1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2005-07-17 00:24:17

抜粋3

テーマ:オリジナル小説
エイリが青春を過ごした時期は感覚の時代だった。『感じる』ということがまるであらゆることに優先する善であり、価値であるかのように謳歌されていた。考えるな、感じろよ。幸せは探すものじゃない、感じるものだ。感じればいいんだ。感じた者勝ちさ・・・  けれどエイリにとって感じるということは全く違う意味を持っていた。彼にとって感じるということは何よりも残酷な暴力だった。それは一方的で選択の余地がなく、まさに何の前触れもなく死神が肩に舞い下りて、抗いようのない信念を彼に植え付けていくことだった。神の視線も地獄の存在もエイリは「感じてしまった」からこそ信じていたのであって、彼がその存在に立ち向かおうとすることすらあっても、その存在を否定しようとしなかったのは、感じた瞬間に彼の中でそれらは間違いなく在るものになってしまっていたからだった 感じるということは自分では決してコントロールできない。そしてどんなに馬鹿げた考えや妄想や思い込みであっても感じてしまった瞬間からそれは否定できない真実となり、人間の人生を厚く覆っていく。そう、それはまさしく精神的強姦だった。
AD
いいね!した人  |  コメント(21)  |  リブログ(0)
2005-07-10 11:14:17

抜粋2

テーマ:オリジナル小説

ミレにとって自分が存在するということは自明ではなかった。ミレは16歳の時にたまたま英語の辞書をぱらぱら捲っていて、存在という日本語の訳語としてexistenceだけではなく、beingという単語があることを知った。当時の彼女がbe動詞の現在進行形としてしかこの単語を知らなかったことが、ミレをあるひとつのひらめきへと導いた。存在するということは常に現在進行形なのだ!それは一方的に与えられた状態ではなく、常に能動的な本人の意志が継続していることを示す言葉なのだ!この考えは彼女の気に入った

 それからミレは幾つもの奇妙な英文を書いた。今でも彼女の机の引き出しを開ければ、埃にまみれた古い一冊の大学ノートが見つかるはずだ。そこには興奮気味の強い筆圧でこう書かれている。
I will being tomorrow too. (私は明日も在り続けるだろう)
My father never has tried to being (私の父は今まで一度も在ろうとしたことがないのです)
I do not see those who isn't being (あろうとしない人々は私の眼には映らない)それからミレは私は常に自分の意志で在り続けなければいけない、と思うようになった。彼女にとって殆どの人間は亡霊となり、街は巨大な集合墓地と化した

'>ミレは高校を卒業すると結局、付属の大学にそのまま進学した。最も安易で陳腐な選択をしてしまった自分に居心地の悪さを感じながらも、あのモラトリアム世代の皆が共有した
「今はまだ自分が何をしたいかわからないから、大学の四年間でそれを見つける」
という言い訳をミレも渋々受け入れた。明確な目標も方向性も定まっていないのに、人と違う何かをしたいという理由だけで進学を切り捨てる勇気は彼女にもなかったのだ。

AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2005-07-05 23:38:23

処女小説

テーマ:ブログ

が昔のフロッピーから出てきたので部分部分で抜粋


ミレは10代前半の間、いつまで経ってもまだ自分の本当の人生は始まっていないようなもどかしい日々を生きていた。今この瞬間にも、見ている全てが崩れ、真新しくもっと素晴らしい景色が姿を現しそうな予感が手に触れられるくらい満ち満ちているのに、新しい出発の日が、一日また一日と先伸ばされていくのが不思議で仕方なかった。夏の夕暮れや匂いたつ青草の匂い、古い約束を叶えるかのように降り注ぐ雪の音、街灯に群がる蛾の描く優美な弧、何もかもが世界の謎を解き明かす素敵なメッセージだった。本当の人生を始めるのに必要なものは何もかも揃っているのになぜまだ私を迎えに来ないのだろう?ミレはいつも一日が終わりを告げる時、首をかしげながらベッドの中でそう思った。そしてそれはきっと明日始まるに違いない、と思い直した。ミレは眠りにつく前、誰にかはわからないがいつもこう祈った。どうか私が眠っている間に、世界が終わってしまわないようにしてください。私はまだ何も見るべきものも見ていないし、会うべき人にも逢っていないのです、と。

AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2005-06-26 13:50:06

小説2

テーマ:読書・映画など

La hotel de tree Room 21 (Excecutive)

 21の部屋は、とびっきり高級だ。厚さ僅か1センチの液晶大画面テレビ、クロール5ストローク分なら、泳げてしまう浴室、銅像のように微動だにせず、命令を待ち受けているコンツェルジェ、サウナ部屋には、とびっきり美人なマッサージ師が、胸も露な制服で待機している。巨大なシャンデリアが淡く照らす光の染みの中には、三つ子がいる。正確には、三つ子の末っ子と、二人の兄の死体がある。唯一呼吸を止めていない末っ子は、レザーのソファの真ん中に座り、両脇にそれぞれ兄の死体の肩を抱えている。3人とも、酷く立派な格好をしている。

 まだ兄たちの腐敗は始まっておらず、出番に備えて避妊具を装着しているマッサージ師も、命令がないことを訝しがるコンツェルジェも、部屋の中の死者には気づいていない。死者はひどく礼儀正しく、物静かだから。

 声をかけられたマッサージ師は、一番艶かしく見える表情を固め、今晩のチップ予想額を頭の中に弾きだし、リビングへ向かう。ところが、今晩は兄弟だけで過ごしたいから、出て行って欲しいという命令を聞き、舌打ちをし、部屋を出て行く。コンツェルジェも同じく追い出され、ドアの外でマッサージ師と顔を見合わせ、肩をすくめる。この男女は、この奇妙な三つ子について、様々な空想を働かせるべく、一緒に下のバーへ行き、やがて共にベッドに潜りこむ。

 その頃、末っ子は計画に取りかかる。まず長男の死体から、スーツとネクタイ、そしてシャツを剥ぎ取る。シャツの下から大きく7の数字がプリントされた、見るからに安物なTシャツが顔を覗かせる。後頭部を軽く触ると、コインが隠せそうなくらい、深く頭蓋骨が陥没している。恐らく何百メートルという高さから落ちてきた鉄の銃口が、頭にめり込んだのだ。貫通しなかったのが、不思議なくらいかもしれないと思う。

 もう一人の兄も、同じくボロボロになった同じデザインのTシャツを着ている。決して報われることのなかった汗が、何十年分も染み込んでいるのだ。

 まだ幼い頃から、今日まで、毎日朝から晩まで働きつづけた金も、今日のこの一泊で全て無くなってしまうことを思うと、末っ子は白い歯を見せ、壊れたオルガンのような乾いた声でけらけら笑った。
最後に服を脱いだ末っ子も、やはり同じシャツを着ている。

 生まれつき、あらゆる面で運がなかった、この三つ子の運命を変えるように、と今は亡き母親が買い与えたお揃いのTシャツ。777 スリーセブンで幸運を招こうとする母親のあmりに即物的な発想に、苦笑いしながらも、三つ子は常にこのシャツを着ていて欲しい、という母親との約束を、今日まで守り続けてきた。貧困というのは、想像力さえも削ぎとってしまうものだと、幼い息子たちはわかっていたのだ。

 末っ子は、テラスの窓を開け、まず長男の首にロープをかけ、そして吊るす。死んでるからもう苦しくないよな、兄さん、と彼は言う。やっと結婚して、子どももできたのにな。
ツキがないのには、慣れっこだけど、あんまりだよな。船上で結婚式挙げてる最中に、空から銃が降ってくるなんてよ。実に馬鹿げてるよ。あっちでしっかり復讐してやろうぜ、なあ、兄さん。

兄は答えることなく、闇夜にゆらり、ゆらり、と揺れる。

そして真ん中に少し空間を空け、次男を吊るす。

 俺たちが生まれた時さ、飼っていた小鳥が気違いみたいに暴れたって、あの話覚えてるかい?俺たちの臍の緒は、知恵の輪みたいにこんがらがってて、慌てた医者が、家で唯一高価だった、爺さんの壺を叩き割ったってあの話さ・・・


 節操ない朝の光が、白い刷毛のように窓からぶら下がる777を照らしだす。雀が何羽か、この見慣れない巨大な蓑虫の上で休息を取ろうとする。が、常に左右にふらふらと揺れる居心地の悪さに、首を傾げ、飛び去っていく。長男の頭の上に陣取った親子は、そこに巣を作ろうと試みるが、髪の毛が圧倒的に足りないことに気づく。

いいね!した人  |  コメント(5)  |  リブログ(0)
2005-06-25 19:11:32

日本の漫画は凄いなあ

テーマ:ブログ

最近すこしびびった言葉 まずゆっくり次の文章を読んでください。

 「前略、お母ちゃん。この世には幸も不幸もないのかもしれません。なにかを得ると必ずなにか失うものがある。なにかを捨てると必ずなにか得るものがある。たったひとつのかけがいのないもの、大切なものを失った時はどうでしょう。私たちは泣き叫んだり立ちすくんだり・・・でもそれが幸や不幸ではかれるものでしょうか。かけがえのないものを失うことは、かけがえのない真に、そして永遠に手に入れること!私は幼い頃、あなたの愛を失いました。私は死に物狂いで求めました。求め続けました。私は愛されたかった。でもそれがこんなところで自分の心の中で見つけるなんて。ずっと握り締めてきたてのひらを開くとそこにあった。そんな感じで。おかちゃん、これからはなにが起きても怖くはありません。勇気がわいてきます。この人生を二度と幸や不幸ではかりません。なんということでしょう、人生には意味があるだけです。ただ、人生の厳粛な意味をかみしめていけばいい。勇気がわいてきます」

