あがっちょブログ

AgathaOkada OfficialBlog


テーマ:
本日、無事に大阪公演千秋楽終えました。
ご来場いただいたお客様、梅田芸術劇場の皆様、たくさんの方に感謝を。
ありがとうございました。

三階席までのスタンディングを見て思うのはただただ
この作品に参加できたことへの感謝です。

こんなに大きな劇場の後ろの席まで熱が届くような
素晴らしい舞台を座組の一員として
共に作り上げている現状への感謝です。

「舞台、大好きダー!!」

て叫びそうになっちゃうくらい作品への拍手が嬉しくて
カーテンコールにやにやして
心に響く拍手に、感動しました。

今日、本番前に瑳川哲朗さんのお誕生日を
楽屋前でみんなでお祝いさせていただいていて
そのときに瑳川さんがふと紹介してくださったのは、
朝日新聞に掲載された詩、「最後だとわかっていたなら」というものでした。
その詩は、震災を経験された方が書かれているものなのですが、
金閣寺という作品ととても深く結びついているように思えます。

最愛の人が死ぬ前に
「好きだ」ともっと言えていたり、
「ありがとう」を面倒くくさがらずに言えていたら、
という切なる美しい詩なのですが
気づいたときにはもう最愛の人はいない、というもので。
人生には手遅れがつきものだ、だけど、今この痛みは後悔だけじゃおさまらない
というような誌面からはみ出てくるほど、心をうつものです。

詳しくは是非ご覧ください。

そうですよね。
だって明日私だってあなただって何がおこるかわからない。
それは不謹慎な意味では決してなくて、その意識があるかどうかで
世の中がもっと美しく繋がっていけるということですもの。

大切な知人が先日生死をわけたので、最近特にこの最中思うことが多くて。

自分のことを言うと、中学で特定疾患の難病にかかり
高校生活最後などは、学校よりも病室が教室でした(笑)

入院ライフが基本で、たまに「平気っすー!」って学校にいくと
担任の先生が「病院に戻りなさい」というのです。

それは心配しておっしゃってくださっていたのだと今となってはつくづくわかるけれど
(しかも点滴ガラガラひいて登校してたこともあったから致し方ないっ)
当時は勝手だったから
「私の時間を教師といえども管理などされたくはない」
と唇を噛んでいる生意気な女子高生でした。

だって生きている時間は自分だけのものです。
共有する相手を選ぶことはできても、
おぎゃーと産声をあげてから、棺桶におさまるその日まで
自分の時間は自分だけのものですもの。

両腕を点滴で繋がれた私にできる唯一の選択は不毛な時間に身を費やすことだけで。
病室のただ白いだけの天井を眺めることしか許されない時間や、
看護婦さんが天使に見える瞬間を通り過ぎて、

体内から吐き出される大量の血液を見たときに
不思議と「もうダメかもしれない」なんてことは一瞬も思わなかった。
真っ赤に染まった床を見て

「イケル!!」

ってなったんですよ。
だってこんなに血液が放出されても
生きたいという気力ばかりがふつふつと湧き上がってきて
元気になる予感しかなかったですもん。

「うおー!この先、余裕で生きられるわ!むしろピンピンだわ!」

って思ったのですよね。
だから新しい治療は無理をいって何度も試してもらってました。
主治医さんは私の意志を汲んでくれる方で、今でも感謝しています。

病は気からは真実です。
完治は1%といわれた難病が、
舞台に上がり始めて完治しました。
今では絶対に無理だろうと当時ぼんやり告知されていたような激しい仕事につき
酒も煙草も遊びだって人並み以上にできる体です!
細胞が

(生きたがってるなコイツ、しょーがねーな)

て重い腰をあげて居直ってくれたんだと思います。

死に際の人間が、病床で顔の青白さと反比例して輝いて美しいのは
最後に振り絞る光なんかじゃ決してなく
「死」という意識が生を輝かせるからかと思うのです。

余談ですが、
高校三年のとき国語の授業で二十歳の自分へ手紙を書け、
みたいな可愛い授業があって
そんなことちっとも忘れていた私は、
成人式に届いた今より神経質な自分の筆跡の、自分宛の手紙にドッキリして封をあけました。
病気が完治した後に届いたのですが

「17の私を、今最も苦しませている病の薬は医学の発達によって発明されましたか?

されていたなら喜んであげてもいいけれど、素直に喜べない私もいます。

きっと怠惰なあなたのことだから、

病室のベッドでガタガタ震えている自分の姿なんて忘れて呑気に過ごしているのでしょう?

恥を承知で泣いて暴れて、
どうして自分だけ?て悔しくて、
みすぼらしくも生きていたい、
て叫んでる今の私を

容易く思い出だと言ってのけるでしょ?

愚かです。

それが身の破滅だと気づかないのだとしたら、苦しんでいる今の私に謝ってください。

今行動しなければ、いつ死はやってくるかわからないのだということを

自覚していないのならば、これでも読んで肝に銘じてみたらどうでしょう?

今動かなければ、あなたが望み描いている未来など、永久に手にはいりません。」


って内容でした。

こっわーーーー 

高校生のあたし、超怖いです!
ドエスか!
文面!www
ライトな冗談とか言える余裕が皆無ですもんね。
生きづらそーーー!とか思ってw
今ちゃらんぽらんになれてガス抜きされて、君、よかったねって(笑)

ただ、真実だなとも思って。
予言の書かと思って、
また新たな気持ちになれたんですよね(笑)
右ストレートパンチ、喰らう、みらいなw
十代って無意味にすごいですねw
無鉄砲って暴力ですねw


たぶん
よわっちくて、神経質で、引っ込み思案だった自分が今舞台に立っていて
舞台にこだわってしまっているのは
「今」を生きることの大切さを感じることのできる最たるだと思ったからだと思います。

だって同じことは二度とおこらないのですよ?

「なうーー!!」ですよね。



こんな恥ずかしい自分の話をしてしまったのも
戦前と戦後をわける時代の芝居をしているからであって
三島さんの愛した日本というものは、
死を隣接する変わりに、
奪い合うような美しい光り輝く生が存在していた時代だと思います。

ふと上を見上げれば、爆弾をつんでいるやもしれぬ戦機が横切り
明日世界が終わるかもしれないと思った時の
人間の美しさといったらない。
戦争自体は憎むべきものなのは当然だけれど
明日、自分が、自分の大切な人が、永遠にいなくなってしまうとなったなら
毎日が最後の一日で、すべての出来事が最後の動作と感じられる。
人を丁寧に愛し、好きな人には好きだとつたえることができていた。

戦後、死が遠のいていったときの燃え尽き方。無力感。
それは平成の時代を生きる私には
想像も及ばない残酷さだったと思います。

三島さんが戦後の日本を語った

「無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国」

と揶揄した言葉だって、隣接した生を愛していたゆえの言葉ですよね。
人間の美しさを、信じていたんだろうな。
とても純粋に。

ゆとり世代を愛せない私としては
必死になるのがダサいとか、そんなくだらんこと言えないくらい
ギラギラとした生の美しさを
大人たちが示していくことが必要なのだと思います。

今生きていた三島さんがギラギラもせず、型におさまることだけに必死な
この世界をみたら、なんというのだろう。

震災に遭われた方たちの本当の痛みを
私はわかるはずもないし、口が避けても自分だったらこうだなんて
当事者しかわからないことは言えないけれど
その詩が美しいのは、悲しみのそばに光がみえたからですよね。
いつも絶対に苦痛の横には生の喜びがある。
それを逃げずに受け止めていけば、
刺されたような胸の痛みも
前を向ける原動力になると、そう願っています。
本当に、心から。
人間は絶対にやわじゃない。


ここのところ、舞台場で朗読される三島さんの言葉の美しさに
ようやく自分のイマジネーションが付随するようになってきて。
きっと歳を重ねるごとにまた重みを増す文章なのでしょうが。
小学四年生ではじめて金閣寺を読んだことを今更になって思い出すのです。

私は溝口のような子供だったから、コンプレックスが己を吃らせる、というものでしたが。
はじめて読んだとき、繊細な風景まで思考を巡らすことはできなくとも
自分に似た主人公にとても共感して、この作品が、感覚的にとても好きだなと思っていました。

自己問答はどこにたどり着くかわからず、
溝口だった私は、柏木のように認識を武器にしないと辛すぎるときもあったし
認識だけが永久に世界をそのままの形で変貌させると思うことで自分を鼓舞している時期もあった。

ただ、今思うのは、世界を変えるのは行為だということ。
その行為が溝口の場合、金閣を燃やしてしまうけれど
私の場合、自己問答を抜け出して、素晴らしい人間とたくさん出会うことで
行為を良い方向に、
自分の場合は役者という仕事に向けることが可能になったのだと思っています。
そして逆境が救いだと思える認識は必ずしも人を前向きに導くのだと信じてます。

誰しも笑顔が輝くように。
昔はよかったなじゃなくて、今が一番美しい日々といえるように
生きていたいものですね。

って、長っwwwwww
主観はブログに書かないほうが、と思っていたのに
ふとしたきっかけで長々書いてしまいました。
乱筆すみませんm(__)m
読んでくださってくれてる方がもしいたら、ありがとうございます!!

ということで(?)

あがっちょブログ-P1000704_edit0.JPG


↑あ、大阪土産です…

1月27日から赤坂ACTシアターにてお待ちしております。

成長なくしてなにが生活だ、っていうような意志を芝居で示して下さる
素晴らしい共演者の方々と一緒なので、
必ずもっと素晴らしく
今やれる最大限を発揮してまいりたいです。

あがっちょブログ-P1000703.JPG


皆様に、目の前の「生」の「今」が伝わりますように。

お待ちしております。

あがっちょブログ-P1000699.JPG



岡田あがさ




Amebaおすすめキーワード