スペイン巡礼を終えて、ポルトガルを少し旅して、南スペインからオーストラリアへ飛んできました。
久々に、日記更新中。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2011年12月23日

カミーノ・デ・サンティアゴ 巡礼記③-完ー

テーマ:スペイン
カミーノ・デ・サンティアゴの到着地点、サンティアゴ・デ・コンポステーラから「地の果て」(大西洋)へと続く更なる巡礼路を歩きました。寄り道満載で、サンティアゴへと戻ってくるまでの記録。巡礼最終章、長いです!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

サンティアゴ・デ・コンポステーラ。
多くの人はここで巡礼を終え、バス、飛行機などで、自分たちの町、国へと戻っていく。

しかし、本当の巡礼路は、サンティアゴからさらに西へ85km、スペイン最西端の岬Fisterraまで続いていく。
Fishterraとは、"fin de la tierra”、"the end of the woirld”の意味。 
地球が丸いなんて誰も思わなかった古代、ここに最初に到着した巡礼者は、
崖で突然大地が終わり、広がる海を目の当たりにして、
そこを「地の果て」「この世の終わり」「生の終わり」と思ったのだそう。

以来、ここまで歩き通す巡礼者は、海で身体を清め、巡礼時ずっと着てきた衣類や杖を燃やすのが伝統儀式となり、西の海へと落ちていく夕日の前で、古い自分とさよならをするのだそうだ。

「絶対、行ったほうがいいよ。バスを使ってでもいいから、地の果ての海、見たほうがいい」
道中、巡礼リピーターに何度か言われ、最初は予定していなかったけれど、
一緒に歩いてきたテールとともに、大西洋を目指すことに。
Fisterraの北30kmにあるMuxiaという岬も寄るので、Fisterraまで片道113Km、4日間の行程となる。


<1日目:Santiago-Negreira>

2泊して身体を休めたSantiagoを出て、混み合う街を抜け、
再び現れた黄色い矢印と、地元の人を頼りにまた歩き出した初日。

新たな気分で新たな道を!と意気揚々と歩き出すも、午後、どうもおかしいよね、、と首をかしげる我々。
長らく黄色い矢印を見ていないし、いつまでも車道沿いで、自然の中を歩いていない。。
すると、だいぶ前に道を聞いたドライバーが、地元の人を連れて戻ってきて、
「君たち、カミーノからだいぶ離れてるよ」と告げてくれた。やっぱり・・・。
どうも15kmほどカミーノから逸れた道を違う方向へ歩いていたようで、車でカミーノまで連れ戻してくれることに。

ようやく帆立貝の石柱も発見、美しい山道に入ることができた。
$Wander the World

$Wander the World

巡礼者もまた見かけるように。

山道を抜けると、ほっとする村の光景が。民家でリンゴの施しを受けて、リオハワインで元気倍増。

$Wander the World

$Wander the World


この日の巡礼宿まであと5kmというところで、古い美しい橋のかかった川に通りかかった。
$Wander the World


「あぁ泳ぎたい!!」と海が待ちきれない私が思わず叫ぶと、「・・・泳ぐ?」とテール。
でももう夕方、今歩き続けないと暗くなって、宿も閉まるだろう。
やっぱり先に進もう、と、衝動を抑えようとした私を、テールが後押ししてくれた。

「急ぐ必要は無いよ。テントもあるし、宿が閉まったら野宿すればいい。
時々僕たちは考えるのを止めなくちゃ。」

そうして入った川の水は、本当に冷たかったけれど、火照った身体は鎮まり、
浮力に疲れを取り除いてもらい、岩の上で寝そべって蜂蜜色の夕陽で身体を温め、
存分に川遊びを満喫。立ち止まって本当に良かった。
理性で心の声を押しつぶしちゃだめなんだ。
Camino de Fisterraでの、最高の時間のひとつとなった。


木にかかったロープでスウィングして川に飛び込む地元の子供たち。
お気に入りの女の子たちが見ているからか、とても頑張っていたのが可愛かった。
$Wander the World


川遊びをして、カミーノに戻ったのはもく21時近く(といっても夏のスペイン、まだ暗くはない)、
ここから4kmほど森を通り、
$Wander the World

宿のあるNegreiraに着いたのは、もう22時。さすがにまっくら。

幸い、アルベルゲ(巡礼宿)は、混み合うカミーノ・デ・フランセと違ってかなりリラックスモード、
本当なら消灯時刻だけれど、多くの人がリビングや庭でくつろいでおり、
満室だったけれど、スタッフのおばさんもフロアで寝ることを快諾してくれ、かなりいい感じ。



<2日目:Negreira-Olveiroa>
朝5時半には出発していく人を横目に、久々の川泳ぎ疲れで二度寝、起きたらもう8時、チェックアウトタイム過ぎてた・・
でも誰もいないからリビングでヨガしてたら、おばちゃんが掃除しに来て、慌てて出ようとしたら、
「あら、いいのよ。続けて続けて」。いい感じ過ぎる!

久々の小雨の中、山の中を歩き、この日は33km歩く。
$Wander the World


$Wander the World


プリミティボの道を歩き出した初期のような、久々の大疲労で宿のある村Olveiroaに到着すると、
Barで、プリミティボから一緒だったBar好き親父のミゲルを発見!
Fisterraまで歩く数少ない顔見知りの一人。
彼とは後半、はぐれてしまっていたので、サンティアゴで再会できたときは本当に嬉しかった。


キッチン横で寝かせてもらったアルベルゲ。古い家を改装した雰囲気が素敵だった。
$Wander the World




<3日目:Olveiroa-Muxia>
Olveiroaから5Kmほど歩いたところで、道は二つの岬FisterraとMuxiaに向けて二手に分かれる。
メインのFisterraに行った後、Muxiaへおまけ的に北上する人が大半のようなので、
さらに人の少ないルートを通ろうと、先にMuxiaへ行くことに。実際この日会った巡礼者はドイツ人ひとりだけ。

この道中、素晴らしい出会いがあった。

13km、半分弱歩いたあたりので、Senandeという小さな村に到着。
Barが2軒、向かい合って並んでいた。
ひとつは大きくて小奇麗、もうひとつは老舗、という感じ。
そこへ杖を突いたおじいさんが現れ、あっちあっち、と老舗の方を指すので、休憩しにそちらへ入店。
$Wander the World


さっきのおじいさんは、そこのマスターのお父さんだったわけですが(笑)、ここに入って大正解でした。
マスターは嬉しそうに、古いカミーノガイドブックやら地図を持ってきて、
極上ワインにパン&チョリソーのサービスをつけてくれたりと、おもてなしムード満点。

で、ガイドブックを見ていると・・・この村に「ガリシアでベストのオムレツを出す店がある」と。
「この○○氏ってマスターのこと?」と聞くと、にこりと微笑むだけのマスター。
押し売りしないのがにくいね。オーダーするしかないでしょう!

さっそくマスターのお母さんが焼いてくれた大きなトルティーヤ・パタタ(ポテト入りオムレツ)。
$Wander the World

スペインで味わった中で最高の味だった!
Barのタパスでは、乾燥してたり冷めてたり、やたらと油っぽいことが多いけれど、
ここはアツアツポテトにしっかりと味がしみこみ、卵のトロ味加減が絶妙!
ワインもおかわり、おいしくてラベルもしっかりチェック。

立ち寄る旅人をもてなし、幾度となく送り出してきたであろうここのご家族、
擦れた感じも商売っ気もあまり無くて、素朴さが心地よく、料理がいっそう美味しく感じて、
もうここ、帰りも寄り道して戻ってくるしかないね、と、大絶賛&大感動のうちにこの店、Bar Coxaを出た。

ほろ酔い&幸せ気分で山道をまた歩き、
$Wander the World

Muxiaの町まであと2km、というところで、ついに・・・
海が見えた。

大西洋に到着した。

ついに、西の果てに着いたんだ。

$Wander the World

砂浜に腰掛けて、しばらく海を眺め続けた。呆然と。
コンポステーら大聖堂に着いた時以上に、感慨深いものがあった。

バスク地方のイルンからスペインに入り、多くの人と出会い、別れ、
600kmだけだけど歩き続けてついに国を横断した。
歩き続けてきた大地は目の前で途切れ、あとは大洋が広がるだけ。

それでももちろんここは、世界の果てなんかじゃない。
水平線の向こうには別の大陸が浮かんでいて、まだ見ぬ世界と繋がっている。
まだまだ知らないことだらけ、世界はとてもつもなく大きいけれど、世界はひとつ。
丸い地球の存在を想った。

しばらく眺めてから宿へ。いびきかく人用の部屋の、最後のベッドをGet、
インフォメーションセンターで、果てまで歩きました賞状、もらいました。笑



<4日目:Muxia→Fisterra到着>

朝宿を出て、Muxia岬に建つ教会を訪れた。
$Wander the World
この前で、古代の巡礼者が、ボートに乗って海から現れたマリア様を見たらしく、そのボートも残されていた。

Muxiaから30Km南下すると、本当のスペイン最西端、巡礼最後の地、Fisterraに着く。
$Wander the World

道中、白いサンディビーチが見え、海沿いの道はカミーノと平行していると地元の人が教えてくれ、そのまま波の音を聴きながら田舎道を歩いた。

最後の村、山道を越えると、住宅街が現れて、Bar、スーパー、ホテルの立ち並ぶ、想像以上のツーリストタウン、Fisterraに到着。何せここは、サンティアゴからもお気軽バスがバンバン出ているし、車で寄るツーリストも多い。

公営アルベルゲは満室、フロアにただで泊めてもらい、フリーの夕食まで頂いた。
何とここ、機内食のようにパックされた夕食が巡礼者に配給される!
受付で証明書もぽんっと渡される。オーガナイズドされてますねぇ・・
さすが巡礼最後の宿、門限も無くて、22時過ぎても誰も寝てない。
ドアキーのパスワードをもらい、飲みに出かけたり、パーティーしたり、皆、全巡礼路を終えた喜び、開放感で満ち溢れている。

この町、地の果て感、ゼロ。笑

ま、何はともあれ、最後まで歩いたねぇ、と、
我々もMuxiaのマーケットで買っておいた自家製クレマ・デ・リッカー(カルーア・ミルクのような甘いお酒)で乾杯。ラオスの地酒、ラオラオを思い出させる濃さだったけど、美味しくて止まらず、二人で一本あけてしまった。。。



<5日目:ビーチ休暇>
早朝、バスでサンティアゴへと戻る人々がいそいそと出て行くのを横目に、我々はのんびり食料を調達して、いざビーチへ。

巡礼の最後の地では、海で泳いだりキャンプしたりして、羽を伸ばせるのを楽しみにしていた。
ドイツ人の女の子二人に、West Beachは、ポリスチェックが無くキャンプできる、との情報をもらい、
ピクニック気分でゆっくり向かう。何せ今日はリラックス・デーなのだから。

人の少ない美しいサンディ・ビーチを見つけて、待望の海泳ぎ。
しかし!海水冷たすぎ!脚まで入ってギブアップ・・すぐ砂浜に引き返し、マットしいて昼根タイムに。
「夏のスペイン、暑すぎるから歩くな」と何人もの人に言われたけれど、まさか大西洋が冷た過ぎて泳げないなんて・・!

