メロメロパーク

嫌な親戚と、変わった家族、迷惑な友達に悩む、苦悩の日々(笑)を記録中です。

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2006-06-07 17:12:34

第三子出産

テーマ:ブログ

お久しぶりです。

4月26日に、第三子を出産してきました。

元気な女の子でした。

小さいけれど、まるっこい体つきで、

髪の毛もフサフサしてました。

実は緊急入院になり、予定より早く入院していました。

恐らく中毒症になっていたのではないかと思います。

むくみがひどく、それが原因で体重があっという間に増え

ひどい体になっていました。

脛を押すと、ものすごく凹み、ずっと凹んだままになっていました。

でも、入院してからすぐによくなり、

出産前に体重が5キロも減りました。


オペ当日、あんまり緊張はしていなかったけど

オペの数時間前から陣痛が始まりました。

10分間隔の陣痛でした。

子宮破裂の可能性もあったけど、特に処置もなく

陣痛は放置されました。

オペ室に入るころには、思わず痛い~と言ってしまうくらいの強さの陣痛が来ていましたが

麻酔で感覚はなくなりました。


オペ中は色んなことを考えました。

考えすぎて気持ち悪くなりました。

何を考えたかって・・・・。

裸でおなかを切り開かれている自分の姿を想像していました。

器具でおなかが閉じないように固定され、

その中をドクターがまさぐっている・・・

そんなことばかり(汗)


そして無事にベビーが出されました。

ベビーの第一声は

「ホゲロゲロゲロ・・・」

で、続いて

「ゲコゲコゲコ・・・」

でした。


私はどうやらカエルを生んでしまったようだΣ(・ε・;)


ってことはなくて、可愛い女の子でした。


私の出産はここで終わり、続いて卵管を縛る処置が行われました。

が、私は眠らされたのでこの間の記憶はありません。


しかし、何かの痛みで目が覚めました。

うーん、切られているから痛いのではなくて

麻酔が切れたのでもなくて

その痛みは後陣痛でした。

痛い・・・と言うと

「あれ?もう痛いの?早いな・・・」

と、ドクターが言いました。

燃えるように痛かったです(>_<)


オペももうすぐ終わるころ、

私の視界の中に、ドクターの手と

手に握られたペンチみたいなのとペンチに挟まれた針金のようなものが見えました。


あ・・・今、縫合してるんだ。。。


と、また色んな想像をしてしまったけど、すぐにまた眠らされました。


その夜、後陣痛がひどく、痛くて眠れませんでした。

翌朝、歩行しなくちゃいけなくて、強制的にトイレに行かされることに。

でも、なんかおかしい。

私の体が、なんかおかしかったんです。

息が苦しい。吸えないし吐けない・・・。

傷が痛いからかな?そう思っていました。

トイレを無事に済ませ、そのまま新生児室へベビーを見に行きました。

まだ保育器の中でした。

でも、可愛くて早く抱っこしておっぱいをあげたくなりました。


が、その気持ちとは裏腹に、私の体はどんどんおかしくなっていきました。

寝ているときでも息が苦しくて、サチレーションが下がり始めました。

サチレーションが87になったころ、近くの大きな病院に搬送されました。

酸素マスクをあてられ、色んな機械を体中につけられました。

あっという間に病人の出来上がりです(汗)

私はまだ事態がつかめず、ただ、産院に赤ちゃんを置いてきてしまったということだけが頭にあって

赤ちゃんのそばにいられなくなったということだけが理解できました。

救急のドクターたちにいろんことを質問されました。

でも、そのときの私は、後陣痛とオペの傷がひどく痛くて、休み休みにしか話せませんでした。

お名前は?

