固くつぶっていた目をおそるおそる開け、九条倫子は自身を庇う日比野ユウキの背中ごしに、今起こったことを確認した。佐川露樹が力一杯押しているのに両者に動きがないのは、日比野ユウキが手にした何かで攻撃をしっかりと受け止めているからだ。だがそれも、彼の腕が小刻みに震えているので防ぎきれるのは時間の問題に思えた。
武器どころか、防具すら持っていなかったはずだ。
九条倫子が初めて少年を発見したときから、Tシャツの上からパーカーをはおっただけのカジュアルなジーンズ姿で、荷物は持っていなかった。若者がよくやるように、財布はジーンズの尻ポケットに。そして時々、パーカーのポケットから取り出して確認していたものは──。
彼の手にあるのは、手のひらに収まる大きさの、黒光りする、とてもよく見慣れたものだった。
「はい、時間切れー。答えは携帯電話で、し、た!」
易々と攻撃を受け止め余裕綽々の少年を前に、佐川露樹は事態を把握できないのか、戸惑いの表情を見せた。その一瞬の隙をついた日比野ユウキの右拳が、彼女の鳩尾にきれいにきまる。
「く……っ!」
「相手が丸腰だと思って油断したら駄目だな。武器や防具になるものって、どこにでもあるんだ」
むせる息を整えるべく一定の距離を保とうと離れかけた相手の腕を、日比野ユウキはしっかりとつかんでいた。
「だめだめ。短槍はこんなふうに使ったら。誰も倒せない」
「ふん、携帯がおしゃかになるほうが早い!」
「ならないよ。俺、コレで攻撃する気ないし。ただ……」
九条倫子からは、少年が腰を低くして、佐川露樹と身体を接したかのように見えたが、果たして何をしたのかまでは分からなかった。
気づいた時には、短槍は持ち主の手を離れ、少年の手の内にあった。
「へえ。これ、意外と重みあるんだな。よくもまあ、器用に振り回してたもんだ」
「返せ、それは私のものだ!」
「こんな物騒なもの、女の人は持っちゃいけないな」
「──戦闘神に向かって言うセリフではないな。戯言に過ぎん」
「そんなの、嫌だって断ればよかったんだ」
「誰が、戦闘神が嫌だと言った。何も知らないピアスごときに、指示される筋合いはない!」
「佐川露樹さん、あなたの太刀筋には殺意とか負の感情が感じられないんだ。そういうものが人を強くするとか、敵を倒す力になるとは思ってないけど……。佐川露樹さんの太刀には悲しみしかない。それじゃ、駄目だと思う」
「だから、貴様に指示される覚えはないと言っている!」
「──覚悟、できてるんだ? じゃあ、これは持ち主に返すべきかな」
少年が白珠を差し出したその手に、とんできた白い何かが突き刺さったのは一瞬のことだった。
「ユウキくんっ!」
九条倫子の悲鳴を帯びた叫びとともに、日比野ユウキと佐川露樹は何かの飛んで来た方向を凝視した。狭い路地裏の、とある古びた倉庫の非常階段に、彼らはいた。
「駄目だよ。君もピアスなら、KINGがどれだけ覇剣を欲しているか知ってるはずだろ? ソレはこっちに渡すんだ」
「一緒にいるのは九条倫子じゃない? その僕、新人の上にクアドラ側の人間ってこと? 面倒ね。覇剣のこと、まだ十分にレクチャーされてないんだわ。だったら、今の行為も仕方ないんじゃないかしら」
日比野ユウキは短槍を自らの肩に立てかけると、手の甲に突き刺さった何かを抜いて、天にかざして仰ぎ見た。
「トランプだったのか。刃物じゃなくてよかった、これがナイフだったら、俺の手、使い物にならなくなるとこだった。当然、お兄さんは刃物も使う人なんだろ?」
九条倫子は突然現われた襲撃者たち、黒いスーツと黄色いシャツに身を包んだ男女の二人組をよく知っていた。声の主に向かって笑顔を振りまく少年の厚かましい度胸が信じられず、声にならない悲鳴を上げた。
「理解は早いみたいだな。素直にソレをこっちによこしな」
「これは佐川露樹さんのものだから、勝手にお兄さんたちに渡すわけにはいかないな」
言いながら、身体を少し動かして純白の短槍の重心を佐川露樹に向かって傾けた。自然と佐川露樹に向かって白珠は横倒れになり、そして静かに、彼女の手中に納まった。驚愕に目を見開く一同を尻目に、日比野ユウキは手にしたトランプをまっぷたつに破ってつぶやいた。
「もう……ホントムカつく! そういう自分勝手な態度ばっか続けてるから、ピアスだ後藤だで揉めるんだろうが! ちゃんと折り合いつけるべきじゃないのか!? いつまでもガキの喧嘩みたいにねちねちと!」
「──そう言うお前もピアスだろうが。なに、その中立的な意見吐いて偽善者ぶる根性──気に入らないな」
「やる気? いいよやろう」
「駄目よ、ユウキくん!」