このエピソードは
”わたしの好きな時計屋さんのこと” の続きです。
もしよかったら、先にお目通しください。
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おじいさんに目覚まし時計を託してから数日後のある晴れた日、
私は再び時計店を訪れた。
修理の結果を聞くためだ。
直っていて欲しい、もう一度あのベルが聞きたい。
そう願う反面、理想の時計屋さんに巡り合えたのだ、
それでもう充分じゃないかと、
直らなかった時の心の準備として自分に言い聞かせてもいた。
これ以上欲張ってはバチが当たるかな・・・。
気持ちをどちらに持っていけばいいのかわからぬまま、毎日を過ごしていた。
ただ、駄目だったとしてもおじいさんの前で悲しい顔だけはするまい、
それだけは決めていた。
一週間ぶりに訪れたそこは、
もう何十年も時が止まっているかのようにのんびりと佇んでいた。
「時計屋さんなのに時が止まってたら大変だよな。」
自分の思いつきにひとりでクスっとしながら改めて店を眺めてみる。
入口の頭上に掲げられた「西出時計店」の看板は、
全体が黄色く変色したうえに文字の上にはうっすらとほこりが被っている。
おそらく、このビルが建てられた当時からのままなのだろう。
東京オリンピックが開催された昭和三十九年に建てられたというから、
かれこれ四十六年か。
私の人生などすっぽり収まってお釣りがくるほどだ。
今の様子からは想像できないが、
新築当時はここもずいぶん流行っていたのだろうか。
私が幼かった頃は、まだ量販店が流通のメインではなかった。
スーパーや大型店舗はあったものの、魚は魚屋に、野菜は八百屋で、
そして時計は時計屋さんで買うものだった。
個人商店にはまだまだ活気があり、
街をいく人々もどことなくのんびりしていた時代だ。
その名残が、確かにここにある。
あたたかみのある懐かしさに包まれながら、改めて思った。
何もかもが一様に色あせてはいるものの、
ここは、おじいさんの城なのだ。
その証拠に、城の主は好きなものに囲まれていた。
壁を見渡せば、プロゴルファーのポスターやカレンダーが
これでもかと言わんばかり、あちこちに掛けてある。
薄く曇ったショーケースには、ゴルフボールやサンバイザーまで置かれている。
有名な選手のものなのだろう。
タイガーウッズや涼くんくらいしか知らない私には、
それらがどういういわれの物なのか検討もつかなかったが、
どうやらおじいさんが相当なゴルフ好きらしいことはわかった。
時計よりもゴルフグッズの品揃えがいい時計店。
ふふふ、もうとっくに引退していてもおかしくないお歳だもの、
自由にやってるんだな。
なんだかゴルフ少年の部屋を覗かせてもらったような感覚になり、
微笑ましく店内を見学させてもらった。
「こんにちは。」
店の奥手まで入り、明るく声をかけたものの
おじいさんは片隅の作業机でお茶を飲みながら
新聞に夢中になったまま目線をはずさない。
聞こえてないのかな?
この間お話したときは耳が遠そうな感じではなかったが・・・。
「こんにちは、○○○(地名)のあじさば(仮名)です。」
やっぱり反応はない。
おじいさんは、そこだけは別次元と言わんばかりに
まったく気づく様子もなく新聞を読んでいる。
人がいるときには見せない、素の顔でだ。
私は自分がおじいさんの日常を覗き見しているような気がしてきて、
視線を下にちょっとずらした。
今日はブルーのYシャツの上に黒い腕抜きをしている。
いかにも技師というその姿が、とっても様になっていた。
「あのー、すみません・・・。こんにちは~。」
呼んで駄目なら動いてみるかと、ちょっと頭を大袈裟に振ってアピールしてみると、
少し驚いた様子で
「あぁっ、こんにちは。」と、笑顔でこたえてくれた。
「○○○の方よね?遠いところをわざわざご苦労さまです。」
あぁ、いいなぁ。
おじいさんのひと言に自分の気持ちが緩んでいくのがわかる。
私が依頼したのだ、遠くても受け取りにくるのは当然のことなのに、
「ご苦労さまです」だなんて。
(現に自転車で十分ほどの距離なので、さほど遠くはない)。
おじいさんから何気なく発せられる言葉には、
節々に相手を気遣う気持ちが含まれているから、
聞く度に私はきゅん、ときてしまう。
そして、おじいさんは奥の作業机からすっと
見覚えのあるオレンジの時計を持ち出して台の上に置いた。
スヌーピーはちゃんとテニスボールを打っている。
問題はベルだ。
試験の結果を聞くときのように緊張が全身にまわり、唾を飲みこんだ。
私の想いなんて気にするでもなく、おじいさんが口をつく。
「これね、やっぱりベルのあたる部品が片方欠けちゃってたんでね、
替えの部品がないからとりあえずくっつけて置いたけどもー、
ちょっと確認してもらえる?
