BlackBooVa AiRi's Life

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2018年1月31日 5時10分 永眠




一年前に大腸がんステージ4と診断され
向こう5年生存率は20%とかそんな感じで。

本屋さんに行って、希望に満ち溢れた、
「ステージ4でも感知出来る!」
的な本を買い、知識を得たと勘違いした私は
オトンに、
「抗がん剤は体を壊してく!」とか
「食生活変えよう!」とか
「西洋医学はアテにならん!」とか
今思うと無責任な事を言っていました。

でもあたしは、その希望に満ち溢れた本を
信じたくて、信じて欲しくて
こんな事を言ってましたが
オトンからの返答はそれを拒否する内容で
当時は、「何で努力しようとせんの?」と
怒りを覚えた程でしたが
そんな体力や気力、死を宣告された人に
あるはずもないよな、と
なんてデリカシーの無いことを
軽々しく言ってしまったんだ、と
今でも後悔しています。



抗がん剤を始めると、当たり前のように
副作用はみんながテレビとかから得ている
イメージ通りで、吐き気や食欲不振、
脱毛、体重の減少などさまざまな
体の変化がありました。

離れて暮らしているので
会う度に小さくなっていくオトンを
見るのが怖くなりました。

それでも懸命に生きようと、
辛い抗がん剤を続けて、
入退院を繰り返しながら、
私たちの心配をしてくれました。
本人が1番辛いのに。


学生の頃、
怒られると言うより、もうしばかれる事が
もちろん嫌で、門限も早いし
意見を聞く耳を持ってくれない
押し付けのような躾に対して
本当にオトンの事が嫌いで嫌いで
働きだしたら絶対すぐに一人暮らしする!
と決めていたわたしは
親の許可も承認もないまま
勝手に家を出ました。


それからは年単位でオトンとは会わず
自分の好きな事を好きなだけして
束縛からの解放を存分に楽しんでいて
オトンの事を気にする事も全く
のうのうと暮らしていました。




確かに学生時代のしつけは
他の人に比べて厳しかったです。
その気持ちは今でも変わりませんが
それが愛情表現が苦手な、不器用すぎる
オトンからの愛情だったんだという事は
今になって理解出来ます。
この歳になって気づく、
そういうもんだ、という事も解っています。
どれだけ親孝行をしていたとしても
必ず後悔するという事も解っています。



解っていますが…
やっぱり後悔してしまいます。

あたしの
結婚や孫を楽しみにしていたはずやのに
それを直接言われた事はありません。
それどころか、

「俺を理由に夢を諦めんな!」

そう言ってくれました。


何か出来ることは無いかと聞くと

「健康でおってくれ」
「おかんの事頼むな」

自分の事なんかそっちのけでした。




オトンの、おそらく最後の誕生日、
当日に家族で集まって誕生日会をしました。
この頃は、抗がん剤を辞めていて
食欲があるからそれだけで元気で
すごく、人間らしい、自分らしい時間を
過ごせていたと思います。



お正月も休みを貰えたことで会いに行けて、
めっちゃ元気だったので、
「なんか…もしかして大丈夫なんじゃ?」
と思う程でした。そう思いたかった。


そして一月の中旬頃に、
暖和ケア病棟という、
完全個室で
家族の面会は24時間OK
ペットもOK
共有スペースにはキッチンがあり
家庭用の冷蔵庫や
かき氷機までありました
将棋や囲碁、マンガに小説
マッサージチェア
家族室も完備
お風呂だってついている


めっちゃ響きはいいですよね。
めっちゃ自由です。
ホテルみたいです。


イコール、そういう事。
死を穏やかに迎える為の病棟。
死ぬ人を看病する人のケアまで考えた病棟。


職場のみんなが協力してくれて
急遽シフトを「その時」が来るまで
休みをくれました。
おかげで、おかんと2人で睡眠時間も
確保しながら24時間体制で看病出来ました。


鎮静剤を打ったことで神経がマヒし、
痛みを感じなくする事も出来ましたが
意識がほぼない状態なので
体を動かす事も、食事をする事も
喋る事も、目を開ける事も
何もかも出来なくなりました。

だから、死ぬ事が怖い!
という思いも口に出来ない。
家族に伝えたい事も伝えられない。
だから、痛がっているように見える表情が
もしかしたら
何か伝えたくてもがいてたのかもしれない。
でも私たちも解らないから
痛いのならかわいそうだから、と
鎮静剤を増やしてもらう。

本当に辛いです。
判断が難しくて。




でも、耳は最後まで聞こえてるそうなので
寝たきりのオトンに、昔からの友人が
何度も何度も遠いところから来てくれて
喋りかけてくれたり、
地元の一部の友達にだけ伝えてたので
その人たちが毎日のように面会に来てくれて
オトンはすごく嬉しかったと思います。



妹の子供も毎日のように来てくれて
まだ死ぬ意味が理解出来てないので
「じぃじ、また寝てる」
「じぃじ、起きてー!
と、何度もその純粋な感じに
泣かされそうになりました。
何でこんな可愛い孫の成長を見ずに
死んでまうんよ!と腹が立ちました。



その瞬間が訪れ、
家族全員でオトンを囲み、
苦しむこともなくそれはそれは穏やかに
息を引き取りました。
呼吸停止から約5分も脈があり
オトンは最後の最後まで頑張ってくれていて
私たちの声を聞いてくれました。




オトンの希望により、家族葬で
こじんまりと行う予定でしたが
噂の広まり方が半端なくて
これでもかという程の方々が
来てくれて、椅子が足りない程の
すごく豪華で盛大な式を行う事が出来ました。

それだけ、オトンはみんなに愛されてたんだ
それだけ、オトンはみんなを愛していたんだ
それだけ、偉大なオトンだったんだ

最後の最後に知りました。



シャイでプライドが高いオトンは
あんなに沢山の人が来てくれた事を
恥ずかしがっているかもしれませんが
とてもとても嬉しかったと思います。
幸せだったと思います。



やり残したことは沢山あったでしょう。
本人にしか解らない辛さも
未だに知る事が出来ない
家族への優しい嘘もあったでしょう。

それでも、幸せだったと思います。

それは本当に皆さんが愛してくれたから。
本当にありがとうございました!

本当に、皆さんの支えがあったから
私たち家族は今もこうして在ります。
これからも変わらぬご支援、
宜しくお願い致します。




オトン、二十歳で自分の父を亡くし、
自分がしたかった音楽を諦めて
家族の為に必死に働いて、
私たちを育ててくれて
愛情をそそいでくれて
いろんなところへ連れて行ってくれて
夢を応援してくれて
ほんまにありがとう!!!


オトンがくれたこの体は
絶対に大事にします!
絶対に幸せになります!
おかんの事も任せてくれ!


天国から私たちを見守ってて下さい。
オトン、大好きやで!(照)



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