あき乙女の実践・シュタイナー子育て

シュタイナー教育を実践するあき乙女。シュタイナー教育や人智学を学びつつ、その観点から育児や日々のことどもをスピ寄りに綴ります。
あき乙女と妻・みほち、娘・ぴーぽこ、親子三人、人智学的な日々。


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私が二年生の頃、クラス中でミニ・テストにカンニングをする、という事が流行りました。シュタイナーの人間観においても、まさに二年生の頃、子どもの中から「ズルさ」が現れる、とされています。


童話や昔話に登場する「巨人」「大男」は、乱暴だけど、「総身に知恵が回りかね」と云う通り、あまり賢くはありません。

一方、知恵や、時にはある種の「ズル賢さ」をもって、こうした巨人に一泡吹かせる者達が登場します。

彼らは「小人」であったり、または人間だとしても、「勇ましいチビの仕立て屋」のような、小柄で非力だけど、知恵で立ち回る存在として描かれます。


感情に忠実で、泣いたり怒ったりの表現がストレート、また、記憶力がまだ自由を得ていないのが、「幼児」という成長段階です。この時期に、子ども本人の理性による感情のコントロールは無理です。

童話の「巨人」は、まさにそんな存在です。


太古の人間も、一時期、このような存在だったそうです。感情や記憶力を発達させることで、巨人は次の段階に進化しました。巨人が発達させた魂を、「感情魂」と云います。


一方、賢い「小人」や「チビの仕立て屋」は、自らの知性、ズル賢さで、巨人を打ち負かしますが、これは人類が、次なる発展を遂げ、巨人のように感情のままに荒れ狂う状態を克服したことを意味します。彼らが発展させたのは「悟性魂」と云い、これによって自然科学が誕生しました。


感情が幼児期よりも抑制でき、記憶力がある程度自由を得て、ズルさも出て来るのが、およそ八歳頃、つまり「小二の頃」という訳です。


尤も、この年齢の子どもが「感情魂」や「悟性魂」を発展させている訳ではありません。人智学では、二十一歳以降、七年ごとに、「感情魂」、「悟性魂」そして次なる「意識魂」を発展させるとしています。


そんな二年生という年代に相応しい読み聞かせの題材は、まず「動物寓話」です。

日本の昔話しかり、イソップ物語しかり、動物寓話の中には、様々な「ズル賢い」動物たちが登場します。


「さるかに合戦」では、ズルい猿が退治されます。「ずるいコウモリ」では、鳥と獣の間で二股膏薬を演じていたコウモリが、しまいに両方を敵に回し、暗い洞窟での生活を余儀なくされています。

これらはズルいものがしっぺ返しを食う物語です。


その一方で、「ムジナとサルとカワウソずるい狐」では、ズルいムジナや狐が、最後に得をします。


また、「くらげ骨なし」では、騙されかけた猿が、ズル賢さによって九死に一生を得ますし、「すっぱい葡萄」に至っては、単なる負け惜しみのようでもあるし、哲学的でもあります。フロイト心理学の「防衛機制・合理化」の例まで持ち出すと、更に深い話にも思えます。


ズルい動物が、最後に痛い目にあう類の話を聞かせて、


「○○ちゃんも、このキツネみたいなことをしちゃいけないよ」


などと教訓めいて話すことは、シュタイナー教育では行いません。まだメルヘンの力を有している子どもたちは、話を聴きながらこうした動物たちと繋がります。そのことが大事なのです。

大人も、人間の知性の発達とズルさとの関係、そもそもズルさとはどのような能力なのかを改めて考えてみると面白いでしょう。

特に、ゲーテの「キツネのライネケ」では、ライネケ狐以上のズルさをもった動物は登場しません。それゆえに、その国では、悪者のライネケがのさばります。いかなる力も、正しさも、ライネケのズル賢さの前にひれ伏さざるを得ないのです。

この物語ほど、ズルさとは何かを考えさせられるものはそうは無いと思えます。


このように「ズルさ」について考えると、八歳前後でズルさの萌芽が現れた我が子を前に、


「あんなに素直で可愛かった○○ちゃんが、こんなズルをするなんて・・・」


と嘆いたり、


「お前をそんなズルい子に育てた覚えは無~い!!」


とちゃぶ台をひっくり返したりせず、我が子の着実な成長を余裕を持って見守ることが出来るでしょう。


勿論、ズルさ自体を肯定するものではありません。

「動物寓話」に取り組む一方、「聖人伝説」に触れることで、子どもはバランスを得ます。人間は現在の自分から、理想的な聖人に発展することが出来るということを、子どもは聖人と一体になることで、感じることができるでしょう。

それは、これまでの、周囲から守られた幼児期から、次第に自分で歩き出す準備をしているこの年代の子どもたちの心を、強く支えてくれる筈です。


娘・ぴーぽこが通うシュタイナー学校では、「聖フランシスコ」「良寛さん」に取り組み、我が家では「一休宗純」「光明皇后」を読み聞かせました。

「偉人」ではなく「聖人」の域にまで来ると、「マザー・テレサ」「空海」など、信仰に身を捧げた人がどうしても多くなってしまいます。宗教の枠に拘らず、様々な聖人やアセンデッド・マスターの伝記を読み聞かせると良いと思います。



別ブログにアップした関連記事です。

二年生のズルさと「ライネケ狐」


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