「グローバル社会における学生の在り方」 西川様 インタビュー(1)

2012-02-13 23:12:53
テーマ:ブログ
こんにちは。アイセック慶應義塾大学委員会の西尾と申します。

昨年12月、弊委員会では昨年夏に海外インターンシップを行った3名の学生による研修報告会を開催いたしました。その報告会にはNPO・NGOの方々をはじめ、弊委員会OB/OGも含めて合計18名もの外部ゲストの方々に来ていただきました。

報告会終了後、弊委員会所属の稲垣、渡邊と共に報告会へゲストとしてお越し頂いたのをきっかけに弊委員会を応援してくださっている双日株式会社 西川裕治様にインタビューを行いました。

「グローバル社会における学生の在り方」をメインテーマにお話いただいたインタビュー内容を3回に分けてお送りしたいと思います。

それでは、お楽しみください。



-----------------------------------------
「企業におけるグローバル化の流れと現在の傾向」

稲垣:西川様は人事部に勤めておられた頃に、人事部のグローバル化に関わっていたそうですね。

西川さま:グローバル人材のチームです。私は、機械プラントの海外営業を20年やり、海外勤務経験は8年で、商社の中では特に長い方ではありませんが、その経験を生かそうと思っていました。
過去数年前から週刊誌などに毎日のように企業のグローバル化やグローバル人材育成が叫ばれてきましたが、まさに同じ危機感を持っています。また、
ここでお話しするのは、すべて私自身の個人的な見解ですのでご了承ください。

さて、商社は昔から海外に多く人を送り出し、旧日商岩井(現・双日)でも多いときでは世界に150カ所くらい事務所があったと記憶しています。ただ最近は、どの商社も事務所の集約化と現地法人化を進めていますが。というのも、今はインターネットがあり、飛行機便も整備され、どこでもすぐ飛んで行けます。つまりは一人の行動範囲が格段に広くなりました。例えば、昔はミャンマーとかに入るのはビザ手続きが難しく、便数もすくなく、飛行機代も高くて大変でした。だから誰かが現地に常駐していないと仕事できない時代でした。

$AIESECKEIOのブログ


西尾:「企業・人材のグローバル化」とは具体的にはどういうことでしょうか。

西川さま:私が入社したのは30数年前になります。皆さんは想像し難いかもしれませんが、戦後しばらくの間、日本の商品は「安かろう・悪かろう」と言われた時期がありました。今でいえば、少し前の中国製品のイメージです。とにかく安いが使いものにならないという感じです。それが、1964年の東京オリンピックから1970年頃を境に、急に評判が良くなり、世界中が日本の製品を求める時代が来ました。
その頃は未開の海外市場へ出て行くため、商社には、とにかく外国語ができる人が多くいました。日本語、英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、中国語、ロシア語、ベトナム語などの言葉を喋れる人が周囲にたくさんいました。

渡邊:すごいですね!

西川さま:私の同期入社は70人弱でしたが、その中でも、英語以外の特殊言語ができる者が何人もいました。それくらい、当時は様々な外国語ができることが大事でした。
逆に、商社にとっては言葉さえ出来ればある程度商売ができる時代でもありました。自分も英語はそこそこ話せたので、海外のお客さんを相手に仕事ができるというのはとても魅力でした。一方、現地の仕事でも日本人が中心で、現地の人はいわゆるローカルスタッフと呼ばれ、道案内や通訳業務が中心のイメージでした。

それが1980年代くらいから段々と円高が進み、1970年以前は360円の固定相場でしたが、私が入社した頃は300円程度だった対ドルレートが、280円~260円くらいに上昇してきました。
私が1985年にインドネシアに赴任した時、245円前後だった円が、プラザ合意の影響で、翌年の1986年にはいきなり120円くらいまで円高になりました。これがまさに悲劇で、ドル建てで給料をもらっていたら、 円換算すると半分になります。

日本の輸出産業も日本ですべてを調達していたらとても採算がとれず、できるだけ海外調達を増やすなり、据え付け工事は現地の会社を使うなり、様々な組み合わせが必要になりました。

