「福島の現実ー福岡百子の声」

このブログでは、福島の仮設住宅、借り上げ住宅、施設、幼稚園、小学校、中学校へ必要な支援品を送る活動を続ける福岡百子さんの声と共に、津波、震災に加え原発事故で被災された方々の声をお伝えします。


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原発賠償訴訟 原告団長の言葉

 

 

44日、テレビの映像で、トルコから命からがら小さなボートに鮨詰め状態でやっとギリシャまでたどり着いた避難民が、トルコに送還されるという映像を見て、私は仰天し、心震え、足がすくんでテレビの前で棒立ちになりました。そしてとても悲しさがこみ上げてきて、思わず神様、何という世の中!と声に出していました。 私は両手を天に向け、「神様は今の世を悲しい思いで見ておられるのでしょう」「切ないまでに人を大切に思う神の心は人の心には 届かないのか?と問いかけました。

皆様、もし難民の立場でしたら、どんなお気持ちでしょうか? 戦争で町を破壊され、行き場が無くなった方々。世界は難問が山積みされており、解決は決して簡単なことではないことでしょう。今やこの地球は、一国での解決の時代ではなく、世界レベルで何事も「人の命を最優先」というテーマに視点を当てて、あらゆる国の仕組み、投資のあり方を考えても良い時代となったのではないでしょうか? 自国の権利や富を豊かにすることは大切なことでしょうが、そのために他国や自国の人々の命を粗末にする現代のあり方に私は疑問を感じます。日本においても、私は国民の命を守ることに「本気度がない」国の姿勢に、そろそろ国は目覚めて欲しいと思います。

 

【都路集団訴訟原告団長の口頭弁論】

 

今日は、福島の原発被災者で賠償金未払いのために国と東京電力に対し裁判所で訴訟を起こされた方の「被災者を守る会」の団長様が裁判所で読まれた原文をご紹介したいと思います。裁判所は「福島地方裁判所、郡山支部民事部」です。第1回目の裁判は、2月22日だったとのことで、次回は4月22日とのことです。裁判所では、右側に東電から5名、左側に被災者側(都路)30名。裁判官は5名。裁判長が「今から裁判を行います。カメラ、撮影、録画はだめです」と言われ、まず弁護士からの話、次に被災者代表として団長からの原稿読み上げ。これだけで終わり、被災者側の意見を述べる場はなく、次に裁判長は「次回は4月22日です。本日の法廷は閉会します」で終わったとのこと。わずか30分だった、とのことでした。団長様は「4月22日に返事があるのじゃないかと期待するが」とのことでしたが・・・。

 では、下記に「被災者を守る会」団長、今泉信行様が裁判所で読まれた原文をご紹介致します。(名前掲載については本人から了解いただいております。)

なお、ネット毎日新聞(http://mainichi.jp/articles/20160306/ddm/041/040/138000c) 〈東日本大震災5年 

「ずたずたにされた。地域も家族も」 責任問わずにいられぬ 福島・都路地区、原発賠償の原告団長〉もご覧ください。このサイトでは裁判の日付は2月15日となっていますが、実際には22日だったそうです。

 

都路集団訴訟 第1回口頭弁論の意見陳述(原発賠償訴訟原告団団長・今泉信行)

1.事故前の暮らし

 私は、生まれたときからずっと都路町で暮らしてきました。本件事故当時は、私、母、妻、長男夫婦と孫の2人の7人暮らしでした。

 都路町は、10年ほど前に常葉町、大越町、滝根町、船引町と合併する以前は、隣の葛尾村と同じように、浜通りに突き出ている「都路村」という一つの村でした。海にも近く、広大な山河に囲まれた自然豊かなところで、山に入れば山菜やキノコ採りができ、川ではヤマメやイワナ釣りもできました。

 土も空気も水もきれいな都路の産物は、まるでブランド品のように扱われ、2ヶ所ある直売所には、東京などの遠方に住む人たちまでが都路の産物を買い求めに来るほどでした。

 私は農家ではありませんが、ネギ、キャベツ、ナス、キュウリ、トマトなどの野菜や米を自家栽培しておりましたので、肉や魚以外は自給自足の生活でした。自分たちで作った野菜や米は、親戚や近所の人たちにも分けたり、逆に親戚や近所の人たちから野菜をもらったりしていました。

 都路に住む人たちはみな朗らかで、地域の行事も多く、4~5月はお花見、8月には灯篭祭り、10月には文化祭や体育祭、11月には秋祭り等が行われていました。また、部落ごとにある子供会では、1泊2日の旅行等も行われていました。

 都路は、老人、若者、子供たちが毎日集まり、笑い声が絶えることのない地域でした。

 

2.事故後の状況

 原発は絶対安全なのだと誰もが力説し、私たちはそれを信じ切って何十年も暮らしてきましたが、その原発が爆発し、都路にも避難指示が出されました。

 平成23年3月12日の夜、私たち都路の住民は、厳しい寒さと不安、取り返しのつかない事態に陥ってしまった絶望感に襲われながら、一斉に避難しました。私たちはそれから約4ヶ月にわたって避難所生活を続けましたが、高齢の母は過酷な避難所生活に耐えられず、避難後2ヶ月ほどで特別養護老人ホームときわ荘に入所しました。避難所はとても過酷な環境でしたが、私にとっては日々増していく不安と絶望感が何より耐え難いものでした。あのとき避難所にいた人はみんなそうだったと思います。都路の人たちから篤く信頼されていた60代の男性は、避難開始から1ヶ月も経たないうちに自ら命を絶ってしまいました。

 私と妻は、平成23年7月に船引の仮設住宅に入居しましたが、仮設住宅は狭いうえ、隣の部屋からの音漏れもひどく、近所づきあいには相当気を使わなければなりません。妻は、仮設住宅に入居した直後から人との接触を極端に嫌がるようになり、精神不安等を訴えて通院するようになりました。

 そして、平成23年8月末、みんなが途切れることのない不安を抱える中で、30キロ圏内避難指示解除宣言が出されました。目に見えない放射線量がどれほどなのかもはっきりわからず、避難指示解除宣言が出て多くの人が都路に帰還しました。このときから、20キロ圏内の人と30キロ圏内の人、帰還した人と帰還していない人、放射能を恐れる人と恐れない人、若い人と老いた人との間で心の分断が始まり、あんなに仲の良かった都路住民の絆がズタズタになっていきました。

 平成24年9月には、30キロ圏内の住民に対する賠償が完全に打ち切られてしまいました。このため、都路は、賠償が継続する20キロ圏内の住民とこれが終了した30キロ圏内の住民とではっきり二分されることになり、30キロ圏内の住民のひとりである私は、経済的な不安にも悩まされるようになりました。私の妻が自ら命を絶ったのは、それから間もない平成24年10月29日のことです。仮設住宅に妻ひとりを残して仕事に出ていた私は、妻を助けることができず、今でも妻には申し訳なく、しかしどうすることもできません。現在の私の家族は、99才を過ぎた母、息子夫婦と孫2人のみですが、家族バラバラの生活です。

 避難を始めてからは、自給自足の生活もできなくなってしまいました。山の放射線量はいまだに高いので、キノコ採りや山菜採りもできません。川でヤマメ釣りやイワナ釣りをする人も、もういません。

 地域の行事も全て中止となってしまいました。平成26年8月にようやく灯篭祭りが行われましたが、それ以外の行事は行われていません。

 

 3.裁判所に訴えたいこと

 平成23年3月11日、私たちはこれまでに体験したことのない大地震に見舞われ、あちこちで被害を受けました。しかし、地震だけであれば、原発事故さえなければ、都路はすぐに復興し、私たちは元どおりの生活に戻れたはずです。

 私たち都路住民の暮らしを大きく支えていた海や川、そして山々は、今も放射能に汚染されたままです。国は元に戻すと力説していますが、現実には厳しさが増しています。都路に帰還している人の多くは高齢者であり、子供のいる世帯や若い人たちはいまだに避難中です。都路は山に囲まれた地域なので、除染で一時的に放射線量が低くなったとしても、またすぐに高くなってしまうのです。子供のいる世帯は、もう都路には戻らないでしょう。何十年か後には、都路は超高齢者ばかりの地域となってしまい、そのうち町自体が無くなってしまうのではないかと思います。

 また、30キロ圏内の住民の精神的損害の賠償が打ち切られてしまってからは、20キロ圏内の住民と30キロ圏内の住民の仲が決定的に険悪になってしまいました。放射線量は20キロ圏内と圏外とでそれほど変わりはなく、地域が崩壊してしまったという結果は同じであるにもかかわらず、同じ都路の住民間で賠償金の支払いに差があるのがおかしいのです。

 復興の旗印のもとに、県内で一番早く避難指示を解除された都路の住民の現実を知り、その心の叫びに耳を傾け、精神的に負った痛手を償ってほしいと切に願います。                以上

                                               

 

 

【明日は我が身】

 

皆様、福島の被災者は原発による放射能汚染がなければ、5年経った今では自活し、家族、住民一つになって活き活きと目標をもって町や村づくりをしていたはずです。しかし、原発事故はすべてを破壊してしまいました。町も人も産業も何もかも。そして未来も、被曝による不安をぬぐい去ることができなくしてしまいました。私たち国民はこの現実を他人事とするのでなく、明日は我が身に降りかかることとして、原発再稼働、核問題を直視する時ではないでしょうか? そして日本の最優先課題は被災者の方々の生活再建であり、この責任を東電や地方自治体に任せていること自体、私は国の統治者に怒りを感じますと共に、国の恥、世界の恥だと思います。1年後の2017年3月据えに国は一部を除いたほぼ全域の福島原発被災者を帰還させる予定です。そのために仮設住宅も1年後に取り壊すとのことです。

皆様の声でどうぞ福島原発被災者をお救いくださいますように! 福島被災者に代わって声を上げてくださいますように!

 

 

【お知らせです】

 1月20日、私宅にアメリカのCNNテレビ東京支局の方からお電話がありました。「アメリカのCNNテレビのニュースチャンネルは200カ国に放送していますが、さらにケーブルテレビとインターネットで放映されています。福岡さんのブログを、日本語も英訳も見ました。この人なら、と思いました。福島被災地の現実を知らせたいので、どなたかを紹介してほしい。」そして放映されたレポートは下記からのもののようです。よろしければご参考にご覧くださいませ。

TVで放送した福島についてのリポート

ウェブの記事とビデオ


ウェブの記事と写真(仮設住宅に住んでいらっしゃる双葉町の方々の写真とコメント)

 

 

〈お問い合わせ〉福岡百子 

携帯メールf.mom.1941@ezweb.ne.jp  携帯電話080-5547-8675  FAX 047-346-8675

(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)

 

 

 

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