Akemiのブログ~イタリア児童文学・皆既日食・足摺岬が好き~

私は、イタリア児童文学が大好きで、皆既日食も大好きで、足摺岬も大好きな、団塊の世代に属する大学教員です。季節の話題、お買い物の話題、イタリア語の勉強のしかた、新しく見つけたイタリアの楽しい本の話題などを、気楽に書いていこうと思っています。


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青息吐息の状態でブログ更新。

このところ、満足に眠れた試しがないので、心身ともに弱る一方。

「疲れたら、ひと晩ぐっすり眠ることで、とりあえず疲れは取れるから、目覚めたらまた活動の一日が始められる」なんていう、普通人の経験する健康状態は、とっくの昔の夢になってしまいました。

40代ぐらいのころは、地方都市に住んで、自家用車であちこちに行っていましたが、昼でも少し眠気に襲われることがあると、車を木陰に停めて、リクライニングシートを倒して、バタンキューと寝込むと、15分ぐらいの仮眠で、すっきり目が覚めて、「ああ、いい気持ち」と感じて、また快適なドライブを再開できたものですがね。あんな時代は今では夢のよう。

「体内時計をリセットする」とか「昼間は快い汗を流す」とかいうことが、不眠症対策だとよく書かれていますが、私の場合はそんな対策が功を奏する域をとっくに逸脱してしまっています。

省みるに、私の不眠は「うつ病」の発症以後2年ほどして起こってきたものでしたが、もともと、うつを発症する前から、若い時に比べれば不眠の夜をときどき経験するようになっていて、今のような究極の不眠へ向けて、すでに坂を転がり落ちはじめていたのかもしれません。

うつの発症が、性ホルモンのバランスをわざと崩した不摂生とどれだけ関係があるのかはわかりませんが、今では、性ホルモンのバランス喪失によって骨のほうも骨粗鬆症が進んでいますので、散歩でせめて筋力維持をと考えても、体がついてきてくれない状態です。

そういえば、私は、幼稚園児のころから、周囲の子に比べれば筋力不足の虚弱児でした。そして、その身体上のコンプレックスから、性格的には人との交わりを適切に結べない境界性人格障害となり、それを矯正しないまま少年期、青年期、中年期を過ごしてしまったため、過ちに気づいたときには、時すでに遅し。

今から考えれば、私のような子は、小学校の初めのころから、たとえば柔剣道でも習って、体力は、やや弱めだけど、周囲についていけないほど劣ってもいないという状態に、鍛えておくべきでした。そして、余力があれば勉強のほうに力を割けばよかったのです。

それをしなかったから、懸垂にせよ腕立て伏せにせよ、周囲と比べ物にならないほど、能力が劣ったまま私は育ってしまいました。

そのあげく、今では、脚力は、2キロの散歩でも息が切れるほど弱り、しかも時速2キロぐらい。歩けなくなるのは時間の問題です。腕力は、パンフレットに毛が生えた程度の本をささげ持つことも困難になってきました。腹筋力も背筋力も弱り、立位を維持していること自体がつらく、散歩から戻ると、寝転んでばかりいます。そしてとうとう、括約筋まで弱化してしまい、失禁状態に!

結局、ペーパーテストで、そこそこ「いい大学」の入試に合格できるまでの学力はつけてもらったものの、体力がないから、あの大学入学の時点ですでに私は息切れしていたんです。それ以後の人生は、つねにつねに、その息切れの延長上に、安易なほう、安易なほうを求めて歩み続けてきたようなもの。だから、知力のほうだって、けっして優れた人間にはなれなかったのです。知力というものも、体力に支えられないと、まっとうには花開かないものなんです。

結局、うつ病になったのも、ただでさえ弱かった全身の筋力が、加齢によって衰えてくるのと並行して、精神のほうもガタがきたということで、大部分説明できそうです。

その結果としてなった不眠、これは「眠るのにも体力が必要だ」ということの証左のようなものですね。今の私はもう、自然に快く眠れるという状態に身体をもってゆくだけの体力がないのです。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬、睡眠導入剤が、筋力の弱化に拍車をかけたということはあるかもしれませんが、もともと不眠にならざるをえないような筋力弱化が進行していたからこそ、ベンゾの副作用もまたきつく出たというのが本当のところかもしれません。

ともあれ、サルコペニア(筋肉減弱症)は怖いですよ。みなさん、こうならないためには、若い時から、たとえ運動神経が鈍くて団体スポーツには向かない人であっても、筋力トレーニングだけは怠らないこと、そして、剣道の素振りだの、腹筋運動だの、スクワットだの、ジョギングだのいった、個人でできる鍛錬だけは、つねに怠らずにやっておくべきです。

今の私のような身体になってからでは、すべてが遅すぎるのです。
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まだ、生きてます。

しかし、骨粗鬆症と筋肉減弱症が進行し、散歩できる範囲も日々に縮まり、生きた心地のしない毎日。

柔らかいスニーカーを履いて散歩しても、足の裏は、まるで骨が直接地面を踏んでいるような痛々しい感じ。一度こけたら、もう確実に骨折だと思うと、ひやひやします。

しかもよりによってこの時に、収入が年金しかなくなったということで、妻が家計の超節約を宣言し、たんぱく質やカルシウムなど、ろくに摂れない食事ばかり。お金は全部妻に押さえられてしまっていますから、買い食いして栄養を補給することもままなりません。

もともとの虚弱体質に加えて、ホルモンバランスの破壊、おまけに「うつ病」になって頼ったベンゾジアゼピン系薬剤の作用と、種々の複合要因によって、今のていたらくとなり果てた私です。

ベンゾジアゼピン系薬剤は、一気に断薬するわけにもいかず、最低限と思う量を飲み続けていますが、飲んでも眠れない日もあり、また眠ったからといって熟睡感のある日は一日もありません。

ベンゾジアゼピン系薬剤によってもたらされた睡眠は、量的にはともかく、質的には悪化したものになる……つまり、ふつうの睡眠なら入眠時と覚醒前にはレム睡眠(夢を見る睡眠)があるけど、中間ではノンレム睡眠(夢を見ない睡眠)があり、これが得られることで、脳の休息があり、疲労がとれたという熟睡感ももたらされるものなのに、ベンゾジアゼピン系薬剤による人為的睡眠は、この秩序を破壊し、たとえ眠れても、ノンレム睡眠はほとんどとれてない状態をもちきたらす……とのことです。

最近の私なんか、特にそうですね。何度も中途覚醒しながらも、朝までいちおう眠れる日はあるんですが、その眠りたるや、15分ごとぐらいに目が覚め、しかも、だらだらと夢ばかり見ていた感じがして、いっこうに疲労がとれた感じはしない、じつに不快なものです。

ああ、こんな状態がいつまで続くんでしょうか。
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泣き言をつらねてもしかたがありませんが、うつ病の悪化からベンゾジアゼピン中毒になり、筋力も知力も落ちてしまったわたくし、本が読めないだけでなく、手に持って支える筋力もなく、これまでにせっかく買い集めた多くの大型本は、ほとんどが宝の持ち腐れ。ビアンカ・ピッツォルノさんの本のうちの、わたしの好きな『ポリッセーナの冒険』や、『聴いてよ私の心を』なんかは、初版本のほかに、ポケット版、豪華版なんかも持っていたんですが、豪華版なんか、ついに読み直す機会もないまま、場所ふさぎな装飾品となり果てました。

身辺整理のため、どんどん捨てつつあります。私が「これはもういらないよ」と言うと、妻がまとめて縛って、ごみ収集の日に外に出すべく、玄関に置いています。

せめて、今のわたしでも読める本はないかなあと、『星の王子さま』の岩波書店版を、イタリア語訳とあわせて手にとってみようとしたら、あの薄い本が、重くてしかたがないんですね。

ああ、もうどうにもならないもんだ、と思いながら、「これはまだ読めるかな」と、昨日、今日、手に取ったのは、イタリア児童文学の『フランチェスコと呼ばれた小鳥(Un uccellino chiamato Francesco)』という本。Bruno Concina という作者のもので、サラーニ社の、シルヴァーナ・ガンドルフィさんの諸作品などと同じシリーズに入っており、重さもとても軽い本です。文字も比較的大きいです。読者としては小学校三年生以上ぐらいを想定している本です。以前に読んでいますから、再読です。

何鳥か知りませんが、ひとつの巣で卵からかえったオス、メス二羽の雛のうち、フランチェスコと名づけられたオスのほうが、やっと飛べるようになったとたんに、餌さがしに出て、鳥の世界では大きな掟破りにあたることをしてしまいます。

両親がこの子の将来を案じて、この子を再訓練するべく、高い山の洞窟に住む伝説的な「孤高の賢者どの」と呼ばれる不思議な鷹に、この子の教育をお願いするのですが、その鷹との出会いを通じて、フランチェスコは、自分の名前の由来になっている聖フランチェスコのことを知ります。

が、聖フランチェスコが恐ろしい人食い狼を説得して、「エサはやるから今後人や家畜を襲わないこと」という契約を提案し、狼もそれに従ったという、かの有名な「グッビオの狼」の話を知るや、さっそく自分もそれに倣ってみようと、小鳥のフランチェスコは、無謀な博愛主義を即、実践に移そうと志し、狼の代わりに狐に対して、聖者気取りのことをして、危うく命を落としかけたりします。

ところで、その、フランチェスコの教育を引き受けた「孤高の賢者どの」と呼ばれる不思議な鷹は、鳥の世界では何世代も前から噂話の種になっている伝説的な存在で、いったい何年前からこの世に生きているのか、見当もつきません。そして、鷹であるのにベジタリアンで、木の実などばかり食べています。

どうして彼は聖フランチェスコの話を知っているのか?

その謎が後半でだんだん明かされてゆきます。

鳥の世界の話にことよせながら、聖フランチェスコにまつわる有名な話をところどころにちりばめ、「聖者は一日にしてならず」とでもいうか、聖者の話を聞いたからといって、ものまねでいきなり聖者気取りなんかしても、うまくゆくものではないということも、うまく語っている本です。

文章のレベルは、かのアンドレーア・ブーシャールの『真水ちゃん(Acqua dolce)』と同じぐらい。いまのわたしには、そのレベルのものしか頭に入らないんです。

イタリア語の好きな方は、初級を終えた人向きの語学教材として読んでみるにふさわしいでしょう。サラーニ社のGL'ISTRICIというシリーズの245番で
ISBN 978-88-6256-232-4
です。

ご注文は、高田馬場の文流洋書部さんへどうぞ。

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例によって「青息吐息」で、ろくな睡眠もとれぬまま、やっと生きている今日です。

一昨日の郵便では、土佐清水市の広報と、日伊協会の季刊情報誌『クロナカ』、および同協会の専門学術誌『日伊文化研究』が届いていました。

ベンゾジアゼピン中毒で認知症になりかけているわたくしの知性では、『日伊文化研究』はもうとても読めたものじゃありませんので、『クロナカ』のほうだけ拝見しましたが、特集はトリノを州都とするピエモンテ州のグルメ情報や、行事情報。それから、バロック期の画家カラヴァッジョの絵の楽しみ方なんぞの記事もありました。

が、現地のグルメ情報はもとより、絵画の鑑賞の手引きにしても、心身が健康であってこそ楽しめるもの。うつ病がここまで進んでしまっているうえ、身動きもままならない身では、せっかくの情報も猫に小判ですね。

というわけで、新年度の会費振り込み用紙が入っていたにもかかわらず、私は振り込みを控えて、そのかわり、退会希望をはがきで届けておきました。

私が日伊協会に在籍させていただき、情報を楽しませていただいた期間は、二十年以上に及びますが、とうとう、今回をもって、とわの「お別れ」です。『クロナカ』の号数は、150号にひとつだけ足りない149号でした。

土佐清水市の広報は、市役所が、私のことを非市民だが同市に関心のある人間と認定して、わざわざ郵便代かけて送ってきてくれているものですが、同市の財政事情も厳しい中、私のようなボケ老人に送っていただいても、情報を役立てる機会がないでしょうから、今後はご辞退申し上げるのが筋でしょうかね。

ちなみに、今日届いた私あて郵便物は、靖国神社崇敬奉賛会の月報『靖國』と、「原始福音キリストの幕屋」とかいう団体がいつも一方的に送ってきてくれている『生命の光』という薄い月刊誌でした。靖国神社崇敬奉賛会は、従兄の一人が戦死者であるという縁で、私がお金を払って自主的に終身正会員という地位を得たものですから、月報送っていただいて当然なんですが、『生命の光』のほうは、頼んでもいないのに、いつだったかから一方的に送ってくださるようになり、恐縮の至りです。

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五月になりましたね。あいかわらずわたくし、青息吐息です。

昨日、土佐清水市の広報誌がわが家に送られてきまして、そのトップ記事で、足摺半島をぐるっとまわる県道27号線のうちの難所だったウスバエ地区の曲がりくねった細い道をバイパスする「松尾トンネル」が3月27日に開通したというニュースを知りました。

トンネル貫通のニュースはもうだいぶん前に届いていましたけど、これでいよいよ、土佐清水市街地から足摺岬方面に向かうにあたって、交通がぐっと便利になり、観光にもいい影響が出るのではないかと思われます。

土佐清水市街地と足摺岬を結ぶ道路の、西回りの道は、もともと、中ノ浜、大浜などの小さな集落を縫うように走る曲がりくねった道でしたが、1997年でしたか、まず、中ノ浜・大浜地区をバイパスする、橋とトンネルを含む直線的な道ができて、ずいぶん距離が短縮されました。

残る課題として、長年懸案になっていた、もうひとつの難所、ウスバエ地区の曲がりくねった細い道をバイパスして、一気に山の中をトンネルで通してしまう道をつけることが残っていたのですが、ようやく解決したというわけですね。

以前、トンネルが貫通したというニュースを知ったときには、わたしはまだ肉体が元気でしたから、完全に開通したら、現地へ行ってレンタカーを借りて、すいすいと通り抜けてみたいものだなどと書きました。

が、道が開通した今になってみたら、そんな旅行なんて、とてもとてもお呼びでないような、病身になり果てていたというわけで、そのバイパスを通ることは、わたしにとって、生涯果たせぬ夢とあいなりました。

ああ、諸行無常。
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