王様の耳はロバの耳

ゆがんだかがくしゃのたのしいにっきだよ


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先週末日曜日は雨だったが、実はフランスにとっては
未来を占う重要な日であった。

「EU憲法批准国民投票」というもので、実はパリに行ったころから気にはなっていたんだが、
選挙の前に選挙権もない人間があれこれ書くのも性に合わないのでノーコメントであったが、
media@Francophone さんのBlogで結果について詳細な解説がなされているのでまずは引用したい。
http://blog.livedoor.jp/media_francophonie/archives/23659350.html

結果は「NON」つまりEU憲法には従わない、というのが国民の選択。
(ちなみに私自身は国際社会に生きる身としては「OUI」であるのでショックな結果だった)

以下、出口調査のデータを自分なりに読んでみたいと思う。
まず投票率70.5%これは日本ではありえない高さだろう。
全体では45:55であり、確定票もほぼ同比率。

しかし年齢別では大きな差があることが分かる。
働きざかりの35-59歳の層では圧倒的にNONなのに対し、
60歳以降では完全に逆転してOUIが優勢になっている。
また職業別では「自由業・管理職」のみがOUIであり、他はNON。
特に会社員と工場労働者のNONは79%と高い比率である。

社会的地位別も興味深い。
学生と年金生活者が若干OUIの傾向があるが、
失業者では71%がNONである。
失業者はEU化によって職を奪われたのであり、
フランスの政治や労働環境が問題であるという
視点ではないことが興味深い。
このことは「学歴別」で高学歴になるに従い
OUIが増えていく美しい比例をみると明らかである。
また世帯月収別では3000Euro以上で圧倒的にOUIが強くなる。



十分なデータを持っていないので推測の範囲を出ない上に、
以下、至極あたりまえの私見を述べるが、
今回の選挙の結果は労働者層の勝利であり、
その5割強をしめる「中の下の労働者」は、
「EUにOUI」ということによるポジティブな未来よりも、
「現在の生活不満を生んだフランス政府にNON」という
ネガティブな愚痴が勝ってしまったということである。
しかも投票率7割という高さで。

高学歴層や管理職層は既にフランスの国際競争力の低下を
辛らつに味わっているし、EU化による一抹の希望を見出しているはずである。
この国際競争力という視点は居住区別のパリ内かパリ以外かによって
傾向が違うという点にも現れているといえるだろう。

ちなみに、EU化によって東欧からの安い労働力が流れてくるから、
という問題は本当だろうか?たしかに農作物はより安い労働力の近隣国から
流れてくるだろう。しかしEuroによってそれは長期的に見れば物流コストになり、
最終的には、やはり農業向きの国土が広いフランスが有利である。
また地方都市については、私的な視点を述べれば、
私の住んでいる西フランスはそれほど人口流入が激しいわけではないし、
東欧人よりもむしろイギリス人リタイヤ家族のほうが引っ越してくるぐらいだ。
工場労働者についてはたしかに安くて優秀な労働力が、
中途半端な能力のフランス人を駆逐する可能性もあるだろう。
また東欧に工場が移転することもあるだろう。
しかし本当に優秀で収益をのぞむ出稼ぎ外国人はドイツに行くだろうし、
工場の移転は日本→中国の技術流出を見れば、大きなリスクである。
フランス人はいまさら安く物を作る努力をするぐらいなら、
品質がよくてかっこよくて美味しい物を、楽しく作ることに精を出すべきだ。

週35時間労働の撤廃だとかは目先の問題でしかない。
日本でも「会社支えているのは2割の社員」というが、
フランスでも能力があって真面目な人ほど遅くまで働いた上に、
ちゃんと家族も大事にしている。
そういう人たちはお金を愛しているんじゃなくて、
フランスが好きだからフランスで暮らしているのである。
(でなければドイツや米英に行くよ、と)

このへんでも言われていることであるが、
http://d.hatena.ne.jp/dpi/20050530/p1
結局のところ、今回の選挙でNONと言っている労働者の多くは、
自体の本質が飲み込めていないのではないだろうか。
実際に工場労働者を圧迫しているのは、労働者の流入よりも、
フランス工業製品の国際競争力の低下であるということの認識があるのだろうか?
EUとして日米中に対するパワーバランスを保っていかなければ、
すぐに足元をすくわれ、EUの分裂と更なる国際競争力の低下を招くことに
気がついていないのだろうか?(…いないだろうなあ…)

