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ブログ休止のお知らせ~その5つの真意について~

2012-01-31 20:19:40 テーマ:ブログ

皆様


先日のブログでも軽くお伝えしましたが、2月1日から働き始めること同時に、一度このブログの更新をストップしたいと考えております。

ツイッターやフェイスブックなどで更新した際には、「記事を更新しました。」と呟いておりますが、このブログを見ている人はそれほど多くないとは思います。また、自分自身もそれほど多くブログを更新してきたわけではありません。しかし、何故今回ブログを休止しようと思ったかについて、若干触れさせていただきたいと思います。


1.職務に専念すること


今回、まずは2月1日から働くことになり、非常に忙しくなりその職務のみに専念しないとやっていけないというのが最大の理由かと思います。自分の次の職場は本当に大変な会社のように思います。でもその一方で、そこに邁進すれば得るものも非常に大きい。そんなところに勤めるので、まずは職務や企業文化になれるように何がなんでも努力をし、その職務のことに専念することを主眼に置きたいと考えております。



2.ある人との出会い


2011年4月下旬、自分は一種の衝撃的な出会いをしたと勝手に思っています。その方は、本当に魅力的な方で、自分と目標にしているところだったり、考えていることが若干似ている部分があると感じていました。その方とは関東でも何度かお会いしたり、電話したりと親しくさせていただいておるのですが。。。

そんな方は、アフリカのある国で孤児院の支援をされていて。そして、今年の9月ころを目途にアフリカに在住して支援することを決めたとの、先日お話を伺いました。

その方から学ぶ、生き様というか考え方は非常に勉強になり、自分もつべこべ言っていないで、努力せなばなぁと思う今日この頃です。


その方から先日、こんなメールを頂きました。


その方がアフリカに行くことについて、

「いばらの道かもしれない。まだまだ、甘いんだろう。けど、それでもやらずに人生は終われないのだと、ようやく気付いたから。私の志と愛情が続く限り、全力で注いでいきたいと思ってます。」


また、自分自身のことについて、

「猛攻鉄壁もこれからだと思う。再スタートに向けて。間違っていると思うことも、こうあるべきだと思うことも、きれいごとを言うにも、力は必要です。実現するためには。 これからが踏ん張り時。がんばってね。」


このメールを見て、なんと自分が未熟なことかと思い知らされた。そんな気がしました。久しぶりにメガトン級のパンチを食らったような、そんな感じです。そんなメールを下さった方には、本当に感謝してもしきれない。


自分は恥ずかしながら、応援しかできないけれど、とにかくその方のことを精いっぱい応援していきたい。8月末まで日本にいらっしゃるので、その間に何か紹介できるNGO・NPOであったり、開発教育に取り組んでいるところ等々あったら、紹介して差し上げたいし、そういったところを探したいなってそんな事を思っています。


2011年4月下旬というからには、どこでお会いしたかというのは、このブログを読まれている方々は察しが付くであろうし、先日書いたブログの矛盾点を指摘されてしまうと、なんと言っていいのか、わからないです。ただただ、猛省するのみですが、そうした方との出会いもまた、今回のブログ休止の一つのキッカケとなっています。

(後々今回のブログを読んでいると分ると思います。)



3.自分が発する言葉に対する自己矛盾との戦い。


2.でも軽く触れたとおり、自分の発言はまだまだブレがあったりして、矛盾を内包してしまっているところが多々あると、最近強く感じていました。それは、前々回のボランティアに関する日記がまさにそれだと思っています。あまり言及しませんが、自分の感情が抑えられず、前々回のブログで書いたような異様に明らかに反するだろ!というような行動に出てしまったという、事実もあります。本当に、何をしてしまっているんだか。感情(しかもある特定の感情)を抑えるというのは、本当に、本当に難しいことです。

今回の震災に関することだけではありません。他にも教育、政治、経済、心理、哲学etc...本当に、自分が発言したことに対して、矛盾があると感じてしまっていることが多々ありました。

「言葉にすることのジレンマ」とでもいうのでしょうか。自分自身が、言葉にしたり、書き表したりすることで、矛盾を発見してしまう。勿論、その矛盾に対してとことん向き合い、結論を導き出そうとする人を何人も知っています。しかし、僕にはまだまだその力がなかった。

