さつきぽんの性別適合手術(SRS) 体験談 MtF タイ ダイレーション 性転換

性同一性障害でMtF(男→女)のさつきが

タイで受けた性別適合手術の記録です

これから性別適合手術(SRS)を受けようと思っている人の参考になれば幸いです。

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こんにちは、お久しぶりです。

今月で手術を受けて二年が経とうとしています。


今日は体の事だったり、心境の変化だったりを、思い付くままにお話ししようと思います。




患部の状態については、術後二年経ちましたがものすごく健康です。


特に大きな問題も無く、腫れも完全にひいて


ダイレーションはそうですねぇ……月に二回ぐらいしかしてないかもしれません。


本当は週に一度はしなくてはいけないんですけど、ほら人間って慣れてくると、そんな感じになっちゃうでしょ?


それでも特に問題なく大丈夫みたいです。




何かSRSって、慣れてない体を急に渡されて最初はあたふたするんです。



ダイレーターがいつもより数ミリ進まなくて焦ったり、ちょっと血が出たら大騒ぎしたり

あれ?これは何だろう、あれは何だろう、大丈夫かな、いや大丈夫じゃないかもしれない……。




当然だと思います。


全く未知の体を自分に与えられて、ちょっとした変化にすらビクビクしちゃう。


それでも毎日毎日そんなことを繰り返していくと、だんだんとコツみたいなのも分かってきて


『あー、このくらいの血なら大丈夫』とか
『あー、前もこんなことあったし焦らなくても平気』とか


何か気持ちもだんだんドシっと構えられるようになりますね、まるで子育てしてるお母さんのような。



でもこの心境って適当になってるわけじゃなくて、毎日毎日真剣にそれと向き合ってぶつかって、そこから得られた知識や経験があるから、焦らず構えられていられるんだなって。



体の事はもう大丈夫です。
もう大丈夫、って堂々と人に言える程になりました。




この先まだまだ人生は長い。
この体とその長い人生を一緒に歩んでいかなきゃいけないわけで、多少の不安はありますけど、きっと大丈夫だと思います。




きっと大丈夫。

そう思えるようになったのにはいくつか理由があります。




それは体の変化もそうですけど、一番は心境の変化ですね。




このブログを立ち上げた二年前から、あまりに多くの事を経験しすぎて、上手く説明出切るか、伝えられるか分かりませんが言葉にしようと思います。



手術を受けた二年前と、じゃあ何が変わったのかと考えると


まず体が変わりました、これは当然ですね。


次に住むところも変わりました、東京です。


そして仕事も変わりました。別の日記で改めて書きますが、芸能関係やイベント関係のお仕事をしています。



そうすると毎日関わってくる人も変わりました。色んな人がいます。








少し昔の話をさせて下さい。


私は昔、自分の人生をゴミクズのように思ってました。




男として生まれて、男として育てられて、何かパッとするわけでも無く、地味で、控え目で、真面目にすることしか取り柄が無くて、特に大きな才能も無く、かといって不良になれるほどの度胸も無く、中途半端で、優柔不断で、いつも逃げ腰で

周りの同級生と比べると恥ずかしくなるほど没個性で普通な人間。


自分には何も無い。
何か掴まなくちゃ。でも何を?

『何か』にならなくちゃいけない、と。






それが私でした。中学生の時が特にそんな感じ。

思春期ってやつ。






次に高校生の時、たしか16歳の時だったかな。


体の性別と心の性別の不一致の問題に直面しだして、焦るんです。


あれ、これ何かおかしいぞ?あれ?って。


自分は没個性に悩んでたくらい普通の人間だったのに、いざ性同一性障害なんて難題を突き付けられて、焦っちゃうんです。


とにかく焦ってました。根は真面目で控え目な私なんだもん。
自分の人生にまさか『性別を変える』なんて発想がそもそも無かった。
今と違ってそんな時代でも無かったし。




16歳。

みんなが部活やバラエティ番組の話で盛り上がっているなか、自分一人だけ全然別の事を考えなくちゃいけない。


悩みの大きさなんて人それぞれ違うし、人と比べる事なんかじゃないって今なら分かるけど


当時の私はそれが理解出来なかった。


毎日楽しそうに過ごしている同級生を見てると、怒りさえ込み上げてきた。
みんなお気楽でいいね、幸せなんでしょ?
自分一人だけ理不尽だよね、って。



そこからどんどん変わっていった。
友達が離れていくようになった。



自分でも、自分の性格が悪くなっていくのを感じてた。でも止められなかった。
今思えば余裕が無かった。




そうなってくると、もう負のループ。



親とも仲が悪くなって、家でも学校でも居場所が無くて。


勉強どころじゃ無かったですね。
中学生までは成績優秀な部類だったのですが、勉強するくらいしか他にやることがなかったんですね。


その唯一何とかやってた勉強も、高校生になった時にガタ落ち。


学年で下から何番目、みたいな成績状況になってしまった。



そうなると親にも怒られるわ、先生にも見離されるわ、あれ?って。


真面目だけが取り柄の私が、なんでこんな事になってるの?って。


周りを見渡しても友達もほとんどいないし、こうなったのは誰のせい?




本当は自分のせいなんですけどね。

でも人間って弱いから、自分以外の何かのせいにしたくなるんですよ。



これは、この体が悪いんだ。
この体さえ無ければ!!!って。



そして実家を飛び出して、誰にも言わずにホルモン治療を始めたました。

正直今思えば勢いだった。


未成年でも注射してくれるような違法な医者を見つけたり。

そこからですね、性別葛藤の長い長い戦いが始まったのが。









人間って、孤独になると何かに依存するんです。



それが恋愛に依存するのか、アルコールなのかギャンブルなのか、リストカットなのか、タトゥーなのか、またそれ以外の何かなのかは分からないけど。


自分の心に空いた穴を埋めるために必要以上に依存する。

独りが怖くて、何でもいいから何かにしがみつく。

私は独りじゃないよって、生きているんだよって。


そして、それが自分の全てなんだと勘違いしてしまう。


そして不思議なもので、そうやって何かに依存したり中毒になってる間って、きっと落ちていく自分が逆に気持ちよかったりするんですよ。

分かるかなぁ。




そうなるともう止まらない。
可哀想な自分が大好きモード。
それが気持ち良くてたまらない。



そうやって私も性別の渦にどんどん落ちていった。




毎日毎日ヘドが出そうになるような暗い気持ちが際限無く心の奥からわいてきて、ウジ虫みたいに全身を這いずりまわってくる。




当時の私に、今の私の周りにいるような仲間がいれば違ったかもしれない。


でも一人だった。孤独だった。
ずっとずっと孤独で、それがどうしようもなく怖くて怖くて。

どれだけ泣いても何も解決されなくて。



自分と同じ境遇の人もいないし、ましてやこんな自分を好いてくれる人なんて誰一人いないだろうって。

ただそれが一番怖かった。
孤独ってどんな凶器よりも恐ろしい。





誰か助けて、って叫んでた。

最初は。


それが段々と、早く楽にして下さい、って思うようになる。

死ぬことです。



もうこんなに孤独で怖い思いをするなら、いっその事自分で死んでしまおうと思った。

人生で、二回だけ。



今思えばどっちも死ぬほどの事じゃなかったけど、当時の私にはそれが分からなかったのでしょうね。



もっと広い、外の世界を見ていなかったのかもしれません。






そして、しばらくしてから転機が来ます。


女性としての社会人です。



どうにか自分の人生を模索していた私は

女性社員として社会人と認められれば、今の私の気持ちが軽くなるんじゃないだろうか、と考えました。


たまたま求人を出していた広告代理店に面接に行ったんですよ。
メイクして、スカート履いて。




どうせ採用なんてされないだろうと思って、面接時に正直に体の事もお話しました。


また体や性別の事を根掘り葉掘り聞かれたあげく、面白がられて不採用かぁ、なんて考えたんですけど


意外にもその面接では、体の事はほぼ聞かれずに、もっとごく普通の私生活や学生時代の事が質問の中心でした。

今思えば、体の事よりも、私の人間性を観察してたのかもしれませんね。



どういう訳か採用になって、私も自分でも驚いてたんですけど、採用されたからには働くしかないって思って。



それはもうテンションが上がりましたね。

だって女性として社会人なんて、それだけでもう夢のようだ!って。








甘かった。





何が一番いけなかったか、って

それまで散々、自分が一番可哀想だの、こんな体のせいだの

そんな生き方をずっとしてきたから、もう全てにおいて逃げ癖がついてたんですよ。

甘ったれてた。



何か問題が起きると

私は悪くない、何で私ばっかり、あの人は良いよね、やってられない、もーやめよ。



そんなのは、子供うちは通っても、大人の社会で通用するわけが無いんです。


私は、自分の性別の事にとらわれすぎてて、人間として全く成長できてなかったことに、そこで初めて気が付きました。


性別の事で頭がいっぱいで、それ以外の事を何も考えてなかったんですよ。からっぽ。





結構ハードな職場だったので、普通の人ならここで辞めるという選択肢があるのかもしれませんが、この体で他の職場のあても無い私はしがみつくしかなかった。


営業だったので、契約取れないと毎日上司に怒鳴られるし、顧客もいい人ばかりではないし、それでも仕事は終わらないし眠れないし休みも無いし。



一時期スマホの着信音を聴くだけで胃が痛くなってしまって困りました。軽いノイローゼ気味だったのかも。




女性社会人として1人で生計を立てていると、初めて母親にカミングアウトしたのもその頃です。


その頃でも母親との関係はあまりよくありませんでした。

結構長い間音信不通でしたから、しょうがないかもしれません。