 この文章を読んであなたはどう思いますか?というのも訊きたいけど、それよりもっと訊きたいことがある。あなたはこの文章は一体何からの引用だと思いますか?宮本輝じゃない?って思った人はいませんか?僕はそう思ったと思う。

けど、

なんとこれはマンガから、しかも4コママンガからの引用なのです。 (業田良家、「自虐の詩」からの引用)漫画をよく読んでる人は別に驚かないのかも知れないけど、僕はびびりました。少なくとも、僕が最近読んだ小説のどんな言葉より、ある意味で感染力のある言葉だと思ったからです。数年前、日本から友達が持ってきた西原恵理子の「僕んち」という漫画を読んだ時も、ひゃー、日本の漫画ってすげえなぁとショックを受けたけど、今回も参った。最近の小説なんかより、漫画の方が全然上という人がいるのも、わかる気がしてしまった。これは主人公の幸江が、会ったこともなく、どこにいるかもわからない母親に宛てて送る手紙の文章です。

好きか嫌いかという観点から言えば、僕はこういう地に足のついた‘個人的真実’を宗教的な確信とともに謳われるのが苦手です。このような人生観や真実ににくるみ取られてしまう人生からは、できるだけ無縁でいたいと思ってしまう性格なのです。けれど、上の文章には一人の人間が必死で生きた確かな重みがあるのを、認めないわけにはいきません。そしてこのような‘人生の厳粛な意味’が、僕をひどく憂鬱にするのです。ここには、個人的真実と、有無を言わせぬ説得力と、確信と悟りがあり、そして救いがありません。真理と意味という重力にからみつかれ、軽さを奪われた厳粛な人生。翼を奪われた鳥のように、厳格な重さを持って‘ただそこにある’人生。その前では、意味を噛み締めることはできても、笑いながら、軽やかでいることは難しい。

それがどんなに真理であり、真実であろうと、深刻さの檻の中に閉じ込め、人間から無意味な笑いを奪う思想を僕は信用しない。もちろん、無意味でいつづけることは難しく、意味の中に逃げることは優しい。意味はいつも僕らを安心させる。けれど意味の中に潜む鉛のような重さを僕は憎む。何よりも激しく、「暗い、暗い」と言いながら死んでいったツルゲーネフと同じくらい、逆恨みする。僕が今まで、そのような‘厳粛さと意味という病’に犯された重患だったからだ。

あまりに文章が酷いので、寝ます。今日は駄目みたいです。(っていつも言ってる気がする・・)
 

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2005-06-19 20:13:25

小説

テーマ:オリジナル小説

0の部屋

0の部屋では名前の無い青年が、切り株に鉄棒を打ち込み、青くペンキで塗っただけのスツールの上、惨めな海老のようにうつ伏せになり、さめざめと泣いている。彼は自ら招き寄せた死の恐怖に脅え、もうまる1週間、この樹上モーテルに足を踏み入れてからずっと、静かに、木の葉のように震えながら、涙で黴臭い床に奇妙な幾何学模様を描いていた。

僕は死ぬのだ。

口にした瞬間、それが魔法のように夢や妄想に変わることを望み、何馬鹿げた事を言ってるんだよ、と笑い飛ばす声を聞き取ろうと、耳を澄ます。けれど、はりさけそうな沈黙を最初に破るのは、気づかずに再び泣き出している自分の惨めな息遣いだった。

この青年は、3ヶ月前、自ら望んで不治の病に罹った。安くはない金を払い、ある老婆から手に入れたウイルスを、震える青白い動脈に注入したのだ。自殺ではない。逆だった。自分の人生に恣意的なデッドラインを設けることで、どっぷりと密度の濃い人生を、愛しい魂の緊張を切らさずに生き、退屈さをかわし切ったまま、生を終える(これは彼にウイルスと注射針を売った老婆の言葉だ)ためだった。彼は多くの人のように、虚無に脅かされていた。何かを創りだす才能はなかったが、無意味に生きる逞しさとも縁遠かった。安易な悟りやドラッグによる人格改造、コスプレまがいの変身や、今流行りの夢遊病者ダンスの群れに紛れ込んで、救われることもできず、人生は退屈なものだと居直ることもできない。宗教や博愛主義に自分の人生の意味を立て替えてもらうことも拒否し、その中途半端さによって、袋小路に追い詰められていた。

デッドラインまでの期間はお好みだよ、と老婆は彼に告げた。わしは1年を薦めるね。一ヶ月は短すぎるし、10年は長すぎる。時間はどんな生々しい感情もすぐに飼いならす。差し迫った死に照射されて世界が美しく輝くのも、いつまでも続かない。覚えておき。密度なんだ。長さじゃない。殆どの人間の毎日は、密度0さ。0にはどんな大きな数をかけたって無駄、0のままさ。わかるかい?

