sansiroのブログ

世の中不況もあり人間としての心も荒んできてます
でも人間としての矜持はなくしたくない
もう一度人間としての原点回帰は何か
記事ににして行きます


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そもそも映画評というのは、たいてい公開の直前/直後に発表される。でも、あくまでもそれは、公開前に映画を観ることができる映画評論家など“特権階級”の評価にすぎない。「いい映画なのにヒットしない」といった愚痴が評論家や製作側からしばしば漏れ聞こえてくるように、お金を払って観に行く観客はシビアに評価したりもする。



 しかし、単にそれは評論家と観客が断絶しているということでもない。イェール大学で日本映画史を教えるアーロン・ジェローは、歴史を参照したうえで日本の映画批評が「知識や実践の序列を通して自らを正当化し、そのために、とりわけ一見して(例えば、テレビの)様々な知識を必要とする世界に直面している今日の観客には、映画批評に頼る理由をアピールできなくなった」とまとめた(藤木秀朗編『観客へのアプローチ』より)。


 この連載を始めたのは、ジェローの指摘する問題意識が、私が10代の頃から素朴に感じ続けてきた疑問そのままだったからだ。評論家が高踏的に映画の善し悪しを判断しても、映画観客には響かない。それどころか映画以外のことに無知な評論家には、観客にとって当然のことが見えていなかったりもする。たとえば、若い女性文化に無知な中年の男性評論家が、ケータイ小説原作の映画を「こんな映画はけしからん!」と怒ったりとか。映画評論って、オッサンの説教なの?


 一般の観客がどんなリアリティを持つのか、あるいは映画評論家が持っていない知識を通せば映画はどのように見えるか、それが映画評論の未来を切り開くものだと私は考える。映画を良い/悪いと評価して読者をリードしたり囲い込むような映画評論など、ネット時代のいまは内輪向けの閉じた言葉でしかない。この連載ではヒット作に焦点をあて、なるべく柔らかい文体で書くことを心がける。


 というわけで、第一回目は『アナと雪の女王』だ! れりご~!

久しぶりにプリンセス・ストーリーで大ヒット

 ♪れりご~ れりご~

 いろんなところから聞こえてくる主題歌「Let It Go」が、なんとも耳に残る。『アナと雪の女王』がヒットした最大の要因は、やはりこの曲にあるのだろう。そもそもミュージカルのアニメーションなので、音楽の出来が結果を大きく左右するのは間違いない。


歴代興行収入でも8位に入るほどの世界的な大ヒットにもなっているが、その要因も各国の歌手(あるいは女優)が母国語でこの曲を歌っているから。YouTubeには公式に各言語の「Let It Go」がアップロードされ、さらに25カ国語を繋いだマルチ言語版(http://youtu.be/OC83NA5tAGE )もある。いろんな国の「Let It Go」を聴き比べるととっても面白い。ちなみに、松たか子が歌う日本語詞版では「れりご~」の部分が違う歌詞になってるんだけど、日本版・英語版それぞれを観に行くファンも散見される。


 それにしても大ヒットである。日本では3月14日に公開されてから5週連続動員トップ。興行収入も90億円を突破し(4月14日現在)、100億円台も見えてきた。ちなみに外国のアニメーション映画では、2003年末公開の『ファインディング・ニモ』が111億円、2010年夏公開の『トイ・ストーリー3』が108億円。それに迫る勢いだ。


 しかし、この2作と『アナと雪の女王』は、まったく異なるタイプの作品だ。このふたつは、現在はディズニー傘下のピクサー社の作品。ピクサーは、フルCGのアニメーションの先駆として映画界を走ってきた。一方、『アナと雪の女王』はディズニーが長らく続けてきたプリンセス・ストーリーである。90年代中期以降、こうしたプリンセス・ストーリーは、思ったほどのヒットに恵まれていないのが実状だ。

 その逆風とも言えるなかで、『アナと雪の女王』は大ヒットとなった。これまでと、なにが違ったのか?