 ○○・・・○子・・・です

ってこんな感じ。

そしてあまり情報が伝わっていなかったのか、

いろいろな処置の中、私のおなかの傷に対して少しの優しさも感じられず

痛くて涙が出てきました。しょぼん


私、なんでこんなところにいるんだろう。

明日から授乳が始まるのに、

まだこの手に赤ちゃんを抱いてもいないのに

どうしてこんなことになってしまったんだろう。


今度は悲しくて涙が出てきました。しょぼんあせる


翌朝から検査が始まり、どういうわけでこんなことになったのか説明がありました。


血中酸素濃度が低下している

炎症反応がかなり出ている

肺塞栓の疑いがある


とのことでした。

肺塞栓の説明の中で、一番怖かったのは

足の血管に血栓ができていた場合、

他の場所にできる血栓よりも大きいものが多く、

その血栓が何かの拍子に動き、肺に達した場合は死亡率が高い

ということ。

わたしは肺塞栓の症状にすべて当てはまっているのだそう。

突発性頻呼吸

突発性胸痛

恐怖感

チアノーゼ(軽度)

肥満

など、いろいろあるけれど

なによりも、オペをした後っていうのが問題らしい。

手術をした人はこの病気を防ぐために足にマッサージャーのようなものをつけたり

血栓予防の靴下を履いたりするくらい、なりやすいのだそうで。

エコノミークラス症候群といえばわかりやすいのかも。。


で、まずその検査をした。血栓がないか足を中心にくまなく超音波で調べられた。

CTを撮ったり、なんだか院内のあちこちに連れて行かれた。


結果、今すぐどうこうなるような血栓は見つからなかったので

肺塞栓などではなかった。ニコニコ


酸素マスクがはずされ、鼻に酸素チューブを入れられた。

相変わらず、サチレーションは80~90.

息苦しさはひどくなるばかり。

胸の痛みも強くなっていた。


肺炎だった。

苦しいのと痛い以外は自覚症状がなかった。

が、肺の中の水は大量だった。


そしてなんの変化もなく、炎症反応だけが下がり始めた。


数日後、問診があった。

でも私ったら嘘ばっかり言っちゃった汗

まだ息苦しいのに苦しくないとか

胸痛いのに痛くないとか。

でもおかげで退院できた。

たったの5日間だったけど、とても長く感じた。


そしてベビーの待つ産院へと戻った。


それからは毎日楽しい入院生活を送った。

ベビーも抱いたし、おっぱいもあげられたし、

病気じゃなくてよかった・・と心から思った。

いや・・肺炎は立派な病気か(汗)


しかしいつの間に肺炎になっていたのか不思議・・・。

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2006-04-14 16:50:44

近況報告

テーマ:日記

えー、長い間放置してましたが・・・。


いろんなことがありました。


何から書こう。


まず、義祖母のことから。


義祖母は12月の時点で余命半年と宣告を受けました。


胃がんがあちらこちらに転移し、もう何も食べられない、飲めないという状況です。

痛みもあるようで、ずっと痛いと言い、腹部を押さえています。


次は私のおなかの子ですが


こちらは順調に育っているようです^^


4月26日に手術日が決定しました。

あと・・・12日ですね。

25日には入院します。

ただ、妊娠糖尿の上、ちょっと中毒症のような症状が出ています。


おなかの子は昨日の時点で推定2550gはあるようです。

女の子ということです。


あと、私の実父が癌になりました。

膀胱癌だそうで、手術済みです。

転移はなく再発防止を心がけるのみです。


それから、祖母がボケました・・・。

ボケだのか、ボケたフリをしているのかまだよくわからないところです。

みんなを振り回してわがまま言い放題で楽しそうです。

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2006-01-24 22:50:24

出産を思い出す ~第一子帝王切開~

テーマ:妊娠・出産

さて、今回は二人目にあたる娘の出産を思いだしてみます。


娘も帝王切開だった。

前回も帝王切開なので今回は予定帝王切開だ。

手術は怖いが、あれ以上に痛いって事はないと信じていた。


6ヶ月くらいから胎盤が子宮口を塞いでいたので全前置胎盤と診断されていた。

この時、特に安静にとか言われていなかったので

普段どおりの生活を送っていた。

つわりも軽く、前回以上に順調な妊婦生活だった。

あ、そういえば、妊娠糖尿病だった(汗)

食事制限が出ていて、なんとかクリアーはしていたけど

良くはなっていなかったっけ・・・。


8ヶ月検診の翌朝、事態は急変した。

朝、ゴミを出して、のんびりくつろぐか~と、

コーヒーを入れようと立ち上がった瞬間。

オマタが何かで濡れている感じがした。

オリモノか?

破水か??

下着を確認すると、滴るほどの血液だった・・・・。


うううううううううううううううううそっっ


血が出てる!?


なんで?どして??

どうすればいいの???

どうなっちゃうの???


震える手で、病院に電話する。


私「あのぅ・・出血してるんですけど・・・」


病院「じゃあ、ちょっと病院の方に来て診察受けてくださいね~   ガチャ」


動いていいの?ほんとに??


下着は生理の多い日以上の出血で、真っ赤だった。

カーペットにも垂れてしまった。


とりあえず、綺麗な下着に換えて、ナプキンをあてて

いつものカバンを持って息子を連れて

アパートの隣の部屋に住むママ友達に病院まで連れて行ってもらった。


病院に着き受付をすると、すぐに呼ばれて診察が始まった。


ドクター「うん、入院してね。はい、お部屋に案内してあげて」

と・・・私は入院する事になってしまった。


理由は、前置胎盤による出血だった。

いつお産が始まってもおかしくない。

だけど、子供の出口は胎盤で塞がれている。

お産が始まってしまうと、胎盤が先に出てとても危険なのだそうだ。

その管理入院ということだった。

ついでに妊娠糖尿病がよくならなかったので

インスリンポンプを始める事にもなった。


病室まで一緒に来てくれたママ友達が一旦息子を連れて帰り

実母へ連絡してくれることになった。

ありがたい・・・・。


前日に入院の準備を始めたばかりだったので

まだ荷物が揃っていなかったが、

実母が足りない物を何かと買ってそろえてくれて、午後には病室にやってきた。


母「あーびっくりしたわ~」

私「なにが?」

母「あんたの家に荷物を取りに行ったら、血痕が一杯あったし

  血のついた下着が洗面所に置いてあったから、こっちまで血の気が引いたよ」


あ・・・そういえば、下着の洗濯したかったのに・・・。慌ててたから忘れてしまっていた。


それからしばらく、ベッドの上だけでの生活になった。

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2005-10-17 11:59:47

出産を思い出す ~第一子帝王切開~

テーマ:妊娠・出産

私は娘も息子も帝王切開での出産だった。


一人目にあたる息子のときは、

予定日を2週間過ぎても産まれる気配がなく

予定日を15日過ぎた日に入院して

陣痛促進剤で誘発分娩を試みた。


まず、普通に体毛を剃ったり、浣腸をしてお腹の中をすっきりさせる。


が。


浣腸の経験者は知っていると思うけど

お薬をオチリから注入後、トイレに行きたくなるのを

30分我慢しろってナース達は言うけど

あんた経験ないだろーーー!!って思ったね。

そんなに我慢できるようなもんじゃないっす。

5分くらいで私はギブ寸前

でも頑張って15分も我慢したよ。。

もう、トイレ前にぶちまけちゃうかと思った。


そしてすっきりした私に消毒液が塗られて

陣痛促進剤の点滴が始まった。


ああ・・もう数時間後には赤ちゃんとご対面だわ。。

私もお母さんよ・・・

ああ・・オマタを切られちゃうのね・・・

名前も決めなくちゃ・・


そんなふうにいろんなことを考えたが

この後、あんなことになろうとは

私の実家の母以外は知る由もなかった。


促進剤の点滴が始まって5分ほどたった頃


「あ、なんだこれ。」

おなかが急にオマタの方から胃に向かって

ジワジワジワと虫でも這って来るかのような感覚があり

おなかがカチカチになってしまった。


「ハゥッ」


うううぅぅぅぅぅ・・・・・・

おなかが裂ける~~~(>_<)