青年は言われるまま、1年を選んだ。そして奇妙な恍惚に包まれたまま、帰宅し、ノートにこれから一年でするべき事のリストを、麻薬的な興奮の渦中、乱暴で力強い字で書き連ねた。ふと漏らす溜息や、意図せず零れ落ちる言葉、あらゆる身振り、言葉、感情のひとつひとつが、取替え不可能な意味をもち、連鎖し合い、絡まりあって、織り上げていく、そんな人生が、手に触れられるくらいありありと自分の前に存在している―熱病に冒されたように、ノートのページを次から次へと真っ黒く埋めて行きながら、やがて青年は眠りに堕ちていた。

朝、青年は目を覚ますと、いつも通りコーヒーを入れた。唇がひんやりしたカップのふちにくちづけた瞬間、何の前触れもなく死の恐怖が舞い降り、彼の中に腰をおろした。乾いた炸裂音が響き、文字でぎっしり埋まったノートは、割れたカップの破片の隙間流れる黒い液体によって、染められていった。青年は崩れ落ち、暗闇に置きざられた赤子のように、大声で泣き始めた。意味不明な呪詛の言葉を獣のような声で撒き散らし、家中のあらゆる時計を粉々に破壊し、そしてまた丸3日泣き、青白い幽霊のような顔と足取りでふらふらと家を出た。

そしていつしか、青年はこの樹上モーテルの頂上の部屋で泣いていた。
この樹の一室で生まれ落ちたのだと、聞かされていたから。

最初からやり直そう。

0の部屋には、名の無い青年が住んでいる。彼の喉元には、もはや透明でなくなった死が、鋭い鉈を、悪夢のような確かさであてがっている。鼻すすり混じりの、すすり泣く声がこの部屋を満たす唯一の音楽であり、青年の流す涙の染みが、床模様を描いている。

本来スペア用であるこの部屋には番号がない。便宜的に0の部屋と呼んでいるだけだ。青年が、時計のない部屋をあてがってくれと頼んだのだ。そしてそこに住む青年の命は残り345日である。

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2005-06-19 20:11:14

小説1

テーマ:ブログ

0の部屋

0の部屋では名前の無い青年が、切り株に鉄棒を打ち込み、青くペンキで塗っただけのスツールの上、惨めな海老のようにうつ伏せになり、さめざめと泣いている。彼は自ら招き寄せた死の恐怖に脅え、もうまる1週間、この樹上モーテルに足を踏み入れてからずっと、静かに、木の葉のように震えながら、涙で黴臭い床に奇妙な幾何学模様を描いていた。

僕は死ぬのだ。

口にした瞬間、それが魔法のように夢や妄想に変わることを望み、何馬鹿げた事を言ってるんだよ、と笑い飛ばす声を聞き取ろうと、耳を澄ます。けれど、はりさけそうな沈黙を最初に破るのは、気づかずに再び泣き出している自分の惨めな息遣いだった。

この青年は、3ヶ月前、自ら望んで不治の病に罹った。安くはない金を払い、ある老婆から手に入れたウイルスを、震える青白い動脈に注入したのだ。自殺ではない。逆だった。自分の人生に恣意的なデッドラインを設けることで、どっぷりと密度の濃い人生を、愛しい魂の緊張を切らさずに生き、退屈さをかわし切ったまま、生を終える(これは彼にウイルスと注射針を売った老婆の言葉だ)ためだった。彼は多くの人のように、虚無に脅かされていた。何かを創りだす才能はなかったが、無意味に生きる逞しさとも縁遠かった。安易な悟りやドラッグによる人格改造、コスプレまがいの変身や、今流行りの夢遊病者ダンスの群れに紛れ込んで、救われることもできず、人生は退屈なものだと居直ることもできない。宗教や博愛主義に自分の人生の意味を立て替えてもらうことも拒否し、その中途半端さによって、袋小路に追い詰められていた。

デッドラインまでの期間はお好みだよ、と老婆は彼に告げた。わしは1年を薦めるね。一ヶ月は短すぎるし、10年は長すぎる。時間はどんな生々しい感情もすぐに飼いならす。差し迫った死に照射されて世界が美しく輝くのも、いつまでも続かない。覚えておき。密度なんだ。長さじゃない。殆どの人間の毎日は、密度0さ。0にはどんな大きな数をかけたって無駄、0のままさ。わかるかい?

青年は言われるまま、1年を選んだ。そして奇妙な恍惚に包まれたまま、帰宅し、ノートにこれから一年でするべき事のリストを、麻薬的な興奮の渦中、乱暴で力強い字で書き連ねた。ふと漏らす溜息や、意図せず零れ落ちる言葉、あらゆる身振り、言葉、感情のひとつひとつが、取替え不可能な意味をもち、連鎖し合い、絡まりあって、織り上げていく、そんな人生が、手に触れられるくらいありありと自分の前に存在している―熱病に冒されたように、ノートのページを次から次へと真っ黒く埋めて行きながら、やがて青年は眠りに堕ちていた。

朝、青年は目を覚ますと、いつも通りコーヒーを入れた。唇がひんやりしたカップのふちにくちづけた瞬間、何の前触れもなく死の恐怖が舞い降り、彼の中に腰をおろした。乾いた炸裂音が響き、文字でぎっしり埋まったノートは、割れたカップの破片の隙間流れる黒い液体によって、染められていった。青年は崩れ落ち、暗闇に置きざられた赤子のように、大声で泣き始めた。意味不明な呪詛の言葉を獣のような声で撒き散らし、家中のあらゆる時計を粉々に破壊し、そしてまた丸3日泣き、青白い幽霊のような顔と足取りでふらふらと家を出た。

そしていつしか、青年はこの樹上モーテルの頂上の部屋で泣いていた。
この樹の一室で生まれ落ちたのだと、聞かされていたから。

最初からやり直そう。

0の部屋には、名の無い青年が住んでいる。彼の喉元には、もはや透明でなくなった死が、鋭い鉈を、悪夢のような確かさであてがっている。鼻すすり混じりの、すすり泣く声がこの部屋を満たす唯一の音楽であり、青年の流す涙の染みが、床模様を描いている。

本来スペア用であるこの部屋には番号がない。便宜的に0の部屋と呼んでいるだけだ。青年が、時計のない部屋をあてがってくれと頼んだのだ。そしてそこに住む青年の命は残り345日である。

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2005-05-19 22:07:56

昔使ってたメモ帳を見つけて思ったこと

テーマ:ブログ

トラウマ、自分探し、アイデンティティー、主体性、オリジナリティ。

いつからか、これらの言葉を酷く疎ましく感じるようになっていた。

今でもよく覚えている。まだ僕がカナダで大学生をやっていた頃、いつものように勉強道具一式と、息抜きのための小説を鞄にいれ、テラスのある海沿いのカフェで勉強していたある日、僕はバンクーバーで当時数冊?発行されていたいわゆるフリーペーパーのひとつを息ヌキに読んでいた。それはバンクーバー在住の日本人による、日本人のためのフリーペーパーで、タイムリーなイベント情報や、レストラン紹介、国際結婚をした日本人のインタビューやらが載っていて、わりかし人気があったようだ。

 

 パラパラ捲っていると、「顔相占い」なるコーナーがあった。読者モニターとして、一人の日本人留学生がその占い師?に「願相」を見てもらい、現在の悩みを解決する糸口を見つける、というあり触れた趣旨のものだったように思う。

その女の子の悩みが何だったか、思い出せないが、失礼承知で言えば、「ありふれた悩み」だった。

 その占い師の答えは

「あなたの悩みの原因は幼い頃、周りの大人があなたの素直な感情表現を喜んで受け入れてくれなかったことからくるトラウマです」


大まかに言えばそんなコメントだった。僕はそれを読んで、呆れてしまった。

「それの何処が、願相占いなんだ」

願相占いを看板にしている占い師が平然と「トラウマ」という言葉を使い、精神分析の真似事をして、はばからない。それを聞いて本人も「そう言われてみれば、そういうことがあったような気がする・・・」なんて言っている。呆れを通り越して、声をあげて笑ってしまったのを覚えている。


当時、僕が持ち歩いていたメモ帳には、その時書き付けた言葉が残っている。

Traumaの大安売りだ。あらゆる悩み(多くはその実在さえ妖しい)が、Traumaの一言で回収され、解決されていく。有りもしない痛みや悩みが

単なる単語や用語によって捏造され、それがいつの間にか「過去」になる。



 

 

 

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2005-05-18 22:58:40

留学時代の手記 1

テーマ:ブログ

 

留学して6年目の6月、館から突然手紙が来た。

 

 

