ノンフィクション覚え書き

ノンフィクションや人文系を中心に、「これは!」と思う本を紹介します。おたのしみに!


テーマ:
林 道義
ユング思想の真髄

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ユング思想の解説書は数多くあるけれど、彼の思想全体を、その学問的方法論まで含めてこれほど明確にまとめた本には、お目にかかったことがない。本書がどれほどユング思想を幅広く解説しているかは、目次を見ただけでもよく分かる。

1章・ユングにとっての父性と母性
2章・ユング思想のルーツ
3章・臨床家としてのユング
4章・元型論
5章・学問的方法論
6章・対立物の結合
7章・シンボル的な生
8章・神とゼーレ
9章・神話としての世界観

いままでのユング思想の解説書といえば、《元型》と《象徴》と《記号》の違いを説明して、それに書き手自身の体験をチョコチョコっとプラスする、というパターンがほとんどだったように思う。それに対して本書では、ユングの学問的方法論の説明にも1章を割り当てて、さらにあまり充分に説明されることの少ない「対立物の結合」という彼の晩年の思想も盛り込まれている(6章)。
ユング思想の全体像をたった一冊で把握することのできる、数少ない解説書。ただ、筆者自身の「易占い」のエピソードが玉にキズ。。。


テーマ:
リチャード ベル, Richard Bell, 医王 秀行
コーラン入門

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タイトルをみて、単純にコーランの思想やイスラム教の教えについて解説した本かと思ったら、ちょっと違いました。

この本は、コーランの書かれた時代背景や、コーランの文献学的な分析結果について書かれた学術書です。

本書によると、コーランの文章を詳細に分析すると、文章が間違った順序で配置されている個所や、キリスト教の影響が強く反映されている個所、ムハンマド(モハメット)の思想の変化が読み取れる個所などがいくつもあるということでした。そして本書では、それらを豊富な実例(コーランからの引用)によって詳細に示していました。

本書は、これまでなんとなくコーランには終始一貫したイスラムの教えが書かれているんだろうなぁと漠然と思っていた私にとっては、ちょっとした驚きでした。

ps.
この本のような文献学的な解説書ではなくて、純粋にコーランの思想やイスラムの教えについての解説書であれば、井筒俊彦氏の「コーランを読む」(岩波書店)がおすすめです。


テーマ:
J・F・リシャール, 吉田 利子
問題はグローバル化ではないのだよ、愚か者―人類が直面する20の問題

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見るからにキワモノ的なタイトルの本だけど、内容は今後数十年の間に起こると予想される問題に、どのように対処すべきかを論じる、極めて真面目なもの。せっかくの本なのに、なんでこんなヘンテコな日本語タイトルをつけちゃったんだろう??

筆者はまず、近い将来に予想される世界的な問題について、明快な見取り図を示します。問題は大きく分けて2つあると筆者は指摘します。「爆発的な人口増加」と「ニューワールドエコノミー」。これらにより、今後数十年のあいだに、地球温暖化をはじめとする環境問題や食料問題、また国家間の経済格差など数々のグローバルな問題がさらに深刻化します。ところが、現在の国家システムや国連システムなどでは、問題解決のスピードがあまりに遅いため、早急に何らかの手をうつ必要のあるこれらの問題に対して、うまく機能することができてません(そのいい例が、地球温暖化会議をめぐる、ウンザリするような各国の対立に如実にあらわれています)。

以上のことを指摘したうえで、著者は、意思決定までに気のとおくなるような時間のかかるこれら従来のシステムにかわって、国際的なコンセンサスを迅速に形成するためには、インターネットをはじめとする情報ネットワークを駆使した「ネットワーク型統治」しか方法はないと指摘します。

コンパクトな本ながら、グローバルな問題についての明快な見取り図が示されていて、読みながら頭のなかのもやもやがスッキリ整理される思いがしました。筆者の提案する「ネットワーク型統治」の概念にはまだまだ問題点(たとえば費用は誰が負担するのか、議論は英語で進められるのか、その場合非英語圏の人々はどのように議論に参加するのか、などなど)があるように思いますが、方向性は間違っていないように感じました。


テーマ:
岡本 太郎
今日の芸術―時代を創造するものは誰か

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 「現代アートはよくわからん。ピカソやらジャコメッティやらの、どこがええねん!」という人に、この本はおすすめです。この本を目にするまでは、岡本太郎というと(失礼ながら)「ちょっと変わった、ヘンなオッサン」くらいにしか思ってなかったけど、読んでからは彼を見る目が180度変わってしまいました。

 この本は現代芸術を論じたものだけど、こんなに面白い「現代芸術論」は初めてです。セザンヌを「ヘッポコ絵かき」と呼び、ゴッホを「素人画家」とコキおろす。いやはや、とにかく痛快。でも彼は、セザンヌやゴッホをけなしているのではありません。「ピカソの絵なんて、あんなのデタラメじゃないか」という人に対して、彼は言います。「鉛筆と紙を持ってきて、サア、となると、とたんに、ぐっとつまってしまいます。どうも描けないらしい。こんなはずはない、とあわてぎみです。口先では簡単にでたらめなら、と言うけれども、いざでたらめを描こうとすると、それが描けない」「ほんとうに自分の力だけで創造する、つまり、できあいのものにたよるのではなく、引き出してこなければならないものは、じつは、自分自身の精神そのものなのです」

 現代芸術は、そこに何が描いてあるのかわからなくたっていい。何が描いてあるのかは分からなくても、その作品からなにかただならぬ雰囲気を感じることが大切なのだと思う。以前、ポンピデゥー・センターを訪れたときのことを思い出す。ジャコメッティのあの、針金のような人物像から受けた寒気がするほどの緊張感、あるいはパウル・クレーの『さえずる機械』と向かい合ったときに強烈に感じた、その場にじっとしていられないほどの乾いた不安感…。これらの作品は、こういう激しい感情をかきたてることで、ぼくが生きるこの世界に「意味」を与えてくれる。それはある意味で、宗教的な体験と言ってもいいかもしれない。

 ピカソの『泣く女』という作品について、本書のなかで岡本太郎はこう語ります。「人間像は、見つめれば見つめるほど、描けば描くほど、異様に変貌し、いわゆる容姿の美しさではない、鬼気せまる感動をあらわします。この激しい表情、不気味な暗さ。人間像というより、むしろ神像というべきでしょう」

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