音楽の根源を求めて

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音楽について語る時、一般は楽しいが場合によって苦痛になる場合がある。音楽は自らが発したり感じたりするものであって、そもそも考えたり批判したりするものではないからかもしれない。音楽をかんがえる耳は入ってくるものを分解しがちだと思う。表現に自信はないが、音楽が音として入り込み、脳内で再構築してしまっている。もちろんそれはオリジナルとほぼ同じものなのだが感じかた(考え方)があまりにも違うようにおもう。作曲側にも言えることだがパーツの構築が音楽となっている場合が多々ある。音と音楽(音楽の定義はとくにたてないがイメージにあるもので滅多にまちがいはないとおもう)の境目みたいなものはそれぞれにあるとおもうが、どこでそれを判断しているのか疑問である。自分の場合、音楽は肉体的のもので音は精神的なもの くらいにしか分類していないが音楽も精神的でなければつまらないとおもう。高揚した状態や衰退した状態を精神的な捉え方をする考えもあるだろうが、それも肉体ありきの精神状態のことであろう。(精神にのみに肉体的感覚があるという説もあるので断定しずらが)音楽とは精神では聴くこと(感じること)がしずらいものであって一般のいう生きているものというのは的を得てるのかもしれない。肉体的なものゆえに感じることができて肉体経由で精神になんらかの影響をあたえることができるもの。音楽に限らず五感をつかうものはそうゆうものだ。逆に六感以降は精神から肉体へのメッセージになるのだとおもう。相互関係。音楽も自分の中で循環させれば新しいものがうまれたり聴こえたりするはずである。まーようは死ぬ前に聴け!!みたいなー。わかってるよそんなことは。
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