初めてカミングアウトした感想は『ここまで変えちゃってるから、しぶしぶ認めざるおえない』って印象。


それでもその後に『男に戻る気は無いのか』って何度も聞かれるのが辛かった。

何が辛いって、母親に悲しい思いをさせているのが自分って事に1番罪悪感を覚えました。

いや、勝手に体を変えたのは私なんだからしょうがないんですけど。


親戚や近所に言えないわ、って泣いた母親。

あいつは病気だ、って家族に陰でささやかれて。


それでも、分かっていたけど母親の悲しむ顔ってやっぱり心にザクザク刺さるんです。




その時ぐらいからかな、母親が胸張れるためにもっと世間に認められようって考え始めたのは。
今の仕事における原動力の一つかもしれない。





そして性転換。




性転換の決断って、ある意味プロポーズみたいなものなのかもしれません。


どちらかと言うと、女性ホルモン治療をする!って決断の方がドキドキしたし、勇気いりましたね。恋愛で言うと告白みたいなもの。


それと比べて、性転換はある意味ケジメだったり、自分の体への約束みたいなものかな。



一生この体と付き合って生涯を共にするっていう決断。

これが手に入らなかったら、もう死んでもいいって思えた。









自分の性別については、最近はあまり深く考えないようになりました。


女になりたいと思って突っ走ってきたし、今でもメイクやファッションも大好き。


それでも男として生まれた過去は消せないし、今でも私の事を男して見る人もいるかもしれません。


ただもう自分にも相手にも嘘をつくのが疲れたんです。

隠して生きるのに疲れたんです。
嘘をつくのって簡単なんだけど、後からボディーブローのようにジワジワと精神がやられてくる。それにもう疲れた。




女として見てくれたら嬉しいな、とは思いますけど、でもそれって相手に強制するものじゃないと思うんですよね。


私は女になるために、こんなに努力をして、こんなに痛い思いをして、どうして認めてくれないの、どうして気味悪がるの?って


そう強く思っていた時期もあったけど、何て言うか


それ以上に1人の人間として魅力を感じてもらえたら嬉しい。







結局人間、みんなそんなに暇じゃないんですよ。

私の事を細かく考えている時間も無いわけで。


それぞれに仕事があって、悩みがあって、恋人がいて、家族がいて。

みんな自分が生きるのに必死で、泣いて、笑って、喜んで、生きてる。

他人の事なんか考えている余裕が無い人だって大勢いる世の中。


こんなに大勢の人が住んでいる世の中で、私1人がピーピーと叫ぶのも、何だか滑稽に思えてきて。




だから私はもういいんです。自分の一番欲しかった体がやっと手に入ったから、もういいんです。





それだけで、もう充分幸せなんです。






それに今は仲間がいます。東京に来てから同じ体で同じ悩みを抱えた、ある意味戦友のような同志に沢山出逢えました。


私はそんな彼女達の、特にこれからきっと沢山悩んで辛い思いをするであろう、まだ幼い年代の子達に少しでも、私が経験したような孤独な気持ちにさせないようにと



そういった差別や偏見が少しでも無くなる世の中になればいいな、って心から願っています。



そういった気持ちで、二年前からこのブログを更新しているのかもしれません。


私が特に、性転換の情報不足で悩んでいたから。













今思えば、あの臆病で怖がりで中途半端で優柔不断な幼い私が、よくもここまで思い切って性別を変えて生活しているなぁと、改めてよく驚きます。人生って分からない。



中学時代、思春期真っ盛りの自分が『何かにならなくちゃ』とずっと悩んでいたけれど




ここにきてようやく『自分』になれたのかもしれません。




長かった思春期がようやく終わって、やっと大人になれたのかなって、恥ずかしいですけど今更ながらそう思います。





なので最近はすごく気持ちが穏やかです。

人間なので、多少落ち込んだりもするけれど、まぁ何とかやっています。


家族とも仲良くやっています。


毎日美味しいご飯が食べられて、暖かいお布団で寝れて。


たまに気の合う人と会って一緒に時間を過ごしたり、笑ったり、はしゃいだり。






そんな当たり前の日常。






それがあるだけで、本当はもう充分に幸せだったんだなって。


気付かされました。
幸せって、気付くことなんだって。












今の私は、だいたいこんな感じです。
長い文章を最後まで読んでくれて、ありがとう。




今後もまた、何かあればこのブログを更新するかもしれません。

しないかも、しれません。



未来の事なんて分からないから、断言は出来ないですが



人生って、とても曖昧で、不確かで、誰も先のことなんて分からなくて。
なるようにしかならない。

 

本当に、その一言に尽きます。














Twitterやその他のSNSやブログは、引き続き更新していきます。

その辺りの情報は、また後日こちらにアップしますね。


それでは、今日のところはさようなら。

ありがとうございました。










追記

 

 

手術を受けて、4年以上が経ちました。

体調も、とても良いです。

 

 

手術を受けていた当時と比べると、社会も大きく変わりつつあって、これが時代の変化と言うのでしょうか。

本当に、大きなうねりを日々感じています。

 

 

私のような存在は「トランスジェンダー」と、今ではそう呼ぶそうです。

 

 

今では性別適合手術を題材にした漫画や、私のようなトランスジェンダーを取り扱った映画なんかも増えてきて、少しづつですが住みやすい社会へと変わりつつあるのではないでしょうか。

 

 

この身体、そしてこの人生を送ってきて、気がついたことがいくつかあります。

 

 

このブログでも触れていますが、人間という生き物は、孤独にとても弱いと、思っています。

 

1人では、何もできません。

1人では、生きていけません。

 

だからきっと人間は、助け合い、支え合い、時に恋をして、家族を作り、誰かに看取られ、その生涯を閉じたいのだと思います。

 

 

人間は、弱いのです。

強い人など、どこにもいません。

 

 

 

そして、少しだけ、愚かです。

他の誰かよりも、自分の方が優れていると、勘違いしてしまうのです。

 

 

そして、少しだけ、ずるいです。

そんな他の誰かよりも、少しでも自分の方が優位になろうと、考えます。

 

 

もしそうではなければ、戦争は起きないし、環境は守られるはずだと、そう思います。

 

 

 

そんなどうしようもない人間も、最後は必ず死にます。

死ぬことだけは、平等です。

 

 

それはつまり、出会った人とお別れをすると、いうことです。

 

最後には、必ず別れが訪れます。

 

 

それは、友人も、恋人も、家族も、同じです。

 

だからこそ、一緒にいる時間が大切なんです。

 

 

 

そういう気持ちを、まとめて「愛」と呼ぶのかもしれません。

 

目には見えないけれど、確かにそこにあるように、いつだって人は愛を探して生きているんじゃないのかなと、なんだか売れない歌詞のような表現ですが、そう思います。

 

 

 

私は人間が好きです。

 

例え、愚かで、醜くて、ずるくて、自分のことしか考えていなような人間でも、好きです。

 

それが、人間だからです。

 

 

不完全で、ちっとも上手くいかない存在だったとしても、それでも愛してみようと思いました。

 

 

 

 

男性から女性へ変化する時に、人類とか、生命が、長い時間をかけて生み出した壮大な、オスとメスというシステムの仕組みを、生身で感じたことがあります。

 

 

本当によくできているなぁと、思います。

人は不完全で、足りていなくて、だからこそ補い合わないと生きていけないように、恋をするように作られたのかもしれません。

 

 

こんな素晴らしいシステムを、一体誰が作ったのであろうと、考える時があります。

 

 

ただの偶然かもしれません。

きっとその答えは、誰にも分かりません。

 

 

その答えの出ない「何か」を、きっと

 

宗教の世界では「神」と呼んで、それを解き明かすのが科学であったり、数学であったり化学であったりして

 

それを表現することが芸術だったり、考えることが哲学だったりするのかも、しれません。

 

 

 

よく、性善説と性悪説が議論になりますが、人間はどちらも併せ持っていると私は思います。

 

 

ずるく、醜く、それでも誰かを助けたり、守ったり。

 

何がしたいのか、全く分からない生き物。

 

 

そうやって悩んで、迷って、あがいて、もがいていく最中で

 

自分だって余裕が無いのに、誰かを助けたいと強く思う瞬間が、きっと訪れる時が、あると思います。

 

 

 

もしそんな、このブログを読んでいるあなたが、そう思う瞬間が、もし来たら。

 

 

あなたのその気持ちは、とても人間くさくて、素敵だと思いますよ。

 

人は、自分のために頑張っていても、幸せにはなれません。

 

誰かのために立ち上がって、初めて幸せになれるのだと、信じています。

 

 

どうか生きてください。

 

たくさん笑って、泣いて、怒って、喜んで、たまに休んで、生きて下さい。

 

無傷のまま人を愛そうとしないで下さい。

 

それが、人生です。

 

 

 

 

意味不明に思えるかもしれない文章を、最後まで読んでくれて本当にありがとう。

 

 

 

 

 

それではまた、どこかでお会いしましょう。

 

 

またね!

 

 

 

 

 

 

 

2017.6.25 西原さつき

 

 

 

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