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2010-10-21 09:28:58

■INTERVIEW:005 Break Beat Lou (UBB)

テーマ:INTERVIEW

YAPPARI HIPHOP

HIPHOP史上最も重要なブレイクスをコンパイルしたブレイクビート集Ultimate Breaks & Beats。1986年から1990年までの間にリリースされた、この25枚のコンピレーションに収められている曲たちは、DJ Premierを始め、Large Professor、Pete Rock、Dr. DreやMarley Marlなど数多くのDJやプロデューサー陣にサンプリングされまくり、HIPHOP黄金期の大半の作品、名作でドラム・ブレイクスやフレーズを耳にすることができる。UBBを知らない人でも、あの印象的なタコのイメージは見たことがあるはず!HIPHOPに限らず、多くのダンスミュージックに影響を与えたUBBからBreak Beat Louとして知られているレジェンドLouis Flores氏にAKKEE突撃インタビューでふ!! 


※UBBについて日本語の説明は下記でどうぞ!

http://groovedigger.blog53.fc2.com/blog-entry-505.html

http://www.jetsetrecords.net/jp/feature/68



YAPPARI HIPHOP YAPPARI HIPHOP

- ULTIMATE BREAKS&BEATSコンピレーションのアイデアはどう思いついたのですか?


アイデアは、STREET BEAT RECORDSのオーナーであった故レニー・ロバーツによるものだよ。
彼はHIPHOP産業がビジネスとしてメイクマネーを始めたときに失われていた、HIPHOPの『要素』を

みんなに提供したかったんだ。HIPHOPのバックボーンである『THE DJ』を取り戻すために作られたんだよ。


- UBBの作品の中で、どの作品が一番好きですか?何故?


たぶん、VOL. #503だな。これらの曲はHIPHOPの基本だからね。


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1. Cheryl Lynn - "Got to Be Real" (1978)
2. Incredible Bongo Band - "Apache" (1973)
3. Herman Kelly & Life - "Dance to the Drummer's Beat" (1978)
4. Incredible Bongo Band - "Bongo Rock"* (1973)
5. Upp - "Give It to You" (1975)
6.Jackie Robinson - "Pussyfooter"* (1977)


- UBBというと、やはりタコのイメージが印象的ですが、何故タコを選んだのでしょうか?


このタコのイメージは、ブレイクビーツのコンピの創設者、故レニー・ロバーツの天才的アイデアだ!
タコのイメージは、DJがターンテーブルの前で色々と忙しい姿を物語っているんだ。


- まだ古いファンクやソウル、ジャズ、ロックやラテンなどのレコードを掘っていますか?


いつもだよ!好きなだけ掘るというよりは、ホコリのかぶった、やばいバイナル(HOT DUSTYEEES)を掘り出すのが好きだね。古めのファンクやソウル、ジャズ、ロックやラテンなどの音楽に関しては。


- いまUBBコンピレーションを作るとしたら、どんな作品になるでしょうか?


アーティストは多すぎて挙げられないな。ブレイク・ビーツのジャンル自体が、元々創作されたブレイク・ビーツとは全く変化してしまったから、今だったら、おそらくビートとベースライン以上のものになると思うよ。


- 現在、HIPHOPは多種多様なスタイルになっていますが、どう思われますか?


オリジナルのHIPHOPが見てとれるよね。それらの全ては、当初はブロンクスで発展したんだ。
俺たちは、それぞれ自身の文化を愛している多種多様なが民族が混在した都市の人間だ。
共存の道を見つけだし、全てのモノをミックスした。これが俺たちの知っているHIP HOPだ。


- HIPHOPや音楽があなたの人生を救ったという経験はありますか?


俺が記憶している限り、音楽への愛で神からのご加護があった。俺は3歳の時にコンガを叩いていた。

それがDJプロダクションの道へ導いてくれた。当時、自分の育った地域(サウス・ブロンクス)で、俺の人生に音楽が無かったら、死んでいるか、刑務所にいただろう。


- あなたにとってHIPHOPは何ですか?


この質問は、俺が自分にとってどんな存在かって聞いているのか?自分が何者か、どこでどう育ち、どんな生活を送っているのかがHIPHOPの一部だという意味で、HIPHOPは俺の人生だ。


- 日本のHIPHOP文化について何か知っていますか?


俺が知っていて感謝しているのは、日本のHIPHOP文化がHIPHOPに対して愛とリスペクとを持っていること。
そして、日本のみんなは、総合的にこの文化を受け入れている。HIPHOPの一部であることに誇りをもっていると思う。

あと、日本は他の国よりも強烈にHIPHOPをレペゼンしていると思うよ。リアル・トーク!


YAPPARI HIPHOP


- 現在取り組んでいるプロジェクトがあれば是非教えてください。


いくつかあるよ。名の知れたHIPHOPアーティストとスタジオで色々制作しているってことだけ言おう。
そして2011年には、皆をあっと言わせるような事がいっぱい起こるだろう。


- 日本のHIPHOP好きの読者へメッセージをお願いします!


HIPHOPが生まれたときから亡くなるまでHIPHOPを見届ける者として、俺たちの文化を受け入れてHIPHOPの一部になろうとしてくれてありがとう。そしてスペシャルシャウトをAKKEEに! HIP-HOP DON'T STOP!!! GOD BLESS!!


- レジェンド!ありがとうございます!


[2010/09/11 インタビュー&翻訳 by AKKEE ]


YAPPARI HIPHOP

Louis "BreakBeat Lou" Flores


http://twitter.com/BreakBeatLou

http://www.ultimatebreaksandbeats.com/

http://www.big-daddy-entertainment.com/

1974年にDiscJockeyを始め、1981年にプロとして彼自身のプロダクションキャリアをスタートさせる。80年代中期、多くのプロデューサーやDJがサンプリング用にカッコイイBreaksを探していた頃、StreetBeat Recordsのオーナーであった故Lenny RobertsはLouis Floresと共に、1986年から1990まで「Ultimate Breaks & Beats 」というバイナル・コンピレーションをリリース。業界で20年!?活躍していると言える数少ない人物の一人。

2010-10-08 22:53:45

■INTERVIEW :004 T3 from SlumVillage and Illa J

テーマ:INTERVIEW
YAPPARI HIPHOP

ミシガン州はデトロイトのHIPHOPグループ SLUM VILLAGE。先月パーティのレポートをしましたが、SVのT3とJayDee(J Dilla)の弟、Illa Jが来日ということで、AKKEE突撃インタビュー!とても気さくで明るいT3と、兄同様に音楽に深い情熱のあるIlla J。今年に入り、Twitterなどで流れていたSlumVillage解散のニュースや、YAPPARI HIPHOPインタビューで皆さんに必ず聞いている「あなたにとってHIPHOPとは?」という質問もしてみたよ。


- Slum Villageの近況について、海外のHIPHOPサイトやTwitterなどで解散という話を聞きました。

 前回の来日時はElzhiとDJ Dezと一緒に来ていましたが?

T3(以下、T) : 終わり!(笑)SVはもう終わった。俺達は解散したんだ。少なくとも、今回のアルバム『Villa Manifesto』がSlum Villageとして最後のアルバムだ。解散の理由は、そういう時期だから。俺たちは10年ぐらい一緒に活動しているけど、今みんなそれぞれ自分達がやりたい事、何か新しいこと始める時期だと思うんだ。ElzhiやDezが現在彼らのキャリアで何をやっているにしろ、彼らをリスペクトしている。彼らもたぶん日本に来ると思うけど、Slum Villageとして一緒に来ることは、もう無いと思う。

- 今回はIlla Jが一緒に来ていますね。

T : Illa Jはファミリーの1人で、もちろん彼をサポートしていて、最新アルバムにもフィーチャーした。 俺にとって、Slum Villageは今でもBaatin、Dilla、俺、そしてElzhiなんだ。どんな時でも、それは変わらない。Slum Villageに今後があるとしたら、何か違ったものになると思う。俺は今、むしろ何か新しいことをやりたいと考えてる。例えば、Kill Villってグループをやろうかなと思っている。

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- 最新アルバム『Villa Manifesto』について聞かせてください。

T : 『Villa Manifesto』は、Slum Village4人とIlla J、そしてLittle BrotherやHi-Tek、Babuなど、たくさんの人に参加してもらっている。もちろんDwele、DeLaSoulのPosdnousやA.T.C.QのPhifeもいて、Dillaはビートとボーカルで参加しているよ。

- フィーチャリング・アーティストはどうやって選んだんですか?

T : ファミリーみたいなものだよ。ほとんどのアーティストは何年にも渡って一緒に仕事をしてきた。俺たちをサポートしてくれている人たちばかりだ。?uestloveもドラムで参加している。皆ファミリーみたいなんだ。そういう人たちとやりたかったんだ。

- デトロイトへ行った時に7 Mileを訪れたんですが、7 Mileについて聞かせてください。

Illa J(以下、I) : 7 Mileは、今まで最高のストリートだったことは一度もないよ。カリフォルニアに行って、デトロイトに戻ってくると「うぉ~Damn!ちょっと後ろ振り返って確認しなきゃ!(危ないから)」って。(爆笑)いやいや、そんなことはないよ。自分がしっかり気をつけていれば、問題ないよ。ストリートに関しては、道が舗装されてなかったり、建物にヒビ入っていたりする。7mile出身じゃない人が7 Mileに行ったら、たぶん怖いだろうね。あと、走っている車には、気をつけなきゃダメだよ、ほんとクレイジーな運転をするから!

T : たぶん、デトロイトの素晴らしい部分を見たかったら、7 Mileはちょっと違うかな。デトロイトのダウンタウンへ行くべきだよ。そこがベストな場所。7 Mileは最後に訪れる場所だよ。7 Mileの良い部分をあえて言うならば、薄汚れていて、色々と記事に書けるようなことがいっぱいあるってことだけ。基本的に行くところじゃない。ダウンタウンへ行きな!!(笑)
- でも、7mile近辺はSVのホームですよね?だから、行きたかったんです。(笑)
T : そこはSouthFairだね。SVの曲をたくさんレコーディングした家があったり、俺らの歴史が詰まっているのは確かだ。ニューヨークの一部のエリアと同じだよ。BiggieやJay-zとか多くのラッパーは、そういったブルックリンのちょっと危ない雰囲気のエリア出身だよね。東京とは比べものにならないけどさ。東京はクレイジーなんだよ!(笑)

- HIP HOPにのめり込んだきっかけは?

T : HIPHOPは、俺の人生とキャリアを築かせてくれた。確か最初に影響を受けたのは、LL COOL Jの「Jack The Ripper」。この曲で俺は真剣にリリックを書くようになった。それから、トラブルとは疎遠になった。デトロイトでは、みんなイリーガルなことを色々やっていたけど、俺は、音楽が大好きな人たちの輪の中にいることに専念したんだ。だから刑務所に入るとか、そういったネガティブなことは無かったよ。あと、現在のHIPHOPは面白いよね。ビジネスはクレイジーだし、チャンスがいっぱいあるって訳ではない。日本やヨーロッパや他の地域では、今でもリアル・ヒップホップをサポートしていて、とても恵まれていると思う。アメリカでは、そういった事が少なくなってきていて、アンダーグラウンドの新人アーティストもあまり見かけない。彼らが活動できるマーケットが無いからだ。アメリカでは大変だよ。ラッキーなことに、俺達は今でもヨーロッパや色んな国に行くことができて、アメリカでもニューヨークやLA、シカゴも行ったりするけど、そういう機会も全体的に少なくなってきている。

- HIP HOPのどんな要素に一番惹かれますか?

I : 音楽に一番惹かれる。ドラムとリズム、そしてファンクは絶対にはずせない。スライ(Sly & The Family Stone)やFunkadelicが凄く好き。俺が子供の頃初めて聴いたグループの1つは確実にSlum Villageで、兄(Dilla)が当時制作していた曲やジョイントを小さい頃よく聞いていたけど、凄くファンキーだった。それと同時にHIPHOPでもあった。Sly & The Family Stoneを聴いているんだけど、その中にHIPHOPが入っているような感じだった。その時、HIPHOPは様々なジャンルの音楽のたくさんの要素が入っているということに気づいたんだ。様々な要素を一緒にしているだけなんだけど、絶対にベースラインやドラム、そのリズムに耳がいってしまう。特に、MCがビートの上でどうラップすべきか把握して、ビートの上でドープにライムを踏めた瞬間とか、最高だよね。もちろん、ドープなプロデューサーとドープなMCの組み合わせ、新しいコンセプト、それを全部合わせて、最高にカッコイイ。それが音楽の中でも一番好きなパートだよ。

- HIPHOPや音楽があなたの人生を救ったという体験はありますか?

