中学1年の最初の夏休み以降、学校に通わなくなった私は毎日夜更かしをしては夜が明けるまでテレビを観ていた。
なんとなく、当時は今よりも深夜番組が充実していたように思う。
そんな中でも当時私が夜な夜なよく観ていたもの。
それは深夜ならではの安っぽい感じのドラマ、それと国内外問わず様々な映画であった。
以前にも書いたことがあるが、テレビ放映される映画を観るならゴールデンタイムよりもやはり深夜に限る。
殆どノーカットで尚且つエンドロールまで放送されることも珍しくない(少なくとも当時はそうだった)。
だから私は毎日、新聞のテレビ欄をつぶさに見ては何か面白い映画でも深夜に放送されないかな? と思う日々...。
何せその頃、私の身体は完全に「夜型」。
テレビを観るかゲームをする以外に深夜を生き抜く術が無い。
だが繰り返すが当時は今より深夜番組が多く、夜通しテレビを観続けることに大した苦労は無かった。
何せ面白い番組が多かった。
だがそんなある日。
いつものようにその日も夜通しテレビを観て過ごそうと思い、家族が寝静まった深夜に居間で一人テレビを点けた私。
しかし何故だかその日は面白い番組が何一つやっておらず、チャンネルを度々変えては少しでも「マシそう」な番組を探して観ていた。
時間は午前の2時頃だったと思う。
「今夜はどこもかしこも何一つ面白い番組が無い...」
今夜ばかりは無理やりにでも布団の中で寝る... もしくは「寝たふり」でもするしかないか... などと思いつつも、懲りずにチャンネルをまた変える。
すると...
なんだか蒼白い顔をした痩せ形で薄気味悪い雰囲気の男が銃を片手に独り部屋でクラシックを聴いている...。
どうやら何かの映画らしい。
舞台は日本で画面から垣間見える風景はやや古めかしく、おそらく10年くらいは昔の物という感じであった。(当時が1990年頃なのでそこから10年前、と解釈してほしい)
その日はもう布団に入る以外に方法が無い。
そう感じていた私はあえて放送されていたその「邦画」とおぼしき作品のタイトルがなんなのかをテレビ欄で調べる事をしなかった。
「なんだろコレ? っにしてもつまんねぇ~映画だな...」
それが私の最初に感じた正直な感想である。
事実この映画、無論私が途中から観たというのはあるが、そもそも映画のジャンルさえもよく分からない。
とりあえずどこにも笑えるシーンは無いのでコメディ映画でないことはすぐに分かった。
しかし恋愛物ではない。
かといってホラーでもない。
ただとにかくつまらない...。
「寝ようかな...」とも思ったが何せ身体は完全に「夜型」ゆえ寝ることもままならない、というのが正直なところ。
とにかくこの映画、何から何まで淡々と進む。
観ていても欠伸(あくび)と屁くらいしか出てこない。
そんな状態のまま、結局1時間ほど経過してしまっていた。
ここまでのそのつまらない映画のストーリー。
主人公の名は一流大学卒のエリート、伊達邦彦。
頭脳明晰で大学時代は射撃部に所属し好成績をおさめて卒業、現在は大手通信社の外信部で働いている。
だが彼の裏の顔...。
それはその完璧な頭脳を駆使して完全犯罪をやり遂げる、まさに「野獣」の如き男。
ある日の夜、警視庁の警部補を刺殺し拳銃を奪い去る。
そして彼はその拳銃を使い次の犯罪を計画する。
それは何重もの防犯設備を整えた大手銀行を襲い現金を強奪する、というもの。
だがその計画を実行するには単独では不可能。
有能な「共犯者」に成り得る人間を日々物色し続けた彼は、偶然訪れた飲食店の若い男性店員の「真田」に目を付け、そして誘い出す。
伊達は自身の計画している「現金強奪」を彼に話す。
性格は正反対ながら何故だか伊達に通じ合うものを感じた真田は次第に彼(伊達)に傾倒してゆく...。
学生時代、射撃部に所属していた伊達は真田に銃の扱い方を伝授する。
そして...
「動く標的」として恋人の殺害を真田に強要する。
躊躇はしながらも、もはや完全に伊達に心を掌握された真田は恋人を射殺する。
自分の期待通りに「同志」としての心と身体を構築してゆく真田に伊達は「社会性や倫理性」といったものの無力さを説き、そして「野獣」として生きていくこと真田に決意させる。
こうして二人の「野獣」は多量の現金を強奪すべく銀行強盗計画を実行に移してゆく...
