2011年06月05日

ガーナ ビーチめぐり②

テーマ:ガーナ

Busua村にいたとき、ビーチづたいに、隣のButreという漁村を訪れた。


当初は泊まる予定だったけど、45分ほど茂みの中を登り降りするらしく、
バックパックを担いでいけるものか、まずは日帰りで探訪してみることに。


道に迷わぬよう、レストラン主人のフランクが、息子をガードにつけてくれた。
※この辺の村移動の一人歩きはあまり推奨されていない。
 数年前、ツーリストを襲うおかしな輩がいたそうだ。



Busuaのビーチをひた歩き、

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途中からブッシュの中へ入る。

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ここから急な上り坂が延々と続く。
バックパック持ってこなくて良かった・・


西洋人の建てた豪邸の庭にお邪魔し、海を見下ろし、一息入れる。

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すれ違う村人達は、大量の物を運んでいたりして、玉の汗が光っている。



ようやくブッシュを抜け、Butreが一望できるポイントに出た。
Busuaよりさらにこじんまり、漁船がぷかぷか浮かび、かわいらしくも情緒がある。

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村へ下りていき、漁船の止まるビーチに寄りつつ、集落を通り抜けると、
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海と川の間に桟橋がかかり、川では子供たちが裸で遊びまわっていた。

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その奥にあったHideoutという、スウェディッシュの建てた宿。

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バンガロー、ドミのほか、ツリーハウスが3つもあり、その中に泊まることもできる(10Cedi)。
共同バスルームもきれいで、描かれたアートがオシャレ、まさに楽園のよう。

さらにその奥には、漁村の集落があり、フィッシャーマンたちが笑顔で、漁で使ったネットを片付けている。

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この奥で、移動式雑貨屋兄さんと出会った。

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彼としばらく歩いていたときに話しかけてきた別の男は、
以前、西洋人の女性に暴行し、カメラを盗んだ悪党だったらしい・・(怖)。
一人じゃなくてよかった。。そこにいてくれてありがとう!



帰り道、古ぼけた教会を覗くと、子供たちが日曜日に披露するダンスを練習中。

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ガーナっ子のリズム感たるや、日本人とそう変わらなくてビックリした。。。アフリカ人、だよね?



結局このButreには泊まらず、拠点としていたBusua村から、Akwidaaという村へ移動。


Busuaから乗り合いタクシーでAgona Junctionへ戻り(0.8Cedi)、
そこから1時間弱、Akwidaa行きトロトロに乗り、
1km程手前のGreen Turtle Lodge前で降ろしてもらう(1.5+荷物代1Cedi)


降りた通りからビーチへ向かって歩くこと数分、そこがまた素晴らしい楽園だった。

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イギリス人カップルが環境に十分配慮して建てたここ、
バンガロー、ドミトリー(10Cedi)の他、テント(5Cedi)から選べ、
テントは2、3人サイズのものが、屋根つきの敷地内に既に建てられてあり、マット、シーツ、枕もついている。


自転車を借りて、隣村Dixcoveを訪れたり、
地域還元となる各種ツアー(マングローブカヌーやマウンテンバイクツアーなど)に参加したり、
季節なら海がめの産卵も見ることができる。



目の前は長く広がる砂浜に海。
すぐ周りは何もなく、村人が時々通過するぐらいで、静かな環境、雰囲気が最高。


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Lodgeの横に、ヤシの木陰の平らなスペースを見つけたので、
水平線を眺めながら朝はそこでヨガ、波の音に誘われて瞑想。

海で波と戯れた後は、ハンモックで読書&昼寝、

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昼はビーチ沿いを20分ちょい歩いてAkwidaa村を訪れる。


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バー、小さな露天があるだけの小さい村で、子供の案内で民家を通りぬけると、
ビーチでは、隣村とのサッカーゲームが開催中。桟橋にはオーディエンスがびっしり。

コーチ、スポンサー、と名乗る少年達に呼ばれ、一緒に観戦し、試合後、チームメンバーの集合写真。

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彼らの案内で村をぶらぶら。

ツーリズム到来の弊害、無邪気にお金をせがんでくる小さい子たちもちらほらいたけれど、

売られている焼き魚や揚げ魚なんかが美味しい、こじんまりのんびりしたいい村だった。



夜は、Green Turtle Lodgeのレストラン、バーにキャンドルが灯され、スタッフとビリヤードしたりして過ごした。


バー担当の青年は、ヨガにハマっていた時期があるらしく、

夜のビーチで、ヨガで最も難しいといわれる上級アーサナの数々を披露してくれた。

ヨガ練習者が数年かけても習得難しいと言われるこれらを、
彼は二日でマスターした上、今は練習してないというのに維持できているなんて。。。もう仰天だった。

満点の星空の下、彼に支えてもらって、夜のビーチでヨガ特訓。


沖には、2ヶ月漁に出ている漁船、灯りの灯った海底油田リサーチの船がぷかぷか、

なーにしてんだか、とこちらを見ていた。



もっと居たかったけれど、後ろ髪ひかれる想いで、Green Turtleを出発。



ガーナ沿岸部に来たら、Busua、Butreビーチとともに、
Akwidaa村近くのGreen Turtle Lodgeもお奨めです。是非のーんびりしてってください。


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2011年06月03日

ガーナ ビーチめぐり①

テーマ:ガーナ

ビーチで過ごすなんていつぶりだろう?

ガーナ南沿岸のビーチ、漁村を転々と、いくつか訪れた。


クマシでバスを3時間を待った後、5.5時間、

まずは分岐点となるTakoradei(タコラディ)へ。

一度も休憩せずバスは走り続けた(6.5Cedi)。


途中一度だけ、路上で設けられたトイレタイムは強烈だった。

男女分かれる訳でも、草むらがあるけでもなく、
何と女性はドア出た所で、皆、中腰になって用を足してる(そんなやり方見たことない)!
ジーンズはいてる人も、ジッパーおろして中腰。全部見えてますけど・・。
そんな中、男性は女性のすぐ横を通るし、通行車も前をガンガン走っていく。
ぎょっとして、出るものも引っ込んだが、
「ロングドライブになるから!」とおばちゃんに促され、バスの後ろで何とか用を足した。


ガーナには、民家にトイレがなく、集落の共同トイレすら無いことも普通で、
大人も女性も、自宅前とかどこでも用を足す。男性は食堂の前でも平気でしてる。
マリ、ブルキナの方がよっぽどデリカシーがあった気が。。



ちなみに、ガーナのバスでは、座りっぱなしで疲れてくると、乗客は席や通路を立ち始める。
座りっぱなしを我慢するより身体にいいので、私も立ってたら、

続くヤシの木の向こうに、ついに砂浜と海が現れた!
モロッコ以来の海、いや、こんな南国感漂うビーチは南インド以来!

で、終点近くでは、車内総立ちだった。笑



期待に胸を膨らませつつ、タコラディからトロトロに乗ること45分、Agona Junctionで降り(1Cedi)、
さらに乗り合いタクシーで、最初の目的地Busua(ブスア)村に到着(0.8Cedi)。


宿は、家族経営で、母娘らがせっせと働く「Sabina Guest house」。シングル10Cedi。



メインstには屋台が並び、歩いて1分弱でビーチ。
白く長い砂浜には、レストランやバーがポツポツ並び、ベタにボブマーリーやゆるいレゲエがかかっている。
満月の下、ラスタたちが焚き火を囲んで、バラフォン、ジャンベで唄い、
その奥には、漁船が並ぶフィッシャーマンの集落が。


こじんまり、のんびりしていて、絶妙な空気感の村とビーチ。
インド、プリーの、ゆったりした漁村の抜け感に、ラスタバイブが加わった感じ。
ちょっと鬱陶しいなんちゃってラスタもいるけど。



ただ。
近年、村の一等地であるビーチは、次々と西洋人に買い占められ、家やレストラン、ホテルが建つようになった。
「村人はどんどんジャングル、農村へと押しやられてる。
金になるのは分かってるけど、オレは絶対、海辺の土地を売らないぞ!」

と言っていた地元男性の言葉が印象的だった。



しかし、こんなにリラックスムード満点の村なのに、
着いた翌日から、原因不明の下腹部の痛みで身動きがとれなくなってしまった。

これまでに無い、腸がよじれたような異様な痛みで、歩くのも寝てても辛い、座ってるしかない。


医者はいないがせめて薬局へ。

が、出されたのはうじ虫の薬・。

・・そういう痛みじゃないのよ!もちろん効かない。

次に、村人がAgonaへタクシーで連れてってくれ、

そこの薬局で出されたのは胃の膨張感を和らげる薬・・

違うんだってば!


せめてアドバイスを、「今避けた方が良い食べ物」を聞いてみると、

「フフやティゼットを食べなさい」

って、ここにはそれしか選択肢無いじゃん!

あんなオイリーなソース、絶対この胃腸にいい訳ない!



一方で、宿の人たちがあれこれ心配してくれ、バストイレ付きの部屋に、同額で移してくれたり、
話した覚えの無い村人達にも、「体良くなったかー?」と聞かれたりして、
皆のさりげない気遣いが有難かった。


移った部屋の壁には「復活と前進のシンボル」。

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これに勇気付けられ、回復を信じて静養。


結局、食事節制と自然治癒で、翌日には多少和らぎ、

3日目には歩き回れるようになったので、宿のすぐ隣の学校を訪問。

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壁によると、環境教育がなされてるようだが、なかなか実践伴わず、なガーナ。



病気中、とても親切にしてくれた、フランク氏のレストランへ挨拶に行くと、
(彼はいつもお茶を出してくれたり、パンを焼いてくれたりするが、お金を受け取ろうとしない!)
先客だったヴァイダという女性が朝食に混ぜてくれた。

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アクラから友達に会いに来たという彼女は、友達のコネで、Busuaで一番高いリゾートホテルに泊まっていた。


部屋でお茶を入れてくれることになり、普段縁の無いリゾートホテルにお邪魔する。


緑がきれいに刈られた敷地内のコテージには、エアコン、TV、冷蔵庫、ホットシャワー完備。

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このホテルから海へエントリー。

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海の水は温かく適温だったけど、何せここ、
あの伝説のサーフ映画「Endless Summer」の一部撮影地となっただけあり、波が高い!
ぷかぷか浮いて遊ぶには荒すぎる!


すぐに彼女のホテルのプールに移動し、貸切状態の中、心ゆくまで楽しんだ。最高。


その後もヴァイダの友人が、車で隣村Dixcoveへ医者探しに連れて行ってくれたりと、
明るく世話好きの彼女にはとてもお世話になった。

ちなみに今いる首都のアクラでは、彼女の家に滞在させてもらっており、

引き続き日々お世話になりまくっている。



翌日は、宿の向かいの家で、村人の婚約のセレモニーが開催された。

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庭に出されたイスに、婚約カップル、親戚一同が、座っている。


これがマリ、ブルキナだったら、太鼓のリズムに女性陣が激しく腰を動かし、
歌と踊りにあふれた宴になるだろうが、ここはガーナのクリスチャン村。


牧師がスピーチしたり、シスターが歌い出したりする中、
皆おとなしく座っており、たまに手拍子が入る。別の大陸みたい。

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参列者の大半が子供を連れてる。皆背中で、爆睡中。



中盤からは、徐々にアップビートな曲もスピーカーからかかり始め、

人々のテンションも上がってきた。

子供達のダンス、ここで見た唯一の楽器タマニを演奏する男性、

独唱する女性、とにショーは繰り広げられ、踊り出す参列者もちらほら。

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ただし、踊り方が、フレンチ圏の国々と違う。
以前、ブルキナで会ったガーナ人が、
「フレンチ圏では、とにかく腰を使って踊るけど、ガーナでは上半身を動かすよ。西洋化してるしね」
と言ってたのを思い出した。横揺れ専門。


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途中シャンパン開けたりして、夕方まで続くはずが、相次ぐ停電で昼過ぎに終了。

とほほな終わり方。。。

てか、スピーカーから、Windowsがシャットダウンする音、流し過ぎ!



日曜日は、教会でミサ。

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牧師のスピーチの合間に、ドラム、ギター演奏と歌が入り、
着飾った参列者は、踊る人もいれば、懺悔を続ける人も。

最後は、皆が立ち上がって、教会中の参列者と握手し、ハグし、笑顔で終了。


フィジーでの感動的なミサの数々を思い出す。
信仰深くピュアな人々の祈り、涙を流す姿に、こちらも涙が流れたっけ。
あちらの方が、踊りも歌ももっともっとパワフルだったな。



最後の夜は、宿に出入りしていた電気修理工のNAT氏と、ガーナ料理作り。

宿のすぐ裏の集落に住む彼の家は、電気も通ってるし、ガスもあるし、けっこう綺麗。


まずは氏が、大きなヤムを一口大にして切り分け、皮をむき、よく洗う。

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ヤムを20分ほどゆでる間、ソース作り。


玉ねぎ、トマトを小さめに切って、熱した大量のパームオイルで炒め(揚げ?)、
塩、チリ、トマトペーストといれ、最後に卵をおとすだけの簡単料理。

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味は期待を大いに上回る絶品!!!


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ヤムはゆでるのが一番美味しいと知った。

ホクホクした新ジャガみたい。なぜ皆すぐ揚げちゃうのかしら。
卵をおとしたソースも、マイルドで優しい味。


再生したばかりの体に栄養が沁み込んで、最上級の感動だった。


私は時々、お腹がすいて美味しく食事ができること、

身体の各機能が私のために動いてくれてることへの感謝を忘れるので、

それを思い出させるために、身体が警鐘を鳴らしたみたいだ。


こうして体も無事復活、次の村へと移動、ビーチめぐり②へ続きます。



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2011年06月01日

インド人とカレー in ガーナ(クマシ)

テーマ:ガーナ

北部の村ララバンガを出て、ガーナ第二の都市、Kumasi(クマシ)へ。


7時に到着予定だが、1時間半後にやって来たバス。

ムニールがチケット買いにギュウギュウの車内に突撃してくれ、

何とか通路に座ることができた。お世話になりました。



4時間後、タマレに戻ってきて、さらに8時間後、Kumasi(クマシ)到着。
たいした距離じゃないのに、ガーナ北部の移動はやたら時間がかかり、疲れる。


Kumasiの宿で有名なのは、インド人経営Guestline Lodge。
ドミ8Cedi、シングル10Cediと手ごろだが、、古く、バスルームなどがあまり綺麗でない。
おまけにここのドミのベッドか、移動中のバスでか、南京虫にやられた。
痒くてたまらず、翌日移ったNurom Hotel AnnexⅡ(Nsene Rd上)は、

シングル9Cedi、綺麗&快適でお薦め。


この宿の前は、首都アクラから到着したビスケットやジュースの卸市場となっており、
大音量のゆるいアフリカンミュージックの中、

日夜、大勢の人がトラックから無数のビスケットの袋を出しては運びまわっている。

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スコールが降ると、もうここはてんやわんや。皆右往左往、大慌てで物を運び、
一斉に声を張り上げ、子供ははしゃぎまわり、活気に満ちあふれている。



部屋の窓から。何となくインドを思わせる混沌雑然とした道が懐かしかった。

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街の中心、Kejetiaマーケットは、活気、交通量、人の量が凄まじい。

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警察署の前。

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ガーナではどこでも、HIV予防の教育が徹底している。

ケープコーストの宿では、部屋にコンドームが備え付けられていた(娼婦宿ではない)。


人々はここでも、親切かつフレンドリー。特に女性の勢いがすごい!
「ハロー!How are you? What's your name? Be my friend!」と呼び止められること多数。
それが屋台のおばちゃんだったり、ヘアサロンのドレッサーだったり、

すれ違いの女性だったり、皆やたらと積極的。



屋台のバリエーションは増え、ユニークで面白いメニューが増えた。


豆ご飯や豆の煮物に、アボガド、サラダ、卵、肉、魚、

各種ソース、揚げプランテーンなどから、乗せるものを選んで頂いたり、

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ヤムとココヤムという違いのよく分からない2種のヤムを焼いてる屋台では、

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「エトー」という面白い食べ物を作ってくれる。


大きなすり鉢で、玉ねぎ、チリをすり、

ピーナッツ、揚げプランテーン、塩、パームオイルなどを順に入れてペーストにしていき、
最後にローストしたココヤムを入れて、一緒にすり合わせる。
すると、カボチャの茶巾のような、色のついたオカラのような、ほのかに甘い優しい味のエトーの出来上がり。

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これにアボガドを沿え、ピーナッツをまぶしてくれ、ボリューム満点のエナジー食となる(1食1Cedi=54円)。


夜の屋台では、これまでの国ではあまり見なかったけれど、男性が屋台をオープンしている。
メニューはだいたいフライド・ライス。ケチャップによる味付けなので、一度食べれば十分。。

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ちなみに、ガーナといえばカカオ、チョコレート。
とはいえカカオの輸出中心で、生産は盛んでなく、普通の店ではあまりチョコレートなぞ売られていない。
が、KumasiのスーパーでようやくMade in Ghanaチョコレートを見かけるようになった。


人から頂いたコレは、大味、イマイチの味。。

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個装されたちょっとオシャレなこのチョコは、各賞を受賞してるとかで、かなり美味しかった!

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さらに、インド人ビジネスマンの多いガーナ。
Guestline Lodgeと同じオーナーによるBaboo's Bazarというレストランには、インド人料理人がいるという!
Guestlineで出会った貴重な日本人男性と夕食へ(すっかりご馳走になってしまい、有難うございます)。


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大好きなPalak Paneer(ホウレン草とカッテージチーズのカレー)は、本場の味!

チャパティ、チャイも最高。あぁ愛しのインディア。



客もインド人だらけで、思わず興奮してたくさんお喋り。
皆、案の定、ガーナ料理はダメみたい。

「フライドライスくらいだね、食べられるのは」と、都市でのインドレストランは彼らの駆け込み寺。
インドの10倍以上はするが、ビジネスマンの彼らはお構いなし、ビールもガンガンオーダー。


ガーナ進出のインド企業は、カシューナッツや、家具用木材を買い付けが多いようだが、
ここには、海外進出するインド企業のマーケティング&コンサル担当の会社、

領事館勤務の人らも来ていて、ハイカースト一辺倒。
Rの発音やら、首を横にふにゃふにゃ振ってる仕草やら、懐かしすぎ。



こちらは、アフリカ各国に住んで10年以上になるカシュミール出身のラージュ氏。
翌日のランチに、別のインドレストランへと招待してくれた。

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颯爽とタクシーで向かったのは、ワインも各種そろい、
豪華な内装、美しいマハラジャの刺繍のタペストリーが飾られた一流Bar&レストラン。
金持ちインド人、レバノンビジネスマンばかり(レバノン人もこの辺りはとても多いそう)。

ベジタブルコフタ&チャパティはもちろん絶品、ご馳走さまでした。



食事後は、彼の友人の、Guestline Lodgeのオーナーの家へ連れて行ってくれた。
2軒の大きなホテルにレストランを経営するマイクさんは、

在ガーナインド人で知らない人はいないであろうという超有名人。

大きな豪邸には、6台の車が並び、中はパレスのようにピッカピカ、

シャンデリラ、大きなソファ、薄型TVが2台と並ぶ中、お手伝いさんがお茶を運んでくれた。


約70年前、インド独立の際、おじい様が移住してきたため、
生まれも育ちもガーナというマイクさんにインド訛りはなく、博識、キレ者、なホテル王であった。



そんなKumasi滞在の私の癒しは、一軒の屋台カフェ。


懐かしのマリ音楽のリズムにひかれて寄ったら、兄ちゃんはやはりマリ出身だった。

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同胞の人間にでも会ったかのような嬉しさで、つい毎晩通ってしまい、
アタイ(マリでよく飲んだ茶)を入れてもらい、色々親切にしてもらった。
(Kumasiは、人種の交差点、ナイジェリア人も多く働いている。)


あ、ダラダラ、食べ歩きばっかりしてたようなKumasi滞在ですが、
National Culture Centerの博物館にも行きました。
18世紀に出来上がり、ガーナ全体で強大な勢力を誇ったアシャンティ王国の伝統的な生活様式、
金の生産国だけある豪華な調度品などを、解説付きでガイドしてくれます(超補足的情報)。



ともあれ、クマシでは、面白屋台&インド料理にTryすべし!


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2011年05月30日

ガーナ最初のムスリム村

テーマ:ガーナ

ボルガタンガを出て、目指したのはMole National Park。
ガーナにある4つの国立公園の中でも最大でベスト、

歩いてるだけで野生動物に出会えるらしい。


まずは分岐点となるTamale(タマレ)を目指し、乗り合いワゴン(トロトロ)に乗車。
車内にかかるラジオは英語で、音楽はR&Bやらゴスペルが流れ、

アフリカン音楽はもはや聞こえない。つまらん。。


朝、長時間雨宿りしたり、トロトロ待ちが長かったのもあり、タマレに着いたのはもう15時。
モレ又は、同方面行きバスは終了しており、仕方なくタマレで一泊。


タマレはどこも高く、最安値と思ったカソリックゲストハウスでも、シングル21Cedi。
10Cediでテントを許可してくれたが、アスファルトの中庭の、しかも通路でテントって、絶対おかしいよ。。
すると、「ドガノブがとれてる部屋なら、15Cediで泊めてあげますよ」と受付の女性。助かった。。


ここでも、ボルガ同様、すんごい親切な青年に助けられた。
宿から少し歩いた所に住んでいて、道を聞いただけなのだが、
ネット屋、宿から離れた町の中心、屋台、どこへ行くにもバイクで送り迎えしてくれ、
家にも招かれ、兄弟皆、めちゃフレンドリーだった。

ガーナ人は、人助けの仕方がさり気なくてクールだ。



翌朝、13時出発のバスのチケットを買うため、7時半バス停へ。
が、既にモレ行きチケット完売。

地元民の忠告に従って6時に買いに来るべきだった。。


しかし、今日もチケットを逃した私を不憫に思ったカウンターの女性が、
「そこで待ってなさい。助けてあげるから」とのこと。

宿に戻って荷物まとめて、その言葉を信じて再びバス停へ(いつも青年が送ってくれた)。


すると、彼女は食べ物を買いに出てしまったらしく、我々客は皆、3時間以上待ちぼうけ。マイペース過ぎ!
やーっと帰ってきた彼女は、本当にチケットを一枚売ってくれたので良かったが

(ツーリストには多少優遇してるよう)なんでこんないつも不機嫌なの?


さらに3時間、バス待ち。
ここでは、カサバとトウモロコシ(又はヤム)の粉を練ったフフに、
砕いたピーナッツを混ぜ、ピリ辛ソルトをかけて頂く珍しいフフがあり、美味しかったのが唯一の救い。


ようやくバスは現れたが、荷物の積み込みが超遅く、なかなか中に入れない。

おまけに席に着いてから1時間、大混雑タイムが始まった。

荷物棚などない小さいバスなのに、皆大量の荷物を積み込んでくる。
一応全席指定だが、席の無い客もいて、彼らの荷物がまた大量。
通路、席の下、他人の席の下、と、隙あらば押し込める。
まだ人が往来してるのに、補助席に座りだす人続出で、乗降したい人が通る度にひと悶着、
席によじのぼったり、通る度に皆私の頬にガンガンぶつかってくし、しんどすぎるバス内交通渋滞。
赤ん坊は泣き出し、そこら辺で言い合いが始まり、ドライバーマジ切れ。
いくらか発展したと思ってたガーナ。何でこんなことになってんの?無秩序すぎる。


ようやく出発。席の無い人は2時間くらい立ちっぱなし。

大き目の町でトイレ休憩が入るが、ガーナのバス停のトイレがまた、中国よりキツイ。
外で人に見られながらした方がマシってくらい、足を踏み入れるのもイヤなほど汚い。
なぜ皆、掘られた穴の中にできない!?たまに穴が小さすぎるのも問題だけど!


道は相変わらずゴミだらけだし、英語話せて文化が西洋化しつつあっても、道徳面はまだまだだ。



夜もすっかり暗くなった頃、モレ国立公園到着。入園料は学割が効いて5Cedi(半額)。

終点のMole Motelは、ドミ12Cedi、テント10Cedi。
100円の差なのでドミをとり、バタンキュー。


翌朝7時~、ガイド付きのサファリウォークに参加(安全面からガイド無しでは歩けないようになっている)。

西洋人6名+私+動物威嚇用銃を持ったガイド、で出発。

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ぶっちゃけ、動物はおろか、高いお金を出してのサファリツアーやら管理された国立公園、

というものにあまり興味の無い私。
好きだったら、東アフリカ行ってるよね。。

が、ここは徒歩で手軽にサファリができ、

大自然の中のプール付き宿泊施設も手ごろな値段なので、特別な期待もなくうっかり来てしまった。


しかし、歩き始めてすぐ、動物に会いまくり!

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集落を徘徊するイボイノシシ、サル、木々の向こうには鹿・・・

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初のサファリツアー、けっこう楽しいかも!?

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なんてワクワクし始めたのもつかの間、その後ぱったり動物は見えなくなった。笑


ブッシュの中で、時折変わった鳥や、お決まりのサルは見るものの、
ハイライト的沼にしばらく腰を掛けても、毎朝来ると言われる巨大象は現れず。

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どうも昨日の大雨で、動物はどこかへ避難してしまったようだ。

最後に、ここ最大の沼へクロコダイルを見に行くが、
水にほとんど浸かっているため、一部の皮膚しか見えず、何だか分かんないよ。。。


帰り道は、一同ひたすら無言・・・。完全メディテーション・ウォーキング。


結果、3時間で、計9種の動物を見たらしいが、小ものばかりだった。
まぁ、たった500円弱だし、自然相手に文句は言えまい。


象を見られなかった西洋人一同の落胆は激しく、夕方のサファリにも参加する、
車による遠出ツアーにも参加しようかな、とあれこれ思案していたが、私はもうとっととここを去ることに。
宿のプールで泳ぎたかったけど、後日海に行くし、ここの食事は高いし。


ちょうど昨日のバスで会った、近くの村Ralabanga(ララバンガ)出身の青年が遊びに来ていたので、
彼らの車の荷台に飛び乗り、村へ移動することに。



結局、モレよりも、この村での滞在の方がずっと面白いものになった。


ララバンガは、人口4,000人、ガーナで最初にできたムスリムの集落で、今もオールムスリム。
この後行ったガーナのどこでも、ここのような素朴かつ信仰深い村の生活は見ることはできなかった。


アラスカ人が作ったというNGO(孤児院&HIV教育施設)にドネーションで泊まらせてもらった。


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周りは民家に囲まれており、女性達がカサバやヤム(同じくイモ科)を、せっせと杵と臼みたいのでこねている。

そして、人懐っこい子供達の大歓迎。本当にかわいい。
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隣の家の人が、フフのランチに混ぜてくれた。村の焚き火での味は、やっぱり美味しい。

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ここに連れてきてくれたムニール君が、上手な英語で村を案内してくれた。

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たくさんの民家を訪れ、女性達が料理をしているのを前に、ガーナ料理の解説をしてくれる。

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ガーナには、フフ、ティゼット、ガリ、ケンケット、似てるようで、微妙に違うデンプン質の食べ物が多数ある。

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カサバ(キャッサバ)をつぶすムニール君。


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カサバの葉をつぶしてソースを作る。


村のメインストリート。
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道で売られている大量のヤム&カサバにカメラを向けたら、
すごい勢いで女性陣に「No!」と怒られた。食べ物撮ろうとしたんだけど。。
ツーリストの多いガーナ(特にムスリムエリア)では、写真撮影に気をつけなくてはならないようだ。


が、村人とはいえ、英語が通じるので、皆挨拶もさらり、クールなもんだ。
マリ、ブルキナベーの90%が言う「ミー?イングリッシュ?スモール、スモール」の言葉が懐かしい。


ところで、ムスリムオンリーのここ、前世代の村人は、

“学校教育”はクリスチャンのためのもの、という誤解を抱いており、
政府が学校を建てようとしたのをずっと断ってきて、長いこと学校ゼロだったのだそう
(学校へ行きたい子は、毎日遠い中、Moleまで歩いていたとか)。


そんな状況を見た海外のNGOが、学校や委員会を作り始め、
子供が教育を受けられるようになったのはたった10年前からとのこと!
多くの欧米援助のNGO看板を見た。スロヴェニアが建てた図書館なんかも。


小学校は建設中の教室が多く、黒板以外何も無い空き地で、子供は床に座って学んでいた。


フットボール中の青年たち。

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15世紀に建てられたという、久々に見た泥のモスク。ガーナの宗教的建築物では最古らしい。

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ガーナのムスリム起源の地となるここ、人々はいまだ信仰深く、
1日5回のアザーンは各所から響き渡り、ムニールはじめ若者もまじめに祈りに出向く。
久々に「エン・シャッラー」「アイワ(Yes)」などアラビックも聞こえてくる。

リビアへ出稼ぎに行く人たちがとても多いのだとか。
こんなマジメな光景、モロッコぶり。
ほぼクリスチャンの国だと思っていたから、こんな村があるのが意外だった。



古い暦カレンダーがペイントされた民家。

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夕食は、ムニールの家で、フフと絶品ソースを頂いた。
グリーン・グリーンと彼らが呼ぶそれは、オクラ&カサバリーフを煮たネバネバしたコクのあるスープ。
ここではどの家でも作っているのに、この村以外出会えなくなったのが悲しい。
フフもモチモチざらりとした触感で香ばしかった。


最後は、スピリチュアルストーンのある場所へ。

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この大きな石は、大昔からこの場所に重鎮しており、どんなに村人がこれを脇や遠くへどけようと、
翌日には必ず、石がこの場所に戻ってきているのだとか。
さらに、モスクや家を建てるのに使う木材をここに置いてから建てると、勝手に大きくなったり、
この辺で車の事故があっても怪我人ゼロだったり、村を守ってくれる存在なのだとか。



夜は、施設隣の小屋の上にマットを敷き、満点の星空の下で寝た。


思いがけず面白い滞在となったLarabanga、異常に疲れた移動が救われた。


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2011年05月29日

皆英語しゃべってるよー! in ガーナ

テーマ:ガーナ

ブルキナ最後に寄った村Tiebeleからガーナへの直行バスは、
超ローカル道路を通るのでイミグレも無く、スタンプも押されないよう。
無難にポーまで戻り、乗り合いタクシーで20km先の国境へ向かった(1,000CFA、約200円)。


道中、恐ろしいことが。
突然、ババン!という爆音と共に視界が真っ黒になったかと思うと、
車のフロントガラスに蜂の巣状のひびが入った。な、なにごと!?!?


フロントボディの扉がちゃんと閉まっていなかったようで、
風で煽られたドアが開いて、フロントガラスに打ち付けたのだ。

Wander the World

幸い窓ガラスは割れなかったものの、触るとメリメリ音を立ててしなり、
少しの揺れでパラパラと砕け散りそう。怖いよー。
運転手はひたすら淡々と無口で、落ち込みようが伝わってきた。



国境到着。イミグレで押されたブルキナ出国スタンプが切ない。もっといたかったー。
これでフレンチ語圏ともおさらば。



そのまま同じタクシーでガーナ側国境へ。ここでタクシーは去っていく。

Wander the World



イギリス領植民地だったガーナは、公用語が英語。
1957、サブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ諸国)の中で、第2次世界大戦後で最初の独立を勝ち取った。


入国オフィスでは、流暢な英語を話す役人が、
「ガーナはいいぞ~。ブルキナよりずっとウェスタナイズドされてるぞ」と誇らしげ。
ツーリストの私はそんなもの望んでないんだが。


歩いてHealth Checkオフィスだかへ行き、この旅初めての、
Yellow Card(黄熱病予防接種の照明書)提示を求められた。



ここからガーナ最初の町、Bolgatanga(ボルガタンガ)へは車で30分。

町自体に特に見所はないが、コストパフォーマンス的に「西アフリカ最強」のホテルがある、らしい。
ならば休憩に、と噂の「NSANMINI NAMDO Guest House」へやってきた。


しかし・・。日中は断水してるし、翌日はずっと停電だし、結局ブルキナ同様の手桶式水浴びで、
何がどう最強なのか分からなかった。

Wander the World

部屋はなかなかしゃれてるが、シングル12Cedi(650円ほど。1Cedi=約54円)とそれほど安くはない。



ただし、働いている宿の子供がとてもいい子たち。
(4人兄弟だが、父はムスリムで、皆お母さんが違う。お母さんの国籍、子供達の宗教もバラバラ。)


キッチンを使わせてくれ、マーケットで買ったオクラを料理させてくれたり(現地語ではオクロ)、

いつも夕食に混ぜてくれたり。

まだ13歳くらいの女の子は、とても気が利くスマートガール。
16歳くらいの長男は驚くほど英語がうまく、インド人の会社でバイトしたりと経験豊富で、
各国の政治経済、情勢、オサマ・ビン・ラディンの生い立ち、、など何でも詳しい頭脳明晰ボーイ。

ガーナ恐るべし。



ボルガは国境近くの小さな町だけど、ブルキナとは異世界。


国境越えてすぐ、英語の看板が増えたけど、
現地人同士も普通に英語で話してるし、
道を聞いたおじさんも店員も、当たり前のように通じる。TVもラジオも英語。


一方フレンチ圏に3ヶ月いたこちらは、
「サバ?」「ウィ」「メルシィ」「パルドン」あたりは条件反射で出てしまうので、
同じ顔した黒人に、急にバリバリ英語話されても戸惑ってしまう。
あれ程、英語通じなくて苦労してきたのになぁ。


しかし、彼らの英語、ものすごく聞き取りづらい!
マレー系の人の英語が、イントネーションが独特で慣れるのに時間がかかのに似てる。
いつも聞き返しまくって、まさか自分達が訛ってるなんて自覚のない彼らに呆れられている。


「Good Afternoon」「Good Evening」と、ブリティッシュらしく(?)きちんとした挨拶をしてくる一方で、
命令形が多いのも不思議。店員だろうと「Give me ○○ Cedi」「Sit down!」「What you want?」。
「Can I~?」とか聞いたこと無い。お釣り無いときなんて「Next time」だって。絶対覚えてないでしょ!?


雰囲気もおっとりしたフレンチ圏から一転、サバサバ、シャキシャキ系になって、
悪気はないんだろうけど、何か威圧的なんだよなぁ。
早くもブルキナにホームシック気味。



あとガーナでは、物が豊富になった。

店のお菓子、調味料などに輸入ものが増え、健康を増進する食料品店、マッサージ店なんてのもあり、
小さな町でも、発展ぶりを感じる。
マスターカードの使える銀行も余裕で見つかります。



こんな風に英語が通じ、政治も安定し、そこそこ発展しているので、
これまでほとんど見なかった西洋人ツーリストが一気に増えた。
それもフランス人でなく、ドイツ人、オランダ人、アメリカ人が多く、
ドイツ援助のNGOが山ほどある。



ガーナの宗教は、大半がクリスチャン、北部中心に約15%のムスリム、そしてアニミズムなど。
そして、「100%の人がSpiritual Worshipにとりつかれている」らしい(ロンプラ)。

なるほど、驚異の親切っぷりを見せる人がたまに現れる。


宿近くに住んでる女の子は、そこを通る度に、
「どこ行くの?私にエスコートさせて。」と荷物持ってくれたり、暗い中送ってくれる。


あまりの暑さで休憩させてもらったチャリ屋にいた青年は、
「ボクの後ろに乗って!」と炎天下の中、2ケツ自転車こいで、マーケットをあちこち案内してくれたり。

Wander the World
暑すぎて活気に欠けるマーケット。
もうマリのドゴン以上に暑くて、10分毎に水買って飲んでた。

屋台では、コーヒーからミロが主流に。
イギリスから輸入してるのかと思ったら、そうか、ガーナはカカオ名産国(輸出額の1/4を占めるそう)。
Made in Ghanaなもんだから、どこもかしこも皆ミロを飲んでいる。



道ではよく、焼きバナナにそっくりの
焼きプランテーン(バナナに似た形の芋風味の食べ物)が売られている。


これまでの国ではひたすら生ピーナッツだったけど、ガーナではペーストがよく売られていて、
ボルガのバス停にあった、ペーストを焼いた細い輪状のクッキーが絶品だった。



油っぽく重い食事が多い屋台ご飯。
小豆のスープに、ガリ(トウモロコシをひいた粉)、パームオイルを混ぜる。

Wander the World
屋台ではおばちゃんの手の動きから目を離さず、オイルにストップかけた方が良い。


こんな感じで、やっとブラックアフリカンと普通に会話ができるようになったガーナなのに、
何かがしっくりこず、しばらくはブルキナシックの日々が続いた(しつこい)。


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2011年05月27日

ブルキナ最後の民泊

テーマ:ブルキナファソ

ブルキナ最後の一日。

ブルキナのワガドウゥグからガーナへ南下する道中に、Poポーという町がある。


そこから40kmほど東に入ったTiebele(ティベレ)という村は、
カラフルにペイントされた伝統的な家々が立ち並ぶ素敵な所らしい。
最後はそこで一泊してから、ブルキナとお別れすることにしよう。

と、ワガを出ようとしたが。



ポー行きの朝のバスを逃してしまい、2時間待ち、

運転も予定より2時間かかって、すっかり暗くなってからポーに到着。
この夜は、半分宿となってる民家の庭で寝させてもらい、翌朝、Tiebele行きをTry。


7時には乗り合いトラックが来て、朝食とりつつ待ってたのに、
人数集めと荷物積みに時間がかかり、ポーを出たのは12時。
午前中ずっと発車待ちって。。早起きした甲斐が無い。



一時間弱で到着したティベレ。
さぞや家々が個性的で見ごたえあるんだろうなぁ~。

そんな待ち疲れで消えかけてた淡い期待も気持ちよく裏切るほどの、フツウーの村。

Wander the World

すぐにガイドを立候補する青年が声をかけてきたが、ここをガイドってあんた。
流しつつとりあえずカフェへ。

昼間から隣の人が飲んでるのはワイン。向かいの人はラム。
一杯数十円くらいだったし、空気がゆるゆるで、皆笑顔でいい感じだったので、私もつい一杯。
ワガの忙しない交通量、やや緊張した空気から開放された。


先ほどのガイド君も一緒にカフェに来て、一緒に飲みだした。


ここにバックパックを預かってもらい、村長の家へ連れて行ってもらう。
もはや彼もガイドとして働く気ゼロ。


炎天下の中、木陰で、おじちゃんもおばちゃんも皆、ドロ飲んで、くたーっと伸びている。


Wander the World


村長の家は、入場料をとる一番の見所、らしいが、
外壁のペイントは、よく見かけるありがちな模様だし、
一部建築修復中だし、まったくもってパッとしない。
2000CFA(400円)払う価値が見えず、即効キャンセル。


「じゃぁあんたこの村に何しに来たのさ」と係員に言われる始末だが、
つまり、ペイントのある見所の家は、村全体ではなくて、この村長の家、のみだったのだ。


ある建物の一部に、それに似せたペイントがあったので、「これ撮ればいいじゃん」とガイド君、笑。
こんな感じ。

Wander the World



もうもうすることもない。

「このままポー戻りまーす。そのままガーナ行けちゃうし、CFAも切らしてるし。」と言うと、


「金が無いからポーに帰るなんて寂しいことを言ってくれるな。

友人宅に格安で泊まれる、って言ったけど、タダで泊まっていいから、うちの村でゆっくりしてってよ。
こっからガーナへの直通バスも出てるんだぜ」
と今や3人になっていたガイド君+その友人達。


なかなか気の良い青年達だったので、民泊させてもらい、

こののんびりした村でブルキナ最後日を終えることにした。


お邪魔した民家にて。雑穀からできたビール、ドロを釜で作っているところ。


Wander the World


これ以上無いってくらいのんびり歩いてるおじさんがいるなぁ、と思ったら、

Wander the World



足に錠がかけてある!?だ、脱獄囚!?!?

Wander the World


どうも、彼は精神面に支障のある犯罪者だそうで、

そのような人を収容する施設がないブルキナでは、
こうした状態で、村に帰されるそうだ。。



木々と民家の奥にある、彼らご用達の隠れ家的カフェバーへ連れて行かれた。


Wander the World


若者を中心に村の男性がたくさん集まっていて、大音量がゆるいレゲエがかかる中、
皆、酒飲んだり茶したり、話しこんだり爆笑したり、踊ったり歌ったり。

平和で自由な空気に満ちている。


村長の家、なんかより、この楽園的空間を打ち出す方が、ツーリズム的にありではないか?
なんて、ツーリストが来る時点で、隠れ家じゃなくなるけど。



「君のブラザーを紹介する」と呼ばれた彼は、韓国人の父、ブルキナベーの母を持つハーフ。
生まれてすぐ韓国に行っただけで、もう15年以上両親に会っておらず、

おじの元で暮らしてるという二十歳だった。


Wander the World

切れ長の目なのに、地元のブルキナ少年達と同じ言葉を話しているのが不思議。



ここでしばらく雑談し、木の下にマット敷いて昼寝し、マンゴー食べ、屋台でご飯食べ、民家に招かれ・・・、


まったくブルキナらしい過ごし方をもって、一ヶ月いたブルキナ滞在の幕が下りた。


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2011年05月25日

夜間外出禁止令中のワガ

テーマ:ブルキナファソ

ガーナに入って、なんだかんだもう2週間以上が経ちます。


ここは、ブルキナみたいに日夜どこでも生の音楽が鳴り響いてるわけじゃないので、
夜は早めに宿に戻り、ゆっくり本読んだり、気が向けばこうして文章書いたり・・


最初はそんなガーナが退屈に感じたけど、
浮き足立ってた(?)マリ・ブルキナと比べると、地に足がついた感じで、落ち着いてきました。

ネットも少しは早くなったので、けっこう更新しています。


とういことを、一番上のメッセージボードに書きたいんですが、どういうわけかいつもエラーで更新できません。

アメブロさん、何とかしてください。


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Dissinからワゴンに乗り、強烈な日差しと戦った6時間後、
ブルキナファソの首都OUAGADOUGOU(ワガドゥグ、通称ワガ)に到着した。


ブルキナファソ各地では、今年3月下旬以降、

政府の手当てに不満を持つ軍関係者が、破壊活動を繰り広げていた。


特に首都ワガでは、4月に、軍人がツーリストの集まる高いホテルを襲撃し、商店を略奪・放火し、
対する警察は、数時間の威嚇発砲を続け、
犠牲となってる商人らは抗議のデモ活動を始め・・、とかなり情勢が乱れていた。
(ボボや田舎にいる限りでは、そんな不穏な空気は微塵たりとも感じられなかったけれど。)


夜間外出禁止令まで発出し、そもそもワガがいいという話を聞いたことがないし、
長居は無用、全く期待せずに向かったのだけど、期せずしていい出会いがいくつかあった。



ワガ郊外でワゴンを降りると、
ボボデュラッソで出会った、ワガのAIDS対策委員会で働くSomolaさんに電話をかけてみた。
「ワガに来たら電話してね」と番号をくれていたのだ。


すると、すぐにバイクで迎えに来てくれ、

泊まろうと思っていたミッションカソリック教会内の宿泊施設まで連れて行ってくれた。


※Mission Catholique又はCathedralで聞けば、誰でも知ってます。
 本当は私のようなバックパッカー用ではなく、シスターや巡礼者、奉仕者用施設だが、快く泊めてくれる。
 シングルで4,000CFA、シャワー別だが室内に洗面所あり。綺麗!ワガでは最安値の部類。



宿を確保すると、Somolaさんに、FESPACO事務局や映画館を案内してもらう。

FESPACOとは、40年以上前に始まったアフリカ一大きい映画祭で、

毎年2月頃開催され、ハリウッドスターなども招かれる。
ちなみに映画館では、ハリウッド映画とインド映画が興行中。

フレンチ吹き替えのみなので鑑賞はなし。



それにしても、なんせ、貧しい集落滞在明けの私。
都会の人々を見て驚くばかり。
服装が全然違うのは当たり前としても、体系!!
力仕事系の人は変わらず締まった身体をしているが、
バイクに乗る若い人々はぽっちゃり、

座って雑談してる綺麗な布をまとったおばちゃん達はとズドーンとお腹が出ている。

あそこみたいに、毎日何キロも水運んだり、建設・農作業しなくていいんだもんね。
アフリカ人の身体の美しさは、もともと筋肉質なのもあろうが、日々鍛錬されたものだった、と実感。



そんなことを考えてたら、Somolaさんの自宅に到着。
紹介された奥様が、まさにドドーン!体系だった。


教養ある雰囲気の彼女はナースで、何と英語が上手!
更なるステップアップを目指し、国家試験に向けて勉強中とのこと。
こんなに英語を話せる女性にあったのは、西アフリカ入って初めて。会話ができるって素晴らしい!


さらにこのお宅は、アフリカで訪れた民家の中で、ダントツの上流ぶりだった。
リビングには、TV、冷蔵庫、PC、CDコンポに大スピーカー、各ジャンルのCDがぎっしりと並び、
すぐにコーヒーをマグカップに入れて出してくれた!
(屋台でも家庭でも、飲み物は水浴びと同様のプラスチックカップに注がれるのが主流。)


そんな上流家庭でも、家賃は、電気代込みで9,000円/月。(水道が通っていたらもっと高いはず)
ボボでは一月2,000円出せば簡素な部屋が借りられると聞いたので、

彼らの平均収入からするとかなり高い方なのだ。



その奥さまが、大量のサラダを大皿にたーっぷり作ってくれたので感動してしまった。


Somolaさんは、会ってすぐ私が、
「今日は屋台でサラダを食べるのを楽しみにしてる」と言ってたのを聞き逃していなかったのだ!
さりげなく奥さんに電話し、私のためにサラダを作るよう伝えていたようだ。

Wander the World

サバ缶まで開けて、ボリューム満点・特製ドレッシングをかけてくれた。


美味しすぎる!

サラダをお腹一杯に食べられるという贅沢。
集落では、野菜をほとんど摂取できていなかったので、本当に嬉しい。


食後は、マンゴーをナイフで切って、フォークを刺して出してくれた。
こんな風にアフリカで食べるの初めて。
現地の人の食べ方を観察し、皮をしゃぶりつつ剥き、あむっと頬張り、
種もしゃぶって終了、という流儀をかなりマスターしつつあった。
でもやっぱり、むしゃぶりつくのが一番美味しい。



翌々日も、Somolaさんは、夕食に招いてくださった。
私が、村で食べたトウの作り方を知りたい、と言ったので、奥さんが作って見せてくれることに。


トウモロコシとカサバをひいた粉を水でとき、火でぐつぐつ煮込むと、カサバからモチッと粘り気が出てくる。

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配合の違いなのか、黄と白と2色のトウを作ってくれた。

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これにソース(トマト、玉ねぎ、魚、パセリ、チリ、油たっぷり)をかけて頂く。

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これまたとーっても美味しく、たくさん作ってくれたので、ついお腹一杯まで頂いてしまった。

村での空腹感を切々と思い出しながら、ビックリしている胃腸をさする。。


でも、やっぱり。
杵とうすでついて、焚き火で煮た村の味と、既製品の粉とガスによる都会の味は、まったく別物だった。
村の味が恋しい。。


ともあれ、いつも笑っていて本当に親切なSomolaさんご夫妻、楽しいひと時をありがとう!!

Wander the World


もうひとつの出会いは、宿で私の向かいの部屋に泊まっていたサラ。
一見して日本人かと思ったけれど、韓国生まれにして、

生後数ヶ月でデンマークに養子縁組したという歳の近い女性だった。


何と彼女、冒頭に書いた暴動が起きた頃、まさに軍人が襲撃したホテルに泊まっていたのだそう。
銃声と共に突然、部屋に軍人が乗り込んできて、現金、PCなど貴重品を奪われてしまったそうだ。
しかし、別のホテルでは暴行された西洋人女性もいたそうで、「私はまだラッキーだった」と。。
その後しばらくは、17時以降の外出禁止令が出されていて不便極まりなかったよう。
私も本当ならあの時期、ワガに到着予定だったんだよなぁ(怖)。。



そんな騒動があり、この教会内に移ってきたそうだが、
そもそも彼女は、教会が運営する孤児院でボランティアをしていたので、都合が良かったよう。


私も一度、その孤児院にお邪魔し、お手伝いさせてもらった。


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この孤児院では、生後すぐ~1歳までの赤ん坊、5歳までの幼児、そして12歳くらいまでの子供、
と3セクションに分かれており、

サラは、数名のシスター、フレンチの医者と共に、約20名の赤ちゃんの面倒を見ていた。

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中には、2日前に生まれたばかりの子まで預けられていた。
未熟児として生まれ、1,000gしかなく、その手足はかろうじて形成されているがとても小さく、皮膚もカサカサ。



子供たちがここに来る理由は様々で、

母親が亡くなって父親が預けたり(成長してからひきとる場合もある)、
道に捨てられているのを警察が確保して届けたり、

育てる経済的余裕が無い母親が自ら預けたり・・・。
訪れたヨーロピアンが養子としてひきとっていくことも稀にあるそうだ。



仕事は、哺乳瓶に入った食事をさせたり、オムツ替えたり、

入浴させたり、泣いている子をあやしたり、寝かしつけたり。


かわいいなぁ。アフリカの赤ちゃんも。純真そのものだ。
両親がいなくて、人の温もりが一番必要なんだなぁと思うと、抱きしめる腕に力がこもる。


一人一人の名を教えてくれるサラは、本当に子供が大好きで、

特にお気に入りの子をわが子のように溺愛していた。




仕事の後、ワガ滞在先輩の彼女が、街を案内してくれた。

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モスクの前の巨大スーパーマーケットは、さすが首都、品揃えが半端なかった!
冷房ガンガン効いてる中、輸入物の食材、食器、電化製品、化粧品と何でもあって、欧州のそれと劣らない。
ここだけ別世界で、世界3位の最貧国とは思えない。
金持ち地元民、ここで働く外国人が何万CFAという金額をバンバン落としていく。



一方、グラン・マルシェ(市場)へ行くと、敷地内の迷路のような無数の細い道に、
衣類、日用品、食品が雑然と積まれている。

すぐに物売りが寄ってきて離れず、しつこい!
サラと歩くと、アジア顔×2、になるので、「ニーハオ」「チンチョン」が異常にうるさい!二度と行くまい。



それにしても、外見はアジア人の彼女も、中身は完全西洋人なので、
旅先各地で、彼女が現地人にとられる言動、彼女の返答に混乱する現地人、
彼女から見たアジア人、西洋人の話なんかが面白かった。
この後はタンザニアの病院で働くのだそう。



ボボとは食べ物が少し違うここ。道で、初めて見るスウィーツ屋台を発見。

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きびから作ったシリアルに、ヨーグルト、ミルク、砂糖、氷を混ぜて頂く、腸に良さそうな優しい味だった。
Wander the World
一杯200CFA(40円)。


こんな風に、街には物や食べ物が溢れかえる一方、

高級ホテルの並ぶ大通りでは、物乞いの子が大勢いた。
これまでは、物乞いといっても、握手すれば嬉しそうにはにかんで、去っていく子ばかりだったのに、

ここではそうはいかなかった。10分以上いつまでーーも付きまとい、常に肩や頬を触ってくる。。
ホームレスもけっこう見る。都会には、村の貧しさとはまた違った性質の貧困があった。



ところで、当時もワガでは、22時以降の外出禁止令が出されていた。
昼間は安全そのものでも、夜更けには軍人が徘徊し始め、
また銃撃戦、襲撃を始めてもおかしくない状況だという。


暗くなったのでサラの勧めでタクシーに乗り、食堂の前で夕食を食べていたその時、
突然、店の男の子がダッシュで大通りから戻って来て、店内へ駆け込んだ。
同時にスタッフが現金箱、机、イスをものすごい速さでしまい始め、中へと引っ込んでしまった。


「私達も続いて!」というサラの声と共に、奥のスタッフの家の中へ逃げ込み、かくまってもらうことに。

何でも、ミリタリーが通りをウロウロしており、銃を撃ったとか撃ってないとか。
まさか、ここまで襲撃してきたらどうしよう!心臓はバクバクであった。


10分後には収まったようだが、「教会まで走って戻るんだよ」と言われ、

すぐ目の前だったけど一目散に走って帰ってきた。


・・・あれ?てか、地元の人たち、こっち見て笑いながら、通りでビール飲んでんじゃん!
このテンションの差がよく分からないが、とにかくツーリストのこっちはやたらと緊張する夜のワガだった。


着いた当初は、まだこの禁止令が継続してるなんて夢にも思わず、
21時過ぎに水買いに出たら、ガーナ人青年が心配して着いてきてくれた。
うっかり22時以降出歩くと、警察に捕まり、罰金をとられるようなことになっていた。
迷惑かつ物騒な日々だったが、私が去る日には、外出禁止令も24時に繰り下がった(5月頭)。
もうすっかり落ち着いただろうか。



教会内の宿では、もうひとつ面白い出会いがあった。
明らかにブルキナ人と見える男性に声をかけられ、
「日本からですか?私もなんです」とのこと。どゆこと?

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何と彼、東京、広尾のブルキナファソ大使館で勤務する、臨時代理大使なる肩書きを持つお方だった!
ソウル、フィリピンの大使も東京で兼任しているよう。
韓国には大使館がないのか。どうりでコリアンツーリストを見ない。


3年東京に住んでいたが、この度の震災で大使館は閉鎖、

事態が落ち着くまでブルキナにて待機、だそう。


彼の部屋には、胃薬はじめ日本製品やら、外務大臣の名刺なんかが詰まった分厚いアルバムがあった。

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日本に住むブルキナベーコミュニティは、たった20人しかいないんだとか(少な)!


彼がブルキナに戻るや、今回の軍人暴動でJICA隊員は日本へ帰国、
まさか日本人にここで会えると思っていなかったようで、お互い大興奮だった。



そんなこんなで、予期せず面白い滞在となったワガドゥグ、
ここを出ると、いよいよブルキナ滞在も終わりに向かっていく、と思うと悲しかった。


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2011年05月22日

空腹と現実

テーマ:ブルキナファソ

集落滞在二日目にして、仕事終了後、エマニュエルが衝撃発言をした。


「ボクは、今日からDissinの町なかにあるアパートに引っ越すことにしたよ。部屋が見つかったんだ。
2ヶ月間車住まいをしてきて、移動の度に砂まみれになるベッドで寝るのはもう限界に達した。
明日の朝、パンと共に戻ってくるから。じゃ。」


えぇぇ!?
毎晩Dissinに夕飯食べに行って戻ってくる、って言ってたのに!
コールドドリンクにありつけるのを楽しみにしてたのに!
ヘッドライトの電池も切れるから町で充電しないといけないのに!
てか、今日からご飯はどうしたらいいんすか!?


言葉も全く通じず、勝手も分からず、一体ここがどこにあるのかも謎の集落で一人残される・・。
Taxiなどもちろん無いし、自転車も無いし、一人じゃどこにも動けない・・。
万が一、食中毒とか問題起きたらどうしよう・・・と一瞬不安もよぎったが、まぁそんな妄想はすぐに吹き飛んだ。


ただでさえ忙しいエマニュエルの仕事を増やしたくなかったし、とりあえず数泊、と泊まり出してみると、
村の人たちのさりげない助けに支えられ、難なく滞在させてもらえて、物を買わない生活はシンプルで気に入った。



ただ、いつも困ったのが、食事だった。


夕食は、近所に住む家族の貴重な食事を、少しお金を払っていただくことになる。
しかし、これが聞いていた通り、本当に質素で少量なのだ。


ある夜は、サムサムを頂いた。
キビを水でといたものを、たこ焼き器みたいので焼く、ひと口パンみたいなもので、
お腹をふさぐためか、油ギトギト、塩をふって食べた。


サムサムを頂いた民家の前。

Wander the World


しかし別の晩は、この家族が夕食を作らないというで(大きな鍋でドロは作ってるのに!)、
他の近所の家を訪ね、ボディ・ラングエッジで「夕食いただけないでしょうか?」とお願いしに行くことに。

巡礼者か!?


分けて頂いたのは、トウというガーナで主流の食べ物(ここから6km先は、ガーナ)。
キャッサバ+トウモロコシをひいた粉を水でこねた、もちもちした触感のすいとんのようなもので、
オイリー&スパイシーなソースをつけて手で頂く。


快くもっとどうぞ、と勧めてくださったが、

この小さい鍋一個が家族全員分なのか、と思うと、あまり食べるわけにはいかなかった。
が、帰り際、大きなマンゴーをくれ、ようやく空腹が治まった。


で、結局夕食として見たのは、この2種類のみ。


ランチはというと、無いこともあれば、トウを持ってくる女性から買わせてもらい、少し頂いた。
ラッキーならマンゴーをもらえ、子供が木になってる甘酸っぱい小さい赤い実をくれたりするが、
働いている間は、お腹がすいていることが多かった。


皆、ドロを飲みまくっているから、それでお腹を膨らませてるんだろうか。
ビールが苦手な私も、空腹を埋めるために飲んでいた。


木陰でドロを飲んでる村人たち。

Wander the World


一度、ドロのおつまみとして、木の葉の煮物を持ってきた女性がいたが、
本当にその辺に生えている普通の木の葉なので苦く、うーん、栄養価は謎だった。



こんな感じで、集落の人たちは、驚くほど、少しの量しか食べていなかった。
キビ、デンプン質、玉ねぎ、トマト。マンゴー。
見るのはこれだけ。お米もレアだし、パンなどない。


大人もほとんど皆痩せているし(筋肉がついているから、貧相な感じはないけれど)、

子供は栄養失調でお腹がパンパンに膨れていた。
子供はドロもそんなに飲ませてもらえないし、いつもとてもお腹をすかせていたはずだ。



世界で三番目に貧しい国。
国民の半分以上が1日1ドル以下で暮らし、
国民の健康に割り当てられる政府予算は2%のみ、5人に一人が栄養失調・・・

そんなデータを思い出し、この集落生活で、ついにこの国の現実を目の当たりにした気がした。


村の学校から帰ってきた子供。ボロボロのテキストを見せてくれた。

Wander the World



それでも、村の人たちは優しく、ウェルカムだった。

特に、少し離れた所に住んでいるジャクリンさんはことさら親切だった。


テント以外何もない私の住まい、せめて背もたれのあるところで座りたい、と労働後ぐったりしてると、
家から重いイスを運んできてテントの前に置いてくれ、夜お腹すいたら、と落花生を分けてくれた。


私はいつも共同井戸で、暗くなるのを待って、水浴びをしていたのだが、
日中あんなに暑いのに、夜は水が冷たくなり、風が吹くので、入浴中だけいつも寒い。
それを不憫に思い、「うちで身体洗ったら?」と勧めてくれたり(水運ぶ元気が無いのでパスだったが)、
「うちで寝る?」と聞いてくれたり。

言葉は全く通じないけれど、誠実で、おもてなしの心にあふれた優しい人柄がよく伝わってきた。


彼女の娘さん、息子さんたちもよく様子を見に来てくれた。

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一度、エマニュエルの友人の自転車を借りられる機会があったときは、
息子のエルマン君が、疲れてるのにDissinまで片道12kmの道を誘導してくれた。
真っ暗なデコボコ道で、自転車から転がり落ちた情けない私だったが・・。


Wander the World

集落では、一部の人だけが自転車を持っている。
バイクを持っているのは、村長とほんのひと握りの人だけ。
Dissinへ行くライフラインみたいなものなので、人には貸したがらず、本当に大切にしている。



ある晩、民家を通り過ぎる際、そこにいた女性達4人が、歓迎の歌みたいなのを歌ってくれたこともあった。
一緒になって踊ると、皆が嬉しそうな顔で、情熱的にハグしてくれた。
歌と踊りをシェアするひと時、というのは、彼らにとってかけがえの無い悦びなのかもしれない。


テントで休んでると、夜な夜な「おーい、ドロ飲みに来んのかー?」と誘いに来てくれる男性もいた。


そんな、素朴で温かい優しさに触れる度に、これが無い、あれが無い、お腹すいた、もう疲れた・・・、
と不満や欲望、ネガティブな感情に囚われる自分が恥ずかしくなった。


1日の仕事が終わると、テントの周りに集まってくる子供達。

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あっという間に木に登ってしまった2人。

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ある日、朝のヨガを見ていた子たちから、
「あの逆立ちみたいなやつ、教えてほしい」というようなことを言われ(フレンチなので憶測)、

なんちゃって即席ヨガクラスを行った。


Wander the World
皆そろってヘッドスタンディングの練習をしている。


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素晴らしい!頭を支えてない分、こっちの方が難しいんだけど!


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空腹、不便さ、ハードなことはあれど、集落キャンプ生活はなかなか面白かった。

途中から、村長の息子で、ガーナで11年間勉強している息子も里帰りして(まだ18歳)、

英語がペラペラなので通訳もしてくれ、会話が成り立つ相手ができて楽しくもなった。


長く滞在して、プロジェクトの進行ももっと見ていきたい、と思ったけれど、環境が厳しくなってしまった。


ガーナではもう始まっていた雨季。

毎晩、遠くの空で光る稲妻を見ていたけれど、
ついにこの集落でも、ザーッと雨が降り出すことが増えてきた。ついにきたか、雨季。。

雨の中、タープも無く、防水加工なんてされてない安物テントでの暮らしはきつい。


そんな矢先、エマニュエルが、車を売ることにした、と言う。
その後は、スクーターか自転車を購入予定、とのこと。
そうなると、唯一の頼みの綱であった町への移動手段も絶たれる。
たまには町に出るのも必要なのに。。


といった事情が重なり、後ろ髪ひかれる想いではあるが、ここを出ることにした。



他のどの場所でも見えなかった、貧しいブルキナファソの厳しい現実、
それでも明るくたくましく生きる人々の温かさとその暮らし
持続可能な村開発のプロセスの一部・・などを見させてもらえた、貴重な体験だった。


何より、「ボクはビル・ゲイツじゃないからね」、と、愛車のVolksWagenをあっさり、
村資金のために、手放すことにしたエマニュエルの潔さに感銘を受けた。


腹立たしいこともストレスも山ほどあるはずなのに、
「僕は貧しい人々を助けるために来ているんだから」
「今は援助も無いが、このプロジェクトが成功すれば、政府も他の自治体も目をつけて見に来るようになるはずだ」と、愚痴を言わず、さばさばと物事を判断し、目的のために、村のために動きまくっていた。


ここがどんな村に発展していくのか、心から応援を続けていこうと思う。




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2011年05月20日

頭で物を運んでみた

テーマ:ブルキナファソ

Wander the World



朝5時、テントから出ると、空が赤く燃えていた。


だだっ広い大地で、上ってくる朝日に見守られながらのヨガは最高・・・

って暑いよ!もう限界!
日が出るとすぐ汗だく、しかも蟻さん達がマット上を闊歩しまくり。。
それでも続けていると、通りすがる村人が仰天して立ち止まっていく。お騒がせしております。


6時には、水汲みをする女性達の往来がひっきりなしに続き、井戸が大人気になっていた。


そしていつも8時くらいになると、子供たちがテントの周りに集まってくる。

いや、朝に限らず、いつも、である。


彼らにしたら初めて見る黄色人種が突然現れ、変なビニールの家を建てて住み出したのだから、
興味津々になるのも無理は無い。


ここの子供達を初めて見たときは、本当にびっくりした。
私達が、いわゆる「アフリカの貧困」をイメージする時に浮かぶ、
痩せているのにお腹だけポコッと大きく張り出している栄養失調の子供たちがとても多かったのだ。
手足はガリガリ・・・。脚の骨が奇形の子もいる。


しかし幸い、そこに、暗く悲しげな空気はゼロだった。
彼らはふざけあい、はしゃぎあい、笑顔で遊んでいる。

Wander the World


マリにいたとき、貧しい村の民家にお邪魔した際、ボロボロな服を着た子供達が駆け寄ってきて、
私の手にあった、飲みかけの缶ジュースとペットボトルの水がひったくっていったことがあった。
ねだられもせず奪われたのは初めてで、この歓迎に私はしばし呆然、大人が注意しないことにさらに唖然としてしまったのだが(後で誰かが返してくれたけど)、ここではそんなことは無く、子供達はけっこうお行儀が良い。

いつもテントの中を覗きたがり、私の持ち物が気になって仕方ないようだが、

テントを閉めれば開けられるようなことも無い。
夜もテントから離れない子たちに、「ハイハイ、また明日ねー」とアフリカンフレンチで言うと、

ちゃんと帰って行ってくれる。



9時、作業場へ向かう。

ポツポツと人が集まり始め、10時には数十人になる。


エマニュエルが、フレンチの話せるチーフ的な男性に今日やる仕事を指示し、

グループに分かれて各作業が始まる。


※流暢にフレンチができる村人は限られ、常に現地語で通訳が入る。
ちなみに、ブルキナで読み書きのできる大人は13%、この集落では本当に少なかったと思われる。


皆、突然現れたアジア人にも、拒否反応や異常な好奇の目を向けることもなく、
笑顔で、本当に自然に迎え入れてくれた。度量がでかい!



日々の主な作業。

男性はブリック作り~建築、建設、土方系。


女性は、泥を作るのに必要な水を、井戸や沼から汲んできてきたり、
ブリックを運んだり、泥を運んで壁に塗ったり・・。

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ひもで枝を連ねて、屋根を作ったりする細かい作業なども女性の仕事だ。

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ここでついに、ずっとやってみたかった、“頭で物を運ぶ”というう仕事に挑戦できた!

まずは、クッション代わりにクルッと巻いた布を頭に乗せ、バケツに汲んだ水を置く。

自分で乗せるのはけっこう難しいので、手伝ってもらう。


歩き出してみると、バランスをとるのはそう難しくはない。

みぞおちの辺りに意識を集中させ、ヨガしてるみたい。けっこういける。


が、キツイのは、バケツのふちに水を置き、支えること。

手足が短い私には、届くのがやっと(笑)。距離があると腕が痛くなってくる。

彼らのように片腕を添えるだけ、ってのはまだまだ無理。

目的地に着いて、頭から重いバケツを降ろすのも、慣れるまでに何往復か必要だった。


疲れて集中力が欠けてくると、バケツの水がこぼれるので注意が必要。
たまにトイレにもなってる沼の水は、絶対かぶりたくない!



休憩を挟みつつ、次はブリック運び。ここでもあくまで頭を使う。
ブリックはずっしり重いので、首の筋力がいる。
これも私は両腕の支えが必須なのに、彼女達の何人かは手ぶらでスタスタ歩いていく。すごいな!

Wander the World


それにしても、ラダックでボランティアしていた時は、

バケツの水は両腕に持って、バランスを取って運んでいたし、
ブリックも背中に2個か3個背負うのが普通だった。
が、アフリカ女性は、何が何でも頭!

料理の入った鍋ひとつ運ぶのも頭。手で持ちゃいいのに。
といっても、生まれたときから頭運びだから、手や背中より、一番簡単なのだろう。

手がふさがるのが嫌なのか?



しつこいようだけど、「頭で物を運ぶ」ことについて、もう少し。
旅してて、アフリカ女性は、私達アジア人が慣れている「しゃがむ」という行為がすごく苦手なことに気がつく。
足元の作業をする際も、しゃがめばいいのに、腰を痛めそうな中腰体勢をいつまでも保っている。

きつくないのかなー、と思ってたけど、この「頭運び」を体験してみて分かった。


頭に物を上げ下ろしする際、中間に置いてるクッションをいちいち落とさないよう、

頭と首を固定させる必要があった。

そのためには、背筋を緊張させ、腰に力入れてお尻を後ろに突き出す。彼らお得意のポーズだ。

常日頃からこの動きをしていると、背筋と腰周りの筋肉が発達してくるよう。
だから、中腰を保ったり、かがんだり起きたりするのもさほど辛くないとみた。
逆に、私がしゃがんでいたりすると、すぐにイスを差し出され、「楽になさいよ」と気を使われる。辛くないんだけど。。


生活習慣の違いから、彼らの身体の特徴が少し分かった日々だった。


この背筋!お尻!面倒見の良かった姐さんの後姿、カッコ良すぎ!

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・・・って、どうでもいい話が長くなってしまった。。



作業をしばらく続けると、休憩が入る。
木陰には、ドロ(キビビール)のタンクが常設されており、彼らはそれを水のように飲んでは、
ゲームを始めたり、ゴロン、となって昼寝したり・・。


初めは「炎天下だし、休まないとね」と思っていたが、にしても、休憩が長い。多い。暇!

ふと気がつくと、なるほどね、エマニュエルがいなかった。
彼が車でどこかへ出かけると、皆ゴロンと休みに入り、
エンジンの音がして帰ってくるのが見えると、速攻仕事を再開する。分かりやすい。
人間だもの、管理者がいないと怠けてしまうよね。。笑



とはいえ、彼らは働くときはバシッとビシッと集中して働く。


男性陣、コンポストトイレ建設組。

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この翌日は、木のイスに便座がはめ込まれた特注トイレが到着。
こんなエマニュエルの案に一同大爆笑。

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ソーラーパネル建設組、一枚目のパネルのはめこみが完了!

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オーヴン進行組。どうなるんだろう?と皆が見守る中、鉄板部分(石と泥だけど)が完成した。

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日陰が少ない大地に、木を植えた。動物に食べられないよう、囲いは必須。

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ふと横を見ると、茶色い風景に、鮮やかな花が咲いていた。

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竹の束を木の皮で結ぶ作業をする女性たち。

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誰からとも無く、歌を歌い出した。
一人がリードし、他が後に続き、また別の人がリードし・・
たまに一段と明るい女の子が立ち上がって踊ったりして、大盛り上がりになってきた。
それを見て、隣では男性陣が笑いながら建築作業をしている。


なんかいいなぁ。

この村は、女性が明るく、たくましく、元気なのがとても良かった。


思えばインドやネパールの村なんかでは、

女性がハードに働くのは同じでも、こんな風に男性以上にはしゃぎ、騒ぐことは考えられなかった。
ラダックなんかでも、働きながら飲んで歌って踊って、、そんなことは考えられなかった。

アフリカ魂は、強く明るい。



乳飲み子を抱えて働く女性も多く、いつも木陰には小さい子がいて、誰かしらが面倒を見ている。

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一日の作業がぼちぼち終了すると、エマニュエルが、その日働いた人の出欠をとる。
いずれ得る収入を配分する際、ちゃんと働いた人順になるよう管理していた。

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こうして夕方、解散、となる訳だが、その後も女性陣は、

大量の水汲みをして家へ運ぶ、という仕事が残されている。


バケツの4倍以上の水が入るたらいを満タンにして、数十分と歩いていく女性達もいる。
こちらはもう、日焼けと肉体労働でクタクタだってのに・・・、皆すごすぎる!


「あたしをお撮りなさい」とおばあさん。背筋が伸びて誇らしげなお顔。たくましい!!!

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こんな感じで、着々と作業は進み、プロジェクトの進行と共に、

いかにして彼らの美しい筋肉が培われているのか、を目撃&体験する日々。


私のドロを飲む量も増えていった。

というのも、ドロを飲んで空腹をしのがなくてはならない現実があったのだ。


それはまた次回。



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2011年05月18日

持続可能な農村開発

テーマ:ブルキナファソ

ボボを出た後、向かったのはガーナ国境近くのDissinという町。


モロッコで出会い、マリまで運転してくれたフレンチのエマニュエルが働く村は、ここからすぐ近くにある。

バス停まで懐かしのVolksWagenで迎えに来てくれた、約2ヶ月ぶりに会うエマニュエルは、

少し痩せ、日焼けし、目はイキイキとしていた。


ビールで再会を祝し、マリで別れた後のこと、ここに来るまでのこと、

進行中のプロジェクトのことなど、色々聞かせてくれた。


マリでは多額のエスコート費を払わされた上、出国の際、またまた高額の賄賂要求にあってキレ、一晩刑務所で寝たのだとか、
迎えてくれたブルキナ友人は「お金お金」ばかりで話が違うので組むのは辞め、
ここDissinから12km離れた村に単身乗り込み、
集落の村長に直談判して「Sustanable Developmento Project」を始めたのだとか、
これまで村人と信頼関係を築くまでの話とか、濃い話が色々と飛び出す。



ところでこのDissinという町は、メインストリートの店にのみ電気が通っているような小さな村に見える。

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バッテリーチャージ屋さん。村や町の人はここに携帯の充電をしに来る。


他に小さな売店がまばらにあるだけ、ネット屋が一軒。


「サラダ屋台とか無いの?」と聞いてみると、
「ここじゃ新鮮な野菜なんて豊富に手に入らないよ」とのこと。
ボボのように、手ごろな屋台があんなに並び、選択肢があったのはやはり都会だったからなんだ、と実感した。


そんな、栄えた場所、とはお世辞にも言い難いDissinだが、エマニュエルいはく、


「ここは僕にとっちゃN.Y.だよ。
僕が働く集落はブッシュの中で、もちろん電気も水道も無い。そして、食べ物がほとんど無いんだ」。


そこは、ムスリムではなくクリスチャンの集落だが、アニミズムがベースとなっているため、
どの家庭も一人の男性に3,4人妻がいて、子供がわんさか、

いくつかの集落を足せば人口は8,000人にもなるとのこと。


そんな彼らは、農業をして暮らしているが、自然、土地の力を最小限にしか使っておらず、
作物を売って収入を得る、という商売もできず、
ほんのひとかけらの食物を日に2回食べて、貧しい生活を送っているらしい。
家畜の面倒を見る余裕もないため、肉を食べるのも年に2回くらい、とか。


しかし、ちょっと工夫し、自然エネルギーの生かし方を知れば、必ず彼らの生活は向上する、
と確信した彼は、その集落にてプロジェクトを開始した。


「君はついにリアル・アフリカ、リアル・アフリカンを見るよ。」
さっそく集落へ向けて車を出してくれた。



道中、通りがかる人は皆、エマニュエルに好意的に挨拶をしてくる。
「ここでは僕はスーパースターさ」とふざけていたけれど、本当に皆に慕われているのが分かる。


そして彼らの会話を聞いていると、モロッコで会った時はただの一言も分からなかったフレンチが、

ほんの少し、分かるようになっていて嬉しかった。
しかし、アフリカ人のフレンチは、全くフレンチに聞こえないほど発音がなまっている。
いくらかの単語をアフリカンフレンチで覚えてしまっていたことを、エマニュエルの話すリアルフレンチから気がついた。。。



Dissinを出て12km、街灯などない真っ暗なガタガタ夜道を、
ノソノソ動く豚やヤギをひかないよう注意深くひた走り、Done tuneという集落に到着。


彼がいつも寝泊りしているという空き地には、サウンドシステム(大きいスピーカー)がポツンと置かれていた。
彼はある日、村人のためにこのスピーカー、そして20ℓものドロ(キビからできたビール)を買って村人をお喜びさせ、
ライブやナイトクラブなんてエンターテイメントのないこの村で、
土曜の夜はDJとなり、飲んで踊って歌ってドンチャカ、皆が音楽を楽しみ、おおはしゃぎできる時間を提供しているらしい。


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2ヶ月間、ずっと寝泊りしているという彼のバンの横にテントを張らしてもらい、集落生活が始まった。
西サハラ縦断中、パンパンだった車内の中身はすっかり取り出され、代わりに土ぼこりをかぶった簡易ベッドが置かれていた。



少し歩いた所にあるポンプ式井戸があって水浴びはここでさせてもらった。

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ポンプ式で良かった!

ビニールバケツを吊り下げて引っ張りあげるタイプの井戸は、水汲みに時間がかかるのだ。
幸いこの時期は、水が十分にあった。毎日猛烈に熱く、汗だくになるので、これは天の恵み。



翌日、進行中の村開発プロジェクトを見せてもらった。


想像していた以上に大きく、計算し尽された無駄の無いシステムが並び、
本当にここにとって有益なものになるであろう完成図がしっかり描かれていた。
さすがプロ、もう脱帽、目からうろこだらけだった。



唯一できあがった倉庫の周りにはブリックがたくさん乾かしてある。

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今でこそ雨季直前で水があるが、乾季には水が干上がるかんばつ状態が三ヶ月続くらしい。
そこでいかに水をキープするかが課題になってくる。


建築作業用に土を掘り起こしている場所は、雨季に水を溜めておき、魚を育てる沼となる予定。

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そこから水を引いてきて、

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農作業用スペースへと続く。

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周りに掘りを作り、毎日女性が頭で水を運ばなくても、或いは乾季でも、常に簡単に水をやれるようになっている。

既にトマト、玉ねぎなどいくつかの栽培が始まっていた。


今後作る女性アソシエーション用作業場。

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この真ん中には、何と階段が作られ、地下階ができあがっている。

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45度の外気でも、地下なら10度に保てるため、保冷庫になるのだ。
後々、ハチミツ、ジャム、マーマレードの作り方を教え、ここで作業し、
水、傷みやすい作物などと共に地下で貯蔵。マーケットで売り、収入を得るのが目標。



これは、太陽熱を利用したオーヴンになる。

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温度の上がりやすい石を使った釜となり、パンの焼き方も教える予定。


ソーラーパネル用土台。

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いずれ、スクリーンやスピーカーを置き、映画や音楽をかけ、
文化的教養を高め、或いはパーティーを開いてエンターテイメントスペースとなる場所。

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この横では、木を燃やして木炭を作り、水を浄化するのに役立てていたり、
端の方には、コンポストトイレも建設中だった。
ここにはトイレというものが無く、皆、野で用を足すのだが、今後は排出物も肥料として活かされていく。


他にも植林計画や、鶏飼育場なんかも進められ、緻密な計画が彼の頭の中にあった。


今ではこのプロジェクトには、日々40~60人(男女半々)が参加し、9時-17時まで、週6で働いている。
それだけの人を動かすってすごい!


が、プロジェクト開始前は、村人のモチベーションはとにかく低く、
突然やってきたフレンチの彼に、「お金頂戴」「○○が必要」とねだってばかりいたそうだ。

そこを根気よく、生活向上のためのプロジェクトの説明をし、
「働かずに金が入るわけないだろ」と、エマニュエル自ら、朝から晩まで一緒になって働いていたら、
今ではパトロンとしてリスペクトされるようになったという。
村人が彼に敬意をもって接しているのは、いつでも見てとれた。



すごいなぁ・・・
この2ヶ月の間、彼は新天地で足場を固め、こんな大きなことを推し進めていたのか。

短い間だったけれど、私も村の中にお邪魔し、プロジェクトを一緒に体験させてもらった。




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