今朝の日経新聞の春秋にはいろいろと考えさせられたので
一部抜粋してご紹介してみます。
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日本の大学一年生は新しい生活に慣れただろうか。
ハーバードやイエールなど米国の名門大学から
次々と合格通知をもらう日本の高校生もいる。
高校の成績は悪くもないが、抜群でもない。
もっと試験の点が良い同級生が不合格なのに、
この生徒は引く手あまた。
言語機能に障害があることが決め手になったという。
多様な人材を大学が意図的に集めているからだ。
客観基準は万能ではない。
試験の点数や成績表は生徒の資質の一部を示すに過ぎない。
考え方や行動の特性、知的想像力、対話力、社会意識などを
面接や高校教師などの証言で判断するそうだ。
一般入試の日本の受験戦争とはずいぶんと様子が違う。
人と違う何かを持つ者に機会を与える。
勉強についていけなければ、それは自己責任。
知性は様々な個性がぶつかり合う場所でこそ磨かれる。
知育のための学内の多様性を高める考え方は日本に根付くだろうか。
小学校から大学まで、紙のテストで同級生と一点の差を競い合う。
そんな狭さが恐ろしい。
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教育現場のみならず、会社社会の世界でも同様のことが言える。
もっとも、教育の延長線上に会社社会があるわけだから
本質的には変わらないのだと思う。
それが日本の社会だと言ってしまえばそれまでだが
少なし、
テストの点数だけでわが子を評価しない。
そんな一親でいることは今日からすぐに出来る。
売上や業績結果だけで社員を評価しない。
そんな一社長であることもすぐに出来る。
自分と明日を変えようと
一人一人が変わることこそが
小さいけども日本の社会を変えていく
原動力になるのだと思います。