読解のための「3つの補助線」

 最初にざっくり書くと、『アナと雪の女王』は魔女化したお姉さんを妹が助けに行くというお話。

 触れたものを凍らせる魔力を持つアレンデール王国の王女・エルサは、幼いとき誤ってその力で妹のアナを傷つけてしまう。結果、エルサは城門を閉ざしてひきこもりとなり、その後、両親も海難事故で死亡。そして成人した日の戴冠式、エルサはその魔力を暴走させてしまい、アレンデールを氷で覆いつくしてしまう。怪物と見なされたエルサは、ひとり山に向かい自分で氷の城を建ててそこにひきこもる……。

(c)2014 Disney. All Rights Reserved.


ちなみに、エルサが山頂に向かうシーンで高らかに歌うのが「♪れりご~」である。サビの部分は、日本語詞では「ありのままの 姿見せるのよ/ありのままの 自分になるの」というもの。そう、意外にもこれはエルサがやけっぱちになった心情を歌ったものだったのだ! 雪ブシャー!


 その後物語は、雪の女王となってしまったエルサをアナが助けに行く展開となる。途中、山男のクリストフやトナカイのスヴェン、そしてエルサが作り出した雪だるま・オラフの力を借りてやっと氷の城にたどり着く。が、街が氷に覆われたことを知ったエルサは、誤って魔法をアナに命中させてしまう。氷ブシャー! すると、アナの体は徐々に凍りついていくのだった。

(c)2014 Disney. All Rights Reserved.

 ディズニーのフェアリーテイルであれば、たいていは王子様(あるいは男性)がお姫様を救いに行くという話が王道のはず。しかし、妹が姉を助けに行くのだ。この斬新さが『アナと雪の女王』の大きな特徴であるのは間違いない。


 このような“転向”をしたのには、それなりに理由がある。ディズニーが続けてきた旧来型のプリンセス・ストーリーが批判されたり、受け入れられなくなってきている現実があるからだ。その補助線となる本や映画は、以下の3つに集約される。

〈1〉コレット・ダウリング『シンデレラ・コンプレックス』(1981年)
〈2〉映画『エバー・アフター』(1998年)


〈3〉ディズニー実写映画『魔法にかけられて』(2007年)

 〈1〉の『シンデレラ・コンプレックス』とは、アメリカの作家が書いた書籍で、当時日本でもたいへん話題となった。副題は「自立にとまどう女の告白」で、言っていることはとても簡単。グリム童話『シンデレラ』のように「いつか白馬の王子様が現れる」といった女性のお姫様願望と、その裏にある男性への依存心理を「シンデレラ・コンプレックス」と呼んで分析したものである。つまり、男性に守ってもらうために、幼児的とも言える可愛いさやか弱さをなかなか捨てきれない心理状態を指摘した本なのである。


 『シンデレラ』は誰もが知る童話だが、ディズニーは全世界にこの物語を伝える役割を果たした。1950年に公開されたアニメーションは、いまだに日本でも観られている。「白馬の王子様」を待望する保守的メンタリティに疑義が向けられたのは、ディズニーアニメが公開されてから30年の時間が必要だったのである。

シンデレラ・コンプレックスとは無縁のシンデレラ

 〈2〉の『エバー・アフター』は、日本ではあまり知られていないが、プリンセス・ストーリーを考えるうえでは決して観逃せない映画だ。なぜならそのコンセプトは、「もしシンデレラがやたらと強くて自立していたら」というもの。ドリュー・バリモア演じる主人公ダニエルと王子様が知り合うのも、彼女が王子を泥棒と間違えて思いっきり石をぶつけたから。ふたりでいるときに山でジプシーに襲われて「担げる物なら何でも持っていけ」と挑発されると、ダニエルは王子を肩に担いで持っていく。さらに借金のかたに売り飛ばされて監禁され、男に襲われそうになると剣を奪って自力で脱出。そこにやっと助けに来た王子に対しダニエルは、「ここで何を?」と聞く始末。とにかく強いのである。


 つまり、『エバー・アフター』はシンデレラ・コンプレックスとは無縁のシンデレラ像を描いたのである。16年前にこの映画が創られた当時、すでに欧米では女性の社会進出は当然のことだった。しかし同時に、この頃はディズニーの低迷期でもあった。古いプリンセス・ストーリーから脱却できず、まだピクサーともパートナーになってない頃だ。『エバー・アフター』は、アンチ・ディズニー的姿勢で現代でも通ずるおとぎ話を見せつけたのだった。


 〈3〉の『魔法にかけられて』は、ディズニー自身が自らをパロディにした実写版フェアリーテイル。冒頭はアニメーションで、お姫様はその日はじめて出会った王子様と婚約する。が、そんなお姫様(エイミー・アダムス)が魔女によって現代(実写)のニューヨークに飛び出してきてしまう。ドレス姿のままマンハッタンの真ん中で右往左往する彼女を救うのは、シングルファーザーの男性。婚約者がいるにもかかわらず、お姫様はその中年男性と恋に落ちる──というお話である。ラストは少々強引な感もあるが、よくもまぁディズニー自身がこんな映画を創ったなと思わせる内容だ。しかし、いま思えばこの作品はディズニーの明確な所信表明だったのだ。

 「時代に合わないフェアリーテイルはもうやらない!」


 『アナと雪の女王』は、まさにこの所信表明がなければありえない内容だ。旧来型のプリンセス・ストーリーを繰り返し否定しているからだ。

 なお、こうしたプリンセス・ストーリーについて詳しく分析した本として、若桑みどりの『お姫様とジェンダー:アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門』 (2003年/ちくま新書)がオススメだ。07年に世を去った若桑氏が、もし『魔法にかけられて』や『アナと雪の女王』を観たら、いったいどのような感想を漏らしただろうか。


繰り返し否定される旧来型プリンセス・ストーリー

 『アナと雪の女王』に話を戻そう。

 この映画の真価は、アナと男性たちとの関係に見られる。エルサの戴冠式の日、アナは出会ったばかりの他国の王子・ハンスと恋に落ち、その日のうちに結婚を決める。エルサはこの結婚に反対したことがきっかけで、魔力を暴発させてしまうのだった。

 【以下、映画の後半部分に触れるので注意】

 後半、アナはエルサの魔力でどんどん体が弱っていく。そこで必要なのが“愛”だと考えた彼女は、ハンスのキスを求めていく。しかし、そこでハンスは豹変し、キスを拒否。13人兄弟の末っ子の彼にとって、そのままアナが弱って死ねばこの国を乗っ取れると考えたのだった。旧来型のプリンセス・ストーリーは、この段階でまず否定された。


 体が弱るアナを助けるのは、このハンスでも、仲良くなったクリストフでもなかった。誰あろう、それは氷の女王である姉のエルサだった。つまり、この“愛”とは、決して恋愛ではなく、姉妹愛のことだったのである。これが2度目の旧来型プリンセス・ストーリーの否定だ。異性愛ではなかったのだ。

 もちろんこの後、アナにはべつの恋愛が訪れることが描かれる。その相手はもちろんクリストフなのだが、その描写はちょっとだけ。しかも、恋愛の成就というよりも恋愛の始まりを描く。キスするときクリストフがオロオロするくらいに! これが3度目の旧来型プリンセス・ストーリーの否定である。


 ここで明確に描かれたのは、王子様や男性のキスがもはやプリンセス・ストーリーの決定打にはなりえない、ということである(ちなみに、ディズニー映画ではじめて黒人をヒロインに置いた2009年公開の『プリンセスと魔法のキス』でも、ディズニーはキスの意味を変えていたりする)。]


 一方、このアナとエルサの関係を旧来型プリンセス・ストーリーの男女役割を置き換えたものだという意見もある。つまり、アナが王子でエルサがお姫様だとする解釈だ。しかし、それはかなり疑問が残る。

 この映画は日本語題にもあるように(原題は"Frozen")、アンデルセンの童話『雪の女王』を下敷きとしている。しかし、要素は残しているものの、その内容は大きく異なる。そもそも『雪の女王』はプリンセス・ストーリーでもなんでもないからだ。


 原作は、氷の棘を刺されて心を閉ざした男の子・カイが雪の女王に連れ去られ、そんな彼を幼なじみの女の子・ゲルダが助けに行くというお話。そもそもこのお話は、女が男を助けるという話なのだ。


さらにこの原作が『アナと雪の女王』になる過程で消されたキャラクターは、男の子のカイである。ただ、彼のエピソードや役割は、「心を閉ざす」という点で雪の女王であるエルサに、「氷で心を刺された」という点ではアナに割り振られている。つまり、厳密にはカイはいなくなったのではなく、分割されたのである。


 それらを踏まえると、あの姉妹の関係を旧来型の男女関係の移し替えだと見なすのは、かなり見当違いだということがわかる。

 ちなみに1957年に冷戦期のソ連で『雪の女王』はアニメ化されている。これはアニメーション史では必ず参照される古典的名作として知られ、宮﨑駿をはじめファンも多い。ディズニーがこれまで『雪の女王』をアニメ化しなかったのも、おそらくこのアニメがあったからだと思われる。そこで明確に描かれているのは、山賊少女の汚れた心やカイの凍りついた心が、優しい少女・ゲルダによって溶かされること。つまり、大きく翻案したとは言え、『アナと雪の女王』にはこの『雪の女王』の根本的なテーマがしっかりと踏襲されているのだ。


「再帰的王道」のプリンセス・ストーリー

 映画が終わると、エンディングでもう一度「Let It Go」が流れる。前半ではやけっぱちに聞こえた曲は、エルサがお城で魔法とともに生きるゆえの「ありのままでいい」という意味に変わる。ヒットの要因は間違いなくこの主題歌だが、ちゃんとそれがこの映画のテーマとも結びついているのである。


 言うなれば、『アナと雪の女王』とは「再帰的王道」と呼べるプリンセス・ストーリーだ。「お姫様の物語」という軸を維持したまま、その意味内容を見事に現代でも通用するように翻案した。そこでは、過去の遺産を決してスポイルしてはいない。プリンセス・ストーリーという枠組みを残しながら、いまの時代を生きる老若男女が納得できるかたちに変換している。これは、見事というほかない!

 最後に──。


 『アナと雪の女王』の上映前に流れたのは、7月5日に公開される実写ディズニー映画『マレフィセント』の予告だった。これは『眠れる森の美女』の魔女マレフィセント(アンジェリーナ・ジョリー)を描いたダークファンタジーのようだ(http://youtu.be/DhgTpcykNcA )。

 『眠れる森の美女』とは、お姫様が魔女によって16歳の誕生日を迎えた日に眠りについてしまい、王子様のキスで目覚めるという童話である。しかし、予告を見ると、どうもそんな話になりそうにない気配でいっぱい。お姫様は、どのようにして目覚めるのか、それとも目覚めないのか!?

 きっとこの作品にも現代のディズニーがしっかり刻印されているはずである。

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大学生の就職先として人気が高いマスコミ。なかでも朝日新聞といえば、東大を始め「銘柄大学卒」ばかりが入社する、と思われていた。

ところが、2014年春に同社に入社した東大生はなんと「ゼロ」。東大生から、朝日新聞は見放されたのだろうか――。

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東大生は朝日新聞を見放したのか

多いときは
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東大生は朝日新聞を見放したのか?

3分の1が「東大」だったことも

2014年4月1日、朝日新聞の木村伊量社長は入社式で新入社員に向けて、「朝日新聞に携わる誇りと覚悟をもって、失敗を恐れずに挑戦してほしい」と気構えを説き、「広い視野をもったプロフェッショナルの新聞人を目指してほしい」などと激励した。

2月以降に同社に入社した新入社員は、男性50人、女性28人の計78人。ここから編集部門に53人、ビジネス部門18人、技術部門7人が配属された。

京都大、大阪大、一橋大、早稲田大、慶応大… どの新人もいわゆる有名大学の出身者。そこから競争の激しい採用試験を突破してきた。しかし、そこに「東大卒」はいない。

朝日新聞の編集部門には、「20、30年前は、多いと配属された記者の3分の1が東大生だったこともある」と元幹部は明かす。

昨年の採用試験が進んでいる頃、朝日新聞の幹部は、面接に東大生が一人もいないことがわかり、愕然としたそうだ。人気の凋落ぶりに、「ここまで…」と唇を噛んだとか。

「新御三家」はDeNAとグリー、サイバーエージェント

東大卒の新入社員が減っているのは、なにも朝日新聞だけではないかもしれない。週刊東洋経済(4月5日号)は、「激変、東大生の就活!新御三家はこの3社! 商社、金融を押しのける 人気のメガベンチャー」の特集で、東大生がここ数年で業績を拡大してきた、伸び盛りのネット系のベンチャー企業に目を向けるようになってきたと、指摘している。

いまや、ディー・エヌ・エー(DeNA)とグリー、サイバーエージェントを、「新御三家」と呼ぶらしい。

東大卒の就職状況をまとめた東京大学新聞によると、DeNAは2013年春(12年度卒)に16人の大学院卒を採用。就職ランキング(院卒)で、前年の20位以下から一気にベスト10入り、5位に順位を上げた。


就活に詳しい、大学ジャーナリストの石渡嶺司氏は、「東大生に限らず、最近の就活は『安定』と『反ブラック企業』がキーワードと言えます。民間企業で金融機関や大手商社が人気なのもそのためです」と話す。

たしかに、13年春の東大生の就職ランキング(学部卒)をみると、1位が2年連続で三菱東京UFJ銀行(29人)。2位が三菱商事(22人)、3位みずほフィナンシャルグループ(18人)。以下、三井住友銀行(16人)、住友商事(13人)、三井物産(13人)と、「お堅い」企業が並んでいる。

優秀な人材、他社にとられた?

インターネットの普及などで、出版や新聞・テレビ、広告は厳しい経営環境にさらされている。マスコミ業界について、前出の石渡嶺司氏は「全体的には採用人数を大きく減らしているのは事実ですし、そのために門戸が狭くなり、以前に比べれば人気が落ちていることはあります」と話す。

ただ、「それでもマスコミは人気がないわけではない」という。「斜陽産業」などと言われても、あすにもどうにかなるようなことはない。職業を聞かれて、「新聞社です」「新聞記者です」といえば世間体も悪くないし、給料も高い。「新聞社なら、文句を言う親はいません」。

「東大生のエントリーが減っているのかもしれませんが、(朝日新聞で)ゼロというのは考えられません。おそらく眼鏡に適わなかったのか、(志望者は)複数のマスコミを受けているはずですから、他社との競争に敗れたのではないでしょうか」と、石渡氏は推測する。

それにしても就職戦線での朝日新聞の「凋落」は隠せないようだ。


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成田空港で心肺停止状態の外国人男性の人命救助に貢献したとして、成田国際空港署で18日、日本航空の客室乗務員、吉村亜希子さん(38)と粕谷理恵さん(33)に、遠藤順一署長から感謝状が贈呈された。

 吉村さんと粕谷さんは今月8日午後2時ごろ、私用で旅行に行っていた台湾から成田空港へ帰国。第2ターミナルビルを歩いていると、「自動体外式助細動器(AED)を取ってきてください」という職員の声が聞こえた。

 倒れていた台湾の男性(61)に駆け寄り、交代で心臓マッサージ。意識を取り戻した男性を救急隊員へ引き継いだ。その後、男性は無事回復したという。

 吉村さんは「必死だったが、訓練を受けていたのですぐに動けた」と当時を振り返った。粕谷さんは「他の職員とも連携し、お客さまを助けることができて良かった」と話した。


成田空港で心肺停止状態の男性の救命活動にあたった日本航空客室乗務員の吉村亜希子さん(右)と粕谷理恵さん=18日、成田国際空港署(杉侑里香撮影)(産経新聞

成田空港で心肺停止状態の男性の救命活動にあたった日本航空客室乗務員の吉村亜希子さん(右)と粕谷理恵さん=18日、成田国際空港署(杉侑里香撮影)(産経新聞

成田空港で心肺停止状態の男性の救命活動にあたった日本航空客室乗務員の吉村亜希子さん(右)と粕谷理恵さん=18日、成田国際空港署(杉侑里香撮影)(産経新聞

成田空港で心肺停止状態の男性の救命活動にあたった日本航空客室乗務員の吉村亜希子さん(右)と粕谷理恵さん=18日、成田国際空港署(杉侑里香撮影)(産経新聞

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