「働いて報酬を得なさい、感謝をしなさい」
テーマ:マリマリまで運転してくれたエマニュエルと別れ、向かったのはDiema(ジェマ)という村。
西サハラ縦断についての情報を調べていたとき、
ワゴンRで旅をされていたなおこさんという女性のブログ
を拝見し(とても勉強になりました!)、
その中で紹介されていた、イギリス人女性の運営するNGOを訪れたかったのだ。
真っ暗になってDiemaに到着し、ポリスの車で連れてきてもらったのは、一見キャンプ場風のところ。
おぉ、久々にネイティブの英語が聞こえる!
「パムさんですか?」
「えぇ、そうよ!入ってきて。いらっしゃい!」
もうベッドに横たわられていたにも関わらず、明るく温かく迎えてくれたパムは、
お腹すいてるでしょ、と夕食に、簡易ベッドに蚊帳を、ぱぱぱぱっと用意してくださった。
彼女は、10年以上前、まだこの辺りの道が全く舗装されていなかった頃、
車の不具合でここに立ち往生することになり、その後、村の自立支援NGO“Village Vnture
”を立ち上げ、
貧しい村の生活を助けるために、精力的に活動をされてきたパワフルな女性だ。
「やってもらうことはいくらでもあるの。今とても忙しいから」と迎えてくれ、
以降10日間、お世話になることになった。
住み込み守衛のコナリ。コートジボワール人。
マリでは、内戦から逃れて働きに来たコートジボワール人に多く出会った。
翌朝、我々はここから28km離れたManbouke(マンブルキ)という村へ向かった。
Budapest-Bamako間を走るラリーイベントを運営するハンガリーの団体から、
自転車を300台寄付してもらったパム。
限りある自転車を、「うちに」「うちに」と欲しがる付近の村々に公平に分け与えるため、
村の全学校にてコンペティションを開催したという。
これが素晴らしいアイディアで、ゴミ溜めのごとく、村に無数に落ちているビニール袋を子供達に拾わせ、
多く拾った子供に、賞品として自転車を、各村数台ずつ与えている、というもの。
コンペティションも終盤のこの日向かったのは、中でも最も貧しい部類に入るという村で、
パンを焼ける人もいない、少しのお米を食べて800人が暮らしているという。
「ここ、空港なのよ。」
首相が降り立つ時のみ使われる、だだっ広い滑走路があるだけの空き地を通り、
舗装されていない茂みにガンガン入って行き、いくつか村を抜け、Manboukeに到着。
車で入るや否や、わーっと子供達が駆け寄ってきた。足を踏み鳴らし、ダンスで迎えてくれる女性も。
足ながおばさんのご登場、なのだ。
ちょうど村では、女性達による炊き出しが行われていた。
週に一度は、子供達がお腹一杯食べられるよう、毎週パムがお米ふた袋を与えいている。
なんか変わったのが入ってきたぞ、という目で私を眺める子供達の傍を抜け、
まずは村長にご挨拶し、さっそく学校へ向かうと、
回収されたビニール袋が詰まった袋をカウント。上位4人を選定した。
そして、子供達を集め、入賞式が始まった。
残りの子へは、文房具や玩具が与えられた。
名前を呼ばれると、恥ずかしそうに前に出て、嬉しそうにひとつ選んで去っていく姿が可愛らしい。
事の成り行き、広げられた文具類を目を見開いて見ている子供達。
アフリカに入りたての私の目を終始引くのは、女の子たちの服装。
カラフルな柄の布を上手にまとい、シルバーや石のアクセサリーをつけ、
編みこまれた髪にビーズをつけ、とてもオシャレだ。
一方で、中には、目やにや鼻水が固まって顔中すごいことになっている子も多く、
生活の質素も見受けられる。
式が終わると、今回、品々を得た子供達の名前を記したメモを、村長に渡して終了。
全員が公平に物を受け取れるよう、次回のために記録を残すことがとても重要なのだそう。
パムは言う。
「今回のゴミ拾いコンペティションは、“一生懸命働ければ、それだけいい物が得られる”、という
神からの教えを示すことができるの。
もし働かなければ、一生土の上で寝転がって、土に帰るだけ。働く大切さを教えているのよ。」
おもちゃではなく、計算機を選んだ子が多かったことにとても喜んでいた。
字が読め、計算ができる、ということは彼らの将来にとても重要だ。
村を出る間際、「パム」と名づけられた赤ちゃんとご対面。
いまやDiema界隈には、パムという名を授かった赤ちゃんが3人もいるそうだ。
午後、Village Venturesには、たくさんの「来客」があった。
ほぼ皆、物をねだりに来る人たち。
小さい子供を連れてやって来て、
「マダム、自転車を、モバイルを・・」とねだる女性、
高校生くらいの子供を連れたお父さんは、「あの子はもらったのに、何でうちの子は?」、
一人で来た女性は、「私と子供が村にいなかった間に、コンペティションが終わっていた。自転車ちょうだい!」
と不服を申し立ててきた。
パムは、話を聞きつつ、ノーと強く言う。
「自転車は、一番貧しい村を中心に、働いた報酬として与えているんです。」
「もうこれ以上、ここから物をあげられないわ。
少しでもあげるとね、次の瞬間10人の女性がやって来て、
夜には100人の村人がディナーをねだって並んでいるわ。
エンドレスなの。お金も物も、限られた中でやっているのに」
今日は数人見たくらいだったけれど、以前は本当に100人以上押し寄せてきたとか。
パムがここを離れている間に、物がごっそり盗まれたこともあるという。
ひとたび一緒に通りやマーケットを歩くけば、常に、
「カドー(ギフト)」「自転車」とパムに手を差し出してくる人たちがいる。
「働かずにただねだって、隣の人が与えられれば妬んで、
何かを与えられても不満言って、そんな人が多すぎる。
自転車や食べ物をもらっても、“Thanks God”という気持ちがないのよ」
事実、この日自転車を与えた村の村長が最後に言った言葉は、
「モーターバイクが良かった。次はバイクをよろしく」、我々を唖然とさせたばかりだった。
感謝の態度がなかなか見えない村人の言動に、パムは悲しそうだった。
以前、アフリカでは、「肌の白い国では、お金が空から降ってくる」と本気で信じている人がいる、
と読んだことがあるけれどここの人たちも、パムを大富豪か何かだと思っているのだろう。
実際は、定期的な援助をしてくれるスポンサーがいるわけでもなく、やりくりに苦悩していたパム。
井戸の水はほぼ干上がり、水を買うとそのお金もバカにならないので、バケツ半杯の水が本当に貴重な生活だった。
「有給の仕事なら、きつくなったら辞める、という回避策があるけれど、私はお給料が入る訳でもない中、
助けようとすれば不満を言われ、物を盗られ・・ここでの生活はハードすぎる。
この10年間で3,4度、本気でマリからひきあげようと思ったことがあるけれど、
そういう時にはいつも解決策が用意され、神に引き戻されるの。」
実際、ここにいる間、彼女が流す涙も見た。
現地NGO運営の現実に閉口した。
ボランティア、利他の精神、そういったものは、気持ちの折り合いが難しい。
「人のためにやっている」という気持ちが先行すると、逆にエゴが強くなり、結果自分を苦しめることになる。
しかし、彼女の10年間という期間にわたるモチベーションの高さ、力強い生き方は並外れている。
何という大きな女性なのだろう。
夕方には、嬉しい訪問もいくつかあった。
周囲に住む人々が、採れたての貴重な野菜を持って来てくれた。
そして、パムが与えた自転車に乗って、男の子が現れた。
この自転車を使って、ガムを売り始めた、という。
自転車が、新しい雇用機会を生み出したのだ。
そのたくましい姿を見たパムの顔がパッと輝いた。
村の人々の生活を、明るい方向へ変えること事に、この人は人生を捧げている。
本物に出会ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最後まで読んでいただき、有難うございました。


















































































































































