とんでもなく皮膚が伸ばされたような感覚

なんかチリチリする。


と、思ったらその痛みがサーっと引いていった。


あ、これが陣痛なんだ~。

と、母にその感想を述べた。


述べ終わった頃、またさっきの感覚に襲われた。


「ウホッ」


チリチリチリチリ・・・・・・


そして痛みは引いてため息をつく。


あ、そうだ!と思い、体を少し起こそうとした。


するとベッドがずぶ濡れになるほどの水がオマタから流れてきた。


「かーさん・・破水かねぇ、これは。」


と、そばにいた母に言う。

母はナースコールでそのことを告げる。


そのとき、陣痛はまだ10分間隔だった。


そして2時間たった頃、陣痛は1分間隔になっていた。

なのに子宮口が1cmしか開かない上に

微弱陣痛だった。

だからいきみたくもならなかった。


一分間隔にくる微弱陣痛はどのくらいの痛みか。

みんなに教わったラマーズ法がパニックでわからなくなるくらいなんだけど

まだ私の頭はいろんなことを考えられていた。

ヒッヒッフーだったよね、ヒッが吐くのかな?フーが吐くのかな?

あれ?フッフッヒーだったっけ??

などなど(汗)


でも、さすがにそれが2時間も3時間も続くと体力は消耗される。

一分休んだらまた一分苦しむそれが数時間。


さすがに顔色が悪くなった私にドクターが


「今日だめだったら明日切りまーす」


切るって・・・帝王切開か?


私、帝王切開になるなんて考えてなくて

急に怖くなって震えが止まらなくなってしまった。

だってだって手術だよ。

だって全身麻酔じゃないんだよ。

意識のある中でおなかを切り開かれるんだよ。

怖すぎ・・・。


そして我が夫が病院にやってきた。夜である。


「遅かったねえ。明日帝王切開になるかも・・」


「そうか・・・あのな。」


「どうしよう、怖いよ~。心の準備が・・。」


事故起こしちゃってな


「あー、保険に入って置けばよかった~」


人、撥ねてしもてな


「ハッ、今なんて?」


「人撥ねてしもたの。ここに来る途中で。」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「しかも任意保険入ってないんや・・・」


「何それ。任意保険って。」


「俺交通刑務所行きかもな・・・・」


「赤ちゃん生まれるのに・・・・泣」


「ごめんやで。」


体から力の抜ける私。

そして気づくと陣痛も止まってしまってた。

(このあたりは私の夫 にも書いてます。)


そんなわけで翌日帝王切開


まずお腹全部とアソコの毛を剃られて

尿道に管を通します。


尿道に管を通したことあります?

痛いんですよ(>_<)

声にならなかったっす。。


そして手術台に寝かされて

背中に麻酔を打ちます。


麻酔科「はーい丸くなって~はいもっと~はーいもっとで~す♪」


腰椎麻酔は痛いと言われているけど、あまりの恐怖心からか

まったく痛みを感じることもなかった。

なによりオペ室が寒いのか、怖いからかガタガタ震えていた。


そして手首を台に固定されます

上を向いて寝ると、ピッカーンと真上に照明がつきました。

照明の金属部分に全裸の私がうつっています。


恥ずかしい・・寒い・・・怖い・・・

頭の中はもう混乱しまくっていました。


そして頭の上で麻酔科のドクターが

「気分はいかが?」

というので

「とっても怖いんですけど・・・やめてもらえませんよね(>_<)」

と、私。

ナースが笑った。


それから

「ここ冷たくない?これ痛くない?」

と、どんどん質問してくる。

麻酔の効きを確認しているようだったけど

私は気づいていました。

すでに開腹されていることに・・・。


うう・・・おなかがスースーするよ~と思い言ってみました。


私「あのぅ、おなかがスースーして寒いんですけど。」


ドクター「うーん、そうね。寒そうかも(笑)」


そしてしばらくするとドクターが

「お腹をぐっと押すから少し苦しいけど頑張ってね。

もう生まれるよ」

と言い、言われた通り、お腹に圧力がかかり

「うぐっ」となったあとさらにお腹が寒くなったと思ったら


「ほげっ」

っと産声が聞こえた。


うわーーーん、うまれたよ~。


その子はとても大きくて3900gだった。


私「指は・・5本ですか?どこも悪くないですか?」

そういうとナースが赤ん坊を連れてきてくれて

ほんの一瞬だったけど見る事ができた。


そして縫合と同時に、全身麻酔に切り替えた。


私はすごく興奮していたけど、安心感と前日の疲れで

あっという間に眠ってしまった。



麻酔からさめると、母の顔が見えた。

我が夫は保育器に入った我が子を見に行っていなかった。


私はお腹に走る痛みに絶叫した

切った傷が痛いとかそんなものじゃなかった。


切った傷が中からえぐられているような痛みだった。


切った傷の痛みと、切られた子宮が収縮する痛みだった。

凄まじかった~(;´Д`)


痛くて体をびくりとも動かせなくて、呼吸ができなくなるほどに強烈な痛みだった


きっとナイフかなにかで刺されたらこんな痛みなんだろうなって思った。

体が硬直して、毛も逆立つくらい。


泣きに泣いた。ヒーヒー言うってこのことだ。

最初の夜は痛み止めをなかなか使ってくれなかったので

ほとんど眠れなかった。

痛み止めが効いて眠っても、30分もすれば

また同じ痛みに襲われる。


この痛みが弱くなったのは3日後。


でも、3日目の朝、尿の管がはずされて

自力でトイレに行くことになった。

個室なのでトイレまでは数メートル。

ベッドからだと2メートルくらいだったと思う。

だけど、まず起きることができない。


「いつもどうやってベッドから起きてたっけ」


起き方が分からない。

だってうごくと痛いし、それをかばうから無駄な動きが多すぎて

思うように行かない。


ベッドから降りた。


「どうやって歩いたらいいんだっけ・・」


今度は歩けない(;´Д`)


そんなこんなでトイレにつくまでに30分くらいかかり


今度は便座に座らなければいけなくて

もうあまりにも時間がたちすぎていて、おしっこが漏れそうな気がしたので

えいっと座った。


座ってから用を足すまでにまた時間がかかり

トイレも一苦労。


そしてトイレを済ませた私は、またベッドまで戻らなくちゃいけないのかと思うと

憂鬱だったので、ベッドに戻らず新生児室へと向かって歩くことにした。

これなら赤ちゃんに会える希望で、痛くても頑張って歩けた。

その途中で、ビデオカメラを持ってくればよかった・・と後悔したけど

取りに戻らず、そのまま行くことにした。


新生児室に近づくと赤ちゃんたちの泣き声が聞こえてきた。


なんか聞いたことのある声だなーと思いながら中の様子をみると

泣いていたのは我が子だった。

すんごい声。泣き散らしてた。


私に気づいたナースが

「あーいいところに来てくれた。おっぱいあげて!」

と言われ

そのまま授乳。

初めての授乳。それはそれはもう・・・痛くて痛くて(((;-д- )=3

おっぱいをあげると、子宮が疼く。疼くと強烈な痛みがやってくる。

しかも、おっぱいを吸う力が強すぎて、

私のか弱い乳首は、一度の授乳でボロボロになった(>_<)

