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2012-03-30 16:26:54

「浮雲」を見る

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24.3.27

今日(327日)東宝スタジオで「高峰秀子を偲ぶ会」に出席する。映画全盛時代、50年間に300本もの映画に出演した本当に女優らしい女優であった。東宝スタジオでの偲ぶ会というのも、ふさわしい場所であった。

家内が弔辞を読んだが、会場には宝田明、杉葉子、八千草薫、小山明子、星百合子など昔懐かしい顔ぶれがそろっていた。

勿論、会場には高峰秀子の夫君、松山善三が秀子の晩年共に暮し、養女にもなった齊藤明美の介添えで出席をし、言葉少なの挨拶を述べていたが、彼は奇しくも私と同じ横浜育ちで、しかも根岸小学校の六年後輩であることが、昔、高峰夫妻とわれわれ四人で食事を共にした時にわかったことであった。会場で根岸小学校のことを話したら、思い出して懐かしそうな顔であった。毎朝、善三の使う鉛筆を何本か綺麗に削って並べておくのが私の仕事だと秀子が語っていたことを思い出した。

秀子の数ある映画の中からほんの一部抜き出した場面が会場で映し出されていたが、帰宅して余韻さめやらず、買っておいたDVDの中から「浮雲」一巻を見た。言うまでもなく原作は林芙美子のもので、「花のいのちは短くて苦しきことのみ多かりき」という詞で幕切れになっていた。

普通、映画の最後は「終」と出るが、この映画にはそれがない。名プロデューサーといわれた藤本眞澄はすれば不満であったが、成瀬監督が言うことを聞かなかった、という伝説が残っている。

虚無的なダメ男(森雅之)とオンリーにまで身を落した女(高峰秀子)の別れようにも別れられず、腐れ縁のメロドラマは流浪の果に陰鬱な雨の降り続ける屋久島でついに女が死ぬ。その床で男が号泣するという結末で終りとなる。

今まで高峰主演の映画は「馬」、「銀座カンカン娘」、「カルメン 故郷に帰る」、「二十四の瞳」、「喜びも悲しみも幾年月」、「女が階段を上る時」など見ているが、どの映画を見ても、わざとらしさのない、役に成りきった、ありふれた美人ではない不思議に綺麗な女優であった、と思う。


2012-03-28 17:27:12

「仮名手本忠臣蔵」

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24.3.26

来月の歌舞伎は久しぶりに忠臣蔵を晝夜通しで上演するという。

思い起すと約七十年前高校に入ったばかりの私が下町育ちで芝居に精通している同級生のYと生れて初めて歌舞伎を見たのが忠臣蔵の道行旅路の花聟で六代目のおかる、羽左衛門の勘平、三津五郎の鷺坂伴内であった。

三階の立見席は一人八十銭(普通の幕は五十銭)であった。友人はよく透る声で盛んに声をかけていた。

十代の私には大きな感激であって、それからが友人との歌舞伎座、東京劇場、新橋演舞場、明治座、新宿第一劇場の五座巡りの始まりであったのである。

しばし現(うつつ)とは違う別の世界に遊ぶ楽しみがあった。

もうとうに亡くなったYの掛け声がよみがえるような気がする。

2012-03-28 11:28:17

「深化する高度医療」

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    24.3.23

一寸身体に異変を感じたら出来るだけ直ぐ医者に見て貰うことにしている。年二回の定期ドックもかかさず通っている。若い頃誤診でえらい目に遭いかけた経験もあって、医者の診断がどうも納得のいかない時は、セカンド・オピニオンを求めて、他の医者に重ねて見て貰うこともある。

外国で医者にかかった経験はほとんどないから、外国との比較はできないが、私は、日本の医学水準は低くないと思っているし、とくに医療機器の面ではかなり進んでいるのではないか、と思う。

しかし、この頃、大病院では、医者は専ら検査結果をパソコンで見て、病気の診断をし、然るべき薬も処方してくれる。それに不服があるわけではないが、医者、とくに若い人は患者の身体を殆んど触らないで、データばかり見て、意見を云う。いろいろな数値が表に現われていて、それぞれ意味をもっているのだから、それでいいのだとも思うが、私のように古い人間は、やはり聴診器を胸や背中にあて、又、足首を抑え、腹を押して直接医者の手が身体にふれる診断に何となく安心するのである。

前に亡くなったが天下の名医と言われた東大の沖中教授が医療の第一線を退いて著した本の中で、自分の誤診率は十五%であったと述べている。沖中氏にして然り。一般の医者の誤診率はもっと高いだろうと思った。

素人では、こういう誤診にあっても、どうすることもできないから、最初に述べたように納得の行かない時は他の医者に見て貰うのが、患者側のせめてもの対抗策ではないか。

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