えーっと、今は何時だ?」
そういって壁に掛けてある、これまた年期の入った丸時計を見上げながら、
ベルの時間をあわせた。
「いい?鳴らすよ。」
カチッと表示時間があった瞬間、
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリン!!!
いつものベルが鳴っていた。
「あぁ、これです。この音、前の音と一緒です!」
おじいさんはベルを止めるボタンはどこだ?とあちこちを探しながら、
ちょっと慌てている。
「あぁ、直ったんですね、うれしいです。
駄目かと思っていたのでうれしいです。ありがとうございます。」
ベルの音にかき消されないよう、私は大きな声でお礼を言った。
「でもね、くっつけたあれだから・・・、また欠けちゃうかもしれないけどね。」
ボンドか何かで応急処置したということだろう。
でも、いい。
またいつもの音に戻ったんだもの。
「いやいや、いいです。ここぞと言う時だけ鳴らしますんで。」
自分でもちょっとおかしなことを口走っていると思いながらも、
うれしくて何度も「ありがとうございます。」と言っていた。
私は目覚ましを受け取り、
スヌーピーとウッドストックを眺めながら感慨にひたっていた。
元通りになって帰ってきた私の時計。
あぁ、よかった。直ってくれたか。
自分でも思っていた以上にうれしさがこみあげてきていた。
「あぁ、ごめんなさいね、むき出しのままで。」
いつまでも手にして仕舞わないでいる私を見て、おじいさんが言った。
「いえいえ、大丈夫です、タオルありますんで。」
正確には「タオルで包んでリュックに入れるから大丈夫」という意味なのだが、
あせって私はそう答えてしまった。
そしてお会計の運びとなり、財布を取りだした私におじいさんは、
「本当は千円なんだけどね、大事に長く使ってくれたから五百円でいいですよ。」
なんて言う。
目覚まし修理 正味、五百円。
いくらなんでも安すぎだ。
大袈裟ではなく、私の方こそ感謝の気持ちとして菓子折りでもつけたいくらいなのに。
「いえいえ、直らないかもしれないと思っていたので。
本当にありがたいので、受け取ってください。」
こういう時に気のきいたひと言が出てこない自分を情けなく思いつつ、
千円札を手渡した。
おじいさんは私の言うことなんかおかまいなしに、
背中をむけて作業机から何やら取りだしている。
「はい、これはおじさんの気持ち。」
そういってまたあのやさしい目で微笑み、手にはお釣りの五百円玉があった。
いえいえ、と私は手を振りつつ、
なんだかこの間のおばさんと同じことをしているな、
なんてちょっと可笑しくも思った。
けれど、そんなおじいさんの目を見ていたら、
「ひょっとしておじいさんは、時計の気持ちを代弁して言ってるのかもしれない」
そんなふうに感じて、今度は素直に受け取らせてもらった。
何十年という長い月日を時計と向き合ってきた専門家が言うのだ。
時計のことはすべてお任せしよう。
私はおじいさんへの敬意をこめて、ありがたく五百円玉を受け取り、
何も入っていないポケットに仕舞った。
そして今、私の枕元には何事もなかったかのように
オレンジ色の目覚ましの中でスヌーピーとウッドストックがテニスをしている。
さすがに以前のように毎朝ベルを鳴らすことはなくなったけれど、
特別な用事のある朝には、昔と変わらぬ響きで私を起こしてくれる。
けれど、ひとつ変わったことがある。
それは、目覚ましの横にあの五百円玉があること。
世界にひとつしかない目覚ましには、世界にひとつのしかない五百円玉が
ちゃんと寄り添っているのだ。
ただの物ではなくなったこの目覚ましと五百円玉は、
朝に、晩にと、見るたびに私をやさしい気持ちにさせてくれる。
もちろん今朝も。
そして、これからも。
左端の写真は母が中学生だったときのもの。
2枚しか写真がないもので・・・。