【PR】

2009-09-23 15:56:48

経営理念

テーマ:ブログ

こんにちは。

またまた前回から期間があいてしまいました・・・。


それではさっそく前回からの続きを~


難しい生産現場を経験しながら、代理店のアートグリーンとしては、出来た製品をいかに高く沢山販売していくかが力の見せ所です。

当時〇物産の代理店には、大手百貨店や総合商社、大手原油元売企業の子会社等の、販売力のありそうな企業がズラリと名を連ねていました。某代理店の戦略をみますと、大変なもので全国の理容室に見本の花とカタログを設置してもらい、販売してもらった理容室には手数料を落とそうという計画で、人脈を駆使して全国理容協会の会長さんから紹介をしてもらい、各店に見本の本物の花と、数百万かけて作った立派なカタログを設置していきました。その合計総予算は数千万円。しかし、開始後半年間で来た注文は30数鉢。



別の某代理店の計画は、有名窯元の焼き物の鉢に胡蝶蘭を植えて、「〇〇先生作・〇〇焼きの胡蝶蘭」と銘打ち、大手航空会社の機内誌に宣伝を打つというものでした。こちらも総予算数千万円。来た注文はやはり数十鉢。



物には適切なニーズとタイミングというものがあり、それが合わないとお金を幾ら掛けても流通しないということが分かりました。

やはり胡蝶蘭はお祝い事があった時に、記憶の中にある生花店や百貨店(現在はネットショピング等もあり)でお届け依頼をするのが基本であって、散髪の帰りに買うものでも、ブランドにもなっていない高い胡蝶蘭を飛行機に乗ったときに衝動買いする性質のものでも無いということです。



アートグリーンは第1回目のブログでも紹介しました通り、2人でスタートしましたが、見事にお金も人脈も何も無いスタートでしたので、他の代理店が行う奇策を、指を銜えながら羨望の眼差しで見ているしかありませんでした。

新しい計画が他の代理店から出てくるたびに、「多分あの販売方法が全国制覇してしまうだろう。」などと、1円の予算も無い自分たちが悔しくて悔しくてたまりませんでした。

自分たちにもそれなりにいくつかの企画はありましたが、予算が無いのでカタログ一つ作ることが出来ません。他社のカタログを利用させてもらい、自社のハンコを押して販売する始末でした。


しかし先ほども説明した通り、他社の予算を掛けた企画はほとんどが泣かず飛ばず。アートグリーンは他社の作ったカタログで一軒一軒開拓していくしかありませんでしたが、これが結果的には良かったのです。

銀行もお金を貸してくれませんでしたし、やる事なす事コストは一銭もかかっていませんし、周りも自分たちにはお金が無いことを分かっていますから、予算のかかることには仲間に入れてくれません。コストといえば営業に出る為の交通費だけですから、注文が来なくても大した痛手にならないのです。


次第に大量の予算を掛けた販売方法は姿を消し、大手代理店の担当者は、やはり前回のブログでご紹介したのと同じく、責任の所在もはっきりしないまま移動になり、地道な販売方法で築いた関係会社からの注文による売上のみが残るだけでした。


そして、継続して胡蝶蘭の販売を増加させられたのは、アートグリーンのみになっていきました。



当時、アートグリーンは一件でも注文をくださるお客様は、まさに『神様』でしたので、とにかく無理難題でもナッシングノーを貫き、「そこまだやってくれるんだ!助かったよ。」と言っていただける有難い言葉の繰り返しで、1件のお客様が2件になり、5件10件・・・となっていたのだと思います。


健気な努力の積み重ねしかお客様の心に響かないのだということが、今になると良く分かります。


そんな頃、以前にご紹介しました『船井幸雄先生のセミナー』で、現在は船井総合研究所の社長ですが、当時は平取だった小山政彦取締役の講演に出会うことになります。

船井先生の『3条件3目的』で会社の運営をしようと決めていた私に、会社をもう一歩先に進ませる方法を教えてくださったのが小山社長でした。

それは、「社員の心の扉を完全に開かせることと、オーナーの企業理念を全社員に徹底させることだ。」というものです。

つまり、普段の社長の言動行動が、社員の判断行動に直結する。ということです。

お客様第一主義をとるのか、多少お客様をへこましても利益を優先するのかは、日々の社長の言動行動で社員は判断して行動している。だから企業の大小は関係なく、企業理念をしっかり持って徹底する。ぶれそうになったら企業理念の通りにすればよい。


【アートグリーンの経営理念】

「弊社は、常に過去に無いサービスや商品を提供し続けようとする姿勢を持ちます。お客様の事前期待に応え、それを上回る満足とホスピタリティーを継続することによって、お客様との絶対的な信頼関係を築きます。弊社を取り巻く全ての困ったを解決する集団になります。そして適正な利益を上げ、その結果社会に貢献することを目指します。」


上記の通り、役員も責任者も社員も皆、育ってきた環境も違いますし、原体験も違うのでそれぞれ考え方が違います。

ですから一つの集団を強くしようと思えば、全員が方向を一つにする理念が必要だということです。


次回は『小山社長の教え』と、『生花園芸業界の参入事例』を中心に書きたいと思います。



田中 豊


2009-07-31 12:14:33

「企業の農業生産参入の難しさ」

テーマ:ブログ

かなり久しぶりのブログとなりました。

それでは早速。


今回は「企業の農業生産参入の難しさ」についてお話いたします。


アートグリーンの発足当時、お世話になったO社(O物産・流通園芸部)は、母体が沖縄県内でもトップクラスのゼネコンでしたので、新規参入資金も潤沢に用意されており、全国の洋ラン生産者から、選りすぐられたメンバーが顧問として生産指導に当たる事になりました。


Oグループとして組成されたのは合計4社。


①A社は、沖縄県北中城村(沖縄本島中央部)にあり、ここでメリクロン苗の生産を年間100万本すると計画し、生産を開始。

②B社は、A社に隣接した2500坪の苗生産圃場にて、A社で作られたフラスコの子苗を3.5寸の大苗に育てる施設。

③C社は、静岡県大井川町にあり、やはり2500坪の開花温室。ここではB社で出来た大苗を半年かけて花をつけて3本立ち、5本立ちなどの製品にして出荷する施設。

④D社は、北海道恵庭市に作られた1500坪の開花温室で北海道市場向けに出荷をする施設。


以上の4社のリレー栽培で日本一の胡蝶蘭生産グループになろうという計画で始まりました。これが平成3年のことです。


ここで私は、異業種企業による農業生産の難しさ、農家では出来ないチャンス等、いろいろなことを教えていただくことになります。

ブリーディングにおいては、胡蝶蘭も植物ですので雄しべ雌しべそれぞれの品種の交配によって良し悪しが明確に出ます。両親の癖や特徴で花の大きさ、色、花芽の付きやすさ付き難さ、変異になり易いなり難いなどの想定外の結果に驚かされるのですが、それが開花するまでは分かりません。

顧問の生産者の方々が、品種を選別してA社にて実生(種子から発芽させる方法)や、メリクロン(生長点培養)で新品種の開発・生産を行うのですが、良い花が出来る方が稀で、ブリーディングの難しさに直面することになります。「良い花が出来る方が稀」であることは、生産者では常識ともいうべき事実なので、あまり問題視していません。


ここで問題なのは生産計画を1年、3年、5年先ぐらいまで計画を立てていますが、決済を行う親会社の管理部門は、計画通りに行くものだと思っておりますので、特に農業生産が全てにおいてファジーであることが理解できません。あくまでも生き物ですから工業製品のように同じものが同じ時間で計画数量出来る訳がありません。また、現場レベルも、親会社に予算があることを皆分かっているので、各担当者も顧問の方々も真剣みが足りません。給料日になれば約束通りに給料は出ますし、顧問の方々も「どうせ大きな会社がやる事だから失敗しても誰も困らないだろう」という感じです。


それとは逆に一般農家の方々は、借金をして、人生をかけて、命懸けで生産しています。お金があっても人数がいても素晴らしい施設をいくら造れても、命懸けでやっている人には敵いません。


親会社は数字しか見ておりませんから、計画通りでないことの追求を激しくしますし、現場は言い訳と犯人探しに奔走するようになります。


ただ、誰も悪気がある訳ではなく、真剣みが足らず、責任を取りたくないだけなのです。しかし、この責任を取らない集団というのが一番の問題なのです。

計画通り良い花が咲かないと、やれ交配が悪かったからだ!やれ育苗の時の管理が悪かったからだ!開花の時の日照量が足りなかったからだ!親会社が冷暖房費をケチったからだ!と、それぞれのステージの企業責任だと各々主張します。皆自分のお金でやっている訳ではないので、撤退の決断も大きな改革の決断もないまま、時間だけが経過してゆきます。その間、売上総利益と販売管理費のバランスは逆さのまま進行してゆきます。


結果的にOグループは初期投資10億円弱、通産10年間の生産で年間約2億円の欠損を出し続けることになります。


私どもアートグリーンは、製品になった鉢の販売代理店の一社としての立場でしたが、東京流通部門の中に事務所を置かせていただいておりましたし、1名は出向社員としておりました関係で、生産販売会議にも参加させていただいておりました。全ての出来事・問題点など、あらゆることを垣間見ることが出来る立場におりましたので、現在弊社の異業種参入支援事業部が確立されたのも、この時の経験が生かされております。しかし、この時の経験で異業種がフラワービジネスへ参入して成功する方法、そして、やって良いこと、やってはいけないことがわかってまいりました。




前回から一か月以上間があいてしまいました。。。

書きたい事は山ほどあるのですが・・・。

出来るだけ次回は間を開けずにアップしますので、ぜひ末永くお付き合いの程宜しくお願い致します。


田中 豊






























2009-06-17 20:07:00

奇跡 運命 出会い

テーマ:ブログ

こんばんは。約二週間ぶりのブログです。

前回は、はじめてのブログということもあり、肩に力が入ってしまっていたような・・。

今回は少し肩の力を抜いて書きたいと思います


ではさっそく前回の続きから。

アートグリーンは発足当時、仕入先も販売先も皆無に近かったのですが、当時はバイオテクノロジーを利用して、各地で異業種の農業バイオ関連への新規参入が盛んな時期でした。

そんな中で、現在も沖縄県では巨大企業グループであります『Oグループ(O組・那覇空港ターミナルビル・沖縄三越その他数十社)』の中の商事会社で、バイオテクノロジーのクローン栽培というものを駆使し、沖縄を発信基地に全国に胡蝶蘭を出荷していこうとしていた、O物産と出逢うことが出来ました。今のアートグリーンは、全てここから始まったと言っても過言ではありません。


この会社は沖縄の中部に位置する北中城村という場所に、第三セクターで約2000坪の温室を持っており、そこで生産した胡蝶蘭の苗を静岡の大井川町と北海道の恵庭市に送り、やはり同じ規模の温室にて養生して咲かせ、全国の市場に胡蝶蘭の花鉢を出荷しはじめておりました。


事業規模は3つの温室その他で、投下資金は総額20億円という、業界では巨額の規模でしたので、この事業が成功すれば日本の胡蝶蘭市場の80%は、O社(O物産 胡蝶蘭生産の屋号)の商品になるであろう事業規模でした。


私は、たまたま沖縄に仕入先を求めて行ったときに、この事業を琉球新聞の記事で知り、温室に直接仕入をさせてほしいと伝えたところ、丁度代理店を探そうとしていたところだったんだよ!』と、奇跡的なタイミングにぶつかりました。


東京に戻り、代理店募集の件で東京の営業所を訪ねてみると、対応してくださった営業所長が本当に良い方で、いろいろとお話をさせていただいた中で、私たちが二人で会社を創めて資金も何も無く、ただ営業力はあります!と、正直に現状を伝えると、「うちの営業を手伝ってくれるなら、タダで事務所に机と電話を置いてもかまわないよ!」と言ってくれたのです。しかも営業に出かけている間は、事務員の方がアートグリーンの電話対応までしてくださるというのです。そんな訳で私たちは自分の給料の事だけ心配すれば良いという、本当にラッキーなスタートとなりました。


しかし、いざ営業を始めてみると、それまで数千万円のゴルフ会員権を売っていた経験から、数万円の花を売るなど容易いものだと考えておりましたが、これがさにあらず、全然売れないのです。


そこでまたまた営業所長の登場になります。

日に日に資金が枯渇してゆく我々を見て、1人をO物産東京営業所に出向する形をとったらどうかというご提案をいただき、それを本社に掛け合ってくださったのです。さらになんと月額40万円の1年契約で。これでもう資金ショートの心配をせずに営業に専念出来るようになりました。


私はその時、営業所長にお聞きしました。


何故我々にそこまでしてくださるのかと。


すると営業所長がこう教えてくれました。


『自分は貸し越しの人生を歩もうと思ってるんだよ』

『今、自分が出来ることで、誰かが助かったり喜んだりすることがあるならば、それは面倒くさがらずにやってあげようと決めているんだよ。』


『確かに自分は君たちにお金でも立場でも人脈でも、何一つ負けないよ。ただ一つだけ君たちに絶対敵わないことがあるんだよ。それは時間と可能性だよ。君たちみたいに大きな会社に就職をしたのにもかかわらず、脱サラを決意して挑戦しようとしている若者に、自分の人脈は全て紹介してあげるから頑張んなさい。しかも、同じ挑戦でも君たちはまだ知らないかもしれないが、花の業界は本当に難しいよ。もうやっちゃったから後戻りはできないけどね(笑)』


君たちもいずれ諦めずに続けていれば、誰かにしてあげられる「時」がきっと来るよ。その時に借り越しではなく、貸し越しの考え方で行けばいいんだよ。』・・・と。


本当に勉強になりましたね。

それ以来、自分もそうしようと心がけております。

船井幸雄先生の言われるように、素直に前向きプラス発想で行くと、こういう方にめぐり会えるんだなと、感動したのを思い出します。 


お花は確かに事業化するのは難しいです。なにしろ工業製品とは違いナマモノなので、置いておくとどんどん劣化していきます。今日蕾であったバラも、3日もすれば咲いてしまいますし、一週間も在庫になれば枯れて商品にはならなくなってしまいます。

生産者も、「バイオテクノロジー」と、言葉はカッコいいのですが、計画通り・思った通りに咲いてはくれません。何万鉢もの胡蝶蘭をクローン栽培して、3年かけて咲かせてみると、全て奇形で商品にならないなんてこともしばしばでした。その期間のランニングコストや時間は戻ってきません。農家の方々はそれを何回も繰り返しながら、新品種の開発や生産をしています。しかも花の流通は市場の競り(オークション)で価格が決められるシステムになっているので、どんなにクオリティーの高い製品が出来ても、その時の相場が安いと買い叩かれてしまうという運命を最初から持っています。


企業は数字や計画を、決算の期の中で結果を出そうとします。故に3期連続赤字、計画未達となると農業生産の当たり前の理屈、つまり長期的な視点では見てくれません。


今までも大きな企業が農業生産に参入しては撤退を繰り返しているのには、こんな理由があります。通常どんな商品でも、メーカーに近ければ近いほど利益が出るものですが、その理屈は園芸業界では通用しませんし、時には生産に絡まない方がリスクが少ないという事が分かりました。


そんな苦労を私は出向という形で、お金を貰いながら勉強させていただいたのです。本当になんと運の良いことでしょうか。ただ他人に頼らず、在庫を持たない販売力をもてれば、まぁ何でもそうですが、勝てると。私はそこに数年間集中することにいたしました。


今日はこの辺で・・・。

デスクワークがあまり得意な方ではないのですが、せめて週一位のペースでアップしたいものですね・・・。それではまた。


田中豊




2009-06-05 21:31:15

はじめてのブログ ~ アートグリーン㈱ 田中豊 ~

テーマ:ブログ

はじめまして。アートグリーン㈱の田中と申します。

生まれてはじめて『ブログ』というものを書きます。


今後ここでは私が日々、思ったことや感じたことをそのまま綴っていこうと思いますので、よろしければたまに覗いてみてください。


まずはじめに、私 田中豊は、平成3年に当時2人で今のアートグリーンと言う会社を設立いたしまして、早18年の年月が経とうとしております。また、10年前からお世話になっております社団法人関東ニュービジネス協議会(略称:NBC)におきましては、ベンチャー創出委員会にて委員長を務めさせていただいております。

NBC ベンチャー創出委員会では、これから起業したいと思っている人や、ニュービジネスのアイデアはあるものの、どのように具現化したら良いかなどを悩んでいる方々に、協議会の会員である企業経営者の方々より、あらゆる方面からアドバイスを行い、創業支援のボランティア活動をおこなっております。

そんな事から、私が大学を卒業してから21年、アートグリーンの置かれている園芸業界のみならず、ありとあらゆる業界の方々とお会いし、多々勉強させていただく機会に恵まれております事から、その都度勉強させていただきましたことや、感じたことをこのブログでご披露させていただければと思います。


それでは前置が長くなってしまいましたが、記念すべき第1回目は、私がこのアートグリーンを起業するまでのことをエピソードを交えながら書こうと思います。


私が大学を卒業しました昭和63年というのは、まさにバブル景気のド真ん中にありまして、竹下登総理大臣、ディスコのジュリアナ東京でお立ち台が花盛り、就職は売り手市場、日経平均株価は35,000円を越える状況の中、私はSTTコーポレーションと言うゴルフ、リゾート開発の会社に就職をいたしました。

本社は六本木、私は営業部に配属となり、その日から一口4,800万円のゴルフ会員権を販売することに・・。販売方法は既存の会員の方や、銀行の支店長様からご紹介をいただくという方法で、銀行としては紹介して会員権が売れれば融資が付きますし、STTに入金された代金は全額そのまま紹介していただいた支店に定期預金をするという約束事になっておりましたので、その支店は紹介して会員権が売れれば融資が出来、売れた分だけ預金が入るということで、各支店挙って紹介をいただける状況でした。


近年合併をくり返しメガバンクとゆわれる銀行も、当時は都市銀行13行(三井、住友、太陽神戸、三菱、東京、三和、東海、大和、協和、埼玉、北海道拓殖、第一勧業、富士)ありまして、各銀行の頭取さんがゴルフ場の理事に就任いただいていたことや、当時の公定歩合が5%を越えていたこともあり、長期プライムレート(最優遇貸出金利)は8%を越す勢いでしたので、支店のメリットとも重なって一口4,800万円もする会員権が飛ぶように売れる時代に、私は就職をすることが出来たのです。

私は小学生の頃から、将来は起業しようと本気で考えていましたので、STTに就職した時から、「石の上にも三年」とも言いますので、25歳で独立しようと決めておりました。

STTでは歩合外交員ではありませんでしたが、給料の他に販売に応じて報奨金が貰えました。3年間で1,500万円ほど貯金が貯まりましたので、自分との約束を守るため、2511ヶ月で現在のアートグリーンを創業いたしました。


最初からお花の業界にしようと決めていた訳ではありませんでしたが、市場調査をしておりますと、当時園芸業界の市場規模は12,000億円ほどあるにも関わらず、株式公開している企業は、㈱サカタのタネ 1社だけで、最大手の生花業者の年商も100億円に満たないものでした。

私にはニッチ産業の最たるもの映りました。しかも当時の上場企業の経営者、役員の方々の趣味を調べますと、ランキング1位が読書、2位がゴルフ、3位が園芸と旅行で、出産でも結婚でもご葬儀でも、人間の一生に何時でもお花は付き物です。総合園芸商社を創れば成功すると若気の至りで勝手に思い込んだのです。


・・・で、当時のSTTの同期の営業マン(現アートグリーン専務)に声をかけ平成312月、有限会社アートグリーンを立ち上げました。
・・・が、設立当初は全く売れません。忘れもしませんが、最初の月の売上高が8万円で、仕入を引くと手元に15,000円しか残らず、5,000円ずつを給料にして、残りの5,000円を会社に預金しました。とにかく最初はお客さんもいませんし、仕事もありませんので、2人で毎日のようにスポーツクラブのサウナに入りながら「こんな事していていいのかよ」と話した記憶が鮮明に残っております。


会社設立当時、私が師と仰いでおりました方が、船井総合研究所の船井幸雄社長(現 名誉会長)でした。その船井先生が当時おっしゃっていた事通りに、私は会社運営をしておりました。
それは、成功の3条件、3目的というもので、


3条件:
1、死ぬまで勉強好きである。
2、素直である。
3、プラスの発想をする。

3目的:
1 出来るだけ大きくなりたい。
2 出来るだけ儲けたい。
3 世のため人のために尽くしたい。

ということで、その通りに会社経営をしようと決めました。

また、以下4つ、

1、やりたいことをやる。
2、自信のあることをやる。
3、ネアカになることをやる。
4、責任のとれることをやる。

売上も利益も人脈も資金も何も無い状況の中、毎日の判断基準を船井語録の中から導き出そうと決めたのです。
そして結果的にそれが正解でした。なぜ正解だったか・・・。それはまた次回のブログで事例としてご紹介させていただきたいと思います。


まだまだ皆さんに船井語録はこれからの号で順番にご披露してまいりたいと思いますが、この最初の長々としたブログに最後までお付き合いいただきまして感謝申し上げます。

25歳当時の田中豊話でございました。


その後のアートグリーンと園芸業界、お会いした経営者の方々のお話などなど、これからもお付き合いいただけますよう伏してお願いいたしまして、初回のご挨拶に代えさせていただきます。誠に有難うございました。


田中豊



Amebaおすすめキーワード

    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト