2007-08-23 23:13:25

はじめての留学:ロスの思い出6

テーマ:ロスの思い出

そろそろ旅も終わりそうな感じでただいまサンフランシスコ。

これが最後の回想録です。


さて、まったく電話に出る様子のないホストマザーは当てにできない。

どうにかして家に帰る方法もしくは夜をしのぐ方法を考えねば。

友達で1人携帯を持ってた子がいたんで、その子に電話してあわよくばその子のホストファミリーの家に泊めてもらえないか、とか、どっか24時間営業のファミレスがあればそこに避難しようか、とかパニックのあまりあんまり解決にならないことばっかり考えてました。

でもある瞬間ふと思い当たったのが、家から30分くらい歩く位置を通るバスは動いてるんじゃね?ということ。

30分ならがんばれば普通に歩けるし、道もわかってる。

これならいける!


でもそのバスは24時間営業と言ううわさを聞いてたけど、実際動いてるかいまいち自信がなかったので、またもや偶然通りかかった人に話しかけて確かめてみることにした。

したらば偶然その人が日本人だったと言うこのラッキー。

その人に事情を話してバスが動いてることを確認してほっとしてたら、「この時間は歩くのはほんとに危ないから、タクシー使った方がいいよ」とタクシー会社の電話番号を教えていただきました。


このときはじめてタクシーと言う選択肢があったことに気が付いたよ。


20そこそこの学生は普段タクシーなんてならないもん。

お金もそんなにないもん。

とりあえずその場からタクシーに乗るのは遠くてお金がかかっちゃうので、バスに乗ってもうちょっと近くまで行ってから乗ることに。

この人はほんとに私を心配してくれて、私も日本人と話せたことでほっとして、ほんと助かった。


ガイドブックとかに「夜は出歩かないように、バスとかも乗らないように」とか書いてあったりするから、バスに乗ってる間も無駄にドキドキ。

でも結構人がいっぱい乗ってて、これならなんか起こっても大丈夫だなあと思いました。


バスを降りて公衆電話を見つけて、早速タクシー会社に電話。

「これで家に帰れる!」と思った。

が、私はとことんついてなかったらしい。


電話通じない…。


なんでかつながらなかったのです。

ほんと勘弁してくれよ。

またもや軽くパニックになりながら、近くのカフェがまだ開いてる事に気がついて駆け込んだ。

で、店員さんに「タクシー呼びたいのに電話がつながらなかったから呼んでください」とお願い。

店員さんはとっても親切で、「タクシーが来るまでそこに座って待ってて」と席に案内してくれました。


待ってる間に一生懸命落ち着こうとしてたら、店員さんが他のお客さんの日本人に事情を説明したらしく、その日本人が話しかけてきた。

今までの経緯を話してると、「今度こそ帰れるんだ…」とほっとしたのもあってめっちゃぼろぼろ泣いちゃいました。

店員さんもその日本人もその様子を見て「もう大丈夫だから」と落ち着かせてくれようとしたのが、また余計に泣かせる。


しかもタクシーが来た時、日本人が「私車だから、よかったら送るよ」といってくれて、タクシーの運ちゃんも「わかった」と文句も言わず去って行ったし。

結局その人に送ってもらって、家に着いたのは11:30くらいだったかなあ。

今思うと大して遅くない時間なんだけど、初の海外で1人&危険だと言われてるロスだったからほんとに怖かった。

家に着いたときも、車を見送ろうと思って外で待ってたら「家に入る所を見ないと安心して帰れない」と言われてしまったし、やっぱり危険なんだなあとしみじみ実感したし。

でもこの日出合った人たちはほんとにいい人たちばっかりで、みんなに助けてもらいました。

いまさらですが、ほんと感謝です。


ちなみにホストマザーは電話の音を切って寝ていたと言うオチ。
次の日の朝に事の経緯を説明したら、「なんで出かける前にバスの時間を確認しなかったの?」とか「なんで警察に連絡しなかったの?彼らは親切よ」とのんびりと言われ、ちょっとカチンと来たのはヒミツ。

日本人は普通終バス逃したぐらいで警察呼ばないよ!


この出来事は、今思い出してもちょっと目が潤んでくるくらい、私の人生で衝撃的な出来事でした。

この日を境に「人生やれば何でもできる」と思って行動力が増したのは言うまでもない。


                            おわり。

2007-08-20 22:43:53

はじめての留学:ロスの思い出5

テーマ:ロスの思い出

ただいまついにラスベガス!かと思われます。

何気にこのロス留学の時にアクティビティで行くチャンスがあったんだけど、ちょっと高かった&バスでの強行スケジュールだったので行かなかったのだ。

で、後々後悔。

では引き続き回想録をどうぞ。


ユニバーサル・スタジオから帰るためには、電車→バス→バスと乗継が必要だった。

電車を降りたあと、友達とバスを待ってたんだけどなかなか来ず、結局30分くらい待ってましたかね。

ようやく来たバスにしばらく乗り、別のバスに乗り換えるためにみんなとはお別れ。

この時点で8:20過ぎくらいかな。


バス停でしばらくバスを待ってたんだけど、待てども待てどもやってこない。

30分くらい待って、「もしやもうバスないんじゃないの?」と不安になり、ホストマザーに電話してみた。

あわよくば車で迎えに来てくれないかなーと言う希望を持って。

が、彼女いわく「きっと来るからもうしばらく待ってみなさい」との事。

地元の人間がそう言うならきっと来るだろうと思って、さらに待つこと30分。

そしたら通りがかりのおばあさんに「あなたバス待ってるの?」と話しかけられたので「そうです」と答えたら、「もうバスないわよ。最終は8:20分ごろだったから」と教えてくれた。

な、なんですとー!!!


ぎりぎり乗り遅れたんじゃん。

最初のバスさえちゃんと早く来てくれれば乗れたんじゃん!

とか思いつつ、とりあえずバスがなければ帰れないので「今度こそホストマザーに迎えに来てもらおう!」と思って再び電話。


が、出ない。


あれ、さっき出たのになんで?

このときコーリングカードを使ってかけてたんだけど、前に誰かから電話がかかってきてるのにわざと出てなかったことを思い出した。


もしや電話にナンバーディスプレーが付いてて、訳わかんない番号からだと出ないのか?

コイン使って普通にかければ出るかも!


と思ったんだけど、ちょうど小銭を切らしててかけれない。

私がうろついてた場所はビバリーヒルズ付近の大通りで、コンビニとかそういう店が見当たらなかった(インテリア系の店とかばっかりですでにしまってた)ので、両替する場所も見当たらなかったのです。

