こんちゃ!(*^▽^*)今日の古事記日本書紀(第11巻)は
仁徳天皇の和歌をご用意しました!
ざっというと・・・応神天皇と似た動きをするのですが、
最初の妻~磐之媛 の後・・どうしても~黒日売が好きんなって~
黒日売は磐之媛のいじめが怖くて逃げたのですが・・・それを追っていった・・仁徳天皇です!
しかし・・この磐之媛 の息子が続々~その後天皇になっていきますので
なかなかやり手の~いいお母さんだったと思います!
息子のために・・・やったことなんじゃないでしょうか?
私も・・こういう立場になったら~頑張りたいです!
しかし私の場合~変なことすると
息子に「そんな事してるとお父さんに嫌われちゃうよ!」とか首を傾げて
言われるので、変な事しないようにはしてますけど、たまにするから
言われるわけですね!!(;´▽`A``しかしもしこうなったら・・
お金は一滴残らず・・自分の息子にくるように~動きたいです!
それが母親ってもんですよ!なんつって!!Σ(=°ω°=;ノ)ノ
まずは仁徳天皇こんな方!
西暦五世紀初め頃の大王。応神天皇 の子。母は仲姫命(古事記によれば品陀真若王のむすめ中日売命)。難波の高津宮に即位し、葛城襲津彦のむすめ磐之媛 を皇后とする。ほかに
日向の髪長媛、異母妹矢田(八田)皇女、
吉備の黒比売
などを妃とした。履中天皇
・住吉仲皇子・反正天皇・允恭天皇
の父。
秦人を用いて茨田に堤と三宅を造り、丸邇の池・依羅の池、難波の堀江などを造成した。
また墨江(住吉)の港を定めた。西暦413年、東晋の安帝に朝貢した倭王讃(『南史』)、また430年に貢献した倭王(『宋書』)を仁徳天皇と見る説がある。在位八十七年と伝える。陵墓は百舌鳥野陵。
日向の女は古代からもてたようですね・・!!
磐之媛さん~わりと気性が激しいですけど、武内の娘です!
父親たらしだと~娘わりと男性に厳しいと思いますよ!(°∀°)b
私なんて父親に惚れてるおばさんどう退治しようか?
作戦練ってましたしね・・(・∀・)母より闘志に萌えてたと思いますけどね・・
γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ
でも・・あの程度のおばさんじゃ遊ばれて捨てられるな~位思ってましたな!
その時からこう思ってました!
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建内宿禰 の子葛城襲津彦の姫。仁徳天皇 の皇后。履中天皇 ・住吉仲皇子・反正天皇・允恭天皇 の母。天皇の側室黒比売 ・八田皇女に対する激しい嫉妬の話が伝わる。万葉集最古の作者。陵墓は『延喜式』に大和添上郡の平城坂上墓とし、奈良市佐紀のヒシアゲ古墳に比定されている。
しかし!案山子!
仁徳は女を追っていってしまう!
実家に帰った女を追う仁徳!!
こりゃ!困ったな!
キター Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!
Σ(=°ω°=;ノ)ノ
吉備海部直の姫。仁徳天皇 の側室。大后磐之媛 の嫉妬を畏れ故郷へ帰ってしまった姫を、天皇は吉備まで追って行ったという。
そこで作った一句!!ほらほら~僕のかわい~愛人が、
故郷へ帰ってくるよ!
天皇、吉備の
沖へには
【通釈】沖の方には、小舟がたくさん連なって浮かび、美しい俺の奥様が、故郷の国へとお帰りだよ。
【語釈】◇大后 磐之媛。◇くろざやの 不詳。枕詞か。
あ~こりゃ駄目だね!!!実家に帰ってるのに~追いかけていっちゃ!キター Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!
こうなったら~私も親子の縁は切らしてもらいますね!
私には・・・父親はいねぇ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
俺は孤児の~矢吹だ!!∑ヾ( ̄0 ̄;ノって感じですね!
そんな親父はいらねぇよ!ヽ( )`ε´( )ノ
【補記】仁徳天皇后磐之媛の嫉妬にかかわる一連の説話のうち。磐之媛はこの歌を聞いて激しく怒り、人を遣わして黒日売を船から追い出し、徒歩で行かせた。
そして!仁徳は父親とまったく同じ心情の歌を詠みます!!
黒日売が恋しくてならぬ天皇は、淡路島に行幸し、つぎの歌を詠む。
天皇、その黒日売を恋ひたまひて、大后を
おしてるや 難波の崎よ 出で立ちて 我が国見れば
淡島
【通釈】難波の崎から船出して、淡路島に着いて、わが領土を眺望すると、淡島、おのごろ島、檳榔(あじまさ)の生える島も見える、離れ島も見えるよ。
まったく同じじゃねぇか!
キター Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!
【語釈】◇おしてるや 「難波」の枕詞 。◇淡島 古事記によれば、伊邪那岐・伊邪那美の国土生成の際、蛭子(ひるこ)についで産んだ島。同名の島はいくつかあるらしいが、どの島を指すという定説はないらしい。◇自凝(おのごろ)島 伊邪那岐・伊邪那美が最初に造った島。「おのずから凝り固まった島」の意であろう。◇檳榔(あじまさ)の島 檳榔は蒲葵(ほき)の古名という。シュロに似た木。
そして~黒日売の実家で~暢気なもんです!一緒に・・野菜作ってます!
どうぞ!:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
すなはちその島より伝ひて、吉備の国に
【通釈】山の畑に蒔いた青菜も、吉備の人である黒日売よ、お前といっしょに摘めば、楽しいもんだなあ。
そしてさらにラブコールだ!烏山という
舎人に・・に頼んでます!父親はカニに頼んでました!
作品も人生も父親の
パクリじゃねぇか!∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
天皇、大后
山代に い
【通釈】山代に行ってしまった奥さんに追い着け、鳥山よ。追い着け追い着け、俺の可愛い奥さんに、追い着いて会ってくれよ。
【補記】磐之媛が紀国に行幸している間に、仁徳天皇は八田若郎女と昼夜遊び戯れていた。難波まで戻ったとき、この話を聞き知った磐之媛は大いに恨み怒り、堀江を遡って山代まで行き、さらに奈良山の手前まで行った。結局故郷の葛城へは帰らず、山代の綴喜(つつき)の地に留まった。天皇はこれを聞いて、鳥山という名の舎人を派遣し、上の歌を送り届けたという。
感想は!よっぽど!父親を尊敬してたのか?異母兄弟が
父母の~関係で~自殺してるわりには・・・まったく
学んでいない仁徳だと思いました!
よって・・・自殺した皇子・・その事もわかっていたのかも?知れないですし・・
仁徳も・・・こう思っていたのかもしれません!
「俺のマザーそんな愛されてなかったしな~!俺の親父は
奴のマザーに夢中だったしな~!」
こういうのドラマでありましたね?なんだっけな?あったよ
でも・・・土9の4チャンと思う・・・それで・・・
父親と・・同じ事してやれ~と思ったのかも知れないですね・・・
愛されたマザーの皇子だったら~しなかったろうに・と思います。
それでわ!長くなったので今日はこの辺で失礼します!
次回は・・・・2人の嫁は~その仁徳の思いをどう受け止めて
いたか?をテーマにお送りいたします!
お楽しみに・・・!今日の映像は~仁徳天皇が愛する
姫君を追いかけて・・草を摘んでいた・・吉備(岡山の)
風景です!!あ~これは楽しいと思う。。。。こんな
生活わね・・吉備行ったことありますけど、凄くいい所なんですよ!
それで今日のサイト紹介は~りょうさんです!
blue-serenadeさん・・o(^▽^)o
岡山つながりで~実家が岡山の詩人の女性の方です!
尾道のお話とかも・・・面白いです!(*^ー^)ノ
時折・・日記もあって・・・綺麗な画像で~~
お花も空も・・綺麗だしね・・・情操教育に~アロマセラピーの様な
サイトですので~ちぇっく~チェックーです!(*^ー^)ノ
こちら吉備です!↓どうぞ!
http://www.youtube.com/watch?v=XrHV64rqsY8
それでわ!またお逢いしましょう!!








1 ■そういえば
今の小学校の社会の教科書に仁徳天皇陵はでてこないらしいですよね。
なんだかどんどん私の知識もやヴぁくなってきました・・・
国も教科書を改訂したら、歴史だけでいいから市民に販売して欲しいですよ・・・
まじで子供にばかにされますよお。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。