4‐2‐3‐1―サッカーを戦術から理解する | サッカーの都

4‐2‐3‐1―サッカーを戦術から理解する

 

 105m×68mのピッチ上に描かれるデザイン。

 

 著者の杉山茂樹氏はヨーロッパサッカーの取材歴が豊富で、長年見続けてきた「欧州サッカーのシステム(フォーメーション)はどういったものなのか」を過去の大量の事例を挙げながら「それこそ刑事や探偵になった気分で(「はじめに」より)」問題点を指摘していく快作。

 

 第1章で「サッカーは布陣でするものか」という副題がついているが、世界中の監督のほとんどがベンチでは戦術盤(作戦ボード)を手にし、ロッカールームなどで白板に大量のフォーメーション図が書かれているのを見れば、「布陣ありき」とまでは行かないまでも、重要なものの一つであることは否めないだろう。

 

 「最後は勝ちたい、という気持ちを持った方が勝つ」は真実だが、「人事を尽くして天命を待つ」というように、システムを含めた戦術面で最善を尽くした方が勝つ。足で行うスポーツ、主審という人間が行うジャッジ、スタジアムの熱狂、そして運など不確定要素が左右することもあるが、「勝率を限りなく高める」という意味においては重要なことであることは間違いない。

 

 

■サイドアタックの重要性

 4バックにしろ3バックにしろ、杉山氏が重要性を説くのは「サイドアタック」である。どれだけサイドで優位性を保てるか、それはサイドプレーヤーの力量であったり、数的優位に持ち込むかという戦術面であったりする。

 06-07シーズンのチャンピオンズリーグ、PSVvsアーセナル。ロナルド・クーマン率いるPSVの「ゼロトップ・2ウィンガー」とも言えるシステムの分析は秀逸である。

 またデフォルト・ポジションから「サイドで勝負する選手」と「中に絞りたがる選手」の、試合に対する影響などの分析も面白い。94年ワールドカップ・アメリカ大会を制したセレソン(ブラジル代表の愛称)と、2006年ワールドカップ・ドイツ大会のセレソンの違いは、正にこの点にあったと描かれている。

 

 

■ヒディンク・コリアとトルシエ(&ジーコ)・ジャパンの比較

 98年ワールドカップ・フランス大会のヒディンク・オランダから、2002年ヒディンク・コリアへの「4-2-3-1」の継承。韓国は、ヒディンクという“伝道師”から欧州最先端の戦術を得て、大会ベスト4を勝ち取った。

 一方の日本は、フィリップ・トルシエを招聘。95~98年をナイジェリア、ブルキナファソ、南アフリカ代表で指揮を執ったトルシエは、欧州スタンダードでは“浦島太郎状態”になっており、「時代遅れ」とも言える「3-4-1-2」…ともすれば「5-2-1-2」に陥りがちなシステムを採用。決勝トーナメント1回戦で不完全燃焼に終わった。

 

 そして4年後のワールドカップ・ドイツ大会。

 今度はオーストラリアを率いたヒディンクと、ジーコが監督になった日本がグループリーグで対戦。

 「あっオシムって言っちゃったね」とは川淵前会長の有名な失言だが、ジーコは豪州戦を前にスタメンを公表したらしい。結果は1-3の逆転負け、この試合の分析も妥当である。

 

 

■3バックと4バック

 決して「3バックよりも、4バックが上である」というものではない。戦況によってシステムは変わる(変える)し、その時代の流行というものがある。ただ「日本代表が、ことごとく世界の潮流から遅れた」という見方に同意できる。    

 かつてはワールドカップが流行の最先端だったが、現在は毎年行われるチャンピオンズリーグが最先端になっている。3バックは少なく「4-2-3-1」「4-3-3」「4-4-2(中盤ダイヤ型は減り、フラット型が多し)」の3つがほとんど、という印象だ。

 

 日本代表は「3-4-1-2」から、「4-2-3-1」の布陣を敷くことが増えた。

 浦和は「3-2-3-2」が基本だった。浦和は昨季ACLを制覇したが、攻守分断に陥り気味であり、攻撃はポンテとワシントン頼みになっていた。高い個人能力を有する浦和だが、その個人の調子に影響される。ワシントンとはタイプが違う高原は、本領発揮できず日本代表からも遠ざかった。

 今季は闘莉王の得点力の高さが目立ったが、「本来点を取るべき人が取っていない」ことの裏返しでもある。これで勝てていれば良かったが、結果は無冠に終わる。

 そんな最近の浦和は「4-2-3-1」を採用している。

 

 

■柔軟にシステムを

 かつてバルセロナでフランク・ライカールトの右腕として、リーガ・エスパニョーラとチャンピオンズリーグを制覇。チェルシーではアブラム・グラントの参謀として活躍。現在はパナシナイコスの監督であるテン・カーテ。彼の言葉が印象的だ。

 

 「まず布陣ありき、4-3-3ありきではないんだ。攻撃サッカーをしたいのだ。それにふさわしい布陣として4-3-3を選択しているんだ」

 まず、やりたいサッカーありき。哲学、理念ありき。布陣はそのための手段。

(本書111ページより抜粋)

 

 国によって、クラブによって、哲学・理念によって求めるものが異なるのは当然である。

 選手によっても、監督によっても、戦術浸透・理解度によっても異なる。

 

 ティエリ・アンリがかつてユヴェントスで失意の時期にあったのは、左サイドアタッカーに据えられたからともいう。そしてバルセロナではサミュエル・エトーという存在のために、左ウィングに置かれて輝きを失っていた――が、今季は徐々にフィットしてきている機運もある。

 同じ選手でも、時代・経験・監督によって、あるいはその選手自身の努力や資質によって「そのシステムに適応できるか」は千差万別なのである。

 

 「鶏が先か、卵が先か」――現有戦力からをシステムを導くのか、システムに選手を合わせるのか。それもクラブの理念次第、監督の手腕次第ということになる。

  

 私のようなサッカー観戦歴が浅い人間には必読の書。何十年と欧州現地でサッカーを見続けた杉山氏の知識を借りるには、あまりにお手軽な文庫本である。まず読んで損をすることはない。 

  

 


4‐2‐3‐1―サッカーを戦術から理解する (光文社新書)/杉山 茂樹

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