初詣フリフリ(o^∀^o)
テーマ:つぶやき初詣の前後に
初日の出の前に
初フリフリもバッチリして
金運大開運の年にしましょうね!( ̄∀ ̄)
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初めて、ウキワなしで泳ぎはじめる瞬間とか
はじめて自転車をこぎ始める瞬間とか
スケートリンクで手すりを放す瞬間とか
迷いを勇気が凌駕する瞬間の感覚。
これが人生の分岐点なんだなあって気がします。
誰でも
生まれたときから
何もかもできていたわけではないのだから。
信号の無い横断歩道の脇に歩行者が居るときは、
車は停止しなければならない・・・と、
自動車の免許を取るときには教えられました。
しかし、実際には歩行者が横断していても
勢い良く走ってくる車が多く、
まして、脇に居る程度では当然のように車が行き交います。
信号の無い横断歩道に、
いったいどういう存在意義があるのだろうか?
横断歩道でないところを渡るのと、
どういう違いがあるのだろうか?と、
つねづね疑問に思います。
大人がルールを守らないのだから、
子供が横断歩道など使わないのは当たり前だな・・・と
つくづく思います。
まあでも、
なかなか横断できない横断歩道には
どんどん信号が付いていっているので
結果的には信号のない横断歩道は
そのうちなくなってしまうのかもしれないと思っています。
信号がついて、
人が渡り終わっても信号が変わるまで待たなければならなくなると
運転する人も、かえって余計な時間がかかると思うんですが、
そこまで気が回らないというのは
普通のことなのかな?と思う今日この頃です。
もうなんとも思っていないような気がしていたのにね・・・?
その人の姿を見たり声を聞いたりすると
何故か涙が出たりして。
意識では気付かない想いを心の中に抱えているのかな?と
思いました。
インナーチャイルドっていうのかな?
私はたぶん、
誰かに甘えたい気持ちがあるんだろうと思うけど
大人だから誰にも甘えられないし。
というよりも、甘えさせてくれるような誰かが
自分にとっては存在していないから
だからそういうの、
いつのまにか
感じないようにしてしまっているのかもしれません。
2012年にどうなる?という映画の宣伝が
巷で見受けられるんですが・・・
『ああいうの、もう卒業したら?』
と、よく思います。
言葉とイメージと潜在意識の関係を考えると
未来に対するビジョンは
もっと前向きなものを一般化してもらいたい。
安心できないようなビジョンを他人に見せようとするのは
いったいどういう意図なのだろうか?と
疑問に思います。
もともと、定まった未来など無く
生命の放つビジョンが未来を創造していくとするならば
未来への変化にしても
今よりもっと幸せな展開になっても
ぜんぜん構わないはずなので。
もっとホットな愛のドラマとか
楽しい豊かな人生とか、
これからもっと人生を楽しみたいと思えるような
ビジョンを人々の心に映し出すような
映画にしてもらいたいものだと
つくづく思います。