いやー、このときはほんとにあせった。

そしてあせった人間は普段よりも勢いが出る。


英語ろくに喋れないくせに、通りがかった3人組に頼みこんで両替してもらっちゃった。


がんばって片言で「電話かけたいけど小銭がないから両替して!」と頼んだら両替してくれました。

めっちゃ怪しい人間だっただろうなあ。


やっとの思い出手に入れた小銭で再び電話。

しかし出ない。

何回かけなおしても出ない。

このときはほんとにパニックでした。


                             つづく。

2007-08-17 22:26:13

はじめての留学:ロスの思い出4

テーマ:ロスの思い出

ただいまボストンあたり旅行中。

引き続き回想録をお楽しみください。


また別の日、ユニバーサル・スタジオももちろん行きましたよ。

が、もう残り日数が少なくて週末に行くことができず、学校帰りに行ったのであんまり滞在できなかった。

私はUSJに行った事があったので、「とりあえずここにしかないものに乗りたい!」と思ってスタジオツアーに参加。

これはトロリーに乗って、実際撮影で使われたセットとかを見て回るハリウッドならではのツアー。

が、解説は当然英語で、あまりに英語力の低さにほぼ何言ってるかわからず終了しました。

とりあえず「グリンチ」で使われたセットがあることはわかった(見た目特徴的だから)。


あと、ハムナプトラのアトラクションに行きたかったのに友達は買い物がしたい言ってたから1人で挑戦。

これはウォーク式のお化け屋敷みたいな感じなんだけど、お客さんがほぼ途切れなく歩いてるから先のほうのネタが人の反応でわかっちゃったから微妙。

なので、わざとゆっくり目に歩いて前の人との間隔をあけて歩いてみた。

したらば最後の最後、人形だと思ってたのが突然動いて見事にビビらされました。

めっちゃ「うおおおお!」と言っちゃって、私の後ろを歩いてた人と近くにいたスタッフ(出口付近だったので)に笑われてしまった…。

うん、まあ楽しめたからいいや。


他にも色々楽しんだ後、まだ7時くらいだったけど、バスの関係で引き上げることに。

私の家の近所のバスは確か8時くらいに終わっちゃってたんだけど、別ルートを走る別会社のバスは全体的に遅い時間まで動いてると聞いてた。

ホストマザーに「あのバスは何時まで動いてるの?」と聞いたら、「よくわからないけど多分遅くまで動いてるよ」と言われたのでそれを信用したのです。


が。

それが結果的にかなりの災難を引き起こしたのだった…。


                                つづく。

2007-08-13 23:13:16

はじめての留学:ロスの思い出3

テーマ:ロスの思い出

ただいまニューヨーク旅行中。

まだまだ回想録は続く。


周りは日本人に囲まれ、ろくに英語も喋れない私。

結果、当然のごとく外国人の友達は出来ずに日本人と日本語でつるむ毎日でした。

午前中授業受けて、午後のオプションクラスはとらずにふらふら観光。

留学先をロスに決めたのも、観光する場所がいっぱいあって楽しそうだったからだったしね。

まさに「遊学」だったなあ。


ある週末、カリフォルニア・アドベンチャーに行きました。

ここはディズニーランドの向かいにあるディズニー経営のテーマパークだけど、あんまりディズニーっぽさのない普通の遊園地って感じ。

ローラーコースターとか絶叫系も普通にあったりして、結構面白かったです。

円形のボートに乗って激流を下るアトラクションでは小さい女の子と一緒になったんだけど、その子がめっちゃ張り切ってて「行くよー!」とか「気をつけて!」とか色々声をかけてたのがめっちゃかわいかった。


ちなみにアトラクションの中で一番印象的だったのが、ハンググライダーでロスの町を飛び回るやつ。

もちろんほんとに飛ぶわけじゃなくて、ハンググライダー型のライドに乗ってスクリーンに映る景色を見てるだけなんだけど、これがめっちゃリアル。

一番最初、暗いところから雲の風景が始まるんだけど、ほんとに飛んでるみたいでめっちゃ興奮して「おおおおおー!」と騒ぎまくってしまった。

他のお客さん静かだったのにね。

でもほんとオススメなので機会があったらぜひ行ってみてください。


ちなみにここに行く時、お金を節約するために市バスを使いました。

特急だったから普通の市バスよりはお金がかかるけど、それでもたしか$5くらいだったからかなり安上がり(ただし時間はかかる)。

で、もうすぐパークに着くぞっって時のこと。

私らはバスの後方の座席に座ってたんだけど、突然「パパパパパパーン!!!」と言う音が斜め後ろから聞こえてきた。

「あれ、もしや銃声?」とか思ったりもしたけど、あまりにも突然の出来事だったので私らはみんな固まって動けず。

が、やっぱネイティブは違いました。


一番後ろに乗ってた黒人の兄ちゃんが前方にスーっと華麗に滑って行った。

頭を覆いながら、ほふく前進みたいな格好でスーッと。

確か車内には段差があったはずなのに、それはそれはきれいに滑っていかれました。

私達はもちろん、他の乗客も一瞬あっけにとられてた。
バスが止まって運転手さんが外にチェックに降りてった時に、その兄ちゃんがちょっとテレながら元の席に戻っていったのがなんか面白かった。

ちなみに音の原因は、タイヤ上の泥除け?が外れて、タイヤだか地面だかに打ち付けられる音だったらしいです。


あの兄ちゃんの行動はものすごく面白くて印象的だったんだけど、同時に「こんなにすばやく反応するなんて、アメリカはやっぱ銃社会なんだなあ」としみじみ思った出来事でした。

2007-08-09 23:07:57

はじめての留学:ロスの思い出2

テーマ:ロスの思い出

ただいまオタワあたり旅行中。

引き続き回想録をどうぞ。


と言うわけでついに学校開始。

どういう学校がいいとかそういう知識がなかったので、とりあえず安くて立地がよさげと言う条件で適当に選んだ学校。

行くまでは「外国人の友達いっぱい作るぞ!」とか思ってたけど、あけてびっくり。


クラスメイトほぼ日本人。


この学校は午前中にグラマー、スピーキングの2クラスがあったんだけど、どっちも1人だけチリ人もしくはスイス人(途中でスイス人3人に増えた)で、残り全部日本人だった…orz

夏休みで私みたいな大学生がうじゃうじゃだったし、レベルも相当低かったからねえ。

グラマーは確かレベル3、スピーキングは一番下のレベル1だったもん。

さすが初日のレベルチェックテストで問題文の意味すらわからず、こっそり隣の子に聞いただけのことはあります(describeの意味がわかんなかった)。


グラマーの授業は初歩の初歩、現在形の使い方から開始。

他のクラスメイトはちょっと簡単すぎてちょっとつまらなそうだった。

けど私は現在形は英語で「present」っていうことを知らなくて、「なんでプレゼント(贈り物)の話なんだろう…?」とか思ってたバカです。はい。

最初からやってくれて助かった。

ま、結果から言えばあんまり勉強せずに遊んで終わった1ヶ月だったけど。


スピーキングはさすが一番下のクラスというだけあって、日本語飛び交いまくり。

先生は若くてめっちゃかわいい人だったんだけど、私らがあまりにも日本語喋りすぎて困ってた。

苦肉の策で「日本語喋ったら罰金!」ってルールを試してたけどあんまり効果なかったし。

ちょっとかわいそうだったなあ。

でもすごいいい人だったから大好きでした。


                                    つづく。

2007-08-05 22:27:21

はじめての留学:ロスの思い出1

テーマ:ロスの思い出

ただいま旅行中ですが、1ヶ月更新しないのも何なんで、予約公開機能を使ってちょろちょろ更新していきたいと思います。

とりあえず過去の留学話でもしてきますかね。


私が英語の勉強を始めたのは大学3年生の春から。

きっかけは、その前の夏に姉が学校のプログラムでアメリカに1ヵ月半ほど短期留学してて楽しそうだったから。

でも私は英語が一番苦手で、大学受験でもかなり足を引っ張られた人間だった。

受験生なのに英語の偏差値40少々とかだったしね(だから大学は国語の1教科入試で滑り込み)。

そんなわけで、「今の状態で海外に行っても何も出来ない…」と思い英会話に通い始めました。

そこから私の英語人生(?)が始まったのです。


その頃の私は「英会話に通えば英語が話せるようになる」「1ヶ月も海外にいればある程度話せるようになる」と信じていた典型的な世間知らずだった。

が、やっぱり現実はそんなに甘いものではなく、英会話では先生の言ってることが本気でわからなくてだんまり、わからないことがあっても質問の仕方がわからずだんまり。

しかもそのときの先生はアメリカ人だったんだけど日本語がかなり話せたから、普通に日本語で話しかけたりしてました。

意味ない…。


それでもまあちょっとずつ簡単な表現は覚えていって、英会話に通い始めて4ヶ月後、ロスに1ヶ月の短期留学を決行。

学校の手配の仕方とかわからなかったので、普通にJTBの留学パッケージ使いました。

学校の費用もホームステイの費用も全部セットになってる奴だから具体的な手数料とかそんなこと考えなかったけど、今考えると自分で手配するより3~4万は高かったと思う。

まあ初心者だったししょうがない。


そしてついに留学生活開始。

ホームステイ先はおばあさんの1人暮らしの家で、家にいる間はずっと一緒だった。

しかもそのホストマムはテレビを見ない人だったから(私の部屋にはテレビあった)、常に何かを喋ってた。

今考えると英語を勉強するにはかなりいい環境だったんだけど、当時の私はあまりにも英語がわからなくて結構つらかった…。

到着した日の晩御飯に一緒にハンバーガー食べにいったんだけど、ほんとに何言ってるか理解できない時があって困ってたら、日系人のおばあさんが通訳してくれたというエピソードもあり。

この日は初日からホームシックというか、日本人と喋りたくて仕方がなかった…。


                                   つづく。

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