カミーノ・デ・サンティアゴ 巡礼記②
<後半:カミーノ・デ・プリミティボ
Oviedo ~ Santiago de Compostela>
コンポステーラまでの道のりも半分を超えたオビエドで、巡礼者がかなり入れ替わった。
ここで巡礼を終えて去る人もいれば、オビエドから歩き出す人もどっと加わり、
持ち物、服の新しさ、ピンピンした身体などで、ここから歩き出す人はすぐに分かる。
オビエドで2泊&半日ゆっくりし、軽くした荷物とリフレッシュした身体で再び歩き出した。
8kgで歩くって、なんて身軽なんだ・・!36km歩いてもまだ余力があってびっくり。
オビエドからは、やや南下してガリシア州Lugoルーゴへ向かい、
カミーノ・デ・フランセのMelideへと抜けるカミーノ・デ・プリミティボ(原始の道)を歩いた。
プリミティボは、険しい山道が続き、カミーノの中でもっともきつい、
と聞いたけれど、もっとも美しいとも言われる道。
それまでの海の青に替わり、山深い道に入っていき、
雲にほとんど届きそうな中、何世紀も残っている古い教会が霧の中から突然ひっそりと現れる。
キツい道もあったけれど、生気に満ちた静かな世界はそれまでとまた違って魅力的だった。


この頃から一瞬、朝型巡礼に転向。
早朝6時半頃、まだ薄暗いころ出発すると、澄んだ静寂の世界が赤く染まっていく、
何ともドマラチックな空を見ながら一日が始まる。
それまで一緒に歩いていた皆は先へと進んでしまい、もう会えないかなぁとやや恋しくなったけれど、
新たな出会いも色々あった。
スペイン人のフリオおじさんとは、言葉がまったく通じないのに、
一緒に歩いたり、夜はBarに飲みに行ったり。どうにかコミュニケーションとれるもんだ。

特に、スペイン人のミゲルと歩いた日は、最高に楽しい一日だった。
ミゲルは、いつもBarがある度に止まっては、ワインやビールを飲み、
マイペースに歩くのを楽しむ、肩の力の抜けた不良親父という感じ。
でも巡礼は20回くらいしている。

足首を痛めて早く歩けなかった私は、道中休む度に、一服してるミゲルと出くわした。
そこで、巡礼中だけどBarで一緒に飲み始め、赤ワイン×2、次のBarで白ワイン×2・・・とはしごし、
最後にはホロ酔い気味で、多くの人が抜かしていく中、ケラケラ笑いながらゆっくり歩いてた。

この日から、Barを通るたびに、ミゲルの姿を探すようになり、
昼から飲んだり、夜もまた飲みに行ったして、すっかりBar友達に。
そんなミゲルと自転車巡礼者と、アストリアからを抜け、いよいよコンポステーラのあるガリシア地方へ!

そうこうして毎日ちょっと早めに起きて長めに歩いていたら、数日後、宿で
イタリアングループ、テールらと嬉しい再会、追いつくことができた!
再び一緒に歩き出したテールが、足首を痛めていた私のバッグを持ってくれた上に、
杖用の枝を探してくれている、の図。

ここから数日、足首は腫れてかなり痛み、彼が荷物を持ってくれたり、
道中笑わせてくれたりしなかったら、辛かったろうなぁと思う。
アストリアから一転、ガリシアはがらりと印象が変わった。
丘の上から見渡す、パッチワークのように広がる緑。より雄大で開放的で、優しい景色が多かった。

そういえば、パウロ.コエーリョの「星の巡礼」には、
巡礼者は村人や神父に敬われる、みたいなことが書かれていた気がするけど、
すっかり観光化し、さらに混みあう夏の時期、そんな空気は微塵も感じなかったなぁ・・
それでも、素朴な村で、ご高齢の村人に道を聞いたり、湧き水が無いので水を頂けないかお願いをすると、
親切に答えてくれ、庭先や畑の梨やリンゴをくれたりすることもあった。

民家で、リンゴを一袋もらったときは、本当に嬉しかった。
コンポステーラへと近づくにつれ、大きめの町が増え始め、巡礼者も増えて、道もだんだん混んできた。
夕方、宿に着くともういっぱいで、町のスポーツセンター(体育館)で、
難民状態になって雑魚寝することも多くなってきた。
O Cadavoという町に着いたときは、ちょうどフィエスタ(祭り)が開催され、
ミゲル、テールらとBarで飲んで、0時から、ライブを見に特設ステージへ。

陽気なブラジリアン音楽に、地元のおじいさんおばあさんも踊る踊る!
スポーツセンターで寝る利点は、門限がないこと!2時頃帰って寝たのは私たちだけだったけど。
次の大きな町Lugoにテールと着いたときは、
80人近く収容する大きなアルベルゲなのに、もうコンプリート(ベッド終わり)。
・・・と思いきや、受付終了ギリギリまで残されていた障碍者用のツインルームを運よくGet、
欧州にして、たった5ユーロで快適なツインルームに泊まらせてもらった。
しかも、ドア代わりのバリアフリーの大きな窓付きだったから、
門限後にこっそり忍び出て、修学旅行生のような気分で、ドキドキしながら夜の街を散策。

