2006-07-27 22:57:38

【教室心理学別館】その1:四つ目の本能

テーマ:教室心理学別館
教室心理学の別館として、心理のダーク面も書いていこうと思います。
正統派の教室心理学は、まだまだ続きますのでそちらもお楽しみに。

わたしが教育実習生だった頃の話です。
教育大学に通っていたので、三年生の時には付属校、四年生の時に一般の学校に実習に行かねばなりませんでした。
付属校の生徒たちには、教育実習生が来るのは慣れっこでした。

わたしたちにとっては貴重な10月の4週間あまりでしたが、生徒たちにしてみれば、別の時期に他の学生が4週間来た後なので、もううんざりでした。
小学校なら6年間のうち1年間を教育実習生に教わっている計算になります。
教え方も下手なわたしたちが、生徒に歓迎されることはありませんでした。

そんな中で、やたらと教育実習生にべたべたしてくる子たちがいました。
おかしいなと思いつつ歓迎していたのですが、あとで正規の担任に話を聞くと、その子はいじめられっ子だったのでした。
「大人なら受け入れてくれることを知っているのよ」

つまり、新しく来て事情を知らないわたしたちを、自分が所属できる相手として見たのです。
彼らは、気づくとわたしたちとだけ話をしていました。
そして、わたしたちが去ることを怖がっていました。

わずか4週間でその時はくる。
それが分かっていてもなお、再び一人になる時を恐れていました。
それは、痛々しいほどに。

      ☆

食欲睡眠欲は一人で満たされるものだけれど、三つ目に性欲という他人が必要な本能があるのが人間です。
人は、そもそも一人では生きていけないようにできているのです。
更に、人には、食欲睡眠欲性欲の他に四つ目の本能があると思います。
それが、人と心や精神でつながりたい、受け入れられたいという本能です。

その人とつながっていたい本能を刺激する、コミュニケーションをメインコンテンツとしたSNSが流行ったのは、ある意味当然のことだったと言えるでしょう。

これらの仕組みについても、また続きをお話ししますね。
ダーク面の方が、面白いこともあるのです。
2006-07-27 22:56:19

【教室心理学】その3:過程や努力を誉める

テーマ:教室心理学
もし、自分での経験が自分が成功した時だけ誉められたとします。
その時は誇らしい気持ちになるのですが、同時にものすごく不安な気持ちになるのです。

“次も成功させなければならない”
“成功していなければ誰も自分を認めてくれない”
それは、成功を喜びではなくさせてしまうのです。

なので、わたしは、教室では生徒たちの過程や努力を中心に見るようにしていました。
つまり、結果が出せなくとも努力の成果が少しでも見えたら、それを誉めたのです。
結果に至らなくとも、努力の継続による変化はどこかにはあります。
それを、具体的に言葉に出して誉めたのです。

逆に、態度が悪くて結果だけ出している子のことは、誉めませんでした。
それは、普段怒られてばかりいる子に対して効果がありました。
結果だけ見るなら誉める子は偏りますが、努力を誉めるようにすれば、ほぼ満遍なく全ての子を誉めてあげることができます。

また、学業ではない点数や達成が見えないところにおいてこそ、それは非常に効果があがりました。
たとえば友達と喧嘩しなかったとか、一生懸命話を聞いていたとか、忘れ物が減ったとかです。
そして、一つがうまくいくと、それに引っ張られて全体がよくなっていきます。

誰でも向上したいという気持ちはあるけれど、自分が頑張ってできるようになったり達成したつもりなのに他人から何も反応が返ってこなかった時には、人はやる気をなくしてしまうのです。
努力がプラスの変化を生むことを学んでこそ、努力に対するモチベーションが続くのです。

SNSでもことは同じです。
人は誉められたい認められたいという気持ちが強いので、自分の努力をどこかに示しているはずです。
たとえば日記に過程を書いたり、結果を示したり、口で告げたりをするでしょう。
それをきちんと受けとって、変化を見てとって、言葉で返してあげること。
それだけで、信頼感と親しさ、絆は深くなっていくでしょう。

