2008年02月22日(金)

コンプレックス

テーマ:ブログ

小説や評論を読んでいると特に思うのであるが、その人が表現したいこととともに、その人の影の部分が見える。未発達の部分だったり、心理的に抑圧されている部分だったり。



ユング心理学入門 ここで言う未発達の部分というのは、ユングのタイプ論で未発達な機能として位置づけられる心的機能のことを言おうとしている。タイプ論がすべてあっているとは思ってはいないが、感情だったり、思考だったり、直観だったり、感覚だったり、あるいは、それ以外の分類の仕方で考えた心的機能というのもあるとおもうのだけれど、その人の未発達な心的機能というのはどうやら誰でも持っているようである。その人が生きてこなかった部分。


心理的に抑圧されている部分というのは、個人的な体験によって抑圧された個人的無意識のなかのコンプレックスのことである。


本を読んでいて、特定の部分がどうというのではなく、なんだかどうも気に食わないとか、性に合わないというのは、自分のそういう影の部分に重なっていることがあるようだ。人に対する印象でもそう。なんだかわからんけど、いけ好かんとか。そういうのをじっと見ていると、自分の弱いところが見えてくる。


最終的には、そういう部分を含めて自分自身でその部分を生きる、対決するということをしないといけないのかもしれない。それはよくわからない。逃げ続けても成功している人はいるようだし。


私の場合、少なくとも、なにかどうも気に入らないとおもってしまう小説や評論を読まざるを得ない場合や、いけすかないヤツとつきあわないといけない場合は、その人の影も含めて理解して評価してあげないと、あんまりこっちとしても人生、楽しくはないと思って付き合っていたのだけれど。


実は、自分の影を、その人が生きてこなかった部分、劣等機能部分としてその人に勝手に投影してることがあるのかも知れない。理解してあげよう評価してあげようとしているのは、実はそういう自己防衛のための自分勝手な自己合理化なのかもと言うことに今気がついた。やれやれ、そういうことか。


大団円というものは楽をして得られるものではないということなのだろう。うかうか生きて、円熟したと思ってる人っていうのは、どうやら自分のことらしい。人から「丸くなった」って言われるのもある意味考えものなのだろう。

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