世の中には、右や左と自分の価値観を言い表す文化がある。
しかしながら、私は中であると言う人はまず居ない。
そもそも、中を知らずして右か左かなどと議論する事すら違うのだが。
中国古典には中庸と呼ばれる書物がある。
簡単にいえば心の中(センター)を学ぶための古典である。
人は、喜怒哀楽が発すると物事の判断を誤ってしまう。
それぞれ生きて来た環境が異なるのだから、何に喜び、何に怒り、何に哀しみ、何に楽しむのかは千差万別。
しかし、何かの感情に囚われていると、判断する人によって物事の答えは偏ってしまう。
本当に大切な答えから離れてしまうのだ。
一時の感情で行動し、後に後悔する。
人によっては一生悔やむことかもしれない。
だからこそ、喜怒哀楽をコントロールしながら物事を判断することが大切なのだ。
人とは自分をコントロールしなければならない生き物だ。
生まれながらにして立派な欲望のアクセルを持っている。
だからこそ、アクセルに比例したブレーキが必要なのだ。
自分の周りに、強欲で自分本意な人が居たら友達になりたいと思うだろうか?
そんな人よりも、穏やかで、素直で、恭しく、慎ましやかさがあり、控目で節度を持っている人を友達としたいだろう。
社会は他人の集合体である。
その社会で愉快に生きていく方法とは何だろうか?
その答えは、すでに存在する。







