ザ・オリジナル・キャストの「ミスター・マンディー」を聞くと言う口実で、毎日、美巨乳の教育実習の先生のアパートに通っていたあの頃。部屋中、甘い良い匂いがして・・・・・もう、曲を聞くどころてはありませんでした。 (///∇//)
誕生日が近付くといささかにあせる。何もしない日常に突然の御来客?と言う感じ。蓄えも底を尽き、今年一杯位で餓死コースかと思っていたら、作品も何点かお嫁さんに行ってくれて、爪に灯を点せば何とかもう一年はもちそうよ。心道君、自分の作品に助けられるなんて終わってんじゃん。
僕より作品の方がテレビ映りが良かったりします。
個展を終えてワイルド・ターキーを飲みながら、一句。「酒酌めば 死もまた親し 青葉風」
僕は絶対に他人の言う事を聞かない。それは生まれた時に重い障害があって、親戚や他人から、散々に虐待や差別を受けて来たせいか、持って生まれた僕の感性が他人とは相容れないモノなのかは解らない。
ちゃんとした書道ができるならきちんと書けばいいのにとか・・・せっかく細密な絵が書けるのに勿体無いとか・・・
僕は自分のやりたいことしかしない。その為には書も絵も下手なプロより勉強している。それは、より自分らしく自由に画く為で縛られる為じゃあないんだな。
僕の作品に対しては、人の好き嫌いがハッキリしている。少しは肩書が付いた分、悪口を言う者も少なくはなったが、僕は自分自身を曲げてまで、書画を売って、生き延びようとは思わない。僕は自分の命を欲ばったり粗末にしたりはしない。病気になろうが飢えようが、死ぬ所まで生きられればそれで良い。
僕は、どんなに容姿が衰えようと、妻や母が愛してくれた男前の自分でいたい。自分自身にカッコイイ自分でいたい。今回、僕の書画を買ってくれた人も、「お前の生き方を買ったんだ」と言われて納得した。
今日まで、ろくに働きもせず、自分勝手気儘に生きて来られたのが、我ながら不思議に思う。だからと言って死に親しみを覚える訳でも、生きることに執着がある訳でもない。生きている間は自分らしく有れれば、それで満足。
他人の風聞も書画が売れなくて喰い詰めることも気にしないから、僕の作品は結構に高額。元々が買って欲しいと思って画いている訳でもないし、僕の詰らない意地かもしれないが、それさえ無くなったら、生きることは益々つまらなくなる。
心道君、どれほど衰えたのか試しに墨を磨ってみた。どうせ、何処の展示会に出す訳でもないので、黄ばんだ画仙紙に書いて見たら、まだまだ行けんじゃん。困るんだよな~。これだけの六朝体が書ければ書道家にでも成りたいなんて舞い上がる所なんだろうけど、僕にとっちゃ、ほんの手慰みに過ぎないんだよね。それに、書道なら書道家の中で鬼上手い人が沢山いるしね。
ちなみに、僕は俳人としては心道嶺美だけど、詩人としては毘俊って言うの。でもって、書で興が乗ると「遊墨民」となるわけ・・・・・でも、他人に才能を見せびらかしてもつまんないしな~。やっぱ。母や妻に褒めて欲しかったな~。
ちなみに上の書は母の亡くなった年の正月に母の長寿を願って書き初めしたモノ。でも、その年の暮れに母は亡くなったから、結局は無駄? でも、気は心だから・・・・(/_;)/~~
※ 誕生花は「シラー」
※ 花言葉は「我慢強い」
※ 花占い⇒彼方はとても淋しがり屋さんですね。そして、繊細な感性を持つ心の揺れ易いナイーブな人。彼方のパートナーはそれを理解した上で彼方を包み込んでくれる優しい人がベスト。でも、嫉妬や焼餅の焼き過ぎにはご注意を。それさえ気お付ければ幸せ間違いなし。






