更に、商社不要論というのが大きく浮上してきました。日本メーカーが実力を付けてくることで、商社の存在感が小さくなったのです。メーカーが自ら海外投資をして現地でモノを作ったり物流をやったりするようになりました。また商社の業務が単純な輸出入ではなく、ファイナンス、投資、現地調達から現地生産まで多岐にわたり複雑化してきました。そのため、業務知識・経験・発想力に加え、さらに高度な英語力が求められ、さらには異文化理解、現地のビジネス習慣、交渉力などを身に付けないと商売が出来ない時代になってきています。つまり、日本企業の真のグローバル化が求められてきたのです。

現在は日本の優秀な製品を安い為替レートで簡単に売ることができる時代ではなく、日本の中で日本人だけを相手に偉そうにしてきた人たちを海外に派遣すると、現地スタッフや顧客にもバカにされて帰ってくるという話になります。

今は日本の本社でも外国人を積極的に採用するなどして、海外経験の長い人材にも注目して採用しています。日本にいる外国人留学生をそのまま採用したり、最近では現地に行って現地大学を卒業した大学生をその採用したりすることもあります。しかし、各社ともにまだ試行錯誤の段階だと思います。

我々自身がよく言うように、商社は外から見るとグローバル化しているように見えても、実は「純日本製企業」がたまたま海外に出ているだけ、という現実もあります。多くの商社がグローバル化に向かってもがいています。

西尾:海外の学生一人を採用するのにどれくらいかかるのでしょうか?

西川さま:例えば中国の一流大学の学生を採ろうとしたら、リクルートエージェントを介する場合は、数百万円かかると言われています。

渡邊:すごいですね!

西川さま:日本から現地に行き面接もするので、一人だけではなく複数人採用するとなり、さらに高額の費用がかかります。

西尾:多額のお金を投資する価値がある程、そういった海外人材の獲得というのが重要になってきているのでしょうか?

西川さま:どれほど効果があるかは確実にはまだ分からない部分もあります。今やっと本格的に始まったところです。

稲垣:海外の学生のレベルというのは、どの程度のレベルを求めているのでしょうか?

西川さま:おかげさまで、日本で総合商社は学生から人気があり、よく聞くのは、数万の学生が各社にプレエントリーし、正式なエントリーも1万人単位。そこから各社50~200人弱くらいしか採用していない。ということです。
日本国内だけでこれだけの人数が集まるのに、何故わざわざ高い費用をかけて海外に優秀な人材を求めるのかという話です。単なる学力レベルにとどまらず、日本人社員の目を覚まさせ、競争心に火をつけるような学生が欲しいと思っています。

これは結局、「日本人だけで仲良しクラブを作ってやっていては、とても世界では通用しない」という危機感なのです。様々な経歴を持つ外国人と一緒に仕事をしていかないとグローバル化した世界ではとても戦えません。

ただ逆に、日本企業がグローバルに戦える優秀な若者にとって魅力的であり続けることは相当に難しいことではありますが。

(続く)
-------------------------------------------------------------

----------------------------------------
西川裕治様プロフィール

ABIC(国際社会貢献センター)会員
広島大学工学部卒業:高校時代にAFS交換留学生として渡米し、はじめて外国の文化に触れる。大学ではESSでディベート、ディスカッションなどの活動に打ち込む。 1976年に日商岩井(現・双日)に就職し、機械・プラント、ODAプロジェクトなど海外営業に20年間従事。その間インドネシア、スリランカに計8年間駐在。次に広報室で9年間、メディア対応、個人投資家向けIRなどに従事。人事総務部では、渉外やグローバル人事を担当。2007年から3年間は社団法人日本貿易会(商社の業界団体)に出向し、CSR、法務、情報システム、内部統制、広報(日本貿易会月報・編集長)などを担当。 現在は双日・広報部でCSR・社会貢献を推進する傍ら、若手社員を中心にグローバル・コュニケーション・スキルを身につけてもらうため Salon de Eigo という活動を立ち上げ展開中。

------------------------------------------------------------

コメント

[コメントをする]

コメント投稿

一緒にプレゼントも贈ろう!

Amebaおすすめキーワード

    powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト