2005-11-13 02:06:18

『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)

テーマ:読書

今読んでいる本で、著者は、アーネスト・サトー。
幕末から、明治にかけて日本に駐在したイギリスの外交官。
彼の名前を耳にした時から、日本と関わりがあるのかと思っていた。
そんなことは全くなく、生粋のイギリス人だそうだ。
「私の名前は、日本人のありふれた名字(佐藤)と同じなので、他から他へと容易に伝わ」る、そうだ。
このことに、今まで誰も触れていなかったもんだから、何となくひっかかってはいたのだ。
よかった、やっぱりそうなんだ。

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2005-10-25 00:29:58

『世界史概観』ランケ その3

テーマ:読書

かなり前に中途半端で終わっていた著作の感想を少しずつ。


ランケは、王権と人民主権の対決が19世紀の支配的潮流であるとする。
ドイツバイエルン国王に仕えるランケは、共和制の人民主権の意義を認めながらも、王権の正当性を疑っていない。


フランス革命からさかのぼること100年以上前、イギリスのチャールズ1世はルイ16世同様に処刑された国王である。
ランケはチャールズ1世をルイ16世よりも高く評価している。
チャールズ1世は処刑に際し「お前たちは何者の名においてここにあるか」と、処刑を執行しようとする者たちに問うた。
彼らは「国民の名において」と答えた。
王はこれに対し答える。
「議会すなわち国民なりということを証せよ、かかる先例あらば示してみよ!」
ルイ16世は同様の場面で言う。
「余は、余が告発された全ての罪について無実のまま死ぬ。余は、余の全ての敵を許す。余の血がフランス国民にとって有益ならんことを、そして神の怒りを鎮めんことを、余は切望する。かつ、汝らの不幸な人民の怒りを…」
いずれも国王としての威厳を感じさせる言葉である。
ランケは両者を評する。
「ルイ16世は自己の審判者たちを承認した、彼は王権の尊厳についての完全なる意識をもつことなく、チャールズ1世ほど深刻な人物ではなかったのである」
このように、ランケは王権の尊厳を正当性の根拠にすることを疑わなかった。
(続く、またいつか)

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2005-09-25 02:11:19

「世界史概観」2.キリスト教について

テーマ:読書
ヨーロッパの歴史を語ろうとする上で、もう一つ忘れてはならないのが、キリスト教である。
ランケは、ローマ帝国が成した事業のうち、キリスト教を生んだことが最も大なるものであるとしている。
私はこれまでにローマの歴史的業績につき、ランケとは違う感想を持っている。
ローマ帝国が成した最大の事業は、支配のシステムではないだろうか。
その一つにキリスト教が入るとは思わないではないのだが。
キリスト教は紀元1世紀に生まれた宗教であるが、しばらくはユダヤ教の分派の扱いであった。
その頃ローマは、共和制から帝国に支配体制を変更させたその勢力が最も強い頃であった。
やがて、ローマ帝国の支配が弱体化してくると、キリスト教の一神教的思想を帝国支配に利用しようと、コンスタンティヌス帝がキリスト教を国教と定めた。
ローマ皇帝は神により地上の支配を信託された者であるとしたのである。
この考え方は、それまでのローマ帝国の皇帝観である「市民の第一人者」とする考え方を革命的に変えるものだった。
つまり我々市民の中より選ばれた一人から、神に選ばれた特別な一人にローマ皇帝はなった。
以後、ヨーロッパの王権はこの考え方を基礎に形作られていく。
(眠くなったのでまたいつか続く)
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2005-09-23 01:05:58

『世界史概観』ランケ(岩波書店)メモ

テーマ:読書

世界史に関して、まとまった知識がなかったので何気なく本屋で手に取った本。
後に調べたところによると著者は近代歴史学の父と言われるぐらいの歴史学の大物だった。
この著作は、神聖ローマ帝国崩壊後の19世紀のドイツのバイエルン王国のマクシミリアン!)世(著作中ではマックス王)にランケが進講する形式をとる。
それゆえ、ローマ時代の記述からゲルマン民族を讃美するような記述が目立ち、君主制に点が甘いなあと思っていたのは、たぶんそういう訳だろう。


文中では、ラテン的要素、ゲルマン的要素なる言葉が頻出し、ヨーロッパは、この二つの要素の上に成り立っているとしている。
ラテン的要素とはギリシャから始まる民主主義的、軍律的服従よりなるのに対し、ゲルマン的要素とは貴族主義的、人格的服従よりなるとする。
数百年に及ぶローマのヨーロッパ支配下で、ゲルマン民族はその周辺蛮族であった。
その後、ゲルマン民族の大移動と言われるヨーロッパ枢要部への進出(ヒトラーを思い出した)が、両者の融合をもたらした。
この場合の蛮族とは大まかに理解するところ、自らの生産活動ではなく先進地帯であるローマ帝国領への強盗略奪によって生計をたてようとする人々のことだ。
何かの著作(書名は忘れた)によると、当時のゲルマン民族は略奪行が青年の嗜みであったそうだ。
ゲルマン民族の貴族的性質を誇らしげに書くあたりが、彼の時代と地域の趨勢を表していておもしろい。
現在なら、民主主義的であることのほうが大いに尊ばれるところである。