最近は、そのことに非常に苛まされていました。。。そうしたことも、ブログを一時休止することを決断したことのひとつかもしれません。



4.否定からはいらずに、自分が何をしたいかを考えること。


2.にも付随することと思います。最近、自分自身の考え方や行動に限界を感じていました。その理由がはっきりしてきたのが、本当に1か月前くらいで、年末年始に本当にいろいろなことを考えた結果、この結論に至りました。


自分自身、なんというのか、色々なことをやりたいことがあるとしても、それをゼロから創るというタイプよりも、すでにある者に対して、その自分自身のやりたいものに近付けていこうとするタイプの人間のような気がします。つまり、既にあるものを否定して(といったら若干語弊はありますが、そう言っても過言ではない。)何か別な形に変えていこうとするタイプの人間だったともいえます。

そのことに対して、なんとなく限界を感じてきました。そもそも「自分のやりたいこと」なんていうのは、あまりにも漠然としていて、どうしていいのか、わからないのです。いやその前に自分自身のやりたいことなんて、本当はないのかもしれない。そんなことすらも最近思うようになりました。

その中で、一種気付いたことは、「今あるものに対して否定からはいるのではなく、自分自身で一から創っていくことの重要性」に気付きました。何をいまさら。といわれるかもしれませんが、自分自身も本当にそうしたことにも気づいていなかった。そんな感じなのです。


そして、この考え方は次の職場でも非常に重要なことであろうと。そんな風に考えています。


余談ですが、マズローの5段階欲求において、最高位に「自己実現の欲求」とありますが、あぁ、こういうことなのかなと、勝手に納得してしまいました。



5.とにかく力をつける必要性


これまでの総括的な話になりますが、自分自身には圧倒的に力が足りない。そう思っています。随所にそれを感じていますが、昨日、とあるシェアハウスにて後輩たちの論文発表会的なところに行ってきました。彼ら、そしてそこに一緒にいた同期の人たちは本当に勉強していることを感じました。このままだとやばい。自分がどんどん置いていかれてしまう。そんなことを思い、非常に危機感を覚えました。

また、実務的な点においても、せっかく新卒で内定を頂いたところを1年で辞めてしまうということになり、継続性がなくそうした点もまったく力が付いていない。

そして、2.で書かせてもらった、メールです。本当に、自分自身、そうしたことに対する力がまったく不足している。改めて、客観的に指摘されて、心底思うようになりました。

もっともっと力をつけなきゃ。努力しなきゃ。。。このようなブログの更新等をする暇があったら、(実際一つのブログ更新に1時間はかけているので)もっとほかのところに労力を割いて行った方がいいと考えるようになりました。

というより、ブログ更新する余裕なんてないのだろうけれど。。。


とにかく、もっともっと、インプットも、アウトプットも力をつけること。それを念頭にやっていきたいと考えています。



6.余談


たまに、これはまったくの余談であるが、自分のキャラクターは何なんだって思う時があります。何かしらで手を差し伸べてくれる方が非常に多い。それは本当に感謝すべきことです。本当にありがとうございます。でも、いったい自分の何がそうさせているのか、たまに分らない時があります。よく天性のものだと言われますが、どうなんでしょう。確かに、家庭環境やら親の様子を見ていると、そうしたものを引き継いでいるようにも思いますが。自分はいったい何なんだ~!!!って叫びたい時があります。笑



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一方的に、つらつらと相変わらず書いてきました。6のことはともかく、1~5の理由から自分は今回、自分自身に自信がつき、次の展望が開けるときまで、このブログを休止しようと思います。

このブログを見守ってきてくださった方々、本当にありがとうございました。


いずれ、我が猛攻鉄壁がこのアメブロに復活するときまで、長くお待ちいただければ幸いです。


では、最後になりますが皆様のご健勝を心よりお祈り申し上げます。

当事者と原体験、そして第三者

2012-01-29 23:21:33 テーマ:ブログ

連日(正確には1日空いているが)のブログ更新となる。


本題に入る前にご報告。


ブログの更新を次回1月30日深夜更新予定をもちまして、一時中断といたします。


その胸のうちは、次回のブログにて書きたいと思います。




さて、早速本題に入ろうと思う。


最近(といっても、学生時代の3年前くらいからずっと疑問に思っていたことだが)、ちょっとしたきっかけがあって、タイトルのようなことを考える機会をいただいた。

自分が学生時代に所属していた団体(正確には自分が所属していた団体が所属している団体だが)のワークショップ的なものに参加したのが一つ、そして自分自身が前職で研究費の経理事務を行っていたことが一つ、さらにはツイッターでちょっと話題に上がっていたことがあって、そこで少しまた考えたのが一つ。そして、自分自身が被災地に入り、様々なことを通して感じたことが一つ。


このようなことが様々重なり合って、改めて、当事者つまり、原体験を持つ人と、そうではない人のことについて少しだけ考える機会が多くなった。


ここでいう、当事者でない人、つまり原体験を持たない人たちをなんと言葉にして表わしたらいいか。

自分で言いたい人たちというの言うのは、当事者でもなく、かつ原体験を持たないながらも、何かしらの形で、その分野に対して働きかけをしたいと考えている人たちのことである。第三者とは明らかに異なるし、何かいい言葉はないのだろうか。。。

ここでは敢えて、「問題意識のある人」ということにしておきたい。



自分は学生時代、なんだかんだで色々なことをやらせてもらったと思う。教育系の活動のみならず、国際協力・環境と幅広いところで学ばせてもらった。

しかし、何かが足りない。そう感じていた。それは紛れもなく、「当事者」あるいは「原体験を持つ」という人ではないということ。これが自分の中で、リアリティーを失わせていたのは事実だ。


そうした中で、考え込んでしまう日々が多かったように思う。


そして、今回の震災についても、自分はあくまで原体験者ではない。地震は確かに04年の10月に発生した中越地震の時に経験したから、原体験者ではある。しかし、自分は旧山古志村(現在長岡市)には住んでいなかったし、津波にも襲われなかった。そして、何より近しい人を亡くしたことはない。だから、決して原体験者ではない中が、活動していかなければならず、そうした点で被災された方々とどう接すればいいのか、わからなくなってしまった部分がある。

一方で、被災地でボランティアセンター内のスタッフとして活動させてもらっていたし、そういった意味で震災後のことについてはある意味では原体験者とは言えるのかもしれない。(自分自身、そんなことを主張するつもりはさらさらないが。)



自分の中では、「当事者」や「原体験を持つ人」に勝る人はいないと考えている。


やはり、当事者であったり、原体験を持つ人とそうでない人は、なんというか、リアリティーにかけてしまうのではないだろうか。と思ってしまう部分がある。


例えば。。。様々なNPOや学生団体等々が途上国支援を行っているが、あくまで自分たちは当事者ではないのである。ずっとそこに住みつくのであれば話は若干異なるが、あくまで日本にいてということになると、どこまで自分たちがする支援に対して、リアリティーが持てるのだろうかと、たまに思ってしまうことがある。


今回は、あまり言及することを避ける(一種の逃げかもしれない)が、今回の震災関係のことについても然りである。せめて被災地に足を踏み入れてから、諸々の支援の形等々を考えていくというのが、本来なのだろうと自分はどうしても思ってしまう。仮にそのプロジェクト全員が足を運べなくても何名かは実際に足を運んでおくべきではないかというのが、あくまで自分の持論である。


こうした時、問題意識を持っている人たち行為というのは、時に、善意で行っていたものが、当事者にとって反感を買ってしまうこともある。ということは、常に考えなければならない。


しかし、一方で、仮に当事者や原体験を持つ人たちが「この環境下を何とかしたい!でも、自分たちには力が足りない」と思っていたときはどうであろうか。そうした時に、「原体験者ではないが、問題意識を持っている人たち」の役割が大きいのだろうと思う。

原体験者に寄り添い、様々なアドバイスをし、時には問題意識を持っている人たちが彼らを引っ張っていく存在になる必要はあると思う。


けれど、本当にそれでいいのだろうか。。。


自分の現段階の考え方として、やはり、当事者や原体験者が時には前に立って、様々なことを訴えかけていくということがどうしても必要になってくるのではないだろうかと思っている。問題意識を持っている人たちというのは、あくまでそのサポート的な存在であったほうがいいのではないか。そう考えている。