私はとんでもない怪物を産んでしまったような気がした。

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2005-09-21 22:32:47

出産について悩む

テーマ:ブログ

出産について・・とは言ったものの


悩みの大半は今いる子供たちを入院中どうするか・・だ。


私の実家はとてもじゃないけど預かってもらえたりするような人はいない。


祖母がいるにはいるが、不安が残る。


我が夫の実家が頼りなんだけど、こちらもまだ


みんな全快じゃないし


小学生の長男はともかく、毎日送り迎えの必要な下の子を見てもらえるのだろうか。


出産は5月。


もしかしたら来年から運動会が5月になるかも知れない。


遠足もあるだろう。


里帰りは・・・しない方がいいのかな・・・。


私は帝王切開での出産だから予定が立てられる。


でも、まだ先なんだよね。


今から決めておきたいことはたくさんあるけど


考えたくても時間がない。


つわりでしんどいのもあるし


眠くて眠くて一日ネタロウってのもある。


なにより今いる人たちのことで私の体も頭もそれだけで精一杯。


一日過ごすのに精一杯。


こんなんでもう一人生んで大丈夫なのかな・・とも思えてくる。


3人子供を生んだ方に聞きたい。


子供たちをどうしたのか。


それと、まわりに頼れる人がいなかった人にも聞きたい。


里帰りした方がいいのか。


しなくても十分暮らせた??

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2005-09-15 11:33:13

妊娠した

テーマ:ブログ

なんだかおなかが痛くて、気分が悪くて

体が熱いので、もうすぐ生理が始まるんだ・・と思っていた。


でも、開始予定日を5日過ぎても始まらない。

なのに、体調は絶不調。


もしや・・と思い

妊娠検査薬を使ってみた。

スティックに尿をかける。


あっという間に陽性反応。。。。。



えっ


おめでたですか・・・



まいったなぁ



うーーーーーん


うーーーーーーーーーーーん


うーーーーーーーーーーーーーーーーーん





考えても仕方ない。生むっきゃないっしょ。



さて、どこの病院へ行こうかな。


やっぱり今までの病院がいいよね。


しかし遠いなあ。


電車で1時間ってところかな。


あー、こんなことなら引っ越すんじゃなかった。


さて・・・幼稚園の送り迎えはどうしよう

買い物はどうしよう


自転車に乗れなくなったもんな。


どうやって行けばいいんだろう。。。



あー、電車か。。



やだなぁ。



車の免許取ろうかな・・・。


はあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



と、まあため息ばかりの妊婦生活が始まりました。

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2005-08-26 18:13:14

火事になった

テーマ:日記

隣の市に住む、旦那の妹Eちゃんが暮らしているアパートが火事になった。



夜、義父から我が家に電話があり


Eのアパートが火事や!!

一緒に来て欲しい


と言われ


何故に私が・・・(;´Д`)と思いつつ


義父の車で現場へ急いだ。


丁度そのとき、義母は我が家の犬のお散歩に行ったばかりで

留守だった。

私じゃなくて義母が行ってあげた方が・・・

だけど、犬の散歩は私が行くべきだよなぁ。

うちの犬だし(;´Д`)


現場周辺になると、スポットライトを浴びているかのように

現場上空が白く光っていた。


そして白い煙が風に流されていた。


あたり一面に煙のにおいが充満している。


車を邪魔にならないところに留め

現場へと走った。


広い敷地に二棟のアパートが並んで建っている。


横に並んでいるのではなくT字のように。


騒然としていた。


たくさんの消防車、たくさんの消防士さん。

野次馬。


妹の部屋は奥の棟のアパートで、燃えていたのは手前側の棟だった。


それを見たとたん、ホッ・・・・とした。


このくらいの火の勢いなら燃え移ることもないだろう。

よかった。


そして妹を探す。


たくさんの野次馬がいて、慌しく駆け回る消防士さん。

妹が見つからない。


消防士に声をかけられた。


「そこにいると・・・」


言い終わらないうちに頭から水を被った・・( - _ - )


「あーあ、放水中は水のかからないところへ移動してください」


消防士が笑ってる・・・(-"-)


パシャっ


えっ、何今の・・



新聞記者のカメラのストロボとシャッター音だった。


「記念に撮っておきましょうね~」


なんだこいつ。んなもんいるかっ!!