余談であるが、ゲルマン民族にゴート族という部族があり、これが後のゴシックの語源となった。
ゴシックとは、ルネサンスの人々が中世の美術を、野蛮といった意味を持つ「ゴート人の」を意味する「ゴシック」と呼んで、卑しめたことに始まるという。
その後に、中世美術の復権があり、そこからゴシック様式、ゴシック建築などと呼ぶようになった。
もちろん、明朝と並ぶゴシックといった字体や、ゴスロリ(ゴシックロリータ)などの語源でもある。
字体のゴシックは直線的な構成で、装飾的なゴシックとはまったく肌合いが違うので、それはなぜかと調べてみた。
 ⇒ウィキペデイア:ゴシック体の項 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BD%93
(明日以降に続く)

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2005-09-20 01:00:27

『華麗なる一族』

テーマ:読書
山崎豊子の銀行の吸収合併を描いた小説である。
と書いてしまうと、固い経済小説のようだが、内容は人間ドラマと言っていい。
昭和40年代を舞台にしているが、最近の銀行の合併も重ねて読むことができ、興味深かった。
小説では資金繰りが苦しくなる企業が描かれており、そういったことに暗い僕は、意外に脆いように思われる企業の姿を見てびっくりした。
僕は会社では、お金を使う立場なので、少しは経理の人の苦労も考えなければならないのかも。
金は会社から湧き出る、とまでは思っていないけれども、今の立場では部内の予算管理はほとんど関係ないから意識は低い。
でも、企画さえしっかりしていれば、お金はかければかけるほど、いいものができるよな。。。
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2005-05-17 01:25:26

「自省録」

テーマ:読書

ローマ帝国皇帝マルクス・アウレリウスの手記。
彼は五賢帝の最後の一人で、哲人皇帝といわれた。
その治世中はゲルマン人との戦争状態が続き、彼もその戦争遂行中に陣没する。
手記はその死後発見され、彼の哲学的思索が書きとめられていた。


岩波文庫版を書店で探すと、すでに絶版だった。
もう一冊はハードカバーで、買おうかどうか迷っている。
なぜなら、この書物の内容が、文庫本のように見たいときにすぐ見られるほうがいいように思うからだ。
この書物は、壮大な哲学体系をあらわしているわけではない。
陣中や宮中で、思いを書き連ねた短文で構成されている。
でも、今ごろの時間(午前1時)に、深沈と読みふけるのもいいのかもしれない。
彼が一日の終わりに、思索を書き留めていたように。 
 

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2005-05-02 02:07:16

雨天中止の日の午後

テーマ:読書
今日はサッカーの試合が雨で中止になった。
雨雲レーダーで雨雲の様子をチェックしていたので、中止の連絡がきたときも、ああそうかって思っただけだった。
実はまだ太ももの裏が痛く、試合をすることに気乗りはしていなかったので少しほっとした。
読みかけの「ローマ人の物語」を一気に読み進めることもできる。
それにしても、この書物を読んで感心させられることが多い。
例えば、今回はコンスタンティヌスの凱旋門にある異なる時期の彫刻を写真掲載している。
この写真を見て、芸術は時間に沿って発展していくものと思うところ、実は帝国の衰亡につれ、その技術や芸術性は失われていく。
人間の社会は輝ける未来に直線的に進んでいくのではない。
もうひとつ、ローマ帝国は信教の自由を認める国家であることだ。
キリスト教を公認したミラノの勅令では「信仰の自由は妨害されるべきではない」と現代でも十分通用する言葉がある。
それはローマが共和制であったころからの伝統だ。
映画や著作などから、キリスト教を迫害した印象があるが、それはキリスト教徒だから、ということではほとんどない。
罰せられるのは、他の宗教を奉じる人々と同じく、キリスト教徒がローマの社会に非協力的であった時に限ってだ。
日本の八百万の神様のようにローマも多神教の社会であった。
そうするとキリスト教の神様もそのうちの一人で、信仰はご自由にというのが基本スタンスだ。
なかなか寛容な社会である。
中世のヨーロッパはキリスト教一色に染まるので、そうしたことを頭に入れてローマ帝国の書物などを見ていくことが公平だと感じた。  
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2005-03-03 01:34:50

ローマとドイツについて

テーマ:読書
現在、「ローマ人の物語」を読んでいる。
この本を読むにつれ、ローマ文明の奥深さを実感する。
なかでも感心するのが、敗者を許すことである。
それは、個人においては、戦争に敗れた指揮官も処罰は行われないことに代表される。
一度や二度の失敗を責めていては、優秀な人材がいなくなるし、もし、その人物が職務に不適であれば、二度とその職務を与えなければよいのである。
また、対国家・民族においては、一方的に搾取や破壊などの行為はほとんど行わず、ローマの覇権を認めれば、風習でも宗教でも固有のものが許される。
当時ローマと敵対していたオリエント諸国が、戦争に敗れた指揮官は処刑され、敗れた国には徹底して搾取や破壊を行ったことからすると対極的である。
そういうオリエントとならんで、ローマにとって脅威であったのは、現在のドイツ地域に住むゲルマン民族である。
当時のオリエントはローマにも引けを取らない先進地域であったが、ゲルマン民族の住む地域は後進地帯であった。
統一的政府はなく、各部族が各個の地域で狩猟を行って生活をしていた。
読書が進むにつれ、ゲルマン民族は奥深い森に住む不気味な存在であるという印象を強くする。
そして、結局は一度もローマの恒常的支配は受けなかった。
第二次世界大戦時のイギリス首相チャーチルは、誇らしげにこういう趣旨のことを言ったそうだ。
ローマに征服された時からイギリスの文明の歴史が始まる、敵国ドイツはローマの支配を受けなかった野蛮な地域である。
その後、東西に分かれた西ローマ帝国の方を滅ぼしたのはゲルマン民族である。
10世紀には、ドイツ地域は神聖ローマ帝国となり、かつてのローマ帝国の正統後継者を名乗る。
その時のローマ皇帝は、世俗世界におけるキリスト教の保護者に役割を変えていたが、ゲルマン民族もやはりローマブランドは欲しかったのだろうかと思うとおもしろい。
ひるがえって、現在のドイツは、世界でも指折りの先進国である。
世界の中で工業や経済に占める地位は大きく、環境や社会福祉の面でも先進的な取り組みをしている。
そういう彼らが、かつては長髪に髭を生やした姿で、先進国ローマにたてついていたことを想像すると何となく笑ってしまう。

今年は日本におけるドイツ年だそうで、ドイツに関する様々なイベントが行われたり、美術品などがやってくるそうだ。
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2005-02-27 03:30:33

「AFTER MAN」から

テーマ:読書
小学校の時に、5千万年後の地球に住む生物の展示会を見に行った。
その時に親にねだって買って貰ったのが表題の本。
人類がすでに滅びた世界で、進化を遂げた生物達のイラストが楽しい。
初めて見た時は、ページをめくる毎にどきどきしたのを覚えている。
外国のまっとうな生物学者が、大陸移動による気候の変化なども考慮した上でまとめており、荒唐無稽とは言い切れない。
資料には生物の系統樹が掲載されており、その中で人類はあだ花でしかない。
サルから別れてすぐに先が切れている。
要するに一瞬の栄華で終わる。
今後人類は生物学的な進化は起きないとする説を聞いたことがある。
人類の住むのに適した環境を自ら作り出したからであろう。
進化は、必要がなければ何億年でも起きないのである。
ここから、人類がどんどん機械化する方向で「進化」したり、地球とは異なる環境である宇宙で進化したりする話が生まれる。
すでにICチップを埋め込む技術は可能だし、宇宙で生物を育てる実験も行われている。
宇宙の人類については何ともいえないが、機械化した人類は気味悪く思う。
そう言えば、すでに人工臓器や皮膚などは実用化されている。
これは、普通に受け入れることができる。
人間の生存に必要度が高いからである。
しかし、通信機能や計算機能といった専ら利便性を高めるための人工物を体に埋めるのには抵抗がある。
未来は、技術を受け入れる人間と受け入れない人間が住む世界になるのかもしれない。

昨年には、一億年後の世界を映像化したBBCのテレビ番組を見た。
イカがテレパシーを使って地上をのし歩く世界である。
ここでは、ネズミっぽい哺乳類が蟻に家畜化されていた。
これも本が出ているらしい。
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2005-02-17 01:02:57

概論書について

テーマ:読書
最近続けて概論書を読んでいる。
概論書を読むと自分がとても賢くなった気になる。
その学問領域のいいとこ取りだから、ページ毎に熟した果実が実っているようなものだ。
啓蒙主義の概論書を読んだ時など、その内容からまさに自分が啓蒙された。
啓蒙主義は、系譜からして人権思想と深くつながっているので、そのまま現代の課題である。
それにしても、こうした書物を読んで、あっちこっちに思いをはせるのはいいが、まるで形に残らない。
おいしいものを食い散らしているようなものである。
それに、おいしいものに栄養があるとも限らない。
気分がよくなるだけである。
でも、また今から読む。
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