INT

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今、家の音楽機材やらソフトシンセらの設定を大幅に変更していました。

インターフェイスがもう一つあればおもしろいことに気がついたので、明日みてきます。


ひとり楽しくなっているので今日はここまで。

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ggjjf

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一日のコピーの連続の3日間が続いています。

南博のelegyを聴いてばかりです。


静かな音に動揺さえ覚えます。


なんどリピートしても、1曲目がどれかすらわかりません。


「最近なに聴いてるの?」1週間で2回この質問を受けました。

好きな音楽が短期的に変わるため、よく受ける質問です。

それでも音楽が好きなのですからね。


なにを聴いているか。

聴くをいう方法を確立したのはいつのことか、それこそ5年前ではないか。


その方法に従って、なにを聴いているか考えると、なにもきいていないと言うしかないのです。


ただ身近に音楽が流れているのは確かなのですが。


さんざん、効果や手法を聴いたあげく、飽き飽きしている自分がいる。


効果や手法なんて感じさせてはおもしろくない。


プリセットなものでしかない。


曲が作れない。


作曲の方法を知らないまま、5、6年もやっているが、それこそ、手を止めるのは自分自身だ。


思考や、インプロでさえ、すべて無意味とおもえる。


やる必要性がない。


継続なんて嫌いだ。


煮詰まったものは時間で表されるものでも、量であらわされるものでもない。


自分の煮詰まりなんて1音にも満たない。


そんな断片を集合させることで、連続ができる。


それもあれもあなじことだ。


少し、正直になろう。


とおもう。


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d s

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dj shadowについて。


高校の時、フューチュラのジャケにひかれて買い、その後に多大なる音楽思考的影響をあたえたUNKLEのサイエンスフィクションでdj shadowをはじめて意識する。

unkleについて書いているとかなりの入れ込みようだったため永遠話は尽きないので、少々。


もとはジェームス・ラベルのソロからのスタートだったけれども、ほぼshadowとの競作といった形。

サイエンスフィクションには、レディオのトム・ヨーク、ヴァーブのリチャードなんかも参加していて勝手なアルバムという印象。


サイエンスフィクションの話をしたいわけではないのです。(あまりに好きなのでつい・・・・)


unkleとほぼ平行するようにshadowがmo.waxよりendtroducing...をリリース。


自分は混乱していました。なんだこれはと。


いまでもよく聴いています。レコードなど4枚同じものがあります。


いまだに引きずっている音楽はあの辺の音だけでしょうか。

家のレコード棚はどんどん腐ってきている。入れ替えていかないと、音楽以下のものが大半だ。


なぜshadowのことをいまさら書いているかというと、アルバムがでているからですね。

the outsider


前回のプライベートプレスの時から、感ずいてはいたんだけれど、endtroducing...が好きなだけで、shadowの音楽性は理解しがたい。

the outsiderに限っていえば、駄作です。


dj shadowについて言いたかったのはそれだけです笑



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tad

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9/29発売。 THE AMBIENT DRIVER / 細野晴臣


95年から2006年に何冊かの雑誌に寄せていたものの編集本です。


ちなみにGYAO で細野さん観れます。


細野さんの東京シャイネス。

細野さん歌っているとき時あえて低音を抑えているんだろうか?

それともマイクの選定か?

なんにしろ、ボンボンとなる声の印象はあまり前面にだしていないのが印象的。


歳のせいかともおもったが間にはいるインタビューでの声はあまりにもボンボンいっているのです。


わからない人だ。


みながら書いているので集中できず、終了。


TZDB

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先日は東京造形大学の文化祭に遊びに行きました。

友人の影山氏が在学していて、それを観に行ったわけです。


11時から影山氏の映像作品が上映されるということで、前日あまり寝ていないながらも休日の朝はやくに相原へ向かったわけです。(東京の端っこ)


電車で睡眠する予定が、抵当に家で朝カバンに入れた本(服部正のアウトサイダーアートについて書いたもの)が不適当に思え、悶々をしながら電車にゆられること約2時間、気がついたら空気に密度を感じるわけです。


そこから造形のスクールバスに乗り、山へ山へ。

途中、馬なんかがいり、不本意に伐採されたまま、10年は放置されているであろう土地が道沿いにあったり、まるで温泉にでも行くのではないかいう風景。(スクールバス内は文化祭ということもあり、しれーっとお洒落を決め込んだ学生のみで構成されているため、不釣合いではありましたが)

学校は山間に突然現れ、開かれた門にバスが入っていく様は、さも隔離病棟にでも入れられる閉鎖感。(開放的でもある)


イカレタつくりの建物はきっと山の上空からみると、要塞のように観えるのだろうと想像しながら、バスを降り、影山氏に電話するも繋がらず、一人ブラブラしていると「上映会」とかかれた看板を立てかけるところを発見したので、どうせここにいれば来るだろうと思いながら映画をみているとホントに来る。


影山氏の映像は彼らしい、面倒くさいアナロジーなもの。

とても密度がある、形容しがたいものです。

データに起こしてもらったらdada-experiment-society のサイトで紹介する予定です。


その後も影山氏の案内で校内を回り、今度は彼の写真作品展示のところへ。

r 「タガメ」という作品。きっと名前はなんでもいいのではないだろうか。


x 展示作品について曖昧な説明をする影山氏。


自分の写真ではうまく伝わらないので画像を載せるのもどうかと思ったわけですが、これはこれで乗せます。

後日こちらもサイトでしっかりと。


影ちゃんが考えた手法で創られた写真作品なので、早いとこ表に出さないと俺みたいな奴にパクラレてしまうわけです。


作品を作っている人全般に言えることで、自ら宣伝をしない様子が伺えます。

宣伝されていても方法が曖昧すぎて理解できないのですね。


レコードをジャケットで買うかと言われたら、そうではなく、視聴してかいたいですよね。

この場合、「絵」がレコードでいう「音」になりますから、ジャケットを作ってあげないといけないですね。

音だけ流れていて気にいったのに買えない。地方の垂れ流しラジオなんかにそんな傾向がありますね。


そうゆう作業をする人がいないことはもったいないことですね。

皆結構なものをつくっているのに。


そんなこんな思いながら、午後になると、毅の地元も友達なんかも現れる。

DiLDoSという浜松のサイコビリーバンドのGt,Vo。

cdをもらい聴いてみると、とんでもなくかっこいいわけです。

今年のbig runbleにも出場したようですが、そんなことはどうでもいいといった感じが相変わらずです。

xx 作品をみるDiLDoSのGt,Vo。


久しぶりの友人に会い話しができてとてもよい日でした。


またもコンプレックス作品ができそうな予感がしています。

今日はぼんやりpc前に居座ることにします。


fg

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ge

フィリップ・グラスのグラスワークス を聴きながらかいています。

多岐に渡る彼の作品の数枚しか聴いたことがないので、なにを書くでもにのですが、タイミングというかなんというかグラスの名前を頻繁に見る今日この頃なので、ついつい。


9/30にピーター・グリナウェイというイギリスの映画監督(「数に溺れて 」の人、ちなみにこのおっさんの映画音楽はほとんどマイケル・ナイマンらしい)が作成したdvdが発売される。

イギリスのテレビ局で放送されていたドキュメンタリーなのだけれど、これがすごい。

nyの前衛音楽家に焦点を当てたもの、「現代音楽ファン垂艇」という触れ込み。


現代音楽ファンのおっさんに限って「垂艇」などしないのではないかと、垂艇している自分がいる。

同時に2枚発売され1本のdvdに2人ずつ収録。


フィリップ・グラスとメレデス・モンク

ジョン・ケージとロバート・アシュリー

の2本。


ロバート・アシュリーの映像にはおそらくローリー・アンダーソンもでてくるだはないだろうか。

かっこいいおばさんである。


今日はフィリップ・グラスのお話。

ミニマルミュージックの先駆者として、テリーライリーやスティーヴ・ライヒと並んで称されることが多いようですが、とんでもないゴシップだということには何枚か聴いた人は気がつくのではないでしょうか。


グラス自身1970年代中盤でミニマリズムは終えていると語っています。


レコード屋にはミニマルと書いてある棚もあります。

微妙な4つ打ちばかりでなんでもない、暇つぶしシーケンス上でコピペしたような音楽?(塩ビのゴミ)ばかりが入っています。


クラブにいってもその「塩ビのゴミ」ばかりかけるdjは真顔でシレーとして淡々と。

なぜか大体男前。


そんな話ではないですね。

グラスの音楽の初期作品のミニマルと言われる作品でもおおきなダイナミズムを感じ取れます。

淡々と微細に高揚感を煽るタイプの音ではないですね。

ライヒもそうですが。


オルガンビートに飛ばされ、ブログを書いてる場合じゃないので終了。


ではまた。


ps

雨さん。

めぐり合う時間たち のサントラもグラスがやってます。







3

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先日、「パビリオン山椒魚 」を観ました。

音楽が菊池成孔というだけの理由で。


富永昌敬という監督、成ちゃんとは初仕事ではないんですね。

成ちゃんのセカンドアルバム「南米のエリザベス・テイラー 」の初回特典dvdの為に「京マチ子の夜」という短編映画を製作していたりで。

成ちゃんのほうから監督に以来したようで。

以前の作品「亀虫」のdvdでは中原昌也とのオーディオコメンタリーが特典されていたり、中原からも成孔からも愛される監督。


まったくわからない。


映画自体の話、撮り方よりは流れを重視している映画。

意識が流れていく感じのものですね。


映画の登場人物の視点の移り変わりが早いのと、彼らの視点の数が増えていくこと。それに観客それぞれの視点があって、それも変化していくのは当然で。


とても楽しめる映画でした。


結果的に感想を述べるときに観た人でだいぶ変わってくると思います。

言葉が見当たらずに「難しい映画だねー」と一言。後ろの席の女が言ったのが聞こえて来ました。

もっとも懸命な感想だと思いつつも、なにか自分なりの感想を探しつつ、成ちゃんが久しぶりに作ったのではなかろうか、エレクトロニカくさい音楽が酷いということが頭をよぎりつつ。

成チャンの音楽はエレクトロニクスを取り入れるとどこかダサい。それに成功しているのは坪口 さんのほうですね。



当日は渋谷中でお祭りをしていて、その中を掻き分けて映画館にいくというかんじでした。

映画館はオダギリジョー氏のファンなのか女性だらけ。


上映時間すこし前にいったので、前方の席。横並びを観ると女性が大半を占める会場のわりに、追いやられたおっさんばかり。

その一列だけみたら、これから仁義シリーズがはじまってもおかしくない様子である。


映画が始まり、香椎由宇が出てくると「大停電の夜に 」をおもいだしたりなんかして。

あれも成ちゃんがサントラを手がけてますね。


どちらも必要とされてる人達で、そのこと自体この映画の意味がありますね。


香椎ちゃんがトレンチコートを綺麗にきていたのを見て今日トレンチコートを買ってきたり。

また黒。


それと今日は本を売りに行きました。

本屋で査定待ちしているときに、マイケル・ナイマン の 「the piano」 が350円で売っていて、購入。ありえない値段である。


あとは今週中にcdを売りに行くのです。


ものを減らそう手放そう。





huruel

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こんばんわ


明日から当分仕事から何やら忙しくなります。


ライブだらけです。


9/15

masayasu tzoboguchi trio 渋谷o-nest


9/22

The shape of jazz come-new jazz 2006 新木場ageha


9/23 24 25

菊池成孔 3days 新宿pit inn


10/7 8 9

sonarsound tokyo2006 恵比寿ガーデンプレイス


10/9

dcprg 渋谷o-nest


10/29

alva noto +ryuichi sakamoto -insen- 渋谷公会堂


11/4

ジョアン・ジルベルト  東京国際フォーラム



明日の坪口trioにはじまり、11月のジョアン・ジルベルトまで、なんていい週末の連続だろうか・・・・・。

すべてはいけないのだけれど、できる限りいこう。

すべて行ったら5回 成ちゃんを拝見することになってしまう。

成ちゃんは人気者だから嫉妬してしまうのだ。


sonerは出演者がすべて決まりタイムテーブルが出ていますね。

会場を2つに分けるやりかたは変わらないようで、今回も身体が幾つあっても足りず、会場内をジタバタすることになりそうです。

2days passでもいいのですが、1日目の気分次第になりそうです。


ソナーが終わるとdcprg。

どうなんだこの連休は・・・。


少し間がありて、notoと教授。

これは誰か誘って反応があるようなら行こうかなと。いきそうなのは・・・・兄くらいか・・・。


11月のジョアン・ジルベルトは必ずや行きます。

これも同じ会場に家の3兄弟がいるような気もしますが・・・・。



ちなみに仕事もなんだか忙しいです。まだキャパはあります。


dadaーexperiment-societyのステッカーが届いていました。

入稿の際、頼んでもない白枠みたいなものがついていたので、苦情のメールを送ったところです。

さてどうなる。(これはこれでいいんだけど)


hpは週末大幅に進める予定でいます。

もちろん気持ちだけです。


ではまた



9.11

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5年前の9.11。 19歳。

当時の家、三鷹で徹夜してぼーっとしている朝方にテレビをみていると速報が入ったことを覚えています。

映像を見た瞬間にノートを手に取り、報道アナウンサーの発言やその瞬間の気持ちをつずった紙切れをさっき発見しました。


2004年の9.11に発売されたウィリアム・バシンスキー のdvd[disintegration loop 1.1]にはさんでいたものです。

彼がブルックリンの自宅からそれを取撮った映像に彼の音楽をくわえたもの。


出てきた紙切れはとても丁寧な作りでした。

ひとつひとつまとめようとしている様がうかがえます。


なんども同じことを書いていて。

1日中テレビの前で書いていたんです。


同じようなことを事をなんども。


同じようなことばかり流れてくるから。もちろんその事実に対しての事ですからそれでしかないのですけど。


次の日にもなると新聞やメディアも背景のあるものを伝えてきます。

評論家が過去を掘り下げたり。

情報は肥大しましたが書くことはすぐになく自分は日常にもどったんでしょう。


何冊か本も買いましたが、自分がノートに書いていたようなことは書いていませんでした。


3年後2004年。ウイリアム・バシンスキーの作品を見たとき、そのときの視覚の記憶が鮮明に蘇りました。

この人はもしかしたら自分と同じ目線であの風景を、それも自らのレンズ越しに見ていたのかもしれないとおもいました。


見ている・・・・・観ている。


彼を巻き込むつもりはさらさらありませんが、自分のノートの目線はとても言えたものではないです。


心から冥福を祈る相手はいませんでした。


その前の年2000年に死んだ友人に冥福を。