2011-09-09 18:25:04
待機の姿勢
テーマ:archery
アーチェリーは厳しいルールの元で行うスポーツだが、実際行っている時以外はとても適当なスポーツである。野球ならば自分の出番ではない時は声を出し応援をする。サッカーなら控えとしていつでも出番が来てもいいよう準備をし状況を見守る。弓道で言えば執弓の姿勢でしょうか。ではアーチェリーで待機の姿勢とはどのようなものなのか。厳密にはないでしょう。それに関して考えてみようと思います。
試合や練習場だとよく射ち終わった後、友達とまったく別の話をしたり、音楽を聴く人、アーチェリーのケースに宿題を広げ宿題をするICU高校生、静かに座っている人など様々です。その時私たちは何を考えているでしょうか。私がよくするのはこれまでの点数を的に当たる傾向、射型や天候などをひたすら吟味しています。そのためケースに座り無言を貫いています。他人の射型に口出しはあまりしないのですが、友達などが悩んでいると一緒に悩みアドバイスをする時もあります。決して試合中は談笑することはありません。
フォロースルーはご存知ですか。もちろんと答えるでしょう。ではフォロースルーの終わりはどこですか?教本や雑誌の受け売り通り答えますか?その考えをちょっと変えてみてはどうでしょうか。次のエンドまでがフォロースルーだということに。
日本のアーチェリーは弓道八節に習っています。フォロースルーつまり残心という。残心の意味を言いますと「心が途切れない」や「余韻を残す」といった美徳のことです。ではアーチェリーでそれをやっているかというと妙ですよね。格好良く弓を回すのがいいと思っている方や、ただ的に矢が当たるのを見届けてやめる方など多いでしょう。それにフォロースルーが終わり射線から後退し弓をスタンドに置いたその後、あなたの心は途切れているでしょう。射線上では緊張した面持ちでいったん退くと表情豊かになるのをよく見かけます。私が言っているのはずっと緊張していろ、という訳ではないです。ただ「その行為が今後にどう影響することになるか」を考えて頂きたいのです。無駄に時間を潰すのではなく少しでも現状を良くするため、今自分がどのような状態なのかなどを考えるのも大事なのでは。
試合も練習の1つであり、練習も試合の1つです。大事な試合で射っている時の緊張はもの凄いものでしょう。ただそれに慣れるために練習をしているのであって、試合の途中で緊張を開放させるための談笑の時間ではないのです。毎回丸々1日を費やす長期戦です。待つ時間まで射っている時のように緊張していろという訳ではありません。ただ塵も積もれば山となる、その待つ時間に「考える」という行為をすれば多大な時間になり有益なものになるのではないでしょうか。
ある1つの動作を見れば他人であれ自分であれその人が待つ時間集中していたかわかります。それは弓を持ちボウスリングを手につける時。集中している方ならばきっともう的の方か弓、矢を見ているでしょう。してない方ならばボウスリングをつけてもまだ話を続けているでしょう。それか自分の出番と気づかず座って笑いながら話しているか。
試合や練習場だとよく射ち終わった後、友達とまったく別の話をしたり、音楽を聴く人、アーチェリーのケースに宿題を広げ宿題をするICU高校生、静かに座っている人など様々です。その時私たちは何を考えているでしょうか。私がよくするのはこれまでの点数を的に当たる傾向、射型や天候などをひたすら吟味しています。そのためケースに座り無言を貫いています。他人の射型に口出しはあまりしないのですが、友達などが悩んでいると一緒に悩みアドバイスをする時もあります。決して試合中は談笑することはありません。
フォロースルーはご存知ですか。もちろんと答えるでしょう。ではフォロースルーの終わりはどこですか?教本や雑誌の受け売り通り答えますか?その考えをちょっと変えてみてはどうでしょうか。次のエンドまでがフォロースルーだということに。
日本のアーチェリーは弓道八節に習っています。フォロースルーつまり残心という。残心の意味を言いますと「心が途切れない」や「余韻を残す」といった美徳のことです。ではアーチェリーでそれをやっているかというと妙ですよね。格好良く弓を回すのがいいと思っている方や、ただ的に矢が当たるのを見届けてやめる方など多いでしょう。それにフォロースルーが終わり射線から後退し弓をスタンドに置いたその後、あなたの心は途切れているでしょう。射線上では緊張した面持ちでいったん退くと表情豊かになるのをよく見かけます。私が言っているのはずっと緊張していろ、という訳ではないです。ただ「その行為が今後にどう影響することになるか」を考えて頂きたいのです。無駄に時間を潰すのではなく少しでも現状を良くするため、今自分がどのような状態なのかなどを考えるのも大事なのでは。
試合も練習の1つであり、練習も試合の1つです。大事な試合で射っている時の緊張はもの凄いものでしょう。ただそれに慣れるために練習をしているのであって、試合の途中で緊張を開放させるための談笑の時間ではないのです。毎回丸々1日を費やす長期戦です。待つ時間まで射っている時のように緊張していろという訳ではありません。ただ塵も積もれば山となる、その待つ時間に「考える」という行為をすれば多大な時間になり有益なものになるのではないでしょうか。
ある1つの動作を見れば他人であれ自分であれその人が待つ時間集中していたかわかります。それは弓を持ちボウスリングを手につける時。集中している方ならばきっともう的の方か弓、矢を見ているでしょう。してない方ならばボウスリングをつけてもまだ話を続けているでしょう。それか自分の出番と気づかず座って笑いながら話しているか。




