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2012-05-31 13:39:51

「堕落と文学」と

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        24・5・28

 曽野綾子の「堕落と文学」と「朝はアフリカの歓び」という著者から贈られて来た近著2冊を続けて読んだ。

 普段は決して見せてはいけない作家の日常、仕事場を作家生活50年を過ぎ、人生の総決算として初めて綴ったという(帯)前者と「貧しく、汚職にまみれ、失職者にあふれた地にも、すばらしく澄んだ夜明けがあった(帯)という後者。

 いずれも、私にはすっと心に屈くものをもった優れたエッセイである。

 1昨日夕監名会という名画鑑賞会で委員長でもある彼女の御夫君三浦朱門氏と久しぶりに会った。

 彼女の著書の随所に出てくる御夫君の言動は大正生れの仲間としていつも強い同感を持って承知していたが、実物も話好きの好オールド・ボーイである。

 彼女の著書をこの2年でこれを含む17冊読んだ。

 私ども過去に歩いて来た世界をどうしても離れ難く、何かにつれて拘束を覚えるものと違って、思ったことをそのまゝ文字にすることの出来る、作家冥利に尽きる彼女の生き方を羨ましいと思うことしきりである。

2012-05-25 10:39:40

「漱石先生」

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       24・5・22

 松岡譲の著書である。夏目一家と最も近い、というより一家の1人となった著者の漱石像であるから、子供の頃から漱石の著作に親しんで来た私には期待された本で、その期待を裏切らないものがあった。

 と言いたいが、少々身びいきが過ぎているところがあって、そこは割り引いて見なければならないと思った。

 小説など縁遠い父が本箱に並べていたのは漱石全集(初版本)と菊池寛全集であって、この2人の全集を小学生の5年生頃から読み始めた。

 菊池寛の「真珠夫人」を読んでいて、父にまだ早い、と取り上げられたことをよく覚えている。それでも中学校を終える頃には全集全部を読んだように思う。

 父が漱石全集を買ったのはよくわからないが、菊池寛は東京高師の英文科で同級、寄宿舎も同室であったよしみである、と父から聞いた。

 ともあれ、全集のあったせいもあってか、2人の作品は私は今でも好きである。今読んでも、違和感がないところが、優れている、と言えようか。

2012-05-24 10:46:37

「公営企業に民間資金」 

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     24・5・21

 日経521日夕刊に表記の見出しの記事が載っていた。

 読んでみると、地方自治体の水道、交通、電気、病院などの公共性の高い事業を運営する公営企業に新型地方債(レベニュー債)を解禁する方針だと云う。

 至極結構なことで異議はない。どころか今まで認めていないのが、不思議な気さえする。必要があればドシドシ進めたらいい。

 尤も、私は、地方自治体の公営企業は元来公営性を全面に揚げるあまり、採算合わず、赤字を出している、否、赤字垂れ流しのような企業が少なくないのは、どうかと思っている。

 もともと、民間の企業としては、なかなか成り立たないが、地方の民生安定のために必要な事業であるのだから、赤字が出れば自治体が補てんを行なうのはやもをえない、というよりも当り前みたいとかんがえられている面がないでもない。

 然し、それはおかしいので、私は、公営企業の赤字の原因の一つは、その体質にあって、そう言っては何であるか、公営企業の生産性の向上のために本当に真剣な努力が払われているか、もっと収入の増と支出の削減に努力する余地がないか、等問題があると思っている。

 従って、公営企業はスタートは仕方がないとしても、運営となれば、民間に委せた方がよい、民間化した方がよいと考えている。

 かっての国鉄が民営化によって収益性を高めて行くと同時に、利便の向上、車体の改良など、幾多の面に於て民営化のメリットを示した来た、と同様の効果を地方公営企業の民営化にも求められるのではないか、と常々思っている。

 儲っても損しても、月給は同じ、ということであれあば、無理して働くことはないや、となるのは人情として当り前ではないか。働けば、それに応ずる待遇の改善がある、ということになれば、人は働くものではないか。

 もし、それ民営化に至らないまでも、その運營の長所を採りいれることは可能であるから、レベニュー債で資金を調達し、公営企業の収益性を増す努力をすることは、まことによいことであって、賛成である。問題は、誰が進んでやるか、である。摩擦を恐れていては、何事も出来ない。

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