先日のチャリティーコンサートの日、受付けで配られたヒマワリの種。
コンサートの始まる前に、このひまわりの種の説明がありました。
主旨
1995年1月17日午前5時46分 阪神淡路大震災
震災が残してくれたもの
やさしさ、思いやり、絆、仲間
震災ではるかちゃんの家がつぶれ、
はるかちゃんは亡くなりました。
その夏、はるかちゃんが住んでいた
家のあった場所にひまわりの花がたくさん咲きました。
「はるかのひまわり」とは、震災当時、
小学校6年生だった加藤はるかちゃんが飼っていた
ハムスターと隣の家の仲良しのオウムに餌として
与えていたひまわりの種が
はるかちゃんが亡くなった家の跡地に咲きました。
元気いっぱいに咲き誇る様子は、
明るいはるかちゃんの生まれ代わりの
ように感じさせました。
震災以来、毎年咲き誇るひまわりは、
「はるかのひまわり」として
全国で植え続けられています。
今年も全国多数のボランティアの皆さんが
参加して種を蒔き、沢山のひまわりを咲かせています。
はるかのひまわり」を育て採取した種を
配布する過程で由来を伝え、
災害の悲惨さと共に命の尊さを再考する機会とする事で、
「人の尊厳」と「人との関わりの大切さ」を知る
感性豊かな地域社会を醸成する事を目的とします。
阪神大震災での災害の教訓と命の尊さを、
「はるかのひまわり」の命の連鎖に例え、
実際にその手で育てる過程で、
社会の最小単位である「家族」。
咲いたひまわりを愛でる「見知らぬ人」。
会社で育てる事で「社員」。
そのひまわりを愛でる「近隣の人々」
・・・・に出来事を伝えることで、
少しでも地域社会での「絆」と、
はるかちゃん、の「命」の連鎖を紡いでゆきたい。













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母の日






。束の間の爽やかな日でした。
