2011年04月11日

「働いて報酬を得なさい、感謝をしなさい」

テーマ:マリ

マリまで運転してくれたエマニュエルと別れ、向かったのはDiema(ジェマ)という村。


西サハラ縦断についての情報を調べていたとき、
ワゴンRで旅をされていたなおこさんという女性のブログ を拝見し(とても勉強になりました!)、
その中で紹介されていた、イギリス人女性の運営するNGOを訪れたかったのだ。


真っ暗になってDiemaに到着し、ポリスの車で連れてきてもらったのは、一見キャンプ場風のところ。

おぉ、久々にネイティブの英語が聞こえる!


「パムさんですか?」
「えぇ、そうよ!入ってきて。いらっしゃい!」


もうベッドに横たわられていたにも関わらず、明るく温かく迎えてくれたパムは、
お腹すいてるでしょ、と夕食に、簡易ベッドに蚊帳を、ぱぱぱぱっと用意してくださった。


彼女は、10年以上前、まだこの辺りの道が全く舗装されていなかった頃、

車の不具合でここに立ち往生することになり、その後、村の自立支援NGO“Village Vnture ”を立ち上げ、
貧しい村の生活を助けるために、精力的に活動をされてきたパワフルな女性だ。


「やってもらうことはいくらでもあるの。今とても忙しいから」と迎えてくれ、
以降10日間、お世話になることになった。
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住み込み守衛のコナリ。コートジボワール人。
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マリでは、内戦から逃れて働きに来たコートジボワール人に多く出会った。

翌朝、我々はここから28km離れたManbouke(マンブルキ)という村へ向かった。


Budapest-Bamako間を走るラリーイベントを運営するハンガリーの団体から、

自転車を300台寄付してもらったパム。
限りある自転車を、「うちに」「うちに」と欲しがる付近の村々に公平に分け与えるため、
村の全学校にてコンペティションを開催したという。


これが素晴らしいアイディアで、ゴミ溜めのごとく、村に無数に落ちているビニール袋を子供達に拾わせ、
多く拾った子供に、賞品として自転車を、各村数台ずつ与えている、というもの。


コンペティションも終盤のこの日向かったのは、中でも最も貧しい部類に入るという村で、
パンを焼ける人もいない、少しのお米を食べて800人が暮らしているという。



「ここ、空港なのよ。」

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首相が降り立つ時のみ使われる、だだっ広い滑走路があるだけの空き地を通り、
舗装されていない茂みにガンガン入って行き、いくつか村を抜け、Manboukeに到着。


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車で入るや否や、わーっと子供達が駆け寄ってきた。足を踏み鳴らし、ダンスで迎えてくれる女性も。
足ながおばさんのご登場、なのだ。


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ちょうど村では、女性達による炊き出しが行われていた。
週に一度は、子供達がお腹一杯食べられるよう、毎週パムがお米ふた袋を与えいている。
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なんか変わったのが入ってきたぞ、という目で私を眺める子供達の傍を抜け、

まずは村長にご挨拶し、さっそく学校へ向かうと、

回収されたビニール袋が詰まった袋をカウント。上位4人を選定した。


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そして、子供達を集め、入賞式が始まった。

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頑張ってゴミを集めた4人に自転車が贈呈され、
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残りの子へは、文房具や玩具が与えられた。
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名前を呼ばれると、恥ずかしそうに前に出て、嬉しそうにひとつ選んで去っていく姿が可愛らしい。



事の成り行き、広げられた文具類を目を見開いて見ている子供達。
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アフリカに入りたての私の目を終始引くのは、女の子たちの服装。
カラフルな柄の布を上手にまとい、シルバーや石のアクセサリーをつけ、

編みこまれた髪にビーズをつけ、とてもオシャレだ。

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一方で、中には、目やにや鼻水が固まって顔中すごいことになっている子も多く、

生活の質素も見受けられる。


式が終わると、今回、品々を得た子供達の名前を記したメモを、村長に渡して終了。
全員が公平に物を受け取れるよう、次回のために記録を残すことがとても重要なのだそう。


パムは言う。
「今回のゴミ拾いコンペティションは、“一生懸命働ければ、それだけいい物が得られる”、という
神からの教えを示すことができるの。
もし働かなければ、一生土の上で寝転がって、土に帰るだけ。働く大切さを教えているのよ。」


おもちゃではなく、計算機を選んだ子が多かったことにとても喜んでいた。
字が読め、計算ができる、ということは彼らの将来にとても重要だ。



村を出る間際、「パム」と名づけられた赤ちゃんとご対面。
いまやDiema界隈には、パムという名を授かった赤ちゃんが3人もいるそうだ。

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午後、Village Venturesには、たくさんの「来客」があった。


ほぼ皆、物をねだりに来る人たち。


小さい子供を連れてやって来て、
「マダム、自転車を、モバイルを・・」とねだる女性、
高校生くらいの子供を連れたお父さんは、「あの子はもらったのに、何でうちの子は?」、
一人で来た女性は、「私と子供が村にいなかった間に、コンペティションが終わっていた。自転車ちょうだい!」
と不服を申し立ててきた。


パムは、話を聞きつつ、ノーと強く言う。
「自転車は、一番貧しい村を中心に、働いた報酬として与えているんです。」


「もうこれ以上、ここから物をあげられないわ。
少しでもあげるとね、次の瞬間10人の女性がやって来て、
夜には100人の村人がディナーをねだって並んでいるわ。
エンドレスなの。お金も物も、限られた中でやっているのに」


今日は数人見たくらいだったけれど、以前は本当に100人以上押し寄せてきたとか。
パムがここを離れている間に、物がごっそり盗まれたこともあるという。


ひとたび一緒に通りやマーケットを歩くけば、常に、
「カドー(ギフト)」「自転車」とパムに手を差し出してくる人たちがいる。



「働かずにただねだって、隣の人が与えられれば妬んで、

何かを与えられても不満言って、そんな人が多すぎる。
自転車や食べ物をもらっても、“Thanks God”という気持ちがないのよ」


事実、この日自転車を与えた村の村長が最後に言った言葉は、
「モーターバイクが良かった。次はバイクをよろしく」、我々を唖然とさせたばかりだった。


感謝の態度がなかなか見えない村人の言動に、パムは悲しそうだった。


以前、アフリカでは、「肌の白い国では、お金が空から降ってくる」と本気で信じている人がいる、
と読んだことがあるけれどここの人たちも、パムを大富豪か何かだと思っているのだろう。


実際は、定期的な援助をしてくれるスポンサーがいるわけでもなく、やりくりに苦悩していたパム。
井戸の水はほぼ干上がり、水を買うとそのお金もバカにならないので、バケツ半杯の水が本当に貴重な生活だった。



「有給の仕事なら、きつくなったら辞める、という回避策があるけれど、私はお給料が入る訳でもない中、
助けようとすれば不満を言われ、物を盗られ・・ここでの生活はハードすぎる。
この10年間で3,4度、本気でマリからひきあげようと思ったことがあるけれど、
そういう時にはいつも解決策が用意され、神に引き戻されるの。」

実際、ここにいる間、彼女が流す涙も見た。



現地NGO運営の現実に閉口した。


ボランティア、利他の精神、そういったものは、気持ちの折り合いが難しい。
「人のためにやっている」という気持ちが先行すると、逆にエゴが強くなり、結果自分を苦しめることになる。


しかし、彼女の10年間という期間にわたるモチベーションの高さ、力強い生き方は並外れている。
何という大きな女性なのだろう。



夕方には、嬉しい訪問もいくつかあった。


周囲に住む人々が、採れたての貴重な野菜を持って来てくれた。

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そして、パムが与えた自転車に乗って、男の子が現れた。
この自転車を使って、ガムを売り始めた、という。
自転車が、新しい雇用機会を生み出したのだ。
そのたくましい姿を見たパムの顔がパッと輝いた。


村の人々の生活を、明るい方向へ変えること事に、この人は人生を捧げている。

本物に出会ってしまった。




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2011年04月07日

Kiffa → Gogui国境 →マリ入国!

テーマ:マリ

モーリタニア内陸の村Kiffaを、マリ国境へ向けて出発。


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ここからTintaneまでの約100kmほどは、穴ぼこだらけの道路が続く難所だ。


というのも、コンクリートの道に、雨季、水溜りができ、その後、強い太陽熱でえぐられて、
道のあちこちにクレーターのような大小様々な穴があいて、そのまま未舗装なのだ。


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予想以上に穴だらけの道は長かった。
たまにガクンとタイヤがはまり込むと、車に積み込んでいる仕事用機材がガチャン!

と音をたてるので、冷や冷やする。
エマニュエルは、本当に慎重に運転しなければならず、1時間に進んだ距離は25kmほど。


お昼には国境を通過する予定が、Tintaneにもまだ着かず、
車中で軽食をとって、この日もノンストップ。


ようやくデコボコ道終了。
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途中通過した村の床屋の看板。
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風変わりな作りの家。
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道中、多くのドンキー、ラクダ、ヤギ、牛らに行く手を阻まれるのが恒例となったが、
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もっとひどいのがポリス。この日も15箇所ほど止まった。


早く通過するためには、パスポートコピーを用意し、
余白に職業やビザナンバー、目的地、(ドライバーは車種やナンバーも)を記して渡す必要があるのだが、
追加したコピーも尽きてきてしまった。

ちょっと配りすぎじゃない?
「ポリスから言われるまで、渡すのはやめよう」作戦に出たところ、


ポリス 「ボンジュール。ナショナリティ、シルブプレ」
マニュ 「フランセ アンド ジャポネーゼ」


ポリス 「ダコー。 ・・・・ (沈黙) ・・・」
我々 「・・・・・ (やっぱりコピー要るのかな)」


ポリス 「ギフト?プレゼント?」
・・・・え!?


ポリス 「ペン?ライター?クロース? スーヴェニア・フロム・ジャポン??」


ポリスのプレゼント要求が始まった。


国境までほぼずっと、10人近くのポリスが、パスポートコピーに目を通すこともなく、
車内を見渡してプレゼント要求。あんたたち、仮にも警察でしょうが。どーなってんだー!?


とはいえ、ここは、周りに何もない乾燥しきった灼熱の大地に、時折集落がポツポツあるのみ。
近くに店も無く、町までも遠い。彼らの生活は、、本当に貧しそうだった。
一度、子供達がベッコベコのボールでサッカーしているのを見た以外、娯楽というものは何もなさそうだった。
農作物もそう育たない中、必要最低限の食物で自給自足の生活をしているのだろう。


そういった村を通るとき、じーっと見られていることが多かったけれど、
モーリタニアも奥へ進むほど、子供達や女性が手を振ってきたり、ワーッと叫んできたり、

反応が良くなってきた。



ついに、Goguiグキ国境、16時到着。


出国手続きのマヌーを車内でひとり待つ間、

すごい勢いで、缶からをたすきがけにした子供達が窓に集まってきた。

「ボンジュール・マダム!」と車内をくまなく覗き込み、「何かくれ」とせがまれる。
笑ったり握手したり、注意をそらそうにも、彼らの言葉を話せない私、「カドー(ギフト)」としか言われない。
ここまで必死な様子の子供もそうそう見かけない。



ようやくスタンプをもらって、モーリタニア出国。
バイバイ、パスポートコピー!(20枚と聞いていたのに、計47枚も渡した・・)



500m先を行くと、マリの入国オフィスに到着。
ノービザの我々、いよいよドキドキの「ビザください」。


すると「あ、いいよ」とあっさり1ヶ月ビザ、しかもマルチエントリーが26ユーロで発行された。
トランジットビザしかもらえないかと恐れていたけれど、良かったー!
ヌアクショットに一泊して一ヶ月シングル19ユーロで取るより、
6ユーロ上乗せで即発行、かつギニアかセネガルに行って帰ってこようかとも考えていた私にマルチは都合が良かった。



その後、車の保険加入手続き(必須)をするマニュを待つ間、英語が少し話せる国境ポリスとおしゃべり。
ここの国境のポリス3人とも、日本人を見るのは初めてだ、と言っていた。


「マリでお勧めの村はどこですか?」と地図を見せると、
「こことこことここと・・」マーキングしてくれた。・・って全部じゃん!


「僕はこの先のNioloに住んでいるんだ。また来たら電話しなさい」と番号をくれ、
温かい役人の皆さんと、ほのぼのとしたひと時を過ごしている間、
一方のエマニュエルは「二人の持ち金全て出せ」と賄賂を要求され、
「私はUNや政府と働いているんだ。バマコで首相に会ってこのことを報告するぞ」といって黙らせたらしい。


その後の道路通過料金も4倍請求され、またも交渉。
常に金要求がしつこいアフリカの国境。



ともあれ無事、マリ入国!
地平線の彼方には今日も美しい夕陽が沈んでいき、
入り始めたラジオからはアフリカンミュージックがかかり、二人ともテンションあがりまくり。


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マリに入った瞬間、人々は、より大きなスマイルを見せてくれフレンドリーになった。
村人の服装がカラフルなのも見ていて楽しい。
女性も、モーリタニアのように全身隠したムスリムファッションが消え、
半そで&タイトスカートで抜群スタイルを見せてくれ、かなりの確立で、背中に子供を布で巻きつけている。



暗くなって、国境最初の町Niolo(ニオロ)到着。


町にあった唯一の宿?をチェックしてきたエマニュエルが、「五つ星だぞ!」と戻ってきた。
おかしいぞ?と思ったら・・
通されたのは屋上、台所とスタッフのくつろぎスペースの奥にある、暗がりのオープン・エアー・ベッド。
「ね、五つどころじゃなく、星が無数に見えるでしょ?」と。


ここは最高だった。屋上から、町の風景や道行く人々が観察できるし、
宿で働く若者が休みに来て雑談したり。


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夕食を頂くと、町を歩いてみた。
初めての一人歩きのアフリカ。夜だったし、どっきどきだったけど、
満室だった部屋に泊まっていたバマコ出身の兄ちゃんが、町散策につきあってくれることに。


電気も通ってるし、店も食堂もたくさん開いているし、立派な町じゃないかー、ニオロ。
初めびっくりした顔でこちらを見ている人々も、「ボンソワール」と気さくに挨拶してくれる。

道上では、TVに集まった人々が熱心にサッカーやドラマを共同鑑賞。
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この素朴で温かい感じ、ミャンマーを思わせ、ほっとするなぁ。


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マリに心からワクワク、ここまで連れて着てくれたエマニュエル、本当にありがとう!


翌日、彼は首都バマコへ、私はここから100km先のDiema村で降ろしてもらう予定だった。


が朝10時に行ったカスタムオフィスで一日中待ちぼうけをくらいはめになろうとは・・。
車で来た人はここで税関手続きをしなくてはならないらしい。


彼は、ブルキナでのプロジェクトのため、ソーラーパネルなど色々機材を積んでいたため、
ブルキナの国境まで、エスコートをつけなくてはならなくなってしまった。
断ろうにも、決まりだから、とバカ高いエスコート費を要求してくる役人。
交渉したいエマニュエルを彼らは待たせ続け、数組来た他のツーリストはさっさと先に行ってしまい、
何と我々は、夜19時になってもここにいた。


その間、オフィスの横で、茶入れたりSIMカード売ったりして暮らしているおじさんらとだべったり、
スタッフにヨガ教えたり、
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ランチに入った店の子供と遊んだり、
店の女性が編みこみドレッドをブチブチ毛根からちぎるのを仰天して眺めたり
(子供の頃から編みこんでると、こんな風にちぎれるのね!?)、
オフィスの役人に町の銀行へ連れて行ってもらったりして、ひたすら時間をつぶした。


さて、19時過ぎ、交渉は決裂し、エスコートをつけることになったエマニュエル、最後のスタンプ待ち。
まだしばらくかかりそうだなぁ、、という時、
Diema行きの乗り合いタクシーが通りかかり、1席だけ開いていたので、飛び乗ることに。


ここまで10日間、モロッコからずっと運転してくれ、しょっちゅうご馳走までしてくれたエマニュエル、
本当にどうもありがとう。ブルキナでの再会を楽しみにしています!



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2011年04月05日

西サハラ縦断記2 モーリタニア入国!

テーマ:モーリタニア

今回は、ついにモロッコを出国し、モーリタニアを移動した3日間の記録です。


【Dakhla → Nouadhibou】

モロッコの最南の市、Dakhlaでは、音楽祭は中止だったものの、

美しい海で疲れを癒し、3日ぶりに砂漠縦走を再開。


Dakhlaはモロッコ最後の観光地。
海沿いにはヨーロッパからキャラバンカーで旅をしている中高年カップルがたくさんいて、
海前の崖など絶景ポイントには、一箇所に30台ほどのキャラバンカーが隙間なく止まってたりしする。
「こりゃアパートじゃん」とエマニュエルと笑ってた。


が、ツーリストが集まるのもここが最後(ここまで来る人も限られてるけど・・)。
ここから先は国境まで、車も人影もぱったりと消え、約400km、ひたすら西サハラ砂漠が続いていく。


同じ砂漠といっても、白い砂の世界もあれば、黄色い砂がじりじりと太陽の熱を蓄える砂丘もあれば、
山の上がスパッと切られたようなテーブルマウンテンが並んでいたりもして、
「砂漠はいつも違う景色を見せてくれるね」と、我々を飽きさせない。

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途中、ぽつりとモロッコ軍隊のキャンプがあったり、サラウィの村があったりするが、
基本、対向車も、後ろから来る車もほぼゼロ。

広大な砂漠の中を、たった一台、我々だけが南下していく。
ほかに生き物の気配はなく、大気中の水分だけで育つという背の低い木のみが、静かに息をしていた。


そんな中、時折、砂漠の民ひとり、何の荷物も持たず、てくてくと広大な地を歩いているのが見えたりして、
「彼は一体どこから来て、どこへ向かうのだろう・・」
「何も持たず、のどの渇きはどうやって癒すのだろう・・」と、
頑丈な車に守られた私の頭の中は「?」でいっぱいになった。


それにしても驚いたのは、こんなだだっ広い砂漠を走る道でもしっかりと舗装されているし、
エマニュエルの携帯の電波も常に入っていること。
モロッコ政府の手がバッチリ入っている訳で、自治区としては微妙でも、
ミャンマーや中国西部、西チベットのように、

ボッコボコ道で頭を車に打ったり、車内を舞う砂埃に喉をやられたり・・、
という体験を思い出すと拍子抜けすると共に、この道路建設の偉業に妙に感動してしまった。。



そうこうしていると、モーリタニアの最初の都市、Nouadhibou(ヌアディブー)の標識を見るようになった。

あと60kmか、もう一息・・


と話していたら、突然ゲートのようなものが現れ、ツーリストが写真を撮っている。


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「まさか・・国境?」


・・に着いたらしい。

モーリタニアまでは行く予定の無い、車で旅している人たちも、突然国境に着いたので驚いていた。


そんなツーリスト用に、サラウィテントによる宿泊施設があって、国境でも泊まれるようになっていた。
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国境を越える前。
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エマニュエルが、モロッコのお金をDakhla内で換金しきれなかったため、
闇両替を使う羽目になり、延々と待つことに。



さて、いよいよ出国の時。
この国境越えは、よっぽど運が良ければ5分、悪ければ4時間、平均して数時間はかかると言われる鬼門。

が、我々の場合、既に夕方でほかに通る人も少なかったため、意外にもサクサク。


「ニホンジン?カンジ?ヒラガナ?サカナ~」
出国オフィスのおじさんは拍子抜けするほど和やか。

車内チェック後の賄賂要求もなく、あっさり通過。バイバーイ、モロッコ!



ここからモーリタニア国境までの5kmは、ノーマンズ・ランドと言われる、どこの国にも属していない地が続く。


道は無く、地面は未舗装でデコボコ、ガタガタ。
しかし、何となく存在するルートを外れる訳にはいかない。
ここにはまだ地雷がかなり埋まっており、無残にも爆破した後の車が、ところどころ放置されているのだ。

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うわぁ~リアル・・。こここ、怖い!


前には、ダクラ音楽祭のためモーリタニアからやって来て、
中止のため演奏することなく帰国の途についたミュージシャンたちを荷台に乗せたジープが走っている。


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彼らのドライバーがやって来て、「Follow me」と先導してくれることに。心強い!ありがとう!
・・・って国境到着後、しっかりバクシーシ要求ですか。そうだよね・・



ようやくモーリタニアボーダーに到着。車の入国手続きも簡単にクリア!
計2年モロッコで暮らし、ことあるごとにバクシーシ要求をされ、
回り道を考えながら仕事をしてきたエマニュエルは大喜び。



小一時間ほどでヌアディブー市内に入ると、
これまでのモロッコ人・アラブ文化から一転、ブラックアフリカン中心の街並みにガラリと変わった。

女性達は、ボンッキュッボーンと力強い体の線に、
これまでは見なかったようなカラフルな柄使いのツーピースドレスを着こなしている。
男性も、布をたっぷりまとい、真ん中にポケットの着いているサラウィドレス一色に。


マーケットでの野菜、果物の並べ方や、売店、服屋、電気屋・・・、全ての雰囲気がまるで違い、
いよいよアフリカに入ったー、と大興奮のまま、この夜はヌアディブーの宿で一泊。



【Nouadhibou → Nouakchott】


翌日は、さらに500km先の、首都Nouakchott(ヌアクショット)を目指して南下。

再び砂漠の道のりが始まった。
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同じサハラでも、サバンナをイメージするような木々が増え、
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突然ラクダが道を歩いてきたり、ワイルドになってきた。
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途中、チェックポストは十箇所以上あるが、ポリスはモロッコより軽く、超フレンドリー。


チュニジア人の血を持ち、アラブ系にも見えるエマニュエルと、
日差しがきついため、スカーフを顔に巻き、もらったベルベルドレスを着ていた私。
ムスリムカップルだと思われ、それが好印象のよう。

「フレンチとアジア人の夫婦か(決め付けられます)、ベリーグッド ベリーグッド ベリーグッド」
となぜか大絶賛されたり。意味分からん。


ところで、これまでは、灼熱太陽の下でも、窓から手を出すと風はひんやりと気持ちよかったのに、
モーリタニアを南下していくにつれ、窓からは熱風が吹きつけ、カラッカラに乾燥した灼熱地獄となっていった。


猛暑の中、ポリスもみるみる仕事をする気が無くなり、
「アッサラーム・アレイクム。・・・(渡したパスポートコピーに目も通さず)・・・ボン・ヴォヤージュ」と通される。楽。


この先、ヌアクショットまであと120km・・というところで!
エマニュエルの車のギアが故障するハプニングが起きた。
うまく作動しなくなり、止まったり走ったり、が簡単に出来きず、時速60km以上は出せなくなった。


ここは砂漠のど真ん中。

ようやく現れたガソリンスタンドにもカーメカニックなどおらず、
何とかヌアクショットまで走って、街の入り口のガレージで無事修理完了し事なきを得た。良かった・・。


と、目の前に「Arberge SAHARA」が。
ここは、セネガルやマリへ向かうオーバーランダー御用達の宿で、庭には車がいくつか止めてある。
フレンチ奥さんとかわいいお子さんがおり、激遅の時もあるけどWifiという素晴らしい機能がついている。

宿前のレストランでガッツリと夕食をいただき、レストランの陽気な兄ちゃんをパチリ。爆睡。


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【Nouadhibou → Kiffa】


ヌアクショットで目覚めた朝、私はまだ考えていた。


このままブルキナファソへと直行するエマニュエルの車でマリまで乗せてもらうか、
彼と別れて南下し、ビザ不要のセネガルを見てからマリに入るか。


セネガル、見てみたい気持ちもあるけれど、猛暑も迫る今、早くマリに入りたい気もする!

宿では、セネガルに向かう車にも出会わなかったため、

好奇心と交通の手間と旅の予定の色々を天秤にかけて・・・
うーーーん、、、やっぱマリ!エマニュエル、引き続きよろしくです!!!


本当は、ここヌアクショットのマリ大使館で、即日発行のマリビザを取るのが普通なのだが、
「国境で取ったらいいじゃん。多少追加料金払うことになっても、
ビザ取りでここでもう一泊することになるなら、出費としては同じことだよ」

とブルキナに早く着きたいエマニュエル。


それもそうだ。多額の追加料金が発生したら怖いけど・・・ まっ、とりあえず行っちゃおーぜー!

ということで、マリへの国境に向けて出発。



車窓から、朝のヌアクショットの街を観察しながら抜ける。

女性の服装がとても面白い。

カラフルな薄い一枚布で全身を覆う、まさにインディアン・サリーのようなサラウィドレス
(西サハラ以降よく見かける)のムスリム女性もいれば、

頭を布で覆わずバンダナをしている人、

ターバンにしてチリチリカーリーヘアに巻きつけるザ・アフリカンなスタイルの人、

体の線がぴっちぴちに出るタイトな服を着る人・・


一方、男性は、サラウィドレスの下が、TシャツにGパン、ヨレヨレシャツだったりして、着こなし度はいまいち。


意外にでかいヌアクショットを抜け(首都だしね)、砂漠の中へ戻り、
今回は今までのように海沿いではなく、内陸へと走っていく。


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11時を過ぎると、気温はぐんぐん上昇、車内、めちゃ暑い!!!!!
風は熱風、私の席は直射日光がじりじりと入り、腕の上で目玉焼き作れそうだよ。


砂漠の小さな村をいくつか抜け、気付いたこと。


モロッコから一転、この国にはカフェが無い!
そりゃ都会にはあるだろうが、モロッコはどの村にいってもカフェがあって、

人々がだべり、休憩するのに良かったが、
ここでは、民家の軒先で寝ている人は見るが、茶屋でくつろぐ、という光景が無い。
茶屋でも働いたり、茶飲んでなんていられないほど暑いということ!?
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村に食堂的なところも見かけないので、車内でバケットをかじり、
すっかりお湯になった水をのどに流し込み、暑さで身もだえながらひたすら進む。


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10箇所以上あったポリスチェックも暑さのため、相変わらずパスポートコピーには目もくれず通される。

このコピー、渡す意味あるのか?と思ったとき、コピーの在庫が切れてしまった。


村に奇跡的にあったコピー屋に立ち寄り、追加15枚を用意しようとコピー屋へ入っていくと・・・
店にいた客全員が私を見るなり、もうエイリアンにでも遭遇したかのように固まっている。
しばらくすると、次から次へと人が店に入ってきて、私を観に来た。
あたしゃ動物かい。子供にしてみりゃ、はじめて見たアジア人だったのかも。



しょっちゅう道を、ヤギ、牛、ラクダが横切るようになった。
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横転するトラックや事故の形跡もちらほら。。。

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結局、500km強、Kiffaという町に到着するまで、ノンストップでエマニュエルは突っ走った。
私は乗ってるだけだけど、車内の暑さにやられ、Kiffani着いたときにはくたくた・・・


が、村に一軒あった宿はなかなか快適で、

ホースシャワーで水浴びし、少しヨガして夕食頂くと、体力も回復。


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エマニュエル、サハラ越え、お疲れ様でした!!!!


次はいよいよマリ入国!



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2011年04月03日

西サハラ縦断記1 デモに遭遇

テーマ:モロッコ

【Essaiouira → Tarfaya】


エッサウィラを出た朝、その日の目的地、Laayoune(ラアユーン)へ向けて出発。


美しいビーチを眺めながら、
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オレガンオイルのとれる木々やかわいいサボテンが続く道をひた走り、
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娼婦(サウジアラビアやカタールから来る金持ち相手)がたくさんいるという都市Agdir(アガディール)を抜け、
サーファー旅人の多いTiznit(ティズニット)を越え、Goulimime(グールミン)の外れでランチ。


このエリア一帯、道中にはものすごい数の国旗が掲げられ、キングの大写真が至る所に飾られている。
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独立を求める西サハラの手前で、国としてもナーバスになっているのが伺える。

ポリスも多いが、まだ、たまに止められいくつか質問を受ける程度だった。


さらに南下していくと、徐々に砂漠景色に変わり、サハラに近づいてきたのを実感する。

緑は減り、背の低い草がポツポツあるのみ。

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Tan Tan(タンタン)に到着した。
この都市から、ポリスのパスポートチェックが始まった。


ここのポリスは最悪だった。一見ニコニコしてい人当たりが良いが、
「日本人?君たち結婚してるの?(ムスリム国ですから)
え?ヒッチハイクで知り合った?君、もう襲ったのかい?僕なら一分で襲うね。(ニヤニヤ)」
とエマニュエルに話していたらしい。ポリスの言うセリフかい!と激怒の我々。


今日中にラアユーンまで行くのは無理だと分かり、
本当は今日はもうここで泊まろうかとも話していたが、町をぐるりと走ってみたところ、
「ホテル下にいる連中も、あのポリスと同じで、下品でリスペクトに欠ける感じがするから泊まりたくない」

とエマニュエル。さらに先のTarfaya(タッフィーヤ)まで頑張って走ってくれることに。


陽が沈み始めた。
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右手には染まりゆく穏やかな海、目の前の地平線には、落ちていく夕陽。

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南の空に星が浮かび、「あれは惑星だから、光が揺らがないんだよ」、と彼は自然への知識が豊富だ。

夜の21時、ついにTarfaya(タッフィーヤ)到着。
素晴らしく快適なアパートの一室を借り、

下のレストランで美味しい夕食に、人生で一番濃かったミントティーを頂き、就寝。


600km以上の長時間ドライブ、本当にありがとう。



【Tarfaya → Dakhla デモ騒動!】


翌朝、西サハラへ向けてさらに南下、景観はより砂っぽくなっていく。

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いよいよ西サハラ砂漠の入り口、Laayoune(ラアユーン)に到着。


この町は、軍隊と警察だらけで、異常に気持ちが悪かった。
5年前ここでは、サラウィ(西サハラに元々住む人々)とモロッコ政府の間で“戦争”が起き、
町の半分が崩壊するような悲劇が起きた。


「チベットと中国の関係と同じだよ」とエマニュエル。
その土地にもともと暮らす人々がいるのに、軍隊、建物、店を沢山作って人々を送り込み、

統治しやすい街に変え、砂漠の民の暮らしもモロッコに順応させようとしている。
押し付けられた西洋化、文明化の波はさらに南下している。



プージュダー(?)という町でランチした後は、常に目を楽しませてくれる見所満載の道中。


Wander the World

グランドキャニオンのような景色が続いたかと思うと、

ピラミッドのような三角形の岩山がごろごろと現れ、
ラクダ集団が草をほうばるラクダファームのような所があったかと思うと、
月に上陸したような黄土色の世界を、地平線に向けてひた走る。

Wander the World


もーう、ポリスチェック多すぎるよー・・
Wander the World ※写真撮影厳禁です!


とぼやき始めた頃、突然、カイトサーフィンの帆がはためく、エメラルドグリーンの眩しい美しい海が!!

Wander the World  Wander the World


いよいよ西サハラ砂漠の最後の町Dakhla(ダクラ)に、夕暮れ前に到着。

今日も約600kmの運転、本当にお疲れ様でした!!!


音楽祭のためどこの宿も満室だったけれど、唯一開いていた町外れの部屋をとり、
地元民御用達ハマーム(蒸し風呂)で汗を流してスッキリすると、
エマニュエルが四ツ星ホテルのレストランに連れ出しくれた!

店内には、スーツを着たイギリス人グループがピーチしてたり、
「僕はこの後、自家用機でオーストラリアまで飛ぶよ」とか話してる正真正銘・金持ちフレンチがいたりする。


そうとは知らず、寝巻き同然の格好で来ちてしまったこちらも、赤ワインに生ガキにパスタに・・
私の旅ではあり得ない美しい夕食をご馳走になってしまった。
「僕はティピカルフレンチだから、たまには美味しいワインときちんとした食事が必要なのさ」と
よく典型的フランス人を笑う彼が自虐ネタを入れる。



ここDakhlaでは、この日から3日間行われる音楽フェスティバルを楽しみながら、
サハラ越えへの準備を整えるため、2、3泊することになっていた。


商店街で、サハラ越えで必要になるパスポートコピーを20枚ほど用意したり、
アフリカのビザとりで必要になるであろう顔写真のコピーをたくさん作ったり。



・・・が、音楽フェスティバルが中止となる騒動が起きた。



ネット屋で久々のメールチェックをしていると、まだ17時なのに突然、
「サフィー、サフィー(終了)。もう閉めるから、会計よろしく」と、すごい勢いで追い出された。


夕方から開くはずだったスーパーも閉まったまま。はて・・。


ぶらぶら歩いていると、エマニュエルに持たされていた携帯が鳴った。
「ダウンタウンでデモが行われるらしいから、すぐに宿へ戻っておいで。タクシー使って!」


だから突然、全ての店がガラガラとシャッターを閉め出したのか。

すぐに、ツーリストのキャラバンカーが4台くらい続けて、この街を出て行くのを見かけた。

なにやら不穏な空気・・


通りに出ると、旗を掲げたグループが叫びながら練り歩いており、
一方、フルメットをかぶりガン片手に、厳重装備した警察が、至る所に立ち始めた。

人々外で、何が起きるのか、固唾を呑んで見守っている。
女性や子供も見かけるので、そんなに危ない感じはしないが、

地元の人がシェアタクシーを止めてくれ、宿へ戻った。



結局、音楽祭は中止。店も全店閉店。
食べる所も開いてないので、エマニュエルがお菓子やパンを買っておいてくれ、部屋でおとなしく過ごした。
「もしこの騒動が、5年前のラアユーンのような惨事に発展しそうになったら、夜中でもここを出るよ」

と予告されつつ就寝。

幸い、我々の宿は中心地から離れていたので、夜は不気味なくらい静かだった。



翌日も同じ状況。
中心地へ行かなければ大丈夫、ということで歩いてみるが、どこもゴーストタウンのよう。



道にいた英語のできるお兄さんが説明してくれた。


今回のデモは、サラウィだけによるものではなく、

モロッコ政府に反発する近隣国、アルジェリアやスペイン人も加わっており、
各国のメディアやツーリストが集まるこの音楽フェスを狙って、注目を集めたいのだと。


店が閉まっているのは、暴動化して民衆に襲われ、金品略奪されるのを防ぐためと
ストライキ、両方の意味を含んでいるそう。


昨晩は、2軒開いていたレストランが襲われ、ダウンタウンで2名が死亡、車が2台焼かれたらしい。


「一人で歩く時は気をつけて。アジア人ツーリストは珍しいから、

人々は君をジャーナリストだと思って危害を加えかねない・・」


といっても、通常デモが起こるのは夕方から。
日中は普通にツーリストも歩いており、昨日よりカフェも開いていたので、
暇つぶしにひたすら茶をし、店にいたおじさんと世間話したりTVでサッカー観戦したり。


Wander the World
※モロッコ国旗だらけのこの街。そりゃぁ、サラウィの人々の気持ちも逆撫でするわ・・



後日聞いた話では、今回の騒動で、最終的に40名ほどが亡くなった、とか。。

そんな実感はまったく沸かないまま、デモ騒動の渦中にいた。



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2011年03月18日

いざモロッコ南下 ~Essaouiraへ!

テーマ:モロッコ

モーリタニアビザの受け取れなかった翌日、再び大使館へ。
14時集合だが、受け取れたは18時。暑い中路上で延々待たされる。


しかし、ここで素晴らしい出会いがあった。
前にいたので話しかけたフランス人のエマニュエルだ。

彼は、自ら立ち上げたNGO「Oasis-project 」のプロジェクトのため、
モロッコからモーリタニア、マリを抜け、ブルキナファソへ向かうという。


そのプロジェクト内容が、私の興味の対象ドンピシャだった。

彼は、自然のエネルギーを使って、持続可能な建物や暮らしを作りだすプロ。
ソーラーパネルで料理熱や電気を作り、風力エネルギーを活用したり、
海水から飲料可能な真水へと買えるシステムを作ったり・・・。

かつては大企業のエンジニアとして、アメリカ、中国、南米などで、
自然環境や財政状態の厳しい地域の発展に貢献してきたそうだ。


そうして半年前に自らのオーガニゼーションを立ち上げ、かつて1年半ほど住んだモロッコに戻り、
政府や国連と組んで、砂漠エリアの地域開発プロジェクトを行い、
次なる舞台として、ブルキナファソへ向かうところだった。
 
エマニュエルはビザを受け取るや、深夜から西サハラへ向けて出発する、という。
週末にあるダクラの音楽フェスティバルに間に合いたいとのこと。


私は、モーリタニアへ抜ける前に、エッサウィラという街に泊まりたくて、乗っけてってくれる人を探していた。
が、車を見つけられないでいると、彼はエッサウィラは通らない予定だったのに、
わざわざルートを変更してくれ、乗せてくれることに。

夜明けの出発まで、彼の家で寝かせてくれるという。なんていい人なんだ!!!



エマニュエルの家に向かう道中、彼が、フランスでは22冊もの本を出している、その分野で有名な人であると知る。
うち2冊はかなり売れ、今もう一冊目を執筆中だとか。
フレンチフライ後の不要オイルを活用したバイオ・ディーゼルを使った車に関する本は、
日本語にも翻訳されて、一時販売されていたそう。


「僕はその地域では、ソリューションを考え出し、ノウハウを教えるだけ。
機械を他国から買わないで、自国にあるものを使い、雇用機会も生み出して賄うのが本当のDevelopmentだ」
電車での彼の話はとても面白かった。


ラバトとカサブランカの間、モハメディア市にある彼の自宅兼オフィスに到着すると、

引越し業者の人たちが待っていた。

まさに今日すべてをひきはらうところで、家を開けるなり、中の家具はどんどん運び出され、
私もお手伝いに加わって、家の中はあっという間に空っぽに。

電気も水道も止まり、彼のモロッコ生活に終止符が打たれた。


部屋に残された地域開発プロジェクトの模型。

Wander the World


ブルキナに必要な荷物は、彼のVolksWagenの後ろに全て積み込まれ、出発準備万端!



カフェで一休みし、夕食は、高いイタリアンレストランでご馳走になってしまった。
車に乗せてもらう上に、ここまでしてもらって恐縮だ。。

ペンネに、クレーム・ブリュレに、フレンチがノウハウを教えたモロッコ製の赤ワインで乾杯。


「荷物全部持って大使館にやって来て、そこで車探してアフリカ向かおうなんて、君は相当な楽観主義者だね。
どの車内もギュウギュウだったろ?しかも、日本人女性一人で西アフリカ旅するなんて、フツーじゃないね」

と、笑われた。


もちろん今や日本人女性一人旅なんてどこにいってもいるのだが、
シャンゼリゼ通りにツアーバスから降りてきて、撮影しまくる団体日本旅行者しか見たことがない彼に、
私はとても奇怪に映ったようだ。


確かに、大使館にいたツーリストは大きなキャラバンカーで旅する中高年ご夫妻か、

ヨーロピアンカップルのみ。
オフシーズンの西アフリカを一人で旅する日本人バックパッカーは、少ないのだろう。


結局、エッサウィラまで乗っけてもらう予定だったエマニュエルとは、マリまで10日間の道中を共にすることになった。


空っぽになった大きな家で、キャンドルの灯りの中、ヨガマットと寝袋にくるまり、
この日の出会いと流れに感謝した。


流れに感謝、といえば、マラケシュのアフメッドの家に入った瞬間、
机の上に、アフリカのロンリープラネットが、まるで私を待っていたかのように置かれてあった。
アフリカ大陸の情報は、世界地図一枚のみだった私。
モロッコに入れば、カオサンのように、ロンプラのコピー本なんかが手に入るだろうと思っていたのだが、
正規品すら見かけなかった。
これまでの国ならガイドブック不要でも、アフリカは安心材料として欲しいと思っていた私に、
「ドイツ人の友達がくれたんだけど、今要らないからあげるよ」とプレゼントしてくれたアフメッド。

本当にありがとう。



さて、翌朝早く、我々はモハメディアを出発。
コンクリートジャングルの快適な道でも、時折かかる歩道橋を、ロバに乗った人が通り過ぎたりして面白い。


素朴な田舎道に入ると、海が見えてきた!

Wander the World
Essaouiraまで、この海沿いの道を南下する。


この辺を走る大型キャラバンカーは、たいていヨーロピアン。
Wander the World

フランスが圧倒的だが、イギリス、スペインなどもちらほら。ナンバープレートを見るのが楽しい。


昼過ぎ、エッサウィラに到着。
ここはアーティストの町、と聞いていたので、勝手にヒッピーが多い町かと想像していたら、
「何言ってんの、真逆だよ」とエマニュエル。


Wander the World

この壁内の土地はフレンチによって買われ、歩いている人はオールツーリスト。

それも綺麗な服を着た家族連れとかで、欧米並みに高いレストラン、土産屋、高いホテル、スパなどが並ぶ。


ランチに、高いホテルの屋上にあるレストランへ連れて行ってくれた。
青と白のコントラストがまぶしいテラスからは、海が一望できる素晴らしい眺め。
・・いやいや、こんなところ払えないよ、とドギマギしていたら、ノー・プロブレム、と
モロッコワイン&絶品魚料理をまたご馳走になってしまった。
運転してもらってるくせに、これは一体・・。


「モロッコではクリスマスもニューイヤーも働きづめだったから、ブルキナファソに着くまでの移動期間が、
僕にとっては休暇なんだ。僕も今日ここに泊まり、マッサージでも受けることにするよ」。


エッサウィラで数泊しようと思っていた私も、ダクラの音楽祭が面白そうなので、

翌日から引き続き一緒に移動させてもらうことになった。



エッサウィラ近くには、クロアチアの友達が紹介してくれた、

Nabilに続くレインボーファミリーのAhlamが住んでいた。

モロッコ人のラスタ・ガールと聞いていて、想像もできなかったけれど、お母さんと迎えに来てくれた彼女は、

長い長いドレッドヘアに、エンジェリック・スマイルをもったとても美しい女性だった。
私は、会った瞬間からもうファンに。

彼女の輝くオーラとピュアな魅力に、歩いている人も惹きつけられているのが分かる。
「その髪型、とても素敵ね!うちの息子も同じなの!」とツーリストが話しかけてきたり。



彼女の家に泊まらせてもらうことになっていたので、エマニュエルと一時別れ、ユートピアタウンの外へ。
壁を出ると、一気にローカルのにおい。

Wander the World  Wander the World

「とっておきの場所があるの」と彼女が連れて行ってくれたのは、
Wander the World

巨大なひとつの根に、数本もの木が伸びている、大きな大きな芸術品のような木。


Wander the World


こりゃすごい。
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古い商店街で買い物をし、ここから20km離れた彼女の村へ移動。

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田舎道を走って着いたのは、Ahlamのおばあさんが残したというとても古い家。

Wander the World  
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Ahlamはなんと、旅行者だったチリ人の男性と結婚したばかり。

(ムスリム女性でラスタ、南米人と結婚、とてもレア!)

今その旦那さんは仕事でデンマークにいるが、普段は、お母さんも含めて3人で、改築作業をしながら暮らしている。


壁のペインティング。レインボウ・ファミリーが残していったものも多い。


Wander the World  Wander the World

Ahlamのお母さんは、家の前の庭や畑からとってきた植物で、
フラワーウォーターや石鹸、クリームを作るNatural Creator。


Ahlamは、たさくんの絵を描き、ボトルアートやアクセサリーを作るアーティスト。
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彼女の絵はどれも、彼女の内面からほとばしる美しいエナジーが描写された素晴らしいものだった。
私が短期旅行者だったら買わせてもらえないか、とお願いしていたに違いない。


このとき、彼女が、「Return to Inocence」と口ずさんだので驚いた。
昔はやったエニグマのこの曲。

どこかで誰かにもらって以来よく頭の中を流れていて、、この時もちょうど、私の頭の中にあったのだ。


Don't be afraid to be weak

Don't be too pround to be strong

Just look into your heart my friend

That will be the return to yourself


この美しい曲は、今いるアフリカの大地にもとても似合う。



夜は、タジンとビートルートサラダ、パンでとても美味しい夕食をいただいた。
Wander the World

時間があれば、ここでしばらく改築作業をお手伝いしたいなぁ、

という欲求にかられながら、翌朝先に進むことに。

旦那さんが戻ったら、アフリカを旅する予定、というAhlam。
再会できたらいいなぁ。


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2011年03月17日

カサブランカ-再びラバトへ。ビザ逃す!

テーマ:モロッコ

首都ラバトでビザの申請をした翌日、カサブランカへ。


Wander the World


マラケシュで泊まらせてもらったアフメッドのいとこである、これまたアフメッドの家にお世話になった。
2日前、カサブランカに荷物を置いたまま、急遽タンジールとラバトに1泊ずつすることになったので、
彼が私のバックパックを預かってくれていたのだ。


アパートでは、モハメッドの元気いっぱいのかわいい子供達と、若く料理上手の奥様が迎えてくれた。
ラバトでのラスタマンの屋上部屋から一転、モダンで大きなアパートではホットシャワーも出るし、
洗濯機で服も洗わせてもらい、有難い。


夜、ヨガを見せて欲しいといわれ、上級者でもない私がポーズを見せたところで「なんのこっちゃ」になるのは目に見えていたのだが(そもそも見世物じゃないし・・)、分かりやすいヘッドスタンディングをやってみると、子供達が練習が始まった。


Wander the World

さすが子供の体は柔軟性抜群!スコーピオ(さそりのポーズ)ももうすぐ目の前だった!

が、以来、部屋に入って来るたびに、これが繰り広げられるようになった。

もう寝たいんですけども・・



本当にかわいい3人。
Wander the World
英語が少し分かる長男(9歳)、甘えん坊でよく泣く次男(5歳)、
時折スイッチが入ったかのように大爆笑を始め、しばらく止まらない三男(4歳)。

あー皆どうしてるかな。

翌日、カサブランカ観光として、世界で3番目に大きいモスク、「ハッサン2世モスク」を見ようと家を出ると、奥さんと子供達が追いかけてきた。
奥さんは多くのモロッコ人同様、フレンチは話すが英語は話せないのだが、
身振り手振りでカサブランカ観光に付き合ってくれることに。


2台のタクシーに分かれてて向かう道中。パパラッチ行為。
Wander the World


王の生誕60歳を祝って建てられたハッサン2世モスク。

Wander the World   Wander the World

相当な税金を使って建築したそうで、国民の負担も相当だとか。

内装もゴージャス。
Wander the World


このミナレットは世界一の高さだそうだが、本当にメッカより大きいのだろうか。
爽やか青緑のモザイク模様が、青空に映える。

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巨大な中庭では、日曜日の昼下がりを楽しむ家族連れがたくさんいて、伸びやかでとても平和な雰囲気。

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モスクの向こうは海。その向こうはビル群。不思議な所だなぁ。

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モスク脇で行われているブックフェアだか何だかに寄り、
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メディーアを歩き回って、街の中心地にて、デモを見た。

オブジェに駆け上ってなにやら叫ぶ集団。
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この頃、エジプト、チュニジア、リビアに触発された動きがモロッコでもあちこちに見られるようになっていた。

政府のコントロールにより大きく報道されなかったが、実はこの日、タンジールより北の街では、デモで5名ほど亡くなったそうだ。


アラブ各国の中でも落ち着いて見えるモロッコも、場所によっては一触即発。

どこも店内にキングの写真が飾られていて、

「うちの国はキングが素晴らしいから問題ないよ」と人々が言うのをよく耳にしたけれど、
計2年モロッコに暮らしていたフレンチによると、不満くすぶりまくってるよ、とのこと。
汚職もひどいし、数年のうちに大きな暴動と化す、と予想していた。



翌日、道ばたで新聞を読む人々。
Wander the World


カサブランカの夜の街を歩き、帰宅して夕食を頂いたが、
モロッコ家庭内の夕食というのは、ランチと違って気合ゼロのことが多い。

主食の丸いパン(中東のピタパンと違って厚みがある)を、

オリーブ・オイルやいくらかのトッピングと頂き、フルーツでしめる、という感じ。
この日は、それに加えて、塩とクミンで炊いたおかゆを頂いた。
お米やクスクスに、彼らはヨーグルトもどきを混ぜて食べるのだが、
一見サワークリームのようなこれが、超けものの味がするので要注意である。

日本人としては、お米の炊き方も残念なんだよなぁ。。
一方で、フレンチ・コロニーであったモロッコでは、バケットやデニッシュ、クロワッサンのレベルが超高く、とても安い!
というわけで、モロッコでは、炭水化物過多に。。



翌月曜日、カサブランカを出て、モーリタニアビザを受け取りに、再びラバトへ向かった。



・・・はずだったが。


道中、カサブランカ駅までタクシーに乗り、「Station」と何度も伝えたのに英語が通じていなくて、
似たような名前に聞こえなくもない何かの商業ビルに到着。
その前に寄ってもらった銀行は別の店に変わってたし、時間とお金を無駄にした。。


タクシーを変え、13時ギリギリ駅に到着し、出発間際の電車に飛び乗ったが、

30分以上動かず、「出発は14時になりました」とアナウンス。

困る!ビザ受け取りは14時集合なのに!
まぁ大使館は16時まで開いているはずなので、諦めずに待つことに。


しかし14時過ぎても、出る気配ゼロ。
ようやく、「どっかの駅で事故があり、何時に出るか分かりません。16時くらいになるかも」という再アナウンス。

しかもなぜか電車のドアは閉まったままで、外に出たい人がバンバンと内側からドアをたたき、暴動寸前・・。
どうなってんだよこの国の電車。


15時前に電車は動き出してくれたが、何度も止まり、ノロノロ運転で、ラバトに着いたのは17時。

・・・大使館閉館。ビザ、受け取れず・・・。。


ビザより痛いのは、モーリタニア大使館からそのまま、
フランス人が車でエッサウィラまで乗せてってくれる予定だったのに間に合わない上、
連絡もできずじまいだったこと。申し訳ない。


旅立てなくなり、その晩再びラバトに泊まらなくてはいけなくなったので、
またまたラスタマン、Nabil兄さんの家にお世話になることに。


1時間以上遅れ、ワインのにおいをぷんぷんさせて千鳥足で現れた兄さん。タクシーで爆睡し始めるし。。


バラックのようなラスタ部屋に舞い戻り、今回は翌朝、階下に住む家族を紹介してもらえた。
何と、美しい調度品が並ぶ絨毯ふかふかの部屋で、ご両親、姉妹そろってめちゃ普通!
典型モロッコ家庭の中で、やっぱりNabil、異色過ぎる。



ビザと車を逃して意気消沈な夜だったが、結果、この電車の遅れにものすごく感謝することになった。
そんな出会いが、翌日待っていたのだ。



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2011年03月02日

タンジール&ラバト

テーマ:モロッコ

マラケシュを出てから、意図せず、怒涛の移動をすることになった。
途中、モーリタニアビザ申請も含んでいる。今回はその前編。


マラケシュを出てカサブランカへ向かおうと思っていた日。
ちょうどアフメッドとその友人もカサへ行く用事があり、車に乗せてもらえることになった。

砂漠とは別世界の、草原のような緑が広がるハイウェイぶっ飛ばして3時間後、カサブランカに到着。



するとアフメッドの携帯に電話が。

フランスにいる彼の義弟が、この日モロッコに帰ってくることなったそうだ。
スペインとの国境の町、タンジールまで、急遽カサブランカから迎えに行くことになったアフメッド。

「君、タンジール行ったこと無かったよね?何なら一緒に来ない?
すぐカサブランカにとんぼ帰りになるけど、町歩きする時間はあるよ。」


一日ほぼ移動しっぱなしになるけれど、フェズinでタンジールを見逃していた私には嬉しいオファー。

カサの彼の友人の店にバックパックを預け、タンジールへの道中を便乗させてもらうことに。


首都ラバトでランチ休憩し、そのまま北上、タンジールには夕方到着。

アフメッドの古き良き友人の銀行マンが我々を待っていてくれ、町案内をしてくれた。


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「あそこかがスペインだよ」ジブラルタル海峡の向こう、曇って見えない水平線の彼方を指す。
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スペインに向けられた大砲。今では雑談中の男性のベンチになっていた。
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タンジールに入り、人の雰囲気がガラッと変わって驚いた。
ヨーロッパに近づき、混血の人が多くようで、肌の色が白く、顔が薄い人が増えた。

バッチリメイクに、ミニスカート・・といったムスリム女性が目立つ一方で、
実はそういう人は20人に一人の超例外らしく、実はこの町、どこよりも保守的なんだそう。
確かにメディーナの奥へと歩くほど、全身をばっちり覆う女性、レストラン女性スペース、
男性とタクシーで同席したがらない人・・などを見かけるように。



結局、アフメッドの義弟が到着したのは、遅れに遅れて23時。
フランスから3,000kmのドライブをしてきたら彼は、疲労衰弱しきっていたため、
この日は一同、タンジールの銀行マンの家に泊めてもらうことに。



翌金曜日、週末前にどうしてもモーリタニア大使館に行きたい私のために、
皆夜中3時半に起きてくれ、タンジールを出発。


8時ギリギリ、ラバトのモーリタニア大使館に到着。
アフメッドと義弟は、カサブランカへそのまま帰って行った。置いてきたバックパックの確保、よろしくね!


大使館前には、フランス、スペイン、イギリスなどから来た車がズラリ。
ビジネスや旅行で、車で国境を越える人たちだ。


モーリタニアへ行くための西サハラ縦断は、ダクラという町以降、公共のバスが走っていない。
ダクラでは、地元民とシェアして300DH~くらいで車を見つけることもできるそうだが、
ここはアフリカへ行くヨーロピアンに乗せてもらえるとベスト!


私の前にいたフレンチ女性二人は、既にここで、モーリタニアへ向かう車を見つけたとのこと。
私はモーリタニアへ直行前に、エッサウィラという海沿いの街に泊まりたい、と言うと、
彼らの友人が、エッサウィラまで連れて行ってくれることに。
ビザ受け取りの月曜日に大使館前で待ち合わせをした。
(しかし月曜日、電車が遅れて大使館に到着できない、という出来事が起きたのだが。。)



大使館で申請を済ますと、ラバトに住むレインボー・ファミリーのNabil氏と駅で待ち合わせ。
2年前、モロッコでレインボウ・ギャザリングがあり、
参加したクロアチア人の友達、クルーノが、そで知り合ったというモロッコ人を何人か紹介してくれていたのだ。


ムスリム国モロッコに住むレインボウ・ファミリーって、どんなかしら・・
そもそも、オーガニックムーブメントのレインボウなんてこういう国で浸透してないのに・・


そこへ現れたNabilは、予想通り、モロッコで初めて会うタイプの人だった!
長い髪を帽子で隠し、ベニチオ・デル・トロを痩せさせたような、ラスタマン。
ハッピー&ピースフル、ゆるさ全開。
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本当はお茶でもして、荷物を預けているカサブランカに戻る予定だったのだが、
モロッコ&レインボウペースにやられ、結局ムリ。あっさりムリ。


「マイ・シスター、リラックスリラックス。
今日は我が家へウェルカム。ゆっくりして、明日帰ればいいじゃんじゃん」

そ、そうか、お言葉に甘え、荷物なんて忘れよう。


しかも彼、友達のウェディングで演奏中の所を抜け出してきた、という。
「君もウェルカム」ということで、そのままモロッコのウェディングに参加させてもらえることに。


古い家で行われている、というし、ラスタマンの友達のウェディングだったら、こんな普段着でも許されるかな、、と思っていたら、民家の中の立派な会場に到着。
ヒッピー系内輪な集まり、かと思っていたら、真逆だった!


立派な迎賓館ばりの内装の中、きらびやかに着飾り、メイクばっちりの女性達、スーツ姿の男性が集い、
テーブルの上には、日本の結婚式と変わらないような、豪華ディナーが予想される食器がセットされている。

うわぁ、めちゃ場違い、私。


外へ出ると、再び着替えたNabilとその友人グループが伝統音楽の演奏を始めると、
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通りの向こうの、ウェディングカーから降りてきた新郎新婦がご登場。
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そのまま花嫁だけ、キラキラ光るマハラジャが乗るような箱に入り、男性4人に担がれ、
上から、皇太子妃さながらに、群がる観衆に手を振っている。
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担がれたまま式場の中へ入り、待ち受けていたステージ上の楽団によるアラブ音楽の生演奏がスタート。

音楽にあわせて担ぐ人たちはゆさゆさと新婦の乗り物を揺らし、
群がる女性陣が踊ったり、写真やムービー撮ったり・・

その間ずっと、笑顔を顔に張り付かせて手を振る新婦。大変だなー。
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ようやく新婦は降ろされ、新郎とステージ上に座ると、いよいよウェディングがスタート。


といっても、仕切る人がいる式のような流れがあるわけではなく、

アラブ音楽の生演奏が延々と鳴り響く中、またまた出席者の女性が立って踊り始め、
その後、男性陣によるダンスタイム、混合の時間あり、と、延々踊りまくり。

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日本人には意味不明なリズム&メロディー多し。


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面白いのは、後ろの方で、冷ややかな目をして座って見てるゲストもいること。
ゲストの踊りを微笑しながら眺めてる新郎新婦は、学芸会で子供の芸を見ている両親のよう。
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三種三様、このテンションの違い・・



このウェディングは延々夜通し続いたようだが、さすがに夜中には退散させてもらい、
Nabilの家へ向かうと、典型的モロッコスタイルのアパートの最上階、彼の部屋は・・
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ボブ・ディランやグナワアーティストの写真が飾られたラスタ部屋となっていた。
どこまでもモロッコ人っぽくない。



翌日、家の屋上でご飯をいただき、
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Nabilがラバト近く彼の住むSaleエリアを案内してくれた。

空き地に広がるマーケットでは、昨晩のドラマーが魚を売っていたり、
トランペット吹きのおじさんが女性服を売っていたり。
地面に敷かれた布の上に、服がどさっと。豪快なスタイル。


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線路の向こうには、 家族連れ、子供で賑わう芝生があり
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さらに進むと切り立った崖の向こうにくすんだ緑色の海が見える。
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カフェで休憩。
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モロッコはどこの町でもカフェだらけ。欧州以上の密度では?
カフェ抜きに、この国の時間は流れないような気さえする。
場所やカフェによって客層は違えど、だいたいおじさんがコーヒー片手に雑談したり、
新聞やTVで連日報道されるエジプトやリビアの情勢を眺めている。
カフェの多い国はいい国だ。いつでもひと息着くことができる。




Nabilが、彼の愛する砂漠と月と地球の絵を書いてくれ、駅まで見送ってくれ、
最後、別れ際に言ってくれた言葉。

「Life is sweet smile.
We have emblessed the world with big bigt smile.
See you again,sister」

今回も、もしかしたらもう二度と会えないかもしれない一生に一度の出会い。

突然そんな思いに襲われ、何だか少し泣けた。

(・・しかし、この三日後、訳合ってまたもNabil兄さんの家にお世話になることになったのだけど。。)




※モーリタニアビザ申請情報:

ラバトにある大使館で(タクシードライバーはだいたい皆場所知ってます)、
8時申請。写真2枚、パスポートコピー用意。申請費350DH。
私の場合は、金曜申請、月曜受け取り。
申請書は、フレンチとアラビックのみ。周りの人に聞くべし。

受け取りは午後14時。しかし外で2時間くらい待たされました。



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2011年02月28日

これが噂のマラケシュかぁ~!

テーマ:モロッコ

砂漠の村を出て、マラケシュまでヒッチで行こうと思っていた。


モロッコをヒッチで旅した経験のあるクロアチア人複数はじめ、各国のヒッチハイカーが、
「モロッコほどヒッチが簡単で安全な国はない」と言っていて、

意外にもモロッコは、ヒッチハイカーに人気の国だった。
ヒッチ大国バルカンの人簡単というなんて、試さない手はない!


が、HASSI LABIEDを出てから、行く先々で常にGタクシー(ぎゅうぎゅう詰め乗り合いタクシー、約40円)や
ローカルバスが絶妙なタイミングで私を待ち受けていて、タイミングを逃してしまった。


ある村までトラックで砂埃舞う道をひた走り、

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ここからTinerhirまですぐまた乗り合いタクシーが出るというので飛び乗り、
次こそは、と思っていたら、マラケシュ行きの安いローカルバスが20分後に出る、というので、迷った末乗ることに。


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途中、モロッコ料理を美味しく調理する陶器のお店が多い。


ここからマラケシュまでの道は、ひと時も目が離せない絶景続き。
バスの大きい窓に向かってあぐらをかき、じっくり風景を楽しめた。


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アトラス山脈の美しさ、ただただ広がる黄土色の大地、山腹部に張り付いた小さな小さな村・・・


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丘のてっぺんでベルベル衣装のおじいさんがぽつりと座っていたり、
川の流れる谷間で農業を営みながら、必要最低限のもので暮らしていそうな暮らしの風景は、
ラダック(レー⇔カルギール間)を思い出させ(緑はこっちの方がずっと多いけど)、
途中下車したい衝動を強く掻き立てる。


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「あぁ、ここ泊まりたい!」と思わせるところが沢山あり、ヒッチなら適当に降ろしてもらうという自由も利いたけど、
バス代払ってしまったし、すごい速さで走っているし、

先に進みたい気分でもあったので、マラケシュまでそのまま行く。


夜19時、マラケシュ着。
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屋台でフマスと呼ばれるひよこ豆とそら豆のスープを食べる(各10円ずつ。はじめボラれてたけど)。
これが絶品で超私好みの食べ物で、以降、病み付きに。
スープ無しで売っている地域もある。


ストリートフードといえば、他にエスカルゴも。
小さいカタツムリみたいなサイズで、スープはけっこう美味しいけど、

モロッコ人に「カタツムリ~」と言われるとちょっと舌触りに鳥肌が・・。



マラケシュは、一大観光地のため、夜着くと、安宿のシングルルームはどこもフル。

屋台で出会ったおじいさんが、日本でビジネスをしているという超怪しいおじさんを連れてきて、
ホテル探しを手伝ってくれた。超怪しいけど、いい人だった。


久しぶりの安宿にチェックイン。一泊5ユーロ。
宿の主人と10分も話すと、


私 「お湯シャワー有料なんですか?」
主人 「うん、でもね・・、オッケー、オンリー・フォー・ユー!」タダになった。


私 「ネットありますか?」
主人 「ないけど、僕はこのUSBモデムを使ってるんだよね・・・、オッケー、オンリー・フォー・ユー!」

ただで貸してくれた。


久しぶりの、この融通利きまくり感。
ヨルダンのコーダホテルの有名スタッフぶり以来の、一体何人に言ってるんだ、という「オンリー・フォー・ユー」。

部屋では、古い机の木目から変な虫が次々と出てきたり、
屋上で久々に洗濯物の手洗い&干しまくったり、と、久々の安宿体験だった。



それにしても、マラケシュは、昼も夜も、欧米人はじめすごい数の観光客。
歩いていると、インドかエジプトかってくらい声がかかる。
「コニチハー」「サバク?ラクダ?」「トーキョー?オーサカ?」「スゴイネ~」。

アジア人女一人、夜歩こうものなら、「困ってることはない?」「お茶しない?」どわっと人が寄ってくる。


しかし、こういう観光地で、「イン・シャッーラー」(もしアッラーがお望みなら)という言葉はめちゃ便利である。
このようにいしつこく誘われるときや、スークで店員に「また戻ってきて」と言われるとき、
普通に断っても彼らの耳には入らないが、「イン・シャッーラー」を言うと、
黄門様のお札を見せられた悪党どものように、ふにゃぁと引き下がることがけっこうある。
いい撃退法を覚えた。



そんな一大観光地、フナ広場の名物、ずらりと並ぶオレンジジュース屋台。
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世界一大きい、と言われるスークに入ると、端から端までびーっしりと詰め込まれたみやげ物やが延々と続く。
さらに横に斜めに、と同じような光景の道が入り組んでいて、それがまたスーク全体のたった一部に過ぎない。
一体、店はいくつあるのか。


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歩いていると、「お金いらないよ。ガイドじゃないよ」な兄ちゃん二人が登場。

絹やコットンの染色エリア、鍛冶屋、照明家具職人街、銀製品の店、

なめし皮を乾かし、革製品を作るエリアと導いていく。

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みやげ物屋は覗く気があまりしないが、職人街は、どこも光る汗を流す職人の技が覗けて素晴らしい。

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ナチュラル化粧品店にて、
モロッコでしかとれない、美容と健康に良いオレガンオイルとローズウォーターを購入。


あぁ、こんな一大観光地で買って、高めに決まってるのに、

このベッピンお姉さんの一生懸命な説明と魅力にやられてしまった。
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自称「ガイドじゃない」という兄ちゃんたちとの別れ際、「プレゼントは?」とふたり。
ガイドじゃないけど、プレゼントを要求(笑)。

まぁ想定内だけど、彼らの押しが大変弱く、私の手持ちも少なかったので、結局払わなかった。
でもせっかくあれこれ連れて行ってくれたから、ちょっとでも払えば良かったな、ごめん。



その後、地元民用スークを歩く。


夕暮れ時セールなのか、叩き売られる衣類に群がる女性達。
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こっちの方がやっぱり面白い。


超ローカル喫茶で休憩、カフェオレを頼むと、ホットミルクにコーヒーパウダーが出てくることがある。
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ミャンマーでは、お湯に3in1パックが出てきたのを思うと、随分グレードアップだ。


学校帰りの子供達に「写真撮ってもいいよ」、とやや上から目線で頼まれる。
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民家のある通りで、米、麦などの穀物屋に呼び止められ、お茶を頂き、ここでも写真を撮って、と言われる。
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このおじさん(右)にはこの後、無理やりケーキ屋に引っ張られ、

お腹いっぱいなのに断っても聞いてくれず、ケーキをひとつご馳走になった。



ここから先、有名ななめし皮の加工場所があるということで、
これから働きに行くという兄さんのバイクに乗って連れて行ってもらった。

入り口で、「すごいにおいだから、はい、これマスク」とミントの束を渡され、中へ入ると、、
鼻がひん曲がりそうなにおいの中で、ヤギや羊の皮を染色している人たちが。

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こういう重労働、日本だと時給高めでも良さそうだが、
なんとここは「1日100DH」、長時間労働のため時給にしたら100円にも満たないようだ。
この国の物価は安くて本当に助かっていたけれど、彼らの賃金を聞くと、妥当な物価なのだとはっとした。



暗くなってきたフナ広場。いよいよ夕食の屋台も盛大にオープンし、

芸をする人たちが続々と集まってきて、活気が満ちてきた。


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こちらはフナ広場の父、ならぬイスラムの占い師コーナー。
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占い希望者は、渡された紙を折って自分の靴に挟み、それを取り出して占い師に渡す。
どうもその紙の折れ方から何かを読んでいるようだ。
詳しい答えを聞くためにはもっともっと、とお金が要求されていて胡散臭いことこの上ないが、

この周りの人たちの真剣な様子・・とても当たるのだろう・・か。



他に、ベルベル民族音楽、アラブ音楽、ブラックアフリカンの演奏グループ、一弦ギターを弾くおじさん、
ムスリム話読み聞かせ、小鳥を売る人・・と色んな芸人が集まる。

ミュージシャンは演奏後のチップ要求が激しいので、いまいちなところにうかうかと長居はできない。

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そんな中、「うん?これは?」と足を止めると、
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ボーリングのピンを2本立て、中央にサッカーボールを蹴って2本とも倒したら勝ち(賞金も品もない)、

という、超ローテクアトラクション。でもかなりの人気だった。



こんな騒ぎが、毎日毎晩、夜中まで続くフナ広場。すごいエネルギーだな。


超超観光地で、うへぇとなりそうだが(私もまたそれに群がる観光客の一人だが)、

地元の人はやっぱり優しいし、急ぐ必要はなく、
いかにモロッコ人がたくましく明るく生きているかを覗かせてもらい、
挨拶やカフェで雑談をしているだけで何だか幸せ。

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そんなマラケシュ。


翌日は、フェズでお世話になったBtissamの友人アフメッドがマラケシュに住んでおり、

ツーリストだらけのエリアから車で20分ほどの住宅街に移動させてもらった。

真ん中に吹き抜けのある典型的アパートで、キッチン、バスルームは共同、各部屋に友人が住んでいる。


モロッコ料理タジンを作って待っていてくれた。
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素焼きの鍋に、肉や野菜を入れ、塩、クミン、チリ、オリーブオイルなどと煮込んだモロッコ家庭料理。
本来は火を使い、木が燃え尽きるまでふたを開けず、素材の旨みを閉じ込めて作る。とても美味しい。


お葬式をしているご近所さんから、巨大クスクスも届いた。
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翌日は、アフメッドと近隣の山へ小旅行。
マラケシュまでの道中が絶景だった、と話すと、自然派アフメッドが郊外の山へ連れて行ってくれることに。


バスを二つ乗り継ぎ、マラケシュ市外へ出て、山のふもとに到着。
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ここから山へ向けてヒッチ開始。
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モロッコ人は普通ヒッチなどしないが、旅好きのアフメッドは例外。
普段からたまにヒッチするという、筋金入りモロッコ人ヒッチハイカー。


お金持ちビジネスマンの車が止まり、モロッコ人の観光地スキー場にてタジンをご馳走になる我々。

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今年は例年よりずっと雪が少ないそうで。

道には、観光客が珍しい村の子供達が延々と立ち、通り過ぎる車にずっと手を振っていた。


夜は、ローカルハマーム初体験。
スチームいっぱいの蒸し風呂で、ゴシゴシ垢すりができて、たったの100円、最高!
民家にはどこにも大衆ハマームがあり、田舎にいくと、各家庭が各家にハマームを持っているという。

久々にゆっくりデトックスし、アフメッド宅でたっぷり眠ると、

翌日からまたまた濃ゆ~い毎日が始まった。



はー。今回ももりもり、てんこもり。

最後まで読んでいただき、お疲れ様でした。


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2011年02月26日

砂漠の世界

テーマ:モロッコ

メクネスから、アルジェリア近くのサハラ砂漠へ、数ヶ月ぶりの夜行バスで向かった。


通路までいっぱいの車内、奥さんの隣の席をGetできなかったおじいさんは、
「ワシは、もう死が近いんだぞ!1秒でも長く、妻の顔を見ていたいんじゃ!」という言い訳で乗客を沸かせ、
見事席をGetしたていた。
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ベルベルコートはかわいいピジョンくんフード付き。


途中の休憩で寄った屋台で、肉の焼きあがりを待つ人たち。アジアぶりだなぁ、こういうの。

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長距離バスで寄る小さな町のカフェや屋台の風景、その時間が私は妙に好き。

ヒッチも楽しいけど、こういう国ではローカルの乗り物で見るもの、出会いがまた一段と面白い。


夜中のアトラス山脈越えはめちゃくちゃ寒かったが、
澄み切った空気に、半月の光で山が浮かび上がり、大地一面が雪で光る光景は素晴らしかった。



早朝、凍えながらRissani(リッサニ)に到着。

このまま、砂漠の村HASSI LABIEDへ行く予定だったが、
隣の席だったAZIZ氏が、彼の家で休憩させてくれることに。
暗い、寒い、疲れきっている、というシチュエーションで、とても有難いオファー。


家に入ると、ベッドから起き上がってきたお母さんが、即座に私を自分のベッドに寝かせ、
上からぴったりとブランケットで覆ってくれた。

ベルベル人のお母さんはいつもこうして子供を寝かせるのだとか。

体温が蘇ってくる。隣には小さな女の子がスヤスヤ眠っていた。



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仮眠から起き、朝食をいただく。
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村人の共同釜で焼いてくれたパンはとても香ばしい。

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砂漠の入り口のであるここの太陽は力強く、乾いた空気に時折砂埃が舞う。
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土でできたアースカラーの住宅街。
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AZIZ氏の兄弟の店では、アンモナイトなどを売っており、石から取り出し加工する作業場を見せてもらった。
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初めて触る、何百万年前の化石はずしりと重く、ひんやりしている。



ランチに、家族と頂いたクスクス。
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木を燃やす火にかけた土の陶器の中で、旨みを逃さなず蒸しあげられた、野菜の味沁み込むフワフワの舌触り!
本場クスクスがこんなに美味しいとは!
上にはのっかるチキンは、最後に人数分に切り分けて食べる。


AZIZ氏は一泊していくことを何度も薦めてくれたが、砂漠を早く見たかったので先に進むことに。



いざ、サハラへ!乗り合いタクシーが爆走する。
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車内で出会ったアリは、HASSI LABIEDの村で泊まらせてもらうモハメッドの友人だった。

さっそく砂漠を案内してくれ、村の生活、共同井戸水の仕組みなど色々説明してくれる。

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灌漑用水で、ここの人々は野菜やハーブ、ナッツなどを育てている。
砂漠にこんなに緑があるとは驚きだった。



そして!モハメッドの家から歩いてたった5分の所に広がる、西部大砂丘。


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ようやく出会えたこの景色。


四方八方、砂の世界。
あとはぽっかり浮かんだ白い月と、青い空があるだけ。


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裸足で歩くと、砂はひんやりと冷たく、さらさらとどこまでも柔らかくて、足をとられて早く歩けない。



時折通り過ぎるラクダとベルベル人が砂に影を残す。
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風が作った黄土色の波模様。

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小高い山をいくつか上っていくと、
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40km先はもうアルジェリア。


この後マラケシュで出会ったアフメッドは、アルジェリア側の砂漠で人々にインタビューし、実態、問題などを調査するプロジェクトに関わっていた。
この砂漠一帯に住んでいた民にとっては、
国籍、国境、土地の所有、パスポート、ビザ・・・なんて概念、存在していなかったのに、
国境ができたせいで、家族の間にも突然国境がひかれ、自由に会いに行くことが出来なくなってしまったそう。

下に埋まっているであろうオイルに目がくらんだ政府の犠牲者だ。


小高い砂山の上から夕陽が山の向こうに落ちていくのを見る。

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と、背後に広がる砂は、茶から青へと色を変えた。

恒久の宇宙を感じさせる神秘空間だった。



陽もかげると、空気は一気に冷たくなる。


モハメッドの家では、お母さん、お姉さん、奥さん、お兄さんの奥さん・・・・と、あれよあれよと女性に囲まれ、
その子供達が集まってきて、赤ん坊の泣き声が絶えない。

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この晩頂いたピーナッツの味がちょっとおかしくて、その後、嘔吐&下痢。
クロアチアでも、カタリーナとローフード実験をして同じ体験をしたばかりなんだけど。。



翌日、アリと隣の村、メルズーガまでサイクリング。

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砂漠のガタガタ道をひた走り、途中城に見立てた高そうなホテルでお茶を頂きながら、

小さな小さな村を越えて、メルズーガも5分で走りぬけ・・


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その後の村で、アソシエーションの一員として働くアリの友人の学校を訪れた。


3年前より、村人女性を集め、アラビックの読み書きを教えているという。

ベルベル人の彼らは、母国語としてベルベル語とアラビア語を話すが、
学校教育を受けたことが無いので、読み書きができないのだそうだ。
灌漑や教育といった砂漠の村の問題に、政府が手を差し伸べ始めたのはつい2000年に入ってからのことだとか。


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生徒は、若い女性からおばあさんまで20人ほど。
フリーテキストを元に、標準アラビア語でのコーランの読み方、時計の読み方、
接客の仕方、国の伝統行事、儀式の意味、ツーリズム、、などを学んでいる。


写真は嫌がるだろうと思って自粛していたのに、「カメラカメラ」と撮影を促され、撮らせてもらうことに。
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学んでいる皆の目がキラキラしていた。
こうした教育が、村の女性に自信と楽しみをもたらしていることだろう。


この後、HAMILIA村で、ブラックアフリカンによるグナワ音楽の演奏を聴かせてもらう。

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グナワは、南アフリカに起源を持ち、西アフリカから連れてこられた無人奴隷たちのトランスだった。
治療や占いの要素があり、作家ウィリアム・パロウズいはく「4000年前のロックンロール」。
ジミヘン、ツェッペリンも傾倒したといわれる。
あーもっとアフリカ音楽ガンガン聴きたい!
こないだ聞かせてもらったアルジェリア女性シンガーの歌声は素晴らしかった!
西アフリカも音楽が楽しみだ!


夜、砂漠で見た月の周りには、ぐるっと光の輪ができていた。
明日は雨、という意味だとか。


砂漠で見る景色はどれもシンプルで力強い。

急いでいる人がいない村では、ゆっくりゆっくり、時間が過ぎていった。



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最後まで読んでいただき、有難うございました。

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2011年02月19日

厚いおもてなし、ムスリム母の愛に感謝

テーマ:モロッコ

31の誕生日を、モロッコ・フェズ&メクネスで迎えました。


日中は、フェズでお世話になっていたBtissamと新メディーナを歩き、
彼女の友人も交えてカフェで乾杯していただいた。

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この友人、ブラジル&イタリアのハーフだけあり、一目見た瞬間からスーパー・ポジティブ・ラテンオーラ全開。

「オレはいつかブラジルの市長になる!

ちっちゃいことは語らず、世界を変えていくような、Cosmicレベルの大きいことをいつでも話そうぜ!!」
すごいハイテンション。いい気をいっぱいもらいました。



その夜も、Btissam宅に泊まらせてもらう予定だったけれど、
彼らが急遽おばあちゃんの家に行くことになり、メディーナの安宿に移動することに。


するとBtissamが、翌日お邪魔する予定だったメクネスに住むKhalid君に連絡を取ってくれ、
「誕生日に一人で過ごす気?うちに来なよ!」とKhalid。

祝ってもらいに行くようで気が引けたが、お言葉に甘え、急遽その夜、電車で移動。


Khalidとは、去年の夏、ヨルダンで移動中のバスで出会っている。
普段はフランスの大学に通っているが、ちょうど試験明けで、モロッコの実家に帰っていて、半年たっての再会だった。


出会った時もお金持ちのにおいはしていたが、家にお邪魔して本当に驚いた。

駅でピックアップしてもらい、タクシーで着いたのは大きな豪邸。
ドアを開けると、温かい笑顔の、聖母の輝きを放ったお母さんが迎えてくれた。


ふかふかの絨毯、大きな薄型TVのある居間に、ライブラリーに、まだまだ増築中の2階。

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テーブルには、おもてなしのナッツやらスウィーツに、手作りイチゴ&アボガドシェイクなどが並べられている。
モロッコでは珍しく、というか私のために用意されたトイレットペーパーのあるピカピカバスルームから戻ると、何と!!



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「Welcome to Morocco」と名前入りの大きなケーキ。


感動して涙ぐんでいると、「You deserve more」とKhalidに教わった英語で、
お母さんが部屋の奥から包みを持って現れ、サプライズ・ギフトまで頂いてしまった。


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お母さんからはモロッコ・ドレスと靴、Khalidからは香水とコーラン・英訳(!)。
思えば去年の誕生日はバングラ、今年もまたムスリム国で迎えるとは思ってもいなかった。


それにしても、旅で一度会っただけの私に、まさかここまでしてくれているなんて・・
しばし呆然。あぁ、ほんとうに有り難い。


そのケーキの美味しく、上品な味といったら・・
きっとホテルか何かの高いお店だったのではないだろうか。


夜は、きれいなゲストルームで寝かせてもらい、
翌朝起きると、ホテルのビュフェかと見まがう豪華朝食がテーブルにズラリ。
何とキッチンの奥にはお手伝いさんが!!!こりゃ相当ですな。



日中はKhalidガイドでメクネス街歩き。


メディーナ、スークを探索し(地元民でも迷子になるようだ)、

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モロッコの大半を占める先住民、ベルベル人の衣装や風土がのぞける博物館へ。


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インドのラジャスタニがはいていたような、先のとがったぺしゃんこの革靴に、
分厚いウールの布をまとう砂漠の衣装。
女性は刺繍や色使いの美しい女性のドレスに、重そうなごっついシルバーアクセサリーなどを重ね、どこの国も民族衣装を見ているのはとても面白い。




日本のアニメオタク、ヒップホップダンサー、未来のエンジニアのKhalidは、
23,4歳だったかと思ったが、まだ19歳だった・・Wander the World


落ち着きと成熟ぶりには驚くばかり。


そして去年会ったときも日本語がうまかったが、たったの半年で、すごい上達ぶり。

いかにも漫画で覚えたような言葉遣いが消え、完璧な発音ですらすらと答えが返ってくるのである。



その後、彼のメクネスでの学校へ行き、後輩や友人たちと会い、女子寮に潜入。


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ここらで一番優秀な学校のようです。


夜ご飯は、お母さんの絶品手料理。

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豆と野菜のスープ。イカ、魚のから揚げ。パプリカ、トマトの炒め物。


ししゃものような魚をそのままバリバリ食べていたら、「ほ、骨食べてる!」と仰天され、
翌日は近所の人にも話していた。日本人には普通なのに・・



食後、ヨガをしていたら、お母さんが背後に現れ、
お祈りの時間なのかと思って移動しようと思ったら、お母さんも見よう見真似でヨガを始めた。
Khalidは合気道を習っているし、空手、テコンドー教室もけっこう見る。
モロッコではヨガならず、武道なども人気も高いところが、ヨーロッパのすぐお隣を感じさせる。



翌日、砂漠の町へと旅立つ前、バス情報などをいろいろ教えてくれていたお母さんの友人家族が現れ、ランチをご一緒した。

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信心深いお母さん同士の会話は「イン・シャッラー」3割り増し。


それにしても、このお母さんのご友人の女性、挨拶して私を抱きしめ、イスラムの祈りの言葉を唱えると、
長らくそのまま強く抱きしめたままでいる。

体から愛が伝わってくるなぁ、と思っていると、、
な、泣いている????
びっくりして顔を挙げると、本当に目には涙があふれている!!


何かあったんだろうか、と後でKhalidに聞くと、
ムスリムのお母さんにとって、ゲストは家族と同じ。特に旅立ち前は愛で泣くんだよ。とのこと。

持ってきてくれたスカーフ、道中に、と牛乳、お菓子やパンなどをくれ、
お別れの強---いハグで、また泣いてくれた。
初対面の人にここまで愛情を注げるなんて、ムスリムの母はすごい!


その後、普段は西サハラ近くの街で大学教授をしているお父さんが帰宅。
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教育者、人格者然とした雰囲気、世界中を飛び回る偉大な先生のようだ。

家族全員に駅まで見送ってもらい後にしたメクネス。

皆さん、大変お世話になりました。



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最後まで読んでいただき、有難うございました。

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