勿論、それだけで様々なことがうまくいったらそもそもそうした問題は発生しないわけで。だから問題意識を持っている人たちの存在は貴重なわけで。。。という自分の理論に根本的な矛盾が生じるわけで。。。


と、またまたスパイラルに陥ってしまう。


ただ、どうしても働き始める前に、ずっと考えてきたこと、前のブログと、今回のブログ、これら二つは、どうしても形として残しておきたかった。結論も出ていないにもかかわらず、ブログに残すというのは、自己満足極まりないが、その点は寛大な心で見守ってもらえればありがたい。


これは余談、いや本来は核心的な部分であるのだろうが、「教育」について考えること、さらには「政治」「経済」「家庭」「生き様」について考えたり、議論したりすることは、ある意味で【非常に恐ろしいこと】 なのかもしれない。というのは、自分たちが「当事者」であり「原体験者」であるのだから。。。




そんなことを考える日々。。。今度、前回のブログと今回のブログ等々をとおして、何か自分の考えを発表する機会をいただければ、何かしらの形で話したいなと考えている。




そして、冒頭にも書いたが、しばらくブログは休止しようと思う。その理由は様々あるが自分の進路と自分の考えの甘さというのに帰結するのだろう。お付き合いしていただいた方々に、感謝の意を表したいと思う。


ありがとうございました。


次回の更新予定は、30日深夜 もしくは31日の夜ころを予定しています。




どうしても伝えたいこと~今回の震災を受けて~

2012-01-27 22:09:19 テーマ:ブログ

久しぶりのブログの更新となる。どうしても書きたかったことがなかなか書けなかった。


本当にこれ以上セルフィッシュなブログはないであろう。ただ、今回の震災を受けて、どうしても払拭できない点についてちょっと触れたいと思う。


それは、‘ボランティア’についてである。


今回の震災復旧、そして震災復興においてはボランティアが果たした役割は非常に多いということは言うまでもない。これは自分自身本当に強く感じているし、まぎれもない事実であろう。

そして、今もまだまだボランティアが必要な地域がたくさんあるというのはさまざまな情報源から事実としてあるというのは言うまでもない。


自分が言及したいのはその点ではない。そもそも、ボランティアって何ぞや。という点である。


今回、自分自身も被災地に入り、災害ボランティアセンターのスタッフとしてボランティアをし、そして縁あってある事業の派遣スタッフとして働き始めた。

今になっても、自分自身が失業中であり自分の生活もままならないのに、被災地に行ってよかったのだろうか。ということに苛まされることはよくある。

しかし一方で、失業中だったからこそ、あのような人手が必要だった時期に(勿論今も必要ではあるが)かかわることができていた。というこのジレンマ。そして、実際のところ失業中の方がボランティアには多かったように思う。逆に学生があまり見受けられなかったのが残念。勿論、地域差もあるので何とも言えないが。。。


まだまだこのことについては、正直はっきりとクリアになっていない。


そうしたことは常日頃、転職活動をしながらもずっと引っかかっていた。


そしてもう一つ。。。

今回、被災地においてたくさんの方々と出会えた。そのことは自分自身の糧となっている。

しかし、最近、被災地で出会えた方々とは一定の距離を敢えて保ってしまっている。それは自分の勝手な信念から以外、何物でもない。


というのも、先にも述べたが、そもそも‘ボランティア’って何なの?っていうことである。

自分自身、学生時代からいわゆる‘ボランティア’活動にかかわってきたと思っている。その時、自分は‘ボランティア’に関しては‘使命感’であったり、‘義務感’が強かったように思う。

あまり、‘楽しみながらボランティアをする’ことや‘自分自身が成長するためにボランティアをする’あるいは‘成長するために団体を立ち上げる’ということは全く考えていなかった。(勿論、使命感・義務感を果たすために、自分自身が成長していかなければならないことは多々ある。)

とりわけ、‘楽しみながらボランティアをする’ということに対して、かなりの抵抗感が学生時代からあった。そのことが、どうしても、今回の震災ボランティア等々を経て拭い去れない点であるということ、改めて自覚した。


よく、このような言葉を聞く。

「震災があったからではあるけれど、こうして皆さんといったボランティア仲間と出会えてよかった。」

と。。。確かに、そうしたことは自分自身感じている部分はある。しかし、それが前面に出るというか、なんというか。それだけは絶対に僕にはできない。

そして、そうした仲間たちと被災地でワイワイしたりとかそういう気分にはどうしてもなれないの自分がどうしてもここにいるのだ。

確かに、被災地の方々を勇気づけるためにも、ボランティアの人たちが元気に活動することはもちろん必要なことだと思う。しかし、それは楽しいとかそういった感覚とは違う。

いや、元気に活動するためには楽しみが必要だ。という話は、論理的にはわかる。しかし、感情的には僕にはまだまだ理解ができていないのが現状なのである。とりわけ、今回のような状態ではなおさらのこと。。。

どうして、楽しむことができようか。というのが本当に正直なところである。。。


いや、ボランティアをされている方々、たくさんのそうした葛藤をしながら、そうした想いを持っているのであろう。そうした想いというのは、もっともっと様々な人たちと共有していきたいなって思う。

今回、自分が感じていることについていえば、そうした共有する時間が少なかったのも事実であるのだから。。。



そして、今思うことは、本当に自分がもどかしい。なかなか向こうにも行けず、いろいろお世話になった人たちにあいさつも行けず、真摯に話も聞きに行くことができない。そうした状況の中で、かつ活動している人たちが読むようなある意味で公の場でこのようなことを述べることは非常に情けない限りである。だったら、自分も行けよ!って話になるだろう。そう思う。


ただ、これもセルフィッシュな発言ではあるが、自分自身に自信が持てるまで行かないことを胸に誓っている。今回、正直なところそんなことを感じている。これについては自分の第六感であり、何とも表現できないのであるが。。。



そんなことをどうしても考えてしまっていて、色々な面で粗相をしてしまっていることが最近多いように思う。しかし、この想いだけはどうしても変えることができず、セルフィッシュな行動をとってしまっていることが多い。


と、まぁ、思っていることが皆様に伝わっているかどうか、不安であり、様々なご反応もありそうな気がするが、あくまでも独り言的な感じで受けてもらえたらありがたい。


次回のブログのキーワードは、今回のブログにも関係すると思うが、‘当事者’、‘第三者’、‘第一次情報者’、‘原体験は必要か’といったことについて言及したブログを書きたいと思う。


ではでは。


2012年の10個の抱負

2012-01-03 21:31:51 テーマ:ブログ

年が明けてから、3日。あっという間に、過ぎていったように思う。


にしても、久しぶりにのんびりとした正月を過ごすことができた。無事に転職をできたことが一番の理由であろう。

年の瀬を迎えながらも、仕事に一生懸命励んでいる人もいる。正月を率直に祝えない人も多く今年はいたのではないか。そんなことも思いながらも、自分は自分と割り切って、今年は休養期間を設けた。


さて、2011年は先日のブログで振り返った。今回は2012年の抱負をここに記してみようと思う。


1.仕事に真摯に

3年半という契約職員ではあるが、そうはいっても激務で知られているR社であることは間違いない。R社には本当に魅力的な人が多く働いている。そうした人たちから様々な事を学んで、日々成長していきたい。

また、『働く君に贈る25の言葉』という本をもう一度読み返そうと思う。この本には昨年の1月下旬に出会い、多くのヒントを頂いた。この本をもう一度読み返し、しっかりと自分の目標に向かって頑張っていこうと思う。

前職では本当に愚直に・真摯に・誠実にといったところが明らかに足りてなかった。前職だけではない。学生時代の頃も含めて、そうした事が足りていなかったように思う。

その点、もっとしっかりと地に足をつけて、貪欲に励んでいきたい。



2.怖がらないで自らが動く。

昨年は、色々と怖がってしまい、臆病になってしまうところが多かった。とにかく、怖がらないで自らが動くという事を念頭に置きながら日々を送っていきたい。特に、怒られる事に恐怖を感じる事だけは払しょくしていきたいと思う。