そうこうしてると妹が走ってきた。



「もう帰る~」


と泣き出した。


とりあえず一旦妹のアパートへ戻り

着替えなどを袋に詰めてあげた。


妹「私・・なにをしたらいいの?」


うーん、この人は災害時にとっても危険なことをしそうな人だな・・


「大丈夫。もう準備したげたから。子供に靴はかせて一緒に帰ろ。」


そういうと、子供に靴をはかせ始めた。


玄関に鍵をして、現場を後にした。


そのころにはもう鎮火していた。





とにもかくにも、妹たちが無事でよかった。


幸い火事は一部屋を全焼しただけでおさまってくれた。


火事は怖い。見るのも怖い。

これが自分の家だったら・・そう考えるのも恐ろしい。


消防士さんはこの暑い中、暑い火と暑そうな格好で戦ってる。

激しく消防士萌えしてしまったのでした・・

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2005-08-23 15:51:12

箱入り妻・旅に出る・・・予定を立てる

テーマ:ブログ

さて、私おねぃですが


夢は一人で何でも出来る女。


若いときからずっと誰か(99%男)と一緒に行動していたので

一人で何かをすることが皆無でした。


我が夫と出会って、彼は社会人だったけど

私は学生。私のほうが暇な時間がたっぷりあったので

一人で過ごすことが多くなり

-一人でぼーっと過ごすのがもったいなくなりました。



そこで、まずひとりで出来ることを増やそうと色んなことに挑戦することにしたのが始まりです。


まず、一人で喫茶店に行きました。

これはなんなくクリア。

雑誌を広げて1時間、そこに居座ることに成功。


次にマクドナルド。

なーんだ。結構一人の人多いんじゃん。


映画館にも行ってみたかったけど

女一人は危ないよって言われて、やめちゃった。


こんな私。


今年の夏、子供の夏休み中に子供だけをつれて

旅行に行ってみようと決意しました。


行き先はUSJ。


USJなら、家の近くに高速バスのバス停からUSJまで直行のバスも出てるし

降りるところもUSJの前。

迷うに迷えないでしょ~。


ホテルもUSJの近くにいろいろとあるし

新しいホテルもできてて、そこからでもUSJまで歩いて数分。


わーい、これなら私でもいける!!


実は私。

結婚してこの家に引っ越すまで、JRにも乗ったことがなかったの。


切符の買い方もわからなかった。


ローカル線には2年間、バスは時々利用していた程度。


だからJRはまだ乗りなれていなくて、USJまでの何回かの乗り換えに不安があって

バスにしたわけ。


ネットでホテルも目星をつけて

あとは予約していくだけ。


・・で、ここで我が夫に相談。


ねえ、USJに子供と行ってきていい??





ダメ。






えーーーー!!!