ルーゴは、日中よりも夜が美しかった。
そして、カミーノ・デ・プリミティボ最後の村に到着。
ここから先は大きな宿泊施設が多く、キッチン付の小さなアルベルゲに泊まれるのはこれが最後だった。
スパニッシュのヴィクトリアがトルティーヤ・デ・パタタ(ポテト入りスペイン風オムレツ)を、
ミゲルがレンテルスープを作ってくれた。

ワイン飲みながら、時間をかけてゆっくり料理し、よくしゃべり、笑うスペイン風食卓。
この後は村唯一のBarでやっぱりワイン。
ここを出た翌日は、ついにMelideにて、カミーノ・デ・フランセに合流。
170ベッドある宿は既にフル、スポーツセンターにもものすごい数の人々が既に陣取っている。
人気のフランス人の道は、混みようが違う・・!
ノルテ、プリミティボと歩いてきた私たちは、圧倒されるばかり。
ちなみにメリデは、スペインの中でも、ベスト・プルポ(タコ)が食べられるということで有名な町。
その中でも、ベスト・プルペリア(プルポを出すBar)をテールがリサーチしてくれ、地元の人一押しのBarへ。

新鮮なタコにオリーブオイルとスパイスがほどよくからみ、うーん、最高!
ここではワインを、お碗のようなもので飲む。は~幸せ。疲れが吹き飛ぶ瞬間だ。
Melideでもフィエスタ中。休暇中のスペインでは、週末はどこでも祭り。
夜中まで賑わう通りの特設ステージで、オーケストラ&合唱団のコンサートを鑑賞。
足の痛みを冷やすためにBarで氷をたっぷりもらい、夜中にスポーツセンターへ戻ると・・・
今度はいびきの大合唱だった。眠りの浅い方は、耳栓必携!笑
ちなみに、多くのアルベルゲでは、ドミトリーからやや隔離された場所に、
いびきをかく人用のベッドが設置され、自覚のある人は自主的にそこで寝ることになっている(笑)。
※あ、巡礼される方は是非、メリデのアルベルゲの隣のフレッシュ・ベーカリーをお試しあれ!!!!
大きな丸いパンに、デニッシュに、スポンジケーキに・・いくつか試したけれど、
どれもスペイン一のクオリティで二人で大興奮!!
町からけっこう離れた野原で朝食をとっていたのに、テールは買いに戻ったほど。
メリデを出ると、コンポステーラまではもう60kmを切る。
ここから私たちもカミーノ・デ・フランセを歩いたのだけれど、もうほんとに、どこを歩いても人!人!人!
コンポステーラで交付される巡礼終了証明書をもらうには、最後の100kmを歩くのが条件となっているため、
その距離を歩きに来たスペイン人であふれかえっている。
皆、新品の靴、服、カバンで、2,3日だけだからとにかく軽装。
さらに荷物を車で運ぶサービスを使っている人もいて、手ぶらの人も見かける。
ででもなぜか、ウォーキングスティックは持っていたりする。道は平らなのに・・
森の中の小川も、憩う人たちで混み合っている。

そんなオンシーズンだから、スパニッシュ・ヒッピーが、
チャイ&スウィーツに楽器演奏をして、ドネーション制の店を開いてた。笑
どこもかしこも矢印だらけ。
見つからなくて道に迷った日々が恋しいくらい、多すぎる。。
どこのサインボードも落書きでいっぱいだし。

巡礼用のカフェ、バーは至るところこにあって、無人果物野菜販売所まであり、
5kmごとにプライベート・アルベルゲが出てくるようになった。。
そんな中、「ツルグリーノ(ツーリスト&ペルグリーノ=巡礼者を混ぜたた言葉)。
ゴミを置いてかないで!!」と皮肉った地元民による看板があった。
うーん、、夏場にフランセを歩くのはきついな。。
宿代わりのスポーツセンターもいよいよあふれかえりすぎ!
イタリアから来た、ユニフォームを着たボーイ/ガールスカウト集団がやたらと増えた。
「今年も大盛況」と報じる新聞。

もうキッチン付き宿などないこの頃の、われわれの夕食の定番メニュー。

丸いパンを切って、野菜をしき、オリーブオイル&塩をかけて頂くサラダパン。
トマトとパプリカは本当に味が濃くて美味しいし、
オリーブオイルは魔法のドレッシングだから、これとワインで大満足。
ちなみにこのボトルは70セント。味も悪くないからすごい!
翌朝はいよいよ、コンポステーラに到着する日がやってきた。
体育館での朝は早い。
5時くらいから、トーチでパッキングを始める人たちが、大声で話していたりしてうるさい。
午前中、町の巡礼宿を通ると、もう到着した人たちが、受付が開くのを列を成して待っているではないか!
皆、急ぎすぎ。
以前、小さな村の宿で一緒になった巡礼リピーターのスペイン人男性が言っていた。
「今の巡礼者は皆、ストレスを抱えていて、距離を稼ぐことばかり考えている。我先に、と行き急いでいる。
僕はもっと自然の中を歩き、教会を訪れ、地元の人と話し、景色を楽しみたい」と。
確かに、「今日は40Km歩いた!」「14時には到着した!」と胸を張る人たちもたまに見かけ、
早朝の暗い中、早歩きして、景色見えるのかな、と思ったりもした。
達成感を得るのも、楽しみのひとつかもしれないけれど。
もうすぐ着いてしまうのか、と切なくなりつつ一歩一歩をかみしめる。
・・がいつにも増してカフェも、サインへの落書きも、路上のゴミも多くなって、複雑な気分。。
コンポステーラまで5kmのところで、Monte de Gozoの大きなサンティアゴモミュメントの前に到着。

その前に建つ教会の庭の芝生で、マットしいて休んでいたら、
ツアーバスから降りてくる大勢の観光客が到着しては、コンポステーラへと向かっていった。
最後の数キロを歩くと、やがて大きな住宅街が見えてきて、
ついにサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着。
そしてついに、サンティアゴの墓のある大聖堂の前に到着。
はぁ~~~ついたねーーー・・・と立ち尽くしていたら、続々と、道中出あった巡礼者たちと再会。
「おぉぉぉ、もう3日前に着いてたの?早く歩いたねー!うちらが遅いのかー。」
などなど言いながら、知ってる顔がどんどん飛び込んでくる。

足を痛めた頃、ゆっくり歩いていたので、先に行ってしまったイタリアングループとも再会できた!
聖堂近くの巡礼オフィスで、巡礼証明書を発行してもらう。

まぁこれはおまけみたいなものだけど。
テールは、「敬虔なカソリックのおばあちゃんに捧げる」といって、すぐにコンポステーラ郵便局からベルギーへ郵送。
若いヨーロピアンが、「巡礼は親、祖父母の夢だったから」みたいなことを言うのを時々聞く。
ところで、コンポステーラの宿は、巡礼用、プライベートのもの含め無数にあったけれど(そして高い)、
私たちが泊まった、夏のみオープンするドネーション制のアルベルゲは、すばらしかった。
カミーノ・デ・フランセに入ってから、宿、Bar、インフォメーションセンター、
どこもスタッフから、親切、フレンドリーさが消え、事務手続き的な人が増えていたけれど、
この宿は、本物の奉仕活動者が、温かい笑顔で、一人ひとりを丁寧に迎えてくれる。
元修道院の中にあり、久々にベッドもGet!
夜は、大聖堂のミサに参加。

いつになくまじめになったテールが、「セイントは写真に撮っちゃいけないのに・・」
とミサの間も歩き続け、写真を撮る観光客を嘆いていた。
聖堂では、家族のためにキャンドルを灯そうと話していたのに、
灯すキャンドルも電気にとって代わられていて、悲しい教会だ、と。
聖地とはいえ、スペイン最大の観光地のひとつだから、仕方の無い部分も多々ある・・
事実、この町は、大勢の巡礼者と観光客、そして大学生でにぎわっている。
聖堂前の広場でも、音楽や踊り、カソリックグループによるパレードなど、あちこちで盛り上がっていた。

アルベルゲに戻ると、夜の10時から階上のチャペルで、宿泊している巡礼者のためのミサが行われた。
参加者は30人ほど、静かな沈黙の後、神父さんによる祈りの言葉があり、
各国から集まった巡礼者もそれぞれ、母国語で祈りの言葉を読み上げる。
スペイン、ドイツ、オランダに続き、日本語を読ませてもらい、
フレンチ、スカンジナビア、ロシア、イタリア語と続いていった。神への愛の言葉だった。
その後、神父さんによる話があった。
「この先も、あなたの人生の旅は続いていくのです。矢印はここ、あなたの中にあるのです」
「Be happy. Make all people happy.」
皆で輪になって手をつなぎ、キャンドルが回ってきて、
日本を含め、自然災害で亡くなった人々、行方不明になった子供など、
最近起こった悲劇のために、皆で祈った。
最後は、巡礼者、神父、スタッフ、皆とハグして終了。
初めて会ったのに、感激しながら抱きしめ、キスしてくれる人がいて、素敵だなぁと思う。
笑顔の人、感極まって泣いている人、静かに物思いにふける人・・それぞれの想いがチャペルを包み、
あぁ本当に到着したんだなぁ、と改めて実感。心から満たされた気持ちになった。
最後にそんな演出をしてくれた宿に、そして道中色々助けてくれたテールに感謝。
しかし我々の巡礼はここで終わりではない。
ここからさらに西へと巡礼路はさらに伸び、大西洋までつながっている。
2日コンポステーラで泊まった後、再び歩き始めた。
(巡礼記・完へつづく)
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