これでシラク政権も寿命を縮めてしまったといえるし、
EU憲法をいくら改正したとしても、国民投票をやる限りは
EUの思想がいかに崇高でも、愚民政治にぶち壊されるだけである。

こちらのBlogが単純ではあるがいいたとえをしていらっしゃいます。
http://france.blogtribe.org/entry-9b0e83d3f4f71b57b4619aa73297f0f0.html

ちなみに明日はオランダでも同様なEU憲法批准選挙が行われる。
どうもフランスの結果を受けてか反対派が優勢になっているらしい。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200505310021.html
聡明なオランダ人の皆さんが、この流れを止めてくれることを祈る。
(…が無理だろうなあ…)

「フランスの憂鬱」にため息をつかざるを得ない選挙結果であった。

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知らないうちに(といってもずいぶん前からみたいですが)
Googleが書籍印刷物を検索できるサービスを始めてました。
http://print.google.com/
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0410/07/news012.html

いまのところ英語しか使えないみたいですが、比較的新しい書籍もヒットするようです。

たとえば「Game Programming Gems2 」とか。
表紙裏表紙、インデックスと冒頭5ページしか読めませんが、立ち読みレベル、買うかどうかの判断には使えそうです。

論文検索では「Google Scholar」というのが既に存在しますが、
http://scholar.google.com/
ユーザからすれば書籍だろうと論文だろうとインタフェースに違いは無いので、便利といえば便利です。

そしてGoogleは裏で図書館との連携サービスも開発していたようで、その進め方が問題になっているようです。
http://japan.internet.com/ecnews/20050530/11.html

公共の知・著作権のありかた、googleという私企業、いろいろな問題が絡まっているので今後も見守っていきたいですが、
東販日販に流通すべてを握られている街の書店や、小さな出版社などでは、本格的に書籍そのもののビジネスモデルを変えていかないと大変なことになりそうです。

だからと言って表紙と冒頭5ページだけでその本の魅力のすべてを語ろうとすると、まるで「表紙で買わせる同人誌」みたいになってしまうかもしれないんですが。
本質は、紙とネットの主従関係を等価にしているようでいて、気がつけば、大企業の思惑で、簡単に逆転してしまうかもしれない、という事ではないでしょうか。

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なんだかこの話題、mixi日記でも盛り上がっているので続きます。。。



あたらしい数理の理解を「教える」…正確には「ひらめかせる」ための手法というのは、実はものすごく大変な作業なんですよ。

ゲームデザインで例えて言えば、FFの戦闘シーンで「たたかう・にげる・まほう」以外に新しいコマンドを思いつく、ぐらいの大変さ。

たとえば「分数」なんて『無くても生きていける』といえばそうなんだけど、それは剣士として生きていく道を選ぶようなもの。PCや電卓使うのは強い武器を装備するだけのこと。

たとえばWebサイトの画面のレイアウトをやるときに「左、三分の一」とかそういう概念すらなくなってしまう(33%+33%+33%+残り…という表現になる、今のHTMLってそうだけど)。

因数分解を使えばウソみたいに速く計算ができるのに、方程式を解けば未来も過去も予測できるのに、三角関数を使えばきれいな絵を描いたり、野球が上手くなったりするのに…と、もとから算数や理科には無限の宇宙が広がっているのに、キャラや解法への道筋を隠蔽することで、余計に遠回りしているんだよな。どうせ遠回りするなら、数学の世界で遠回りするべきで。


視点かわって、教材販売の営業さんとかも苦悩しているんじゃないかと思う。本当なら現場の先生が、一番問題を感じているわけだけど、現場過ぎて、個々の改善事例については実践例をもっていそうだけど、根本的な問題、たとえばカリキュラムだとか、担任・多教科にまつわる問題が大きすぎて、理数教育そのものが「変わらなきゃいけない」という現実に対処できないまま来ちゃったんだと思う。本当はここで営業さんたちが、現場の潜在的なニーズを汲み取って「斬新な教科書」と「保守的な教科書」の両方を作っていかないといけないんだろうけど。

先生方だって、暗算力や九九の暗記で終われれば、自分たちの経験や教育を生かせるから、それほど難しいことではないんだろうけど「コンピュータ時代になぜそれを?」という根本的な問いには先生自身が回答を出せないまま10年以上過ぎてしまったんじゃないだろうか。
確かに一部の先生方は立派な情報教育のハンドブックを作っていらっしゃいますが、多くの実践の場では、WordやIEの使い方、ネチケットを教えるのが精一杯になってしまうのは否めないと思います(子どもたちにはそっちの方が無限の宇宙に見えるだろうし)。
じゃあアランケイの「スクイーク」やNTTの「ビスケット」が"すべての解法"になるかというと、それも否だと思う。
数理を使って自由に表現する環境を与えることと、良質なお手本(教科書)を与えることは、順番を逆にしてしまうと、全く画一的で、パターン化されたアウトプットしか得られないという現象はピアジェを引用するまでもなく経験が知っている。

欧州の美術教育に目を移すと、ドイツに行ったときに、子どもの絵に定規が使われていることを見つけて大変驚いた。フランス人の学生にきいたら「普通だよ、日本では使わないの?」と一言。

私の中学出るまでの美術教育では「定規は禁止」だった。明らかにデザインよりも油彩・日本画出身の先生が主流だったからではないだろうか。そういえば教科書の「優秀作例」のようなものも、なんだかいつもゲイラカイトみたいな手と、黄色すぎる顔を真正面から、ちょうど五味太郎のような作例ばかりあって、なんだか理解できなかったのを覚えている。その割には「正しい木のてっぺんの描き方」を聞いても教えてくれなかった(下から見てるだけでは絶対描けない)。

『自由に描く』ことも大事だけど『写実で自由に描く』事もちゃんと正しいと言ってほしかった。

ちなみにウチの研究所には市民ギャラリーが併設している。いま、地元の小学校の児童作品が展示されている。造形作品は日々のストレスを晴らすかのような『これでもか!』といわんばかりの大爆発リサイクルアートだけど、ちゃんと土台には乗っている(乗ってないと展示できない)から。
さらに、コピーアートも面白い。アンディー・ゴーフォルよろしく、適当なモチーフを9枚コピー機にかけて、それに思い思いのモディファイを加えていく。
学校の国語の教科書の同じページの見開きに「いろんなテーマでラクガキ」してみるだけでも、立派な作品だ。色だけ変えたような作品なんてひとつもない。

モダンアート王国なフランスだから、というところもあるけれど、じゃあゲーム・マンガ大国の日本はどうなんだろう?

やっぱりマンガ教科書は、自分で作る過程がないと昇華できないだろうな。楽しいマンガ教科書を描くために、数理を勉強するような子どもが沢山でてくればいいんだけど。


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★Part1はこちら

主著者の清水静海という人はあまり情報は無かったが、筑波大大学院の数学教育研究質の関係者みたい。
船越先生という人は神戸大発達科学部。
http://www.rie.h.kobe-u.ac.jp/~f-ken/works.html
http://www.rie.h.kobe-u.ac.jp/~f-ken/research.html

73年から数学教育にかかわってきているとの事なので、おそらく私が使ってきた教科書の何冊かには先生の教科書があると思われる。神戸大付属小学校でもこの教科書使っているのかなあ。

たしかに我々の世代の現代数学教育の手法というのはピアジェの「発生的認知論」を見習ったといっても頷けるところがある。
何年生で何、というカリキュラムを作ったのは、おそらくまったく別の人の都合によるものだろうけど、
順序が逆転したりしないのは正しい(足し算→引き算→掛け算の順で覚えていかないと割り算が出来ない、とかね)。