3.3年半後のイメージを意識する

今の段階で、やりたいことはぼんやりとしているがある。しかし、それが3年半後にどうなっているかどうかなど、まったくわからない。3年半後の成長した姿と言うのをもう一度イメージし直して、それに向かって何をしていかなければならないのか、よくよく考えてプランを立てていこうと思う。とにかく、今は目の前の事に精いっぱい取り組むこと。



4.語学力のアップ

久しぶりに、本気で語学に取り組んでみようと思う。英語はこれから必須になっていくであろう。自分は高校は通信卒業であり、基礎的な英語力は不足しているだろう。センター試験利用で大学に入学したが、センター試験なんて言うのは、訓練すればいくらでも点数がとれるだろう。よって、本当に基礎から学び直し、TOEICの試験で少なくとも650点以上(大学時代は500点とかいうひどい点数だったwwたぶん、今はもっと低いw)はとれるように、一度勉強しようと思う。

可能であれば、中国語の勉強も再挑戦していきたい。



5.謙虚に

最近、物凄く反省している事がある。謙虚さが足りなく、傲慢になっているのではないかと。結構自分はわが道をいくという性格のように思う。その中で、色々な人の心遣いを台無しにしたことが多々あったと思う。そうしたことをもう一度振り返って日々の生活に精進していかなければならないだろう。一方で卑屈になってはいけないと思う。そのバランスとりをより一層気をつけていきたいと考えている。



6.読書量のアップ

週に少なくとも2冊、年間100冊を目標に本を読んでいきたいと考えている。若干少ない目標であるが、無理のない範囲で一度しっかりと達成していきたいと思う。もっともっと、感性を磨いたり知識を得ていく必要があるだろうな。





7.ONとOFFの切り替え

前職ではこの事が一番難しかった。ずっと仕事の事ばかり考えていた。週に一度は仕事の事を忘れて馬鹿になろう。それがNPOに顔を出すことでも良いだろうし、小旅行することでも良いのだろう。とにかく、仕事の事を忘れる日を週に一度つくり、心身ともに充実させていきたい。可能であれば今の流れを知るために、できる限り多くの講演会等に積極的に参加していきたい。また、熟議という動きについてこれからどうなっていくか、参加者の視点からもう一度学んでみたいというのと、以前所属していた団体にはこれから時たま顔を出していこうと思う。特にS区W中学校には再度ボランティアとして入っていきたい。それは、3年半後の自分の姿を見据えての話である。




8.体力をつける

こうして思うと、自分体力ないなって思う。時間がある時にちょっと走ったり、そんなことをしていきたいな。とそんな事を思う。あと、身体のケアに関しては気をつけていきたい。というのも、自分は歯のかみ合わせが悪く、疲れやすいと医者からも言われている。そうした疲れにくい身体づくりということにも励んでいきたいと考えている。



9.出会いを大切に

昨年は様々な事があり、本当に多くの方とお知り合いになることができた。そして、今まで関わった事のないような考え方の人とも多く知り合えた。そうした人たちとの出会いをこれから大切にしていきたいと思うと同時に、(最近我ながら、付き合い悪いなって思う)これから新しい職場で出会う人一人一人との出会いを大切にしていきたい。



10.もう一度あの場所へ

8月上旬以降、行けてない場所がある。行けてない表向きの理由として、転職活動で忙しいという事にしていた。しかし、それももちろんあるが、それだけが主たる理由ではない。自分の中でしっかりとした理由がある。それに関しては、敢えて今の段階では言及しないが、もう一度しっかりと自分の足で立てて、自信を持てるようになったらもう一度あの場所に足を踏み入れたい。できれば、今年中に。

先日、その場所でお世話になったが、正直自分があまりよく思っていなかった女性にメールで就職先が決まった事を報告した。そうしたら返信の中で、もう一度自信が持てたらまたこっちに遊びに来い。とそんなことをメールで返信をくださった。その言葉を信じ、もう一度自信をつけて、しっかりと胸を張られるような形で、再度訪問していき色々と話ができればと思う。

何故、自分が敢えて足を踏み入れていないか。後日日記を書きたいのだが、なかなか文章がまとまっていない。何を書きたいのだろうか。。。それは“ボランティア”というそもそもの話にもつながっていき、非常に入り組んでいる。ただ、今月中には書いておきたい。



<番外編>

・伴侶となる候補を見つける

これに関しては特にコメントする必要もないだろう。自分も気付けば26歳。いくら晩婚化が進んでいるとはいえ、そろそろ落ち着きたいと思う年頃である。そんな事を考え、今年中に見つけることができればと考えている。と言っている間は、なかなか見つからないものだ。



今年は、とにかく激動の一年となりそうだ。まずは、1月中に引っ越さなければならない。そして、忙しい中でも様々な事に挑戦していく年にしていきたいと思っている。日々愚直に物事に取り組みながら精進していきたいと考えている。


まだまだ、未熟者ではありますが、皆様、今年も何卒よろしくお願いいたします。





今年一文字を漢字で表すと… そして、今後の進路について

2011-12-29 09:31:39 テーマ:ブログ

久しぶりのブログの更新となる。本当に最近忙しい日々が続いていた。ただ、その中でも、どこかで自分自身の事を客観的にみることができる自分がいて、少しずつ成長できている自分がここにいるという事を、ひしひしと感じている。


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今年、2011年と言う年が終わろうとしている。本当に今年は、大変な年であった事は言うまでもない。日本国内も、自分自身も。その中で、自分が毎年恒例としている、『今年一文字を漢字で表す』ということを行いたいと思う。


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今年の清水寺の漢字一文字は、


「絆」


であった。今年ほど、その大切さを感じる年はなかったであろう。しかし、どうであろうか。今、あの時のように「絆」を心底意識して生活している人がどれくらいいるだろう?

震災が起きて、9か月。自戒も含めてだが、やはり普通の生活に戻り、「絆」ということの意識を忙しい日々に忙殺され、持てなくなってきている人が多いのではないかと感じることが多々ある。

そして、「今回の震災を契機に色々とひずみが出て、これから諸々変わっていくチャンスだ」と考える人が多かったように思うが、それも果たしてどうか?自分自身、この考え方に関しては、否定的であることははっきりと申し上げておこうと思う。

ただ、やはり一種のブームで終わってしまっている(無論、継続している人たちもいるのは事実であり、そうした方々には深い尊敬の念を覚える)ような気がして、何なんだろうかな~と思ってしまう今日この頃である。


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さて、自分自身の一年を漢字一文字に表すと何か。それは、間違いなく


「糧」


であろう。今年一年間、本当にしんどい年であった事は言うまでもない。

今年一年間を簡単に振り返ろう。

1月から体調を崩しながら、仕事にあたり、もう本当に人間関係から仕事内容まで何から何まで、本当にしんどかった。3月11日の午前中には事実上の解雇を言い渡され、その後地震が発生。

その後も、仕事は忙しく、3月31日に職場に泊まるという大失態を犯しながら、退職。

そして、宮城県亘理町災害ボランティアセンター内のスタッフをやらせて頂き、その後何故か、出雲の方から派遣スタッフとして雇われ、6月末に任期終了。

その後は、出雲に行って報告会、及び九州旅行にて限界ドライブ・・・等々。

7月下旬に転職活動をし始めてみるものの、当然のことのようにうまくいかず、8月は最後のボランティア活動をしたのち、再び出雲へ行き、高校生にワークショップ(には程遠いが)。。。

9月からパソコンの専門学校に通いながら、自分自身の働く事について、よくよく考え、11月から本格的に転職活動再開。12月に流れに乗り、そのまま無事に内定を頂いた。(後述)


いや、正直この一年もしんどかった。自分は高校を中退し、通信制を卒業したが、その引籠りになった高校時代より、一種しんどかったように思う。周りには家族はいない。話し相手も毎日はいない。その中で、孤独に耐えなければならなかった。そう言った点においては。


しかし、しんどいだけではなかった。そのこと自体が、自分自身の事を大きく成長させてくれたのだろう。そう言った意味を含めて、今年の漢字一文字は「糧」を選んだ。


ありきたりの言葉であるが、「全ての経験は 自分の血となり肉となり、糧になる」という言葉がある。本当にその事を体現できる一年だったと思う。

まず、前職で3月まで働かなければ、災害ボラセンであのような形で対応は絶対にできなかっただろう。

そして、このような出会い方となったのは、自分としてはどうかと思うが、非常に厳しい中で出会った人たちとの交友も自分自身の「糧」となっているkとおは言うまでもない。

されには、転職活動においても、1年で仕事を辞めたというハンデを背負いながら、且つ、この厳しい経済状況の中、必死に活動を行い、最終的には無事を内定を勝ち取れた。


こうしたこと、全てにおいて「糧」を意識する一念だった。


自分の人生を振り返った時、おそらく「糧」という言葉は一生付きまとってくるのだろうな。そんな事を思う。まだまだ書き足りないところではあるが、漢字一文字に関しては、この辺で。


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今後の進路について。12月下旬に無事に内定を頂いた。しかも重複するという。一つは、塾業界で教室長のあと、本部職員候補。もう一つは、某大手人材会社(と言っていいのか?)R社(東京駅の何とかサウスタワーに本社がある)である。


最終的に本当に迷いに迷い、一晩寝ずに考えたが、最終的にはR社に決めた。

ただし、塾業界は正職員、R社は最長3年半の契約職員である。


その理由としては、以下のとおり。


・R社で多くの人の考え方や意見を聴く中で、自分自身の固定的な価値観を壊したかった。

・自分自身がR社で三年半、死に物狂いで働けば自分自身の成長の可能性は大きいと考えた。

・教育業界に入るのは早いのではないか。

・今の段階で教育に対して経営的な視点をもつ覚悟ができなかった。


主な理由としては、このような感じである。3年半後、もう一度失業することへの不安はもちろんある。そして、自分自身がR社に入って、やっていけるのかどうかということももちろん不安である。

先輩や後輩からは、自分がR社で働いているイメージがつかないと言われた。そりゃそうだ。自分自身もイメージがついていないのだから。そして、先輩からは「絶対に塾に行った方がいい」とも言われた。まぁ最終的に耳を傾けることができなく、申し訳なかったなと考えている。それでも、今回はアドバイスは聞きながらも、本当に自分自身で決定しようと思っていた。


ただ、これからが本当の意味での勝負になる。3年半後の自分の姿を思い描きながら、しっかりと業務に邁進していき、前職のような形にならないようにやっていこうと思う。


そう言った意味でも、今年は「糧」という漢字を今まで以上に意識した年だった。


今回の転職活動を通じては、ありきたりの言葉であるが、‘縁’を非常に感じた。ある先輩が、R社に入社していて、彼を中心にしてどこか自分の転職活動が回っていったように思う。(と言ったら大げさか。)そして、自分のキャリアアドバイザーも非常に良い人でこの縁は非常に大切にしていきたい。


また、‘流れ’というのも非常に感じた。内定が出ないときはとことんでないが、必死にやっていれば‘流れ’は来る。ということを学んだ。12月中旬から正に、‘流れ’がきた状態であった。

これから就職活動をしていく3年生にはそうしたことは意識しておいた方がいいだろうな。‘流れ’が着た時はその‘流れ’を絶対に逃さない。そのことが一番大切であるが、‘流れ’を感じられるように日々訓練することが重要であろう。

ただ、‘流れ’というのは就職活動にのみならず、すべての物事に言えることなのだろうなと思う。

将来的に、自分自身がやりたい事についての‘流れ’はまだ感じていない。しかし、いずれ来る!と信じてやまない。必ず、来る。


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今回も長々と書いた。最後に申し上げたいのは、やはり「感謝」の気持ちであろうと思う。色々な事がある中で、話を聞いてくれた同志・仲間・政敵については本当に感謝している。


まだまだ、書き足りないけれども、mixiでもう少し細かく書きたい。そして、次のブログにおいては、「ボランティア」をテーマに書いていきたいと思う。この言葉に対する自分自身の考え方は、一種人と違っているように思う。敢えてそのタブーに切り込んでいきたい。


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今年もあと、2日と14時間くらい。皆様にとって、良い年となりますように。


そして、来年もよろしくお願いします。


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