall in Love love in Lovina
ぼくたちはロビナで恋に落ちた
Love in you & me
君とぼくが恋したんだ

By the end of journey I find a shanty place
旅の終わりにぼくは平和な場所を見つけた
By the end of mighty I find sweet lover
力が尽きる前にぼくは素敵な恋人を見つけた

Forget everything your duty
義務なんてすべて忘れちゃえ
Forget every past
過去なんてすべて忘れちゃえ

Listen to the sound of wave
波の音を聞いてごらん
Listen to the sound of music
音楽を聴いてごらん

We fall in Love love in Lovina
ぼくたちはロビナで恋に落ちた
Love in sky & sea
空と海に恋したんだ

We fall in Love love in Lovina
ぼくたちはロビナで恋に落ちた
Love in you & me
君とぼくが恋したんだ

I floating on the ocean
ぼくは海に浮かんでいる
Like a mother's womb
まるでお母さんの子宮のようだ

I blown in the seabreeze
ぼくは潮風に吹かれている
Like a dancing trees
まるで踊る木々のように

Remenber everything your child heart
子どもの心を思い出せ
Remenber sence of wonder
驚く心を思いだすんだ

Look at to the burning sunset
燃える夕日を見てごらん
Look at to the my burning heart
燃えるぼくのハートを見てごらん

We fall in Love love in Lovina
ぼくたちはロビナで恋に落ちた
Love in sky & sea
空と海に恋したんだ

We fall in Love love in Lovina
ぼくたちはロビナで恋に落ちた
Love in you & me
君とぼくが恋したんだ

So quiet the town is sleeping now
とても静かだね 町は寝静まったよ
Under the moonlight We kissed
月明かりの下 ぼくたちはキスを交わす
AKU CINTA KAMU
愛してるよ(インドネシア語)

We fall in CINTA CINTA Lovina
ぼくたちはロビナで恋に落ちた
Love in sky & sea
空と海に恋したんだ

We fall in CINTA CINTA Lovina
ぼくたちはロビナで恋に落ちた
Love in you & me
君とぼくが恋したんだ

 わずか2日間の出会いなのにダニエルたちと別れるのがつらい。みんなが「Love love in Lovina」を歌いながら見送ってくれる。
 歌は国境を越えるのだ。
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 またまただいまー!
 日記が更新されなかったり、オレが死んだ夢を友だちが見たという噂も流れたけど、どっこい元気に帰ってきたぜ。
 じつは日記もあれから2回ほど書いたんよ。2時間もかかった文章が停電で消えちゃったり、ささいな操作ミスでアップできなかったりしたんで、あきらめた。
 これはもう「書くのをやめてずっぽり旅につかりなさい」という神様のメッセージだと勝手に解釈したのだ。
 おかげで抱えきれないほど豊かな体験をさせてもらった。バリの話はのちのち本やここでもふれるとして、まずは気になる津波の情報から届けよう。

 オレはバンコクからバスで12時間のプーケットにむかった。地元のバスでは380バーツ(1216円)だが、外国人旅行者が集まるカオサン街から350バーツ(1120円)のバンにのって夕方6時に出発、翌朝6時に南部のスーラータニで降ろされた。ほかの旅行者は被害の受けていないビーチにむかい、オレはたったひとりでローカルバスに乗り換えねばならないという。しかも細かく停車するので、真っ直ぐいけば2時間のところを6時間以上かかるという。
 旅行会社はこんなことひと言もいってないし、オレはたった96円安く上げようとしたばっかりにだまされたのだ。1時間後にエアコンバスがでるというので、しかたなく40バーツ(128円)たしてそれにのった。
 するとスーラータニの鉄道駅から日本人らしき女性がのってきた。わざわざ津波後のプーケットにリゾートにいくのもおかしいので事情を聞いてみた。
 Yさんは6年前にピピ島のダイブ・ショップを1ヵ月ほど手伝い、たくさんの人と仲良くなった。その人たちの安否を確認しにいくのだ。
 オレは出発前に友人のMさんからもらったメールを急に思いだした。

わたしの大切な友人が亡くなりました。
バンコクに住んでいて、
旅をしていたときに仲良くなった
タイ人の女の子です。
たまたまあの日、ピピ島のビーチにいて行方不明になり、
5日後に遺体で見つかったそうなのです。
彼女の眠るスリンへお墓参りに行きたいのですが、
まだ当分先になりそう。
ずうずうしいお願いですが、
もしも覚えていたら、
タイで、ピピ島の近くで、すこしだけ祈ってもらえませんか?

 こういうとき、オレは運命の波にひょいと乗ってしまう癖がついている。
 プーケットからピピ島までは船で1時間半ほどだ。船が入り江に近づいていくにつれ、なぎ倒されたヤシと崩壊した建物が目にはいってきた。瓦礫を運ぶ船が停泊し、人々がゴミを運んでいる。人為的なテロなどよりも天災は爪痕を残していく。この島だけでも1000人以上の死者が出たという。
「もうだめ、手が震えてきたわ」
 Yさんは6年前に撮った写真を見せてくれた。この健康的なダイブショップの若者たち、無邪気に笑う子どもたちはどうなったのだろうか。
 上陸すると、Yさんの写真に人々が集まってきた。ふだんはホテルの客引きやおみやげを売りつけにくるはずの島民が真剣に写真を指さし、片言の英語で「オーケー、オーケー」と言っている。
 Yさんがお世話になったダイブショップのオーナーがいた。マフィアのボスみたいなこわもての顔をほころばし、Yさんの再訪を喜んでくれた。
「ちょっと待ってろ」
 彼は小学校高学年くらいの女の子をふたり連れてきた。写真ではまだ小さかった子どもがこんなに成長していた。当時4歳くらいの「ボーイ」という名の少年もたくましくなっている。
「津波が起こった午前10時半に子どもたちは船でプーケットの学校に行っていたから助かったんだ。まだ赤ちゃんだったこっちの子はビーチハウスとともに流されたが、奇跡的に助かったんだ」
 Yさんがおしめを替えてやった女の子だ。ひたいに傷を残しながらも元気にはねまわっている。Yさんがとくにお世話になったほとんどの人が生きていた。
「おれの5メートルうしろからビルディングみたいな津波が追いかけてきて、必死で逃げたんだ。ダイブショップはきれいさっぱりなくなったが、おれたちはこうして生きている。わざわざ日本からかけつけてくれる友だちもいるしな」
 オーナーは惨劇を豪快に笑い飛ばした。
「津波のおかげでわかったよ。ただこうして生きてるってことが最高の贈り物だって」
 ピピ島には世界中からボランティアが集まり、再建を手伝っている。イギリスから161人、アメリカから124人、カナダから91人、日本からも15人がかけつけた。ふだんならビーチで寝そべっている先進国の連中がほこりにまみれて瓦礫を運んでいるのだ。
 オレは誰もいないビーチへはいり、アイヌ民族の祈り「カムイノミ」を捧げた。たくさんの水死体が打ち上げられた海辺だ。

 驚くすべさいないまま波に呑まれていった者たちよ、
 カムイモシリから残された者たちを守ってください。
 そしていつか美しい海辺に帰ってきてください。
 カムイピリカ、チコプンキネ、イエ、カルカンナ(わたしはそのように心から祈ります)。

 ふうっと見あげた太陽のまわりに虹が架かった。
 丸い日輪と呼ばれる現象だ。
 Yさんを呼びにいってみんなで日輪を見あげた。ピピ島でも珍しいことだという。人は偶然と笑うだろうが、偶然でもいい。自然はこんな幸せな気持ちにさせてくれるのだから。

 オレは日帰りでボートに乗り、ふたたびプーケットにもどった。
 パトンビーチは観光庁をあげて再建が急ピッチで進み、ツーリストももどりつつある。ビーチでミス・タイを決める美人コンテストが開かれていたのには笑ったが、ホテルの総部屋数のうち約9割が使用可能になったという。
 オレはプーケットで98年に参加した ベジタリアン・フェスティバルのシャーマンを探しにいった。
 当時泊まったオンオン・ホテルに宿をとり、記憶と写真を便りに見覚えのある家にたどり着いた。軒先にでていたおばあさんに写真を見せると、家の奥にいざなわれた。
 あのとき異邦人のオレを祭に迎え入れてくれたシャーマンが白髪の小さなおじいちゃんになってテレビを見ていた。おじいちゃんは写真を見てもすぐには思い出せず、しばらくたってから急に立ちあがった。するといきなりオレのまえで手を合わせお辞儀したのだ。
 タイ語もわからないオレは恐縮してこっちも手を合わせた。ちょっとこっけいなお辞儀合戦になったが、当時無謀にも注射器をほほにさした珍入者を彼も思いだしてくれたようだ。
 オレはお茶を辞退し、おじいちゃんのやせた肋骨を抱きしめて去った。たった7年でも、時は人を押し流し、永遠にとどまらせてはくれない。
 移ろいゆく姿をそのまま受け入れ、自分も時空をサーフしていく。
 プーケットの珊瑚礁がほとんど無傷で残ったように思い出は堆積していく。
 美しい思い出も、バカらしい過去も、通りすぎていった人々も、みんなみんな絹衣となってオレの命をくるんでいる。
 あったかいよ。
 これらの影がいるかぎり、どんな寒さにも耐えられる。
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