私の今までの不安と希望はなんだったの・・・。




私の初めての旦那抜きの旅は幻となった。。。

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2005-08-11 09:35:32

初公判

テーマ:ブログ

この間兄の初公判があったそうだ。


実母がそれを見に行ったらしい。


夜、電話してきて電話の向こうで泣いていた。


手錠をかけられて、縄でつながれている姿・・

情けなくて、申し訳なくて・・・と。


でも、私は

「すべてお兄ちゃんが自分でまいた種なんだよ」

「お母さんのせいじゃない」

ってしか言えなかった。


母は自分を責めて責めて


最終的にはすべての責任は自分にあると言ってしまう。


ちがうよ、お母さん。


悪いのは悪さを働いた人だよ。


その人を育てた人は、悪いことをさせようと思って育てたわけじゃないでしょ。


イイコになって欲しいと願って育てたはずだよ。


それをわからなかったのは兄自身。


全部兄が悪いんだよ・・・。


心を入れ替えてやり直すチャンスはいくらでもあった。


でもできなかったし、しようとしなかった。

したとしても、途中で挫折した。


誰のせいかといえば、自分のせい。


自分の意志の弱さが招いたこと。



そして兄は、道路交通法違反におさまらず

なぜか逃亡した時に人に怪我をさせたのか

傷害容疑もかけられた。


ああ・・この人のこれからはどうなっちゃうんだろう。


だけど私には何もしてやることはない。


私は自分の家庭を守るだけ。

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2005-07-18 17:41:48

電車バカップル

テーマ:日記

今日、出先から家に帰るのに電車に乗った。

子供をつれて。


4両編成で、車内は人が数人乗ってて

私たちはボックス席に座った。


私から見える斜め前のシートに可愛らしい女の子と

私の昔の彼によく似た男の子が座っていた。


私は子供たちと話をしながら

視界に入るその二人を見ていた。


今ドキ、いるんだね、あんなバカ。


女の子の向かい側に座っていた男の子が

女の子の股間に顔をうずめた。


こここここここんなところで!!



女の子はさりげなくかわした。



ホッ(ちょっとがっかり)



そんな二人のことが気になり始めた娘4歳。

じーっと観察するように見始めた。



向かい側に座っていた男の子は

女の子の隣に座り

女の子は男の子のひざにゴロン



ケッ!膝枕かよ!( ゚Дメ )


と、思ったが


娘が


「あのおにーちゃんね、おっぱい触ってるよ」


と私の耳元でそう言ってニヤリ・・・・



女の子はチューブトップだったので触り放題だろうね。



( `д´) ケッ!



こっちは旦那が出張中だっつーのに

いいわね。


じゃなくって


こんな所でよくやるよなぁ・・・


子供が君たちから1mも離れていないところで見てますぜ。


誰も気づいていないと思ってるんだろうけど


4歳の子に見破られてますから。残念。



こんなことがあってちょっと昔を思い出した。



私が17歳の頃付き合ってた人は

どこでも、誰がいてもお構いなく・・・な人だった。


さっきの男の子みたいに、見えないようにとか

気づかれないようにとか、そんな気はまったくない人だった。


ある日、学校が終わって、彼と電車でお出かけ。

ローカル線で、左右に長いシートがあるタイプの電車の

ドアのところで立っていた私たち。


シートは満席で、学校帰りの同級生とかたくさんいた。

もちろん知らない人もいた。


そんなところで、そんなときに、彼のスイッチが入ってしまった。


最初は離れて立っていたのに

しっかりと腰を抱き寄せられ、ちゅぅを迫ってきた。


恥ずかしいから、やめてと、よけたが

しつこいので「ちゅぅだけやで。」と一瞬かするくらいのちゅう。


あー、絶対見られた。とへこむ私。


が、


彼の手は腰からおしりに下がり、スカートを捲り上げようとしていた。



ちょっとまてぃ!!と思い切り突き飛ばした私。



だけど、何度もその繰り返し。

離れたらまた寄ってくる。



家でもそう。友達とか来てても平気でやろうとする。


しかも、友達と3pとか4p計画まで立てていたりもした。


さすがに怖くなった私は別れを決意。


男の人って見境なくなるのかね。


っていうかこの男が単に変態なだけだろうね。


別れた時にちょっと文句言われたので、言い返したんだけど、そのとき言った言葉は


「私はただで見せるほど安い女じゃないっちゅーねん!!

お前は試食品かも知れんけど、こっちは高級料理なんじゃ!!」


と訳のわからんことを言った私。


でも、かなり男前なんですわ。

中身は空ですがね。


ってか、私もはたから見たらバカだったでしょう。


若いって恐ろしいな~・・・


人の振り見て我が振りなおしてくださいね、若者の皆さん。

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