delay

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みんな大好きdeley。音の遅れですね。
先日はじめてこのdeleyを作曲以外でつかう場面があった。
縦長のホールでのpaである。deleyスピーカーの存在は知っていたし仕込んだ事もあったがオペははじめてである。ようはステージ付近のスピーカーからきこえる音とフロアセンター両ハジにおいたスピーカーの音が同時に耳に入るようにするためにdeleyをかけてフロアセンターのスピーカーの音を遅らせるのが目的。遅らせないと後ろで聞いている人間は常にエコーがかかったような音を聴くはめになる。スピーカーの距離、位置によりあるていど数字はだせるが当てにならないことが判明(もしくは計算ミス)。
不得意とする微調整である。一般的なdeleyマシンとは違う、そして1Uに収めてしまったこのレンタルマシン。少ないボタンと小さなディスプレイのみがたよりである。アナログ回路万歳の自分にはきつい作業だ。つまみで遅らせて合うならそれでいいじゃないか!とつまみ無きこのマシンに問う。
まーあきらめてボタン連打でDeleyタイムを適度にのばし音をだす。自分の音とりはインドープサイキックスですることが多いが、たまに音響測定用ですか?などと聞かれる始末。説明できず会話終了。
さて、音を出した途端様子がおかしい、どうやらdeleyタイムのケタがまちがっていた様子。最高列で聴くインドープはダブと化しているのである。{やばい・・・}{freshだ!}
夜中の仕込みで誰もいないことをいい事にインサートしていたspx990を使い重ねてdeleyをかける。こんどはdeleyタイムたっぷりである。どんどんヤバイ音が増幅されてあっという間に団子上になる。
その時奥のドアから光がもれるのがみえる。{ヤバイ!}フェーダ―を瞬時にさげるがdeleyされた音が反響しまくっている。使い慣れたspxのほうのinputを少し遅れて下げるがまだ残っている・・。このレンタルマシーンである。どうやら1桁どころの間違いではなくすさまじいdeleyがかかりっぱなしである。インプットレベルのつまみもない。(実際動揺していて見失っただけだが)
会場に入ってきたのはイベントの仕切り屋さん。deleyされたインドープを背にこちらに歩いてくる。{そうとうヤバイ}
近くまできて一言「すごいですねー」{えっ}である。
「こうゆう音でチェックする人もいるんだなー」とかいわれる。
なんだこのおっさん、わかっていない。
スピーカーを飛ばしかねない勢いでdereyを増幅させて遊んでいた事実にきずいていないのである。
このチェック音源がpa定番ドナルド・フェイゲン「ナイトフライ」ならば、ばれたであろう。
ありがとうインドープ。
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音楽とラーメン

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写真は巨大なおたまじゃくし。
音楽についてまたもや考えさせられたので一つ。
ジャンルという言葉がありますが、ここでジャンルの違い、有無意味について書くことはしない。万人がそれについての考えはちがうし事実混乱している面もあるからだ。今のところ自分は、すべての作品のジャンルが個々のものという意見と良い悪いだけの極端な分類の2点でジャンルが存在していると言う考えだ。音楽を聴いているのは聴覚でそこでは振動と周波数の違いでしかない。脳や精神がそれを解析しているのはわかる。だから環境の違いや精神状態で聴こえてくるものがちがう。音楽で感情移入される人が多いがそれはその音楽の話ではない。お前の妄想の話だ。
飯食ってうまい。sexして気持ちいい、本読んでなった気、映画みて主人公、走って疲れる、花がくさい、あっ霊だ。残念ながら全部脳内の話。
音楽も脳内。
これでよかったんだろうか。それぞれの器官に影響が与えられる。美味いもんくってるやつと牛丼食ってるやつで聴こえ方が違うことになる。
音楽の感覚について書いているが日本人自分個人の感覚であるのも注意したい。アフリカンな連中の音楽感覚はあきらかに違う。
例えばcdを聴いていて家の外で車が走ったとしてもそれを音楽として聴く人はあまりいない。車の音がしようとcdが音楽であり車は騒音ととらえる。同じ振動と周波数の問題なのに。分けてるのは脳内でしかない。過去に学習している車の音が音楽な分けがないというふうに分けているわけ。
大体の人に偶然の音楽がなくなっているんです。
しかしcdに車の音が入っていれば音楽としてとらえられるんです。スピーカーから聴こえるものはすべて。
残念な話。
音楽が認識でしかなくなってる。(少なくとも日本)
それはcdにはいることによって誰かが音楽として捕らえたという事実が安心感にもなってるんでしょう。それとは別に例えば砂漠でレコーデイングしたとしてその場に聴こえる音楽(ここでは楽器)以外の音も収録されたcdを聴いて空気感を感じたりするんですが、実際聴いている部屋の空気は聴いていないんですね。
ジャンルの認識もそれと同じ。音楽の認識はもう洗脳されてしまってるが分類まで洗脳されてるのが危険である。これがラーメンでこれがうどん。もとはにたような粉。これが醤油でこれがミソラーメン、これがとんこつ醤油でこれがみそベースとんこつ醤油、これが横浜系とんこつ醤油でこれが長崎砕きとんこつ醤油。ぶっ殺す!!!!!
分類は醤油みそトンコツ塩の4つで十分。ようはそれ以降だ。自分は違う的エゴでしかない。トンコツ醤油などトンコツでいい。土地の問題でもなかろう。
おなじ脳での認識だから音楽にもラーメンにも似たような傾向が見られるのだ。
パンクだサイコがヘビーだスラッシュだポストだソフトだエモだアバンギャルドだカントリーだプログレだロカだネオだハウスだテクノだエレクトロだヒップにホップだ音響だジャズだクラシックだオールドスク―ルだニュースクールだサイケだアシッドだアイドルだオタクだレゲエだスカだルーツだ初期だ後期だ年代だなんだかんだ!!全部なしだ。なしなし。

やりなおし。東京みたいだ。
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引越し

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2月中頃に念願の引越しである。物件は決めてあり新しく広い部屋だ。もともとごちゃごちゃと物欲みたいな部屋にいるので広くなるに越したことはない。
部屋の配置が今から楽しみで仕方ない。そうスピーカーの位置である。
現在は部屋がせまいため金属の棚の上にインシュレーターいれて鳴らしてる状態だがなんせウチのスピーカー(jbl4312a)ウーファーが強力なのですこし煽ると棚がビビリ話にならない。はっきりいってあきらめている。
それが引っ越すことにより新たな可能性を見出すかもしれないのである。
本領発揮。
新しい部屋は内覧した時に手を叩いた感じでは反射が強い印象がした。話し声は吸われていたのでホールほどのものではない響きである。おそらくカーペットを敷けば解消されるものである。しかしここで難問である。ものが多いためカーペットを敷いてしまうと、もしもの時はずすのが困難である。もしもの時というのは他の家具、レコード等を置いたときに発生するであろう余計な吸音である。ハイを煽ればいいではないかという意見あろうが、余計な周波数はいじりたくないないものだ。怖いのはカーテンである。あんなに吸われるものもない。部屋の配置からいって窓をセンターにスピーカーをステレオで置こうと考えたがセンターにカーテンはまずいのである。ステレオとはいってもセンターからモノラル一直線みたいなイメージで聴こえるのが理想である。用はそこが吸われてしまうのは危険である。ブラインドの購入を考えているが窓がでかい為余計な費用になってします。仕方あるまいか。
そしてスピーカー置く台である。スピーカースタンドはよいもので10万はしてしまう。よくなくていいじゃん!的発言はゆるすまい。なんせ唯一なにかと触れる部分なのだ。3つ穴ブロック積み重ねが定番だがやけに低音が増されるという話も聞く。しかし貧乏な市民はこれでなんとかするしかない。よって縦横交互の積み方ならばあまり増幅されないのでは・・・とおもっている。インシュレーターで設置面最小にすればたぶんいける。いけ!
スピーカー問題さて置きアンプ問題。去年?新品で買ったcec3300のプリメインアンプ。最近ガリガリ買った時からゲインをあげるとガリガリいうのである。
完全無帰還の回路構成とはこういうものだと言い聞かせて3分程前に至るのだがこのブロクを書いている時に改めて初心にかえり触っていた時のことである。
{ガリガリいうなー}などと思いに浸っていると、ふとオーディオファンとして自分ではなく、うんこPAとしての自分が現れたのである。{ガリじゃねーの}うんこは言う。{いえいえ、完全無帰還の回路構成による諸事情ですよ}オーディオファンは言う。
我に返りガリチェック。電源を切りゲインを左右に回しまくる。なにかに引っ掛けるイメージである。電源を入れstone throwのミックスコンピ101を書ける。(このcdすすめてくれた崇先生ありがとう)
・・・・ガリであった。なさけない・・・。なんだか音さえよく聴こえる。
新品という事実に疑いを掛けず1年近く。怒りではなく情けなさ先行。
とういわけで音自体は気に入っているこのアンプ、嫌いになったのは、つい4分まえである。やはり念願のmcintoshのアンプを買おうと誓う今現在。時間と心の変化は早い。宇宙に時間の概念はない。時間は心の変化でしかない。(誰だ)
McIntosh MC7150 クラスのパワーアンプなら中古で15万くらいで落ちていたりする。15万であの青いパネルが手にはいるなら・・・。この際プリアンプのことは考えないでおこう。(実際プリアンプにあまり魅力も感じないのである、なんせスイッチャ―みたいなもの的考えかたしかしてないからだろう。)
3ヶ月後目安で購入しようとおもいます。決まったものは仕方がない。

話はスピーカーにもどるが最近4312Dがでた。4312シリーズからすべてのユニットと一新したもでるである。(それって4312ではないのでは・・・)見た目は4312bに近い。
これがものすごい好みの音なのである。jbl独自のジャズ的な音ではない。音が明瞭なのである。しかしスタジオモニターとしては使いずらい。フラットではなく、立体の明瞭だ。{これなら見えるかも・・}といった感想。ようは「曲者のスタジオモニター」的な音なのだ。これが好き。生の質感をオーディオに求めるオーディオファンがほとんどだが、自分の場合、質感はほぼレコード溝に詰まっていると考える、割とアナログ以前の信仰的考えだ。オーディオはそれを何事もなく鳴らしてくれればいいにすぎない。
しかし何事もなくすのが大問題だからやめられない。
地元のjazz喫茶ベイシーの親父がcdをレーザーで読み取ることより一本のはりを溝にうめて音が読み取られるほうが数倍不思議だと書いていたが、そのとうりだ。宇宙人がみたらきっと溝を拡大してミクロマンのような生物を散策するに違いない。{ココニナニカガイルゾ}{ココニモナニカイル}{アッ、イナクナッタ}{サワルトコエガカワルゾ}{コウシンニセイコウシタンダ!}
レコードで地球が救われる日も近い。
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nanoloop

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nanoloopVER2.0がもうすぐでる。ALEC EMPIRE VLADISLAV DELAY APHEX TWIN DAT Politics Merzbow Pyrorator Stock, Hausen & Walkman(これは当時のnanoloop使用者。とりあえず有名な方々を・・・)
なんてことはないgameboyソフトなのですが、ようはシンセとシーケンサーな分けです。造ったのはドイツのどっかの大学生。3か4年前に発売されたこのソフト。友人のオトトくんと共にオトト君の実家長野へ向かった時はこのソフトにお世話になった思い出が・・・。
感覚的にはステップシーケンサーです。音源が何個かあり、キーほ決めて16個のマスにシーケンス。単純なので使い込みが必要なわけです。しかしこの音源がどうにも好きになれず自分なんかはホッタラかし。ここで登場したのがmidiアダプター。nanoloopで別音源、サンプラーなどを鳴らせるんです。が!!
ようはgameboyで完結するから魅了があるわけで外部と接続してしまった段階で価値観がなくなるわけです。ということで結局アダプター購入は見送ったわけです(国内では手に入りにくいし、ネットで仕入れるほどほしくもない)gameboy用の対戦ケーブルで繋げば同期再生できるという話も聞いたが、もう1セット買うやつもいまい。

で2.0の話。詳細わからず。GBA用で開発されたのは間違いなし。
てこと音源部が強化されている事になる。GBAの音源部はわりとよくできている。
そしてGBAで発売という事であればエミュレータも発生すること間違いなしです。これに誰かが改造コードさえ作成すればいかれたnanoloopが完成するかもしれないのです。(pc上で作動させることになるので前記した価値観はないのですが)pc上のエミュが納得いかないのならnokiaの携帯に落とせるのでそれで使用すれば携帯でnanoloopなのである。(音源部は携帯のものになるが・・・)nokiaならメモリカードもついているので保存も大容量可能になる。ただここまでしてこのgameをやる価値がもてる気がしないし、面倒な事は性にあわない。
周りの人間がそろって買うなら4台同期とか無茶してあそべるが一人となるとなんだかあまり・・。オトトくんも即答で買わないとの事。
小学生が昼休みnanoloopを同期させてる姿が想像できる。「よーし、先生も同期するぞー!!」「・・・」である。最近の子はきっと冷たい。

paragon

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JBL。ジェームス・B・ランシングという創業者の名前のイニシャルが、社名でありブランド名になってる。先日、このJBLのかつてのフラッグシップ・モデル「パラゴン」を聴く機会があった。FROM武蔵野JAZZ喫茶ベース。なんとなく所在することは知っていたが、入るにいたらなかったがはいってみるとこれである。{パラゴンじゃねーか・・・}パラゴンは、普段見慣れたスピーカーの形とはずいぶんと異なった外観を持っている。演壇を横方向に大きくしたような形をしている。このスピーカーは、中身は通常の3ウエイ構成。左右チャンネル合わせて6個のユニットが納められている。低音用のウーファーは38センチ。内部に高音用のツイータが内蔵されているらしい。手元に1984年のJBLのカタログがある(何度みてもやばい!)。そのころ、国内販売を手がけていた山水電気が作ったカタログである。巻頭を飾るパラゴンは当時350万円となっている(安くも高くも感じる)。カタログの右上にある断面図を見ると、内部の構造がよく分かる。ウーファーからの低音は、内部のS字型のホーンを通過して外に出てくる。ウーファーのコーン(真ん中の紙の部分)は、張り替えが可能である。古いスピーカーではあるが、日本にはJBLファンが多く、メンテナンスの体制は整っている。正面の半円形に膨らんだ部分は、左右の中音ユニットからの音を反射させて前に出す役目を担っている。正面から見るとネジなどはすべて隠してあるが、全体をいくつかに分解することができるようになっているらしい。ベッド1台分くらいの占有面積で、本領を発揮させるには20畳を超えるリスニングルームが必要とのこと。さらに、300キロを超える重量。移動が大変なだけではなく、床の強度など設置場所を問う。さて、パラゴンは手作りである。ものによって寸法も違ったりするという。これを作る手間とコストは大変なものがあると容易に想像がつく。1957年のデビュー以来、全生産台数はわずかに1000台程度。材料となる良質な木材が手に入らなくなったこと、高度な技術を持った木工職人が引退したこと、などの要因が重なって80年代はじめには製造を終了している。最後の職人は日系人とある。日本の木工技術あればこそのパラゴン。 あっ、ちなみに音はザラッとしてて目が粗い感じ。本来鳴らされる環境とはほど遠い環境であったのとアンプとの愛称(そこはACCUPHASEのA-50とか言うやつ、多分最近のハイエンド機)、レコードそのものによる音いろいろな理由があったと思うが、音は4344なんかのスタジオモニターのほうが好きな感じがした。失礼なはなしだが音なんてどうでもいい。鳴んなくてもいいくらいだ。しかしこの形たまらない・・・。100万くらいなら買ってみようと思った。

農耕

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写真は琴を弾く老子。
農耕民族onジャパン。そう農耕民族なのだ。
今日これをまざまざと感じさせられた場面があった。
韓国人と日本(江戸っ子)の披露宴である。日韓の文化を披露しあう面ももった披露宴だという。新郎新婦入場は江戸っ子大好き「木遣り」での入場である。始めてみた時はジーさんがなにやら歌いながら列なして歩いてくるので行進曲のようなものだとおもいこんでいたのだが、ウチのバーちゃんと電話ではなす機会があったので聞いてみると、どうやら労働歌ということらしかった。重い木や石を運ぶ時の掛け声から生まれたもので、なぜそれがめでたい席で歌われているのかは知らないらしく、自分で調べてみると、発生は信仰的なもので,神霊の依る木という意識から,新築する家に強力な霊力を付与するために使用する木や石を賛美したり,これから建てる家の繁栄を祈願するという祝唄の性格をもつらしい。木遣り唄が盛んに歌われるようになったのは戦国時代以後各地で神社仏閣や城がつくられるようになってからである。
大木を会場内にわざわざジーさんが運んでくる姿は説明しても韓国人にはわかるまい。しかも一人は甲高い声で歌い(鳴くともいうらしい)運び手はそれにあわせ掛け声を威勢よく上げる。ここはホテルだ。古文化にTPOなどない。
霊力という言葉がでたが確かにこの木遣り、独自の訴えるものがある。ジーさんはあきらかにトランス状態だ。トランスエキスプレス。運んでくる。
トランスジーさんはさて置き、掛け声に注目。日本労働歌、もしくは一般的意味でのか歌謡曲に多くみられる2拍子である。日本に2拍子が根ずいているのは四季によるものかららしい。ようは植物的リズム?。四季に応じて育つ植物がちがくそれは一定の周期で繰り返される。それはとてもゆっくりとしていてタメのようなのものも存在している。何故これが2拍子か言われるとすでに定説になっているからとしかここでは答えられない。疑問は多々あるが。
日本の音楽に重要なのは2拍子であることよりもタメなのである。この披露宴余興で琴も弾かれたのだが、これがすごい。3艘並べての演奏で「春の海」(正月によくながれるやつ)をやったのだが、さわりのタメが無音であるにも関わらず伝わってくるのである。視覚的なことであったのかもしれないが、そこにはタメが成立していた。反呼吸くらいだろうか演奏中にもこのタメは随所に見られたが、なによりさわりのタメが不思議で仕方ない。無音なのにはじまっているのだからしょうがない。ジョン・きのこ・ケージのそれとは類が違う。
さて韓国側である。リアル韓国語で解説のようなものが入り、なにやら大人数踊り始める(会場中まわりはじめる)。3拍子だ!その時韓国の祝いの席ではよくおこなわれると教えてくれたのは酔った日本人おっさんであった。{おっさんほんとか?・・・}
この3拍子エスカレートし会場中巻き込んでの大騒動。回ってないのは自分と写真家と収録ビデオ屋くらいで、その他150人クラスの人間が何を中心しするわけでもなく手に手を取り合い結構な速度で回っている。いつなにかが降臨してもおかしくない。(自分はなんかこう人が円になるスタイルが好きだ)
さて結構な間回っているので冷静になってみると、どうもぎこちない。そう我らが日本人である。3拍子など体内のリズムに記憶されていないに等しいのである。トランスジーさんなど2拍子で試みている様子。無理だろ。
リズムの違いを視覚で確認できるなんてすばらしい。
韓国の民俗音楽に3拍子が多いのも調べる必要がありそうだ。3拍子の労働なんて日本人の自分には思いつかない。(猟狩民俗のリズムが早いのは動物的ってことでいいんだろうか。)わからんこと多すぎ。

robert wyatt

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写真はROCK BOTTOM アメリカ版。(やすいので聴くべし)
以前ソフツを書いた時に再販を期待していたcd,ロックボトムが手に入ってしまった。吉祥寺のユニオンに引越し用にレコードダンボールを買いに言っただけだったのだが、ついつい棚を漁る。やけにケビン・エアーズが目立った時点で少しおかしいなと思いながらあさっていたのだが、もうすでに、はめられていたのだ。日々探していたもののオンパレードである。robert wyattのいままで出してきた音源には入っていない未収録曲集のレコード(ジャケがないw)やらアルフレット・ベンジとの共作。そしてロックボトムのlpである。中古で1400円であった・・・・。かなり焦った。{おい!まちがいだろ・・}と心でおもったのだ。このlp国内外問わず相場は1万いかないくらいなのだ。プロモ版やきわどいレコード会社のものではない。hannibal recordsのものだ。見られたらヤバイと思った。強奪されてしまう。反射的に前列のレコードで隠す。その前面のレコードがURのJUPTER JAZZであったのにも不意をつかれた。{おまえテクノだろ・・}
このようにプログレコーナーには色々な思いで買いそびれたけどいつか買ってやろう的なレコードが混ざっていることがよくある。隠すだけありおいしいレコードが多いのである。自分はそうゆうとこでみつけたレコードが好きなのでこれも購入。
JUPTER JAZZで隠したロックボトムをレコードダンボールと一緒にレジに行くときなどもう・・!!
2つレジがあるがさとられる可能性が少ないと判断し若いおねーちゃんのほうに並ぶ。自分の番がきた。ロックボトムを手にした途端おねーちゃんが隣の男になにやら話しかけている。{まさか気ずいたのか!?!}

レジは無事終了。ひやひやさせやがってあのアマっ!と翻訳される気持ちである。
家につきレシートをみるとロックボトム50%オフになっている!700円!!今日の酒はうまい。
このドラマーとしての生命を絶たれた一作目”世界一美しいアルバム”と評されてきたこのアルバムは正直世界一とか美しさは感じ取れない。ただとワイアットの作品にしては造り込まれている。精密だ。体の不自由により精神が敏感になったに違いない。実際盲目の人間の聴力、想像力は一般より発達してしまうという研究結果もあるくらいだ。体一つにしてもなんらかの影響はあるはず。身近なとこでいえばオリジナル・ラブの田島貴男が筋トレをつずけて音に影響があることをテレビで公言していた。(やつは変態の部類だ)
ロックボトム以降ワイアットの作品が政治的、社会的になっているのは有名な話だが、最近ビョ―クのアルバムに参加した際のコメントで、音楽より政治に興味があると断言するほどまでになっている。共産党に入党していたこともあるそうだ。
怪我や事故も業でありなにかの宿命ととらえるのは仏教的だが大きな契機になることは確かだ。病院で何日も横になるという事実だけでもその影響力はある。
計画も宿命には勝らないといういい例だ。

続dj klock

テーマ:
写真はdj bakuの1st。仙台にて購入。

続くと書いてしまったからには続かねばなるまい。
自分はいつもblogを仕事しながら書いている。音響の仕事なのだが毎日素材チェックというものをしている。その際に書いているのである。バンドのデモやライブ録音したもの、そのサウンドを聞いて使うスピーカーやアンプを選ぶのだ。このようなチェックはいいほうなのだが、自分は土日披露宴のオペをやることが多い。失敗が許されないため。持ち込みのmdを片っ端から聴くのである。(内容が残酷なまでにヒドイので音楽として楽しめる作業ではない)
ちなみに今は余興用のマツケンを聴きながら書いている始末である。

さてklock。
そう、現れたのである。
見られていた・・・。複雑である。

そもそもこのklockを知ったのは3,4年前の事。渋谷のcodeでのイベントに出かけた時の事である。元々ハードコア中心だった自分はdj bakuの選曲に面白さを感じていた。(http://www.disdefensedisc.com/  ムービーみてね)
その日もbakuやばいやばい騒いでいた所にklockと名乗る男が現れたのである。
初めはpush bottom objectあたりのヒップホップをかけていてこちらも少し気になる程度だった。やられたのは擦り始めてから。スクラッチが巧いわけではなく乗せ方がイカレテイタ。リズムも不安定なものが多いのだが、きずいたら頭の中揺らされてた。いままで音楽でイカレタのはこの時と中学の時友達の家のコタツでみたレイジ・アゲインスト・マシ-ンのビデオと国際フォーラムにきたジルベルト・ジョアンだけだ。
イカレルと言う表現でしか表せまい。フム。
音楽でいかれてる時の共通の感覚としては音像が明確なことにある。これは音響的なものではない。友達のいえの14インチテレビがその理由だ。コタツにミカンとタクアン、14インチテレビだろうが目の前にレイジのザックが現れたのであるから仕方がない。視覚的ではなく感覚なんだろうがリアルなのである。脳は刺激されるといかれてしまうのである。脳内麻薬というやつである。
Lでもハッパでもなく脳内の話。元々やばい造り。誰も止められまい。フム
klockおそらく1時間やっただろうか。その後会場内にはいたがバカデカイはずの音が小さく感じていた。シラフってそんなもんだ。
これ以来klockの追っかけである。イカレタのは初回だけの話であった。(初期衝動か!?パンクか!?)しかしその後も魅了されて病まない。
テニスコーツとのcacoy,別名義のtoken。whakhakha。
どこでの活動もおもしろいのだ。残念なのは奥さんとのキスシーンをみてしまった事実があること。ニヤついていた。きもい。

さてそんなklockを目の前にして自分の一声目。「klock・・・?」。klockを目の前に「klock・・・?」はあるまい。
「はい」とニヤケられると、こんどは向こうから「ラスト前の曲なんですか?」との質問。  {なんだっけ・・・。}
「ライヒのなんかのB面です。」(こんな返答もなかろう)
しかたないのでレコード自体を持っていき「これです」。
「ユニオンクラシック館にゴロゴロしてます」(一方的じゃないか俺!)
「クラシックなの?」とKlock。
「はい、現代音楽です」と俺。
そこからは話も弾まず「そろそろかえります」と一言。いつから居たんだ。いつから見てたんだ。どうせなら感想を聞かせてくれればよかった。なにもプレイについて言っていなかったことに対して、後から考えていると段々へこんでいく自分がわかった。別になんてことなかったんだなと。
家に帰りライヒのなんかのB面を聴くとかけた覚えのない音が流れた。
嘘ついたw
いまだに何かけたかわかんないのである。
{なんだっけ}

dj klock

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写真はdj klockのファーストtape.
DJ klock=加藤さんw 知り合いではないが、最近イベントで話す機会があった。この人については後から触れるとして、このイベントである。
場所は西麻布にあるbullet`sというところ。入り口で靴を脱ぐというだらしない箱である。1年ほど前に自分主催でイベントをやったのだが、それからというものイベント情報をメールで送ってくる。ありがたいのだがその箱はあまり設備がよくないうえに音が出せない。だらだら音楽流すぶんにはいいのだが、リズムが浮きだった音楽は本領発揮できないのである。そんな理由からその箱からとうざかっていたのだが、去年の年末フリーでゲストに交代で皿まわしてもらうという、一風素人が考えそうなイベントが開催された。そこにである・・なぜか自分がゲスト枠にいれていただいたのである。丁寧な文章のメールと共に向こうからさそっていただいたとなれば断る理由がない。
前後なにがきても応用が利く様にノンビート(卑怯かw)ものを10枚ほど(20分くらいの考え)カバンにつめ出向いた。ほとんど遊びに行く感覚である。
現場につき階段を降り例の如く靴を脱ぐと引田天功似のオーナーが現れた。簡単な話を聴くためその日のゲスト14人と共に絨毯に輪を描くようにアグラをかく。天功によるイリュージョンが始まるのではないかと一人この儀式のようなスタイルに笑いをこらえる。どうやらメインでやるdjは何人か決まっていて(レギュラーでやってる方達)その前後に参加するというスタイルだった。
10人のサブを固める面子で話し合いがもたれる。ようは自分が何時やるかという話合い。自分はトリ前が好きだということ伝えると難なく通った。時間にして翌3:30から4:00の間。まー一般的に微妙な時間である。そんなことより10枚では足るまいということでB面を丹念に視聴。なんとか・・。
イベントが始まった。年末の忙しい中わりと客が入る。
この箱でやっている人達は割と面白い音をだすしみんなうまい!!あせりながらも面識のない人達となんとなく溶け込み話しあう。まー「どんなのきくの?」くらいから始まるのだが、この質問いままでまともに答えた記憶がない。「気分次第です」くらいに済ます。実際「人間とは何のために生まれた」くらいむずかしいW
自分の番が近くなる。いまだに緊張する。I‘m a Chikin(スペル?)
前の人がchari chariの曲でバトンタッチしますと伝えてくる。箱はみんな踊り狂っている。一番にがてなパターンだ。前から煽りの声が聞こえる。本当は足し算的なmixにしようとかんがえていたが引き算に変更・・・。ノンビートの中から最後に持ってくるはずだった。ホワイトハウス(古い極悪ノイズバンド)のセカンド中ほどに入っているタイトル不明の曲をかぶせる。ボーナストラックのようなものだがこれがすごいのである。痛いのだ。1kから1.25kくらいの周波数とともにギターがつんざく!なにしてるんだ俺は・・。耳を塞いだ人の姿が目に映る。笑ってしまった。これですぐに落ち着き自分のペースになる。みんな動きを止めている。ノイズを抜けだす曲は周波数つながり(なんだそれは)でカールステン二コライ。そこからお友達つながりで池田亮司・・・にthe CARETAKERを被せる。ここからからステ-ヴィ・ライヒ オンパレードIN THE BULLET`Sである。反復のみ。ミニマルじゃなく反復。ライヒを横に擦りまくる。反復が自分の擦りに影響してつられていく。かなり機械的に思えたが下手に変化するより気持ちがいい。終わりどころに困りスクラッチにタイムを限界までながくしたDELEYをかけて,スピーカーバリバリ言わせて交代。交代とともに拍手される。うれしい。箱で拍手されるとおもわなかった。「ヒョ-ウ!!」とか声かけられるならわかるがW。
そんなとき目の前にklockが現れたのである。
続く。