とまあ、こんな感じである。
そしてその、銀行強盗の場面に入ってゆくのが大体物語開始から1時間を過ぎたあたりだったと思う。
そしてこの「現金強奪」を成し遂げたあたりから...
気が付けば私は完全にこの映画の「虜」になってしまっていた。
つい1時間ほど前まではこの映画を「クソつまんねぇ~...」と思っていたのに...。
だがこの映画、もはや途中から瞬きすることすら忘れてしまうほど「急激に」展開してゆく。
早い話、「いきなり面白くなってゆく」。
もうトイレにも行けなくなる。
銀行を襲い、何人もの行員を射殺し現金強奪に成功した二人。
巧みな電車移動で警察の緊急配備網すらも突破してゆく。
だが唯一、以前から伊達を警戒していた老刑事、柏木だけが伊達を執拗に追い続ける。
そして深夜の特急車両の中で伊達と柏木はついに対面。
銃を突きつけつつ、伊達に尋問を始める柏木。
しかし...
伊達の単独犯と踏んでいた柏木は真田の存在に気付かず、逆に拳銃を奪われる。
そしてこの後、真田の行動で一気に立場の入れ替わった伊達が老刑事柏木に逆に銃を突きつけ、何やら西洋の「おとぎ話」みたいなことを話し始める。
「リップヴァン・ウィンクル」という男の話である。
そしてその話の分岐点がくる度に柏木に突きつけた拳銃の引き金を引いていく伊達。
このシーン...
そうこのシーン!!
私はテレビ画面を観ながら本気で「お漏らし」をした。
その伊達の迫力に私の股間は完全に死んだ...。
「な、な、なんなんだこの俳優は!!? この日本にこんな凄まじい俳優が居たなんて...!!」
それほどまでの「狂気的迫力」...。
どんなホラー映画も足元にも及ばないほどの「恐怖感」...。
私は今でもあの夜にこの映画を観ながら感じた恐怖が背中の片隅に残っている。
「心臓が止まりそう」とはまさにあの時のこと...。
もちろん私はこの国の全ての映画を観てきたワケではない。
と言うか、私が今まで観てきた映画の数など日本映画に限って言っても全体の0.0000001%にも満たないのだろう。
それでも私は声を大にして言いたい。
あの映画のあのシーンこそ「日本映画史上最も狂気的なシーンであった」、と。
心臓に疾患ある人間なら100人中、97人は発作を起こして死ぬだろう。
すっかりこの映画、そして伊達を演じた俳優に魅了されてしまった当時中学生の私。
当初は「つまらない」と思っていたこの映画。
だが結局、私はまさに画面に「食い入るように」最後まで見入ってしまっていた...。
そう、エンドロールまで。
そしてエンドロールを観て初めて知った。
その「狂気の男」、伊達を演じた俳優が「松田優作」であったことを。
そしてこの映画が1980年制作の「野獣死すべし」であったことを。
彼はこの映画の「伊達」のイメージに合わせる為、奥歯を4本抜き、そして10㌔の減量をして撮影に臨んだのだという。
映画を観始めた当初、私が「蒼白くて不気味」と感じたのはまさに彼の役作りの賜だったワケである。
原作は大藪春彦の小説だが、大藪が小説の中で描く「伊達」とこの映画の「伊達」は大きく異なる。
無論、私は大藪の小説も見たのだが、正直言って「映画の伊達」の方が断然に好きだ。
大藪の描く伊達はゴルゴ13の様な「野性的な男」。
それに対し映画の中の伊達は完全に「狂気の男」である。
私は35歳になった今でも「映画の伊達」のあの狂気的シーンを観てしまえば脱糞をせずに済む自信が無い...。
と、こうして散々この映画版・「野獣死すべし」について語ってしまったのであるが...。
誤解をしないでくれ。
私はこの映画を皆さんに進める気なんて毛頭無い。
だって貴方、映画を観ながら「お漏らし」なんてしたくはないでしょう?
だから進めたりは決してしない。
ところでこの映画・「野獣死すべし」。
そのラストシーンは邦画史上屈指の「難解な」ラストシーンだと言われているのだそう。
確かにそのラストシーンは幻想的で観た人間によって解釈は千差万別になるだろう。
しかし私の解釈はあの日に初めてこの映画をテレビで観た時から変わらない。
そう、伊達は死んだのだと...。
またいつか、機会があれば「お漏らし」することを覚悟の上でこの映画を観てみることにしよう。
お漏らしを覚悟で。
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