MTFのAkemiのブログ                           ~イタリア児童文学・皆既日食・足摺岬が好き~

私は、イタリア児童文学が大好きで、皆既日食も大好きで、足摺岬も大好きな、団塊の世代に属する元大学教員で、性別はMTFです。季節の話題、お買い物の話題、イタリア語の勉強のしかた、新しく見つけたイタリアの楽しい本の話題などを、気楽に書いていこうと思っています。


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今年も四月下旬に入って例年どおりうららかな陽気になってきましたが、今日はとりわけ、この季節にしても暖かいほうで、関東地方では軒並み日中の最高気温が25度を超える「夏日」になったとか。

 

確かに、夕方になってからも暖かく、薄着でいてもちょうどいいという感じですね。

 

ところで、人類が暮らすうえでの「適温」って、何度ぐらいでしょうか?

 

むかし「適温は18度」とか教わった記憶がありますが、あれは「しっかり服を着こんだうえで、しかも大いに汗を流して働くことを前提とした場合の適温」みたいな気がします(いかにも、戦後復興だの高度成長だの言っていたころのものの考え方です)。実際、気温18度のときに、家じゅうの窓も扉もあけはなって、家の中を外の環境と同じにして、しかも身体のほうも自然状態に近い薄着でいたら、寒く感じますものね。

 

上に述べたような状態でいて「ああ、ちょうどいいなあ。快適だなあ」と感じられるのは、それよりもむしろ、ちょうど今日みたいな日ですね。つまり、「夏日」になるかどうかの境い目ぐらいのとき。それを超えると暑さによる不快感のほうが強くなりますから。

 

ところで、人類は生物学的にはアフリカの熱帯雨林地帯にいる現生類人猿(チンパンジー、ボノボ、ゴリラ)と近縁種で、ホモ・サピエンスという種が成立した場所も、その付近だっただろうと言われていますね。とすると、人類が発足時に適応していた気温は、熱帯の暑い気温だったということになりますが、そのことと、われわれが現在23~25度程度の気温の日を「快適だ」と感じることのあいだには、ギャップがあるのでしょうか?

 

これはどうやら、そういうギャップはほとんどない、というのが正解らしいのです。

 

あるとき、アフリカの類人猿についての専門家の講演を聴いたら、ご自分が研究対象としているチンパンジーだったかボノボだったかの特定の群れの生息する地域の気温について、つぎのような解説がありました。「この地域では、空が地表から数十メートルの高いところで密な樹冠に覆われていて、その下に万年日陰になった空間が広く確保されているため、気温はきわめて安定していて、昼も夜も23~25度ぐらいに保たれています」。

 

なるほど、「熱帯」という言葉からわれわれが想像する「あつ~い」世界と比べると、案外気温は低いんですね。そういう場所が人類の故郷であったということなら、われわれが現在、23~25度ぐらいの気温のもとで、いちばん自然のままの伸びやかさを満喫できる感じがすることと、完全に整合していることになります。


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みなさんお元気ですか?

 

わたくしのほうは、実は昨日から風邪を引いてしまいました。

それまでにも、花粉症で鼻の奥がヒリヒリしてクシャミが出るなど、また膝関節が慢性的に痛いなど、いろんな故障はあったのですが、睡眠不足のまま明け方に自転車で走ったりしたあげく、昨日は頭も重くなり、体温を測ってみたら37度2分の微熱。さらに夜中にかけては熱が上がり、37度7分まで行きました。

 

というわけで、昨日は朝の自転車での外出から帰ってきてからは、眠りたりないのを補って午前中はボーッと床に伏しており、午後も、かろうじて本を手に取ったものの、座って読むのがしんどくて、寝転んで読む破目に。

 

薄い本なら、片手で支えながら読むこともできるでしょうが、よりによって分厚い、500ページぐらいある単行本だったので、寝転んで読めば足腰は楽である反面、腕から肩が、てきめんに凝ってしまいました。

 

そのうえ、私の場合、風邪を引くと必ず腸内細菌叢が乱れるので、ガス、軟便、時には下痢と、おなかのほうも大騒ぎです。医者からもらっている整腸剤「ビオスリー」や、漢方薬「大建中湯」でしのぎますが、これらの薬、急性症状に対する即効性は、あんまり期待できない薬のようです。

 

というわけで、昨日は、頻繁にトイレに立つ以外はほとんど横になりどおしで、すっかり病人になってしまいました。

 

こうなった原因については、実は思い当たるふしがあります。

 

先日「SRSを終えて」シリーズの第7回で「レズビアン・プレーをやろうと思えばできます」という話を書きましたが、あれは、SRSで造ってもらった女性型外性器を、自分で撫でたりさすったり、いろいろ試してみることで「確かにできる」と実証したうえで書いた記事です。

 

その「やってみる」過程で、いい歳して、年甲斐もなく、SRS後の擬似女性器を使って、思春期の少女たちが親に内緒でやるような行為を、「このくらい揉んだら、このくらい気持ちよくなる」とか、「絶頂の一歩手前で、このように止めると、快感の波がじわーんと身体じゅうに走り、激しい身震いを体験できる」とかいうことを、自分自身の身体を実験材料にして、何度も何度も練習してみていたのです。

 

SRS後の擬似女体が感じる性感は、射精で終わる男性の性感と、発生学的には相同の器官を使っていても、感じ方が細部についてはいろいろ異なるのですが、ブログの記事を書くにあたり、「どう異なるか」をきちんと確かめておこうと考えて、さんざん「実験」してみちゃったのです。

 

それって、たとえば「外性器を揉みしだきながら、同時にここの筋肉に思いっきり力をこめることで、初めて持続的な快感が生じて、絶頂へ向けての高まりが順調に得られる」とかいうような、いろいろコツと体力を要する作業なんです。男性の身体をもつ人が、溜まりに溜まった性欲のはけ口として、おのれの「竿」を一気にぐいぐいしごいて、一分か二分ぐらいで射精に達し、あとはグターッとなるという、あの独特の疲れ方とは異なるものの、この擬似女性器で快感を得る作業も、三回ぐらい続けてやると、かなりの身体的な疲労を生みます。

 

たぶん、私が風邪を引いてしまった一因は、この「実験」のやり過ぎによるものと思われます。

 

まあ、いまさらセックスでもない年齢でSRSを受けたんだから、こしらえてもらった擬似女性器での快感を開発する作業なんていうものは、ほどほどにしておけばいいものを、調子に乗り過ぎたのですね。


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GID(性同一性障害)当事者の中で「身体の性」「性自認」「性的指向」の三変数図式で[M、F、F]と分類される「MTFレズビアン」については、「それが本当にGIDなのか?」、「女装好きの男性と何の違いがあるのか」と、懐疑的な批評がなされることがあります。

 

確かに、[M、F、M]の人が正々堂々と「わたしは性自認が女性で、女性に対する性的な関心なんか最初からないから、好きな男性をみつけて幸せに結婚したいと思っていて、だから一刻も早く『造膣あり』のSRS(性別適合手術)を受けて身体も女性になりたい」と表明するのはとてもわかりやすく、それを昔のように「男性同性愛者」だと見なす偏見さえ克服されれば、社会に受け容れられることも容易でしょう。

 

それにひきかえ、[M、F、F]だとの自覚をもち、そういう人間として社会に受け容れられたいという人の場合、女性を恋い慕うというかぎりでは一般の「シスジェンダー、ヘテロセクシュアル(性自認が生まれ持った身体の性と一致していて、かつ異性愛者)」の男性と区別がつかないので、なぜわざわざ「心の性は女性」などと言う必要があるのかと、いぶかしがられてもしかたがない側面があると思います。

 

さらにここでやっかいなのは、身体の性が男性で生まれた者の中には、かなりの割合で、美的関心や、息抜きや、変身願望や、ナルシシズムという次元で自己の容姿を女性的することに興味を覚えるような人がおり、そういう人の多くは、「股間の竿」を使って女性を相手にセックスしたり、世間並みに結婚したりすること自体には抵抗感をさほど持っていないという事実があることです。

 

そういう人が「自分も、身体の性をできれば女性に変えたいという願望をもっているから、性同一性障害に分類されてよいはずだ」と自覚し、その旨を表明する場合、ほんとうに性同一性障害と言っていいかどうかは微妙だということになります。

 

性同一性障害はもともと自己申告病であって、精神科医だって、他の身体疾患のように客観的なマーカーの値などを見て結論を出すのではなく、「本人が身体を変えたいという強い願望を訴えている」ことを目安としたうえで「診断書」を出しているのですから、そこには、「股間の竿」のある身体にほんとうに強い違和感を覚えて、「これを変えてもらわなけりゃ、人生、生きていく気にもなれない」と切羽詰まった気持ちをいだいている人のほかに、「それほど強い違和感はないが、もし可能ならば身体のかたちを変えたほうがQOL(生活の質)が向上しそうだ」いう程度の気持ちを抱いている人が含まれてくる可能性があります。

 

もし、そういう人が「性同一性障害」という診断書を盾にして、「私は性自認が女性なんだから」と言って、職場で女子トイレを使わせろとか女子更衣室を使わせろとか言い出したら、迷惑するのは一緒の職場に勤めている普通の女性職員です。女性の裸を見て性的に興奮して「股間の竿」がエレクトするような者が「私も女子の待遇にしてください」と言って、女子トイレや女子更衣室に侵入してくるなんて、生理的に耐えられない災厄でしょう。

 

このことについては、最近「雪国のMtFのブログ」で積極的に発言しているユキさんが、詳しく書いています。

https://ameblo.jp/yukisan0202/entry-12365060416.html

 

過去の優生保護法による強制不妊手術を人権侵害として法的救済を求める運動が報道されたら、それに便乗して、あるジャーナリストが、わが国の「性同一性障害者の戸籍の性別の取扱いに関する特例法」が戸籍の性別変更を認める条件として性別適合手術を要求していることを批判する記事を書いたようですが、ユキさんはこれについて、「まるっきり種類の違うことを混同するな」との批判を書いています。

 

性別適合手術は本人が身体を変えたいと切に希望した場合に自発的に受けるものであって、本人の意思を無視した強制不妊手術とはまったく性格が異なるものであり、しかも、社会がその人を生まれ持った身体の性と反対の性として受け容れてくれるには、常識的に言って必要な条件だから、そのような定めが置かれているわけです。もし特例法からこの条件を除いてしまったら、「手術を受けるほどの違和感はいだいていない」という人が平気で戸籍の性別変更を求め得るようになり、それは多大な混乱を生むに違いないということです。

 

そもそも「手術を受けるほどの違和感はいだいていない」という人なら、それを「性同一性障」と呼ぶこと自体に疑義があるし、また、そんな人が戸籍の性別を変える必要がどこにあるのか、ということにもなります。

 

要するに、生まれた身体が男性である人の場合、自分の身体にくっついている「股間のヘンな竿」に対しては強い違和感を抱き、そんなものを使って女性とセックスするなんていう気にはまったくならないからこそ「性同一性障害」との呼び名がふさわしいのであって、それを使った欲望処理ができるような人が、どうして「心の性は女性」なんて言えるのか、というのが、ユキさんのご意見です。

 

「MTFレズビアン」というものが仮にあるとしても、男性として女性と結婚し、男性側の役割でセックスができて、子どもまで持てた人が、「レズビアン」と自称すること自体が的外れあって、レズビアンならば、まずは自分の身体を女体に変えてこそ、女性と性的に交歓する気にもなれるというのでなければおかしいじゃないか、というのが、ユキさんのご意見です。

 

このように言われてしまうと、私のような者は確かに肩身が狭い思いになることは、本当です。実際に、女性と結婚してしまって、男性側の役割でセックスできて、子どもを授かっているわけですから。「Yahoo 知恵袋」でもときどきこの問題が提起されることがあり、「MtFレズビアンってただの女装好きの変態ですよね」という「質問」が投稿され、それに肯定的な回答がベストアンサーに選ばれたことがありました。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13175943933?__ysp=77yt772U77ym44Os44K644OT44Ki44Oz44Gj44Gm44CB44Gf44Gg44Gu5aWz6KOF5aW944GN44Gu5aSJ5oWL

 

ただ、私の場合の自己弁護をここでちょっと開陳しておけば、確かに、女性と結婚ができて、男性側の役割でセックスができて、子どもを授かることもできたのが、私の偽らざる経歴ですけれど、ただ、SRSを受けてみて改めて思うに、「股間にヘンな竿のある身体の形」を修正してもらったことをQOLの著しい向上だと受け止める心は持っており、「あんなもの、なくなってせいせいした」という気持ちがあることは事実です。

 

そしてこれはSRSの技術的側面に関する話ですが、昔はどうだったかわからないものの、このごろのMTFの性別適合手術では、「股間のヘンな竿」の先端部分の、「刺激すると気持ちよくなる部分」をうまく生かして、神経もちゃんとつないだまま、発生学的にそれと相同である女性の器官の形に造り変える技術はずいぶん進歩しており、そこを刺激すれば、ちゃんと性感は得られるようになっています。

 

私の場合、今さらセックスでもない年齢だし、配偶者に対する不貞行為であることも手伝って、それを使って女性と性的に交歓するなどということは、空想の世界にとどめておくつもりですけれど、「やろうとすれば、やれないことじゃない」のが真実です(テクニック的なことは、例の小西真冬さんのコミック『性転換から知る保健体育』に、かなり立ち入ったところまで描いてあります)。

 

そして、正直に言って、私も世の常人と変わりなく、結婚後も「ああ、すてきな人だなあ。もし配偶者が許してくれるのなら、この人と性的交歓をしてみたいなあ」と思った女性は、五指に余るぐらいいます。

 

それらの女性がもしレズビアンであったなら、そして私がSRSを受けた年齢がもっと若いころだったら、どこかの温泉地にでも一緒に旅行して、合意でレズビアン・プレーを楽しむなんていうことも、あり得たかもしれないし、今だって空想の中ではそういうことを考えます。

 

もっとも、私のように男性として成長しきってから年月が経ってしまっている人間は、装いの工夫で全体のシルエットを女性的に見せることはできても、裸に剥かれたら、ヒゲやすね毛が永久脱毛してあることと股間の形が変えてあることを除けば、ちょっと乳房が張っている程度の「男性」の身体にしか見えませんから、自分の側が望んでも、相手がレズビアン・プレーのパートナーとしてふさわしい「女性」とは見てくれないでしょうけれどね。

 

が、現在思春期を迎えたぐらいの世代の人は、早めに(12~13歳ぐらいから)第二次性徴抑制剤を投与してもらって、ヒゲが生えたり顔貌がゴツゴツしたりすることを防いでおいたうえで、15~18歳ぐらいのころから本格的に女性ホルモン投与を受けることで、きわめて「パス度」の高い女性の身体を手に入れることができるでしょうから、レズビアン女性からみてすてきな恋人の候補者と見なしてもらえる可能性も高まるでしょう。だから、その世代の人で、「股間にヘンな竿のある自分の身体には強い違和感を覚えるけれども、性的指向は女性に向かっている」ということをはっきり自覚する人は、性的指向が男性に向かっている人に対して引け目を感じることなく、「自分も性同一性障害でMTFだ」という事実を人生設計に組み込んで、身体の性別移行をきちんとやっていけば、将来は「女性を好きになる女性」として、すてきなパートナーに恵まれることもできると思います。

 

その場合、その人が本物の「MTFレズビアン」であるなら、女体化によって「股間の竿」を除かれることについては何の未練もなく、SRSを受け終われば「ああ、これでせいせいした」と感じるでしょう。そして、自分が男性としての性的交歓を女性とのあいだで一度も経験しなかったことについては、何の不満も感じないと思います。

 

私も、もし世が世なら、12歳ぐらいから身体の性別移行を始めて、上に述べたような意味での生粋の「MTFレズビアン」になることはできただろうと思います。

 

そうでない「ただの女装好きの男性」が誤った妄想に取り憑かれて「性転換手術」を受けてしまうと、「男性としての欲望を果たす道具である大事な大事な竿を失った。悔やんでも悔やみきれない」とボヤき続けている「性転換大失敗」さんみたいになるのですけど。

http://blog.livedoor.jp/yellowreds/

 

 

 


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このたび、受洗後のキリスト教の学びの一環として、新約聖書に出てくる一見あい反するかのように見える二種類の「祈り」のあり方について、相互の関係をどうとらえたらよいかを「Yahoo 知恵袋」に質問として出してみましたところ、一騎当千のすばらしい回答がいくつも寄せられましたので、以下にリンクして、読者のみなさまと分かち合いたいと思います。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14188612439


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私はご多分に漏れずスギ花粉症ですが、何年か前にアレルギー物質への身体の反応を種類別に測定してもらったところ、ヒノキの花粉にもアレルギーがあると言われました。

 

で、今年の花粉ですが、例年に比べて多いとは言われているものの、4月に入ればスギ花粉の飛散量はだいぶん減るはずだから、楽になるんではないかと思っていたのが、いっこうにそうなりません。

 

むしろ4月に入ってからのほうが、クシャミ、鼻水などが激しくなり、おまけに鼻の奥の「ツーン」とするような痒み(ときには痛み)が、ひどくなりました。昨日、病院でこれまでも飲んでいた抗アレルギー剤に加えて、点鼻薬「ナゾネックス」をも処方してもらうことで、やっと少し、楽になりましたが。

 

で、どうやらこれは主として、スギ花粉への反応よりも、ヒノキ花粉への反応であるらしいと、思い当たりました。

 

実際、ネット上で花粉情報を調べてみると、スギ花粉の飛散量は落ちてきているものの、ここへきてヒノキの花粉の飛散量が例年とは比べ物にならない高レベルに達しているとのことです。ヒノキの花粉の飛散は毎年四月中旬までは続きますから、まだ二週間ぐらいは気の抜けない日々が続くでしょうね。

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