エバQ音頭は、
↑これ作るのに、スゲー時間かかった。(←バカ)
元画は、こちら。
今日のブログで終了です。
新劇場版の既公開作3本、
すなわち『序』(2007)
『破』(2009)
そして
『Q』(2012)
に限らず、
最初のテレビ版から一貫しての、
ヱヴァ(エヴァ)の
戦略上の成功
であると同時に、
作劇上の失敗であり破綻
はことごとく、正解とは逆の取捨選択を行ったからこそである。
*原典を曲解する
物語の下敷きになっているのは、ユダヤ教の教典である旧約聖書と、キリスト教の拠り所の新訳聖書(こちらからの本格的な引用は、次回作『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』にとってある)だが、これだけだとありきたりな物語しか紡げないため、奇抜さのふりかけとして、異端のグノーシス主義とかフリーメイソンの巨大陰謀、さらには終末論、
つまりは関暁夫の都市伝説とか、
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「やりすぎコージー」レベルのネタが、これでもかとばかりに総動員されている。
(ただし着目したのは、「エヴァ」の方が早くはあった)
*人生の指針や希望を示唆せず、惑わせ、絶望させることを意図している
個々の要素については言及を省略するが、要は、
*神は救いではなく、人間にとって敵である
*個人では抗(あらが)いえない巨大な陰謀が世界を支配してるんだから、何をやってもムダで、どうせ結果は同じ
ーーーーという、絶望とあきらめに基づく物語と世界観を提示している。
*本筋を語らず、脇筋にそれる
だが、そういう「反則技」ででっち上げた本筋は、はなはだ荒唐無稽で付け焼き刃、普遍性や真理とはほど遠く、むしろ対極に位置するうえに、堂々と語るのが憚(はばか)られるだけでなく、さらに細部まで煮詰めてすらいなかったため、とうていメインには据えられず、あくまでもバックストーリー(裏設定とか、本筋の前段)と位置づけるしかなかった。
*結末を示さず、謎も解かず、観客を煙に巻く
こうして見切り発車で始まった、本来は「脇筋(サイドストーリー)」なはずの「本筋」(メインストーリー)は、最初から結末を決めずに始めたこともあり、
*最後まで語りきらずに、尻切れトンボでもかまわないし(テレビ版)、
*同じ話であっても、細部や本筋、結末が異なる複数のエピソードがあっても(異なる二つの劇場版や、アニメを原作とした漫画版が混在しても)、
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どれもアリで、正解。
*したがって結末の有無に意味はなく(=その結末だけが正解とは限らないので)、あろうがなかろうがかまわない
----ということになった。
この前、ルパン三世の時にも触れたが、
きちんと説明する気もなければ、話をまとめる気もないなら、いくらでも大風呂敷を広げられるけど、同時にそんなことを何度でもくり返したら、確実にクリエイターとしての信用を失う。
*学歴コンプレックスの裏返し
ということがわかっていながら、同じ間違いをくり返し続ける心理的要因は、学歴や学問、文学や文化芸術、歴史および西洋の宗教観に精通していないことへのコンプレックスだと思われる。
『マトリックス』(1999)で、登場人物モーフィアス、トリニティや、
登場メカのネブカドネザル(ホバークラフト)
等の名称に、それぞれ由来があろうとも、作劇に生かされなければ意味がなく、それを意図的に盛り込んだのは、「この映画は単純なアクションではなく、深いんですよ」というポーズやハッタリに過ぎないことは、2作目「レボリューションズ」以降の凋落ぶりで明らかだった。
また『風の谷のナウシカ』(1984)のタイトルロールが、
ホメロスの『オデュッセイア』に起因したり、
『崖の上のポニョ』(2008)の
主人公ポニョの本名、ブリュンヒルデが、
『ニーベルングの指環』に由来したところで、作品の出来には何ら関係ないのと似たようなことである。
そのため、こうした「ヱヴァって、深い」というハッタリがきいて騙し通せるのは、中学生か高校生レベルがせいぜいだということも、これまたよくよくわかってはいる。
だから「かつての中高生」に舞い戻って来てもらうことは期待しておらず、それもあって『新劇場版』は、その人たち向けの「続編」ではなく、
(※パチンコ「CR新世紀エヴァンゲリオン」が、そういう人たち向け商品と思われる)
新しくダマくらかせる若い支持層を囲い込んで、「最初から語り直す」ことにして、これも戦略としてまんまと見事に成功している。
つまりエヴァというのはファッションでありトレンドだから、理解できようができまいが、そんなことは二の次で、とにもかくにも触れておき、観ておかなくては「イケてなく」、取り残されてしまうという焦燥感が煽られる。
この焦燥感をさらに焚きつけるため、「新劇場版」は試写等が一切行われず、公開日にいち早く駆けつけた観客が、公平に最初の体験者になれる体制を維持している。
*商品展開が作劇とまるでシンクロしていない
でもってついでながら、商品展開もまるで劇中とシンクロしていない。
というより、劇中の展開は、きわめて商品に転換しにくいものでもある。
だけどグッズが売れんのは、『Q』の公開前と公開中がピークなのに、そのグッズが『Q』と無関係って言うのも、考えてみればおかしな話である。
↑『Q』劇中の綾波とは、プラグスーツの色が異なります。
*そんなことやってる場合か!
旧エヴァに完全アウェイだった私は、新劇場版として再開と知ったとき、
「いよいよ庵野カントクが、この物語に決着をつけるつもりなんだな」
と思ったし、
「そうしなけりゃ、先に進めないもんな」
とも考えた。
エヴァ以降、まともな作品を世に出しておらず、
まずはエヴァにしっかりカタをつけないと、それがムリなんだろうと判断したから。
ところが、どうやら次回作『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』は、「また話は振り出しに戻る」という、終わりのない果てしない物語、無限ループになりそうで、これでは庵野カントクは、一生エヴァだけを作り続ける(=繰り返し続ける)人になりかねない。
『Q』に空中戦艦が登場したことで、
「どうせ『宇宙戦艦ヤマト2199』を監督できなかったことのウップン晴らしだろ」と、うがった見方もあるようだが、
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実際の監督、出淵裕氏は、「真っ先に庵野カントクに話が行くと思ってた」と、自分にオファーがあったことをこれ幸いと、意欲的に取り組んでいる。
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出渕監督以前に、庵野氏に打診があったかなど知るよしもないが、もしそうだったとしても、ヱヴァがあるから、「ヤマト(2199)なんて、やってる場合か!」という状態だった。
だけど、そもそもヱヴァだって、やってる場合なんだろうか?
20年も同じ話で引っ張って、それでもケリをつけようとせず、
さらにこれがあるのを口実に、いつまでも先に進もうとしない。
こんな性悪が、真のクリエイターの姿といえて、
くしくも『破』と『Q』の合間に起きてしまった3・11で、あらゆる業種の見直しとムダの根絶が図られている時代に、
こんな既得権益にすがり続けてて、いいのか?
現代(2012年)に作品(新作)を世に問うということに、あまりにも無自覚、無責任に過ぎはしないか?
前に、「他の誰も、この路線をまねるべきではない」と述べたのは、こういうことである。
というわけで、言いたいことは全て言い切ったので、
エバQ音頭は、これにておしまい。
…やっぱ褒めてねえじゃん!
どこが「賛歌」だよ!
と思われるかも知れませんが、私なりに褒めてるんですよ!
ってば。
おしまい。(何もかも)