私の勤務先に、
ちょっとどんくさい
女性所員が
います。
どんくさい、とは
どういうことかというと
小さなミスや
勘違いを
ちょいちょい
やってしまうのです。
そしてそのせいで
周囲から
頻繁に叱られているので
いつもおどおどと
しているような感じです。
彼女はよく
人の話に合わせようとしたり
人を喜ばそうとする余り、
失礼なことを
ぽろっと
言ってしまったり
するところがあります。
でも、
お昼休みなんかに
ゆっくり彼女と話をしてみると
彼女が実は
とても繊細で
とても優しい人なのだと
しみじみ思います。
彼女の仕事ぶりを見ていると
たぶん
もともとの能力値は
すごく高いんです。
でも、
あまりに神経が繊細なので
緊張しすぎて
本来の力を
発揮できてなさそうなのです。
生きにくいだろうなぁ。
今日、
そんな彼女から
今月一杯で
退職します、と
聞かされました。
うつ病と診断され、
心身ともに
限界に近いところへ、
上司から
退職勧奨されてしまった、との
ことでした。
次の職は決まってるの?と
訊ねたら、
まったく決まっていません、
治ってから求職します、
とのことでした。
力なく笑う彼女をみて
何だか泣きそうになりました。
効率性とか、
生産性とかが
求められる
今の世の中だと
彼女みたいな人は
競争に敗れてしまうんですよね。
すごく優しくて
すごく素直で
すごく繊細な人なんです。
でも、こういう人は
今の世の中だと
マイノリティになってしまう。
こういう人は
どうやって
社会の中で
居場所を見つければ
良いのでしょう。
私も
仕事ができない人間なので
彼女と自分を
ついシンクロさせてしまいます。
ところで、
話が大きく変わりますが
昨年の震災以降、
反原発の気運が
高まっていますよね。
私の職場は
地元の繁華街にあるためか、
昼休みに外出すると
反原発のデモをしたり
ビラを配っている人が
いたりします。
ビラを見ると、
東京電力が
諸悪の根源、みたいなことが
書かれていたりします。
でも私は
東京電力を
やみくもに叩くような
批判の仕方には
違和感があるのです。
だって、
私を含め
日本に住む人、一人一人が
利便性や生産性を
求めるあまり、
過剰に電力が必要な
生活を選択してきた結果、
原発が出来ちゃったんですよね。
コンビニは24時間営業し、
夜になっても街は煌々と明るく、
モノが満ち溢れ、
あらゆることが
便利な生活。
そんな生活を求めた、
私を含むみんなが
東京電力に
原発を
作らせてしまったんだと
思うのです。
福島の原発が
大惨事となったいま、
私は
利便性や生産性を追及するという
これまでの有様を
みんなで
本気で
見直さなければ
ならないんじゃないかと
思います。
利便性や生産性の追及を
やめる、ということは
面倒くさいことや
効率の悪いことや
一見無駄に見えるものの中に
何らかの良さや
価値を見出すことでも
あります。
これは
価値観の大きな変容です。
でもたぶん
いま、
これをやらなきゃ
日本は沈没しますよ。
絶対。
日本がこの
変容を達成したとき、
私達の生活レベルは
落ちるかもしれないけれど
そこにはきっと
生産性や効率性に乏しい
先の彼女のような人や
私のような者でも
笑って安心して暮らせる社会が
あるような気がします。
生産性の有無なんかで
人が切り捨てられることが
ない社会が
実現されるような
気がします。
ここ数週間
死ぬほど忙しくて
なかなかブログを
書けなかったのですが
今日、感じたことを
どうしても活字にしたくて
この記事を書きました。


