明治時代に書かれた、むかしばなしや伝説、民話、神話など、いわゆる民俗学的なものを、色々まとめて電子書籍(KINDLE本)にしています。ここに書かれたものも、ゆくゆくは本にしたいと考えています。

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 四 算勘さんかん=そろばんで勘定する、の名人
 これはどこからどうして来た人とも、今もって判然としませんが、安政あんせいの大地震=江戸後期1855年、の時の事でした。
大阪では地震と共に、小さな海嘯ツナミがあって、木津川口の泊り船は半里以上も、狭い水路を上手へ、難波村深里フカリの加賀の屋敷前まで、押し流されて来た時の話です。
木津の唯泉寺ユイセンジ(大谷派)の本堂が曲がって、むねの上=屋根のてっぺんのとんがった部分、では一尺五寸=45センチ、も傾きました。
その時に誰かが十露盤ソロバンの名人という人を一人連れて来て、これを見せると、即坐そくざに、この堂を真っすぐにしよう、と請け合いました。
さて、自分が堂の中で仕事をしている間は、一人も境内けいだいに居てはならん、といましめて置いて、自分一人中に入り、門をめ、本堂のシトミまでも下ろして、堂内に静坐せいざし、十露盤そろばんを控えて、パチパチと数をめて行ったそうです。
すると、段々、それが熟して来た=最高潮に達して来た、と見えて、外から見ていると、ギイギイと音がして、むねも柱も真っ直ぐに起き直った、という事です。
現に、これを見ていた、という人が何人か今も居ます。

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わたしのシェークスピア体験?というと、演劇部の顧問が部外者を引っ張って来て、
発表会に主役とか主要なキャストを与えまくって、正規部員涙目、という体験である。
それが、リア王。
これって骨肉の争いの極致の物語だと思う。
財産家の老人が、三人娘の上二人に手玉に取られて、一番まともな末娘を放逐。
結局、上二人に裏切られて追い出され、末娘を頼って上二人に思い知らせようとして
逆に返り討ちに会い、末娘一家を滅ぼす結果、という何とも今はやりの毒親っぷりを
いかんなく発揮してくれる胸くそ悪い物語である。

だけど、王族でなくともあるある、いるいるでしょ?
こんな親。
2ちゃんによくスレが立ってること、立ってること。
毒親の幸せは、面倒ごとは奴隷にしたい子供に見させてきちんとして、気に入った子供たちの
前では太っ腹で寛大で、良い顔しておきたいんだよね。
むかしはゴロゴロいたんだけどね、周りにも。
さんざん小さい頃は、低能だバカだ。と罵ってた子供に面倒見てもらってる人。
周りでは、イイザマだな、と笑われてるのも知らないで、聞いてる他人のわたしも
しょっぺえわ。
今は良い世の中なんじゃないの?
2ちゃんでも「逃げてー」とかちゃんと意見してもらえるから。
これ親族だと、身に火の粉が降り掛からないように、トンデモナイ意見出して来るから。
ネット様々だと思うよ。
平均的アドバイスをもらえる。偏らない意見ってすごく貴重だと思う。
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 三 ぬけの御名号ミミョウゴウ
 木津には、七軒の旧家がありました。
願泉寺門徒もんとが、石山本願寺のために死に物狂いで、織田勢と戦った功績によって、それぞれ顕如上人けんにょしょうにんから苗字みょうじを授けられた、と伝えられ、雲雀ひばりのように、空まで舞い上がって、見張りをしたので雲雀ヒバル、上人が紀州に落ちる手引きをして、海への降り口を教えたところから折口ヲリクチ、その時に、莚帆むしろほを前にして、かくしてげたのが莚帆ミシロボだ、などという話を聞かされていました。
その中の雲雀ひばる氏は、代々の通称が五郎左衛門ごろうざえもんで、その苗字みょうじの外に、六字の名号みょうごうを布に書いたものを頂戴ちょうだいして、永く持ち伝え、家に法事があるごとに、人に拝ませていましたが、その御名号みみょうごうにはただ「無阿弥陀仏むあみだぶつ」の五字だけしかありませんでした。
何代目かの五郎左衛門が、放蕩ほうとうからこの宝物を質屋のくらに預け、後にこれを受け出して見ると、南の一字が消えてしまっていたので「ぬけの御名号ミミョウゴウ」と称して、恐ろしく神聖な物と考えられていました。
近年は、どういう時でも見せない様になりました。

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ハッキリ言って、体臭の原因は臭うものを食べるからです。
普通の日本食はそんなに臭うものが少ないんですが、外国の料理は
スパイスふんだんに使ってるから、外人さんの近くに行くとスパイシーな体臭でしょ?
最近の日本人もそんなの食べてるから、体臭がそれに近くなってる、ってだけの話だよね?
でもって、それを消すのに匂いでごまかそうとして、臭い柔軟剤使って、
相乗効果でもっと臭くなってる。
食べる物に気を使えば、体臭薄くなると思うよ
って、こんなかんたんなこと、今さら書く必要もないかwww
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 二 あわしま
 どこでも大同小異の話が伝えられている『あわしま』伝説を、とりたてて言うほどの事もないのでしょうが、根源の淡島明神に近いだけに、紀州=和歌山、から大阪へかけて広まっている形式を書きます。
加太(紀州)の淡島明神は女体で、住吉の明神の奥様でいらっしゃいました。
ところが、白血長血シラチナガチ=性病、をわずらわれたので、住吉明神はけがれを嫌って表門の扉を一枚外して、淡島明神と神楽太鼓かぐらだいことをそれに乗せて、前の海に流されました。
その扉の船が、加太に漂着したので、その女神を淡島明神とあがたてまつったのです。
それで、住吉の社では今におき、表門の扉の片方と神楽太鼓かぐらだいことがないと言うわけです。
これは淡島と蛭子ひることを一つにした様に思われます。
しかしあるいは、月読命つくよみのみこと須佐之男命すさのおのみことと形式に相通ずる所がある様に、淡島・蛭子ひるこが元々は一つである事を、暗示するものかも知れません。
ところで、ここに、もう一つおもしろい事があります。
それは、住吉に続く堺の朝日明神の社でも、同様の形式を伝えている事です。
白血長血、扉の件は同じで、海に放たれたのを朝日明神様であるといいます。
神楽太鼓かぐらだいこの件は、こちらの話にはあるかないか断言はできません。
七月三十日(昔は大祓おおはらえの日=6月30日)には、堺の宿院しゅくいん御旅所おたびしょへ住吉の神輿みこし渡御とぎょがあります。
その際に、神輿みこしが堺の町に入ると、本道の紀州海道へは行かないで、わざわざ海岸を迂回うかいして、御旅所おたびしょに行きます。
これは、朝日神明の社が紀州海道に面していて(宿院行宮あんぐうも同様に海道に面しており、朝日神明社の南十町ほどにある)ので、朝日神明様にうらまれるのを恐れて、けられるのだと言います。
この日、朝日明神の社では、住吉の神輿みこしが新大和川を渡って、堺の町に入られてから、宿院に着かれるまで、太鼓を打ち続けに打つ事になっています。
これは、朝日神明様の嫉妬しっと怨恨えんこんの情を、表象するものだと伝えられています。
 ※そりゃ性病うつされて、捨てられれば女でなくともだれでも怒ると思う。

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