びわうたうたい・演術家・Ashの風旅ブログ

人生何度目かのメタモルフォーゼ中。


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○○始めました。


○○に入るのが「冷やし中華びわうたうたい・演術家・Ashの風旅ブログ-29015.gif」というにはまだ早いこの季節。梅雨入り前のこの時期にすると良いと言われる「禁糖」生活始めました。


義母のやっている野口整体ではポピュラーな取り組みで、主に夏を挟んだ季節の変わり目に行う。

腹部第二調律点(おへそより指三本上)に中指と薬指を交互に当ててみて、薬指の方がなじむ感覚があれば、行った方がよいとか。(私は整体に関しては素人なので、あんまり詳しいことはわかりません。でも、この「感覚」はよくわかります)

ずっと行うわけではなく、10日とか2週間と期間を決めてやる。

お菓子を食べないだけではなく、砂糖を使った食品を一切口にしない。調味料としてもNG。

砂糖を抜くことは全然苦にならないが、同時に摂ってはならない「アルコール」「コーヒー」を抜くということに完全に臆して、今までは試みようと思ったことすらなかったのだが(笑)、気がつけば授乳中の今どちらもやめているではないか。

加えて、生まれて初めて味わうこの身体の不調。

産前の状態に戻す、どころかそれより健やかな身体を目指すのであれば、こりゃやるっきゃないでしょ。(当然今は薬指がなじみまくりなのよさ)


いざやってみると、意外なほど普段使っている食材に砂糖が含まれていることに気がつく。ドレッシングや梅干し、だし醤油、お前もか。市販のもずく酢も食べられん。(市販のお惣菜はほぼ全滅…)


ま、気長にやってみるつもりです。
1週間~10日くらいの感じで、中指がなじむようになったらやめる。




そんな私のきょうのおやつはコレ↓

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水戸に住む叔母さんが送ってくれました。
めっちゃ魚うお座

もぐもぐ。

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アジサイ、と呼ばれていた頃がある。

源氏名ではないよ、念のため ( ̄▽+ ̄*)


東京に越して来てすぐ、土曜日だけ遊びにいくようになった子供の広場で、地域の子供と遊ぶサークルの兄さん、姉さんたちがつけてくれたあだ名だ。

雨に息づく覆輪の花弁にしっとりした和装の女性のようなつつましやかな美を見るのか、日本の庭にはなくてはならない人気の花だが、この花が好きだという子供はあまり居まい。

加えて、ネーミングは「響き」命だと思っていた私(子供のくせに(ノ´▽`)ノ)はご多分に漏れず少々不満であった。今思えば贅沢なことだ。



母の日が近づくと花屋の軒先はカーネーション一色になるが、近年そんなカーネーションの影にさまざまな色や形をしたアジサイをみかけるようになった。聞けば、リボンのように麗しやかな見目形に改良されたそれらは母の日の贈り物として人気が高いのだという。



贈る相手がいなくなったにも関わらず、やはり手に取ってしまったのは、単なる感傷ではなく、実際納骨までは実家にいる母親の仏壇に備えてもいいと思ったからなのだが。

花屋のオヤジはとても気さくな人で、アジサイの話からバラ、スイートビー、松田聖子、鎌倉、オヤジの家族の話、オヤジの前職の話と世間話が咲き乱れ、気がついたら小一時間が経過し、私の手にはこのアジサイが提がっていた。その名も、「アジアンビューティ・クララ合格



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そもそもクララというのはアジアの名前ではないだろう。
アルパカみたいに毛がもふもふしているのだろうか(←それはクラレ)


オヤジによると、ガクアジサイの中でも山に自生する古来種から出来た品種で、葉っぱが小さいのが特徴だそうだ。光のあたり具合で色が変わり、見ていて飽きない。


少しでも水やりを怠るとすぐにへそを曲げ、気まぐれに色を変える山出しのじゃじゃ馬。これならその名を拝借するのに違和感はないが、今ではもうその名で私を呼ぶ人間などいない。




世話するうちに愛着がわき、迎えた母の日にその鉢植えを愛でていたのは結局わたしのほうだった。小さい花が沢山集まって形成されているその姿に、なぜこの花が「母親」に愛されているのかわかるような気がした。

Facebookなどを見ていると、同世代の書き込みは「母の日に○○をあげました」ではなく「母の日に○○をもらいました」の方が多かった。あげることばかり考えていたけれど、そうか、いつのまにか祝われる側になっていたのか。

それならば、この花は傍に置いておこう。
私が毎日世話をしよう。小さき青きものの集まりよ。




ガクアジサイ
花言葉:「移り気」「元気な女性」「家族の結びつき」


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母の四十九日も無事に終わった。

あっという間のようで、一日一日があり得ないほど緩慢に感じられた二ヶ月。赤ちゃんと暮らすということは勿論楽しいことではあるが、ペース配分が難しく、時間そのものはゆっくり流れているにもかかわらず、自分の時間を捻出するのが非常に難しい。(というより、ほとんど、皆無。)加えて、目線が明らかに変わり、今まで目を瞑ってきた世界のパーツがすこしずつ姿をあらわしてきているのを、薄目をあけて観察しているような感覚をおぼえる。たまに、当たり前だと思っていたことの新しい側面がいきなり見えて瞠目し、くつくつと笑いが漏れる。それは、傍目に空太郎が今世界と出会っているのと似ていると思えたりする。

今、できないことがいっぱいありすぎる反面で、今しかできないこともやはりたくさんある。しかし、前者は自分がしたいことであるが、後者は必ずしも自分がしたかったことではないというのがポイント。開かれる、というのはこういうことなのか。

すべてを受容して、たゆたう時期も人生には必要。そうすると大概が楽になるということを、母はよく会話の中で示唆していたものだ。同性の子供を持つ母親は、自分と子供の違いを認め、受け容れるのに若干の努力を要すると聞くが、自分とは180度違う方向に彷徨していく娘を異文化を理解するようなやりかたで受け容れ、見守り、楽しんでいたのかもしれない。

受容性の高さは生きる為のヒントではあるけれど、それは同時に自分の世界を内側から崩壊させる危険性を孕む。自分一人の世界で完結させたものは純度は高く、見るものに「美しさ」を感じさせる。それをしたければ、十代のうちに成し遂げてしまうか、百年の孤独と向き合うか、どちらかしかなかろう。

しかし世界は作る側と受け容れる側に二分される、かというとあながちそうでもない。それこそ、目を瞑ってきた世界に即した作法はもちろんあり、そちらへの回路が開かれた今、清濁併せ含んだ土壌で開く花苗を育てる。それが流儀。



上記のようなことを、「どうでもええわ」と思う瞬間が日に一度や二度あるのも事実。

髪は抜けるし肌は荒れるし、背中から腰にかけては石みたいだし腱鞘炎が悪化して楽器もうまく弾けないし、骨盤底筋群は傷ついたまま朝夕痛むし、足は萎えるし寝不足だし乳腺炎で子供は泣くし、でも。


母の命がここにつながっていると思うと下手な理論なんか消し飛ぶ。

「世界ってこういうことだったんだ」

とすべてを受け容れそうになる。実際、受け容れる。
この「こういうこと」の理解とその喜怒哀楽を分かち合えるのは、おそらく自分の母親だけで、だからこそ多くの「母親」になった友人が、母を失った私を矢鱈心配してくれるわけなのだろう。
母親のいない子育ての孤独はしかし、自分が耐えればいい話だ。空太郎にはまだおじいちゃんも、おばあちゃんも、ひとりずついる。母親もいるんだぜ、頼りないけどな。


そういうことなのだ。


四十九日の法要、滞りなく終えられたのは、キャゼルヌ先輩ばりに事務処理能力の高い妹のおかげである。参列者のグリーティングからタクシーの手配まで時間管理とともに見事にことがなされているのを見ると、感嘆すら覚える。美しい兵站を見るようである。

星回りというのは良く出来ている。ひとには、時に応じて変化するのだ。性質や属性は変わらなくても、状況や環境がその能力に翼を与えたり、枷をはめたりする。だから傍目に人が人を判断や評価することなんかにそれほど意味はない。諸行無常とはすなわち、人の業に対する言。人間がそれを「常」と見る限り、苦しみから逃れられない。

すべてうつろうものを是とすることで、寂しさから逃れられるというのに、敢えて寂しさを求めてしまうのもまた心の仕業。


藤棚の落とす影に憩いながら、五月のやわらかい風に飛んでいきそうな思考を追いかけた一日。膝に眠る吾子の歯は未だ見えず。

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あ、ところで、藤棚のいちばんいい時期は実は今で、紫の花房がたわわに下がる頃になると迂闊には近寄れなくなるということを知っているかな?

理由は…、
考えてみてね (°∀°)b

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