T : あるよ。子供の頃に色々なトラブルから遠ざけてくれた。当時、本当に色々なことができたと思うよ。道の向いにはクラック・ハウス(ドラッグの売買場所/コカイン精製の作業場)があったし、なにか悪いことをしたかったら、できたと思う。でも、俺はHIPHOPに夢中で、そういうことは一切したくなかったんだ。俺は自分のライムやビート・メイキング、自分のクルーのことに没頭していた。そのおかげで、トラブルに巻き込まれなかったし、ドラッグ・ディーラーになんかに目もくれなかった。他人は他人で、俺はそんなのどうでもいいって感じだった。HIPHOPだけでなく、HIPHOPをサポートしている人々も俺をトラブルから遠ざけてくれた。自分達のやりたいことができなくなるから、トラブルに関わる時間もなかった。当時ダンスをやっていたけど、ダンス・ルーティーンをやるには練習しないといけないでしょ。

- あなたにとってHIPHOPとは?

T : HIPHOPは若者の文化で、進化し続けている文化だよね。いまでは、HIPHOPは成熟しきって、歴史もある。それはいいことだよね。なぜなら、最初はこの文化をここまで成熟させようとはしなかったから。みんなただの若者のゲームだと思っていた。でも、現在のトップアーティストを見てみると、みんな30歳以上だよ。どんな音楽も成長して歴史があれば、パイオニアがいて、先輩たちがいる。例えば、ロックなら、the Rolling Stonesがいる。だけど、HIPHOP産業はそういったパイオニアたちをあまり意識してこなかったよね。だから、Jay-ZやDiddyみたいなアーティストが40代とかになってもゲームの中にいるということは良いことだと思う。なぜなら、彼らがHIPHOPには未来や過去があることを証明してくれているから。

I : 今こうやって日本にパフォ-マンスしに来たり、現在自分のいる状況が、自分にとって凄く意味があるんだ。俺はいつでも自分は音楽をやっていくんだって思っていた。学校に2年間行っていたけど、学校でも、いつも音楽をやって、自分がどれだけ音楽制作が好きなのかに気づいたんだ。そして、いま俺はこういう状況にいる。もしかしたら、今でも学校で勉強しているかもしれない。学校に行って勉強している人に対してもちろんリスペクトはあるけど、それは俺の道じゃないんだ。俺はどこかの教室で机に向かっているよりも、ステージに立ってパフォーマンスしたり、音楽をやっていることの方が大好き。音楽は俺にとって、とても重要な存在。俺の人生みたいなもので、そうやって育ってきた。自分の家では、いつも家中で音楽が鳴り響いていた。Al Greenから、Prince、なんでも流れていた。そしてスラムが出てきて、彼らが音楽を作り出したとき、それを別の次元に押し上げてくれた。それ以前に聴いていたシンガーやアーティストはHIPHOPへの序章だったんだよね。この音楽をやっていること、そしてこれを仕事にできたことに凄い感謝しているよ。音楽をやって幸せでいられることを本当にありがたく思っている。
イェ~ HIPHOP!!

- たくさん語って頂き、ありがとうございました!

[2010/09/19 代官山 インタビュー&翻訳 by AKKEE ]




YAPPARI HIPHOP

Special Thanks to: HITOMI Productions
http://www.myspace.com/hitomipro



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T3 from Slum Village


Twitter: http://twitter.com/t3SV

Myspace : http://www.myspace.com/t3

OfficialWeb: http://www.slumvillage.com/


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Illa J


Twitter: http://twitter.com/ILLAJ

Myspace : http://www.myspace.com/illajmusic

2010-09-15 22:16:52

■INTERVIEW : 003 D.FOCIS

テーマ:INTERVIEW
$YAPPARI HIPHOP

デトロイト出身、現在アトランタ在住のプロデューサーD.Focis。日本在住時に、Zeebra氏やSeeda氏などに楽曲を提供していた彼が、久しぶりに日本に居るということで、AKKEE突撃インタビュー。KUROFUNEパーティに行った直後ということで、日本のHIPHOPシーンについても話しを伺いました。

-あなた自身について簡単に教えてください。

俺の名前はD.Focis(ディー・フォーカス)。Dは俺の故郷のデトロイトのDからとったんだ。
プロデューサー、アーティスト、ソングライターをやっている。

-いつ頃どのような経緯でHIPHOPシーンに関わっていったんですか?

12歳くらいの時からHIPHOPシーンには関わっていたよ。ビート・ボクシングから入って、18歳の時にリリック(ライム)を書きだして、20歳の時に初めてビートを制作した。アメリカの中西部に住んでいたから、様々なエリアからの影響を受けてたよ。いまでも、これといって特に好みのHIPHOPスタイルはないな。

-HIPHOPのどんな部分に惹かれますか?

自己表現するということ。あと、音楽だね。
音楽を聴いて自分がインスパイアされたり、されなかったりする部分。

-HIPHOPや音楽があなた自身を救ったという経験はありますか?

夢をもつというチャンスをくれたという意味でHIPHOPは俺を救った気がする。
ミュージシャンとして生きるという夢は俺自身をいろんな場所へ連れて行ってくれたし、素晴らしい人たちにも会えた。一番重要なのは、音楽を通して神(GOD)を見つけたということ。それが無かったら、自分の居場所がわからないよ。

-あなたにとってHIPHOPとは?

自分の意見を発することができるということ。俺が有名とか無名とか関係ないんだ。
自分の思いや感情を表現できる機会を与えてくれる。また他の人の思いや感情も聴くことができる。

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-日本人のラッパーのみなさんをプロデュースし始めた経緯は?

当時、楽器屋で働いていたYOKEというMCに会って、彼にCDを渡して、そこのお店で自分のCDを売ってもらえるか聞いたんだ。そしたら、彼もアーティストだとわかって、そこで彼の作品を聴いたんだ。それからいい関係を築いていって、彼のためにレコードをプロデュースし始めた。彼がチャンスをくれた最初の日本人アーティストだよ。そのあとに、ZeebraやSeeda、Simonなどその他大勢の日本人HIPHOPアーテイストの音楽プロデュースをする機会に恵まれた。

-日本のヘッズはどうですか?

アメリカのヘッズみたいだよ。彼ら自身の好きなアーテイストがいて、また、彼らにとって、どうでもいいアーティストもいる。リスペクトを示してくれるファンもいれば、そうでないひとたちもいる。あまり違いはないと僕は思うな。

-アメリカのHIPHOPシーンに比べ、日本のHIPHOPシーンの良い点はなんですか?

日本のシーンのベストな部分は、まだ成長過程にあるということ。アメリカのHIPHOPは、すでにピークに達してしまったけど、日本のHIPHOPはまだまだ登り詰めている。だから、日本の音楽ビジネスでスターになりたい貧欲な新人アーティストを見るとワクワクするよ。

-より良いシーンにするためにはどんな変化が必要だと思いますか?

音楽は日本のみんなが今抱えている問題を反映しているべきだと思う。アメリカでHIPHOPが作られた理由に、そこまで注意を向ける必要はないんじゃないかと思う。それらのだいたいは、ただレコードを売るために作られたものだからさ。

YAPPARI HIPHOP YAPPARI HIPHOP

-KUROFUNEのパーティに行ったと聞きましたが、どうでした?

凄く良かったよ!!エナジーも最高だし、日本のHIPHOPプライドを見れたのがとても良かった。
日本のクラブで、日本のHIPHOPが流れていて凄く嬉しかったよ。

-現在取り組んでいるプロジェクトはありますか?

D.Focis.com “The Mixtape”という新しいプロジェクトとWizdom、The Mr、 Sash La’kiによる新しいアルバムと自分のアルバムにも取り組んでいるよ。日本だと、Zeebraの新しいアルバムと、DaboやSeedaのアルバムで楽曲を提供している。

-日本のみんなにメッセージを

いつもラブとサポートをありがとう。God bless you!

[2010/07/某日 渋谷某所 インタビュー&翻訳 by AKKEE ]




YAPPARI HIPHOP

D.Focis
デトロイト出身、アトランタ在住のプロデューサー。
日本在住時に、ZeebraやSeeda他多数の日本のMC陣に楽曲を提供し、最近ではNappyRootsの新作『The Pursuit of Nappyness』に収録されている『Do It Big』をプロデュース。
Official Web:http://www.dfocis.com/
Twitter : http://twitter.com/dfocis

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