”僕が守ってあげなくても彼女は生きていけそうです”この言葉の意味。
autumnでございます。
今日、石田徹也さんのことをブログに書いておりましたときに、ある相談室の先生から電話が入りました。
(あっ!小池先生ですか?)
(はい。先生何がございましたでしょうか?)
その男性の先生が相談室名とご自身のお名前を最初におっしゃったときに、うちのこのお相手の相談室であるということがぴんと来ましたので、すぐにお尋ねいたしました。
(いやあ、あのう。そちら様の・・・・さんと、うちの・・・・・。交際をさせて居りますが・・・)
(はい。うちの会員さんも定期的に、先生,、近況報告ですとおっしゃってくださる方が多いのですが彼女はあまりそのような連絡をする方ではないので・・・・・。あのう、何かございましたでしょうか?)
(はい、実は彼のほうから、メールと電話がございまして・・・・。何回かお逢いしたり、メールや電話でお話したりしておりまして、お話するたびに、奥が深い素敵な女性だと申しておりました。)
(はい。)
(このごろ、連絡しても、返事が遅れたり、連絡がなかったりしてきていたそうで、ああ、自分は頼りにされていない。守ってあげたいと思うほど、素敵な人だと思っていたのですが、彼女はそれを必要としていないようだと感じてしまったようです。)
私は、先生がおっしゃることを静かに聞いていました。
それは、もしかしたらこんな風になるのではないかという気持ちが、お見合い後から思っていたことだから。
なぜか。それは、もっとよい男性がいたら、という気持ちをうちの子が持っているように思えたからです。
その根拠はここでは書きません。
確固たることが在るのですが、ここでは書きません。
私からしたら、彼以上の人はこれから出てこないと思っています。
でも、本人はそう思っていないのであれば仕方がないことです。
これは好みが、私と会員さんとは違うということでは在りません。
可能性がもっとあるはずだとおもっている人と、この仕事のプロフェッショナルである私の見解の相違だけです。
私は会員さんには、このご縁は大事にすべきですとは何度も申しました。
男性というのは、好きになればこの人を守ってあげたいと思うものです。
また女性からしたら、そのように考えてくださる男性と結婚したいと思うでしょう。
では、なぜうちの子はそれをうれしいと思わないのか。
それは、今交際中の人より、もっといろんな面で、すべて満足できる人を望んでいるからです。
けれど、誰だって、そんな人とめぐり合いたいけれど、世の中はそんなにうまくはいかないのです。
自分だって、すべてを備えたわけではない。
ほかの人もすべての人に言えることです。
女性より、学歴が下、年収が少ない。容姿が悪い。年齢差がありすぎる。
そんな場合は私はこのようには申しません。
今回の彼の場合はそれらを8割クリアの方でした。
ああ、もったいない。
でも本人があまり連絡をしなかったということは、それほど好きではなかったのでしょう。
私も何回も、彼は素敵な男性ですよと申したけれど、ご自分はそうは思わないのだから仕方がありません。
うちの子だけでなく、皆さんに申し上げたい。
たまたま、縁あってお見合いとなり、交際にまでなりました。
でも、適当なデートでの態度は、賢い人はわかってしまうのです。自分の高望みが、あとで後悔をすることにはならないように、きちんと、しっかり、ご自分を見つめて欲しい。
自分は気がなさそうでも、お相手がそれほど自分を好きなら、もっと強く、その気持ちを伝えたら良いではないか?なんて傲慢にいえるほど見下すほど、お相手は、下ではないのです。
同等なのです。
誰かと会っていながらそのときに思うこと。
(ああ、自分の相手は、ここも、あそこも、どれも、もっと素敵だと思える人が良いのに・・・。)
こんな気持ちで逢っているから、お相手からは、この人の相手は自分ではないようだと思われてしまうのです。
まじめで真剣ではない態度が、自分では悟られないと思っていても、悟られている。
でも、今はわからない。後でわかることです。
いつまでも、自分をわからず、理想を求めすぎる。
だから結婚は遠のいてしまう。
もっと、現実をわかって欲しい。
それが私の願いです。
結婚相談所 クレッシェンド横浜 小池秋絵