それにしても、

>現在は、脳神経科学(認知は、ニューロンのシナプス連結によってネットワークを作ることである)の知見との関連で「数理認識(数学教育)」の研究を進めています。

…そうなんだ…まあ認知研究の時流としては突飛なことを言っている訳じゃないけど

「あの教科書」を使った子どもをfMRIにかけて解析
…とかしてるわけじゃないよなあ。

脳神経科学をクラシックに、たとえば強化学習とかで例えるとしても、
まずは「学ぶべき情報を学べるような」情報教示、具体的には視覚刺激が与える情報理論とか冗長さについても考察してほしいよなあ。

この教科書も白黒にすれば、まだ使えるかもしれないし。
しかしこれだけ余計な情報が溢れていると、教示情報なしで学習すると残るのは萌えキャラだけだろうなあ。


…とか真面目に考える以前に、やっぱりまともな教育を日本で望むと、
親は塾に連れて行きたくなるだろうし、そうするとこんな教科書で萌えている児童と、

機械学習させられている児童の学力格差ってのはどんどん広がって行くんだろうな。

そもそも「ゆとり教育」とかいっても、それ決めたお役人の子どもたちは、公立の学校行ってなさそうだし。
こんな教科書で育つと、中学とか高校とかで
いきなり白黒な「古式ゆかしい教科書」が出てきても
「どうしてマンガが描いてないの?」とか言い出しそうだな。


>教科書は,本としても良い意味で「教科書」であって欲しい.

そう、特に数学の教科書は何年でも使えるし。
余計な図解なんて入れるぐらいなら、行間が白くないと。

今までだって現場の先生たちの涙ぐましい努力で、
図解とか板書とか実験とかで理数に興味を持たせてきたわけだけど、
教科書選びなんて、(悲しいことに)現場の先生の意向だけでは決められないから、
へんちくりんなカリキュラムや教科書を採用されてしまったら、
その努力はどんどん大変になっていくんだろうな。

日本でも教科書なんて一時期しか書店では買えないから、
世論にフィードバックされるのは時間がかかるだろうな。
しかも、教科書制作業の人たちも、偉い先生に協力してもらったら、
あとは何を基準にしているというわけでもなく、けっこう横並びに編集・制作してしまっているという現状もあるし(歴史教科書の問題など記憶に新しい)。

…で「こんなんじゃ駄目だ!」という機運が高まった割には、
(歴史と同じで)実は正しい教育方法なんて一朝一夕には構築できないから、
結果としては正反対の方向に行って、もっと萌え度の高い教科書とか、
本格的にキャラクターマーチャンダイジングを使った教科書とかが当たり前のように出てくるのかもしれないな。
そんなのは副読本とか小学館とか学研とかベネッセの学習雑誌ぐらいにしておいてほしいんだけど。

もともと理科とか数学とかの初等教育については
「ここまでやればOK」みたいなものではなく、
センスがなければ自分の頭でひらめくしかなく、
あとは演習と試行を繰り返すしかないという、
非常にストイックかつ、地味な作業の繰り返しで、
さらにいうと「生きるために必要」とかいうのもウソで、
そんなことが万人に求められなくても
生きられるようになるのが産業技術なので、
じゃあ何のために必要なの?と聞かれたら
『20歳過ぎたあたりで、数学的思考が嫌いだ、
とか言ってると豊かな人生を生きられないよ』というだけの話なんだけどな。

研究者やろうがFlashでWebサイト作ろうが、
八百屋やろうが、競馬で暮らそうが、
本当に生きていくために頑張ろうと思ったら
「理数が嫌い」なんて『言ってる場合じゃない』んだがなあ。

あ、だから最近の自堕落な大人たちは
パチンコ・パチスロとかで、美麗な液晶画面に出てくる
萌えキャラをボーっと眺めながら日々の稼ぎをドブに棄てているのか…
勝つための確率よりも、見た目の演出の方が嗜好されるんだね。

そういや確率といえば「確率統計」は
我々の頃から選択科目になったんだっけ…。
そういや化学を選択すると物理がとれない、なんて選択もあったなあ。
選んでるんじゃなくて、棄ててるんだよそれは、と当時から腹たったなあ。

学ぶのも学びなおすのも本人の自由なんだけど
「算数=まほう学校」とかしか思い出せない代物になっちゃうと、
リハビリというか社会復帰というか矯正が大変だろうなあ。
現に今、私の中で古文とかは活用しか覚えてないもんな。
日本人として恥ずかしいよ。
漢文とかはその後、中国語を勉強したからまだ身についているとも言えるんだろうけど。

日本史に至っては偏重思想の社会科の先生のおかげで、
機械的に年号覚えるどころか、いかに内職するかしか記憶に無いな。
その後、NHK「そのとき歴史は動いた」とかで、
だいぶリハビリにはなったんだろうけど、
大河にせよこの番組にせよ、演出が効きすぎてて史実が霞むんだよな
…松平アナの声じゃないと頭に入っていかないというか。
地理じゃないけど、よっぽど足で歴史散策した方が、身にはつくかもしれない。

何だか萌え教科書から、自分の教育を振り返ることになっちゃったな。
仕事しよっと。


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ある方の日記「最近の教科書」からTBですが、これが元ネタのURL。
http://www10.ocn.ne.jp/~fanta-sy/index00.html

そういえば漫画家の青木光恵 が以前、娘の教科書を「なんつーか、絵が落ち着かない」と言っていた頃があったが、じゃあちゃんと統一すればいいじゃん、とかマンガ・アニメ並みのキャラクターデザインすればいいじゃん、という問題ではなかったということが、よくわかる。

当初の感想を一言で言えば「あの、時々校門の前にいるロケットペンシルとかを餌に高い教材を売っている、アレですか?」というところだったんだけど、フランスでも似たような教科書が出てくるかもなあ、という一抹の不安ともに再読してみる。
…が、大人の私(いやいちおう博士ですが)にとっても…絵がうるさすぎて、問題が読めない、というか問題の主旨にすらたどり着けない。。。

昔の算数の教科書が「良かった」とは言いたくないが(昔から気が散って、パラパラマンガ描いてた子だったので)、いわゆる「応用問題」に出てくる、リンゴがどうしたとか、鶴と亀がどうした、とかいうあんまり応用になってない「かく乱問題」としては使えるのかもしれないが…さすがに魔法学校とかには通ってないしなあ。

単なる興味で「駄目だよねえ」とか言っててもしょうがないので、真面目に解いてみた。

★のところが私のココロの叫び。

【小学校2年の算数】
・48ページ
[3]子どもがあつまっています。
 あと4人くるとm30人になります。
 いまなん人いますか。
★まず、このクマがなんだかよくわからない。
 手前にいちばん大きく描かれている主人公のために、
 後ろに26人いるのか25人なのか微妙に数えられない。

●のずを見てかんがえましょう
(★●の図がどこにあるのかよくわからん!がたぶんこういう解釈)

いまの人数□人|くる人数4人
●●●●●●●(26個並んでる)●●●●●●●●○○○○
(全部の人数30人)

いまの人数□人|くる人数4人
[ いまの人数□人 ][ くる人数4人 ]

★べつに下の図解はいらないんじゃないでしょうか?
 あえて回答から解説を呼んでいるような。
 ●の数を数えた方が、明らかな回答だし、それをわざわざ隠蔽してもしょうがない。


[4]シールを8枚もらったので23枚になりました。
 はじめはなんまいありましたか?

★なんで23枚数えているのにあえて始めの枚数を数えないといけないのか動機付けが、まったく持って不明。加えて言うと、このバーグラフのような図解がよけいに分からない。「個・枚・cm」に対して純粋に引き算の概念を教えるために「残りはいくつ」と聞けばいいのに「始めはいくつ」「減ったのはいくつ」という「解説に見せかけた問い」が常に付きまとうので、何のために考えているのかよく分からなくなる。


小学校6年の算数ドルフィンのまほう学校 74ページ
[1]駅からアリスさんの家まで1800mあります。
 アリスさんは家から駅に向かって分速70mで,テレスさんは駅からアリスさんの家に向かって分速80mで,同時に出発しました。
 2人は何分後に出会うでしょうか。

★小学校6年の算数でも、ほとんど変わらないノリで1ページ2問だけで進んでしまうのが恐ろしい。
名前が「アリストテレス」をもじってアリスとテレスになってるのはちょっとだけ笑えるが、だから何。
 そもそも「分速」っていう単位を使う時点で無理があるんですが、そこは除いたとしても、(フレンドリーなイラストよりも)まずは駅と家との距離の関係を図にしないと絶対理解できないのでは。しかし「表に書いて考えましょう」とある…のであえて教科書にしたがって表を埋めてみる。がこれでは延々と表を書いて、結局分かるのは「2人のあわせた道のり」であって「いつ出会う」かの答えがない。

[2] [1]で駅からアリスさんの家まで2400mあるとすると、2人は何分後に出会えますか?

★いきなり「もしも」になってしまう。最後まで図解はないまま、延々と表を埋めつづけるんだろうか?ちなみに次ページの[3]ではアリスは挿絵でホウキに乗ってしまっている。分速の差を出したかったと思われる出題であるが、これでは歩かないので距離自体が変わってしまう。


…とりあえずほんの一部にだけ突っ込みを入れましたが、疲れました。
正直、これが教科書だったら苦痛です。
こんな役にも立たない思考をむりやりさせられる算数なんて嫌いです。
まだ文字と記号化されたイラストで「せよ」といわれる方が幸せな気がしてきました。

いや、このアニメ調の絵でゲームやテレビを見ているほうがぜんぜん楽なんですが。

実は私は子ども時代はぜんぜん学校の勉強をしない、駄目な子だったんですが、ひとつは「気が散って演習できなかった」という、勉強以前の大きな問題点を高校卒業するまで気がつかなかったという点にあります。
上のように、算数の陳腐な応用問題に突っ込みを入れまくって、教科書に書いてない解法(たとえば空を飛ぶ、穴を掘る、鶴が地球を一周するまで待つ)とかいったことを考えていたものです。子どもの想像力というものをなめてはいけないとおもいます。絵が見た目きれいだから、とかいうのはぜんぜん関係ない話で、多分私はアリスやテレスの顔にヒゲを描いてしまうでしょう。


それから個人の趣味についてあれこれ言いたくはありませんが、この教科書を紹介している人の職業が「教諭」だということの方が、むしろこの教科書より恐ろしいです。
へんちくりんな教科書は採用しなければ済む話ですが、学校の体育館に魔方陣を描いて「センシちゃん」を召還したり、創作童話の隣に自称18禁イラストやエロ小説を臆面も無く載せてしまう学校の先生がいることの方がよっぽど恐怖を感じます。

自己紹介のページから引用すると
http://www10.ocn.ne.jp/~fanta-sy/sensi_page.htm
>オタク教員が少ないのにビックリしてます。
>子どもを理解するにはアニメ・マンガ・ゲームの理解が必須だと思うんだけどなぁ。
>
とありますが、同僚に理解者がすくないあまり、
子どもの「理解」じゃなくて、子どもの「洗脳」に走らないことを祈りたいです。

ということで、まずはこのサイトと作者自体がネタであることを祈ります。


…にしても息子の教育についてはこれから頭が痛い問題が多いよなあ、日仏の言葉の問題もあるし、フランスは日本以上に「ゆとり教育」だからなあ(成功している方だと思う)。
絵を描いたり、走り回ったり、小学校低学年ぐらいまでは日本の子どもたちに比べて、ゆとりがうまく働くと思うんだけど、そのうち算数とかは明らかに学力差が出てくるんだろうな。
ちなみに「海外で子育てコミュ」とか見ていると「九九を暗算できる」とヒーローになれるらしい(挑戦してみるか)。
「覚え歌」みたいなのも日本人は得意ですが、そういうのも結構ないみたい(まだ知らないだけかも)。
アルファベットの覚え歌もまだ聴いたことない(多分英語の替え歌であるかもしれないが、仏語オリジナルはないらしい)。

日本の「ゆとり教育」で電卓使ったりとかいうのも話題になってたけど、あれも多分、当の小学生にしてみれば「あほらしい」事なんだろうな。
だって普通にパソコンつかってマウスつかって電卓つついて計算させたりしてるんだもんな。
携帯のメニューに入っている簡易電卓とか。
まだソロバンを超高速で使える子どもの方がかっこいい、といか触知で考える力が身につくというか。
ドラクエで「残りHPがいくつだから…」というあたりで算数覚えたという子や、FFで漢字読めるようになったという子もどうかと思うけど、そっちの方がよっぽど遊びから、生きた算数を学んでいるよな、適度に演習時間もあるだろうし。なによりRPGなどはゲームシステムから考え方のヒントを与えられる可能性もあるし。

そういう言語非依存の理数エデュテイメント作品とか、教科書とか考えてみようかなあ、と本気に考えるきっかけになったかも。

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今日は朝から息子の学校の登録に行った。
フランスでは3歳に近くなれば、学校に行ける。
近所の学校に登録して、オムツが取れればよい。
学期は9月から始まるが、それまでにオムツが取れなければ、無理に行くこともない。

まあ親も子も9月きっかりに大人になるわけじゃないから、ココロの準備が必要だしね。

それに3歳~5歳は日本で言えば幼稚園である。
アルファベットも習うがそれ以前に、生活習慣や挨拶、歌やダンスに創作、他にもいろいろあるかも。
許可をもらって写真をいくつか撮らせてもらったが、木造校舎で園庭が広く、教室は子供たちのアートであふれている。

教室にて


息子もガールフレンドのエレアにエスコートされて早速なじんでいるようだ。
その間に、登録を済ませる。
ちなみに試験は無い、費用も基本的にはゼロ。
朝のクッキー&誕生日ケーキ代1.5Euroと、年間の保険10Euro、それからペーパータオルとティッシュボックスを1家族1本提供すること、それぐらいだ。
園庭は放課後や週末は子供たちに解放されており、比較的安全な遊び場といえる。

久美子とエレアのママ、バレリー姐さんが買い物を済ませている間に、息子とエレアと1時間強(全力で)遊んでいた。

午後は、ラバル村のCLEP(Ludoteque, 村営遊具センター)主催の「Fete du Jeu」に行ってみる。
http://www.mairie-laval.fr/
年に一度の「ゲームのお祭り」で、かなり沢山の市民が家族連れで遊びに来ていた。
Laval Virtualでお世話になったマリロワさん家族とか、社会保険事務所で世話になった女性とか、
いろんな人に会いながら、クラシックなゲーム、ボードゲーム、カードゲーム(遊戯王やMagicザ・ギャザリング)、体を使った遊び、幼児向け遊び、サーカスのような曲芸、コンピュータゲームコーナーなどが町の中心の数箇所の広場において楽しめるようになっている。
Fete de Jeu
こうしてみると、フランス人というのは本当にJeux(遊び)が大好きである。
息子や、周りの子供たちの遊び方を研究していると、いろいろ興味深い。
私の博士論文で書いた、年代ごとの遊びの変化も非常に見て取れるし、
フランス人、中国人、アフリカ人、うちの息子の違いもちょっとは見れる。
またいろんな改善点や新しいアイディアも沸いてくる。
「穴にボールを入れると他の穴から出てくる」といった単純な遊び、
まるで「パリ・ダカールラリー」のような巨大なダートコースの「ビー玉遊び」、
糸がついた木の玉をスイングさせてピンを倒す「その場ボウリング」…。
幼児向けゲームコーナーは『遊びのアフォーダンス』をうまく生かしたゲームが数多く見られるが、必ずしも安全であるわけでも、洗練されたデザインになっているわけでも、遊びやすくなっているわけでもない。
その辺はフランス人らしいいい加減さであるのだが、「台をもうちょっと低くすれば…」とか、「穴をこうデザインすれば…」とか、「ボールをこの材質で作れば…」とかいろいろ改善アイディアが浮かんでくる。

またこのような明るい場所で遊ぶわけであるから、電気やプロジェクタをまったく使わない、場合によってはコンピュータすら使わないゲームのアイディアすら、結構浮かんでくる。
たとえば、廃棄CDROMといくつかのリサイクル・リユース材料を使って、4-5作品ぐらい「リサイクル・トイ」シリーズのゲーム台が作れそうだ。
・廃棄CDROMエアホッケー
・廃棄CDROMボウリング
・廃棄CDROM巨大オセロ
・廃棄CDROMピタゴラ装置
…などなど…

来年はぜひともシライ博士のハイテク/ローテクなゲームコーナーを作ってもらおうっと。

なんて事を考えながら、晩御飯に「マスの丸焼きプロバンス風」とか作ってみる。
残念なことに息子は、帰る途中に寝てしまったんだが。それもよし。

子供に優しい国、フランスのいい土曜日でした。
avec les fille Valerie

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今日は朝からあわただしかった。

午前はIVRC関係で近所の大学ESEIAに訪問して、IVRC賞を受賞したフランス学生チームをインタビュー。
こいつら、なかなかすごい。将来楽しみ。

SIGGRAPH遠征の宿が「とりあえず」どうにかなったので、出張申請書と、かねてから筆が止まっている和文のGI関係の論文の執筆に戻ることにする。
というわけで再び執筆モード突入…と思われたが…がだんだん日本語論文書くのがつらくなっている自分に気づく。
めげずに書き物。

午後は、Marieさんが嫁さんにフランス語を教えに来てくれた。
フランス語を教える代わりに日本食を教える、という企画。
発案者はMarieさんのだんなさんGuy。さすが人の上にたつ人は違うなあ。

本当は仕事に出たかったんだが、息子が泣くのでお守り。
書類仕事とメールの整理と、師弟の就職相談してたら日が暮れた。。

てゆーか最近の学生の就職活動って、財務諸表とか使って企業研究しないんですかね。

あとビジネスレターとかも普通のだけじゃなくて、「内定を断るときの詫び状」とか。

内定ひとつ出すのに企業が400万円ぐらいかけていることもあるということを知らないというのも怖いけど、
自分の人生賭けに出すのに、株価も主要株主も見たこと無いというのも怖い。

まあそういう人は、そういう人で、幸せな生き方もあるのかもしれないけどね。


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CNETが珍しくフランスの紹介を。
「「企業に優しい国」を目指すフランス」
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000050156,20083920,00.htm?tag=nl

いやほんと、これ本当なんですよ。
10年後ぐらいには私みたいのが当たり前になってるかもしれない。
日本やアメリカの企業がお金を出しても買いたい技術とか組織とか
そういったものがここにはあります。

まあしょうも無いのも無いことはないけどね。

あとはこんなニュースもあります。
・フランス通産省、ビデオゲーム産業を支援
http://www.emex-club.com/donnees/donnees200505/news_050523_01.html

まあ潰れそうな会社を救ってどうするの、という話もありますが、
これで若いクリエイタが腐らずにすみそうです。
それに当然、箸にも棒にもかからない人は飢えるわけだし。

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RoboGamerLuminaStudio がSIGGRAPHに通ったので、調子に乗って?GPGPU に登録しておいたんですが、ちゃんと採録されたようです(サイトのアクセスログで気がついた)。
掲載しないでほっとくとどんどん歴史年表に載りそびれるしねえ。

カテゴリは「コンピュータビジョン」と「イメージ/ボリューム処理」です。
http://www.gpgpu.org/cgi-bin/blosxom.cgi/Image%20And%20Volume%20Processing

うしし。
これでGPGPUが「過去の技術」になっても、名前とプロジェクトだけは残るぞ、と。
(これがこのサイトの趣旨でもあるし)

あと、まだ充実してないので秘密にしてたんですが、
「GPGPUサイトの日本語訳」というとんでもないことをやってたりもします。
http://akihiko.shirai.as/modules/bwiki/index.php?GPGPU_JapaneseTranslation

自分を含め、皆さんの理解の助けになればと思ってやり始めたんですが
勉強になりますよ、いやほんと。


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テーマ:

「HALFLIFEでドミノ倒し」

港区赤坂四畳半社長(国益第一編) より。

http://www.zippyvideos.com/212120745294215.html


以前、「Dynamo 」という似たような?リアルタイム物理シミュレーションの作品を作ってみたことがあるど、これだけのドミノを安定して倒すのはけっこう大変。


軽く2-300はあるよなあ、面ベースの衝突でもドミノx6面は最低でも必要だし。まあプリミティブだからいいとして、いちおう重さも重心もあるし。

にしてもこんだけドミノ並べて遊んでもらえるエンジンって幸せだねえ。私もがんばらねば。

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