元気か?俺は相変わらず元気だ。死んでる暇なんてどこにもないし、社会に対して不満をもつほど人生にも退屈していない。今モスクワのカフェでこれを書いている。寒い。何故一人旅なんて通俗の極北を走るはめになったか。大学に「生涯バックパッカー」を自称するボンボンのアホがいて、休学金を納めながら旅に出ては、戻ってくる度、両手いっぱい「悟り」を持ち帰ってきやがる。あんまり腹がたったので、世界一周して「俺は何ひとつ見なかった、何も経験しなかった」と言ってやることにした。要件を言う。まだ世界半周くらいしかしていないのだが、少々飽きてきた。ということでアメリカに行くついでにお前のところにしばらく寄ることにする。近々行く。一緒に遊んでくれる女の子も用意しておいてくれ。今のところ予想通り、この旅では何ひとつ新しいことは経験していない。全てがパック化された「一人旅」のイメージ範囲内だ。唯一の例外は、俺は寒い国のゲイの親爺にもてるらしいということだ。さっきも「お前の後姿はボルシチに似ている」と下手な英語で口説かれた。今も向かいテーブルのコニャクで茹蛸のようになった親爺が、さかんに色目を送ってきやがる。こればっかりは辛抱たまらん。冗談じゃない。いや、すごい。実にすごい。

 

手紙はそこで終わっていた。

僕は手紙を封筒に戻し、霊界便とラベルの張られたプラスチックのボックスにしまった。

  ○

じゃあな

僕が日本を立つ日、館は言った。

まあ海外に行くってことは、日本にいる俺にとっては死んだようなもんだからな。見えない、逢えない、たまに声だけ届く。まさに幽霊だな。生き返った時は連絡してくれよ。あ、忘れてた。銃と麻薬には半端に手出すよな。じゃあな。

そして彼はポケットに手を突っ込み、いつも通りにがに股で歩いていった。そうして僕は日本を離れた。月1回ペースでやりとりする手紙を、僕らは霊界便りと呼ぶようになった。

その時僕は、留学生活最大の危機を、命ほうほうのていでどうにか生き延び、やっと平穏な生活を取り戻しかけたとこだった。

僕は某北米大、文学部の4年生だった。卒論すらないものの、4年ともなると、課題図書の量は殺人的な量となり、ミニクイズだの、プロジェクトだの、もっともらしいネーミングでカモフラージュされた無数の嫌がらせが、ダマのように押し寄せ、試験内容はますます油断ならないものとなった。英語力のいかがわしい僕のような留学生は、ただでさえ、一日中図書館に己を幽閉しても、全ての授業をパスできるかいかがわしいのに、僕は無謀にもキャンパス内で週5回のアルバイトをも抱えていた。百科事典のような教科書を小脇に抱え、睡眠不足とアルファベットに対する怨念が発するダークなオーラをばら撒きながら、夜な夜な勉強できるカフェからカフェへと渡り歩く、「彷徨える留学生」と化していた。そんな睡眠もおぼつかず、息も絶えんばかりのところに「それ」はやってきた。

ある晩、朝から3コマの授業を受け、それからキャンパス内のバイト先である寿司屋で5時間ほど働き、いつもの図書館で勉強している時だった。僕は便意を催し、トイレに駆け込んだ。どうも様子がおかしい。何十分座っていても、でるべきものがでない。初めての事態に少々困惑し、あきらめようとも思ったが、どうもすっきりしないので、半ば意地になり、下半身に渾身の力を込めるのだが、うんともすんとも言わない。その頑なさが勘に触り、僕の反骨精神に火をつけた。己、こしゃくな、と僕は思い、前方の手摺りを両手でしっかり掴み、下半身に力が入りやすいようにした。僕は大きく息を吸い込むと、数秒間、全身全霊をこめてふんばった。卒倒するのでは、と思い始めたその瞬間、ポタ、ポタ、と音がした。下を見て、身体中から血の気がひいた。便器内の水が、真っ赤に染まっていた。

ひぃっと声をあげ、素早くパンツとズボンを上げて、ふらふらとトイレを出ると、今のは見なかったことにしようと思った。ひどく体力を消耗したらしく、眩暈がしtので勉強を切り上げて家に帰って寝た。

翌日から地獄が始まった。幼い頃から、奴の噂はかねがねお聞きしていたものの、まさかこんなに辛いものだとは思わなかった。僕はどうやら、睡眠不足と極めて乱れた食生活のせいで便秘になっていたらしいのだが、いらぬ侍魂を発揮したがために、便秘→切れ痔という黄金ロードを爆進することになってしまった。とりあえず便秘を治そうと思い、セロリを一山買ってくると、生でボリボリと食べたのだが、またこれが裏目に出た。少しづつ便秘は治っているようなのだが、今度は排便する時、信じられないくらい痛い。中で切り傷に触れる度、呻き声を抑え切れないような悪魔的な激痛が迸る。剥き出しの神経を、やすりで削られているかのようで、涙がポロポロこぼれてくる。夜中も1時間おきにトイレに駆け込み、その度に「ああ、神よ、どうして私をお見捨てになったのですか」と叫んでいた。般若信教も唱えてみたが、やはり効果はなかった。ただでさえ少ない睡眠時間さえもズタズタにされ、恐怖から何も食べれず、とても学校に行く力などなかったのだが、試験前なのでそうも言っていられなかった。しかも病欠する場合、ドクターノートが必要だった。僕は恥ずかしくて医者に行く気などなかったし、だいたい、休んだ授業のノートを集める時間的余裕などなかった。僕は幽霊のような青白い顔でどうにか大学に通い続けたが、半分以上の時間は便器の上で過ごすことになり、俺はひょっとしてここでこのまま余生を過ごすのでは・・・と本気で思い、泣きたくなった。一番最悪だったのは映画の授業だった。ノートなら借りようと思えば、いくらでも借りられる。けれど映画のクラスで観るものの多くは、ただでさえヨーロッパ映画の品揃えが悪い、ハリウッド天下のここらのビデオ屋では借りれない映画ばかりだった。僕は数時間にも及ぶ「ひとり会議」の末、鞄にクッションを忍ばせる決意をし、クラスの照明が落とされてから、忍者のようにさりげなく椅子の下にそれを滑り込ませた。しかし痛みは和らいだものの、30分おきに襲ってくる便意には抗いようもなく、僕は映画中、数回退席し、その度にクラスメイトに訝しげな顔で眺められた。おかげで、どの映画も筋がバラバラに寸断され、トイレから戻ってくると、さっき出会ったばかりのはずの男女に、子供ができていたりした。おかげで未だにその時観たアントニオーニの「愛のめぐりあい」を見ると、肛門がヒリヒリ痛むような気がする。

そんな日が1週間も続くと、僕は数キロ痩せ、精神的にもかなり危うい場所まで追い詰められていた。毎晩、死刑台に上るような顔で、ベッドに入り、朝が来て、トイレに行かなければならないことを思うと、僕の脆弱な魂は木の葉のようにプルプルと震えた。 あかん、このままでは自殺してしまう、と何故か関西弁で思い、時折、もし切れ痔で自殺したとしたら、親や友人達はどう思うだろう、と思い、昔からバカバカしくて、葬式で皆が必死で笑いを堪えてるような死に方が望ましいと思っていたのだから、これ以上うってつけの死因はないはずだったのだが、さすがに何年にも渡り、高い学費を出してくれていた親に申し訳ない。切れ痔ごときで死ぬわけにはいかない、僕はそう思い、病院に行く覚悟をした。

電話で、自分の国外保険が適用される最寄の病院を確かめ、翌朝早く、僕は出陣した。僕はそれまで身体は極めて健康で、留学生活において病気になったことは殆どなかった。まさか、日本でも無縁だったこんな理由でデビューすることになるとは・・・と思いながら受付に行くと、綺麗な白人の女性が2人。そのまま逃げ出したくなるのを必死でこらえ、保険証を差し出すと、来院理由も聞かれぬまま、病室に案内され、5分ほどで先生が来ますから、と言われる。プライベート面からの配慮なのか、ともかくこちらのシステムにおおいに安心し、気分も救われた。さて、あとはどのような先生が診察するかにこの冒険の結果は委ねられる。

昨夜、僕はすでにどのような先生が理想的か、という問題に熟考を重ねたのち、結論を出していた。まず、綺麗で若い女医さんはいけない。あられもないポージングを求められるのは間違いないし、新しい性癖が開拓されてしまう恐れがある。僕は英語を勉強しにわざわざカナダくんだりまで来たのであり、こんなところで自分・新発見などしたくはない。あげく、もし視線を尻の下の突起物に向けられ、ふきだされたりでもしたら、一生立ち直れる自信がなかった。

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)
2005-05-08 22:40:01

自動手記

テーマ:ブログ

僕たちは常に自分自身を盗み出し続けなければいけない。僕らの人生を所有している何者から。


 僕は目覚めという橋を渡って悪夢からもうひとつの悪夢の中へと迷い込んだ。

 

 月明かりの淋浴、燻った空の色、奇怪な姿で天翔ける淫夢魔の歌。僕は針金の骨組みのような僕の人生に、かぐわしい阿片の匂いのする蕾を咲かせよう。夜の色調に冴え渡る地下墓地の虚ろな生よ。心をむしばむ朝の光、夕立に昂ぶる僕の痩せた魂よ。ひなびた麻薬の甘い堕落の調べ。君はきっと自分が決して死ぬことなどできないというショックで死ぬのだろう。僕は椅子から一歩も動かぬまま世界中を旅しよう。想像の恋人の為に服を編もう。砂漠で傘を売り続けよう。鉛のような時の死骸に埋もれ、顔だけを覗かせ、空のカーテンに僕の詩を歌おう。白いランプに浮かぶ無数の枝、ヴェールを纏う夕暮れの街、路上で風に吹かれて風化していく少女の死体、揺れる陽炎、貝殻のような人生、深い森の奥深くおきざられた赤子の泣き声、自分の生は無だったと訴えるがらんどうのような顔達、そんな全てを僕は愛するだろう。ありのままの世界の姿は美しいからだ。それは伝説のユートピアよりも、乱暴に編み上げられた香気に満ちている。それは僕の何億もの毛穴から染み入り、不協和音を身体中に響かせる。低いオルガンのような声で僕は歌う。廃虚のような君という森へ向かって。青い薔薇を持ち、怜悧な笑顔を浮かべて。

 ほら、年老いた深海魚のような男が僕の前を通り過ぎていく。彼が何と言っているか知っているか?彼はこう言っているのだ。愛されたかった、愛されたかったと。彼を慰めたいなら、真っ赤な服を着て、霧の中へと追いかけていこう。あの懐かしい夜族たちとともに。踊り、太鼓を愛撫しながら。そこには君が太古の昔にあきらめたもう一つの人生があるはずだから。恐怖と無関心の波紋が街中を包んでも脅えてはいけない、足を止めてはいけない。盲目の蟻地獄が1センチ下にはいるのだから。君は君の人生にきらめきを持ち込んではいけない。安い絵の具で塗り立てられた染みだらけの生を愛するのだ。神に借りをつくりたくなければ。風のスカートを穿き、下着を脱ぎ捨てろ。夏の夜空にちりばめられた可能性の粒子を削り落とすのだ。夜の息づかいと幽暗と戯れ、

 ああ!僕はここで何をしているのか、こんな冷えていくだけの白寒い肉体を抱えて。しらじらしい個を肩に背負って!


僕は書き続けなければいけない。死ぬまで。何の為に?生きる為に?生きるために書くのか?書くために生きるのか?今自分の立っている場所が不愉快だから?理想の世界を描きたいから?ちがうちがうちがうちがう。そんなんじゃない。憎むため?誰を?親を?宗教を?弱く、情けない自分自身を?臆病な僕という乗り物を?報われなかった愛を?わかりあえなかった恋を?嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。全部何もかも嘘なんだ。消えてしまえ、消えてしまえ。情動も怒り愛情も死も生も、幻も夢もすべてなくなればいい。僕の生ぬるい憎しみも消えればいい。うせろうせろうせろ。地獄も天国も糞っ垂れだ。幸せも不幸もいらない。生活も人生も嘘だ嘘だ嘘だ。嘘なんだ。世界が僕を欺こうとしている。僕は世界を欺こうとする。僕は世界から僕自身を盗みだなければいけない。そして殺すんだ。腐ったトマトのような愛情、憐憫の涙、しみったれたセックス、繰り返される使い古しの感情の渦。邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ。僕に、砥がれたナイフのようにひんやりとしたあの世界の無関心さを取り戻しておくれ。そしてそれで僕の肌を熱く剥いで欲しいんだ。僕はまだ呼吸しているか?心臓は動いているか?僕の眼には何が映っている?教えてくれ教えてくれ教えてくれ。見えないんだ見えないんだ見えないんだ、僕には見えないんだ。何か言っておくれ。聞こえないんだ、僕は何処にいる?何処に立っている?船をだそう船をだそう船をだそう。遠くまで浅い眠りに揺られていこう。空と海の間、青鏡の無限廊下をどこまでもどこまでもどこまでも。君は現実を片手に抱え、僕を詰問する。どうするのどうするのどうするのどうするの、私たち何処に行くの?と。僕は答える。知らない知らないわからないしらないわからないしらないしりたくない。君は言う。幸せになりたい、と。僕は幸せになりたいかわからないしあわせになってそれからもっとしあわせになってもっともっとしあわせになってもっともっともっともっとしあわせになって、ひはしずみのぼりまたしずみまたのぼりくりかえしくりかえしじかんはながれる。追いつけない追いつけない。僕のじんせいは僕に見切りをつけ、赤い汽車に乗りさよならさよならさよならと汽笛をあげて遠ざかっていくのに僕はまだここにいて、自分の名前を思い出そうとしている。

 


 

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。