有紀と有志の成長日記

2007年7月4日に誕生した有紀(あき)と、2010年12月8日に誕生した有志(ゆうじ)の成長日記

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毎年8月15日は「諏訪湖湖上花火大会」が盛大に開催されます。


 当店でも信州限定となぜか山梨限定のご当地キティを通年販売していますが、2年前からは「諏訪湖花火大会」キティも販売し始めました。クラッカー


 初年度はいくつ売れるか分からなかったので、製造自体かなり少なかったためあっという間に品切れを起こしてしまいましたが、昨年からは通年販売できるようになり大好評を頂いております。


 花火大会前後以外は、他のキティちゃん達と同じ場所で販売をしているため、単品のPOPは掲示しませんが、今年は早くもレジ周りの特等席に私の手作りPOPとともに陳列しております。


 POPを作るのは大好きなので、店内に15枚位は掲示しているでしょうか。


 色使いや文字の大きさなどでそのPOPの価値が決まります。当然、目立たなく仕上がったものでは売上も伸びませんし、結構何度もプレビューで確認しながら作っています。


 今回のキティのPOPは結構気に入っています・・・目 


 今年も盛大な花火大会が開催され、観光客の方に数多く販売できればよいなぁと思っています。



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昨晩、同期入社のK君がひょっこり現れました。ニコニコ


彼が配属されたのがいま私がいるお店で、私はホテルのフロント係に配属されたのですが、Kくんの寮がホテルの裏にあったので、30分かけてアパートに帰るのが辛いときは良く彼の部屋に泊まったものでしたぐぅぐぅ


同期の中でも一番喧嘩っぱやいやつで、良く同僚や取引業者さんとトラブルを起こしたりしていましたが、4年くらいで退職してからも水商売をやっているという噂を聞くのみで、最近は「アイツ何やってんのかなぁ」とも思わなくなる位、私の中ではすっかり忘れかけたパンチ!存在でした。


本人と会ったのはホント12年振りくらいだったのですが、大勢のお客様がレストランで食事をしている中だったのに、お互いすぐに見つけることが出来ました!!


彼は私より4歳年下なので35歳。 お互い年をとったのでしょう。最初にしたことは 「握手握手」  これって結構おじさんがはいっているなぁチョキと思いつつも、昔話で思いっきり盛り上がってしまいました・・・音譜


彼の方が結婚も早く子供も小学生になっていて「亭主・父親」としては先輩!さらに、フロント経験が無いのに「前の会社でバリバリのフロントマンでした」と、面接で経歴詐称叫びまでして入社した現在のホテルでは3年で課長に昇進(私は今の会社に17年勤めて課長代理止まり・・・むっ)と、すっかり喧嘩っぱやかった昔の姿はなりをひそめ、「愛すべきサラリーマン」に変貌していたのでした。


同期入社14名のうち最後の戦友が会社を去ったのが今から9年前、会社がリニューアルオープンしてから4年目の新卒だったので、従業員も安定数を確保できた最初の年だったこともあり、後にも先にも最低人数しか入社しなかった「花の4期生クラッカー」の最後の一人として、Kくんのように戦友がひょっこり現れても出迎えられるように、これからもがんばっていこうと心に誓った夜でした。


ちなみに妻Kaoriは友人たちと食事会にいってしまい私はほったらかされ状態です。(いま有紀ちゃんが生まれていれば、二人で仲良く留守番ができたのになぁキスマークと思いつつ記事を投稿しています)


↓まったく関係ありませんが・・・

あゝ同期の桜
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   この映画おもしろいのでしょうかはてなマーク 観たことあるかた教えてください。





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私は「太陽にほえろ!」が大好きです。


 20年近くビデオを収集・録画したりしていたので、全部で600本近く有ったのですが有紀ちゃんのベビーベッドを置くため、昨年の11月から部屋の片付けを兼ねてDVDに一生懸命移植しています。(3分の2は終了してます)

 昨日移植したテープの中に「太陽にほえろ!」の中でも最もすきなストーリーが入っていました・・・グッド!


 リアルタイムでは昭和54年から観はじめたのですが、結構凝り性な性格のため夕方からの再放送や写真集・書籍・レコード等関連商品を買いあさり、学校の勉強よりはるかに「太陽にほえろ!」という番組を学んでいました。チョキ


 「太陽にほえろ!」の歴史としては、新人俳優を1~2年番組で育てて殉職の後、別の番組で大成させるという慣例があったのですが、私が見だした当時は延命嘆願をずっとされていた宮内淳さん(ボン)が4年間の出演を終え、山下真司さん(スニーカー)と入れ替わる頃でした。


 今では誰もが知っている山下さんも、当時はかなり宮内さんの後任としては荷が重すぎたようだし、裏番組に金八先生やタイガーマスク登場で湧くプロレスもあり番組の視聴率はガタ落ちの厳しい状況でした。


 そこで、数年前に半年間だけ出演経験のある沖雅也さん(スコッチ=彼は殉職でなく転勤して番組を去っていた)の復活が決まった・・・



 「スコッチ・イン・沖縄」

 当時、ビデオデッキを買ってもらえなかった私はカセットテープに録音して、この作品を何度も頭で場面を思い出しながら聞いていました。(2年ほど前にビデオレンタルで画像を観れたときは超感激しましたクラッカー

 (寝ながら良く聞いていたので、一種の睡眠学習とでもいうのか結構セリフをおぼえているんですよビックリマーク


 海岸で二人が熱く語るシーンが最高にかっこよかったなぁ・・・


スニーカー「俺と妹が子供の頃、親父とお袋は米軍のトラックにはねられて死んだ!(スニーカーは沖縄出身)犯人はわかっていたんだが、なぜか日本の警察は手を出そうとはしなかった!」


スコッチ  ・・・沖縄の雄大な海を見ながら黙って聞いている


スニーカー「こんなバカな話があるかむかっ俺はしばらく妹をほったらかしてほうぼうグレて歩いた!」   


スニーカー「もしあの時、田口さん(ボンの役名)に逢わなかったら・・・」 


スコッチ  「田口?」


スニーカー「そうだよ!もし田口さんに逢わなかったら、今頃おれはきっと・・・」


スコッチ  「ほー ボンがお前の人生を変えたのか・・・ 捜査だ!」


 死んでしまったボンを介して、男と男の心の通じるこのシーンが何度みてもカッコ良いのです。


 長く続いていた番組だからこそ出来たシーンだし、プロデューサーの手腕なのか偶然なのか良くわからないのですが、ボンとスニーカーの交代の時に初めて後任が前任者を知っているという設定であったのと、スコッチだけが殉職せずに番組を去っていたために出来上がったこのシーンはサイコーグッド!です。


 ※ちなみにスニーカーも番組を去るとき殉職できませんでした。(石原裕次郎さんが病気療養中だったため)裕次郎さん復帰の際にゲストで出演し、後任の(やせてる)渡辺徹さん(ラガー)と共演しているので、もっとこのボン~スニーカー~ラガーのつながるようなストーリーがあれば、末期の尻すぼみ状態には番組もならなっかたのではないかと感じていました。


 そのため、私は竜雷太さん(ゴリさん)が殉職して番組を去ってからプロレスにはまってしまいました・・・。


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