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井筒 俊彦
対談鼎談集・著作目録

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 日本のイスラーム研究の基礎を作った井筒俊彦氏(1914-1993)の対談をあつめた、著作集別巻。読みながら、"碩学" という言葉はこういう人を指すんだな~、と、つくづく感心させられる。


 この人がなによりスゴイのは、イスラーム学の本質を研究するためには、原典をその言語で読まないといけないとしてアラビア語をマスターし、さらにイスラーム学とも関連するキリスト教哲学、ギリシャ哲学、インド哲学をやるために、ペルシャ語、ヘブライ語、ギリシャ語、サンスクリット語・・・と、軽く30を超える言語をマスターしたという。


 なかでも本書で出てくる、井筒氏がアラビア語を勉強したときの話が面白い。井筒氏がアラビア語を勉強したのは今から60年以上前のこと。もちろんその当時の日本にはアラビア語の本なんて無いし、アラビア語を教えてくれるような人もいなかった。そこで井筒氏はドイツからアラビア語の教科書をとりよせて猛勉強したらしい(もちろん井筒氏は、そのとき既にドイツ語をマスターしていた!)。そんなある日、東京にタタール人の偉い学者がやってくるという話を聞きつけて、彼はアラビア語を教えてもらうために、その学者の泊まっているところを訪れる。その学者というのがまた面白い人で、当時アラブ世界では並ぶものがいないほどの大先生なのに、イブン・バトゥータみたいに世界を放浪していて(コーランやアラビア語の文法書など、すべて一言一句記憶しているので、本を持たずに放浪している!)、たまたま日本に立ち寄ったらしい。ところがそんな、アラブ世界では有名な大先生も日本ではタダの人。支援してくれる人もほとんどいなかったため、日本滞在中は宿も借りれず、その貧乏さを見るに見かねたある人の家の押入れ(!)に泊まらせてもらっていたという。なので井筒氏が訪れたとき、その先生が突然押入れからニュッと現れて、かなりビックリしたとか。そしてそんな先生から「アッサラーム・アライクム」と話しかけられ、生まれて初めてナマのアラビア語を耳にした井筒氏は感激のあまり言葉も出なかったとか。


 上田閑照氏(禅の研究で著名な宗教哲学者)や、河合隼雄氏/J・ヒルマン氏(ユング派の心理学者)との対話も収録されていて、禅とイスラーム、ユング心理学とイスラームなど、興味深い話が満載の一冊です。

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パトリック・ラーデン キーフ, Patrick Radden Keefe, 冷泉 彰彦
チャター―全世界盗聴網が監視するテロと日常
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 オドロオドロしい題名ながら、内容はとても真面目。新聞記事や公文書など信頼できる情報だけを手がかりに、秘密のベールに包まれたNSAによる盗聴の一端をコツコツと裏付けていく。「事実をして語らしめる」というノンフィクションの王道をゆく著者の姿勢には頭が下がる思いがする。同時に、本書がその一端を明らかにした世界規模の盗聴の様子に、背筋が寒くなる思いがする。

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猪口 孝
国際政治の見方―9・11後の日本外交
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国際政治学では、国際政治をとらえる観点が大きく2つある。国際政治は所詮は力こそが正義だという、ホッブズの流れをくむリアリズム(現実主義)の観点と、法の支配と正義を重視するジョン・ロックの流れをくむリベラリズム(国際協調主義)の観点である(ジョセフ・ナイ著「国際紛争・理論と歴史」参照)。この分類からみると、この本はややリアリズムに寄っているように思う。「どう行動すれば有利か」よりも「どう行動するのが正しいのか」のほうを重視したい僕としては、そこがちょっと引っかかった。とはいえ、日本は2国間外交は得意だが多国間外交は下手、しかし世界は多国間外交の重要性が高まる方向に動いている、など、実例をふまえた冷徹な情勢分析の数々は勉強になった。
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「階層化日本と教育危機」

テーマ:
苅谷 剛彦
階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ

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 ゆとり教育がダメだとか学力低下だとか、はては教育基本法改正だとか、最近なにかとニュースに登場する教育問題。でもホントのところはどうなんだろう、と気になり、手に取ってみた本です。子供の親が属する社会的な階層が、子供の学力や学歴・職歴にどの程度の影響があるのか、またその歴史的な変遷はどうなっているのかについて、膨大な統計情報を駆使しながら、真正面から研究した、かなり硬派な一冊。それによると、親の属する社会的な階層(最終学歴、職種、年収など)が子供の学力や学歴・職種に与える影響があることは統計学的に歴然としており、しかもその影響は年々強まる(つまり社会階層が世代間で固定化する)傾向にあるという。なるほど日々のニュースの裏側にはこんな現実があったのかと、とても興味深い。そして、こんな現実を直視せずに、「格差というのは誤解だ」と公言して恥じない人が総理大臣だったり、政争の具として"再チャレンジ推進会議"という団体を立ち上げた人が次期総理の有力候補だったりする現実に、暗澹とした気になってくる。

バーナード ルイス, Bernard Lewis, 中山 元
聖戦と聖ならざるテロリズム―イスラームそして世界の岐路

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 著者は「イスラム世界の二千年」を著した、「超」が3つも4つもつく(と私が勝手に思ってる...)イスラム研究の大御所、バーナード・ルイス氏。イスラム世界の歴史と社会を分析することで、なぜビンラディンをはじめとるするイスラム原理主義思想に、アラブの一部の若者たちが共感するのかを分析した本です。イスラム世界の複雑な歴史や社会構造を熟知した著者ならではの、分析の鮮やかさは圧巻!読みながら、うならされました。

長谷川 毅
暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏

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 アメリカ、旧ソ連、日本。気が遠くなるほどの膨大な資料を駆使して、第二次大戦で日本が降伏するに至るまでの3ヶ国の内幕を緻密に検証する。とにかくその細部にわたる分析に、ページをめくるたびに圧倒された。とくにポツダム会談後、1945年8月の日々を、これら3ヶ国の政府要人それぞれがどのように考えてどのように行動したのかを、可能な限り著者自身の推測を除去し、当時の資料を丹念に読み解いて200ページ以上にわたって詳細に分析した本書の後半は圧巻! まるで巨大なジグソーパズルを作っていくように、膨大な資料を1つ1つつき合わせながら「事実をして語らしめる」という、恐ろしく根気のいる作業によって完成された本書は、読む者を圧倒する。


 おそらく今後、日本の第二次大戦降伏に至る過程について研究する歴史家は、本書を無視できなくなると思う(それくらいに資料的価値が高い)。


 本書によって、はじめて資料的裏づけとともに明らかになった事実はいくつもある。なかでもいちばん重大なもの(そして私自身、読みながらいちばん「エッ!」と驚いた点)は、「日本は広島・長崎に投下された原爆により戦争継続は不可能と判断して降伏を決断した」という通説が、まったく間違いだったという点である。天皇を含む当時の政府首脳が降伏を決断したのは、原爆投下によってではなく、実は8月9日のソ連参戦の衝撃だったことが本書によって明らかにされている。当時日本は、少しでもいい条件で戦争を終わらせようと、「一億玉砕」という勇ましい(かつ無責任な)表向きのスローガンとは裏腹に、舞台裏ではソ連の仲介を必死に求めていた。ところがそのソ連までもが日本に対して宣戦布告したことで、日本の指導者たちの大半が敗戦は不可避と判断し、ポツダム宣言受諾に至った。本書では、その間の日米ソ3ヶ国それぞれの指導部の内幕が、これ以上ないほど詳細に記されている。


 それにしても、読みながらつくづくウンザリさせられるのは、「国体」という大儀のためなら人間の命など何とも思わない、まるでカルト宗教の信者さながらの、天皇を含む当時の指導者たちの姿である。1945年8月、沖縄で、広島で、長崎で、無数の人々が犠牲となり、もはや日本に勝ち目がないことは誰が見ても明らかだったにもかかわらず、なおも天皇を含む当時の指導者がこだわっていたのは、国民の生命ではなく「天皇と皇室の安泰は敗戦後も保障されるのか?」という、ただ1点だった(例えば8月13日の皇族会議で、朝香宮から国体が維持できなければ戦争を継続するつもりかと問われ、天皇はもちろんであると答えている)。そして、天皇を厳しく処罰することを求めていたソ連に占領されるより、アメリカに占領されたほうが皇室制度を維持できる可能性が高いと天皇自身も含め判断したからこそ、ポツダム宣言受諾を受け入れたのである。


 戦後作成された「昭和天皇独白録」のなかで、天皇はポツダム宣言受諾を決心した理由について、戦争を継続すれば「日本民族は滅びてしまう」ので「赤子(せきし)を保護することができない」こと、また天皇家に代々受け継がれている三種の神器の「確保の見込みがたたない」こと、という2つの理由を挙げている。唖然とさせられるような後者の理由は問題外としても、前者については天皇がいかに平和を願う人であったかを示す証拠として、少なくとも日本国内では広く受け入れられている。しかし前記のように、実はこれは決して正しくなかったのである(実際、独白録に書かれた内容が天皇の本心だったとすれば、なぜ沖縄敗戦や原爆投下など、それぞれの時に「赤子」の保護を名目に和平へのイニシアチブを取らなかったのか説明がつかない)。


 丹念に事実を積み重ねて、日本敗戦に至る日米ソ3ヶ国の内幕を明らかにした本書は、現代史の研究書として、そしてノンフィクションとしても、記念碑的作品である。



【読書案内】

 はじめて旅する場所で、いきなり詳細すぎる地図をわたされても逆に道に迷ってしまうように、第二次大戦のおおまかな流れを知らないまま「暗闘」を読んでしまうと、なんだかよく分からないまま眠くなって、せっかくのいい本が「いい枕」に化けてしまうかも。そこで、本書を読まれる前に、まずは高校の世界史教科書の関連部分にざっと目を通して、おおまかな歴史の流れをおさえておくことをおすすめします。余力があれば、J・ロバーツ教授の「図説・世界の歴史」(創元社)シリーズ第9巻(第二次世界大戦と戦後の世界)[1]で大まかな歴史の流れを事前におさえておくと理解が深まります。

 終戦における天皇の役割については「昭和天皇の終戦史」(吉田裕著/岩波新書)[2]がコンパクトにまとめられています。さらに詳しく知りたい方は、ずっしりと重みのある研究書、「昭和天皇(全2巻)」(ハーバート・ビックス著/講談社学術文庫)[3]をどうぞ。

 日米の戦いの全体像についてさらに詳しく知りたい方は、真珠湾攻撃から敗戦に至るまでの日本の軌跡を、名もない一兵卒から天皇まで、さまざまな人の視点を通して壮大なスケールで記述したノンフィクションの金字塔「大日本帝国の興亡(全5巻)」(ジョン・トーランド著/早川文庫)[4]がおすすめです。


 明治維新から1945年の敗戦に至るまでの間、天皇をめぐる思想(特に"国体"という概念)がどのように変遷し、いかにしてカルト宗教まがいの思想になり日本を破滅に導いたのかについては、当時の資料を縦横無尽に引用しつつ検証した「天皇と東大(全2巻)」(立花隆著/文藝春秋社)[5]がとても参考になります。


 敗戦直後の日本については、ピューリッツァー賞も受賞した名著「敗北を抱きしめて(全2巻)」(J・ダワー著/岩波書店)[6]が、当時の社会を生き生きと活写しています。


[1] J.M. ロバーツ, J.M. Roberts, 月森 左知, 五百旗頭 真
図説 世界の歴史〈9〉第二次世界大戦と戦後の世界
[2] 吉田 裕
昭和天皇の終戦史  
[3] ハーバート・ビックス, 吉田 裕
昭和天皇
[4] ジョン・トーランド, 毎日新聞社
大日本帝国の興亡
[5] 立花 隆
天皇と東大 大日本帝国の生と死
[6] ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 高杉 忠明
敗北を抱きしめて (増補版) ― 第二次大戦後の日本人
北田 暁大
嗤う日本の「ナショナリズム」

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 社会学の手法を駆使して、60年代からのサブカルチャーの変遷を分析しながら、ここ数年の「2ちゃんねる」や「桜チャネル」に集う若者たちの心理を分析した力作。ぼく自身も、「2ちゃんねらー」や、いわゆる「ネット右翼」と呼ばれる若者たちがここ最近増えたことが不思議でならなかったので、読みながら目からウロコの連続でした。


「ミトコンドリアの謎」

テーマ:
河野 重行
ミトコンドリアの謎

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細胞の中にあって、独自のDNAを持ち、ブドウ糖を解糖しながら生体のエネルギー源であるATP(アデノシン3リン酸)を合成するミトコンドリア。そんな異色の細胞内小器官について、新書ながらかなり詳細に踏み込んだ部分まで書かれた、本格的な「ミトコンドリア入門」。化学反応式や分子生物学の用語があちこちに出てくるので、高校レベルの化学や生物の知識がないと読むのが難しいかも・・・。それにしても、読めば読むほどミトコンドリアの不思議さに打たれる。大学の教科書としても通用しそうなほど読むのが大変な本だけど、でもその困難さを上回るくらいにメッポウ面白い。

「戦争体験は無力なのか」

テーマ:
石川 真澄, 国正 武重
戦争体験は無力なのか ある政治記者の遺言

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戦争の時代を経験した、ある元ベテラン新聞記者の時事評論エッセー集。社会の状況によって発言内容をコロコロ変える識者(なかでもTVに出てくるようなエコノミストがいちばんひどい!)が多いなかで、つねに一貫した、ぶれな姿勢に頭が下がる。

「イスラームの構造」

テーマ:
黒田 寿郎
イスラームの構造―タウヒード・シャリーア・ウンマ

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これは久々に、目からウロコの一冊! タウヒード(一化の原理)、シャリーア(イスラーム法)、ウンマ(共同体)の3つのキー概念を手がかりに、「イスラームとは何か?」という根源的な問いに、あざやかに答える。碩学、井筒俊彦氏の手になる名著「コーランを読む」(岩波書店)を読んで以来、ひさびさにイスラームについての良書に出会った。 文句ナシの5つ星!