中国、韓国から首相の靖国神社参拝に反対されています。
私はその要因の一つに「神道」という
日本独自の宗教に対する
誤解があるように感じます。
神道以外の多くの宗教で「神=善」とされていますが
神道で神とされるのは「畏れ(怖れ)敬う」という言葉で解るように
恐怖と尊敬の対象である場合が多いと感じます。
外国人には神を尊敬するというのは容易に理解できるでしょうが、
神を恐怖の対象とするのは奇妙に感じるかも知れません。
日本人にとって自然とは、安らかな時には人に恵みを与えるけれど
一度暴れた時には人に多くの恐怖と犠牲を強いる存在と感じます。
このように感じるのは日本が地震や台風など、
災害の多い国という事が関係すると思います。
そのような風土で生まれた神道という自然崇拝の宗教は
神は尊敬すると共に恐怖を感じる対象になったのでしょう。
そして神に安らかで居て下さるようにお願いする場所として
お社を建てるようになり神社が出来たのでしょう。
靖国神社は元々、明治維新で志なかばで無念の死を遂げた志士達の
魂を鎮める為に作られたと聞きます。
明治政府の要職についた人達が
無念の死を遂げた、かつての仲間達を尊敬すると同時に
「我々だけ幸せになって恨まれるのではないか?」と怖れて
神として祀ろうと考えたのではないか?と思います。
そして靖国神社は国を守る為に無くなった魂を祀るというところから
第二次世界大戦で犠牲になった軍人も祀られるようになりました。
今、日本人にとって靖国神社は 戦争を怖れ、
戦死した魂に安らかになって欲しいと願う場所です。
私は首相という立場に居る人こそ、
当時の日本を動かす立場の人々が、どのように考えて
戦争という道を選択をしてしまったのか?を想像して
これから日本が戦争を起こさないように、
戦争に巻き込まれないようにするにはどうしたら良いか?を
考える為にも靖国神社に参拝するべきだと思います。
もし日本人が靖国神社の事を忘れ、戦争という恐怖を忘れ
再び戦争の道に突き進んでしまったならば
それこそが靖国神社の天罰ではないか?と感じます。
中国、韓国が靖国神社の参拝に反対するという事は
「日本は戦争の恐怖を忘れて再び戦争の道を選び、滅びてしまえ!」
と言ってる様にも日本人には感じられます。
- 井上 宏生
- 神さまと神社―日本人なら知っておきたい八百万の世界