いよいよシリーズ最終回です。(大げさな!)
GW後半は、実家で上げ膳据え膳w
地元を満喫いたしました。
誰が言い出したか忘れましたが
「鎌倉文学館にいったことある?」
「ないなぁ・・」
「なら、行ってみっか?」
っていう話にいつのまにかなり
限りなく無計画なまま、ぶらぶらと友人と出かけました。
だれもこの日の天気を気にしてないあたりが
無計画で他人任せなのがバレバレやねん・・・
家を出てすぐに本のバザーを発見!
っていうかここって・・・
「おい!K田医院開いてる!!」
「えー!あそこのじーちゃん先生亡くなったよね?」
「だいぶ前だよね?ちょっとさ・・・見たいな。寄っていい?」
ってことで寄り道をw
無計画だから、コースが変更になりなかなか目的地に着かないことを
あらかじめお断りしておきますw
何十年ぶりですかね・・・
ホント小学生の頃にお世話になったおっかない先生
当時すでに、じーちゃんだったなぁ。
家から一番近い医者っていえばここでした。
一応、ここだけは医療器具っぽいものが残されてましたね。
でも、なんで秤ばかり?
秤のコレクターだったんだろうか?
んで、これ買いました。
伊集院氏をみっけちゃったw
まだ読んでいませんが、短編集のようです。
さ!いくべ!文学館
・・・ってなんでそこ寄るんだ?!
「そこさー、学校の帰りに遊んだじゃん?」
「げ!有料になってる!!」
「萩寺のくせに!(意味不明)」
なんて、ぶうぶう言いながら無計画にふらふら
宝戒寺でございます。
建武2年(1335)足利尊氏が後醍醐天皇の命により
北条一族の菩提を弔うために北条執権邸跡に建立しました。
鎌倉七福神毘沙門天様が祀られております。
なのに太子堂があって、さりげなく(?)聖徳太子を祀って
あったりする。なかなか謎が多いお寺であります。
秋の白萩が見事で有名なので、別名萩寺と呼ばれますが
何気に梅の時期も見事です。
もう行こうってば!
今度こそ一路文学館へ・・・え!また寄り道?
ご安心ください。抜け道に使ってるだけですw
妙隆寺でございます。
1427年(応永34年)源頼朝の御家人千葉氏の別邸跡で
千葉胤貞が祖先追福のため創建されました。
創建当初は、七堂伽羅を有する大規模な建物だったようです。
鎌倉七福神・寿老人が祀られております。
さあ!いよいよついた!!
招鶴洞(しょうかくどう)といわれるトンネルを抜けると 鎌倉文学館です。
文学館は、旧前田侯爵家別邸として建てられました。
戦後は、デンマーク公使や佐藤栄作元首相が別荘として利用。
1983年に第17代当主・前田利建氏より鎌倉市に寄贈され、
1985年から文学資料館として公開されるようになりました。
招鶴洞の壁です。
意識的にノミの痕がつけてあります。
なんか意味があるのかな?
招鶴洞の名前の由来は、諸説あるようですが
源頼朝が鶴を放った場所という説が強いようです。
真偽のほどはわかりません。
鎌倉文学館です。
もう半月もするとバラが咲いて見事になるようです。
ここを見て思い出したけど、前に来たことありましたw
当時、ボイストレーナーをやってくださっていたK氏が
ここでテラスコンサートを開催されたので
聴きにきたことがありました。
建物フェチのマイハニーのために一応載せておきますw
(ここ、読み飛ばしてねwww)
1階は鉄筋コンクリート造で、外壁は二丁掛タイルで仕上げ。
2階と3階は木造で、半六角形の張り出 し窓・半円形欄間の飾り窓
パラペットの装飾・ベランダの手摺等洋風デザインを導入している。
瓦葺の切妻屋根、和洋折衷の外観を呈している。
室内は残念ながら、撮影禁止でした。
内部の装飾は、アールデコの様式が随所に見られます。
玄関、暖炉には大理石を使用。
床はモザイク模様の寄木貼り、飾り窓の装飾とまるいステンドグラス
中もなかなか重厚なつくりになっていました。
写真でお気づきかと思われますが、
この日はかなり天候が不安定でした。
陽が射してる写真もあれば、曇ってる写真もある
で、ついに降ってきてしまいました。
すぐやむだろうと高をくくって珈琲ブレイク
なのですが・・・
雨はますますひどくなる一方で
傘を持たないわれわれがこの後どうなったかって
もう想像にお任せしますwww
長いようで終わってしまえば、あっという間のGWでした。
皆様はいかがお過ごしでしたか?
鎌倉文学館です。