ここで、フレンドリーなスペイン人カップルと出会い、一緒に最西端岬の灯台へ乗せて行ってもらうことに。
巡礼者、ツーリストでいっぱいだったけれど、最西端の崖では、巡礼を終えた人々が、思い思いの場所に座り、静かに海を眺めていた。

$Wander the World

昔の人が「地の果て」と思ったのも無理が無い・・。この先には何も見え無いのだから。

時折火が見えて、巡礼の服を燃やしている人たちがいた。

$Wander the World

巡礼の果て、目的地までの距離はついに0kmの表示。


岬から戻り、今宵の寝床、ビーチへと向かうと、サンティアゴ到着前に会った画家のホセと嬉しい再会!
彼は、小さなバッグに画材道具だけ入れて、あとは何も持たずに歩き始めた、という。
昔の人は、必要なものは神様が与えてくれる、とずた袋の口をあけ何も持たずに巡礼していたようで。
彼も道中、洋服、寝袋、食べ物・・、必要なものに恵まれながら巡礼していた。
神を信じているから不安は無い、と。

海に沈む夕陽を眺めながら、ホセも交えてディナー、乾杯。
$Wander the World



<6日目:トルティーヤ再び。動物小屋で眠る>
ビーチでキャンプをした夜に限って・・・雨が降った。笑
雨音で目覚め、雨で出られないので、そのまま眠り続け、巡礼疲れのため夕方までぐっすり・・

その後は、そのままサンティアゴへ帰るか、ビーチでもう一泊するか、迷ったのだけれど、
クレイジーな我々は、スペイン一のオムレツを出してくれたSenande村へ戻り、夕食に食べに行くことにした。
サンティアゴへ直帰する人が多い中、回り道してあの小さな村へ行く人はそうそういないだろう。
サンティアゴ行き最終バスにぎりぎり間に合い、途中の町Ceeで降りて、町外れからヒッチ。

スペインのヒッチハイクは難しい、と聞いていたとおり。
田舎町のドライバーは、我々をいぶかしげに見て通り過ぎていくのみ。。
しかし、すぐ前に会った家具屋の女性に道を聞くと、帰り道だからとSenandeまで乗せていってくれることに、
寄り道してBarまで運転してくれた!ありがたい!


Bar Coxa、ちゃんと開いてました!
マスターもご両親も、まさか本当にまた来てくれるとは、と喜んで迎え入れてくれ、
再びオムレツをオーダーすると、お母さんがとても喜んで作ってくれた。

卵もポテトも、うちの庭からのオーガニックのものよ、と案内してくれ、キッチンでレシピを教えてもらう。
$Wander the World
やっぱり絶品、最高の味だった!何より、家族皆がとても喜んでくれたのが嬉しかった。

もう暗いのでその辺でキャンプ、と思っていたら、店の奥の家畜小屋の2階で泊めてくれることに。
チキン&鳥の家に、ダンボールをしいてくれ、ぐっすり就寝。



<7日目:なぜかCorunaへ、なぜかガススタでキャンプ>
チキンの声で目を覚まし、
$Wander the World

店で水シャワーを浴びさせてもらい、
お母さんがタオルと、ミルクコーヒー&ビスケットを出してくれた。

不意に息子のマスターが、カフェの歴史を話してくれた。
祖父母の代、物売りからスタートしたこのお店、彼は18歳から働き始め、6ヶ月ほど南米を旅した以外は、
ずっとこのカウンターに立ってる、という。南米の旅の話を誇らしげに語った後、人生を振り返ってエモーショナルになったのだろう、突然目を赤くして、涙を流し、照れ笑いをしてカウンターの奥へと消えて行った。

毎日ここに立って、巡礼者を向かえ、二度と戻らぬ彼らを送り出す、、どんな気持ちなんだろう。

巡礼中、本当に多くの人との一期一会があったけれど、触れ合う一瞬の間だけ、その人の人生の歴史に触れ、自分もその一部となり、また離れていく。彼はずっと同じ場所に立っているけれど、無数の旅人の思い出の一部になっているに違いない。

$Wander the World

Fisterraへと向かう最初の巡礼客が入店、ポルトガル人だったので、北でお勧めの場所を色々教えてもらい、ここを後にした。

Bar Coxaのご家族、いつまでもお元気で。お世話になりました。


さて、いよいよヒッチでサンティアゴへ戻ろうか、というところで、テールからの提案。

「昨日のスペイン人カップルのいるCorunaを訪れようよ。サンティアゴから80Km,ヒッチすれば遠くないよ」

来てくれたらいつでもガイドするし、うちのおばあちゃんの作るトルティーヤは最高よ、とラテン気質な彼女がノリノリで招待してくれていたのだ。
あと一泊くらい、寄り道してもいいか、とCorunaへ冒険することに。
おまぬけ珍道中になるとも知らず・・。

彼女に「今からトルティーヤ食べに行くよ」とテールがSMSだけ送り、4Km歩いたところからヒッチ開始。
これが予想以上にスムーズ&ラッキーで、2台乗り継いであっという間に約100Kmほど北の、Corunaに到着できてしまった。


さっそく彼女に電話をしてみると・・・、
まさか本当に来るとは思っていなかったのでしょう、
やや困惑気味のご様子、「今日仕事なの・・」とお忙しそうで。
彼女の家の庭かカウチに一泊くらいさせてもらえるだろう、と勝手に考えていた我々の目論見も見事はずれ、
送られてきたのはホステルの情報。。

あれ・・・なにこの温度の差・・。完全にフライング・・・

知人のガイドが無いのか・・。
ここに何があるのか、見所も情報も全然無い私たち。
そこを通りがかったお兄ちゃんを捕まえて、この街の見所など突然質問詰めにし、
その人の言う灯台(またかい)とやらを見に、バスを乗り継いで街の中心へ。


美しい人工ビーチにショッピングモールに着飾った人々に・・・リッチな匂いのシティ。
ザ・巡礼装備の我々は、思いっきり場違いな場所に降り立ってしまった。。
$Wander the World

さくっと灯台寄って、
$Wander the World

街に興味を持てなかったので、その日中にサンティアゴへ戻ることに。

郊外まで歩いてヒッチ開始。

ところが帰りは本当に苦戦。。ようやく巡礼経験者のグループが、ハイウェイ近くのガススタまで乗せてくれたけれど、そこに着いたのが21時半、それから先はまるでダメ。
ガススタ横のカフェの芝生にテント建てて、まさかの野宿。
何でここで寝てるんだろ。
うーん、、なかなか面白い一日だったね。。



<8日目:ただいま!コンポステーラ。巡礼の終わり>
$Wander the World
やたらとハッピー&ハイテンションなごみ収集グループの笑い声で目を覚まし、朝のガススタでヒッチ開始。
1時間後、ようやくサンティアゴへ向かう中年男性が乗せてくれることに。

こうして無事、巡礼&寄り道旅を終えて、1週間ぶりにサンティアゴ・デ・コンポステーラに帰ってきた。
前回もお世話になった素晴らしいアルベルゲへ、スタッフの女性がまた笑顔で迎えてくれた。


前回、ここでやりそびれていることがあった。

カミーノを歩き始めたばかりの時、ノルウェーから1年近くかけて歩いているリピーターのNZの女性が教えてくれた。
コンポステーラ大聖堂の奥にはサンティアゴの像があり、参拝者はそこまで入って、像に触れることができる。
「巡礼の最後、サンティアゴにハグして『素晴らしい体験をシェアしてくれてありがとう』と伝えたの。古代からの巡礼者たちの温もりも感じる、美しい瞬間だったわ」

最後にサンティアゴにお礼をして、巡礼を終えよう。
$Wander the World



何度も通ったこの大聖堂に入るのもこれが最後。
列を待って、自分の番が来て、静かに聖堂を見守るサンティアゴにハグ。
祈りと感謝を捧げ、約一ヶ月歩いた巡礼の幕は下りた。


翌朝、古い修道院だったアルベルゲの窓からの景色。
$Wander the World


とても優しくて静かで、心穏やかな早朝だった。

巡礼の終わり。新たな旅の始まり。
さぁ、ポルトガルへ向かおう。


※その他の写真はこちらからどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


長文、最後まで読んでいただき、有難うございました。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ


にほんブログ村


2011年09月22日

カミーノ・デ・サンティアゴ 巡礼記②

テーマ:スペイン
カミーノ・デ・サンティアゴ 巡礼記②

<後半:カミーノ・デ・プリミティボ
Oviedo ~ Santiago de Compostela>

コンポステーラまでの道のりも半分を超えたオビエドで、巡礼者がかなり入れ替わった。
ここで巡礼を終えて去る人もいれば、オビエドから歩き出す人もどっと加わり、
持ち物、服の新しさ、ピンピンした身体などで、ここから歩き出す人はすぐに分かる。

オビエドで2泊&半日ゆっくりし、軽くした荷物とリフレッシュした身体で再び歩き出した。
8kgで歩くって、なんて身軽なんだ・・!36km歩いてもまだ余力があってびっくり。

オビエドからは、やや南下してガリシア州Lugoルーゴへ向かい、
カミーノ・デ・フランセのMelideへと抜けるカミーノ・デ・プリミティボ(原始の道)を歩いた。

プリミティボは、険しい山道が続き、カミーノの中でもっともきつい、
と聞いたけれど、もっとも美しいとも言われる道。

それまでの海の青に替わり、山深い道に入っていき、
雲にほとんど届きそうな中、何世紀も残っている古い教会が霧の中から突然ひっそりと現れる。
キツい道もあったけれど、生気に満ちた静かな世界はそれまでとまた違って魅力的だった。

$Wander the World  $Wander the World

$Wander the World  $Wander the World


この頃から一瞬、朝型巡礼に転向。
早朝6時半頃、まだ薄暗いころ出発すると、澄んだ静寂の世界が赤く染まっていく、
何ともドマラチックな空を見ながら一日が始まる。

それまで一緒に歩いていた皆は先へと進んでしまい、もう会えないかなぁとやや恋しくなったけれど、
新たな出会いも色々あった。

スペイン人のフリオおじさんとは、言葉がまったく通じないのに、
一緒に歩いたり、夜はBarに飲みに行ったり。どうにかコミュニケーションとれるもんだ。
$Wander the World

特に、スペイン人のミゲルと歩いた日は、最高に楽しい一日だった。
ミゲルは、いつもBarがある度に止まっては、ワインやビールを飲み、
マイペースに歩くのを楽しむ、肩の力の抜けた不良親父という感じ。
でも巡礼は20回くらいしている。
$Wander the World

足首を痛めて早く歩けなかった私は、道中休む度に、一服してるミゲルと出くわした。
そこで、巡礼中だけどBarで一緒に飲み始め、赤ワイン×2、次のBarで白ワイン×2・・・とはしごし、
最後にはホロ酔い気味で、多くの人が抜かしていく中、ケラケラ笑いながらゆっくり歩いてた。
$Wander the World

この日から、Barを通るたびに、ミゲルの姿を探すようになり、
昼から飲んだり、夜もまた飲みに行ったして、すっかりBar友達に。

そんなミゲルと自転車巡礼者と、アストリアからを抜け、いよいよコンポステーラのあるガリシア地方へ!
$Wander the World


そうこうして毎日ちょっと早めに起きて長めに歩いていたら、数日後、宿で
イタリアングループ、テールらと嬉しい再会、追いつくことができた!

再び一緒に歩き出したテールが、足首を痛めていた私のバッグを持ってくれた上に、
杖用の枝を探してくれている、の図。
$Wander the World
ここから数日、足首は腫れてかなり痛み、彼が荷物を持ってくれたり、
道中笑わせてくれたりしなかったら、辛かったろうなぁと思う。

アストリアから一転、ガリシアはがらりと印象が変わった。
$Wander the World  $Wander the World  
丘の上から見渡す、パッチワークのように広がる緑。より雄大で開放的で、優しい景色が多かった。
$Wander the World $Wander the World


そういえば、パウロ.コエーリョの「星の巡礼」には、
巡礼者は村人や神父に敬われる、みたいなことが書かれていた気がするけど、
すっかり観光化し、さらに混みあう夏の時期、そんな空気は微塵も感じなかったなぁ・・
それでも、素朴な村で、ご高齢の村人に道を聞いたり、湧き水が無いので水を頂けないかお願いをすると、
親切に答えてくれ、庭先や畑の梨やリンゴをくれたりすることもあった。
$Wander the World $Wander the World
民家で、リンゴを一袋もらったときは、本当に嬉しかった。


コンポステーラへと近づくにつれ、大きめの町が増え始め、巡礼者も増えて、道もだんだん混んできた。
夕方、宿に着くともういっぱいで、町のスポーツセンター(体育館)で、
難民状態になって雑魚寝することも多くなってきた。

O Cadavoという町に着いたときは、ちょうどフィエスタ(祭り)が開催され、
ミゲル、テールらとBarで飲んで、0時から、ライブを見に特設ステージへ。
$Wander the World
陽気なブラジリアン音楽に、地元のおじいさんおばあさんも踊る踊る!

スポーツセンターで寝る利点は、門限がないこと!2時頃帰って寝たのは私たちだけだったけど。


次の大きな町Lugoにテールと着いたときは、
80人近く収容する大きなアルベルゲなのに、もうコンプリート(ベッド終わり)。
・・・と思いきや、受付終了ギリギリまで残されていた障碍者用のツインルームを運よくGet、
欧州にして、たった5ユーロで快適なツインルームに泊まらせてもらった。
しかも、ドア代わりのバリアフリーの大きな窓付きだったから、
門限後にこっそり忍び出て、修学旅行生のような気分で、ドキドキしながら夜の街を散策。
$Wander the World
ルーゴは、日中よりも夜が美しかった。


そして、カミーノ・デ・プリミティボ最後の村に到着。
ここから先は大きな宿泊施設が多く、キッチン付の小さなアルベルゲに泊まれるのはこれが最後だった。

スパニッシュのヴィクトリアがトルティーヤ・デ・パタタ(ポテト入りスペイン風オムレツ)を、
ミゲルがレンテルスープを作ってくれた。
$Wander the World
ワイン飲みながら、時間をかけてゆっくり料理し、よくしゃべり、笑うスペイン風食卓。
この後は村唯一のBarでやっぱりワイン。


ここを出た翌日は、ついにMelideにて、カミーノ・デ・フランセに合流。
170ベッドある宿は既にフル、スポーツセンターにもものすごい数の人々が既に陣取っている。
人気のフランス人の道は、混みようが違う・・!
ノルテ、プリミティボと歩いてきた私たちは、圧倒されるばかり。

ちなみにメリデは、スペインの中でも、ベスト・プルポ(タコ)が食べられるということで有名な町。
その中でも、ベスト・プルペリア(プルポを出すBar)をテールがリサーチしてくれ、地元の人一押しのBarへ。
$Wander the World
新鮮なタコにオリーブオイルとスパイスがほどよくからみ、うーん、最高!
ここではワインを、お碗のようなもので飲む。は~幸せ。疲れが吹き飛ぶ瞬間だ。

Melideでもフィエスタ中。休暇中のスペインでは、週末はどこでも祭り。
夜中まで賑わう通りの特設ステージで、オーケストラ&合唱団のコンサートを鑑賞。
足の痛みを冷やすためにBarで氷をたっぷりもらい、夜中にスポーツセンターへ戻ると・・・
今度はいびきの大合唱だった。眠りの浅い方は、耳栓必携!笑

ちなみに、多くのアルベルゲでは、ドミトリーからやや隔離された場所に、
いびきをかく人用のベッドが設置され、自覚のある人は自主的にそこで寝ることになっている(笑)。

※あ、巡礼される方は是非、メリデのアルベルゲの隣のフレッシュ・ベーカリーをお試しあれ!!!!
大きな丸いパンに、デニッシュに、スポンジケーキに・・いくつか試したけれど、
どれもスペイン一のクオリティで二人で大興奮!!
町からけっこう離れた野原で朝食をとっていたのに、テールは買いに戻ったほど。


メリデを出ると、コンポステーラまではもう60kmを切る。
ここから私たちもカミーノ・デ・フランセを歩いたのだけれど、もうほんとに、どこを歩いても人!人!人!
コンポステーラで交付される巡礼終了証明書をもらうには、最後の100kmを歩くのが条件となっているため、
その距離を歩きに来たスペイン人であふれかえっている。

皆、新品の靴、服、カバンで、2,3日だけだからとにかく軽装。
さらに荷物を車で運ぶサービスを使っている人もいて、手ぶらの人も見かける。
ででもなぜか、ウォーキングスティックは持っていたりする。道は平らなのに・・

森の中の小川も、憩う人たちで混み合っている。
$Wander the World
そんなオンシーズンだから、スパニッシュ・ヒッピーが、
チャイ&スウィーツに楽器演奏をして、ドネーション制の店を開いてた。笑


どこもかしこも矢印だらけ。
見つからなくて道に迷った日々が恋しいくらい、多すぎる。。
どこのサインボードも落書きでいっぱいだし。
$Wander the World

巡礼用のカフェ、バーは至るところこにあって、無人果物野菜販売所まであり、
5kmごとにプライベート・アルベルゲが出てくるようになった。。

そんな中、「ツルグリーノ(ツーリスト&ペルグリーノ=巡礼者を混ぜたた言葉)。
ゴミを置いてかないで!!」と皮肉った地元民による看板があった。

うーん、、夏場にフランセを歩くのはきついな。。

宿代わりのスポーツセンターもいよいよあふれかえりすぎ!
イタリアから来た、ユニフォームを着たボーイ/ガールスカウト集団がやたらと増えた。

「今年も大盛況」と報じる新聞。
$Wander the World

もうキッチン付き宿などないこの頃の、われわれの夕食の定番メニュー。
$Wander the World
丸いパンを切って、野菜をしき、オリーブオイル&塩をかけて頂くサラダパン。
トマトとパプリカは本当に味が濃くて美味しいし、
オリーブオイルは魔法のドレッシングだから、これとワインで大満足。
ちなみにこのボトルは70セント。味も悪くないからすごい!


翌朝はいよいよ、コンポステーラに到着する日がやってきた。

体育館での朝は早い。
5時くらいから、トーチでパッキングを始める人たちが、大声で話していたりしてうるさい。
午前中、町の巡礼宿を通ると、もう到着した人たちが、受付が開くのを列を成して待っているではないか!
皆、急ぎすぎ。

以前、小さな村の宿で一緒になった巡礼リピーターのスペイン人男性が言っていた。
「今の巡礼者は皆、ストレスを抱えていて、距離を稼ぐことばかり考えている。我先に、と行き急いでいる。
僕はもっと自然の中を歩き、教会を訪れ、地元の人と話し、景色を楽しみたい」と。
確かに、「今日は40Km歩いた!」「14時には到着した!」と胸を張る人たちもたまに見かけ、
早朝の暗い中、早歩きして、景色見えるのかな、と思ったりもした。
達成感を得るのも、楽しみのひとつかもしれないけれど。


もうすぐ着いてしまうのか、と切なくなりつつ一歩一歩をかみしめる。

・・がいつにも増してカフェも、サインへの落書きも、路上のゴミも多くなって、複雑な気分。。


コンポステーラまで5kmのところで、Monte de Gozoの大きなサンティアゴモミュメントの前に到着。
$Wander the World  $Wander the World

その前に建つ教会の庭の芝生で、マットしいて休んでいたら、
ツアーバスから降りてくる大勢の観光客が到着しては、コンポステーラへと向かっていった。

最後の数キロを歩くと、やがて大きな住宅街が見えてきて、
ついにサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着。

そしてついに、サンティアゴの墓のある大聖堂の前に到着。
はぁ~~~ついたねーーー・・・と立ち尽くしていたら、続々と、道中出あった巡礼者たちと再会。

「おぉぉぉ、もう3日前に着いてたの?早く歩いたねー!うちらが遅いのかー。」
などなど言いながら、知ってる顔がどんどん飛び込んでくる。

$Wander the World
足を痛めた頃、ゆっくり歩いていたので、先に行ってしまったイタリアングループとも再会できた!


聖堂近くの巡礼オフィスで、巡礼証明書を発行してもらう。
$Wander the World
まぁこれはおまけみたいなものだけど。
テールは、「敬虔なカソリックのおばあちゃんに捧げる」といって、すぐにコンポステーラ郵便局からベルギーへ郵送。
若いヨーロピアンが、「巡礼は親、祖父母の夢だったから」みたいなことを言うのを時々聞く。


ところで、コンポステーラの宿は、巡礼用、プライベートのもの含め無数にあったけれど(そして高い)、
私たちが泊まった、夏のみオープンするドネーション制のアルベルゲは、すばらしかった。
カミーノ・デ・フランセに入ってから、宿、Bar、インフォメーションセンター、
どこもスタッフから、親切、フレンドリーさが消え、事務手続き的な人が増えていたけれど、
この宿は、本物の奉仕活動者が、温かい笑顔で、一人ひとりを丁寧に迎えてくれる。
元修道院の中にあり、久々にベッドもGet!

夜は、大聖堂のミサに参加。
$Wander the World

いつになくまじめになったテールが、「セイントは写真に撮っちゃいけないのに・・」
とミサの間も歩き続け、写真を撮る観光客を嘆いていた。
聖堂では、家族のためにキャンドルを灯そうと話していたのに、
灯すキャンドルも電気にとって代わられていて、悲しい教会だ、と。
聖地とはいえ、スペイン最大の観光地のひとつだから、仕方の無い部分も多々ある・・

事実、この町は、大勢の巡礼者と観光客、そして大学生でにぎわっている。
聖堂前の広場でも、音楽や踊り、カソリックグループによるパレードなど、あちこちで盛り上がっていた。
$Wander the World

アルベルゲに戻ると、夜の10時から階上のチャペルで、宿泊している巡礼者のためのミサが行われた。
参加者は30人ほど、静かな沈黙の後、神父さんによる祈りの言葉があり、
各国から集まった巡礼者もそれぞれ、母国語で祈りの言葉を読み上げる。
スペイン、ドイツ、オランダに続き、日本語を読ませてもらい、
フレンチ、スカンジナビア、ロシア、イタリア語と続いていった。神への愛の言葉だった。

その後、神父さんによる話があった。
「この先も、あなたの人生の旅は続いていくのです。矢印はここ、あなたの中にあるのです」
「Be happy. Make all people happy.」

皆で輪になって手をつなぎ、キャンドルが回ってきて、
日本を含め、自然災害で亡くなった人々、行方不明になった子供など、
最近起こった悲劇のために、皆で祈った。

最後は、巡礼者、神父、スタッフ、皆とハグして終了。
初めて会ったのに、感激しながら抱きしめ、キスしてくれる人がいて、素敵だなぁと思う。

笑顔の人、感極まって泣いている人、静かに物思いにふける人・・それぞれの想いがチャペルを包み、
あぁ本当に到着したんだなぁ、と改めて実感。心から満たされた気持ちになった。

最後にそんな演出をしてくれた宿に、そして道中色々助けてくれたテールに感謝。

しかし我々の巡礼はここで終わりではない。
ここからさらに西へと巡礼路はさらに伸び、大西洋までつながっている。
2日コンポステーラで泊まった後、再び歩き始めた。
(巡礼記・完へつづく)

その他の写真はこちらからどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


最後まで読んでいただき、有難うございました。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

2011年09月20日

カミーノ・デ・サンティアゴ 巡礼記①

テーマ:スペイン
スペイン北部、バスク地方をキャンプしながら進んだ後、Santanderという都市から、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの道を歩きを始めた。
この巡礼カミーノ・デ・サンティアゴこそ、今回、西アフリカからヨーロッパに戻ってきた最大の目的だった。


カミーノ・デ・サンティアゴの歴史は2000年近くに遡る。以下要約。

イエスの死後、スペインで布教活動をしていた十二使徒の一人聖ヤコブ(スペイン語名:サンティアゴ)が、エルサレムに呼び戻され、首を斬られて殉教したのが紀元44年。
弟子たちがスペインに遺体を運ぶが行方不明になり、長い歳月を経て813年、星の光に導かれた羊飼いによってヤコブの墓は発見された。
その場所が現在のサンティアゴ・デ・コンポステーラで、これを記念して墓の上に大聖堂が建てられ、
ローマ、エルサレムと並ぶキリスト教の三大巡礼地のひとつとして、
ヨーロッパ中の人々がサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かって巡礼の旅を始めた。

今では、世界中から年間10万人以上もの人々が巡礼するこの道(去年は聖ヤコブ年で20万人超え)。
宗教目的だけでなく、観光、異文化体験、スピリチュアルな学び、自分探し、体力づくり、・・と目的は人それぞれ、誰にでも開かれている。
イスラム教が台頭してくる中、サンティアゴはスペインの守護聖人とされ、今もスペイン人の巡礼者が半分以上を占めている。


カソリックでもない私が、何でこんなにこの道を歩きたかったのかよく分からない。
けれど、私は、巡礼というものがとても好きだ。
祈りのエネルギーに満ちた道を歩いていると、心が透明に浄化されてくる。
チベット、ネパール、インドはじめ、聖地のパワー、巡礼路の美しさに圧倒されてきたから、
1000年以上に渡って、何千万という人が祈り続けた道を、ただただ歩いてみたかった。
車も電車もなかったころの人々が、杖とマントとひょうたん水筒とずた袋だけで、どのように歩いてきたのか、感じてみたかった。
今では道はすっかり整備され、観光局も力を入れ、何もかも変わったこの時代に、
古代の人々と全く同じスタイルで歩く、というのは無理だけれど、同じ行程を歩くことはできる。

それに、国の端から端まで歩けることなんてそうそうない。
普段、乗り物、燃料を使いまくる生活(旅)をストップして、プリミティブな方法で、地球の広さを味わってみたかった。
はたまた、中世ヨーロッパをジプシーのように旅していた、という過去性の記憶が、私をこの道に運んできたような気もする。

$Wander the World



フランス国境からコンポステーラへの主なルートは二つ、カミーノ・デ・フランセ(フランス人の道)と、カミーノ・デ・ノルテ(北の道)。
当初は、最もメジャーなフランス人の道を歩く予定だったけれど、オンシーズンはものすごく混むらしいので、夏はより美しいと聞いたカミーノ・デ・ノルテを歩くことに。
友人とキャンプしながらノルテをなぞる形で進んでいたので、別れた後、そのまますぐ目の前の道を歩き出した感じ。
Santanderからは、全行程800Kmの半分強の、約500Kmの行程となる。


<前半:カミーノ・デ・ノルテ Santander ~ Oviedo>
$Wander the World
7月30日。
美しい夕焼けを見た翌朝、ついに、念願のサンチャゴへの道を歩き出した。幸せで胸がいっぱい。


・・・しかし、荷物が重い!
8kg前後が理想と言われる中、18kgものバカ重い荷物を運ぶ変人はそうそういない。
けれど、オビエドにいる知人が荷物を預かってくれるというので、そこまで1週間は運ぼうと。

カミーノ・デ・ノルテがこんなに山道続きなんて知らなかったんだよ。。
急な上り坂が8km続いたり、下って登ってまた下って・・ 登山じゃん!
一時間に3kmしか進まなかったことも・・・。
$Wander the World

巡礼者が少ない分、アルベルゲ(巡礼宿)も少ないから、20km先まで宿がなかったりすることも・・
(あっても、7個しかベッドがなくてもちろんいっぱい)。

加えて、巡礼の目印である黄色い矢印サインもめちゃ少なく、10Km先まで矢印を見ないなんてことも・・。
$Wander the World

村人に聞こうにも牛しかいなくて、迷って途方にくれることもしばしば。。
小さい村や山では、商店やバーも少ないから、買えるときに飲料、水を補充しておかないといけない。


でも、ノルテを選んで本当によかったと思う。

整備されていない分、巡礼度は増すし、特に前半の道のりはハイシーズンなのに混み合っていないのだ。
私の場合、荷物が重いから、夜遅めに宿に着くので、朝もゆっくりめにスタートし、
美しい景色があればゆっくり休んでランチして、シエスタして、テントでたまにキャンプ。

$Wander the World

そんな風にマイペースに歩いていると、一日に見かける巡礼者はたった数人、
人気の町や都市ではなく、小さい村を好んで泊まっていたら、
アルベルゲには二人だけ、ドミトリーを独り占め状態だったこともあった。

泊まった村や町の景色。
$Wander the World

商店さえなく、一軒Barがあったのみの村。
$Wander the World

$Wander the World

$Wander the World


海沿いを歩いていくノルテの道は、本当に本当に美しかった。

遠くの山々、芝生の青緑にのんびり放牧された牛たち、抜ける青空に時折見える海、ビーチで聴く波の音、
大きな庭付きの古い家、石畳の道、車の通らない古い村々、中世から守られてきた古い教会・・・
はっと心を奪われ、立ち止まることは度々あり、顔は自然と笑顔になってくる。

$Wander the World

$Wander the World

$Wander the World

$Wander the World

ひたすらバッグの重みに耐えて、坂を上りきった後、
不意に目に飛び込んでくる海の青は、疲れを吹き飛ばすごほうびだった。
ベリーもたくさんなっていて、脚を休めつつ、ベリー狩りにふけることも。


田舎道を抜け、野原を歩いていると、おじいさんに話しかけられた。
「ここからの道はビエン!ビエン!(いいよ) ずっと緑が広がって、道も平らだぞー!」
$Wander the World

その向こうには、本当に気持ちの良い景色が待っていた。
草原の果ては青い海、サーファーが浮かぶ以外誰もなくて、風が絶景を吹き抜けていった。
ノルテというと、まずこの風景、風の感触を思い出す。


回り道してビーチに降りて、町で買っておいたバゲットにタコを挟んでランチ休憩。
丸い水平線を見て、この海は地球の向こう側にもつながっているんだなぁと、
カリブ海の方にいる友人たちのことを想ったり・・。
$Wander the World


最初の宿で会い、以降一緒に歩いたり夕食を食べたりしたイタリアンたち。
$Wander the World
カミーノは2回目の弁護士4人&シンガーの女の子のグループ。彼らの作るパスタは絶品!

$Wander the World


歩き出してから1週間ほどが経ち、知人の住むオビエドが近づいてきた。
彼に伝えた日に到着するためには、前日に35km歩かなくてはならない。
肩も腰も疲労がきつくて、最後の数キロはバスに乗ろうかと考えていたら、一緒に歩くようになっていたベルギー人のテールが助けてくれ、後半、彼の10kgのバッグと交換してくれた。

$Wander the World

ちなみに、彼もバックパッカー。アジアを2年旅して、なりゆきで巡礼を自転車で始め、
道中、人と話せないので自転車を人にあげて歩き出し、
はじめは彼も18kgの荷物を15日間担いで、一日に55km歩いたこともあるというノッポの超人。


$Wander the World


その夜のアルベルゲは、修道院の一角。
夜はミサに参加し、メキシコから来た神父さんと語らい、すばらしい場所だった。
$Wander the World


こうして翌日、ついにオビエド到着。
$Wander the World


Ramon氏が迎えに来てくれ、その夜はアルベルゲではなく、
彼の友人家族の住む高級マンションに泊まらせてくれた。
久々の個室、あつあつのシャワーに疲れを癒し、
夜はレストランで、タコ&エビ絶品ソースがけ、ハム&チーズ、リオハワインなどなどすっかりご馳走になった。

アップルサイダーは、高い位置から注ぎ入れて、泡をたてる。
$Wander the World


ところで、このRamon氏との再会は奇跡だった。
出会いは昨秋、ブルガリアからルーマニアへ、ずっこけ夫妻とヒッチハイクしている途中、乗せてくれたのが彼。
9ヵ月後、ガーナにいた時突然メールが届いて、脚の故障でブルガリアからスペインに戻ることになった、と。
彼の家は巡礼の道中。私もフランスに飛びスペインを歩く予定だったから、突然のこのメールは、スペインからの招待状のような気がした。
それにしても一度だけのヒッチハイクでの出会いなのに、こんなにも親切にもてなしてくれるなんて!


翌日はゆっくりオビエド観光。圧倒されたスペイン一美しかったオビエドの荘厳華麗な教会。
$Wander the World

$Wander the World

この友人宅に2泊目もお世話になる予定・・・が、失態をやらかしまして。
泊まらせてもらったのは、彼の友人家族のマンションで、
旅行に出ているところを一人で使わせてもらっていた。
家族に内緒だったとは知らず、家の電話を彼からのものと思って出てしまい、
家族はびっくり仰天→困惑→問題に。

急遽、荷物をまとめ夜な夜な家を出ることになり、
結局、2泊目は夜中にアルベルゲに侵入し、庭にテントを張って寝たのでした。。笑


そんなトホホな結末ではあったけれど、ここで荷物を半分に減らしてコンポステーラへと郵送、
リフレッシュした気分で、身軽になって再び歩き始めた。
(巡礼記2へつづく)

その他の写真はこちらからどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


最後まで読んでいただき、有難うございました。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

2011年08月08日

バスク地方 ビーチ休暇2

テーマ:スペイン
Zarautzを出た後、バスクの都市Pamplonaを訪れる予定だった。
が、電車待ちが長く、高い急行しかないことが分かり、
ビーチライフに味を占めた我々は、途中で海沿いへ引き返すことに。

Dabaという町からバスで、キャンプ場のあるOncarroaという海沿いの町へ。
キャンプ場はいまいちだったけど、漁船のたくさん止まった湾や町の中心の雰囲気が大好きだった。

子供たちが駆け回り、若い人も多いのだが、郡を抜いてお年寄りが多い。
それも皆、その辺でしゃべりまくり、バールでワインにビールを飲みながら、タパスタイムを楽しんだり.. 皆ラブリー、とてもいい顔してて、生き生きしていた。
ツーリストもほとんどいなくて、タベルナ(食堂)も地元の人オンリーなのが心地良かった。


翌日、ビルバオへ。
バスは、田舎の山道のワイルドな自然、古い家々、崩れ落ちそうな建物などを抜け、
ビルバオをさくっと散策してからは、、やっぱり目指すは海!
メトロで郊外の街Plentziaへ、そしてさらにバスでGorlitzという村に到着。

Wander the World


いやー、ここで泊まったビーチ近くのキャンプサイト が素晴らしかった。
なるべく自然をありのままに生かした作りながらも、設備が至れり尽くせり!!
バスルームのお湯は完ぺき、ランドリー、ドライマシーン、アイロンまである(天気が崩れやすいので)!

商店には食材も揃い、レストラン&バーは地元の人が足を運んでくるほど定評があり、
スタッフ(特にドイツ人ご夫妻)がとてもいい人たちだった!

どうりで熟練キャンパーがたくさん訪れ、ほぼ家のようものを建てて長期滞在していたり、
キャンプといえば、のダッチツーリストもわんさか来ている訳だ。


そんな親切なスタッフにBBQ用の炭やらトン具やら恵んでもらい、念願の料理?BBQ。

Wander the World
スペイン、特にバスクエリアは、肉、魚料理が中心。
食堂でべジ料理はありつけない。
この辺の野菜は本当に美味しいのに、なんてもったいない。。
ということで、10人分?ってくらいの野菜を買い込んで、久々に野菜に感動し、
肉食のイーフが呆れるほど食べて、最後には気持ち悪くなった。。。
でも、パプリカ、ズッキーニ、ナスの味はほんと絶品だった!


Gorlitzは、村も町もビーチも、Zarautzに比べてだいぶ落ち着き、
若いグループより、家族連れ、老夫婦、カップルが多く、年齢層高め。
ビーチには、おしゃれとは言えないカフェが2件あるだけ。

Wander the World

海も波があまり無く、海水浴に最適。
Wander the World

そんなわけですっかり気に入ってしまい、1週間滞在。
本当はもっと数カ所動くと思ってたのに、ついにイーフの休暇の最後までいてしまった。


湾を形成する丘の上へと登っていくと、海に突き出た断崖に、美しい芝生が広がり、黄、ピンクの花ばなが咲いていた。
Wander the World
寝っ転がって大きな空を眺め、海からの風に心身を浄化してもらった。

何世紀も見捨てられたような塔の一部に、だれかが残した焚火の跡が。
Wander the World

海に隣村へのトレッキングに、かわいらしい町に。。Gorlizは本当にいいところ。


ちょうど週末、Gorlizの中心で、祭り&カーニバルに出くわした。

大人から子供まで、バスクのこの州のユニフォームを着て、通り中、人だらけ。
バールは外にカウンター出して、ワインもビールも飛ぶように売れている。

Wander the World

農家やスポーツチーム、地元の色々な団体が練歩き始め、
子供たちは大興奮、ほんの10歳くらいの少年たちが、カーニバルに参加する女性に投げキッスしまくっ
ている。血がラテンですね。

Wander the World

大人も顔をしわくちゃにして、楽しんでいて、
参加してる人々、そして何より観衆の楽しんでいる姿に魅了された。

Wander the World


Wander the World


Wander the World

カーニバルが終わっても興奮冷めやらず、ブラスバンド楽隊が通り、皆踊り、
夜中には各バールから音楽がガンガン響き、通り一体がクラブと化していた。


海沿いを歩いて30分、隣町Plentziaも、心がなごむ町だ。
シエスタでひっそり静まり返った古い石畳の道に、
出窓やドアノブ、番地プレート、花の飾り方...細かいデザインのかわいい家々が並び、素敵な教会、2軒発見。

前には、いつも地元の人たちで大にぎわいの、雰囲気がとてもよい古き良きカフェがあり、
ここで、なんとも恐ろしい見た目の魚介プレートに挑戦。

Wander the World

一見、怪物のひづめにナイロンテープが巻かれたようなぎょっとする見た目で、
どうやって食べるのー?と手間取っていると、通りすがりのおじさんが簡単に身を取り出す方法を示し、笑顔で去っていった。

その中身のおいしいこと!
磯の香り、中からあふれるコクダシスープに、郷愁を感じる。
あぁ島国の血よ、万歳!
これには、山と牛しかないスイス(といつも冗談言ってました、笑)から来たイーフも大満足!



最後の日は、ビーチでヨガをし、泳ぐには寒すぎたので、砂浜をはだしでジョギングをした。
退院後、体はだいぶ回復したけれど、しばらく、走ることができなかったのに、
走れるようになっていた! 早くはないけど、ちゃんと体が動いてくれる。

退院から一カ月半、またまた健康体がが当たり前に感じつつあったけれど、改めて健康に感謝。

走り終えると、温まった体で勢いで海へ!
あんなに冷たかった水も、泳いでいれば適温。
水上でぷかーっと浮いていると、ビーチから、何でこんな中泳いでるのかしら?という視線が注がれてくる。
全然寒くないんだよー。むしろ気持ちいいんだよー。

Wander the World


最後の夜は、我々お気に入りのバールへ。。
いろいろ試したけれど、ここのタコのプレート、リオハワインが最高なのだ!
(グラス一杯1ユーロちょい!)

Wander the World

店の前はライトアップされた教会。
良い夜をね、とバールから出ていくおじさんたちが声をかけて去っていく。
ワインおかわり。あー。幸せだー。
Wander the World

夜はやっぱりテントでリオハワインと大好物のオリーブ。
Wander the World


そんなこんなで、休暇が終わりに迫ったイーフは、予定より既に2泊延泊していたのだが、
ついにビルバオのバスターミナルで、2週間旅したイーフとお別れのときがきた。
彼はフランス経由でスイスへ、私は逆方面のSantander行きのバスチケットを買った。


イーフのバスを見送ると、彼がくれた手紙を読んだ。
短い間だったけど、私たちの人生がまた交わったこと、出会いと再会への喜びと感謝の気持ちがつづられていた。
どうかこれからも、健康で、安全で、元気に旅を続けられるように、との願いが込められていた。


何だかビルバオの駅でひとり泣けてきた。

ありがとう。時間をシェアしてくれて。

彼の発する言葉の80%はギャグで、いつもガハガハ笑い合っていた。

人を思いやること、目の前の人を楽しませること、この時間を大切にすること。
何も責めない。受け止める。

そんなことを教えてもらった気がする。
再び巡り会えてよかった。


遅れてようやく私のバスは到着し、Santanderに到着した。
ここから巡礼を開始し、毎日重いバックパックを背負って25-35km、てくてくひーひー歩いて1週間。

今いるオビエドで、知人と再会し、体を伸ばし、ここで荷物を軽くして再出発。
2週間後には、最終地点サンティアゴ デ コンポステーラに到着している予定。


フランス、バスクで出会った皆、思い出に光を送り、
今日も、元気に歩いています。西へ、西へと!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後まで読んでいただき、有難うございました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

2011年08月06日

バスク地方 ビーチ休暇1

テーマ:スペイン
スイスから列車で15時間かけてバイヨンまでやってきたイーフと、フランス国境最後の街Hendaiaへ。
そこからバスク地方のローカル列車乗り換えて、スペインへ入国。

窓から見える家々のベランダには洗濯物が干されるようになり、車内の人々の話し声がとたんに大きくなった。
駅名、ポスタ-、看板何でもバスク語とスペイン語のW表記。
たまにバスク語のみ。英語なんて存在しない。笑
どこまでも誇り高き文化圏だ。

Wander the World



San Sebastian経由で海沿いの町Zrautzに到着。

Wander the World


Wander the World


週末、休暇で欧州各地からやって来た車でにぎわうキャンプ場にテントを張った。

Wander the World



Wander the World


Wander the World

町の中心、透き通る海が見渡せる丘に登って、まっ青な空の下ででランチ。
バゲット、チーズ、生ハム、貝、オリ-ブ、トマト、アボガド、フルーツ、赤ワイン...
そしてフランスから買ってきた破格のフォアグラ!
その辺の商店で揃う食材で大満足できてしまう。


あとはひたすら、美しいビーチにでごろんと横になり、本を読み、
シエスタし、身体が火照れば波間に浮かび、またごろごろ。

Wander the World

裸もいれば、サーファー、家族連れ、ビーチスポーツを楽しむ人たち、二人の世界に入り込んだカップル,,,
と皆思い思いに楽しんでいてとても自由。


夜はビーチ前のステージでレゲエライブなんかを見ながら、やけど気味の身体を夜風に浸す。

スペイン人の夕食は遅いので、小腹が空けば、その辺のバールでタパス(カウンターに並べられた軽食)をつまむ。
周りを観察しているのが面白い。
道端やらバールで大声でしゃべりまくるおじさん、おばさんのスペイン語の音は、
たまに酔っぱらいの日本語に聞こえるのだ。

また、スペイン語で[アキ]、は[aquí]、ここ、という意味。
至るところで私の名前が呼ばれてる気がして、ついつい振り返ってしまう。。

そして21時過ぎ、地元のおじさんらで賑わうタベルナを探すと、確実においしい料理ありつける。

Wander the World

タコ、パエリヤ、白身の魚、イカ、、と日替わりで魚介類を堪能。
赤ワインが最高! 本場サングリアも感動のおいしさ!
コーヒーの味も格段と良くなった。クロワッサンは劣るけど。。

店員の態度もよりフランクになり、自然体が心地よい。
そんな素晴らしい食事と、人情味あふれる人々、ぺらぺらしゃべるスペイン語に触れ、にやにやしてしまう。
あぁついにずっと着たかったスペインに入ったんだなぁ。静かに感動している。


こんな風に、完全ツーリストなビーチライフを送りながらも、
ふと、2カ月前にいたアフリカのこと思い出すことがあった。

ガーナの漁村で一っぴき10セントの焼魚をかじり、ミロを飲み、
子供たちと遊んだりしたビーチの日々とは何て違うんだろう!
ここにはお金持ちがたくさんいて、まったくの異世界に来た気分になる。

Wander the World

フランスの街なかではお金持ちほど不満を多くぼやいていて、
アフリカから着いたばかりの時は、物質界の矛盾を感じずにいられなかったけれど、
とにかく今、ここはバケーション。
皆仕事や日々の雑事、ストレスから離れて羽を伸ばし、顔の筋肉も緩んで、
家族とゆっくりと楽しんでいる。日々頑張ってるんだなぁと、何だかすべての人が愛しく見えた。

西洋人の休暇の楽しみ方にすっかり習って、こちらもひたすらリゾ-ト気分を満喫させてもらった。


Zarautz滞在中、日帰りで訪れたサン セバスチャン。


Wander the World

ネオゴシックの教会に、丘の上から見下ろした湾。

Wander the World


Wander the World


さらにZarautzから山を超え、5km離れた隣村のOrioへ。
Wander the World

大きなブドウ畑、緑と牛と大きな農家の家の横を通り、San Martinの教会に到着。
サンチャゴ巡礼中の人々とかなりすれ違い、心の中からエールを送った。
私ももうすぐ加わるからねー!

Wander the World

Wander the World




Wander the World


こうしてのんびり5泊したZarautzを後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後まで読んでいただき、有難うございました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

2011年07月31日

奇跡の地、そしてバイヨンで再会

テーマ:フランス

南仏Toulouseを出た後、向かったのはPau(ポー)という小さな町。
キャロラインの友人クレアの弟が泊めてくれるというので、
都市続きだったので小さな町を見てみたくて、急きょ訪れることに。


ちなみにフランスでは、列車やバスよりずっと安く移動するために、このサイト を活用。
行き先が同じドライバーを探し、ガソリン代をシェアするシステム。
病み上りでヒッチモードでは無かったので、フレンチの友人に手伝ってもらい、いつも利用していた。

Pauまで運転してくれたのは、フレンドリーなモンペリエ在住のワインコンシェルジュで、
バイヨンにある実家の夕食に招待してくれた!
タイミングが合わず行けなかったけれど、とても楽しいドライブだった。
Toulouseまで運転してくれた人は、忘れ物をわざわざ届けてくれたりと、
思いがけず、フレンチの気持ちのよい優しさに触れることができた。


さて、Pauは、素朴で愛らしい場所で、お気に入りの町になった。

Wander the World


トラムもメトロもない小さな静かな町で、古いカラフルな家々、美しい城、教会が建ち並び、
森林のような大きな公園があり、晴れていたら街からもアパートからも、ピレネー山脈が見渡せる。

Wander the World


Wander the World


フォトジェニック過ぎて、カメラのない旅、快適だったのに、つい安めのカメラを買ってしまったよ。。
でもやっぱり愛用だったリコーには叶わない。


お世話になったフランソワは、とってもおっとりと優しく、かつ面白くて、お姉さんのクレアそのまま。

Wander the World


一緒に料理を楽しみ、夜はワインを持って公園で、ビッグスクリーンでアートなアニメを鑑賞。

週末は、多くの地元民がフリーシネマを楽しんでいる。


翌日には、Pau近くにあるヨーロッパの一大巡礼地のひとつ、Lourdesへ、車で連れて行ってくれた。

Lourdesは、19世紀、ひとりの女性が聖母マリアを何度も目撃してメッセージを受け取り、
その泉から湧き出る水が、大勢の人々の病を治して一大聖地となった。
今でも世界中から巡礼者が絶え間なく訪れている。

その日はちょうど日曜日で、静かなPauから一転、団体客、家族連れで大にぎわい。

教会前では、大きな群衆に見守られ、祈りのセレモニーが行われていた。

Wander the World



Wander the World



マリア様のお告げで建てられた教会のミサに参加し、
教会裏の岩からしみ出る聖なる水にふれ、久しぶりに祈りと神聖な気持ちに心を落ち着けた。

Wander the World




Pauを出た後は、バスク地方へ突入、海に面した町バイヨンへ。

Wander the World


Wander the World


お世話になった68歳の女性マチルダさんが住んでいたアパートは、
バイヨンで最も美しいと言われるGrand Bayonneというオールドタウンの目印、大きな教会のすぐ前。毎朝、鐘の音で起床。窓を開けると、目の前は大聖堂!


そのそばでは、バスクフェスティバルが開かれていた。
Wander the World



言葉も民族も独特の文化を持つ、南仏、北バスペインに股がるバスク地方。
劇や音楽、ゲーム、食べ物などが紹介され、誇り高き彼らの民族意識を感じることができた。

Wander the World




バイヨンにいる間、スイス人のイーフが、仕事の休暇の間、私の旅に合流することに。
ふたり目のホスト、バスク出身の青年ティエリが私たち二人まとめて面倒見てくれることになり、一緒に駅へ迎えに行った。


2年前、ミャンマーのトレッキングで出会い、昨秋、スイスで再会したイーフとは、
9ヶ月ぶり、3度目の再会。また再び旅を共にできるとは!


バイヨン隣町アングレットのビーチを訪れ、
海沿いを歩いて、隣町のリゾート地ビアリッツへ。

Wander the World

サーフィン大会も行われるここ、上級サーファーが多い。


久しぶりに感じる潮風、海、水平線。
イーフと思い出話、近況報告、バカ話に大笑いしつつ、裸足で砂浜を歩く。
うーん、やっぱり海辺は最高。


この日はちょうどフランスのナショナルホリデー。
ビーチはすごーーーーーーーい人の数。

Wander the World

敷物の間にすき間がない。。それでもトップレスの多さは、さすが西の文化だなぁ-。
裸なのはやっぱりドイツ人かしら。


素晴らしいホストのティエリはいつも私たちに夕食を用意してくれ、

Wander the World

ちょうど閉店となってしまう伝説の老舗バーや、
アイリッシュパブのライブなどなど連れて行ってくれた上、
バスク地方の見どころ、いいキャンプサイトなどあれこれ教えくれ、詳細を調べあげてくれた。
何というクールガイだろう!とイーフと感動しきり。


夜は、ライトアップされた橋と、満月の向こうで咲く大輪の花火を鑑賞、

3人でナショナルホリデーを祝った。
バスク、スイス、日本、、、私たち誰もフレンチじゃないんだけど。笑

舞い散る火花が、光る星屑のようで、夜空を美しく彩っていた。
美しすぎて夜空に神を感じたひととき。

Wander the World


翌日はいよいよスペインへ入国!
色々あって一カ月以上いることになったフランスをいよいよ出て、
イーフとの旅が始まった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後まで読んでいただき、有難うございました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

2011年07月29日

ボルドー&南仏の友人を訪ねて

テーマ:フランス
久しぶりの更新です。皆様お元気でしょうか。
ブログを見て心配してメールをくれた皆様、どうもありがとうございました!!!
おかげさまで、私の体は順調に回復し、かなり元気になりました!

さてさて、パリを出てからは、南仏数カ所を旅した後、
バイヨンにスイス人の友達が会いに来てくれ、一緒にスペインへ入国。
バスク地方の海沿いを2週間ほど、点々とキャンプしてました。

ついに彼は休暇が終わってスイスへ帰国、
私はバスク地方を出て、これからサンチャゴへの巡礼を始めます。
..の前に、これまでの日々をざっと記しておきたいと思います。

.................................................................................

パリを出て向かったのは、ワインで有名なボルドー。

街の中心は、ユネスコ世界遺産に登録されているらしく、
すべての建物が、中世からの造りと同じ、黄みがかった白い建物で統一されている。
教会、博物館、タウンホールのみならず、カフェ、レストラン、アパートまでも。
カラフルで混雑したパリから到着すると、もうまるで別世界。
ゆったりとした時間が流れており、中世にワープしてきたかのようでびっくりした。
街の至る所に、教会、ゲートがあり、特に夕暮れ、夜空に浮かび上がる鐘のシルエットの美しさは格別。

3泊お世話になったSylvain君の家も、古い石造りになっており、
小さな門を開けると、奥へと続いていく石の階段、古い壁、小窓が、まるで中世のお城のよう、
最上階の部屋の天井からは光がたっぷり射し込んで、すばらしい住まいに感動しきりだった。

到着した7月1日から、フランスの多くの会社、学校が休みに入ったため、
ボルドー中のカフェ、レストランはバカンス中の人たちで大にぎわい。
街を流れるGarrone川沿いでも、長い夜を楽しむピクニック中の人々で笑い声が絶えず、とてもピースフルな街だった。


ちなみに、Sylvainは屋久島を旅したことがある日本通で、中心街にある行列のできるラーメン屋に案内してくれた。
日本にあるラーメン屋さながら、注文すると、ラーメン一丁-!と活気ある日本語が響く。
カウンターに座ってるオール西洋人が、ずずずっと汁をすすっている姿は圧巻だった。


ボルドーは、物価の高い都市のひとつだけれど、マーケットでは野菜や果物がパリよりずっと安く、
アラブ、アフリカエリアでは、西アフリカの音楽、踊りをみることができて、国際色豊かな面も覗ける。
不意に再開した西アフリカのリズムには、懐かしさで胸がいっぱいになった。
マリ、ブルキナが恋しいなぁ。


最後の日は、公園でスケッチブックを持ったアーチストのおじさんに声をかけられた。
何人か分からず興味をそそられた、だって。。
アフリカで日焼けし、小綺麗な格好をしておらず、もはや日本人には見えないのか。。笑

カフェでワインをご馳走になり、たくさん話し、川の向こう側を案内してくれ、
アトリエで素晴らしい作品の数々を見せてくれ、家で夕食をご馳走になった。


フレンチは、思ってたよりずっとラテン気質だなぁ。
店員のテキトーさも含め。笑

特に中年男性。自由でアーティスティックで、人生を気軽に楽しんでいる人が多い感じがする。
旅してた季節が冬だったからなのもあるだろうけど、ドイツ以東とは全然違う。

欧州各国は隣合っているのに文化も国民性も全く違う。
スペインに入ってますますそれを実感し、とても面白い。



ボルドーを出た後は、フランス第四の都市、Toulouseへ。
2年前、ラオスのムアンゴイという小さな村でボランティアをしていたキャロラインを訪ねて。
久々の再会ながら、ピュア天で真爛漫なところは全く変わらず、
当時と同じく、喜びに満ちあふれた瞳でキラキラしてた。

ちょうど私が訪れた時、彼女の旧友2人がパリから訪れており、一緒にキャロラインの実家に居候。
日本を2カ月旅したこともある、日本好きで、とてもフレンドリーで優しいヒューゴとローマ。
滞在中はいつも一緒に出歩き、私たちに毎日入れ替わりキャロラインの別の友達が加わって、
街を案内してくれたり、公園でピクニックしたり、川沿いでシエスタしたり、
バーで飲みまくったり、タイ料理パーティーしたり。。



Wander the World



いつも学生でにぎわうToulouse中心街も、曲がりくねった細い道に入ると、
石畳に中世から変わらない赤レンガの建物、街頭が並び、情緒たっぷり。

Wander the World


大きな古い教会のすぐ前には、キャルの行きつけの、古くも笑いの絶えないバールが。
フルーティな白ワインが絶品だった。フランス最高!


Wander the World



Wander the World



郊外の緑に包まれたキャロラインの実家では、
20歳までセネガルで育ち、世界中に家族を持つボヘミアンなお母さんが、
オーガニック野菜たっぷりの素晴らしい手料理、各種手作りケーキ、数十種類のチーズやワインでおもてなししてくださった。
16、12歳の弟たちもニコニコいい子たちで、笑いに満ちた食卓に、身も心も栄養をいっぱい吸収。

滞在中、フィンランドから里帰り中のキャルのお姉さんが、フィンランド人のボーイフレンドとともに、
ピレネー山脈キャンプから帰ってきた。

滞在最後の日は彼女の誕生日。
お母さんが、ベトナムポーに各種デザートを作ってくれ、
最後まで本当に楽しい時間を過ごさせてもらった。

Wander the World

フランスにも、温かく、愛すべき人たちがたくさんいる。

そんな皆が今日も、幸せでありますように。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後まで読んでいただき、有難うございました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

2011年07月01日

パリでの日々

テーマ:フランス

まだパリです。


退院後も、検査のため、通院しなくてはならず、+2週間も、パリに留まることになってしまいました。

思いがけない長期滞在となったので、お世話になる家を渡り歩いて、4回引っ越ししてます。



一軒目は、昨年、インドで知り会ったKちゃんと、フレンチの友人の暮らすお宅へ。

彼女とは、アシュタンガヨガの聖地マイソールで出会い、

ケララのアシュラムやヨガセンターで再会したのだが、

偶然にもここパリで再会し、命を救ってくれた力強い縁に、感謝してもしきれない。


マイソールで私たちを結び付けてくれた共通の友人は今日本に帰っており、

一度スカイプで3人でお喋りをした。彼ももうすぐ再び旅に出る。

インド、フランス、日本・・・縁が続いて、それぞれの人生も続いて、

世界のどこかで、またの再会ができることを願って長話を終えた。



次に移ったのは、カウチサーフィンで見つけたモロッコ人のアブドラティフ氏の家。

パリが一望できる眺めの素晴らしいサクラ・クレール寺院のすぐ近くで、

アラブ系、アフリカ系の人々が多いエリア。


ここに移った6月21日は、フランス全土のストリートというストリートで、

音楽が奏でられるという歴史ある音楽イベントの日。


彼の友人らとセーヌ川でワインを飲み、ピクニックし、ホロ酔いになったところで、

音楽を聴きに街へ繰り出した。

欧州、北米、南米、アフリカ、アジア、、と世界中から集まった彼の友人たちと一緒に、

ブラジリアン・サンバのストリートへ行き、飲んで踊って、大騒ぎ。

22時まで明るいパリだけど、帰宅したは真夜中。あっという間の一日だった。



三軒目にお世話になったのは、Gabriellaさんのお宅。

8年前、N.Y.出張の際、お世話になったMさんが、イタリアンフレンチのご主人とご結婚され、

パリに住む義理の妹さんをご紹介してくださったのだ。


何とエッフェル塔と凱旋門の間、おそらくパリでも一番高いだろう超高級エリアのアパートで、

通りを出たらすぐエッフェル塔、ちょっと歩けばシャンゼリゼ、というすごい立地。

こんなところに住める人がいるのね・・ 周りの物価は超超高い!

Wander the World

ちょうど娘さんが夏休みで出ており、個室を使わせて頂いた上、

毎朝、絶品クロワッサンや高い果物やらを色々買っておいてくれたりと本当によくして頂いた。

イタリア気質はよりフレンドリー。夜は一緒に映画を観たりと、楽しい滞在だった。



そこにいる間、2年前、バンコク、カオサンの安宿で知り合ったマサさんから、

チャリでパリに到着した、という連絡が入った。

彼のフレンチの友人と共に、エッフェル前で待ち合わせし、

何だか浮いてるバックパッカー3人、

シャンゼリゼ脇道のBarへ移動し、ワインにチーズに生ハムを堪能しながら、旅話に花が咲いた。

フレンチの彼にはすっかりご馳走になってしまった。

Gabriellaさんが急遽、旅行に出ることになり、

最後はまたまた、最初にお世話になったKちゃんの家にお世話になることに。



パリでの日々ももう終盤。

去年、エジプトのダハブで知り合ったアルジェリア系フレンチのサブリーナとようやく再会できた。

アラビック、アフリカン、アジア人が混ざり合う面白い界隈を案内してくれ、

グラフィックでいっぱいのストリート、パリを一望できる公園、

素敵な小道に小粋なカフェ、ジプシーマーケットなど、新しいパリをたくさん見せてくれた。

アジア、アラブ、、アフリカの国々を旅してきたからか、有色人種の混じる活気あるエリアこそ、

私にはもっとも居心地が良く、面白い。


彼女の友人のモロッコ人、パキスタン難民の少年も加わり、

アラビックカフェでミントティーを飲み、アルジェリアレストランでタジンを食べた。

パキスタンの彼からは、難民としてフランスに入国する大変さなど、知らない世界の話を聞かせてもらった。

コスモポリタンパリには、本当に多くの人種が住んでおり、いろんな国籍の人と話したけれど、

話すほど、いろんな人生があるなぁと驚かされる。

同じ大都市東京とはまた全然違う。



他にも、街を迷いながら歩いていると、

道を教えてくれたおじさんが、一日パリを案内してくれ、たくさんの友人を紹介してくれ、

最後は、アトリエみたいな面白い空間で奏でられる音楽の夕べに連れて行ってくれたり、

日本好きのフランス人とお寿司を食べに行ったり・・



長かったパリでも、色々な出会い、再会があった。

昨日、最後の病院の検査を終え、今日ようやくパリを出る。



目指すは南仏ボルドー。

久しぶりの、旅再開です。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後まで読んでいただき、有難うございました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

2011年06月23日

盗難、マラリア、入院・・・再生 in パリ

テーマ:フランス

ガーナからパリに飛んできて、インドで知り合った友人宅にお世話になっている。

が、これまで、本当に本当に、色々なことがあった。件名の通りな訳ですが。



ガーナの首都、アクラから空港に向かう直前、すでに発熱していた。

解熱剤を飲んで一度は下げたものの、空港で寝ずに一夜を明かし、

乗り継ぎで数時間過ごしたカサブランカの空港で再発熱。

ぼーっとしたままパリに到着し、夜の街で友人を待っている間、事件は起こった。


カバンを下ろし、バックパックから上着を取り出している隙に、

目の前から貴重品バッグが消えた。

その間わずか30秒ほど。


悲しくなるので内訳は書かないけれど、

バッグの中には、私の荷物の中でもっとも高価なもの全てが入っていた。

いちばん悲しいったのは、

これまで旅で出会った人たちの連絡先や重要情報なんかを書き溜めていたメモ帳を失ったこと。。

アクラでお世話になって、パリに着いたら電話することになってたヴァイダの連絡先も、消えちゃった。。


夜中に友人に付き合ってもらって、ダメ元で警察に届け出、カード会社などにも連絡。
幸いパスポートとまとまったお金の入っている銀行カードは手元にあったのが不幸中の幸いだった。



そこから体調は悪化する一方で、盗難の二日後、友人に病院へ連れて行ってもらったら、
マラリアに感染していることがわかり、その場で即入院。

数日前まで10日間、病院にいた。


入院決定直後は、パニックになってわんわん泣いた。

フランス大病院の入院、治療費はバカ高いのに、私の旅行保険はもう切れていた。

家族には迷惑かけないって決めてるし、盗難にもあったばかりなのに・・と、

絶望の淵に立たされた気分だった。

「Don't feel guilty,」友人のこの言葉に支えられた。

そして最後には、医者、ソーシャルワーカーが救済の手を差し伸べてくれた。



入院中は、めまい、吐き気、頭痛、胃痛、下痢・・にさいなまれ、

とにかく辛くて、地獄を這ってるような日々だった。

食欲どころじゃないので、点滴から栄養を取り、腕は注射針や包帯などでぐるぐる。

途中数日間は、集中治療室へと送られ(この日々はかなり意識朦朧)、

それほどマラリア感染量も高く、事態は深刻だったようだ。


そんな日々も、毎日友人がお見舞いに来て、弱った私を支えてくれた。

途中、私の白目、顔ともに、まっ黄色だったよ、と、退院後教えてくれた。

数日振りに私が鏡を見たときは、真っ青だった。


かくして、病院の手厚い看護と、友人の献身に支えられ、徐々に回復に向かって、

数日前、晴れて退院した。


入院最後の日、リハビリを兼ねて、病院のすぐ外の、緑あふれる広場へ散歩に出かけた。

ずっと寝たきりだったので、脚はガクガクし、頭はフラフラだった。

が、目の前には、別世界が広がっていた。

木漏れ日の中、家族連れが芝生に座り、子供たちは駆け回り、お母さんたちは談笑していた。

病院内以外の時の流れがあったことを思い出した。




退院後の今は、生まれ変わった気分。

ただ、生きていることに感謝している。



久しぶりのヨガを再開した。

びっくりするくらい筋肉が弱っていて、

いとも簡単にできるようになっていたアーサナの多くが、今はできなくなっている。

二の腕と太ももの筋肉が全く使われていなかったので、腕で体を支えられない、片脚で立つのもプルプル。

階段上り下りも、筋肉が硬直していてまだ疲れる。


たったの10日の変化に驚いているけれど、じっくり焦らず、体力を回復していきたい。


そして、友人に付き合ってもらい、ようやくパリの街を歩き始めた。

この間は、一日中、「歩く」という行為を心ゆくまで楽しんで、20km近くはてくてく歩いた。


目に映る全ての景色が新しく、まぶしく、輝いていた。


街角のカフェからもれる空気、通りに並ぶ店構え、運河にセーヌ川の流れ、

道ゆく人々の表情にファッション、街のリズム、行き交う車、降り出した雨の温度、

歩きながらかじったリンゴの美味しさ、舌をとろけさせるクロワッサンの感触・・・


Wander the World


Wander the World


私、また生きてるんだ。

自分がまた歩けていることが幸せで嬉しくて、仕方が無い。

寝たきりで辛かった日々からすると、またこうして元気に歩き回れるということは、奇跡のようだ。

そうだ、奇跡が起きてるんだ・・。


建物と教会の間から、広がる青空を見たら、

生きる喜びに満ち溢れてきた。



あぁ、なんて、素晴らしいことだろう、健康って。


歩く、感じる、観る、笑う、しゃべる、味わう・・・

こうした当たり前のことが再びできていることが、今、ものすごく嬉しい。


すごいことが一気に起きたけれど、今では不思議と、自分の中でクリアになっている。
辛い中にいても、心のどこかは、すとん、と受け入れていたような気がする。

色々なことを軌道修正する素晴らしい転機だった。
無くしたものへの執着も、もうない。



Wander the World


Wander the World


今、真っ白になった気分。

これからまた、歩んでいきます!


命の恩人である友人たちと、フランスの病院に心からの感謝をこめて。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


最後まで読んでいただき、有難うございました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

2011年06月21日

ガーナ最後 浄化の日々

テーマ:ガーナ

ご無沙汰しております。

世界の皆様、お元気でしょうか。


ガーナを6月6日に出て、パリに飛んできました。

その間に、旅、人生の転機ともいえるほど、本当に色々なことがありました。

おいおい書いていきますが、今日はガーナでの最後の日々を記しておきたいと思います。

長いので、お時間のある方、ある時に呼んで頂ければ幸いです。


・・・・・・・・・・・・・・・


前回の日記はガーナのビーチめぐりで終わっていたっけ。。

その後、タコラディという都市で1泊、

ケープコーストへ移動し、「奴隷貿易」という負の遺産の残る城を訪れ、

アフリカ大陸における重要な歴史について学んでから、最後は首都のアクラへ。


Busuaビーチで知り合ったVIDA(ヴァイダ)という、

3歳半の娘を持つシングルマザーの家でお世話になった。

彼女は、娘、18歳の甥っ子とともに、郊外の町の小さな家で3人で暮らしていた。



アクラでは、ガーナから出るためのフライトチケットを探すのがメインの仕事だった。


ガーナから、東か南アフリカへ飛ぶか、はたまた欧州へ戻るか。

自分の心と相談し、パリへ飛ぶことに決めた。

今回は、前回行き逃したスペイン、ポルトガルを中心に回る予定。


そのフライト探しで、旅行会社や空港のエアーオフィスをあちこち回る日々、

地理が分からない私のために、いつもヴァイダが付き合ってくれた。

(アフリカ内および他大陸への航空券は、正規料金が多いので、ネットで探すよりこの方が確実。

購入もオンライン不可だったりする。)



空港へ彼女と足を運んだ時帰り道、彼女は大興奮していた。


「アキー!今日はあなたのおかげで、生まれて初めてエスカレーターに乗れたわ!あぁ怖かった!

空港内はピカピカだから、私、モデルみたいに歩いちゃった!」


そして、ぽつりと語ってくれた。


「これから旅立つ人たちをずっと眺めてた。

あぁ、私も飛びたてたら、って。私、生まれて一度も、飛行機に乗ったことが無いのよ。

アメリカへ行って働きたかったけど、金銭的に支えてくれてた兄が病死して、その夢も絶たれちゃった・・。


でもいつか!いつか、神様が助けてくれると信じてる。

ガーナを出て、世界が見てみたいの!


Oneday, oneday I will fly!!」


ガーナからはどこへ行くにも高く、パリ行きチケットの値段にもひーひー言っていたけれど、

こうして旅をしている環境に、改めて感謝をした。

(ちなみに、アクラ→パリは、カサブランカ経由、エアコモッコで500USD弱でした。)



ヴァイダは滞在中、本当によく、私の面倒を見てくれた。

毎日彼女の友人や家族を紹介してくれたり、色々な所に連れて行ってくれたり、

腕をふるってローカル料理をたくさん作ってくれたり・・・。


一緒にマーケットを歩いているときは、

「チャイナ!」「チンチョンファン!」と言われたり、

突然腕を捕まれたり手を握られたりして、無理やり話しかけられたりするのに私がうんざりしていたら

(彼らは白い肌を触るのが好きらしい)、

「彼女は中国人じゃない!」「Villagers(村人め)!」

「ちょっと障らないでよ!」と私のために怒ったり、かばったりしてくれたのが、とても嬉しかった。



いつも私を「シスター」と呼んで、

彼女の友人たちに、私たちがどう知り合ったのかを聞かれると、

「神様からのギフトだったのよ」と答えていた。

私も、初めて会ったときから、彼女をずっと昔から知っているような、本当の姉のように感じていた。



彼女には、よく予知夢を見る不思議な能力があった。

一度、道で出会った酔っ払った男性が、私たちをレストランやバーへタクシーで連れていき、

色々とご馳走してくれたことがあった。てっきり彼女の古くからの友人なのかと思っていたら、後で、

「あの時初めて会ったのよ。でも前の晩、夢で彼と会うことを見てたから、驚かなかったの」

と、教えてくれたこともあった。

私のことも夢で見て、今後の旅の忠告をくれたりもした。



そんないつでも明るく、献身的な彼女だけれど、

現実の生活は、楽なものではなかった。

子供の父親は、娘の学費、生活費を払ってくれない、

甥っ子の父(彼女の兄)も、養育費をなかなか送ってこない。


彼女の1日1時間のオフィスクリーニングの仕事だけでは、日々の出費は賄いきれず、

滞在中も突然電気を止められたり、雨の日は雨漏りがすごかったけれど、

屋根の修理代など払えない状況だと知った。



電気を止められてキャンドルの灯りの中、屋根からバケツへと落ちる雨音を聴きながら、

彼女の生活を色々と聞き、私もまた自然と、自分の周りに今起きてる問題などをポツポツ話していたのは、

ガーナを出る直前の日だった。


私の話を聞いて、

「今日は金曜日。教会で、夜通しお祈りする集会があるの。

そこへ行きましょう。牧師や皆があなたのために祈ってくれ、事態は必ず好転するから」とヴァイダが言い出した。


朝まで祈り続けるミサ・・

それに興味を抱いて、連れて行ってもらうことにした。



夜中になって訪れた会場は、教会が建てた学校の小さな教室。


夜通しの祈りなんて、てっきりキャンドルの中、皆が黙々と祈ったり懺悔したり、

牧師が悩みを聞いたりするような、厳かな雰囲気なのかと思いきや、

扉を開けると、明るい音楽と共に、笑顔が目に飛び込んできた。

集まった数十名の人々が、牧師とともに歌って踊って、

場は、陽のヴァイブレーションで満ち溢れていた。


突然現れたアジア人を、皆が歓迎し、空いているイスに案内してくれた。



音楽が終わると、熱のこもった牧師の説教が始まり、

参加者は、「Yes!」「ジーザス!」「アーメン!」と熱のこもった合いの手を入れている。


その後、全員で立ち上がり、ひたすら個人で祈る時間が始まった。

各々が謎の言葉を口々に話し始め、その場で目をつぶって祈る者、

歩き回ったり身体を動かしたりして祈る者、泣き出さんばかりの者、様々だった。

次第に皆、トランス状態さながらに陥っていくのが見て取れた。


とてもつもなく強力な、祈りのエネルギーのど真ん中にいた。



しばらくして牧師の合図で止まると、突然、牧師が私を呼んだ。

前に歩み出ると、皆を背に、女性の牧師の前に立たされた。


彼女は現地語で、何やら私に質問を始め、男性の牧師が訳してくれた。

その内容に、、ビックリ仰天してしまった。


私の周りに起きている問題、まさにその日、ヴァイダに話していた内容を、突然その牧師が言い当てたのだ。

「あなたの家族には今、このようなことが起きていますね。もう少しそれについて話してください」。


なぜ公衆の面前でこんなプライベートなことを、、と思いつつも話していくと、

次から次へと、より個人的な、内面にあることまでもズバリと言い当てられたので、

もう何が何だか分からず、呆然としていた。


「彼女のために、皆で祈りましょう」

背後に座っている全員が、私のために祈りの言葉を口にし、

私は目をつぶって両手を両耳の横に挙げるよう言われた。


背後からの祈りのエネルギーを一身に受けていると、

突然、おでこをぐっと押され、後ろによろけると、すかさず別のスタッフが私の体を支えた。

女性の牧師が私を強く押し、一身になにやら言葉を唱えているようだ。

後で、悪いスピリットを追い出したのだと聞いた。


その後、席に戻るよういわれ、私は呆然としたまま席に着いた。


その後は、別の人たちが呼ばれては、私同様、個人的な問題を言い当てられ、

同じように皆が、彼らのために祈りを捧げた。



そんな時間を経て、最後また皆で歌ったり踊ったりしていたら、気がつけば朝の4時半。

ここで集会は終了、となった。



最後に、牧師に挨拶に言った。


私は、彼女が私の問題を言い当てたのは、てっきりヴァイダが事前に、

彼女に私のことを話していたのだ、と思っていた。

それにしては、彼女に話していない内容もあったり、妙に的を得たことばかりだ、と疑問が残っていたけれど・・。

しかしヴァイダに聞いても何も話していない、と言うし、牧師もこう言った。


「事前には何も聞いていません。あれは、スピリットからのメッセージでした。

私は牧師ではなく、預言者なのです。

これは、私の能力ではなく、神のお力なのです。」


もう本当に驚いてしまい、この小さな記学校で起きた突然の神秘体験に、

朝なのに、そのまま眠ることができずにいた。

彼女は、私がガーナを出てからも、ヴァイダを媒介として、私のために祈り続けてくれる、と言った。



その日の夜は、ガーナを発つことになっていた。

日中も、ヴァイダは牧師をしている妹を呼び、またも私は、祈って頂く機会を得た。


本当は、もっと早い日のフライトだったのだが、

チケット購入のために銀行でお金を下ろしている間に便が満席になってしまい、

フライトが3日ほど伸びたのだった。

伸びてくれたおかげで、最後に、ガーナの人たちの信仰深さに直に触れ、

自分を清めてもらったような気がする。


パリへの便は早朝。

空港へ行くのは深夜だったにも関わらず、ヴァイダは空港まで一緒に来てくれ、

朝のバスまで空港で過ごさなくてはいけないのに、見送ってくれた。

ハグをして、お別れをした時は、泣きそうになった。



ガーナ。

旅した西アフリカの中で一番発展していて、もっともアフリカらしさに乏しく、

食べ物も観光も、正直、一番、ときめくことが無かった。

いい人もたくさんいるけれど、けっこうアグレッシブだし、女性一人旅には面倒くさい人たちも多くて、

何だか肌に合わない国だなぁ、と感じていた。



しかし最後の最後に、肉親のような不思議な繋がりを感じる女性に出会え、

浄化を促してもらい、旅立つこととなった。


こうして、予期せぬ展開で、アフリカの旅は幕を閉じた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後まで読んでいただき、有難うございました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>