誉めることはあらゆる人間関係のポイントになりうると思っているので、また改めて書きます。

      ☆

ニンテンドーDS、DSLiteにはとても興味を持っています。
「アクション」「アドベンチャー」などと並んで、「コミュニケーション」というカテゴリーが生まれています。

昔ポケモンが流行ったように、どうぶつの森などでも誰か友達と協力しなければ先に進めないようになっているところが面白いと思います。
ポケモンでは、モンスターを全部集めるためには友達と通信・交換しなければならず、どうぶつの森では、店を大きくするためには通信して友達に買い物をしてもらわねばならないのです。

ゲームについても興味があるので、これもまた改めて書きます。
また、教室心理学も続きます。

2006-07-27 22:55:12

59番目のプロポーズドラマ化に見るテレビ局の失敗

テーマ:mixiやSNSについて
教室心理学の前に、こちらの続きを書きます。

放送当日のコミュニティ内の書き込み数、約700。
その大半がブーイングの嵐でした。
そして、その後にとったドラマに関するアンケートは、実に6割以上が「非常に悪かった」を選んだという事実。
(因みに、「見ていない」人たちを覗くと、「非常に悪かった」「悪かった」が8割になります)
原作者に、「テーマが真逆に書かれている!」とまでいわせしめたものすごさ。

原作者のアルテイシアさんは、「59番」は「美女と野獣」ではなくて、「シュレック」なのだと言っています。
野獣(オタク)が王子になる話ではなくて、姫が怪物という自然な姿(オタク)に戻るという話だったのです。

……でいながら、テレビ局の掲示板における書き込みは大半が好意的なものでした。
選んで載せているのは当然として、その割合が本来はどうだったのかが気になります。
原作を抜きにして、ドラマとして見ても子供だましの内容だった、と思うのですが。

そして、売れているものを追う(「電車男」をまねる)のではなくて、せっかく新しいものがあるのだから、それで視聴率をとる努力をしてもよかったのに、と思うのです。

テレビ局の失敗とは、ネットの口コミは後々まで残る、ということです。
その場限りで得られる視聴率と口コミで後々までマイナス情報が残るのと、本当はどちらがいいのでしょうか。
一度書かれたものは、キャッシュとして残ってしまいます。
SNS内でも、この後も情報が蓄積されていきます。


最後に、少しだけ誉めておきます。
アルテイシアさんご本人に会っている者とすると、藤原紀香のキャスティングは悪くなかったと思います。

ご本人は、某社出身&大阪在住らしく、賢くてトークにキレがあります。
華やかでセクシーな服装が似合う方でした。
また、ものすごく気遣いをされる方で、同性に好かれるだろうなという印象を受けました。

その、アルテイシアさんから受けた印象を女優に置き換えたら、藤原紀香はありだと思ったのです。
ただ、間違ってもあんなドラマの中みたいなバカな友達は持っていないですね。

2006-07-27 22:53:47

【教室心理学】その2:過去を覚えていること

テーマ:教室心理学
名前を覚えるのは基本中の基本という話を前回はしました。
人間関係を作る上で、ここを抑えないでは話は進みません。

クラスで子供たちと付き合っている時に、教員がすると喜ぶ行為があります。
彼らが以前にしたことを覚えていることです。
それは、関係性においての歴史となります。

「前、○○という話をしてくれたよね」
「○○を集めているんでしょう?」
「前、○○が△回できたって言ってたよね」
など、彼らに関することならなんでもいいのです。

そして、それをアピールすることで、彼らは、
「先生はいつも僕たちを見てくれている」
という感覚を抱きます。

ずっと、いつも見守られている。
その安心感は、関係性を点から線へと変えます。
線を面に変える方法は、この後に続く方法を実行すれば問題なくできます。

この過去を覚えているということは、たとえば恋愛や、SNSでも有効です。

恋人との思い出を口に出して繰り返すことで、二人の思い出は追体験され、それをどれだけ大切に思っているかということを相手に伝えることができます。
恋人に関する情報を口に出すことで、よく知ってくれているという安心感を与えることができます。

SNSにおいては、過去にどこで会ったか、どんな日記を書いていたか、どういうものを好きかなどの相手について知っている情報を口に出して伝えることがそれに当たります。
これが、関係性をただのリンクという点から、実際の人間関係へと広げていくきっかけとなるでしょう。

教室心理学はまだまだ続きます。

2006-07-27 22:52:36

59番目のプロポーズドラマ化に見る、SNSの価値

テーマ:mixiやSNSについて
教室心理学の続きが書きたいのですが、その前にどうしても気になったことを書きます。
昨日、mixiで話題となった『59番目のプロポーズ』がドラマ化、放映されました。
普段はリアルタイムでテレビを見ることはないのですが、アルテイシアさんに取材したこともあり、見てみることにしました。

『59番目のプロポーズ』は、実際にあったことをミクシィ日記に描いて話題となり、書籍化、漫画化した大ヒット作です。
ストーリーは、簡単に言えば、アルテイシアというキャリアのもてもての女性が、59番というオタクと出会って付き合うようになる、というもの。

アルテイシアはこれまでマーケティング力で男にもててきた(こういうタイプの男にはこうすれば好かれるというもの)けれど、それは過去のトラウマのせいでした。
59番は、生き延びるために努力をくり返してきた、真に強い男性だったことが徐々に明らかになっていきます。
マーケティング対象外のオタクの彼こそが、彼女を心からリラックスさせ、自然な姿で受け止めてくれたのでした。

けれど、昨日のドラマでは、『電車男』と『Sex And The City』を混ぜて、“キャリアとオタク”という設定にしただけです。
おまけに、『電車』は連ドラだったのに、『59番』は単発のドラマにしかなりませんでした(映画化はあるようですが)。
何よりも気になったのは、『電車』でオタクを否定したように、どちらかというとオタクを礼賛している『59番』でも、ドラマではオタクを否定する内容になってしまったことです。
本来は、『59番』は『電車』のアンチテーゼだったはずです。

そこに、新しい価値の転換はありませんでした。
扱いも大したことはありませんでした。
mixi一売れた日記の書籍化されたものの扱いがそれ。
つまり、2ちゃんねるよりもmixiの方が価値がないと思われたのです。

あの内容は口コミをなめてるとしか思えない内容でした。
『59番』コミュニティで立ったトピックは、驚くべきスピードで書き込みが増えていきました。
その9割以上が否定的なものばかりでした。
日テレの掲示板に不平不満を書き込んだけれど掲載されないという書き込みも数回見かけました。

トピックを立てたアルテイシアさん自身が、「別物だと思ってください」との微妙な発言をされている通り、まるっきりの別物に(しかも最低な出来に)仕上がっていたのにはショックを受けました。
しかしそれ以上に驚いたのは、やはりメディアにとっては、mixiが所詮2ちゃんねるよりも下だと思われていたことについてです。

これについては、もう少し続きを書くかもしれません。


因みに、漫画化もされているようですが、そちらはかなり忠実に描かれているようです。

所詮二時間におさめるのには無理があったのですかね。
原作には、心理的なものなど、映像向きではない部分が多かったですし。

いや、それにしてもひどい。

2006-07-27 22:51:08

【教室心理学】その1:個別認識をする

テーマ:教室心理学
あれこれ語っていても、裏付けがないと説得力に乏しいですね。
徐々にデータや教育心理学等を裏付けとして追加していきたいと思いますので、準備ができるまで少々お待ち下さいね。

まずは、経験から教室心理学を語っていこうと思います。
教室心理学とは何か?
わたしが名付けたもので、学級担任をして現場で身につけた知恵です。

学級担任とは、たった一人でクラスの子供たち全員を掌握しなければなりません。
当然ながら、人心掌握術に長けている必要があります。

また、子供たちはクラスという社会の中で自分の役割を見出し、他人との付き合い方を学んでいきます。
集団の中における生き方暮らし方の方法は、子供たちが見せてくれたのです。

      ☆

まずは、教室心理学その1、人と親しくなる方法です。

【その1:個別認識をする】

学級担任になってまずしなければならないことは、生徒たちの名前を覚えることです。
3~40人あまりもいる生徒たちの顔と名前を一致させるのは、3日のうちにしなければならないと言われています。
覚えたら、名前で呼んで「覚えているよ」というアピールをします。

これがなぜ大切なのか?
それは、一対多だからです。
教師は教室の中で絶対的な存在であり、その教師にどう見られているかが生徒の毎日にとっては大切なことだからです。

彼らはまだ自分が覚えられていないと思っています。
或いは覚えてもらっていると思い、まだであることを知って失望します。
その逆を行えば、これはプラスに働くのです。

SNSでは、たとえばオフラインに会った時に挨拶をしたり、名前を呼ぶことがそれにあたります。
相手の属性や個性(職業が○○の人とか、○○に詳しい人とか)を覚えておいて、話題にふると大変喜ばれます。

これは当たり前のことでしたが、まだまだあるので、それは明日以降にお話しますね。
2006-07-27 22:49:29

目前の人よりケータイが気になる人々・その2

テーマ:mixiやSNSについて
「目前にいる人たちよりケータイが気になる人々」というエントリーに対して、意見をいただきました。

1)オンラインとオフラインがその人の中で等価になっている場合。
2)オンラインはリアルタイムに相手をできると、チャットのようになって盛り上がり楽しいため。
3)オンライン上の人にもいい顔をしたい。そちらに嫌われたくない。

が理由ではないのか?というものです。(ありがとうございます!)

1)のケースは、オンラインによるコミュニケーションの重要性を物語っています。3)も同様です。
どちらも、オンラインでの反応の心地よさによって慣れさせられ、それを失う恐怖を感じているという点では、既に語ったことと同じコミュニケーションの中毒性が理由だとひとくくりにしていいでしょう。

2)は理由としてはありますが、オンライン上の面白さを優先させる異常さがあります。
現実的に人を目の前にしているのに無視してケータイをいじるのは、一般的には失礼にあたります。
それができるのは、その間目の前にいる人が頭から消えているからです。

オンラインの人たちは、本来はレスの時間のことなどほとんど気にしていません。
それを気にしているのは、紛れもない自分自身です。
「レスが遅いことで相手に嫌われるかもしれない」という恐怖感こそが、あなたを突き動かしているのです。
それは、目の前の人を無視させるほど強い強迫神経症の一種に近い気がするのですが、どう思いますか?
2006-07-27 22:48:04

ネット向き人間か直接会う向き人間か

テーマ:mixiやSNSについて
たとえばSNSには、オンラインとオフラインの両方から参加することができます。
コミュニケーションとは、当然実際に会うこと(オフライン)が基本のものですが、オンラインにはそれを補完する力があるのです。
オンライン重視派かオフライン重視派か、自分がどちらに向いているのかによって行動は変えるといいでしょう。

忙しい人はオンラインを上手に使うと、交友関係が増えます。
しかし、オンラインだけではなく、時々は会う(オフラインを混ぜる)ようにすると関係が深まり、更によいでしょう。
たった一度会っただけの人でも、オンラインでの関係が続くと親しい気持ちになれるので、関係の進展にかかる時間をショートカットできます。

逆に、会ったことがなかったり、会ったことが一度でしかも印象が薄い場合、オンラインでのみ交流が深かったけれどその交流が減った場合は、関係が途絶える可能性が会っている場合に比べてかなり高くなります。

また、一度でも会っているかどうかは、オンライン上の関係の善し悪しにも関わってきます。
会ったことのない人には意見的なメールをすることはできても、会った人には情や遠慮が働いて、あまり悪く言えなくなるものだからです。
会った時に何らかのプラス情報を得ている場合、オンラインでもオフラインで得た情報が加味されて感じられるため、結果的にオンライン上でも好意的に見ているのです。

一方、自分はどちらで売った方が高い評価を得ることができるかによっても、その行動は変わってくるでしょう。
コミュニケーション下手を自認している人は、どちらかを頑張ることで自分の株をつり上げることができます。
会って話すことが苦手でも、オンラインの中でよい評価を得ることはできるし、文章が下手でも会った時にしっかりコミュニケーションできれば、それで十分なのです。

逆に、出会う人がどちらかだけが得意で片方が苦手な人である可能性を念頭においておくことが大事でしょう。
ネット恋愛をする場合は、実際に会ってある程度人柄を深く知ってからの方がいいです。
頭でっかちの、オフラインでのコミュニケーションができないタイプの人たちは確実に混じっていて、非常に見分けがつきにくいからです。
2006-07-27 22:46:28

時間の対価を考える

テーマ:mixiやSNSについて
ミクシィ日記等に代表されるSNS内部の日記には、ある大きな弊害があります。
内部でのコミュニケーションに対して、時間と労力とをかければある程度のものを得ることができるが、かけなければ何も得ることはできない、というものです。

たとえば、「友達リンクをしていたら(マイミクなら)相手の日記を見に行かねばならない」という大きな誤解があります。
友人・知人のブログを全て読みに行く時間がないように、マイミクの日記だからといって見に行かねばならないわけではないはずです。

マイミクが数百にのぼる人からしてみれば、そのうち日記を書く人が数割だとしても、数十から数百もの日記を義務感から読まねばならないのは苦痛以外に何ものでもありません。

たとえば、わたしはこれを書いている時点でマイミクシィが360人以上いますが、PCを自由に見られる環境にいてさえ、一日にあがる日記数約100あまりを全て見る自信はないし、実際不可能です。
それでも、日記を見ないことを不快に思ってリンクを切られることはあるのが現実です。

ここの感覚や常識が違うと、トラブルの元となります。
友人や恋人同士が仲良くなっていく際は互いの常識は折々で確認し合うものなのとは違い、マイミクは関係の入り口の段階で確認し合うことが無難だと言えます。

知り合ったばかりの人とでもつながり感ができ、親しくなる可能性を残すのが友達リンク(mixiならマイミクにあたる)なので、この前提のせいでその可能性を捨てるのは、個人的には勿体ないという気がします。

考えてみて下さい。
一般的な友人は、たとえ間に数年の開きがあっても、つながっていられるものです。
連絡もしていず、会うのが数年ぶりだとしても、一瞬にしてまた親しい気持ちになれます。

mixi内で、時間的コストや手間をかけて新しい人間関係を得るために励むのもありでしょう。
しかし、それを保つために失うこと(一人の時間、他のことをする時間)と得られるものとを比べて、納得の上で励むべきでしょう。

かけた時間分の親しさが得られるわけではありません。
後で失望しないように、自覚の上で楽しんで下さい。
2006-07-27 22:45:19

アルコールより中毒化しやすいSNS

テーマ:mixiやSNSについて
では、なぜSNS……コミュニケーションは中毒化してしまい、しかも治りが悪いのでしょうか。

実は、「普段は恋人がいなくても寂しくないのに、クリスマス時期が近づくと寂しさを感じさせられてしまう」のと同じ仕組みがそこにはあります。
「恋人がいるのが当然」という雰囲気に寂しくさせられるのと同様に、SNS内の日記にはコメントがつきやすく、それによって容易に安心感を得させられてしまいます。
それに慣れた身にとっては、「コメントがないということはみんなはこの日記の内容を受け入れてくれていないのだ」「わたしに興味を持っていないのだ」と不安に感じるようになってしまうのです。

あらゆる中毒は、大抵の場合体力か経済力がストッパーとなります。
たとえばアル中や麻薬中毒にはなってもまず身体が壊れますし、ギャンブルはお金が続きません。

ですが、インターネットは違います。
ほとんどお金もかからず、身体は少々の肩こりや頭痛、目の疲れとなって現れる程度で、到底ストッパーとはなり得ません。インターネット上のコミュニケーションの甘さに中毒になった人は、そう簡単には抜け出せないのです。

SNS……コミュニケーションは中毒化しやすく、治すのが難しい。
それ以上に受け止めてくれる場所(人でも社会でも)が現れるまで、それは延々と続きます。

Amebaおすすめキーワード

    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト