私は「太陽にほえろ!」が大好きです。
20年近くビデオを収集・録画したりしていたので、全部で600本近く有ったのですが有紀ちゃんのベビーベッドを置くため、昨年の11月から部屋の片付けを兼ねてDVDに一生懸命移植しています。(3分の2は終了してます)
昨日移植したテープの中に「太陽にほえろ!」の中でも最もすきなストーリーが入っていました・・・
リアルタイムでは昭和54年から観はじめたのですが、結構凝り性な性格のため夕方からの再放送や写真集・書籍・レコード等関連商品を買いあさり、学校の勉強よりはるかに「太陽にほえろ!」という番組を学んでいました。
「太陽にほえろ!」の歴史としては、新人俳優を1~2年番組で育てて殉職の後、別の番組で大成させるという慣例があったのですが、私が見だした当時は延命嘆願をずっとされていた宮内淳さん(ボン)が4年間の出演を終え、山下真司さん(スニーカー)と入れ替わる頃でした。
今では誰もが知っている山下さんも、当時はかなり宮内さんの後任としては荷が重すぎたようだし、裏番組に金八先生やタイガーマスク登場で湧くプロレスもあり番組の視聴率はガタ落ちの厳しい状況でした。
そこで、数年前に半年間だけ出演経験のある沖雅也さん(スコッチ=彼は殉職でなく転勤して番組を去っていた)の復活が決まった・・・
「スコッチ・イン・沖縄」
当時、ビデオデッキを買ってもらえなかった私はカセットテープに録音して、この作品を何度も頭で場面を思い出しながら聞いていました。(2年ほど前にビデオレンタルで画像を観れたときは超感激しました
(寝ながら良く聞いていたので、一種の睡眠学習とでもいうのか結構セリフをおぼえているんですよ
)
海岸で二人が熱く語るシーンが最高にかっこよかったなぁ・・・
スニーカー「俺と妹が子供の頃、親父とお袋は米軍のトラックにはねられて死んだ!(スニーカーは沖縄出身)犯人はわかっていたんだが、なぜか日本の警察は手を出そうとはしなかった!」
スコッチ ・・・沖縄の雄大な海を見ながら黙って聞いている
スニーカー「こんなバカな話があるか
俺はしばらく妹をほったらかしてほうぼうグレて歩いた!」
スニーカー「もしあの時、田口さん(ボンの役名)に逢わなかったら・・・」
スコッチ 「田口?」
スニーカー「そうだよ!もし田口さんに逢わなかったら、今頃おれはきっと・・・」
スコッチ 「ほー ボンがお前の人生を変えたのか・・・ 捜査だ!」
死んでしまったボンを介して、男と男の心の通じるこのシーンが何度みてもカッコ良いのです。
長く続いていた番組だからこそ出来たシーンだし、プロデューサーの手腕なのか偶然なのか良くわからないのですが、ボンとスニーカーの交代の時に初めて後任が前任者を知っているという設定であったのと、スコッチだけが殉職せずに番組を去っていたために出来上がったこのシーンはサイコー
です。
※ちなみにスニーカーも番組を去るとき殉職できませんでした。(石原裕次郎さんが病気療養中だったため)裕次郎さん復帰の際にゲストで出演し、後任の(やせてる)渡辺徹さん(ラガー)と共演しているので、もっとこのボン~スニーカー~ラガーのつながるようなストーリーがあれば、末期の尻すぼみ状態には番組もならなっかたのではないかと感じていました。
そのため、私は竜雷太さん(ゴリさん)が殉職して番組を去ってからプロレスにはまってしまいました・・・。
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