2005-06-19 16:02:50

失われたオチを求めて(※)

テーマ:現代堕落批判

なんだかなー。
テレビとか、なんだかなー。
見てても、なんだかなー。


と某阿藤の快さんみたいな心持になる昨今。

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このテレビのつまらなさは一体何なんでしょうか。まるで何度も見たエロ動画のように全く感興をそそられません。


考えられる原因は、二つ。

1.自分がひねくれてきたから。自身の内面的理由。
2.テレビの企画屋さんと、出演者があまりにも低脳だから。


理由1に関しては、ここで言及しても「アンタの事は知らんがな、アンタの勝手やがな」と反駁されるのは目に見えているので、軟弱者!(※2)とセイラさんにぶたれても敢えて触れません。

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では、理由2について考えてみましょうか。

まずは、報道系の番組について。あれはいけません。非常に危険な類の番組です。
彼等(滝川クリステル以外)は、「事実を客観的・中立的に世に伝えている」と、一見公平で理知的なツラをして堂々と情報を垂れ流しまくってますが、実際のところ、彼等(滝川クリステル以外)は大いなる偏見や宗教じみた懲悪観念、欺瞞に満ちた正義も同時に垂れ流しにしているのです。(ただし滝川クリステルを除く)
時には○○大学の何某とかいう、普段は象牙の塔にこもっている現実のげの字も知らないようなカビ臭い「権威」を引っ張りだしてきて、意見という謙虚な名のついた傲慢な偏見を語らせる。

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客観的であるかなんて事は、結局のところ誰にも判断できる事ではありません。正しさもそうです。(※3)


なのに、彼等自身はあたかも客観的態度の上で意見を語っていると盲信して、歪んだ正しさを導く。そうして、テレビの前でセンベイをかじっている奥様方や、社会に出た事もない御子様方、そして広い世界を知らない旦那様方たちはそうした欺瞞に満ちた信仰を容易に信じてしまい、いつのまにか欺瞞振興宗教「ますこみの光」の信者になってしまっているのです。


ああ、ファックとしか言い様がありません。
滝川クリステルはかわいいから許されるとしても。哀れです。



・・・ちょっと熱く語り過ぎました。オスマン。(帝国)


長くなってきたので、バラエティ批判は簡単にしておきます。

昨今のバラエティ番組がクソであるのは、ひとえに企画のくだらなさと、程度の低い出演者のおかげであります。
素人同然の、何の魅力ももたない子供がカメラの前でギャーギャー騒ぐ番組の、どこがどう面白いのか。テレビを90度傾けて見てもやはりその面白さは理解できません。若さと勢いだけが取り柄の頭悪そうな出演者を見るのは、もうウンザリです。
テレビを作る側の、センスとコモンセンスの欠如っプリが素直に伝わってきます。


ちょっと視点を変えれば、面白番組なんて、いくらでもできると思います。
以下は、軽い提案です。


提案1.ジャニーズオタクとハロプロオタクのみによる「真剣十代しゃべり場」。

一週間程度監禁し、無理やり話し合わせる。お互い全く話が噛み合わないところから出発し、最終的には多様な価値観を認めあうところまでの奇跡の過程を追うドキュメンタリー。 
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提案2.ニート集団のみによる、「世界ウルルンあいのり」。

働いたら負けと思ってるニート共はどうせ暇なので、彼等の中から男女数人をピックアップし、海外でバスツアーさせる企画。勿論、行く先々では地雷撤去や、不発弾回収など、社会活動やボランティアに従事。その中で生まれる社会奉仕する事の喜びと、共に働く仲間への愛情の芽生えを追うバラエティ。やはりカプールになると日本に帰るが、帰国後5年以内にバスツアーの費用を働いて返すという仕組みも設けて、ニート再発を防止する。その返済の様子もまたネタになる。

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提案3.「スーパー朝まで生ジョッキー」

朝まで政治・経済・社会について議論をするのであるが、熱湯に浸かっていた時間が長いほど多くコメントができるシステムが導入される。宮崎哲弥、小林よしのり、ホリエモンが浸かる時だけ、たけし軍団に押される。
司会の田原総一朗が毎回かぶりものを装着して出演する。 


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皆様方も糞放送に洗脳されないようにお気をつけて頂戴ね。




(※)タイトル原題:
「失われた時を求めて」マルセル・プルースト

(※2)軟弱者!:
某マンガにて、カイという非常に人間味溢れる登場人物が、エリート育ちの御嬢さん(セイラさん)の張り手を喰らいます。これに由来し、一般に女性から辱められる事、逆陵辱される事を広く指す言葉として普及し始めました。

(※3)客観性について:
皆様方が客観性の代表だと思われているであろう科学ですら、実は膨大な推測の集積でしかないのです。諸学問も結局は形而上のものに過ぎません。いわんや、地球の片隅の一小国の断片の地域にある矮小なテレビ局がふりかざす客観性なぞ、どこをどうして信ずれば良いのでしょう。養老孟子は、客観性は結局のところ信仰だと言っています。これはなかなか当たっていると思います。

関連記事メモ:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050607-00000039-zdn_lp-sci

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